素晴らしき恩寵
お皿を運ぶことを手伝いをして外に出れば、焚き火がチリチリと揺れながら燃え上がっている。そばに切り株の椅子が二つ置いてあるので、そこに向き合うように座った。
いただきます、と一口食べてみる。牛肉は溶けるような柔らかさがあって、とても美味しかった。
「美味しいです。リオウさん、とても料理がお上手なんですね」
「一人暮らしをしていたから上達しただけだよ」
リオウさんは満足そうに微笑むと、自分でスプーンで掬い食べる。
揺らめく光に照らされたリオウさんを見つめて、推測してみた。
こんな森の中に住んでいる理由。リオウさんは人助けをよくするくらい優しい人で、派手さはなくともイケメン。家の中は整頓されて掃除も行き届いていて、料理も上手。魔法も使える。
若いのに、まるで隠居生活。
「料理上手の優しい方に出会えて、私はとても幸運ですね」
目が合ったから、私は笑みを作って誤魔化す。遠回しに彼が森に住んでいる理由を訊いてみよう。
「星人には、この国の皆が優しくするよ。大昔にね、一人の美しい女性の星人が流れたんだ。彼女は心も美しく、多くの人々を救おうと国中を駆ける、そんな人だったそうだ。家もお金もないのに、困った人を助けて渡り歩いていたんだって。王子はそんな彼女に恋をし、そして二人は結婚した。国中が祝福して、それから誓ったんだ。彼女に恩を返すように、星人を助けようって」
偉大な女性が、影響を与えた。素敵な女性がいたものだ。
国中に影響を当たるほどの人のおかげで、私はあったかいお風呂と美味しいビーフシチューをいただけた。
「だからオレは、優しい人間ではないよ」
感心して頷いていたら、リオウさんは自信がなさそうに笑って言う。
説得力がない。女性が苦手なのに、家に招いてくれた人だ。リオウさんは優しい。
「リオウさんは、どうして女性が苦手になってしまったのですか?」
オリーブとガーリックが塗られたパンにかじりついて、訊いてみた。
「ああ、それは……。えーと……」
少し顔を歪めて、リオウさんは口ごもる。
「言いたくなければ、いいんですよ。少し気になったので」
「あ、そうじゃないんだよ。あの、えっと……。なんと言うか、この国の……女性は、激しくて……」
キョロキョロと視線を泳がして青ざめるリオウさんは、トラウマを思い出してしまったみたい。
激しくて……?
よもや夜のことじゃないはず。リオウさんは女性の前で性的な話をするような男性ではないだろう。
肉食系女子のアプローチでもされて、怖い思いをしたのだろうか。
リオウさんって、押しに弱そう。
想像したら可笑しくて、クスクスと笑ってしまった。リオウさんは苦笑して俯く。
「あ……」
「おっ」
なんとなく空を見上げたら、流れ星を見付けた。
声を漏らすと、リオウさんも顔を上げてそれを見る。
「今日も星人が流れたんだ」
私と目を合わせると、リオウさんは微笑んだ。
焚き火の温かさに照らされたそれに、少し見惚れたけれど、私は疑問があってまた空を見上げた。さっきは流れ星が一つ。
「私が見た流れ星は三つだったのですが……三人の星人が現れたという意味ですか?」
「三つ?」
流れ星が現れた異世界の人を示すのかと思ったのだけれど、食い付いたリオウさんの反応からして違うみたいだ。
「それってもしかして、こんな風に流れたのかい?」
リオウさんは薬指と中指と人差し指を立てて、指先を斜め下に向ける。
「あ、はい。まさにそんな感じに空に」
リオウさんのその手を夜空に掲げれば、その通りだ。リオウさんは目を見開いた。
「青いドラゴンの爪。そう呼ばれる流れ星だよ。はは、その流れ星が現れた日に来た星人と最初に出会った人間は幸運になれるという言い伝えがあるんだ」
「幸運?」
「うん。……でも」
青いドラゴンの爪。なんだか大層な名前だけれど、鶏の足みたいだと思ってしまう。
リオウさんはなにかを言いかけて俯くけれど、顔を上げてニコッとした。
「オレは幸運になれる。ありがとう」
