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機甲猟竜DF ‐泣き虫庭師と虹の竜‐  作者: 結日時生
第二話「ぼくたちの理由」
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2-9 彼の願い、僕の思い

 日は西へ沈みかけていた。沈み際の太陽は空を赤々と染め、まるで燃えている様だ。人が夕焼けと呼ぶ、茜色の空。取り分け夏のそれは色濃い。

 その火の様に赤い光の中、希人と修大は土手下の川原に降り立っていた。川面に手を入れた彼等は、扁平な頭部の形をした魚型のロボットを掴み上げる。邪竜の索敵や調査する事を目的とした自立型遊泳ロボット。かつて地球に生息した実在の甲冑魚の名前から〝ケファラスピス〟と言う正式名称を付けられているが、語呂の悪さから多くの者は単純に甲冑魚と呼称していた。

「……よっと。これで最後かな?」

「…………」

「……修大?」

「……あっ、わりぃ! ちょっとボーッとしてたわ。で、何の話?」

 完全に不意を突かれていた。驚いた修大は思わず目を見開き、引き攣った笑みを受けべて希人に問う。そんな彼に、希人は「なんでもない」と短く返すのみだった。

 希人達の連携により、一体のベルーダを葬る事に成功した。だが最初に通報があった時に確認された個体数は二頭。故に緊張状態を保ったままの索敵が続いていた。しかし甲冑魚による索敵では何も反応は出ず、もう一体の邪竜の存在が確認される事は結局なかった。

 外敵の存在が感知できない以上、こちらから何も手を打つ事はできない。既に一体邪竜は倒していた。索敵の結果も考慮し、亘が状況の終了を判断したのはほんの三十分程前の事だ。これにより地下シェルターに避難していた市民も自宅に帰る事が許可される。ただし『警戒態勢が解除されるまでの間、特に夜間は河川敷などの水際には絶対に近づかないこと』と言う注意喚起の元での話ではあるが。

「……本当に終わったんだよな?」

「あぁ、終わったよ」

 絞り出された来た様な弱々しい声音で、修大は希人に確かめる。渇ききって掠れた声は僅かに震えており、修大の中に張り詰めていた緊張の大きさを知るには充分すぎるものだった。そんな彼の心中を察し、希人は努めて穏やかな声音で答える。

「そっか……あー疲れた! 今日は早く帰って風呂入って寝るわ。暑くてだるいし。希人もそうするだろ?」

「あぁ、そうだね」

 ぼやきながら地面にへたり込んだ修大は、そのまま首だけを動かして希人の方へ顔を向けた。掛けられた問いに、希人は短く答える。見下ろす希人の瞳に映ったのは、細められた目が見えなくなってしまう程の笑み。それは屈託のない、いつもの修大の笑顔だった。しかしそれは、彼自身が意識して作り上げた笑顔だった。本当は笑う元気も軽口を叩く余裕すらもない。怖かったと、年甲斐もなく泣き出したいとさえ思ってしまう。

 なんとか虚勢を張る修大。だが希人には判っていた。今日出現した邪竜。その姿が修大にとって大きなトラウマを呼び起こしかねないことを。



 * * * * * *



「じゃあ私はきのことほうれん草のパスタで。篭目さんは何にするんです?」

「オムライスと味噌汁で」

「……なんか面白い組み合わせですね」

「そうですか? ご飯と味噌汁だからそこまで変ではない気がしますけど……まぁ、ドリアとかだと相性悪そうですけどね」

 勤勉な希人は、食事の栄養バランスにも割と気を遣う方である。だが時にその組み合わせが他人からは独特なものに見えてしまう事もある様だ。修大のかつての同僚――周防美紗にとっても、洋食に味噌汁を合わせる希人の感覚は独特のものに思えた。

 修大がレモンのショーを無事に成功させた日。希人はこの日の昼食を、美紗と共に島内のファミリーレストランで取っていた。壁際のソファ席からは窓の外も良く見え、照らす真昼の太陽は一際眩しい。

