第五話 パートナー
「きゃああああ!人が!」
「人が落ちてくるぞ!?」
三笠の転落に気付いた運動部たちが部活を停止し、玄関前に集まってくる。城馬はその場に固まったままだった。
俺は大急ぎで転落する位置を特定し、走った。
(間に合え……っ!)
三笠が落ちてくるスピードは猛烈に速く、このままでは地面に叩きつぶされてしまう。
俺はその場から転落位置に飛び込み、三笠のキャッチに備えた。
「……っ!」
両手を思いっきり伸ばし、がっしりと三笠をキャッチした。その間、両足で思いっきり着地し、ズザザザザと砂嵐が走る。
砂嵐で視界が遮られる。眼が痛んだが三笠だけはがっしりと離さずに両腕で支える。やがて砂嵐がやみ、三笠を確認する。
――どうやら無事のようだった。体に目立った傷はなかった。
「聖童くんっ!」
城馬の叫び声が聞こえた。後ろががやがやと騒ぐ。そこには教職員(部活の顧問)の声も聞こえた。俺はそれに背を向けたままだった。
「……」
俺は無言で答える。三笠は無事だった。俺が三笠を抱えている姿を皆が確認し、一斉に歓声の声があがった。そこに城馬がかけつける。
「み、三笠さん!?」
城馬は驚きを隠せなかった。落ちてきた女子が同じクラスメイトの三笠であることを。
「大丈夫!?生きてる!?」
「騒がなくても大丈夫だ。見ての通り、無事だ」
そう答えた。それはいいものの、――俺はこの女に強烈な怒りがわいていた。
「うぅ……」
三笠が目を覚ました。その表情には、何が起こったのか分からないような様子である。
「聖、童……くん……?」
――俺は三笠の胸ぐらを掴み、ヘッドロックをかました。
ものすごい衝突音がした。後ろにいた皆がそれに驚いていた。
「ちょっ!?聖童くん!?」
目の前にいた城馬が声を荒げた。皆が何だ何だと騒ぎ出す。三笠は激痛に悶絶していた。俺は声を荒げて言った。
「貴様……、死にたいのか!この馬鹿が!」
「っ!……!」
三笠が眼に涙を溜めながらこちらを睨んでくる。しかしそれは痛みにこらえているのか苦痛の表情をしていた。
「危ない行動をするからこんな事になるんだ!お前のおかげでどれだけの人間が迷惑したか分かっているのか!?ふざけるな!」
「っ……!くぅ……っ!」
さらに苦痛の表情が見える。これは相当痛みがきているようだった。右足を抑えていることから、どうやら右足を捻挫したらしい。
ここで怒鳴り散らしても埒があかないので、三笠を抱えたまま立ち上がり、校門の中へ向かった。
「聖童くん、待って!」
城馬が声をかける。そこでいったん立ち止まり振り向いた。ものすごい真剣な顔でこちらを見つめてきた。
「私に何かできることはない?」
「とりあえず担任の先生に報告しといてくれ。保健室の先生には俺から事情を説明しておく」
「わかったわ。それと……」
「何だ?」
「用事を済ませた後、生徒指導室に行きなさい。三笠さんへの頭突きは立派な暴力だよ。私から先生に伝えておくから」
「……」
結局、また叱られる羽目になったか。仕方がない、あれは頭に血が上ってやった行為だ。罰は後で何ぼでも受けてやる。
とりあえず、三笠を保健室に連れて行くことが先だった。このままだと腫れが酷くなりかねん。俺は三笠を抱えたまま正面玄関に足を運ぶ。
「う……、くっ……!」
三笠が苦しそうに眼を開け、こちらを見てきた。
「お、降ろしなさい……!」
俺に抱えられていることに気付いたのか暴れだした。馬鹿言うな、その足で歩けるか。
俺は抗う三笠を無理やり両腕で体を抑え込み、何もできない状態にした。所謂お姫様抱っこである。
「降ろしなさい!殺すわよ!」
「ジタバタするな、今の状態で歩けるわけないだろ」
「さっきはよくもヘッドロックをかましてくれたわね……!後で覚えておきなさい……!」
「大丈夫だ。それに関しては後で十分に叱ってもらう」
「絶対に……、許さない……っ!」
三笠はかなりお怒りのようだった。今俺に抱えられている状態が嫌だったのもあり、さらにヘッドロックをかまされたことに腹を立てたようだった(まあ当たり前だが)。
三笠はさらに抵抗するかのように、俺の胸板を何度もグーで殴ってきた。
「暴れるな!また怪我したいのか!?」
しかし三笠は攻撃をやめない。このままでは保健室にもいけない。後ろにいる生徒にも迷惑がかかる。
かなりがやがやしているようだった。このままではまずい……!
