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無執着の元凶



 その夜、私とリオウさんは並んで立ってベッドを見下ろした。リオウさんの家にベッドは一つ。


「エレナ。ベッドを使っていいよ」

「居候なのに申し訳ないです。私はソファーで構いません」

「気にしないで。女性をソファーに寝かせられないよ」


 家主のベッドを使うことを拒む私と、女性をソファーに寝かせられないリオウさんで話し合い中。


「お願いします、リオウさん。そこまで気を遣われると眠れません……」


 両手を合わせて上目遣いで頼み込めば、困った笑みを浮かべながら優しいリオウさんは折れてくれた。

 私は壁際のソファーで寝る。ナイトドレスもシルヴィが作ってくれたので、毛布にくるまって横たわった。

 リオウさんは窓際のベッド。「おやすみ」と告げ合って、目を閉じて眠った。



 ソファーは想像以上に寝苦しく、朝早く目が覚めてしまう。カーテンから射し込む光が、ちょうど顔にかかったせいでもある。

 顔を上げれば、すぐリオウさんの寝顔が目に入った。ベッドの隅で私に顔を向けたリオウさんの黒髪が少し乱れている。

 なんだか、可愛い寝顔。私は吹いてしまうのを堪えた。ちょっと悪戯したくなり、ソファーから降りて近付く。ベッドに横たわるリオウさんに、そっと手を伸ばしてはねた長めの襟元の髪を撫でた。唇にかかっていたから、ほんの少しだけリオウさんは反応する。でも起きなかった。