 〝話をさせてもらいたい〟と、希人を誘い出した美紗。しかし彼女はまだその真意を告げていない。注文を終えて、品物が来るまでの待ち時間。先に口を開いたのは美紗の方だった。

「なんだか急に呼び出す様な形になってしまってすみません。お時間ってどれくらいなら差し支えないですか?」

「いつも通り一時間のお昼休憩もらってますから、それくらいなら大丈夫です」

「そうですか。よかった」

「……それで話って言うのは何でしょう?」

「あっ、そんな大した話じゃないんですけどね。その……木野君普段は元気にしてるのかなって。それだけ心配で、普段の様子を聞きたいなって思っただけです」

「えっ……あぁ、彼は大体いつも元気ですよ。話したい事って言うのはそれだけですか?」

 美紗から掛けられた質問の軽さに拍子抜けしてしまい、思わず反応が遅れてしまった。そんな単純で簡単な事なら修大と一緒に食事を取りながらでも良いし、自己紹介ついでに聞けばいい話ではないのかと、希人は不思議に思ってしまう。

「えぇ、まぁそうです。木野君、あれで結構気を遣うところあるから私や皆が来る今日だけ無理に明るくしてるんじゃないか、少し心配になっちゃって。それでいつも一緒に居るであろう篭目さんに少し話を聞いてみようかと思ったんです」

「そうですか……。話って言うのはそれだけ――」

「お待たせしました。オムライスと味噌汁の方は?」

「はい、僕です」

 先に注文の品が届いたのは希人の方だった。手を差し出して「お先にどうぞ」と促す美紗の言葉に甘え、スプーンを黄色い卵焼きの皮に突き刺す。スプーンで一口大に切ったオムライスを口に運びながら、美紗の顔を窺う希人。ちょうど彼女にも注文の品が届き、フォークにパスタを巻きつけて口に運んでいる。長く細い腕のラインも相俟ってその所作は美しく、非常な上品なものに見えた。

「んぅ~、結構おいしいなぁ。いつも仕事の時はコンビニで買い食いとかだから、ファミレスとか来るの久々かも。篭目さんはお昼とか普段どこで食べてるんです?」

「う~ん……日によってまちまちですね。修大達と食堂のメニュー頼む時もあれば、手持ちの弁当の時もあります」

「えっ? お弁当ってご自分で作るんですか?」

「えぇまぁ一人暮らしですし。家計の事を考えると買い食いばかりと言う訳にもいかなくて」

「すご~い! マメなんですね。私も見習おうかなぁ~」

「いやぁ、弁当作ってるって言ってもそんな大したものじゃないですけどね」

 ――いったいこの人は何を話したいんだろう?

 食事をしながらする話の内容は他愛のない事ばかりだった。正直、本当にこんな話をする為だけに呼ばれたのだろうかと、希人は疑問を抱いてしまう。店員に遮られてしまって聞けなかったが、もう一度確かめて見ようか。そんな思考を巡らす内、美紗や希人の皿は空になっていた。

「ふぅ~、ごちそうさまでした」

「ごちそうさまです」

「よし! じゃあ私はお茶でも頼もうかな。篭目さんも何か頼みます?」

「じゃあ僕はコーヒーでも」

 産まれ持った性分のせいか、聞き役に徹してしまう希人はなかなか会話の主導権を握る事が出来ずに居た。見知った相手であればこの限りではないのだが、篭目希人と言う人物は自己主張があまり得意な方ではない。特に相手が女性となると、その傾向は顕著になる。

