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行方知れずの勇者



 赤い煉瓦と壁の建物が並ぶ街の住人達は、リオウさんが話す通り親切だった。

星人と聞くなり、果物や野菜をタダで渡してくれた。次から次へと、露店の人々が私に渡してくれる。

元々、美人とおだてられる方だったから、なおさら親切にしてもらえた。

私が返せるのは、精一杯の笑顔を向けることと明るいお礼を言うだけだ。

 リオウさんは荷物を持ってくれたけれど、私から一定の距離を保つ。誤って女性に触れないようにマントを羽織り、フードまで深く被っていた。一見怪しい格好ではあるけれど、この世界ではよくある格好らしい。ちらほらと、マントを羽織る人々を見掛けた。

 街への道は覚えたから、次は一人で来よう。リオウさんはビクビクしているみたいだったから。

 弓の練習は毎日させてもらって、コツは掴んだ。

でもいざ、リオウさんと狩りにいくと全然当たらなかった。リオウさんは本当に狩人らしく、狩りに行く度になにかしら獲物を持って戻ってきた。役に立てないので、ちょっと拗ねた。

 シルヴィさんは度々現れては、私とリオウさんの世話をしてくれた。フィアちゃんの方は、まだ私に慣れてくれないようで、物陰から見てくるだけ。その姿が可愛いから近付いたら、消えて逃げてしまう。残念。

 文字もリオウさんから教わり、改めてひらがなやアルファベッドを覚える要領で読み書きをした。やっと一冊読み始めることが出来た。

 すると、夢中になりすぎてそれだけで一日が終わってしまった。リオウさんが一緒にいたにも関わらず、一切会話もしなかった。でも同じソファーに座って、リオウさんが淹れてくれたコーヒーを飲んで本を読んでいた。

 一言も喋らなかったのに、一緒に楽しんだ気がしてならない。

 二人して口を開かなかったことに驚いたけれど、心地のよい穏やかな一日に満足するように笑い合った。



 この世界に星人として流れて、15日が経ったその日。

 少しリオウさんが心配していたけれど、私は一人で街に買い物に出掛けた。買い物と言っても、タダで恵んでもらうことが目当てなのだけれど。

 シルヴィが作ってくれたドレスと、フードつきのケープをつけて、森を降りた。

顔を覚えられたので、すぐに挨拶された。


「星人のエレナちゃんー! 今日は果物を持っておいで!」

「ありがとうございます」


 果物を詰めるために、半ば強引に私のバスケットを奪うのは、果物売りの女性。お喋り好きで、ふくよかな体型で笑顔で出来るシワが素敵な人。


「とても有り難いですが、本当にいいのですか?」

「いやぁね! 星人は故郷に帰れない寂しい人達なんだから、あたしらはこれくらいやんないと!」


 どんと豊満な胸を張る彼女は、本当に元気だ。

本当に、星人に親切な世界の人々だ。……私は別に帰れずとも寂しくはないのだけれどね。


「エレナちゃん、どこに住まわせてもらってるんだっけかい?」

「あ、リオウさんって方が、街外れに住んでいるのです。彼の家に住ませてもらってます」

「あっらー。もしかしてもう、親密な仲なのかい? こんな美人な星人さんと巡り会えて幸運な男だね!」


 果物売りさんがにやけながら問うから、私は口元を押さえて笑う。


「それが、とても紳士な方でして……下心一つ持っていないようなんですよ。私は……好きなんですけどね」

「まぁまぁ、女性を待たせるなんてだらしない男だね!」


 冗談みたいに笑って言うと、果物売りさんは豪快に笑い飛ばした。私は吹いてしまう。


「そんな男が焦れたくなったら、(うち)においで。歓迎してあげるよ!」


 果物売りさんが家に招いてくれる。

リオウさんと初めて会った日の会話を思い出し、少し考えた。


「考えておきますね」


 いつかはリオウさんから離れなければ、とは思うけれど、今は保留にしたい。

だから、それだけ告げた。

 ふと、騒がしさが耳に届く。私と果物売りさんが顔を向ける先には、噴水のある広間がある。遠目だからよくわからないけれど銀の鎧を着た人々が噴水の前にいた。街の人々は話を聞くために集まっているみたいだ。


「あれは……?」

「ああ……行方知れずの勇者様のことさ。時々呼び掛けをしてるんだよ」

「勇者様?」


 教えてくれた果物売りさんに、勇者様とは誰かを問う。


「ジェレミー様っていう、これまた歴代の勇者様よりも才能があって素晴らしい勇者様がいたんだよ。もういい男過ぎて国中の乙女に求愛されるくらいだってさ! でも、いきなり育ててた弟子に勇者の座を譲って消えちまったんだよ。かれこれ半年になるね」


