第八話 個別指導 揺る少女の心
騒ぎが終わり、そのあと少し雑談をし、鈴姫の家を出たのは夜十一時を過ぎていた。
あの後、学校に行く用意をして鈴姫を布団に寝かせ、俺と城馬は支度をして家を出た。
「今日はお世話になったわ、ありがとね」
「いいよ!三笠さん、足には気をつけてね。お休みなさい!」
「じゃあな。明日の朝、迎えに行くから。その際は電話する」
「ええ、お願いね」
「それじゃあ」
ゆっくりと家の玄関を閉め、アパートを出た。そこから城馬と俺は別行動に移った。城馬はアパートを出た近くの公園に母親が待っているとのことで(事前に連絡はすませたらしい)彼女とは家を出た直後、すぐに分かれたのである。
「今日は大変だったけど、お疲れ様でした!じゃあ、また明日ね!」
「ああ、気をつけて帰れよ」
手を振る城馬に、俺は挨拶で応え帰路についた。
……今日は本当に災難な一日だった。もう思い出すのは面倒くさいし埒があかないので、もう考えないことにした。このまま風に当たって帰ろう。
帰りの途中でコンビニに寄り、コーヒー牛乳を二つほど買って内の一つを飲みながら帰った。精神的に疲れている時に飲む味は別格で、とても甘く美味しかった。
(……やっと帰ってきたか)
ついに我が家に着いた。俺は静かに鍵を開け、家に這入った。二階に向かい、荷物を置いて制服を脱ぐ。その際、消臭剤をふっておきシャワーの用意をする。今日は食事も取って帰ったし、後は歯を磨いて寝るだけだった。
体中がかなり汗臭かった。あれだけバタバタ動き回り、大騒ぎになれば誰だってこうなる。とりあえず、体中の汗を早く流したかった。
「――ふう」
風呂場に行き、戸を開けシャワーを浴びる。染みついた汗が段々綺麗に流されていくような気がした。実に気持ちが良い。そんな中、明日からどうするか。今後のスケジュールを頭の中で描く。
通学、買い物、料理、洗濯、風呂――。風呂は女子にお願いするとして。洗濯も女性の下着などを洗うのははっきり言って気まずい。となると、俺が出来ることは……。
「簡単な介護と、買い物、料理くらいか……」
それ以外に出来ることは見つからなかった。買い出しや料理も一つの介護だ。できることはしよう。
そう思いつつ、風呂から上がり服を着替え、就寝に就く。時刻は深夜十二時を回っていた。本当はもっと遅くなるかと思ったが…。まあ六時間眠れば良い方だ。
(明日は……、何事も起きないことを祈ろう……)
そんなことを考えながら、ゆっくりと眠りに就いた。
――翌朝、六時半頃に目が覚め朝食を軽く取った後、支度を済ませ鈴姫に迎えの電話を入れた。
しかし……。
『只今、電話に出ることが出来ません。 ピーッと音が――』
留守電のアナウンスが響き、鈴姫は電話に出なかった。起きていないのか?
(思っても仕方あるまい……。行くか……)
この際、仕方がないと割り切って鈴姫の家に向かうことにした。
鈴姫は昨日に足を捻挫したため、一人で行くのは困難だった。昨日に話をした通り、本日から鈴姫の介護に当たることとなった。まあ俺に言わせてみれば、これは一種のイベントのようなものだ。鈴姫が怪我をしたのは気の毒ではあるが。
昨日行ったアパートに向かい、一〇三号室のインターホンを鳴らした、ここのアパートは珍しく、マイク装置が付いていた。
「……」
しかし、鈴姫は出てこない。本当に起きていないのか?今度はノックで反応を……。
その時、携帯のバイブが鳴った。相手は鈴姫からである。
『動けないから這入ってきて』
「……すまん」
これは迂闊だった。たとえ一部屋とはいえ、一人で玄関まで向かうに相当の労力を使うのである。配慮が足りなかった自分を反省する。
実は昨日帰る前に、俺に家の合い鍵を渡してくれたのだ。これはしばらく彼女を介護するために必要なことだった。買い物や朝に迎えに行くときに備えて渡された物である。うっかり忘れていた。
俺は静かに鍵を開け、鈴姫の家に入った。部屋の様子は特に何も変わっていなかった。そのまま真っ直ぐ進み鈴姫の布団に向かった。
「おはよう、司」
「おはよう……」
鈴姫は起きていた。上半身を起こしただけでまだ着替えも何もしていなかった。学校に行く準備は昨日もうしていたので、後は着替えるだけなのだが……。
――うん?
