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機甲猟竜DF ‐泣き虫庭師と虹の竜‐  作者: 結日時生
第二話「ぼくたちの理由」
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2-3 肉食の雄牛

 草花が呼吸を始める盛夏の日暮れ。紅と濃紺とが雑じりあう空は神秘的で、大地と海は柔らかな光に抱かれる。金色に輝く海に沈む夕陽が射す先。芝生の上に立つ三人と一頭を照らしていた。


「よ~し、レモン。まずは片足を上げて~!」

 昼間の熱を押し流す風の中、木野修大は眼前の巨体へと語りかける。夕焼けよりも強く明るい輝きを湛えた彼の瞳。その大きく丸い瞳の先にある巨体は、静かに動き出した。

 修大の視線よりも高い位置にある、なだらかに隆起した腰。その腰部から続く逞しい二本脚のうち、一本が大地と水平に伸びる。丸太よりも太い脚の付け根にあるのは、体長だけで優に7メートルはある巨大な体躯。

 それは人よりも遥かに巨大な生物の体ではあるが、青玉の様な瞳に敵意はなく、仲間を思う穏やかな視線が修大へと向けられていた。立つだけで存在感を増す体は太陽を覆い隠し、夕陽を浴びた黄色い表皮は黄金に輝き、彩られる。

「……なんか地味だな」

「仕方ねぇだろ。ここでまた怪我なんかしたら大変なんだから、そりゃあ安全性の高い演目になるだろ」

「まぁそれはそうか」

 希人が地味だと言ったのは、その色合いについてではない。単に片足を上げて立つだけの芸についてだ。

 大きな体に付いた足がやっと乗れる様な小さな踏み台に立ち、地面と水平に伸びた尾っぽに沿わせて片脚を伸ばすだけの単純な動作。確かにこの程度の事を芸と呼んでいいのかすら微妙なところであるが、万一倒れた時に〝手を突いて身を守る〟と言う動作が難しいのだから仕方もないだろう。

 勿論リハビリを終えて間もないと言うのも、もっともな理由ではある。だがそれ以前に、あまりにも心許ないその前足では、体を支えると言う芸当は出来るはずもないのだ。

「そうだよ! レモンは怪我治ったばっかりなんだし、輪くぐりとか平均台とかはまた今度機会があった時にしないと」

「ホラ! 夕海さんもこう仰ってる! 希人君はさぁ~、芸を仕込んだり指示を覚えさせたりって言うのが、僕よりちょ~っと苦手じゃない? だから来週のお披露目イベントも、芸を披露するのはこの僕と相棒のレモン君になっちゃったわけ。その辺のこと、わかってるのかなぁ~?」

「……チッ」

「コラ! 木野君も変に煽らないの! 篭目君は偏屈なところあるんだから拗らせると面倒でしょ!」

「あ、あの天貝さん?……」

 普段は〝俺〟と言っている一人称をわざと〝僕〟と言いかえて希人を煽ろうとした修大だが、監督役をしていた亜麻色のショートヘアをした女性に窘められてしまう。天貝さんと呼ばれた彼女も希人のフォローはしたつもりらしいが、当の希人は【偏屈】と烙印を押された事にショックを隠せない。

 そんな彼の様子を見て修大は思わず噴き出しそうになるが、必死に堪えてニヤニヤと馬鹿にした様な笑みを浮かべるに止めている。対して希人の方も、彼女の手前修大に対して怒る事ができない。……その為、希人は手を変えてみるのだった。

「いやぁ~、僕も恐竜の調教方面に関してはまだまだなんで、本当に頭が上がらないですよ」

「ほうほう! 解ればよろしいのだよ、希人君」

「だから僕も、もっと勉強しなきゃって思うんです。その時は是非ともご指導よろしくお願いします!」

「うんうん、い~い心がけだ! よし、この俺に任せなさい!」

「はっ? 俺、天貝さんに言ったんだけど? 何で胸を張ってるの? 何それ、二十代になっても身長が伸びるおまじない?」

「あ?」

 得意気に胸を張る修大の姿を確認した後、希人はほくそ笑みながら冷静な口調で相手を扱き下ろす。平均身長よりも少し小柄な彼のウィークポイントに塩を捻じ込みながら、希人もニヤついた顔で修大を見下ろす。