 勇者。継がれるべき役職みたいだ。精霊や魔法が存在する世界だから、やっぱり国を守る使命のことだろうか。

当たり前のような気がして、それについてはなんとなく理解しておこう。


「なにか……悪いことなんですか?」

「悪いもなにも、ジェレミー様はまだ若い。あと10年は勇者様でいてほしいのよ! 仲間もそう思っているから、探してるのさ! なんでもジェレミー様は数多くの精霊に親しまれ、力を借りることも出来る。他の人間は一つの精霊でいっぱいいっぱいなのに! ジェレミー様はすごいのさ!」


 精霊はたった一人としか、力を借りることが出来ない。多くから力を借りられるのはジェレミーという名の勇者様だけ。

 じゃあリオウさんは?

フィアとシルヴィを従えたリオウさんは、いったい……?


「それにジェレミー様はまだ、正式に継承式で弟子に座を譲ってもいないんだ。なにが嫌でいなくなったのかはわからないけど、早く戻ってきてほしいねー」


 果物売りさんの話を耳に入れながらも、私は口元を押さえて考えた。

 国中の乙女に求愛される勇者様。激しい女性のアプローチがトラウマとなり触れられなくなったリオウさん。

 数多くの精霊の力を借りられる勇者様。フィアとシルヴィを従わせるリオウさん。

 行方知らずの勇者様。まるで隠居しているようなリオウさん。

 リオウと名乗ったけれど、彼はもしかして――――


「盗人だーっ!!」

「あぶねぇ!!」


 男の人達が大声を張り上げるのを耳にして振り返ると、盗人らしき小汚ない男の人がナイフを振り回しながらこちらに走ってきた。咄嗟に右手を出して盾にしたら、その手を切りつけられてしまう。


「星人になにすんだいっ!!」

「盗人だぁ! 捕まえてくれ!!」


 果物売りさんが怒って叫ぶと、道端にいた街の人々も叫び出した。運の悪い盗人のようで、勇者捜索一行の方に走っていく。

騎士達がその叫びを無視するわけもなく、盗人は捩じ伏せられた。


「ほら、エレナちゃん! 手当てしなきゃ!」

「あはは、大丈夫です、大したことありませんよ」


 果物売りさんだけではなく、盗人を追い掛けていた男の人まで私を心配してくれる。でもそれほど深くはないから、笑って応えた。差し出されたハンカチで止血をしてもらう。少し痛いけれど我慢できないわけじゃないから、大丈夫そうだ。


「勇者様がいてくだされば、こんな傷も魔法でサッと治してくれるんだけどね!」

「勇者様ほどの魔法の使い手は存在しないからな。家まで荷物を運んでやろうか? 星人さん」

「あ、お構い無く。ちゃんと持てますので。皆さん、どうもありがとうございます」


 果物売りさん達にしっかりお礼を言って、軽く会釈する。バスケットには、林檎とオレンジと小麦粉だけだから、怪我していても問題なく運べる大丈夫だ。

 後ろを気を付けながらも、私はリオウさんの家に向かって森を歩いた。バスケットを抱えた手は、ズキズキと痛んだ。


「ただいま帰りました。リオウさん」


 蔓を被った白い壁の家にたどり着き、言いながら入るとキッチンで夕食の支度を始めていたリオウさんは、真っ先に私の手を見た。血が滲んだハンカチ。


「大丈夫? いったいなにが……」

「大丈夫です、ちょっと盗人にすれ違い様に切られちゃっただけですから」


 問題はないと笑いかけるのだけれど、今日は初めて一人で街に行ったものだから、リオウさんは責任を感じてしまったらしい。誤って怪我させたみたいに罪悪感で悲しんだ表情で見てくる。

 触って怪我を見ようと手を伸ばすけれど、私に触れないことを思い出して、また悲しそうな表情をした。


「座って。見せて」


 椅子を差し出してくれたリオウさんが言うので、椅子に座りハンカチを外した。

 親指の付け根から小指の付け根まで、一直線の傷がある。まだ血は止まらず、じわりと溢れていた。

 痛々しそうにそれを見つめるとリオウさんは、私のその手を中心に縦の円を描く。すぐに光の輪が現れた。その輪を包むように両手を翳して聞き取れない呪文を唱える。淡い光が灯って、傷が消え始めた。

 傷から、リオウさんに目を向ける。自分を責めた表情が魔法の光に照らされていた。


「――――ジェレミー様」


 その名前を口にすると、ビクリとリオウさんが震える。驚いた顔をして私を見た。

 肯定する反応。私はもう言わなくてはいけない。


「私、もう出ていきますね」


 微笑んで、私は告げた。

私がもっと、鈍感で、強かな女だったらよかったのにな。




20141124

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