「鈴姫、一ついいか?」
「何かしら?」
「――着替え、一人で出来るか?」
「問題ないわ。座ったままでも着替えられる」
セーフ……!危なかった。男が女性の着替えを手伝うなんて、そんなアホな発想があってたまるか。鈴暇は何やら怪訝そうな顔でこちらを見てきた。
「貴方……、私がひょっとしてこの状態で着替えられないとでも思ったのかしら?」
「……」
「見くびらないで。私はこれでも一人暮らしをしているの。いざとなった時の対処法はちゃんと身につけているわ」
「……そう、か……」
まあ、それもそうか。いざとなった時の対処法、ちゃんと身につけているのか。やはり、一人暮らししている人間は次元が違う。俺もほぼ一人暮らしのようなものだが、鈴姫とは訳が違う。彼女は正真正銘、「一人でこなせる人間」なのだ。
「……別に見たければ見ればいいわよ?」
「どさくさに紛れて俺を変態にするな!」
「じゃあ向こう行ってて頂戴。外には出ないでね」
何だそれ……。鈴姫に言われ、俺は一彼女に背を向けた。……見るな、絶対に見るな。
衣擦れが聞こえる。正直耐え難かったが、鈴姫を一人にさせるわけにもいくまい。
ほんの一瞬のことだ。すぐに終わる
「……」
あれから何分経っただろうか。五分は経過している。衣擦れの音はまだ続いていた。
――相当手こずっているな、これ……。
「司……。申し訳ないのだけれど、手伝って」
「……は?」
「着替えられないのよ。スカートがギブスに引っかかって、上手く穿けないわ」
「――!?」
ス……、スカート!?よりにもよって!?
「ちょっと待て!それいくら何でもアウトだろ!酷い話にも程がある!」
「けど、この部屋には私と司しか以内から安心して。カーテンも閉めているから」
どうも朝から修羅場だった。
それは簡単には抜け出させてもらえないらしい。
「何しているの?遅刻しちゃうじゃない」
鈴姫が迫ってくる。こいつ、自分の状況分かって言ってるのか?もう頭の中は滅茶苦茶だ……。
つばを飲み込み、恐る恐る振り向く……。
「――っ!」
分かってはいた。分かってはいたがやはり辛い。
案の定、鈴姫は上着は着ていたが、下は下着姿だった。しかも……黒。
ダークネスで繊細なレースをあしらっている。しかも紐パンだった。もう一つ言うならば、黒のニーソックスを穿いていたくらいだ。
(……朝から勘弁してくれ……)
多分、今の俺の顔はかなり真っ赤になっていると思う。今後は「変態」のレッテルを貼られてもおかしくないか……。
「……何ガン見してんのよ。エッチ、スケベ」
「うるさい、とっとと終わらすぞ」
中身はぐちゃぐちゃながらもポーカーフェイスは忘れない。平然を装って、鈴姫の着替えを手伝う。患部に気をつけながら、引っかかったスカートをギブスから引っこ抜き、鈴姫の腰まで持って行く。
――着替え終了。しかしその間、スカートを腰まで持って行く際に彼女の太ももに指が当たり、彼女から「んっ……!」と艶めかしい声が囁くかのように聞こえた。
……はっきり言って死ぬかと思った。心臓が飛び出るんじゃないかと思うくらいに。
ポーカーフェイスは覆いつつも、内心はヘタレであり、何事にも動じない強心臓でありたいと、ずっと前から思っていた。今の俺にとって、一番の課題である。
「司って意外とテクニシャンなのね。くすぐったかったわ。思わず声が出て感じちゃったじゃないの」
「やめろ……。恥辱で死んでしまう……。朝から下ネタを言うんじゃない、もとい、付き合わさせるな……」
朝からもうげんなりだった。年頃の男にはきつすぎる毒だった。あれはもう度を超えている。この先を考えると、不安でしょうがない(特に着替え)。慣れるまでどれほどの時間を要するか分からない。