「……なんだかスミマセン。篭目さん、正直ちょっと気まずいですよね?」

「い、いえいえ! そんな事はないですよ」

「そんな気を遣わなくてもいいですよ。木野君から聞いてましたし。それに、世間話する為にお呼び立てした訳でもないですから……」

 そう言った彼女の視線は穏やかで優しげなものだった。多少緊張のあった希人を包み込んでくれる様な柔和な微笑み。だが、細めれた瞳には一抹の迷いも見え隠れする。そんな

美紗を見つめ、希人は彼女の口から紡ぎだされる言葉に身構えた。

「突然ですけど、篭目さんって木野君がパンゲアに入った理由は聞いてます?」

「いえ……聞いたことはないです」

 美紗に言われ、希人は気付く。自分が修大の多くを知っている訳ではない事を。彼がパンゲアに入隊した理由はなんだろうか? 以前、人工子宮の中で生育中だったレモンの話を彼はしていた。人造恐竜を生み出す場所と言うならば、パンゲアの関係者以外はおおよそ立ち入れない施設だろう。そこで産まれる前のレモンの姿を見たと言うなら、既に修大はパンゲアの一員であったと言う事であり、彼はレモンと出会う以前からパンゲアの一員だった事と推測できる。

 それは偶発的な遭遇によりサラの親になってしまった希人とは根本的に違い、修大自身の能動的な選択による出会いだったのだろう。――ではなぜ修大はパンゲアに入隊し、邪竜と戦う道を選んだのか? そんな大切な事を、これまで聞かずに来てしまった。希人にとって久しく作ることができなかった、気詰まりせずに打ち解けられる間柄の友人。そんな相手の一番大切な部分を知らずに来たのに、知らずに居た事にさえ気付いていなかった。

「……篭目さん?」

「あぁ、ごめんなさい。ちょっと色々考えたんですけど、何も思いつかないです。……なんなんでしょうね、修大がここに来た理由って」

 自分が知る修大の中から必死に手掛かりを探すあまり、無言で考え込んでしまっていた。美紗から呼び掛けられ、希人はようやく目の前の人物に焦点を合わせる。恥ずかしさを隠す為に乾いた笑顔を作るが、すぐにそれは消えてしまった。

 決して人嫌いな訳ではないし、友人を大切に思う気持ちもある。だが他人に対して積極的に踏み込もうともしない。どちらかと言えば一定の距離を保ちがちで、殆どの事は自分の中で完結させてしまう。故に自分の多くも語らなければ、他人の多くを知る機会自体も少ない。

 己に課された責任を果たす事には尽力する一方、他者に対しては無頓着とさえ言える。好意を持っている相手にさえ、その多くを知りたいと言う欲求も興味が湧いてこない。

 孤独には慣れているが故、自分から相手の中に踏み込んで知ると言う選択肢がそもそも出てこない。篭目希人から欠落した部分。まさかそれをこんな場所で自覚するとは思っていなかった。そんな希人の心内を知ってか知らずか、美紗からは修大の過去を語り始める。

「木野君が昔ドッグトレーナーの仕事をしていて、ボランティアでもペットの譲渡先を見つける活動していたのって聞いた事あります?」

「えぇ、知ってますよ。なんか譲渡後の躾とかにも相談に乗っていたとかで、〝仕事として金取った方がもうかったんじゃね?〟とかぼやいてました」

「確かに! そう言えばそうですよね。本当、あの子もお人好しって言うか、純粋って言うか……。そんな子が邪竜と戦うって言ったから驚いちゃった。まぁ、無理もない話なんですけどね……」

「……何かあったんですか?」

 真剣な面持ちで希人は美紗に問う。決して何の覚悟もなく聞いた訳ではない。大切な友人の事を知りたいと言う思いに偽りはなく、美紗もその事を告げるつもりで呼び出したであろう事は希人も既に判っていた。もし修大の心に何か重い楔が刺さっていると言うのなら、彼を支えたいと願う。例えそれが、直接聞き質す勇気も持てない臆病な友情から来るものであったとしても。