「ほらほら、二人とも喧嘩しないの! 木野君も自分の事を棚に上げて自慢するのはよくないよ! いつも篭目君に勉強教えて貰ってるんだから」

「はい……」

「スミマセンでした……」

 両手を腰に当てて、彼女は希人と修大を注意する。更に胸を突き出す事で豊満なバストがより強調されているが、当人は無自覚な様だ。

 彼女からの注意を受け、修大も希人も一応は反省した様子である。元々は彼らなりのコミュニケーションであり、険悪な雰囲気になる事はないと言っていい。

 勿論彼女もその事は承知しているが、監督役としてはやはり注意をせざるを得ない。人造恐竜のトレーナーの先輩として、彼女には希人達を指導する義務がある。

「なんかさ、夕海さんって俺らのオカンみたいだよな?」

「……スマン。その意見に対して、この場での俺は承服しかねる」

「はっ? なんだよ、その〝この場では〟って」

 躊躇いがちに答える希人に対し、その態度が修大は不思議で仕方がなかった。どこか奥歯に物が詰まった様な言い方の希人に、修大は間の抜けた声で解いかけたる。しかし希人の返事は曖昧なものしか返ってこない。

 恐らく、直情的で馬鹿正直なところのある修大は気付いていないのだろう。対して、些細な他人の変化にも敏感な希人はきちんと気付いた様だ。

 修大は判らなかったのだろうか? 今、目の前に居る女性の顔に青筋が立っている事を……。

「へぇ……私、お母さんなんだ。篭目君と木野君って二十一歳でしょ? 確かに昔から発育はいい方だったけど、流石に八歳では子供産めないかなぁ……」

「ゆ、夕海さん?」

「……俺は知らないぞ」

 只ならぬ殺気にたじろぐ修大。色素の薄い大きな瞳と亜麻色のショートヘアが愛らしいその女性。若々しく明るい雰囲気が魅力の彼女だが、今修大を見つめる目は非常に虚ろで冷たい。

 日頃から頭の上がらない姉の様な存在へ、ようやく空気を察した修大は必死に謝罪の言葉を述べた。手を前に合わせて必死に懇願する修大に、彼女もならば仕方ないと言った感じで落ち着きを取り戻す。

 彼女――天貝夕海は、希人や修大の先輩である。希人がアルバートサウルス『サラ』のブリーダーやバディである様に、夕海は海棲爬虫類・モササウルス『ティラミス』を受け持っている。


「じゃあ私はそろそろティラミスの所に戻るね。来週の日曜日が本番だから、よく練習しておくんだよ!」

「ハイ、了解です!」

 手を振りながら去って行く夕海。そんな彼女の背中を、修大はわざとらしいオーバーなアクションの敬礼で見送った。

 次の週の日曜日は、民間人へ向けた人造恐竜のショーがある。機動兵器DFダイナソー・ファイターとして戦う人造恐竜をより身近に感じてもらう為や、パンゲアと言う組織そのものの広報活動としての恐竜ショーだ。

 今までは元ドルフィントレーナーである夕海と、彼女の相竜のティラミスがショーを担当する事が多かった。しかし今回は「より身近にDFを感じて貰おう」と言う目的のもと、陸棲恐竜である修大のバディに白羽の矢が立ったのである。

「よし、レモン。今日の練習はこれまでだ。もう降りていいぞ」

 修大の声かけにより、彼の相竜は踏み台より足を下ろした。大きな体から伸びた長く逞しい脚が、ゆっくりと地面につく。

「やっぱりレモンも結構大きくなったよなぁ~」

「だよなぁ、小さい頃はあっという間だったよ」

 夕焼けを背負い、鮮やかなレモンイエローの体表が黄金に輝いた。目の前にある巨体を見上げ、その荘厳さと美しさに、希人と修大は感嘆の溜め息を漏らす。

 彼らが互いの長所を持ち寄り、育て上げた大きな体は彼らの誇りでもあり人類の希望である。

「おい、なんだよ! くすぐったいなぁもう!」

 不意に頬に触れた肉質の感触に、顔を綻ばせる修大。少年の様に無邪気な笑顔の横に触れたものは、口の中に牙がぎっしりと生えた吻部の先だった。

 アルバートサウルスのサラと同じく、二足歩行の肉食恐竜ではあるが、その吻部は幾分か寸詰まりな吻部。そして特徴的なのは、やはり頭部だろう。石の様に短く硬い角が両目の上に一本ずつ付いている。

 二本の角から【肉食の雄牛】を意味する学名を持つ肉食恐竜【カルノタウルス】――彼もまた、サラと同じく邪竜に立ち向かい戦う人造恐竜である。


「……よし、じゃあそろそろ帰るか! お疲れだったな、レモン。日曜の本番もよろしく頼むぜ!」

 ――――グウウゥゥゥウン。

 修大の呼び掛けに、カルノタウルスは低く鼻をならし答えた。

 鮮やかな黄色の体色から『レモン』と言う愛称名付けられたその恐竜。修大と希人、成人男性二人と比べても格段に大きな体を持つが、レモンも彼らにとってかけがえのない友である。

 ある夏の日の夕暮れ。海へと沈む夕陽を背中に受け、青年達と恐竜は家路へとついたのだった。

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