そんなことが出来てうらやましいとか言っている奴は、一回頭を打ってこい。あの状況がいかに恐ろしくて背筋が凍るか、経験するといい。
「これだから貴方をいじるのは面白いのよ。てっきり、本性剥き出しにするのかと思えば、冷静でいられるのね。普通の男なら、性欲をぶちまけてもおかしくないと思うのだけれど」
「あのな……。普通の男子があれで耐えられると思ってるのか?理性崩壊して襲われても知らんぞ……」
「さらっとぶっちゃけたわね。貴方にもちゃんと性欲があるのね」
「当たり前だ、人間だからな。男は煩悩を刺激されると暴走してしまうんだ」
実際問題、俺も男である以上性欲がわき出てしまうことはあった。俺にとって性欲は悪魔以外の何者でもない。これはあくまで俺の論理なのだが、人間には睡眠と食欲さえあればいいと思う。
性欲の暴走は恐ろしい。さらに懺悔すれば、目の前にいる鈴姫への感情が昂ぶってしまった。
本当に、男としてみっともないとさえ思えてしまう。
「冷酷の貴公子が性欲を暴露する……。恥を知りなさい。名が廃れるわ」
「弄んだのはどこのどいつだ!」
「言っておくけれど、人間性欲を失ってしまったら、子孫は残せないし、挙げ句の果てには死に至るのよ?」
「ここでさりげなく正論を吐いてんじゃねえよ!まるでお前の主張を押し通しされた気分にさらされるわ!」
まあ、冗談抜きでそれは正解な訳だが。もっともらしい説明である。
「というわけで、そこに充電してあるあるスタンガンをこっちに持ってきて頂戴」
俺は充電器からスタンガンを抜き取り、鈴姫はスタンガンを懐にしまった。
……堂々と持って行く度胸が半端じゃない。
「さて……、じゃあさっさと行くわよ。早くしなさい」
「……」
俺は渋々松葉杖を鈴姫に渡した。彼女は松葉杖を器用に使って立ち上がり、玄関に向かった。俺は彼女の鞄を持ち、鈴姫の後ろをついて行く。
家を出て、二人でゆっくりと歩く。朝の日差しは気持ちよかった。
「良い天気ね。先ほどの光景が嘘のようだわ」
「その話題は蒸し返すな。せっかくの気分が台無しになる」
どこまで問いつめるのやら……。この話はもう終わりだ。
季節も文化祭が近い。ただ、昨日の大騒ぎが気になる。朝のホームルームが少し心配だった。
昨日の大騒ぎから一夜明け、事件は一通り落ち着いたものの、周りの視線が気になるのもあった。横にいる鈴姫を見る。
「……」
彼女は凛とした顔で真っ直ぐを見ていた。特に何かを気にする様子は無かった。学校に着いた後も今の状態を保てればいいのだが……。
「何白けた顔してるのよ。堂々としていなさい」
本当に今の俺と対照的だった。事故を起こした本人が案外気にしていないのかもしれない。ホームルームも淡々と乗り越えられそうな気がした。
その時、俺の携帯からバイブが鳴った。
「……成瀬?」
「生徒会会長から?早く出なさい」
鈴姫に促され、着信に出る。
「もしもし」
『ごきげんよう。聖童くん、今大丈夫?もしかして三笠さんと一緒?』
「ああ、そうだ。鈴姫と一緒に学校へ向かっている」
『それは好都合ね』
「……?」
どうやら成瀬は俺と鈴姫が一緒にいることに安心した様子だった。好都合?なんなんだろう……。
『今日、朝早くに学校に行って昨日の騒ぎの報告書を提出したの。その直後に職員会議が行われて、三笠さんと聖童くんには少しの間、生徒指導の方で個別授業を設けることになったわ』
「……は?個別授業?生徒指導?」
それっていわゆる「問題児」が個別指導を受けるシステムじゃないのか……?どこが好都合なんだよ。成瀬は続けた。