「一年くらい前になります……。横浜で、一緒にボランティアしてた人達と企画して、今迄里親になってくれた人とワンちゃん達に集まって貰った時の話と聞きました。簡単なレクリエーションをしたり、犬を飼う上で何か新しい困りごとなんかが出て来てないか聞いてみたりする為にと企画されたそうです。よく晴れた日曜日で、結構人も集まってたと。それで木野君も自分んとこの子を連れて参加してました」

「……へぇ、なんかアイツらしいですね」

「えぇ。そこで終わればいい思い出のひとつにもなったんでしょうけど……邪竜が、出現しました。しかも木野君達が集まっている公園に。丁度警戒網の穴を通ってきたのか、本当に突然出てきたと聞きました」

「……それで?」

「餌が欲しくて出てきた邪竜は、周囲の人間や動物を狙うじゃないですか? そうなった場合、人間より大きい生き物なんか都会にそう居ないし、その時も人を真っ先に狙おうとしたんですけど、そうはならなかったんです」

「えっ?」

「ワンちゃん達が、立ち向かったんですって。勿論、勝ち目なんて万に一つもないですけど。でも、自分の主人を守るために皆必死に立ち向かったって聞きました……木野君のワンちゃんも含めて」

「…………」

「ワンちゃん達が時間を稼いでくれた間にパンゲアの人達が来て飼い主さん達や他の人達も助かったけど、ワンちゃん達はみんな……。こっちから〝助けに行こう〟なんて選択をする間もなく、一気に食い殺されていったって。木野君とこの子もね、目の前で丸呑みにされたって聞きました」

 伏し目がちに美紗が語った修大の過去。それは純粋で心優しい彼にとって、どれほどの衝撃や悲しみを与えたのだろうか。想像する光景はあまりに凄惨で、修大が感じたであろう痛みは測りきれない。故に彼は邪竜と戦う道を選んだのだと、美紗は告げた。その重たさに、希人は言葉を失う。

 沈黙に項垂れる希人。落とされた目線の先には机の木目が意味も無く映っていた。そんな彼へ、美紗は再び視線を上げて語り始める。

「あの、篭目さん」

「……はい」

 呼び掛けれて希人も目線を上げると、瞳眉を八の字に下げた美紗の顔が目に入った。罪悪感にも似た憂いの籠もった瞳。そんな彼女の雰囲気に、再び希人は身構える。

「こんな事、篭目さんに頼むのは筋違いだって判ってるんです。だけどお願いさせてください。彼を……木野君を、どうか支えて守ってあげてくれませんか? 篭目さん自身も入ったばかりですし、ご自身の事で大変なのは百も承知です。ですが、人前では無理してでも明るくしがちな彼の事を頼めるのは、篭目さんしか居ないと思うんです……どうかお願いします!」

 言い終わるよりに先に、美紗は深々と頭を下げていた。明るい人柄の裏で他人に配慮しがちな修大が素直な気持ちを打ち明けぶつけれるとすれば、それは近しい立場で志を同じくする者ではないかと、美紗は考えた。久しぶりに会った修大は希人の事を、〝相棒とも呼べる様な友人〟と話していた。そんな相手なら自分の手が及ばない所で苦悩する修大を支えてくれると信じ、美紗は希人に懇願する。

「それは……申し訳ないんですけど、約束できません。正直、自分自身の事するままならない状態ですから。ただ、修大は僕にとっても大切な友達です。だからそんな相手を見放す様な事はないです……だから、そこは安心してください」

「……ありがとうございます」

 正直に、誠実に。希人は嘘にならない言葉を探して答える。そんな彼からの返答を受け、美紗は掠れがちな声で礼を言った。両手で顔を覆い縮こませていては、長身で均整のとれた体も幾分か小柄に見える。それでは可哀相だと、希人はポケットティッシュを取り出して彼女に手渡す。