「――三笠さん!いい加減にして!」
横から恫喝が聞こえた。城馬だった。
「貴方は今大怪我をしているのよ!しかも、あんな危ないところで独り歩きして……!あれで聖童くんが助けてくれなかったら、貴方本当に死んでいたんだよ!?」
「……っ!」
「それこそ学校中に迷惑がかかるわ!お願いだからもう危険なことはしないで!」
城馬の一喝に、三笠は怯んだ。
――城馬の喝は相当効いたようだった。これは助かる。
「それと……、部活をしていた皆さんは部に戻ってください。ここは私たちが何とかします。お騒がせしました、申し訳ありません」
城馬は皆に振り向き、一礼をした。皆はその場から徐々に退いていった。
「――本日、学内でトラブルが起きました。職員はあとで職員会議を開くので会議室に来てください。今日は部活動全般、早めに切り上げるようにしてください」
先ほどいた運動部の顧問の先生の声だった。そう言えば、部活動全般の統括の先生だったな。あのあと、職員室に戻ったのか。
俺は三笠を抱えたまま、城馬に謝った。
「すまん、城馬」
「それはいいから聖童くん、早く三笠さんを保健室に連れて行ってあげて」
「ああ、わかった」
俺は踵を返して三笠を保健室に連れて行こうとした、が――。
三笠が片手を無理やり伸ばし、城馬のスカートを思いっきりめくったのだ。
「……ッ!」
今朝に見た、白いパンツが大胆に姿を現し、再び俺の視界に映ってしまった。
「……」
城馬は長い沈黙をした後、顔を真っ赤にして声にならない叫びをあげた。
「~~~~~~~~~っ!」
スカートを片手で隠し、城馬の鉄拳が俺の右頬にストレートで直撃した。
――もはや視界もどこかに吹き飛び、直立不動のままその場に固まった。うん、ものすごく痛かった。幸い、後ろの生徒たちはすでに退いていたのでその光景が見られることはなかった。俺は顔が腫れたまま踵を返し、保健室に向かった。このまま俺も一緒に治療してもらおう。
三笠を抱えたまま保健室に向かったとき、また暴れるのではないかと若干心配したが。
先ほどの城馬へのスカートめくりに満足したのか(懲りることを知らないのか)、大人しくじっとしていた。右の頬の痛みは我慢するしかなかった。
ふと、三笠が声をかけてきた。
「貴方……、よく我慢できたわね。あれだけ殴られておいて」
「誰のせいだと思っているんだコラ」
「城馬さんのパンツは如何だったかしら?」
「……っ!」
思わず顔をそらす。こいつ、なんてことを聞いてくるんだ……!
「私からの大サービスよ。女の子のパンツを大胆に見られる事なんて滅多にないわよ。これで貴方も立派な変態ね」
「それ以上しゃべったら今度はヘッドロックじゃ済まさんぞ」
あれは完全な不可抗力だ。この女、俺が抱えているのを計算してあんな事をしたのか……!?許すまじ!
