2-1 調教師達の休日
「ふぅ~、結構買ったなぁ~」
「いや、買い物したのお前だけだろ? 俺は何も買ってないし」
ある土曜日の昼下がり。修大は希人と共に市街地へ出向き、買い物を楽しんでいた。紙袋を右手に提げた満足気な修大に対し、希人は不服そうに口を尖らせている。
この日は修大と希人、共に休日であった。それぞれが思い思いの私服に身を包んでおり、ネイビーブルーの襟付きカットソーにベージュの七分丈パンツと言う組み合わせは落ち着いた性格の希人らしい。同様に赤を基調とした五分袖のジャージにハーフパンツと言う組み合わせも、修大の快活さを表していた。
「そう言うなよぉ~! それに最初に買い物行くって言い出したのお前じゃん!」
「俺は一人で行くつもりだったし。それなのにお前が、〝せっかく休み重なったんだし、一緒にどっか行こうぜぇ~!〟とか言ってきたんだろうが! 俺の方は物が物だから先に買っておけないし、ず~っと待たされてるんだからな!」
「うっ……でもお前も楽しかっただろ? 遊ぶ為に本土へ行くのも、忙しいとあんまり行けないしさ」
「まぁ、確かにな……」
修大からの反論に希人も押し黙る。確かに修大と雑多な店を回り、洋服を物色したりカフェで食事をしたりした時間は希人にとっても楽しいと思えるものだった。
「だろ~? オフの日くらい外の世界に出たいじゃん! 確かにあそこは結構快適だけど、こっちにしかない店とかもあるし。やっぱりたまに来る本土は楽しいよな!」
そう言って修大は希人に肩を軽く叩く。若干渋い顔をしつつも、彼の言う事には希人も同調できるので返す言葉もない。
木野修大と篭目希人の両名は、東京湾上に浮かぶ人工島で生活し、勤務している。通称《白海亀》と呼ばれる白亜の人工島は、パンゲアの日本支部の拠点として建造された。
そこにはパンゲアの基地以外にも様々な商業施設が存在しており、一般に開放されているエリアも多い。故に島から出る事もなく生活は送れるが、修大が言った様に結局は限られた世界である。希人や修大の様な若者には、少し物足りなく感じてしまうのもまた事実であった。
「……で、希人はどこに用事あるんだっけ?」
「ほら! やっぱりお前は俺の用事なんかすっかり忘れてるじゃないか!」
「うっ……う~ん、それは否定できないな。スマン」
「いいよ別に。適当なペットショップでコオロギ買うだけだし」
「またマニアックなものを……。それ、生協で買えないの? 忙しくて島から出られない人も居るから、大抵のもの買える様になってんじゃん」
「まぁ買えるっちゃ買えるんだけど、生協で買うと50匹単位からなんだよ。うちそんなに食わないからさ。余った個体を親にして自家繁殖させればコスパ良いのも事実だけど、コオロギ鳴くからうるせぇもん」
「あ~、なるほどね」
「それに注文してから届くまでに時間かかるし。栄養をつけさせる為に飼養する期間も考えなきゃいけないから、休みの日に買った方が俺的には楽なんだよね」
「ふ~ん、そういうもんなのか。そういや、そのコオロギって誰に食わせんの? やっぱりぶふぉ太?」
「まぁぶふぉ太も勿論食べるけど、今回はイガジローの分がメイン。あいつ好きなんだよ、生きた虫」
「可愛い顔してワイルドなんだな……ちょっとびっくりしたわ」
歩きながら他愛もない話をする希人達。話の中で出てきた〝イガジロー〟に対して愛らしい印象を抱いていた修大は意外な一面を知って絶句するが、当の希人は何の不思議も感じていない。
飼い主であるが故に既知の事実である事も勿論だが、食虫目であるヨツユビハリネズミが虫を食べる事自体が普通の事だからだ。故にその一個体であるイガジローが生きた虫を好んでも、それは希人にとって何の疑問にもならなかった。
「本当ならぶふぉ太の常食用に持っていてもおかしくないんだけどさ、ぶふぉ太は別に活餌じゃなくても食べるし」
「あれ? 蛙って生きたものしか食べないんじゃないの?」
「まぁツメガエルなんかを除いて基本的にはそうだけど、ぶふぉ太は付き合い長いからね。別に生きた餌じゃなくても目の前で動かしてやれば食いつくよ」
「へぇ~、そうなんだ。なんか良いなそういう〝長年の相棒〟みたいなの」
そう言って、ニカッと笑う修大。彼の笑顔に対して希人は、『決して人間そのものに対して懐いたわけではない』と淡白に返すが、小学校低学年からの付き合いになるアズマヒキガエルの〝ぶふぉ太〟が大切な人生の伴侶である事は事実である。
「まぁいいじゃん! ぶふぉ太は希人にとって大事な家族でいることに変わりはないんだろ!?」
「ん……まぁな」
照れと隠す様に、希人は躊躇いがちに答える。実際ぶふぉ太が希人をどう思っているかという事実はともあれ、その関係性を肯定されるのは彼にとって非常に喜ばしい事である。
はにかむ様に握り拳を口元に当てる希人。修大はそんな希人をいじらしく思う一方、彼の心中には垂れ込める思いもあった。感情の表れやすい彼の大きな瞳に出ない様、しっかりと意識しながら修大は心の中で呟く。
――本当さ、お前が羨ましいよ。そんな大切な動物と今でも一緒に居れて。
呟き終わるより先に、修大の瞳は既に遠い空へと向けられていた。既に彼の関心は他のところへと移り、今はもう、ビードロの様に美しい瞳には広い青空と雲が映るのみだった。