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秋桜-AKIZAKURA-  作者: 来龍
冷酷の貴公子と寡黙の令嬢
3/13

第二話 背負い続けた傷

三笠との距離が縮まりうまく関係が持てた三日後のことである(この三日間は土日を挟んでの計算である)。


突然三笠に呼び出されたのだ。しかも屋上に来るようにとのことである。


「聖童くん、今日の昼休みに屋上へ来なさい」


たったこの一言である。クラスメイト達はし~んとなって、俺と三笠に視線を向けていた。


女子の会話から「あの二人ってどういう関係なの?」「冷酷の貴公子と寡黙の令嬢が繋がってる?」「カオスだわ……」「学校が恐ろしいことになるかも……」とヒソヒソ話が聞こえてきた。いただけないフレーズばかりである。というか、学校が恐ろしくなるとは何だ。


城馬からは「聖童くんなら大丈夫だよ」と励まされたりもしたが。と言うか、何の励ましだ?


昼休みの時間に入り、俺は言われた通りに屋上へと向かった。


階段を上がり、屋上の扉に手をかけた。そこには、屋上で一人景色を眺める三笠の姿があった。


やがて、彼女もこちらに気づく。


「……来たわね」


鋭利な目つきでこちらを見てきた。しかしそこから敵対心は感じられなかった。


「改めて、貴方に話があるの」


「……」


誰かに聞かれては困るような話なのだろうか。屋上に呼ぶと言うことは、よほどのことである以外考えにくい。まあ、告白は絶対にないだろうが。


「その前に……」


「……?」


「この前はご馳走になったわ。あのパフェ、凄く美味しかった」


この前……、三日前の出来事か。まさか、こいつからお礼を言われるとは夢にも思わなかったぞ。


「それは何よりだ。気晴らしに寄っていくといい」


「そうさせてもらうわ。道も覚えたし」


あれだけ歩いたのに道をもう覚えられたのか。となると、三笠は相当な記憶の持ち主である。


「もちろん、私のスカートの中身を見たこともちゃんと、ね」


「あれは事故だ!見たくて見たのではない!」


「これで貴方も立派な変態ね。いやらしい想像は許さないわよ?」


「あらぬ誤解だ!そんなことがあってたまるか!」


なんか楽しい会話だった。もしかすると、俺とこいつは気が合うんじゃないかと一瞬考えた。

何となくだが、距離がかなり縮んだような気がしたのだ。


「改めて話を戻すけど……」


会話はここで打ち切られる。そうだ、本来三笠は俺と改めて話がしたいと言ってきた。


ボケをかましている場合ではない。


「三日前のあの日……。私と貴方はお互い似た者同士だとあなたは言ったわよね?」


「……ああ、言った」


「そのことなのだけれど……。貴方の言っていることや考えは概ね理解できた。私に対して理解も示してくれた。ただ、ひとつ誤解しているわ」


「……?」


よくよく考えれば、俺は確かに三笠のすべてを理解できたわけではない。一つや二つの誤解はあるかもしれない。あの一日で俺と三笠の距離はかなり縮んだ。若干ではあるが、心も開いてくれたことは何よりの収穫である。三笠は続けた。


「人間不信、信頼拒否……。それは今でも変わらない。いちいち鬱陶しいのよ。つまらない虫けらごときが話しかけてくるなんて、たまったものじゃないわ」


「……」


「でも一人だけ……。――私のことを唯一理解してくれた子がいた」


「……何?」


気になるフレーズだった。三笠のことを唯一理解してくれていた子がいたのか……。


他の人間を一切近寄らせない三笠に、たった一人だけ、彼女のよき理解者がいたというのか。彼女はさらに続ける。


「その人は私の唯一の味方だった……。人間不信な私に唯一優しく接してくれた。女友達なのだけれど、彼女も人間嫌いだったわ……」


「それは……、お前と同じ境遇に立たされていた子なのか?」


「そうとも言うわね…。――何より、私と同じ虐待を受けた施設で育った子なのよ」


「――っ!?」


これは驚くべき事実だった。まさか、三笠と同じ施設で育てられた子が彼女と同じ学校にいたというのか?だとすると、この学校にも……。


「残念ながらその子は、私が高校に入学する直前に交通事故で亡くなったわ……。そして、私はまた一人になった……」


「また、か……」


「施設に育てられた時から私はずっと一人だった。だけど、その子だけは違った。私に初めて声をかけてくれたのも彼女だった。その理由は、なんだか自分と同じような雰囲気を持っていることからみたいだったけれど。私が前の施設で虐待を受けていたことを話すと、彼女も似たような境遇にたたされていたのよ。「もしよかったら、一緒にいない?」って。その時、私は確信した。一人じゃないことを……」


