第十話 鈴姫の告白
その後の二時間目は国語、三時間目に数学、四時間目には社会と通常授業が行われ、いつもの授業と同じだった。
特に社会では教師がギャグを交えた授業で分かりやすく説明してくれた。理解も良くできたし、何よりあの先生の授業は楽しかった。
現在、四時間連続の授業が終わり、昼休みである。俺は自作の弁当を持って鈴姫の元に行き、彼女と昼食を取った。
「さっきの社会は中々面白かったんじゃないか?あの先生、教え方が凄く上手い」
「好きな教科ほど楽しい授業はないわ。私はどちらかというと理数系だから、数学が楽しかったけれど」
「その割には読書に嗜んでいるよな、お前」
文系理系両方行けるのか?だとすれば万能である。
「読書は私の趣味であり、唯一の娯楽なの。クラシックやジャズを聴きながらの読書は快適よ」
鈴姫の音楽趣味はクラシックとジャズが好きらしい。俺もジャズは聴く。
逆にポップは好きになれない。流行の曲とか、万人する曲、テレビとかによく出るアーティスト、恋愛、希望、平和、夢、ありと溢れた楽しさや嬉しさを表現した曲は特に敵視している。もちろん、全てを聞かないと言うことではない。
ただ、一部そう言った曲に嫌悪感を持っているだけだ。城馬とかは真逆かもしれないが。
「そう言えば、貴方の趣味を聞いていなかったわね」
鈴姫は箸を止めて俺にそう言ってきた。そこまで拘ってはいないかもしれないが、一応答えておく。
「だいたいお前と共通しているよ。読書、音楽鑑賞。強いて言うならギターを弾くことだな」
「貴方、ギター弾いているの?」
「ジャンルはロックやメタルが中心だ。特にメタルはかなり凝っていてな。俺がよく聴く音楽はメタルだ。それも最近のものばかりで、ゴリ押しのものが多い」
「……」
鈴姫は静かに聞いてくれていた。しばらく魔を撒いた後、再び口を開いた。
「私も、メタルはたまに聞くわ。暴虐的なサウンド、攻撃的なシャウトやデスボイスは凄く痺れるし、とてもスカッとするわ。ビジュアル系のヘヴィロックも聴いたりするわよ」
「なかなか良い趣味を持っているな。V系のサウンドはジャンルによってはかなり異なるし、聞き手もかなり凝っているからな」
「日本のメタルバンドも中々面白いよね。海外に負けないサウンドを持っているところがまた凄いわ。貴方とは気が合いそうね」
「奇遇だな、俺も思った」
「貴方が好きなジャンルは何かしら?」
「メロデス、デスコア、グラインドコア……。この辺りか?」
「かなりマニアックなのね。私はスラッシュメタルやインダストリアルメタルかしら?ニューメタルも聞くわ。けど、ゴシックメタルは絶対に外せないのよね」
「成る程な。何だかその理由が分かる気がする」
なんだか、とてもわくわくした気分だった。鈴姫と同じ趣味を持っていたことが喜ばしかったからである。本当に話の馬が合うな。
「今度、彼方のギターの腕前を拝見させて貰っても良いかしら?」
「あまり上手くはないが……。それにかなりマニアックなもばかりだぞ?」
「それは構わないわ。何でも聞いてあげる。最近は弾いているの?」
「土日はよくアンプやエフェクターの音響を整えてやっているぞ。他にも、同人音楽のコピーもやっている」
「かなりマニアックね。相当聞き込んでいて、本格的ね」
「そりゃあどうも」
音楽は楽しい。俺にとって唯一の趣味を楽しめるのは音楽である。メジャーにはない味が楽しめるし、インディーズや同人音楽はそれ以上の楽しみがある。良い趣味に走ったものだ。
俺と鈴姫が食事を取っていたとき、教室のドアが静かに開かれた。
「ごきげんよう。楽しそうね」
「やっほー!二人とも元気?」
底に来たのは成瀬と城馬だった。俺たちの様子を見に来てくれたのだろう。
「問題ない。今飯を食っていたところだ」
「いらっしゃい」
特に理由もなかったので、二人を迎える。席は六つあるので、その内の二つに二人は座った。俺の後ろに成瀬、鈴姫の後ろに城馬である。