 見つめて起きるのを待ったけれど、寝息は規則正しいまま。

ナイトドレスは下着同然の薄手だから朝は寒気を感じてしまい、耐えきれなくなった私はリオウさんのベッドに入り込んだ。

 すぐにリオウさんが飛び起きると思ったのに、全然気付かない。ここまで反応がないとむくれてしまう。

 抱き付いたら起きるだろうけれど、リオウさんには刺激が強すぎるからそれは止めておく。今起きても、刺激が強いと思うけれど。……起きないかなぁ。

 見つめているうちに、眠気に襲われた。リオウさんの温もりがあるベッドの中はとてもあたたかい。

 彼の温もり。人の温もり。それとベッドの柔らかさ。

心地よくって、私はまた眠りに落ちてしまった。


「――――」


 またカーテンの隙間から射し込む光で目が覚めると、藍色の瞳と合う。

ようやくリオウさんが起きたみたいだ。

壁の隅っこで固まり、青ざめている。


「あぁ……ごめんなさい……驚かそうとして……あったかくて……寝ちゃって……」


 寝起きで掠れながらも言い訳して、出てしまう欠伸を手で押さえた。


「こ、今夜からは……このベッド使っていいからね」

「はい。ごめんなさい」

「その……退いて……もらっても、いいかな?」


 お言葉に甘えて、今夜はベッドを使わせてもらおう。もう一度謝ると、リオウさんは近さから早く解放されたいらしい。あまりにも顔色が悪いので、私はベッドから先に出た。

 リオウさんもあとから飛び出して、リビングに避難する。テーブルにしがみつくリオウさんは、今度は耳まで真っ赤になっていた。

やっぱり、刺激が強すぎたわね。でも赤くなるあたり、嫌いではなさそう。

 シルヴィが作ってくれたドレスに着替えてから、朝食中にもう一度謝罪した。


「ごめんなさい、本当に。リオウさんがあまりにも起きないので、悪戯して……。ごめんなさい」

「あ、いいんだよ。びっくりした」


 リオウさんは笑って許してくれる。こんなにも人がいいから、私は悪戯してしまうのだけど。


「リオウさんはシルヴィさんには触れるのですか?」

「シルヴィは……違うから」


 女性らしい精霊のシルヴィに触れられることを、少し考えてからリオウさんは答えた。


「精霊、だからですか?」

「そうじゃなくって……人間の女の子はこう……そのぉ……」


 口ごもったかと思えば、向かいに座るリオウさんは、口元に手を当てると頬を赤らめて視線を落とす。


「……柔らかいし……あたたかいし……」


 口にするのも恥ずかしそうなリオウさん。思った以上に、ウブみたいだ。

 どうしよう。今朝の悪戯は本当に刺激強すぎてしまったみたい。


「シルヴィは、例えるなら瑞々しい植物だからね。精霊は大丈夫」

「瑞々しい植物ですか……」


 機会があったら、触らせてもらいたいな。シルヴィさんに。


「それで、リオウさん?」

「はい?」

「私はあたたかったですか?」

「えっ……!?」


 悪戯で訊いてみた。

リオウさんはギョッとするとまた赤くなる。


「え、いや、触ってないし」


 オロオロとしてしまうリオウさんを、笑わないように堪えた。

 寝ている時に髪に触れたけれど、それは言わないでおこう。


「……でも……あたたかったから……目が覚めた……」


 真っ赤な顔で、リオウさんは俯くと口を閉じた。

じわじわと赤みが増していったかと思えば、リオウさんは「顔洗ってくる」と浴室に逃げてしまう。

 私がリオウさんの温もりを感じたように、リオウさんも私の温もりを感じた。


「……」


 ちょっと恥ずかしさを覚えて、私は自分の頬を両手で押さえる。とても熱い。

 飲み物で冷やそうと手を伸ばすと、そのコップに冷えたオレンジジュースが注がれた。森の精霊、シルヴィさんだ。


「ありがとう、シルヴィさん」


 受け取ってお礼を言うと、シルヴィさんは会釈をして消えた。しゃぼん玉のような虹色を放つ光とともに、シルヴィさんは消える。

 よかった。リオウさんをいじめすぎて、嫌われてしまうかと思ったけれど、ジュースを注いでくれたならそうじゃないみたい。

 リオウさんが戻ってきたあとは、一緒に食器を片付けた。リオウさんがコーヒーを淹れてくれると言うので、椅子に座る。豆を挽いているリオウさんの背中を眺めながら。


「……でも、人の温もりっていいですよね」


 リオウさんが振り返るから、笑いかける。


「ほら、あまり執着しないと話したじゃないですか。周りの誰かが離れていっても、気に止めなかったので……人の温もりを感じることが久し振りだということに気付きませんでした」

「……」


 最後に人の温もりを感じたのはいつだろうか。思い出そうとしても、温もりのある記憶が見付けられなかった。

 リオウさんは黙って私の前にコーヒーを置く。

 落ち着く香りだ。私には少し苦いから、ミルクを少し、砂糖も入れてもらう。


「なにか……原因があるのかい?」


 私の向かいに座ってから、リオウさんが問う。

私が執着しなくなった原因。自分の質だと思っていたから、そんなこと考えたことない。


「……多分、実の父親のせいかと」

「実の、父親?」


 思い浮かんだのは、父親だ。


「私が生まれる前に両親は破局したのです。母が一人で育ててくれました。私は父親の顔も名前も知らないのです。でも、知る方法はいくらでもあったのです。母親に聞けばいいのですが……私は知ろうとしなかった」


 コーヒーを覗き込むと、自分の顔が歪んで映る。


「知ったところで、父親の愛も……抱擁も……手に入れられることは出来ないとわかっていたからでしょう」

「……だから、執着しない?」

「だから、すぐ諦める。もう、実の父親を知ることは出来なくなりましたが、別に悲しさは感じません……。私は薄情ですね」


 リオウさんに笑いかけて、コーヒーを一口飲む。

 執着しない。すぐに諦める。しがみつかない。

 誰にも、何にも。


「それを変えようとはしないの?」

「変える……? それも考えたことありませんね……」


 口元にコーヒーカップを持ったまま考えてみるけれど、どうなんだろう。無執着癖を直すこと。

 コーヒーの香りを吸い込む。本当に落ち着く香りだ。


「リオウさんはどうなんですか?」

「え? オレ?」

「女性に触れないこと、直さないのですか?」


 訊いてみると、リオウさんも考えたことがないらしく、首を傾げた。

女性恐怖症を直すこと。


「んー……直せれば、いいのだけれどね……」


 リオウさんは苦笑を溢すと、コーヒーを飲んだ。

積極的に直そうとは思っていないらしい。だから森の中に住んでいるとも言える。


「あ、そうだ。今日は街へ行こう。帰ってから弓の練習をしようね」

「街、ですか」

「買い物。星人には皆が親切にしてくれるから、エレナにも来てほしいなぁって思って」


 ちゃっかりしたリオウさんがお茶目に笑うから、私も吹き出して笑う。


「はい、お役に立てるなら」

「よかった」


 二人で笑って、コーヒーを一口飲んだ。

 この世界はまだ森しか見ていないから、街に行くのは楽しみ。本当に星人に親切かしら。それとも、やっぱりリオウさんだけが特別優しいのかな。


「……」


 ふと、初めて会った日の会話を思い出した。

私があまり執着しないと言ったら、リオウさんは「よかった」と言った。

あれはどう言う意味だったのだろうか。

 まるで、自分に執着しないことがわかり安心したように思える。つい零れた本音。

 じっと向かいに座る藍色の瞳をしたリオウさんを見つめると「ん?」と首を傾げられた。

真意を問うことはせず、私は首を横に振ってなんでもないと伝える。

 もしかして、優しいリオウさんは言えないだけで、本当は早く私が離れることを望んでいるのかもしれない。




20141124

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