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秋桜-AKIZAKURA-  作者: 来龍
己の貫く信念、守るべき存在
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第十二話 己の信念と道

本日の全授業が終了した。授業は五時間目までであり、その後は清掃、ホームルームである。俺達の教室は待機であり、副担任の里崎先生がホームルームの連絡をした。


俺は今日の報告書を書き、鈴姫の生活の様子と、授業の進行について記した。もちろん、あの変態教師のことは具体的に書きまくり、里崎先生にそれを提出した。


「……実は彪化先生、あの後授業の報告をしてきてな。成瀬生徒会長の協力の下で行ったと言っていた。まあ、先生と生徒会長にはあの後呼び出しをして注意をしておいたよ」


「成瀬もですか?」


「あの授業を実施したのは彼女だろう?成瀬生徒会長には反省文を書かせた」


「……」


成瀬、お前は一体何をしているんだ。反省文って……。謹慎レベルじゃねえか。

それじゃあ生徒指導の先生もお冠だろう。


「生徒指導の先生はけじめとして反省文を書かせたそうだ。普段の生活には手出しはしないのだが、授業でするのは風紀が乱れるし度が過ぎると注意を受けていたぞ」


(馬鹿だ……。それは当然だろう。何やっているんだ生徒会長……)


今回は成瀬もきついお灸を受けた事だろう。風紀が乱れる、もはや反乱だ。さすがにあいつも懲りたことだろう。


「そう言うわけで、ホームルームは以上だ。三笠さんは保健室に行きなさい」


「途中まで送るぞ、鈴姫」


ホームルームを終え、鈴姫と自身の鞄を持って立ち上がる。鈴姫に松葉杖を渡し、ゆっくりと支えと立ち上がらせた。先生がわざわざ教室のドアを開いてくれ、一言お礼を言って教室を出た。


「――それより貴方、城馬さんの所に行ってあげなさいな」


「――っ!」


鈴姫は先ほどの展開を成瀬から聞いたのか、俺を諭すように言った。


「話は全て成瀬さんから聞いたわ」


「……」


「私はこのまま保健室に行くから……。彼女も待っているだろうし。多分、成瀬さんが城馬さんに教室に残るように言ってくれたはずよ」


鈴姫に促されたものの、まだ整理が整っていない。しかし、そうも言ってはいられまい。


「また連絡を入れるから、来て頂戴」


「……わかった」


鈴姫に鞄を返し、俺は自身の教室に向かった。階段を下り、向かっていく内に鼓動が早くなっていくのが分かった。教室にたどり着き、扉を開ける。


そこに、城馬はいた。自分の席に座り、外を見ている。


「――城馬」


「……あ、聖童くん……」


彼女の元に近づいた。その顔を見る。目は少し腫れていたが、状態は落ち着いていた。


「……本当に、申し訳ない」


彼女にその一言を告げ、頭を下げた。もっと前から参加しておけば、事はならずに済んだのだ。

今はそれ以外の言葉が見つからない。


「……謝らないで。悪いのは私。生徒会の支えがあっての学級委員長。それを忘れていた私には、その資格がない……」


「……」


「あの後、来夢ちゃんに言われたの。「学級委員長の貴方を裏で支えてくれているのは聖童くんだ」って……。私、完全に天狗になってたみたい」


城馬は言う。自分は天狗になっていたと。しかし、俺はそれを否定する。


「――それは違う、むしろ天狗になっていたのは俺だ。生徒会だからクラスに参加しないという馬鹿げた行動の結果が、これだ。学級委員長が生徒会に支えられているのもあるが、それとこれは別だ」


「……」


城馬は何も言わず、だまり続けた。このままでは埒があかない。成瀬に言われた言葉を思い出す。


これは言うなればお互い様。五分五分である。ただ、生徒会の肩書きを持っている以上立場は上である。しかしその威厳だけは使いたくなかった。今まで、そう振る舞ってきたのだ。罪滅ぼしは、今からだ。俺は切り出した。