「まあ、以前に私のパンツを見れただけでも幸せに思いなさい。女の子のパンツは男の子にとって凄くロマンなのよ」
「男がそんな物にときめくか!男のロマンはもっとかっこいいのだと言うことをよく覚えておけ!それと、年頃の女子がパンツパンツと連呼するんじゃねえ!」
こいつは貞操観念が薄いのか?いや、寡黙の令嬢に関してそれは絶対にあり得ないはずだ。男にとってそれこそロマンの崩壊だ。
保健室に無事たどり着き、ドアを開けた。しかし、先生は不在だった。恐らく職員室に行っているのだろう。とりあえず三笠をソファーに寝かせ、保健箱の中から(無断に)湿布を取り出す。ここまではいいのだが……。
(どうしたものかな……)
どこから対処していいのかがさっぱり分からなかった。三笠のニーソックスを脱がして貼り付けるか? いや、余計に腫れがひどくなるんじゃないのだろうか。腕組みをして考える。三笠が睨むようにこちらを見て言った。
「何考えてるの?私のニーソックスを脱がす事に興奮してるの?最低な男ね、この変態」
俺はカチンときたので、三笠の顔面いっぱいに湿布を貼り付けた。
これ以上はしたない言葉を浴びせられるのはこちらとしてもかなり苦痛だったので、とりあえず黙らせる手段として行動に移した。
三笠はかなり苦しそうに蠢いている。ようやく湿布を顔から取り外し、叫んで言った。
「何するのよ!窒息死するかと思ったじゃない!」
「そのままあの世に行って閻魔大王に舌を引っこ抜かれてこい」
「何ですって……!?」
俺と三笠がにらみ合っているところに、保健室の扉が開かれた。
「何やっているんだお前ら……」
そこには保健室の先生(女)と担任の山口先生、さらに城馬と生徒会長の成瀬がいた。
「……なぜ成瀬がいる?」
「私がいて悪いかしら?」
「お前には関係ないだろ」
「関係ない事なんてないわ」
成瀬はキリッとした表情で言った。城馬に呼び出されたのだろうか。
「――鶴来から聞いて分かったのよ。生徒会か長たる私も迂闊だったわ……。まさか、このような大事な事になるなんてね……。よく抑えられたわね、聖童くん」
「やはりお前か、城馬」
城馬は何も言わないままこちらを見てくるだけだった。
「とりあえず、急いで手当を……」
保健室の先生が三笠の応急処置を行った。三笠の右足のニーソックスをゆっくりと脱ぎ始めた。
彼女のすらりとした右足が妙に艶めかし……。
(って違う!そんなこと考えている場合か!)
これ以上見るとさすがにまずいので俺はそっぽを向いた。
「……っ!」
三笠の苦しそうな声が聞こえた。どうやら相当痛めているように思われた。
「――うん、典型的な捻挫だね。右足が青ざめてる。氷で冷やして湿布をして包帯で処置をしておきましょう」
そう言って、先生は応急処置を始めた。担任の山口先生がこちらに詰め寄ってきた。
「話は城馬から聞いた。三笠、大丈夫か?」
「……」
三笠は無言のままだった。何もしゃべらない。ただじっと山口先生を見つめるだけだった。先生はため息をついていった。
「全く……。あそこは立ち入り禁止なんだぞ。そこを一人で危なっかしく歩いて……。何がしたいんだお前は?」
「……」
「あのまま死んでいたら、学校中が大騒ぎになる。ニュースで騒動にもなるし、残された人たちや遺族が悲しむぞ?」
「……私に遺族なんていません」
「――っ!」
ここで三笠が初めて話した。
「自分に遺族はいない」。
どうやら山口先生は地雷を踏んでしまったようだった。
入学当時、三笠は特別支援を受けていた。理由は施設で育っていたからだ。学校はそれを把握した上で、授業料の免除や特待生として三笠を迎えている。
「いや……、その……、悪かった」
「いえ、いいんです」
「と、とにかくだ。今後は一切あの場所に近づかないように。屋上は基本的禁止だが、私たちはそれをあえて黙認しているんだ。今回は本来なら家庭謹慎だが、厳重注意だ。気をつけるように」
「はい……、分かりました。ありがとうございます……」
三笠は冷静に答えた。
