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機甲猟竜DF ‐泣き虫庭師と虹の竜‐  作者: 結日時生
第一話 「はじめての狩り」
3/15

1-2 緋竜、大地に立つ

 街を仄かに染める夏の朝焼け。柔らかい暖色の光を浴び、トレーラーは進んで行く。清澄な朝の空気を裂き、二台三台と隊列を乱さずに連なる輸送車の群れ。

 対邪竜国際機構の通称である〝PANGAEA〟の名が記されたトレーラーの一群。その中にある牽引車の一台に、希人は乗り込んでいた。


 ――どうせこの後メット被るんだよな。だったら髪とかちゃんとしなくても良かったかな?

 希人は驚いていた。これから自分が足を踏み入れるのは限りなく危険な世界だと言うのに、自分の心が思ったよりも平静だからだ。

 もっと髪を短くしようか。今も割りと短い方だが、これ以上短くして野暮ったくはならないだろうか。そんな下らない事ばかりを考えている事が、彼自身も不思議で仕方がない。

 まるで昨日までの緊張が嘘であったかの様に、上の空で居る希人。そんな彼を現実に引き戻すかのように、無線機の着信音が鳴った。

 すぐさまマイクを取った希人。その耳に、鈴を転がした様な声が届けられる。

「1番車両の翁です」

「翁さん? どうかしました?」

 スピーカー越しに聞こえてきたのは、涼やかな女性の声。明るく爽やかで、人に安心感を与えるやさしげな声は、希人に語りかける。

「えっと、特にはないんですけど……」

「……はぁ」

「その、篭目さんは大丈夫ですか? ちょっと心配になっちゃって……ごめんなさい! 余計なお世話でしたよね……」

 どもりながらも伝えられた彼女の思い。躊躇いながらも紡がれた言葉に、希人への思いが込められていた。

「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます。僕は平気ですよ

「あっ、本当ですか。なら良かったです!」

 少し心配の過ぎる彼女の問いかけに、希人は穏やかな声で答えた。夏の朝に混じり合う澄み切った声。物静かでありながらも力強さを感じさせる希人の言葉は、確かに彼女の元へ届けられた。

 ――本当、自分でもびっくりしてますよ。こんなに落ち着いてるなんて。

 路面を転げる車輪。何台にも連なった車の列は、朝日を浴びて戦場へと彼らを運んでいく。


*  *  *  *  *


「……以上が今回の作戦内容だ。総員配置につけ」

 停車したトレーラーの前に立つ、黒いライダースーツ姿の青年。周囲には同じ隊員服に身を包んだ者達が居るが、青年は頭ひとつ抜けて大きい。

 広い肩幅に引き締まった腰回り。耳の辺りまで伸びた艶やかな黒髪と切れ長の鋭い目は、黒豹の様な精悍さを感じさせる。

 彼を取り囲む集団の中に希人は居た。希人とて決して華奢な方ではないが、鍛え上げられた青年と見比べると一回り小さく感じられる。


「今回出現したのはワイバーンですね。飛翔型邪竜の中でも小型で、単体での危険性も比較的小さい方になります」

 無線機を通して聞くよりも柔らかな声で、黒髪の少女は左隣の希人へ語りかける。

 くすみのない柔肌と黒目がちな瞳。そして柔らかくて風に揺れるショートヘア。華奢な体も相俟ってその出で立ちは愛らしく、清純な雰囲気を醸し出している。

「まぁそうは言っても僕らが生身で立ち向かえる相手ではないですけどね……でも、初陣の相手が大物じゃなくて良かったです」

 彼女の呼び掛けに答えながら、希人は手元の携帯電話をスクロールする。昨晩現れた、招かれざる来訪者の襲来を伝える文字列を、希人の指と視線はなぞった。



〈飛翔型邪竜、池袋に出現〉

 26日(金)未明。豊島区池袋に飛翔型邪竜が出現。

 早急な避難により人的被害はないが、昨晩より鉄道各社は運転を見合せている。

 対邪竜国際機構・パンゲアの発表によれば、今回出現した邪竜は一体。飛翔型邪竜・ワイバーンとの事。

 本日明朝より、パンゲアの機動部隊によるせん滅作戦が行われる模様。尚、今回の邪竜出現により…………


 ――〝人的被害はない〟か……。

 1人心の中で呟きながら、希人は周囲を見渡す。携帯電話から逸らされた彼の目に映ったのは、枝葉を奪われ丸裸にされた街路樹だった。

 邪竜が食するのは、何も人に限った事ではなく、動物に限った事でもない。

 動物や植物、果ては化石燃料までをも糧として利用し、食らい尽くす。

 邪竜が過ぎ去った後に広がるのは、丸裸になった大地や人の消えた町。邪竜という生物が危険視される一番の理由は、そこにあった。

 