「この恩返しになれるなら、ぜひ幸運になってほしいです」
他力本願だけど、恩返しでぜひその幸運を受け取ってほしい。
笑い返して、私は空を見上げる。
森から離れていて、視界は開けていた。でも焚き火の明かりで星空の輝きはあまりはっきり見えない。
「エレナ。首、痛くなってしまうよ?」
リオウさんに言われ、首を擦る。真上を見上げていたら、痛くもなってしまう。
「食べ終えたら、一緒に見ようか」
そんなお誘いをしてくれたリオウさんと目を合わせて首を傾げる。
リオウさんはそれ以上は言わないから、とりあえずビーフシチューとパンを食べた。
その間、リオウさんが星人から得た知識について教えてくれる。
建築、料理、お酒など、私の世界の知識や技術が少なからずあるらしい。
感心していれば、森の奥から獣の遠吠えが聞こえて震え上がる。
焚き火を思わず見ると、リオウさんが笑った。
「大丈夫。ここには来ないよ」
「……そうですか? えっと、どんな……獣……ですか?」
「魔物と呼ばれる生き物だよ。そっちの世界では動物って呼ぶんでしょ? 動物はいないんだ、皆魔物と呼ばれる生き物だよ」
動物とはまた違う生き物が存在する。一から覚えなければならないみたい。
鳥の囀りを聞くから、鳥に似た生き物はいるはずだし、牛肉もあるし、大して変わらない生き物もいると思う。
「何故ここに来ないのですか?」
「そのお肉。オレが狩ったからだよ」
リオウさんは私が持つお皿を指差す。
狩った? ……このモデル体型の青年は、狩人なのか?
「……なんか、疑ってる?」
「いえ、別に。イメージが出来ないだけです」
「あはは、よく弱そうだって言われたよ」
また苦笑を溢すリオウさん。
自信なさそうな笑みを見つめながら、ビーフシチューを食べた。
ふと気付く。この柔らかい牛肉は、牛肉じゃない……のか。どんな魔物なのかは、あまり知りたくないので考えないようにした。
食べ終わると、焚き火が煙を撒き散らすことなく、いつの間にか消える。
リオウさんは切り株の椅子を退かすと、そこに毛布を一つ広げで敷いてくれた。
一緒に見るとはこのことか。
一人分の距離をあけて、私とリオウさんは並んで寝転がり夜空を見上げた。
「おおっ……」
思わず声を上げる光景がそこにある。
焚き火が消えて、明かりは夜空にしかない。星明かりだけ。
藍色の夜空は、隙間のないくらい数多の星で淡く照らされている。
星の並び方が違う気がした。黄色い星や、赤い星を見付ける。ダイアみたいな大きな輝きもあった。
知りたいな。この世界の天体について。
「そうだ」
リオウさんの声が聴こえて、ギクリとする。隣にいたことを忘れていた。申し訳ない……。
顔を向ければ、リオウさんは笑顔で星を眺めていた。横顔、素敵だな……。
「さっき、言葉が通じるって話をしたけどね。歌だけは違うんだ。その世界の、その国の言葉にしか聴こえないんだよ」
「そうなんですか……。まぁ、意志疎通ができるだけですごいと思います」
穏やかな声で話してくれるリオウさんに、返す声は少しか細くなる。眠気がそっと押し寄せてきたからだろうか。
シン、と静まり返る。
離れたところから、虫の音が聴こえるだけだ。
「……アメージンググレース」
「……なに?」
「歌です。賛美歌。意味は素晴らしき恩寵です」
「へぇ……」
リオウさんは感心したように頷く。意味は伝わらなかったらしい。面白いものだ。
またシン、と静まり返る。
私はそっと、囁くように歌ってみることにした。
満点の星空を森の中で賛美歌を歌うと、とても清らかさと穏やかさを感じる。
私は神に救われたのだろうか。それとも運命の気まぐれで、私はこの世界に流れたのか。
大して理由には興味なかった。ただ、歌の意味を頭に浮かんでしまったから考えただけ。歌の意味を、リオウさんに教えようと思っていた。
でも、歌い終わった記憶はない。
私はまた、いつの間にか眠ってしまっていた。
20141123