「分かればよし。三笠は後で病院に連れて行くとして……」
山口先生は俺の方を見てきた。なんか顔が怖い……。
「お前は何度女子生徒に暴力をふるえば気が済むんだ!?」
最初の発生はそれだった。何度と言われても、今回二度目なのだが。
「生徒会副会長たる者が生徒に暴力をふるうなど言語道断だ!たとえそれが救命行為の怒りであったとしても暴力は絶対にならん!そこら辺をよく考えろ、聖童!」
「……すいません」
「……だが、三笠を助けたことは見事なことだ。それは賞賛する。よくやってくれた」
先生の顔が穏やかになる。なぜか救われた気分だ。城馬が伝えてくれたのだろう。
「山口先生、聖童くんは私の貴重な右腕です。城馬さんの推薦はもちろんのこと、彼は学校のために精一杯活躍してくれています。あまり聖童くんを責めないでください」
成瀬が先生に一言告げた。
「……」
「それに……。――聖童くんは今、三笠さんのために一生懸命頑張ってくれています。彼女の気遣いが出来るのは、聖童くんの他にいません」
成瀬は言い聞かせるように山口先生に説得した。「貴重な右腕」と言う言葉は正直凄くありがたかった。成瀬が俺に対する絶大な信頼を寄せている表れなのかもしれない。
確かに俺は感情を剥き出しにすることがある。普段は冷静ではいられるが、一部の人間には容赦のない制裁を下す。暴力が正当とは言えないが、時には体で分からせると俺は考えてきた。訳の分からないチンピラ連中は特にそうだ。女子生徒への暴力は普通あり得ないが、三笠に対しては何故か(もちろんチンピラとは全然違うが)そうしておかないと大人しくならないのではという直感が何となくあった。俺もそうだが、三笠もたまにド阿呆なところがあるな。
山口先生は成瀬の話を聞き、静かに言った。
「成瀬の言いたいことはよく分かった。しかし、暴力は見過ごせん。……ところで聖童、その右頬の腫れはどうした?」
「……三笠に殴られました。しかもグーで」
「何嘘を言っているのよ?殴ったのは城馬さんでしょ。パンツを見られたことに恥辱な思いをして、貴方を思いっきり殴ったのよ」
「何?どういう事だ!?」
山口先生がびっくりしたような顔で俺たちの会話に突っ込んできた。
こいつ、せっかく城馬を庇おうとしたのにいらんことを口にしやがった!
「おい聖童、どういう事だ?」
山口先生が詰め寄ってくる。俺は仕方なく簡単に説明をした。
俺が落ちてきた三笠を助けヘッドロックをかました後、保健室に連れて行こうとしたが三笠が暴れ出し、城馬の一喝で場は収まったが、三笠が無理矢理城馬のスカートを思いっきりめくり、城馬は叫びながら俺の顔面に右ストレートを喰らわし見事にクリティカルヒットして、ふらふらしながら保健室に向かった。保健室に無事にたどり着き、三笠の足に湿布を貼ってあげようとしたがどうしていいのか分からず、彼女と言い争いになって顔面に湿布を貼り付け黙らせた。そこに城馬を含む四名の関係者たちが駆けつけてきたのだ。以上、説明終わり。
山口先生は呆れた顔で言った。
「聖童と三笠はこの後生徒指導室に行くように。城馬は正当防衛と言うことで今回の件は無罪だ。お前ら二人、頭を冷やしてこい」
結局、俺は生徒指導室へ行くハメになったが、三笠も一緒に来てもらうことになった。まあ、そこは良しとしよう(もちろん、そこで保健室の先生に治療を施してもらい顔面にガーゼを貼ることになった)。
成瀬はニコニコしながらこちらを見て言った。
「本当に聖童くんと三笠さんって仲がいいのね。そのうちカップル成立しちゃうんじゃない?」
「……っ!」
なんてことを言ってくるんだこの生徒会長は!?カップル成立だと!?そんなこと死んでも認めんぞ! 確かに契約は結んでいるが、それ=カップルだなんてとんでもない。それこそダークネスな組み合わせだ!
「……今聞き捨てられないフレーズが聞こえた気がするのだけれど」
今度は三笠が問いつめてきた。何なんだこの展開は!?というか、なぜお前がそこで問いつめる!?益々ややこしくなるだろうが!