「城馬、せめてもの償いなんだが……。何かしてあげられることはないか?」


「……え?」


「何でも聞いてやる。出来ることなら全てする。クラスの参加も、学級委員長の下っ端でも、甘えでも」


「……」


城馬は少し黙って俯いた。反応が悪かったか?最後の「甘え」は曖昧すぎたか。


彼女の解答を聞くまで、俺も黙ったままだった。


「じゃあ、一つだけいいかな……?」


「どんと来い。何でも受けてやる」


「――三笠さんには、黙っておいてくれるかな?」


「……わかった」


俺は静かに城馬にそう告げた。何でもすると言った以上、責任は果たす。


「じゃあ……、そのままじっとしてて。それから、目を閉じて……」


城馬に言われるがままに、その場に立ち、目を閉じた。


――その直後である。がらっと椅子の音がして、体に何かが密着した。それは次第に強くなっていく。


「――っ!」


直感した。俺は城馬に抱かれていた。胸板に彼女の柔らかい双丘が押しつけられる。


ああ、そういうことか。最後の言葉、「甘え」。そこに目をつけたのだろう。鈴姫に黙っておけと言われたのも頷ける。幸い、彼女は保健室に行っているのでこちらの様子は分からないだろう。


――心臓の鼓動が強くなっていくのが分かった。城馬からは、女の子特有の甘い香りと、シャンプーの香りがした。彼女に呑まれる一歩手前で何とか立ち止まる。理性を崩壊しないように、慎重に臨む。


「……もう少し、このままで……」


城馬が甘いと息と共にそっとつぶやいた。こうなった以上、従う他あるまい。


「聖童くん、ごめんね……。ずっとしたかったんだ、こういう事……」


「……え?」


「三笠さんと付き合い始めたと聞いて、驚きと喜ばしさもあったけど、ショックもあった……。今から言うことは……、出来れば忘れて……」


「……」


城馬は顔をこちらにあげ、上目遣いに迫ってきた。これは……。


「聖童くん――。貴方のことが、好きです」


「……」


城馬から告白された。彼女は顔を少し紅く染めており、瞳は少し潤んでいる。


――そうか、彼女もその感情を持っていたのか。唐突すぎるかと思えば、そうではない。クラスで一緒になり、鈴姫と言葉を交わす前から、その感情は彼女の中で生まれていたのかもしれない。


ならば、それに応えるのが誠意である。俺は静かに言葉を告げた。


「城馬――。その気持ちは凄くうれしい。だが俺にはもう守ると決めた人がいる。それは心の底からそう思える人で、誰よりも好きだ」


「……」


城馬は目にうっすらと涙を浮かべていた。かなり潤っている。


「申し訳ないが、その言葉は受け取れない……。せめて、出来る限りのことはしてあげたい……。人間を偽善者と思う俺に、ここまでの誠意を示してくれたのは、お前が初めてだ」


「聖童くん……」


「だから……、今俺が出来る事は、これが全てだ……」


「……うん……、ありがとう……」


城馬は声を殺し、静かに泣いた。彼女を慰めることが本来の目的だったが、それは想像を超えるものだった。しかし、俺は決して忘れはしない。城馬からの告白は受け止めることは出来なくとも、胸にしっかりと刻まれたのだから――。