「あっ、ごめんなさい……私ってば、本当恥ずかしい」

「いえ、そんな事ないですよ。……じゃあ僕は少しお手洗い行ってきますね。財布とかは持ってくんで、周防さんも行きたくなったらどうぞ」

 恥ずかしそうに慌ててティッシュを受け取る美紗。そんな彼女の姿を確認すると、穏やかな優しい微笑みを向けて希人は席を立つ。もしかしたら目の周りの化粧が少し崩れているかもしれない。そんな姿を見られるのが嫌だと思うかもしれないと、希人は彼女よりも先に席を後にした。



 * * * * * *



 両掌を地面に着け、彼は天を仰いでいた。紺の入ってきた夕焼け空が、大きく丸い瞳に映りこむ。脚を投げ出して地面を投げ出したまま、修大は何も喋っていなかった。作り笑いをする気力も無限ではない。いつの間にか呆けていたけたら、視線は自然と空へ向かっていた。

「……怖かったか?」

「うん、まぁな」

「俺も最初はそうだったよ。だからそれが普通。あんまり気負いしなくてもいいと思うぞ」

「……あぁ、そうか」

 ――いつもならここで〝希人の癖に先輩ヅラすんのか? このやろぉ~!〟とか言って憎まれ口のひとつでも叩くんだけどな……。

 膝を立てて修大の隣に腰を下ろす希人。少し話しかけてみるものの、相変わらず上の空で、夕焼け空に見とれたままの修大。返ってくる答えは、当たり前の様に端的で素っ気無いものばかりだった。

 鉄臭い空気の中、希人は再び言葉を探しあぐねる。その間を埋める様に臭いの元の方へ目を向けると、その物体は臭気を放ちながら引き裂かれ続けていた。かつて邪竜だった肉塊。その肉に牙を突き立て引き裂き、ついばむ飲み込んでいく。鼻先を真っ赤に染め、ベルーダの亡骸を突き回す。サラもレモンも、今見せているその姿は肉食恐竜そのものである他にならなかった。

 DFが邪竜との戦いに投じられる理由のひとつがこれである。邪竜の機敏さに対抗できる生物特有の敏捷性。邪竜のテリトリー意識を刺激し、出現した注意を惹きつける誘引力。……そして排除した後の邪竜を自らの糧とし、後始末まで行える動物としての食性。

 最初にこの話を聞いた時、希人は寄生虫や病原菌、毒性の有無等を危ぶんだのだが、肉食による処理はあくまで可食部に限られるので安全であると言われた。加えて言えば、遺伝子改造により産まれた人造恐竜の胃粘膜に対して生物由来の毒はすべて無力であり、その消化液は寄生虫ごとなんの問題もなく消化するとの事だった。

 正直なところ、眉唾ものの情報ではある。ただ、視線の先にある五トンはあろうかと言う肉塊をそのまま処理場まで運んで処理するとなれば、輸送の為のコストが馬鹿にならない事は希人にもある程度判断がついた。

 ――この後始末も含めて、人造恐竜の仕事って訳か……あんまりいい気はしないな。

 いくら安全を謳われても、どこで何を食べてきたのかも判らない生物である。基地に戻った後に虫下しの処理や一通りの検査を行うと言うなら、最初からしなければ良いとさえ思うのだ。せめて紫外線や冷凍による殺菌を行ってからであったなら彼ももう少し寛容になれるのだろう。しかしそれでは結局のところ、邪竜の死体の処理コストの削減にはならない。故に現地での生食が努力目標として掲げれれるのだ。

 そんな納得しきれない悶々とした思いをしながら周囲を見渡すと、今日二度目に見る花が目に入った。その花はサラの足元で無意識に踏み潰され、黄色い花弁は血液に赤く染まっている。その姿を目に映し、希人の瞳に憂いが宿る。もちろん踏み潰された花が可哀相と言うのもあるが、それだけではない。

