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炎と森の精霊



エレナが寝てしまい、触れられず抱き上げることも出来ないリオウはあわてふためいたあと、自分だけ家には戻ることができず、結局毛布をかけて一緒に寝ることにしましたとさ。






 目が覚めれば、毛布にくるまっていた。また外で朝を迎えてしまったのか。

 鳥の囀ずりを聞きながら、起き上がり背伸びをする。すごく身体が重くてたるい。

目の前には蔦を被った小屋がある。白に塗られた煉瓦の壁は、少し剥げていた。

パンでも焼いているらしく、煙突から煙が上る。

 あら、いけない。夕食も寝ている間に作ってもらってしまったんだ。せめて手伝わないと、悪い。

 重い身体で立ち上がろうとして、視界の隅に動くものを見付けた気がして振り返る。

三角形に薪を積み上げた昨日の焚き火の陰に、なにかが隠れていた。全体的に赤い生き物だから、ちょっとドキッと驚いてしまう。

 それは私に怯えたように隠れているけれど、ちょこっと顔を出す。目が合うと慌てた様子でまた隠れた。

 2頭身の生き物だ。ルビーのようにつぶらな瞳で、赤みの強い炎色の身体だった。

悪い生き物ではなそう。

 私は顔を見ようと近付いてみたのだけれど、その子は慌てた様子で後ろに移動する。四つん這いになって追い掛ければ、その子は更に慌てる。まるで焚き火の周りで追い掛けっこ状態だ。

 ちっちゃい子と遊んでいるみたいで楽しくなった私は、逆方向から攻めてみた。

逃げた方に現れたものだから、その子は驚き震え上がる。まるで炎が燃え上がるようだったから、私の方が驚いてしまう。

 その子は短い足で走り出すけれど、焚き火を沿っていくから座っていた私の背中にぶつかり引っくり返った。


「あら……大丈夫?」


 亀みたいにじたばたするその子に触れていいものなのか、迷ってしまう。

 するとそこで、ドアを開いてリオウさんが出てきた。


「おはよう、エレナ」

「おはようございます、リオウさん。あのこの子……」

「あれ、仲良くなったの?」


 ニコッと挨拶してくれるリオウさんに挨拶を返して、引っくり返った子をどうしたらいいか聞こうとしたけど、知り合いみたいだ。

 リオウさんは私の頭の上から腕を伸ばすと、その子の腕を掴んで立たせた。

赤い子は二本の足で立つと、リオウさんの足に抱き付いた。


「炎の精霊で、昨日火をつけたのはこの子。君のそばにいてもらってたんだけど、人見知りなんだ、ごめんね」

「精霊、ですか……」

「あ、いないんだっけ。君の世界には」


 いないというか、なんというか。赤い子のような存在はいないことは確かだ。


「強力な魔法を使う時に手を貸してもらうんだ。炎の魔法を使う時は、炎の精霊であるこの子に手を貸してもらう。言い換えるなら、炎に宿った命だよ」

「なるほど……。では、水や草……それと昨日は土ですか?」

「昨日のあれは精霊の手は借りなかったよ。ただの魔法。見ての通り、この子は子どもでね、練習のために昨日は焚き火の火になってもらってたんだ」


 別の生き物と捉えればいいのかな。昨日の岩人間の手はリオウさんが一人でした魔法。

 リオウさんは炎の精霊の腕を掴んで持ち上げる。プラプラと揺れる炎の精霊が可愛くて、私はクスクスと笑う。

 ぷるぷると震えると、炎の精霊は赤いしゃぼん玉のような光を撒き散らして消えてしまった。


「あはは、恥ずかしがり屋なんだ」

「とても可愛いですね。名前はなんですか?」

「フィマだよ」

「フィマですか。仲良くしたいです」

「そのうち慣れてくれるよ。おいで、朝食ができたよ」


 名前も可愛いと笑っていたら、リオウさんが手を差し出してくれた。危うくうっかり掴むところだったけれど、思い出して私は名前を呼んだ。

 そうすればハッと気付いたリオウさんは、青ざめて手を引っ込めた。

女性が苦手なのに、よく手を差し出す人だと私は笑う。

 恥ずかしそうに首を擦り、私のためにドアを開けてくれたリオウさん。フィマはそのリオウさんに似たのではないかと、密かに笑った。

 中に入って左側がキッチン。そこに置かれた2メートル近くのテーブルの上には、焼き立てのパンが詰まれた大皿がある。カリカリに焼き上げられたベーコンととろりと光るスクランブルエッグが乗ったお皿と、緑のみずみずしいサラダが盛り付けられたお皿が二人分。