『学校側は今回の事件が本学生徒以外に漏れないように厳重に警戒を張っているのよ。ホームルームは昨日の事件を話す代わりに、全校生徒に外部に漏らさない誓約書を書かすことになったの』
「――マスコミ、か?」
『当たり』
燐彩高校は地元ではかなりの有名校で、進学率も高い。地元テレビにもよく紹介、報道されているのだ。昨日の一件でその評判を崩したくない学校の強い思いもあるのだろう。
取材は一切拒否、立ち入る者は容赦なく追い払う。外部に情報を漏らさないよう、本校の生徒には徹底的に指導する。かなり厳しい。
『聖童くんと三笠さんは当事者であり、事件の張本人でもある。学校側は二人を保護したいと言っているわ』
「……逆に過保護にも聞こえるんだが。まあ、うちの学校は騒ぎには凄く厳しい事は知っているが」
『その逆もまた然り。簡単に言うと、貴方達二人を「守る」ということよ』
「――説明はだいたい読めた」
簡単に言うと、成瀬は今回俺と鈴姫を外部からボディーガードすると教えてくれたのだ。特にマスコミ。先ほど説明した通りである。
『三笠さんに対しては特に、精神面の負担を軽くするために私や鶴来、聖童くんの三人がサポートをするの。それなら、スムーズにいきやすいと思う。授業も先生方が時間を作って下さったの』
「そのための個別指導か」
『そう言う事よ。「問題児」の個別指導とは違うわ』
成瀬が言う「個別指導」とは、鈴姫のサポートである。しかも、鈴姫の性格を理解しているようにも聞こえた。
外部との接触を避け、身内で済ませる成瀬と学校の考えに、俺も安堵した。鈴姫の人間不信は凄まじい。変に突っかかると「消される」こともあり得るからだ。
「先に聞いておきたいんだが、情報を外部に漏らした場合、どうなるんだ?」
『全校生徒には目撃した人間も含めて、昨日の内容を伝えた代わりに機密として誓約書を書かせる。万が一外部に漏らした人間は、除籍処分よ』
「……退学じゃなくて除籍か?」
『誓約書には、「外部に情報を漏らした者、学校に不利益を被った者は「除籍」とし本学の籍を無効とする」よ』
「さすが有名校は伊達じゃないな……」
『これは私たち生徒会も大きく関わっているわ。学校の機密や生徒を守るのも、仕事の一つよ』
成瀬の言葉から使命感を感じた。彼女は学校のために尽力してきた数少ない生徒である。学校生活を楽しませる事と、学校の不祥事を徹底的に根絶する二つの使命感を持っている。それが成瀬来夢である。
ただ、気になる点が一つあった。
「一つ聞きたいんだが……」
『何かしら?』
「今回の騒動の後、鈴姫をどういう風に自然にクラスに戻すんだ?」
『クラスについては心配ないわ。山口先生がクラスには隠密にしていくようにすると言っていたから。三笠さんの配慮はこちらも全力でサポートするから大丈夫よ』
「……頼もしいな」
『生徒のためなら惜しまないわ。特に、三笠さんと貴方は私にとって有望な人だし……』
「そう、か……」
どうやら生徒会会長からお墨付きの言葉を頂戴した。腹黒いところはあるが、冥利尽きるな。
『三笠さんには早急に伝えてあげて。それと、文化祭については通常通りに行うから、放課後の生徒会の会議には普通に参加しても大丈夫よ』
「了解した」
『それじゃあ、また学校で会いましょう。校門の前にいるから、来たら声をかけて頂戴』
成瀬はそう告げ、電話を切った。お出迎えをしてくれるのか。思えば長話になってしまった。鈴姫にはその間、ずっと立っていたことになる。
「すまん。今終わった。負担かけさせて申し訳ない……」
「大丈夫よ。何も問題ないわ」
鈴姫は全然気にしていなかった。ピンピンしていて、本当にタフである。その分、体力も凄い。
「で、生徒会会長からは何て来たの?貴方また……」