その後、二人は別々の施設に預けられたが、お互いは密かに手紙で連絡を取り合うようになり、頻繁に会っていたという。


中学でメンバーを作ったのも形だけであって、本当に心を開いていたのはその子だけだった。三笠がほかの友達とつるんでいたのは、二人で決めていたことであり、人間観察に勤めていたという。中身はえげつないものだったが。


「受験シーズンを迎え、高校の入試の一週間前に悲劇が起きた。その子は交通事故で事故死したの。死因は心臓破裂よ」


「……」


三笠はそのショックがあまりにも大きかったせいか、受験は何とか終えたものの、よき理解者を失ったがために人と接することを極端に嫌ったという。

人間不信、信頼拒否が激しくなったのもこの頃からだ。


――正直、この話には絶句した。三笠には壮絶な過去があった事、よき理解者を失い精神的にかなり追いつめられていた事を。


ここまで話してくれた三笠に、自身が情けなくなった。


彼女は俺よりも遥かに人間不信が激しい。人間は信用するに値しないとは、正にこの事なのかもしれない。


三笠は昔から全員の人間を敵に回していたと考えていた俺が馬鹿だった。どうやらとんでもない誤解をしていたようだ。


「……すまん。お前のことをすごく誤解していた」


「いいえ。貴方は何も悪くないわ。私が言わなかっただけの話よ。誤解するのも無理はないわ」


三笠は言って、街の景色に目をやった。最初のフレーズの「虫けら」というのは聞き捨て難いが、彼女の性格がこうなってしまった以上、必要以上のことは追求しないでおく。


壮絶な過去を背負ってきた彼女と接して、何か手助けが出来ないだろうかと俺は考えた。


俺も人間は嫌いだが、三笠だけはどうも放っておけない。彼女が背負ってきた過去の傷を少しでも和らげればと思ったのだ。


俺は息を呑んで言った。


「三笠……、俺に何かできることはないか?」


「……え?」


三笠がこちらに振り向く。きょとんとした様子だった。


「お前の今までの話を聞いて思ったんだ。お前が背負ってきた傷を…、少しでも和らげられればと思い……、力になれればと思ったんだ」


「……」


三笠の目が鋭くなった。もしかすると怒ったのかも知れない。たった一日でこんなに距離が縮んだかと思えば、それは勝手な想像だったかと思えてしまう。俺は少し彼女の回答に、身構えた。


「――馬鹿じゃないの?」


「……」


案の定、だった。やはり、三笠を怒らせてしまう結果に終わってしまったか。彼女の信頼拒否は、ここで発揮された。


「言ってはずでしょう?私は人を信頼するのが嫌なの。私が背負ってきた傷は、確かに貴方に話したけれど、誰にも触れさせさせはしないわ。この傷は自分で背負っていく。そう決めているの」


「……」


「友達が事故死したとき、私は何も出来なかった。病院に駆けつけることも出来なければ、葬式にも行けていない。その罪滅ぼしとして、私は彼女が出来なかったことを……。彼女が負った傷の分まで背負っていくと、高校入学前から決めていたのよ」


「三笠……」


「同情のつもりかしら?それなら今すぐ消えてちょうだい。私と貴方の縁は、ここまでよ」


「……何だと?」


突如、怒りがわいた。こいつは何もかもわかっていない。


「同情だと?誰がそんなことを言った!?以前にも言ったはずだ、何も出来ないやつが優しく接してくる事が同情だと!そんなものは俺も同じだ!」


「……っ!?」


三笠が一瞬ひるんだ。ここまで相手に威迫されたのは初めてなのかも知れない。もちろん、そんなつもりはなかったのだが。


「手助けと同情は違う。俺は本気でお前の力になりたいと思っているんだ。背負ってきた傷は誰にも触れさせないとお前は言ったが、それは亡くなった友達にも負担をかけさせることになる。お前はそれでもいいとでも言うのか?」