〝あらゆる生命を食い荒らし、大地を枯らす悪しき怪物・邪竜。人類の平穏と文明の発展、ならびに健全な生態系の保全の為、世界の異分子である邪竜を滅せよ――〟


 これが希人の所属する対邪竜国際機構・パンゲアに課せられた大義である。

 ――そうだ、やるんだ。俺が、俺自身が。サラと一緒に。

「篭目さん?」

「んっ? あぁ、すみません翁さん。ちょっとボーッとしてました」

 自身の決意を静かに巡らせていた希人の耳に、彼女の声は届いていなかったようだ。

「まぁプレッシャー感じるのは解りますけど、リラックスして行きましょう。今回の作戦の肝は篭目さんとサラですからね!」

「う……」

「あっ、ごめんなさい……かえって追い詰めちゃいましたね……。まぁ大丈夫ですよ! いざとなったら私とミリー、後は勇部隊長とテリジノも居ますから」

「あぁ、ありがとうございます」

「じゃあ私もそろそろ行きますね。私もミリーを起こさなきゃいけないので」

 希人を励ますつもりが、却って更なる重圧を与えてしまったと、彼女は後悔していた。〝翁さん〟と呼ばれたその淑女は、去り際に一言だけ残し、別のトレーラーへと向かって行った。


*  *  *  *  *


《――間もなく作戦を開始する。各DFのバディは起動準備を開始せよ》

 インカム越しに黒髪の青年が呼び掛ける。清涼感と凛々しさを兼ね備えた良く通る声だ。

 右耳のインカムから聞こえたその声に応え、希人は右手を上げた。彼の動きと同調するかの様にトレーラーの上部は開き、折り畳まれていく。

 コンテナの中で伏していた巨体は、徐々にその姿を顕わにする。身を包むワインレッドの装甲は朝陽を撥ね返し、艶やかな光沢を纏い始めた。

 その性質は非常に強固でありながらも、強化樹脂製の装甲は滑らかな曲線を作り出す。甲虫の外皮を思わせる質感だが、そのフォルムは紛れもなく脊椎動物のものだった。

「――立て(stand-up )! サラ!」

 希人が呼び掛けるに応え、緋色の小高い山は動き始めた。伏していた巨体は徐々に持ち上がり、希人の頭上には大きな影を落とす。

 目測で8メートルはあろうかと言う大きな体。鼻先から尾の先端まで続くなだらかな曲線は優雅さえ感じさせるが、巨大な頭部と筋肉の発達した強固な顎は野生的な逞しさに満ちていた。

「行くぞサラ!」

 ――――グオォオン!

 希人の声に答え、巨体は重く響く咆哮を上げた。開かれた口腔からは、隙間なく並んだ鋭い牙が見て取れる。

 申し訳程度の小さな前足とは対照的に、逞しく長い二本の後ろ足。その両脚を使い、鎧を纏った巨体は荷台から飛び降りた。長い尾を路面と平行にピンと張り、巨大な爬虫類は一歩を踏み出す。

 竜盤目・獣脚亜目・ティラノサウルス科 アルバートサウルス――これがこの爬虫類に対し、人類の与えた名である。

 学名のとおり、かつて北米大陸に広く分布していたこの恐竜は、人類の英知により甦らせられ、その命を現代に持って産まれ出でた。

 希人により、〝サラ〟と名づけられたそのアルバートサウスルスはまた一歩を踏み出す。人よりは遥か巨大ではあるがまだ幼さの残る後ろ姿を見送り、希人自身もその一歩を踏み出した。

サラの名付けエピソードについては、

番外編「新人飼育員・篭目希人の問題」(N2653BS)をご覧ください。

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