「違う、逆だ。対象は俺とお前だ、鈴姫」
「え……?え?」
鈴姫はきょとんとしていた。頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるかのような顔を浮かべている。
「――成瀬からの連絡……。今回学校側が俺とお前に個別指導を行うことが決定された。これは「問題児」の意味ではなく、一種のボディーガードだ」
俺は先ほどの連絡を鈴姫にわかりやすく説明した。全校生徒には今回の騒動は機密事項として外部に漏らさないように誓約書を書かせる事、うちの学校は有名校であることからマスコミに情報が行き渡らないようにすること、外部に情報を漏らした者は除籍にすること。そして、目的は鈴姫を全力でサポートすることであると。
「……」
「授業も先生が時間を作って俺たち二人に授業をしてくれるそうだ。全面的なサポートは俺、城馬。成瀬の三人と先生だ。成瀬はかなり気を遣ってくれたんだ」
学校は鈴姫が昨日の騒動を招いたことに対する執着はなく、逆に彼女を事件から守ろうとしているのだと付け加えた。
「……そう」
鈴姫はそっと一言つぶやいた。その言葉からは重みが感じられた。
改めて自身がどういう立場に立っているのかを理解したかのように、静かに言った。
「……逆に言うと、俺たちの立場はしばらく拘束されることになるのだが、こればかりはやむを得ん。その当たりを理解してくれたら助かるのだが……」
「大丈夫よ。私も今、貴方達三人以外の人間には極力接触したくない気分なの」
「そうか……」
「クラスでぽつんといるより、貴方をいじり倒すのが楽しみだわ」
「そっちに論点を置くな」
「少し急ぎましょう。生徒会長も待っているわ」
俺は携帯のディスプレイを見る。時間は現在八時十五分。少し急がねば。
しかし、鈴姫の歩くペースを崩すわけにも行かなかったのだが、彼女は「問題ないわ」と言い、松葉杖を大きく前進させて歩いていった。俺もその後ろをついて行く。
今日からしばらくは、学校に世話をかけさせることになりそうだ。
学校に到着、校門前には生徒会長の成瀬が待っていた。
「おはよう。無事にこれたわね」
「別に何も起きなかったぞ。鈴姫も案外ペースが速かったものでな」
「こけたりしなかった?」
「問題ない」
成瀬はうなずき、一緒に校舎に入った。鈴姫の靴を脱がす作業を手伝い、成瀬の後ろについて行く。
「まず貴方達には職員室に来てもらうわ」
今後の学校生活が特殊になるからその説明よ、と成瀬は説明した。確かに個別授業で且つ事件を伏せる対策でもあるから、学校側も相当気を張っているに違いない。
「しばらくは世話をかける……」
「気に負うことはないわ。騒ぎが収まるまでの間は大人しくしていて欲しいだけよ」
「だいたいどれくらいの日程になりそうだ?」
「期間は一週間。早くて三、四日で治めるつもりよ。基本的には学校側がその対処をし、私たちは三笠さんの介護の回る……。兼生徒会として学校の手伝いをするといった感じかしら…。その後の介護については、基本聖童くんと私たちで行うわ」
……対処は学校の仕事、俺たちは介護。生徒会の仕事もそこの属することになる。
成瀬は一旦立ち止まり、こちらに振り向いた。
「三笠さん」
成瀬が呼んだのは、鈴姫だった。鈴姫はぴくっと成瀬に視線を向けた。
「少しの間、学校生活が変わるけど、私たちは貴方を全力でサポートするわ」
「……」
「騒動のことはもう気にしないで。後は私たちがするから。全校生徒達にも外部に情報を漏らさないように徹底するわ」
鈴姫は黙ったままだった。少ししてそっぽを向く。
「……どうして……」
「……?何かしら?」