 本当に出来る男であるリオウさんに、犬として飼われたくなる。完璧な朝食だ。出来る男って、素敵。


「いただきます!」


 喜んで席について、焼き立てのパンにかじりつく。焼き立てのパンは格別に美味しい。


「美味しいです。そうだ、リオウさん。フィマちゃんはなにを食べるのですか?」

「精霊は基本食べないよ。好きになると食べることもあるのだけど、基本は必要ないんだ」

「そうなんですか……」


 通常の生き物とは違うのか。

じゃあ食事を一緒に楽しめない。残念。

 堪能しながら、私は周りを見る。

リビングの壁際には二人用のソファー。その隣にはベッド。

 リビングの反対側には窓と壁を埋め尽くすような四つの本棚、それから机が置いてある。どこを見ても整理されていて、掃除が不要に思えた。


「……お掃除でもして、リオウさんの手伝いがしたかったのに、隙がないみたいですね」

「掃除? ああ、シルヴィがやってしまうんだよ」

「シルヴィ?」

「森の精霊、シルヴィ」


 もう一人、精霊がいるらしい。その子が掃除担当。

 なら釜風呂は、フィマが担当したのかな。火の調節をしなければ、一人でゆっくりお風呂に入れない。


「精霊は他にもいるのですか?」

「今のところは、フィマとシルヴィだけだよ」


 シルヴィがどんな精霊かを想像しながら、訊いてみた。

 今のところは……。

もっと他にいた、という意味か。またはこれから増える、という意味かな……。

 質問より、先ずはリオウさんへの恩返しをしなくては。


「恩返しとか、気を遣わなくてもいいんだよ。狭いけれど客人として暫くいていいから」

「私としてはとても嬉しいですが……そうやって甘やかされては怠惰に過ごしてしまいます」

「じゃあ気楽に過ごせるように、薪を集めてもらってもいいかな?」

「はい、喜んで」


 にっこりと笑いかけてくれるリオウさんは、何日でも私を受け入れるつもりらしい。

本当に星人には親切にしてくれる世界で助かる。

 朝食を終えたあとは、私からお皿洗いをすると言って洗った。

 そのあとは昨日から見てみたかった本棚を覗かせてもらう。

よく見ると本棚は手作りのようだ。木の香りがした。

 本の背広を指先で撫でて見る。でも意味のわからない文字は、私には一切読めなかった。


「読めませんね……」

「残念ながら文字も学ばなくてはいけないんだ。あとで教える。今日の夕食用の獲物を狩るんだ、一緒に森に行こう?」

「あ、はい」


 狩りの同行に誘われ、内心ではギョッとしてしまうけど、なるべく自然に頷く。

 今朝はフィアを私のそばに置いていたし、一人にしないように気を遣ってくれているのだろう。

なにか手伝えるとは思えないけれど、頑張ろう。


「……普段は、嫌がられるのだけれど……大丈夫?」


 狩りを好む女性は少ないと認識しているようで、またリオウさんは気を遣う。


「狩りがどんなものかもわかりませんが、心配するほど過激ですか?」

「どうかな……星人の許容範囲がわからないけど。弓は使えるかい?」

「……ないです。魚なら釣った経験はありますが」


 困ったように笑うリオウさんに、同じような笑みを向ける。

 弓道部でもない限り、弓なんて触れたことがない人がほとんどだろう。


「身を守るためにも、弓は持っていて」


 リオウさんは家を出るので追い掛けてみると、弓を二つ立て掛けていたらしい。おとぎ話の狩人が持っているイメージのある弓だ。

 私に触れないように弓の使い方も教えてくれた。なんとなく把握して、私は頷く。

 弓と矢を持って、リオウさんを後ろを歩いて森の中へ進んだ。

 夕食用の魔物狩り。静かに歩いていき、標的を探すリオウさんがそのうち私に止まるように指示した。