「良かったわ。平和に過ごしているみたいで」
「……一時間目はひどかったがな」
「ぶふっ!」
成瀬が吹いた。あれ、コイツそんなツッコミ出来るのか。意外である。
「彪化先生……。あははははは!」
「来夢ちゃん、どうしたの?」
「あは……、あははははは!」
成瀬は今朝並みの大爆笑をしていた。ツボにはまっている。
……仕掛け人の大笑いは半端じゃない。冷静キャラといじりキャラが一体化しているこの生徒会長は、脇腹を抱えながら大笑いしていた。
「いやあ……。実は私、一時間目は二人の様子を見ていて欲しいと山口先生に頼まれて、授業を免除して貰っていたのよ。それで、私が彪化先生に少しお願いしたら……。先生、爆走してたわ」
「……は?」
「そこに三笠さんが加わり、仕舞いは貴方の怒声……。もう大笑いで死ぬかと思ったわよ」
一瞬、背中が凍る。こいつ、まさか……。
嫌な予感しかしなかった。
「ひとまとめすると、一時間目の授業は全て聞いていましたとさ」
「コラァ!」
本日三度目の怒声。それに城馬はびっくりした様子だった。
「もう三笠さんってば、大胆ね。あんな下ネタを男の子の前で思いっきり暴露するなんて……。聖童くんの理性がぶっ飛んでいたら、今頃どうなっていたのやら……」
「人の授業を盗み聞きするなんて…。貴方もワルね、成瀬さん」
「えっ!?し、下ネタ……!?それって……!」
一方で城馬は顔を赤くしていた。普通ならその反応が一番ふさわしいんだけどな。
「彪化先生が私の名前を呼んだときに、私はその場からオサラバしました。二人は平和そうだったので、生徒会長も嬉しいわ、ホロリ」
「生徒会長のキャラが明らかに違ってる!お前、本当の目的は自分が楽しみたかっただけじゃないのか?台詞からして見てそう聞こえるんだが……」
「私の目的は三つあります」
成瀬は指を三本たて、意味深く説明した。
「一つめは、貴方をいじり倒すこと」
「さらっとぶっちゃけやがった!やはりそうか!」
「二つめに、私も楽しむこと」
「どさくさに自身を混ぜるんじゃねえ!お前仕事はどうした!?」
「そして、三つ目は……」
成瀬はそこで人置きおいた。緊張感を作ろうとしているのか、やけに間をおく。底に乗っていたのは城馬だった。
「み、三つ目の目的は……?」
成瀬は一息すって、真剣に言葉を放った。
「三つ目は、三笠さんの精神状態を軽くすること。この企画はそのほとんどが三笠さんのためにあるわ」
「……あ、わかった!」
城馬は手をポンと歩いて、ひらめいたかのように言った。
「つまり、三笠さんを楽しませるために、様々な手段を使ってみんなに協力を仰いでいるんだね。聖童くんを含めて」
「さすがは鶴来。やっぱり友は違うわ!」
「えへへ……」
「……」
一言で言おう。凄く切ない気持ちだった。
確かに鈴姫を楽しませる分にあたっては申し訳ない。全ては彼女のためであると成瀬は宣言した。しかしどうだろう。精神の摩擦が……。
これはいつまでもつか分からんぞ……。最後の「俺を含めて」という発言はかなり堪えた。最初の目的がそれに該当するのだから、当然と言われれば当然だった。
成瀬は仕事を「楽しむこと」と置き換えることで、退屈しのぎのようなスタンスで物事やり抜いているようにも見えた。彼女には、他の人には出来ない事を堂々と起こしている。
言わせてみれば、「革命」のようなものである。
「来夢ちゃんと三笠さんって、聖童くんをいじり倒すことにはエッチな手段も使うの?」
「良い質問ね」
それに答えたのは鈴姫である。
どこが良い質問だ。完全に方向性間違ってるじゃねえか!
「私は処女よ。――初めては司に捧げると決めているわ」
「……」
今の発言に、俺は化石化したかのように固まった。え?今何と言った?
「あら。良かったじゃないの聖童くん。三笠さん、またしても大胆ね。もしかして二人って本当に……」
「付き合っているわ。司は私の彼氏よ」
「――っ!」
ここで、鈴姫はとてつもない告白をしてきた。何……、だと!?
