第四話 事故
時刻は既に五時を回っており、夕日が差し込んでいた。校内の運動場ではまだ運動部が一生懸命部活動に励んでいた。この学校は部活動にも力を入れているため、夜遅くまでするところもある。
ハンドボールやチアリーディング、体育館ではバスケやバレー部。ほかにも剣道部や弓道部、空手部が残っている。野球部とサッカー部は別のグラウンドが設けられているためそちらで行われている。今あげた運動部の中には、全国大会に出場するなど実績を持っているところもある。特に野球部とか。
文化部では、書道部や吹奏楽部、軽音楽部が残っていた。ちなみに、俺は音楽が非常に大好きでギターをしており、特にメタルやロックをよく練習している。もちろん皆には言っていないが。
正面玄関を出て、空を見上げる。
「……」
一言で言うと、今日は散々な一日だった。あんな日常はもう御免だ。今日の記憶がよみがえり、少しイラッとした。
ふと、屋上に人影を発見した。
「……?」
おそらく女子生徒だろうか。ここからはよく見えない。俺は少し学校から距離を置いてみる。
(――三笠?)
そこには三笠鈴姫の姿があった。
屋上で一人佇んでいた。強く鋭い眼差しで町の景色を眺めていた。あそこにいるのが落ち着くのだろうか。そういえば、以前あいつがチンピラに絡まれたのもこの時間帯だったような気がする。
しかし、今日は校門前には誰もいないようだ。
「あれ?聖童くんじゃない」
「……?」
背後から女性の声がした。振り向いてみると城馬がいた。学生鞄とスクールバックをもってこちらにやってきた。少し汗の臭いがした。練習が終わったのだろうか。
「城馬か、お疲れ。今部活帰りか?」
「うん。今日は予定より早めに終わったんだ」
「にしては随分練習したようだな。相当疲れも見えているが……」
「大会が近いからね。今回が最後なんだ」
「そうか……」
大抵、三年生は春か夏の大会で部活動を引退する。野球部は夏、サッカー部は来年の二月に引退する。その際に、引退する三年生の名簿が生徒会に届けられ、卒業式の部活動の活動名簿に記載される。これは学校にとって名誉なことなのである。
「聖童くんは生徒会の帰り?お疲れ様!」
「なぜそれを知っている?」
「知ってるよ?昼休みに来夢ちゃんから聞いたんだ」
「……お前あの時成瀬といたのか?」
「うん、そうだよ。聖童くんのことについてたくさん語ってきたよ」
「何を語ったんだ?」
「ひ・み・つ♪」
言って城馬はウィンクをした。女の子の仕草に少しドキッとした。と言うより、成瀬が俺の教室にきて三笠とコンタクトをとったのは……。なるほど、通りで事がうまくいったわけだ。成瀬の奴、計算したな。
三笠は生徒会の間では知られていた。元々人間不信である三笠は成瀬にとってはいいカモだ。数多くの人間に慣れ親しんでいる成瀬は、生徒会で知られている三笠を利用して俺を嵌めた訳か……。
あの野郎……。俺をとことん地獄にたたき落としやがって。確かにお世話になってはいるものの、ほかの生徒会員とは違い、俺に対してはドSぶりを発揮している。いつか逆転して奴をMに目覚めさせてやる!
「聖童くん……?目つきが怖いよ……」
城馬が若干引いていた。成瀬に対する俺の怒りが表情に表れていたのだろう。いかんいかん、冷静さを取り戻さねば。
「来夢ちゃん言ってたよ?「聖童くんは私の右腕だ」って。あの子に相当信頼されているみたいで、聞いてて安心したわ」
「その言い様はまるで失敗したかもと心配している奴のようだな……」
事実、成瀬は城馬の推薦があってこそだと今日散々聞かされた。一時は本気で帰りたい気分にさらされたりもしたが。
「でもね、彼女から聖童くんの活躍ぶりを聞いて私も凄く嬉しかったんだ。生徒会では人一倍頑張っていて、来夢ちゃんの仕事の分まで片付けてくれたって聞いたから……。聖童くんは十分すぎるほど活躍しているよ」
「……」
「私の期待に応えたいってよく口にしてたけど、私には十分すぎるくらいだよ。私のことはもういいから、来夢ちゃんをこれからも支えてほしいんだ」
「……俺は出来ることをやっているだけだ。成瀬を支えるのも俺の仕事。生徒会副会長の本命はそこにあると俺は思っている」
「ありがとう。聖童くんのそういう所、私は凄く好きだよ!」
「……っ!」
城馬の思わぬ告白に、胸が高鳴った。人から「好き」と言われるのはこんなにも胸が高鳴るものなのだろうか。おそらく、今の俺は顔を赤くしているんじゃないだろうか。かなりドキドキしている。初心であり、ヘタレもいいところだ。
俺は屋上に目をやる。
「……!?」
とんでもない光景を目にした。三笠は屋上の上にある立ち入り禁止の屋根に上り歩いていたのだ。
何やっているんだあの馬鹿!
「……?」
城馬もそれに連れられ屋上に目をやった。
「……ええっ!?なんで女の子があんな所に!?」
幸い、彼女が三笠だと言うことには気付いていないようだった。しかし、このままではいつ落ちるかわからない。俺は早急に校門に戻った。
あれは危険だ。三笠は屋上の屋根をバランスを保ちながら両手を広げて平然と歩いている。みているだけでも危なっかしい。
その時だった。
――“グキッ!”
「――!?」
「危ない!」
城馬が叫んだ。――三笠がバランスを崩し、屋上から転落したのだ。