 大人しく私は待つ。

リオウさんは木々の向こうに消えてしまい、ポツリと一人残された。やはり私は役に立たない。

 せめて弓を使いこなせるようにしなくちゃ。

 リオウさんが行った方角とは、真逆に矢を向けて弦を引く。構えはなんとなく把握しているけれど、弦は想像以上に固く筋肉を酷使した。力のない私はそのまま放してしまい、矢が飛んだ。


「きゃっ!」


 思わず、悲鳴を上げてしまう。その直後に、獣の悲鳴も聞こえてギョッとしてしまった。

ガサガサと茂みを掻き分ける音が近付いてきたから、私は震え上がる。


「大丈夫? エレナ」


 リオウさんが悲鳴を聞き付けて引き返してくれた。


「あ、当たっちゃったみたいで……」


 オロオロしながらも、弓が飛んだ方を指差す。リオウさんが見に行くから、後ろをついていく。


「うわ、すごいね、エレナ」


 笑ってリオウさんは振り返る。リオウさんが見たものを見ようと身を乗り出してみると、一匹の獣が倒れていた。矢が命中している。

 まるで孔雀のような尾はとても長く、綿毛みたいで白くふわふわしていた。でも狐に似た緑色の毛並みを持つ獣だ。

「えっと、すみません……練習のつもりが……」と言い訳をしてみるけれど、狩りだから必要ないのだろうか。


「すごいよ、才能があると思う。護身用に持ってもらっただけなんだけどね。ちょうどいい獲物がとれてよかった。ドレスが作れる」


 リオウさんは褒めながらも、私がまた誤って弓を放つ前に取り上げた。

狩りに同行する前に、練習すべきでしたね。


「ドレス?」

「シルヴィが作ってくれるよ。オレの服を使うのも限界があるしね」


 リオウさんが言うと、しゃぼん玉のような光が溢れてその中から女の人が現れた。

 緑色、若菜色、白のスカートを重ねたようなドレスを着ている。襟は大きな葉っぱを2つ。耳もまた葉っぱのよう。瞳と睫毛は緑色だけれど、肌は真っ白。

 森の精霊、シルヴィだろう。

 狐の魔物とともに、すぐに消えた。またしゃぼん玉のような光が、虹色に揺らめき溢れて消える。


「ごめんね、エレナ。改めて教えるよ」

「あ、はい、頑張ります」


 狩りはこれで十分らしく、リオウさんが引き返すので、私は胸を撫で下ろしてついていった。

 リオウさんの家に帰りながら、狩りについて教えてもらった。


「明日はちゃんとオレが狩ってみせるよ」


 私がまだ疑っていると思っているらしく、笑いかけて言うものだから私は「はい」と笑い返して頷いた。

 家の中に入ると、シルヴィが立っていることに気付く。もう作り上げたらしく、ドレスを手にして待っていた。


「流石早いね、シルヴィ。きっとサイズも合うだろうから、着てみて?」


 シルヴィからリオウさんはドレスをサッと受け取ると、私には躊躇しながら持たせる。シルヴィは女性みたいだけど、リオウさんの触れない対象ではないみたい。


「どうもありがとう、シルヴィさん」


 シルヴィは軽く会釈をすると、またしゃぼん玉を撒き散らして消えた。シルヴィも喋らないのかな。

 浴室で着替えてみると、本当にサイズがぴったりだった。首と胸元を露出していて、コルセットで締める。これがこの世界の通常のドレスかな。

 若菜色のスカートは前開きのスリットの入っていて三種類に重なっていた。間にあるのは先程の白い綿毛。編み込んだみたい。

 こんなドレス着たことがないから、浴室から出てすぐにリオウさんの前でクルリと回ってみせる。

 嬉しすぎて笑みを溢すと、リオウさんは優しい笑みを返してくれた。





20141123

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