小さくつぶやいた鈴姫に、成瀬が首をかしげる。鈴姫は真剣な眼差しで成瀬に問いかけた。
「どうしてそこまでしてくれるの?気にしない訳ないじゃない!」
「鈴姫……?」
鈴姫は低いトーンで、しかし真っ直ぐに貫くかのように彼女は話し続けた。
「今回の騒動は私が引き起こしたこと。その責任は取らなければならない。そもそも、学校に行けること自体がおかしいんじゃないかと、昨日の夜思っていたのよ。普通なら家庭謹慎になってもおかしくないはず。昨日の注意も厳重注意だけ。どうしてそんなに甘やかされているのか、自分でも分からない……」
「……」
成瀬は黙って鈴姫の話を聞いていた。鈴姫の言うことは確かに正論だった。昨日の騒動は家庭謹慎レベルといっても過言じゃないかと、不本意ながら感じていた。教師からの厳重注意も、ただ甘やかされているんじゃないかと感じていたらしい。
鈴姫はもしかすると、自分は「同情」されているのを感じているのかもしれない。彼女はそれを一番嫌う。「同情」されることは、さらに自身を陥れることであると。
ただ一つ、俺は感じていた。
“――鈴姫は完全に「脆く」なっている”。
自身を奮い立たせようと一生懸命頑張ってきたことを俺は知っている。しかし、今の彼女はかなり無理をしているようにも見えた。
以前話してくれた、「自分で全て背負う」という言葉を思い出す。鈴姫は今、まさにその状態だった。
「俺から一つ言わせてもらう」
俺はあの時約束したことを忘れはしない。一緒に背負っていくことを、彼女に誓った。
彼女のパートナーであり、彼女を守ると宣言した。抜かりはない。
「――確かにお前は責任感が強い。だが、その分無茶をしているようにも見える。言ったはずだ。一人で全て背負い込もうとするなと」
「――っ!?」
鈴姫は驚愕した表情でこちらに振り向いた。今の自分を見破られたのか、図星を突かれたかのような顔をしていた。
「この期間はある意味お前にとって「広い空間」じゃないかと俺は思う。要するに、休憩だ。ストレスを存分に解消すればいい」
出来るだけ穏やかに語りかけた。今の鈴姫は、一つの攻撃で完全に崩れてしまうと感じたのだ。
自我を失い、暴走するのではないかとも感じたのだ。
「俺はお前のパートナーだ。出来る限りのことはするし、ここで一旦リセットしても良いと思う。これはお前に同情しているんじゃなく、お前のためになればいいと思って言ったんだ。ストレス解消に存分時間を費やしていけよ」
「……」
鈴姫は沈黙し固まった。これ以上は触れない方が良さそうだ。少し刺激を与えると崩れしまいかねん。極力、鈴姫を刺激しないように細心の注意を払った。
「聖童くんの言う通りよ、三笠さん」
今度は成瀬だった。彼女も俺と同じ考えを持っていてくれたようだ。
「今回の目的は、外部に情報を漏らさないことが一つと、三笠さん。貴方に少しでも楽になって欲しいの。貴方と聖童くんを個別においたのは、貴方が負い目に感じていることを少しでも避けるために、親しい人間だけを置くことで精神面の負担を軽くできればと思ったのよ」
成瀬は自分がアイディアを考えたかのように言った。どこか引っかかる所がある、念のため、成瀬に訊いてみた。
「お前……、報告書に何書いたんだ?」
「三笠さんにとって聖童くんが一番の理解者であると、昨日言ったわ。鶴来と私はサブのようなものよ。メインは聖童くんが三笠さんのストレス解消の道具になること」
「おいコラちょっと待て!今道具と言わなかったか?」
「愛玩道具とでも言っておきましょうか」
「表現が恐ろしすぎるわ!生徒会長の質が落ちるから止めろ!」
「じゃあ、性道具?」
「――っ!」
こいつ、今何と言った!?滅茶苦茶なことを言わなかったか!?