「聖童くん。生徒指導室に行った後、ゆっくりお話ししましょう」
「……っ!」
なんかとてつもなく嫌な予感がした。体中からぶわっと汗が吹き出たような感じがした。なんなんだ、この空気は……!
「コホン……。とりあえず行こうか、二人とも」
「しっかり頭を冷やしてきなさ~い」
そう言って手をひらひらしていたのは成瀬だった。
こいつ、俺が怒られるのをどれだけ楽しんでやがる……!
「……聖童くん、ごめんね……」
一方の城馬は申し訳なさそうに言って俺たちを見送った。
「殴っちゃったことは、ちゃんと詫びるから……」
やはりお前が一番しっかりしているよ、城馬。
三笠は車いすで向かうことになり、俺と三笠は仲良く生徒指導室に連れて行かれた。
本当、ざまあないぜ。罵倒の意味で。
生徒指導室に連れて行かれ指導部の先生からは「どのような理由であれ、暴力はいかん。いい加減懲りろよ」とあきれ顔で言われた。もちろん暴力なんざしたくなかった。その後は「よくやった」と賞賛もいただくことが出来た。今回はそれほどのことではなかったように思えた。一方の三笠は「危険なところに身を乗り出さないように」と注意を受けた。
俺と三笠は生徒指導部から反省文を書かされ提出し終えた後、生徒指導室を後にした。
全く、今日はいろいろと偉い目にあった……。今までの人生でこのような経験をするのは恐らく始めてではないだろうか(特に三笠と城馬)。俺と三笠は保健室にいた。
肩をすくめ、ため息をつく。三笠は車いすに乗せられ、窓の方向に顔を向けていた。一緒につられて見てみると、部活動は既に終了しており、そのほとんどが校門に向かっていた。あれが全て三笠が原因だと思うと、なんだか切なくなる。
「多大な迷惑をかけてしまったわね……。部活動をしていた人たちには、申し訳ないわ……」
「……」
割と本気で反省しているように見えた。先ほどの痛みとは別に、どこか虚しそうだ。但し、表情そのものはポーカーフェイスであるが。
「本当に……、不甲斐ないわ」
「今日に懲りたら、もうしないことだな」
「うるさい。言われるまでもないわ」
「口だけは達者だな……。お前、言葉で人を殺めるなよ」
こいつは本当にツンが多いな。まともに受け止めたら自殺しかねないくらいの毒舌の持ち主だ。言葉は時に人を殺す。恐ろしいものだ。
「そんな簡単に人は「言葉」で死にはしないわ。意外としぶといのよ、人って」
「これまでお前が言い放ってきた人たちを思うと、ど突きたくなる発言だな」
開き直ってやがる。それこそ反省して悔い改めて欲しいものだ。そうでなければ、やられた人たちが可哀想すぎる。
しかしその反面、人間不信である三笠からしてみると、逆に納得してしまう自分もいた。
まあ、屋上で一度話をした位だからそれは頷ける。
「聖童くん」
三笠は振り向きもせず、俺の名前を呼んだ。
「何だ?」
「私は貴方に“話がある”と言ったわ……。覚えてる?」
「……ああ、言ってたな」
そういえば、生徒指導室に行く前に三笠は俺に「話がある」と言っていた。俺が予感するに、それほど重要な話ではなさそうに思える…。
「――貴方は私のパートナーよ。その進展を図るために、色々と考えたのだけれど……」
「……パートナー?」
「屋上で話をしたあのとき、私と貴方は“契約”を結んでいるのよ。それをパートナーと言わずとしてなんと呼ぶの?」
「何か設定が中二病っぽいな、“契約”という言葉は……」
「グダグダ言わない」
無理矢理黙らされた。三笠は続ける。
「パートナーとして今後からはお互い“名前”で呼びましょう。私は貴方のことを「司」と呼ぶから、貴方は私のことを「鈴姫」と呼びなさい」
「……は?」
何だその唐突な展開は。滅茶苦茶すぎにも程があるわ!