「きゃ~っ! 聖童くん、おめでとう!」
城馬がはやし立ててきた。おまけに「今後の展開が楽しみだね!」とニコニコしている。
……。
状況が全く読めん。最初俺をいじり倒す質問がやってきて、鈴姫は初めてを俺に捧ぐとか言いだして、仕舞いには鈴姫と俺は付き合っていると告白を受けて……。
「……」
現実なのか創作なのかよく分からない。何もかも展開が滅茶苦茶過ぎる。何なのだろう、この気分は……。
「これは嘘偽りではなく、本当の事よ。付き合いだしたのは昨日よ」
「え……っ?」
あれは「付き合う」のサインだったのか?「パートナー」としてお互い名前で呼び合うことになったとは言っていたが…。鈴姫はさらに続けた。
「――私たちがお互い名前で呼び合うようになったのはそこからよ。彼は私のパートナーであり、私の彼氏。――何より、司は私のこと事を「守ってやる」と言ってくれた」
「――っ!」
あれは確か、先週の出来事だった。鈴姫はこれまで自身が負った傷は全て自分が背負うと言っていた。俺は彼女がこのまま一人でやっていくと、明らかにつぶれてしまうと感じ彼女と共に傷を背負うと誓ったのだ。あれは、まさか彼女からの告白のサイン……?
「私は彼の強い意志と優しさに惚れたのよ。私にとっての一番の理解者は司以外にいないわ。これは嘘でも偽りでもなく、本当のこと」
鈴姫ははっきりと断言した。唯一の理解者が自分であること。そう言ってくれたことはこの世で一番冥利に尽きることだ。
「……随分と惚れ込まれているみたいね、聖童くん」
「いいなぁ……、何だか凄くロマンチックで素敵!」
成瀬はニコニコ(ではなくニヤニヤ)し、城馬はうっとりとしていた。この二人を遭わせると、面白い人間が出来そうな気がする。
鈴姫の発言には、沈黙しかできなかった。何も言えない自分が情けない。鈴姫がこっちに振り向いた。
「私のこと、守ってくれるんでしょう?」
彼女は顔を近づけてこちらをじっと見つめてきた。絵図的に際どすぎるが、今はそれどころではないようだ。
「――男に二言はない。約束は果たす」
それ以上言わなかった。と言うより、言えなかった。それ以外の発言が見つからないと言うこともあり、下手に逆撫でするような発言は出来ないからだ。元より、本心である。
「……しっかりと刻んでおくわ、その言葉」
鈴姫はそっと一言言い、俺の元から離れた。
「……聖童くんの真っ直ぐさは偽りのない本心。三笠さん、素敵な男に巡り会えたわね」
それを言ったのは成瀬だった。本当に感心しているようであった。小馬鹿にされるかとも覚悟はしていたが、賞賛の声が上がったのは思いもしなかった。
どうやら俺は、本当の意味で鈴姫から告白されたようだった。
「素敵なカップルがここに登場しました! 見ている側も愉快愉快!」
「はやし立てるのはやめろ城馬……」
城馬は自分がその立場に立っているかのような気分で言っていた。まるで某番組を見て幸せを味わっているかのような、そんな言い草である。
「生徒会副会長は女の子にモテモテね。私も虜にされちゃったわ」
「……もうやめろ、ガチで恥ずかしいから」
もうお前らだけで十分だ。内心そう思った。というか、今の経験は滅多にない事だろう。生徒会会長と、学級委員長、寡黙の令嬢、プラスアルファ冷酷の貴公子。組み合わせが凄すぎる。
鈴姫はともかく、生徒会会長と学級委員長と一緒に過ごせるのは非常にレアである。ただ、二人とも一部どこかがぶっ飛んでいる(かくいう俺も)ことだけは確かだった。
「光栄に思いなさい、司。貴方は素敵な美少女に囲まれて今やハーレム王子なのよ」
「どこぞのエロゲー主人公みないなことを言うな!俺は健全な一般男子だ!そんな歪んだ感情は持ってない!」
「聖童くん、冷静な割にはツッコミが激しいよね。 そこのギャップがまた面白い……」
城馬に言われ、俺はため息をついた。もしかすると、俺のキャラも崩壊しているのだろうか。それも考えられた。特に成瀬と鈴姫。
鈴姫を始め、城馬、成瀬の三人には心を開いている自覚はあった。ここまで会話できる友達はそうそういない。俺自身、人と接触することを拒んできた。偽善者、信用するに値しない。クラスでもそうだ。グループを嫌い、上辺だけの付き合いで全て済ませてきた。
人は「裏切る」という感覚を持つ俺にとっては、今ここにいる三人が唯一の存在なのだろう。そして、人間不信であり人を極度に嫌う三笠鈴姫が俺の恋人となった。やはり先週の出来事が伏線になっていたのかもしれない。
「さて、そろそろきりも良いところだし。お開きしましょうか」
俺をからかった張本人である成瀬がそう言って、話し合いは切り上げられた。城間もそれに連れられ、席を立つ。それと同時に、五時間目の予鈴チャイムが鳴った。