城馬に少し抱きつかれた後、俺の元からゆっくりと離れた。少し目に涙を浮かべながらも笑顔を浮かべていた。


「スッキリしちゃった。ありがとう」


その表情は清々しいと言ったところか、なんの未練もないスッキリした表情だった。城馬を慰めることには、どうやら成功したようだった。


「それなら良かった。どうにか元気を取り戻してくれたみたいで、ホッとしたよ」



「ありがとね。そろそろ、時間も来ちゃうね」


「そうだな。じゃあ、俺は生徒会に行ってくる」


「行ってらっしゃい!またね!私はしばらくここに残るわ」


言葉を交わし、俺は教室を出た。


「随分と長居していたのね」


「……!?」


目の前に立っていたのは、彼女である三笠鈴姫だった。その隣には、生徒会会長の成瀬来夢が立っている。


……修羅場だった。


このままではとんでもない誤解を招いてしまう。背中がぞっとした。


「いや、待て……!これには色々と事情が……」


「待つも何も、ねえ……」


直接目撃はされてはいないものの、向こうには伝わっている感じがした。最早おきまりの台詞を言っても、ケースは同じだった。これは完全に死亡フラグだ。


「というか成瀬、お前何やっているんだ……。先生から聞いたぞ。反省文を……」


「ストップ。それはそれ、これはこれ。話を逸らさない」


「お前な……」


鈴姫がゆっくりと近づき、俺の言葉は遮られた。


「私わね、司……」


鈴姫がそっと一言つぶやいた、言葉の一つ一つが恐ろしく聞こえてしまう。


「貴方に対して憎悪を抱いたりはしないわ。むしろ、寛容よ」


「……何?」


「今回城馬さんを慰める件……。何となく分かっていたのよ。もしかしたら“それ”に出るんじゃないかって」


何と言うことか、展開が読まれていた。鈴姫は既に分かり切っていたのだろうか。こうなる展開を、あえて彼女は見守っていたのか?


「――城馬さんのことだから、貴方に対する接し方や態度を見る限り……。いつかこうなるとは思っていたのよ。貴方はそれを見事にかわしてくれたみたいだけど」


「……」


「三笠さんと同じ意見、極限の状態だったと思うよ。鶴来は……」


この二人……。完全に展開を読んでいる。城馬に抱きつかれたことも、告白したことも。何故……?


「――教室の窓がひっそりと開いていたから、覗いちゃった」


「話し声も丸聞こえ。でも、全て想定内」


「何てことだ……。失態過ぎる……」


オチがあまりにも酷すぎて笑えない。体中の力が抜けていくような気がした。


「そう言ったものじゃないわ。そこは私たち二人に感謝すべき所と思うけれど」


「まあ、鶴来も大胆に行ったわねぇ。もう名誉なことじゃない」


二人はからかっているかのように言ってきた。成瀬はともかく、鈴姫は寛容だと言ってくれた。どういう事だろう?


「城馬さんも相当覚悟をして告白したんだと思う。私なんかとは全然違う、真っ直ぐで真摯な告白を……」


「一体何が言いたいんだ?」


「ここで貴方が彼女に振り向かれたら、舌をかみ切って自殺するつもりだったけど」


「恐怖過ぎる……」


「単純に言うと……」


そこに成瀬が弁解をする。


「三笠さんの彼氏は紛れもなく貴方。鶴来を甘やかす本来の目的は慰め。この意味が分かる?」


成瀬の言葉に、俺は深刻に考えた。三笠の彼氏であり、本来の目的…。全てを精算する。



「――己を見失うな、と言うことか」



「正解よ」


それを言ったのは鈴姫だった。彼女は続けた。


「――先週私に告げたこと、昼休みに言ってくれたこと……。私はちゃんと覚えているわ。そんな貴方が何らかの修羅場に振り回されないか、聖童司という人間は「己」を見失っていないかどうかを、見極めたかったのよ」


「……」


「貴方はそれを見事私に見せてくれた。そして私は確信したわ。「この人こそが、本当の思い人なんだって」ことをね」


鈴姫はにやりと口とをつり上げた。俺は全てを精算する。



――先週鈴姫に出会い、彼女の過去に触れ、背負ってきたを背負うことを約束したこと、今日の昼休みに二言はない告げたこと、そして、誰にも振り回されない信念。


「聖童司」という人間は、人間は裏切りあり偽善者、信用するに値しないと何度も言ってきた。己という人間の信念、それは「恩は返す・約束は果たす・二言はない」。


この高校に入ってきてから、自身に対する感情はいくつか死んでいた。それを取り戻すことが出来たのは城馬であり、成瀬であり、鈴姫たち三人のお陰である。鈴姫は俺と似ている所を持っていた。人間不信、信頼拒否……。地獄の環境の中で育っていた彼女もまた、感情が死んでいた。