「いつまで沈黙しているのよ。名前で呼び合うのよ」
「……名をか……?」
「わかった?司」
「……!?」
とてつもないインパクトが体中に響き渡った。三笠の口から、「名前」で初めて呼ばれた。しかも素顔で。女性からそう呼ばれるのはこいつが初めてだ。
ううむ、これは何かを予感させる展開になりそうだ。今後の事を考えねばなるまい。
「いい加減考えるのを止めてさっさと呼びなさいな。私の名前を」
「……鈴姫」
「もう一度」
「鈴姫、足の方は?」
「だいぶ楽になったわ……って、どさくさに紛れて話をそらそうとしない」
ちっ、読まれていたか。うまく流そうとしたのだが、簡単にはいかせてくれないようだった。
「……まあいいわ。でも、なんだかくすぐったいわね」
「……」
――実を言うと、かなり恥ずかしい。これは来るものがあった。
三笠……、否、鈴姫の名前を呼ぶと言う行為そのものに、すごい勇気が要る。段階を飛ばしすぎているようにも思えるのだが……。
そう言う鈴姫も、「くすぐったい」とこぼしていた。お互い恥ずかしかったのだろう。そう言うことにしておこう。
「これからは、貴方を「調教」してあげる」
「意味が分からん。パートナーの趣旨をずらしてどうする」
こういうところが鈴姫の悪い癖だ。すぐに舞い上がる。先ほどの会話は、鈴姫が上であることを強調したかったことが何となく分かった。しかし、気になる点が一つあった。
「それよりお前、今後お互い「名前」で呼び合うに当たって、周りからどう思われるか分かっているのか?」
「……」
真っ先に結論を言う。こいつは何も分かっていなかった。名前で呼び合うと言うことは、「恋人同士」のイメージが周りに執着してしまうのだ。「寡黙の令嬢」が聞いて呆れる。
「お前……、馬鹿だろ?」
「うるさい、死ね」
「典型的な言い訳だな。お子様か?」
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね。さもなくば殺す」
「お前な……。もう仕方ないだろ」
「……っ!」
鈴姫はぎゅっと拳を握りしめ、少し顔を赤くしていた。鈴姫にとってはある意味、恥辱かもしれん。
「これ以上意地を張っても仕方がないだろ……。仕方がない、俺がごまかす」
「……これ以上ややこしくなるのも嫌だから、好きにさせればいいわ」
「……」
素直になった。逆に開き直ったとでも言おうか。面倒ごとは避けたいというのはよく分かった。考えるのも馬鹿らしかろう。
そこに、保健室のドアが開かれ城馬が現れた。
「聖童くんと三笠さん、いる?」
「ここにいるぞ」
「……」
鈴姫は返事をせず、じっと城馬を見つめていた。しかも、睨んだ目で。
しかし、城馬は何も気にせず続けた。
「さっき、職員会議が終わったみたいでこれから三笠さんを病院へ連れて行く事になったから、二人の鞄持ってきたの。あと、あの時は殴ってごめんなさい……」
「……もう気にするな。世話をかけた」
城馬から鞄を受け取り、片方を鈴姫に渡す。鈴姫は何も言わず鞄を受け取った。
鈴姫は城馬のことを良いようには思っていない。ここからは俺の推測だが、鈴姫からしてみれば「余計なお世話だ」と言いたかったのかもしれない。彼女の性格を把握している上で感じたことだ。鈴姫はその後、そっぽを向いた。
「三笠さん、その様子だとだいぶ楽になったみたいだね。保健室の山脇先生の早急な対処のおかげね」
城馬は鈴姫に対しては良好的な態度である。鈴姫の無愛想な態度にあえて流したのだろう。城馬も鈴姫は「苦手だ」と言っていた。何より、威圧感が凄いのである。先ほど俺と話をしていた時や顔を少し赤くしていた時とは全く違う雰囲気を漂わせていた。
「……」
鈴姫は何も言わない。ただ、じっとしているだけだった。そこにフォローを入れるのが俺の役目である。
「とりあえず……、鈴姫の状態は今は安泰だ。大分落ち着いている」