「こう見えて下ネタは得意な方よ。女の子同士の下ネタは結構楽しいわ」
「やめんかコラァ!」
衝撃の事実が発覚した。生徒会長・成瀬来夢は下ネタ好きだった!
俺の中の清楚な成瀬が脆くも崩れ去った……。
何と言うことだ……。俺の親しい人間はやはりどこかがぶっ飛んでいた。何だろう、この儚さは…。やはり、俺がおかしいのだろうか…。
「貴方だけがまともだと思ったら、大間違いよ。聖童くん」
「な……っ!?」
その成瀬にトドメを刺された。やはり俺がおかしかったのか、間違った観点を持っていたのか……。
せっかくのかっこいい(我ながらナルシストな発言)シーンが台無しである。
「生徒会長の言う通りよ。貴方は私の性玩具なのだから」
「誰が性玩具だ!」
「へえ……。ねえ、昨日聖童くんは私に二人の関係を訊かないで欲しいと言っていたけど、あれってそう言うことだったの?」
成瀬がにやにやしながらこちらに詰め寄ってきた。……悪寒がした。
「お前もお前で便乗するな。お前ら徹底的に俺をつぶす気か?だったら俺にも考えがあるぞ」
「……」
固まった。――なんだこの状況。まるでこちらが悪者みたいに感じた。
「――くふふ」
成瀬が一歩下がって腹を抱えながら笑いをこらえていた。隣にいる鈴姫も若干震えているのが分かった。
……これは、嵌められた。
そして成瀬は大笑いした。
「あはははははは!笑えるわ!」
彼女はひいひいと笑い続ける。どんだけ笑ってるんだ。
「本当、貴方ってすぐ本気にするのね!神経質過ぎよ」
「ふ……っ、くくく……っ」
鈴姫も静かに笑っていた。意気投合しているんじゃないかと思うくらいの二人の会話の罠に、ピッタリと嵌ったわけだ。
「冗談に決まってるじゃない。これだから貴方をいじり倒すのが面白いのよ、司」
「何の褒め言葉にもなってねえぞ」
「三笠さん、貴方センスあるわね!私以上のいじりっぷりよ!」
「生徒会長もかなりのドSね。中々面白かったわ」
「ああ、生徒会長なんて呼ばなくても良いわ。普通に呼んで頂戴」
成瀬は涙を浮かべ、腹を抱えながら鈴姫に言った。
……こいつ、ガチでツボにはまっている……。
「ああ、笑った笑った。朝から賑やかで楽しいわ。私と三笠さん、気が合うと思うのだけれど……。良かったら仲良くしましょ?」
「こちらこそよろしくお願いするわ」
本当に意気投合していた。これは俺をいじり倒すためのやりとりにも見えた……。
「――いつか下克上してやる」
「それは楽しみね。下克上されたいM……。悪くないわ」
朝から何の会話をしているんだ俺たちは……。特に自分。情けなさ過ぎる……。
「さあ。時間もないし、そろそろ行きましょうか。概ね、状況はつかめたと思うけれど」
「……ったく」
成瀬は踵を返しゆっくりと歩き始めた。俺たちもそれに続く。
「……司」
鈴姫がそっと俺に声を告げてきた。
「……さっきはああ言ってくれて……、ありがとう。とても助けられた気分だわ」
「……お前の負担が軽くなったなら、それでいい」
「ええ……。行きましょう」
鈴姫の負担はどうやら少し和らいだようだった。先ほどの会話劇も含め、俺は安堵の息をついた。