「……」


「自分ですべてを背負おうとするな。そういう時は、誰かを頼ればいい。もちろんその人間を信頼しなくてもかまわない。俺自身、――そういう経験をしたんだ」


「……っ!」


それは城馬に言われたことだった。


生徒会に就任してから彼女曰く、「聖童くんは人一倍責任感が強いから、何もかもすべてを背負わなくてもいいからね」と言われたことがある。


その一言で俺は救われたのだ。何もかもすべてを一人で背負っては、後に皆に迷惑をかけることなのだと彼女に教えられたのだ。人間誰しも責任感で背負わなくてはいけないこともあるかもしれない。しかし、それは一人でやるものではなく皆で背負っていくものなのだと。これはすべて城馬から教わったことである。


「人間を「偽善者」として見てきた俺が言うのはとても滑稽な話だが、これは紛れもない事実。せめて小さな事でもいい。俺はお前の力になりたいと思っている。これは偽りではなく本当だ」


――確かに俺は「人間は信用するに値しない」「人間は裏切りであり偽善者」という強い意識はある。


しかし、三笠のような人間をみると、自身と重なっているように見えてしまう。正直、自身と同じような人間にはなって欲しくないと俺は思っていた。


「冷酷の貴公子」が「寡黙の令嬢」に手を差し伸べるシーンは何ともシュールなものではあるが、そうはいっていられない。放っておくと、いつか潰れてしまうんじゃないかという直感があったのだ。


「……」


三笠は長い沈黙を続けた。そしてワナワナと体が震え始めた。顔はうつむいて見えなかったが、雫が落ちていくのが見えた。


「――馬鹿みたい」


ボソっとつぶやいた。確かに彼女からしてみれば馬鹿みたいに聞こえたのかも知れない。


「何よ……。貴方に私の気持ちがわかるとでも言うの?ふざけないで!」


三笠は、泣いていた。大粒の涙をこぼしていた。こんな彼女を見るのは初めてだった。


「私は……、私が背負う……。貴方なんかには、解らないわ……!」


そして彼女は泣き崩れた。目の前でわんわんと泣き叫んだ。本当に三笠は苦しんでいたのだろう。明確な理由と言うよりも、ずっと背負い続けてきたものは死ぬまで背負い続けるのだと決めていたのかも知れない。


見る限り三笠は、人一倍責任感が強い子なのだろう。だが、これ以上苦しませるわけにはいかなかった。


俺は三笠の前で屈み、そっとつぶやく。


「……想像以上に苦しんできたことがひしひしと伝わってくるんだ。全部一人で抱え込むな。ほかの人間が嫌なら、俺だけでもいい。もちろん、このことは城馬にも内緒だ。お前が背負ってきたものは、俺も一緒に背負ってやる」


三笠が顔を見上げた。その瞳は充血しており、涙で濡れていた。もうこれ以上の苦しみを味合わせたくはない。俺は覚悟を決めて言った。


「もうこれ以上苦しませやしない。お前は俺が……、守ってやる」


「……」


そして三笠は、委ねるように顔を俺の胸に埋めた。その体はすっぽりと俺の腕の中に収まる。少し震えているのが分かり、優しく背中をなでた。


「……貴方に、私の身を預けるわ」


「……」


言葉の綾からして、彼女がついに俺に心を開いてくれた瞬間だった。裏を返すとそう言う意味になる。


「でも、誤解しないで。私は……、身を預けているとはいえ、貴方に心を開いた訳じゃ無いんだから!」


「ああ、それは分かってる」


そして三笠は、とても大きなこと口にした。


「これは貴方と私の契約よ。破ったりしたら、殺してやるわ……!」


「望むところだ。その契約、喜んで結んでやる」


ここに、俺と三笠の契約が成立した。その意味は、「自分を守れ」という事だろう。


彼女の態度は、ツンデレ(?)に近いような気がしないでもないが。俺は彼女が泣きやむまでずっと慰め続けた。

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