彼女の感情もいくつか戻ってきていた。しかも、知り合ってから間もないというのにお互いの感情はいくつか生き返っていたのだ。鈴姫は自身が背負ってきた傷は死ぬまで背負うと断言していた。それは俺自身と被っているところがあり、実際経験をした。同じ人間が二人、重ねたくなかった。


決断した。自分は今、守るべき人の前に立っている。それを見過ごして何が男か。不遇に遭って死んでいく鈴姫の姿を想像するのが、恐ろしかった。


「三笠鈴姫を守る」。この意志は誰よりも強く、誰よりもやり遂げる信念があった。その目的こそが今、ここにある。



「どうやら、その表情はスッキリしたようね」


成瀬がにこやかに言ってきた。今まで考えてきたことが自然と収まり、我に返る。


「ああ……。先ほどのおかげで、己自身がはっきりとした」


「……超素敵、抱かれたいわ」


完全に鈴姫がデレた。顔を紅くし、そっぽを向いて言った。いや、何ともやりにくい……。


「バカップルっぷりを発揮してきたわね。やっちゃいなさいな、聖童くん」


「その意味は疚しい事も含めているようにも聞こえるのは気のせいか、成瀬よ……。発言をオブラートに包め」


「さあ、どうかしらね。じゃあ、後で生徒会に来てね。文化祭についての集計をまとめるから。じゃあね、後はごゆっくり」


成瀬は手をひらひらさせて、生徒会室の方向に行った。残された鈴姫は、真っ直ぐと俺を見つめてきた。


「お前、病院はどうした?」


「まだしばらく時間があるから、保健室から出てきたのよ」


「そうか……」


何も言うことがなかったので、静かに答えた。その視線は逸らすことを許さない。


「本当、貴方のような人間はこれまでに一度も見たことがなかったわ」


「俺もだ。お前のような人間は、見たことがない」


「司、こっちに来て……」


鈴姫に促され、真っ直ぐと足を運ぶ。その直後である。



「……!?」



「ふふっ」


鈴姫は松葉杖を落とし、俺に抱きついた。がっちりとホールドされ、離れる気配は全くしなかった。胸板には双丘が押しつけられ、若干苦しかった。


「お前……っ!」


「平気よ。貴方がしっかりと支えてくれれば何ともないわ」


最終的には俺に責任がやってくるのだな。その辺は相変わらずだ。


「貴方に、最高のご褒美をあげる」



「何を……? んうっ!?」



鈴姫の顔が一気に近寄り、唇には柔らかいものが重なっていた。



――これが、「ファーストキス」か。人生初の、恋人とのキス。


「――ちゅっ」


鈴姫はリップ音をたて、静かに離れた。しかしホールドはされたまま。その瞳には俺の姿以外、何も写っていない。


「キスのお味は如何かしら?」


「――甘美」


そう答えた。守るべき人とのキスは、甘美で儚く綺麗なものだった。


己の信念と道は、ここにある。心の中で強い意志と共に、改めて心に誓った。

まるで秋桜の花の如く、三笠鈴姫は情緒不安定で繊細な心の持ち主。しかし今は、鈴姫の心はこれ以上にない程に咲き誇っていた。


「秋桜-AKIZAKURA-」、ここに完結。

……ではありません。


強いて言えば、一度区切りをつけるべく、第一部の物語構成が終了しました。

ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。


反省点は起承転結が出来ていなかったことと、坦々とストーリーがすすめられ、インパクトや盛り上がりが欠けていたこと、全体的に物足りないと痛感しております。


この作品は、このサイト専用で走行するための第二部を現在制作中です。

完成次第、徐々に投稿していく予定でございます。


ただ、現在他の作品の執筆も重なり投稿ペースは今までよりかなり遅くなることが予測されます。

少しでも「読んでみたい」と興味を示して下さった皆様のために、頑張ってこの作品を書き続ける所存です。


第一部終了、ここでお付き合いして下さり、本当にりがとうございました。

今後とも、「秋桜-AKIZAKURA-」の第二部を投稿した際は、引き続きよろしくお願いします。

どうもありがとうございました。


来龍

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