「……聖童くん?」
「何だ?」
いきなり突っかかってきた。しかし、ここはポーカーフェイスでうまく流す。
「今……、三笠さんの事……」
「……そこは想像に任せる。言っておくが疚しいことは何もない。二人でお互い名前で呼び合うことに決めたんだ」
唐突に、しかも無理矢理に決められたことは内緒にしておく。
「えっと……、どういう事?」
「あえて言うなら、先週の木曜日だ」
「……ああ」
城馬は手をポンと掌にのせ、頭に電球が浮かんだかのように頷いた。
「あの時から、ずっと一緒だったんだね」
「理解が早くて助かる」
「その後の進展は私の妄想から形成しておきます」
「……ご自由に」
それ以上は何も言わなかった。
城馬は「うん!これは素敵な展開ね、これで四日はいけるわ!」とか、なに男子のオカズみたいなことを言っているんだお前はとか思いつつ、三人そろって保健室を出た。こいつもこいつでキャラクターが崩壊しているようにも思えるのは気のせいだろうか……。
ちなみに、城馬に殴られた右頬の腫れは大分引いていた。
窓を見ると空はもう暗く、時間は午後六時半を指していた。
俺の家庭について少し語っておくと、父親は海外出張で、母親は夜勤の仕事が多いため、家に帰ってくるのは週に三回である(土日も仕事で夜勤あり。但しその分給料が高い)。ほぼ一人暮らしのようなもので、家事は俺一人でこなしている。料理はそこまで得意ではないが、何とかこなしている。肝心な生活費は母親がしっかり管理しているので、必要以上のものは出さないし買わない。娯楽にあるとすれば、音楽CDやギター関連(アンプやエフェクターなど。他には弦や楽譜)パソコンか。ゲームにはあまり興味がない。逆に充分過ぎると言っていい。
今日の帰りは相当遅くなるに違いない。帰って食事は何かあったか……?
そんなことを考えている内に、校舎の下駄箱前に来た。そこに、保健室の山脇先生と成瀬が来ていた。山脇先生が言った。
「病院に行きましょう、三笠さん。病院にはもう言って予約を取っているから」
「五人で行きましょう。私たち三人は関係者です。山口先生は用事があって連絡を待つとのことでした」
成瀬が詳しく説明した。三人とは俺、城馬、成瀬である。
行く意味あるのか?特に成瀬。
「聖童くん……。言っておくけど、今回の事件は生徒会も関わっているのよ。特に、生徒会副会長である貴方は」
「物の悪いような言い草だな……」
「生徒会が関わっている以上、黙って見過ごすわけにはいかないわ。山口先生からの報告も任されているし」
「そこは教師の仕事じゃないのか?」
つっこんだ俺に、山脇先生が言った。
「人手が足りないのよ。職員会議の後、ほとんどの先生は部活動の子たちに事情説明と報告書を作らないといけないの。引率の教師は私一人になっちゃうから、生徒会会長である成瀬さんにお願いしたのよ」
「……」
逆だろ、それ……。
本来は俺が報告すべき仕事のはずである。何故成瀬がせねばならんのだ。当事者は俺である。その俺が報告書を書いて提出すべきだろう。
「その理屈はおかしい。本来は俺が当事者だから、俺がすることになるだろ」
「いいえ、私の仕事よ。生徒会副会長が当事者であるならば、生徒会会長である私にも責任があるわ」
「……」
「迷惑をかけたなんて思わなくていいわ。状況に気づけなかった私も鈍かった……」
成瀬は続けていった。
「それに……、三笠さんを助けたのは、紛れもなく貴方。それこそ、大仕事をやってのけてくれたわ。流石ね」
「……そうか」
それ以上は何も言わなかった。今回の件は、鈴姫を助けたことに大きな意味があったのだと解釈し、成瀬の言葉を素直に受け止めた。
「時間もありません。病院へ行きましょう」
「ええ、そうね。さ、行きましょう」
城馬が山脇先生に時間がないことを伝え、俺は鈴姫の車いすを押した。
「……」
鈴姫はその間、ただ俯いただけで一切何も言わなかった。