「なぁ修大」

「……ん? 何?」

「……いや、なんでもないよ。ごめん忘れて」

 希人は言い掛けた言葉を飲み込んだ。いつも修大ならもう少し踏み込んできそうではあるのだが、今日の彼はそんな気分でもないらしい。

 言い掛けた止めた言葉。希人は修大に、彼が犬の里親を探すボランティアをしていた理由を改めて聞きたいと思ったのだが、それを今聞く事は彼の傷を抉るであろうと自分の中で押し止めた。代わりに、美紗から聞いていた修大がパンゲアに入った理由を思い出す。


『せっかく新しい生き方や居場所が見つかったのに、その未来が潰される現実なんて嫌だ。幸せがあったかもしれない未来なのに、やっと見つかった今の幸福があったのに、その先を知らずに殺されるなんて不条理……俺は納得できない。こんな事、もう起こしてたまるか……』


 パンゲアに入る意志を決めた修大の根底にある原動力。それは純粋で正義感の強い彼らしい熱さがあった。それは〝殺処分される犬や猫を一頭でも減らしたい〟と言う想いを話してくれた彼の人物像と容易に結びつく。以前誰かが間違ってしまった分もやり直す機会を与えたいと思い、その幸福や機会を守り抜きたいと思う強い意志。きっとそれは賞賛に値するものなのだろう。

 ……だが同時に、希人の中ではやり切れない嫉妬心にも似た侘びしさが湧き出す。それは修大個人が発端と言うよりも、犬や猫と言う動物の存在と人間の関係性を、別のものを比較した故に湧いてくる感情だった。

 端的に言えば、今サラの足元で踏みつけられている花は、新しい居場所を与えられて生き直したり、人の手の元で新たに寵愛を受けると言う事はできない。寧ろ許されないと言った方が正しい。へら状の葉を持ち、黄金の頭状花を咲かせるキク科の宿根草――特定外来生物・オオキンケイギク。人類との現在の関係性を表すには、この言葉だけで足りてしまう。

 鑑賞や愛玩。緑化。畜産や皮革、農林水産資源。そして使役。どんなに取り繕っても、人の手で生み出された命は必ず人の社会での役目も持って生み出される。

 故にその付加価値を維持し、その存在に妥当性を持たせ続ける事が、大局的には彼等の命を守る事と言えるのだろう。人と共に生きる事でしか成り立たない命と言うのなら勿論の事だが、それが自立して生きていく力を持っていたのならより一層強い管理意識が求められる。

 修大と一緒に本土へ出向いた際に立ち寄ったペットショップ。そこで取り扱われていた生体の中に〝ミドリガメ〟が居なくて希人は安堵していた。幼体の大きさからは想像し難い程に大型化するうえに、成長に伴い気が荒くなる傾向もある。そして寿命も非常に長い。飼育自体が難しいわけでもなく、危険な武器も持っていないが、子供が気軽な気持ちで飼育に望む事は推奨し難い。現にそんな彼等を持て余した者の身勝手な振る舞いで、在来のカメは住処を追われている現実がある。


 ――傲慢だけど、やっぱり人の手で生み出された命に価値を持たせられるのは人の業だけだよな。人がその現実から背れば、生きる為の対価は他所へと転移し、帳尻は合わなくなっていく。ひとつの命はきっと、希望にも絶望にもなる。だからそう……きちんと現実見なきゃな。これが、今のサラ達の生きる価値。やり直しなんて、きっと出来ない――。


 未だ尚、夕陽は赤々と彼等を照らしていた。彼等の決意も願いも、炎の様な光に包まれる。修大が空に昇って行ったもの達へ静かに誓えば、希人は大地に沈んでいったものを憂う。

 恐竜達が祝勝に宴を上げる夏の日の暮れ。子供が夢見るヒーローの必殺技の様に一撃で倒して爆破とは行かない。血塗られ傷つけて、その命を絶つ。現実に生きる彼等の勝利は、いつだって残虐だった。

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