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機甲猟竜DF ‐泣き虫庭師と虹の竜‐  作者: 結日時生
第二話「ぼくたちの理由」
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2-8 VSベルーダ

 修大達がベルーダと交戦している地点の上流。その土手下に篭目希人は居た。手首に嵌めた通信機が鳴り、彼は自身の足元から視線を移す。そこには修大からの援軍を求めるメッセージが入っていた。

「……こうしちゃいられないな。サラ、出よう」

 振り返りサラを見上げる希人。サラは後ろ脚を畳み、希人が背中に登り易い低く身を屈めていた。そんなサラの気遣いに希人は小さく片手で礼をし、曲線状の鎧に設けられた足掛かりを伝い背中へ登る。

「よし……立て〈stand up〉、サラ」

 サラの首元に設けられた鞍へ腰掛け、希人はサラへ指示を与えた。畳んでいた長い後ろ脚が伸びれるにつれ、希人の視点は高くなり視界は広くなる。だが、遥か下流で戦う修大達の姿を窺い知る事はまだできない。

「行くぞ、サラ……走れ〈Go〉!」

 希人が深く息を吐き出し唱えれば、サラは歩みを始める。一歩、二歩、三歩……ゆっくりと踏み込む足は徐々に間隔を広げ、修大達の元を目ざして速度を上げていく。

 ぶつかってくる風は、真夏でも頬を冷たく撫でる。サラと篭目希人。川岸の大地に大きな足跡を残しながら、彼等は戦友の待つ場所へと向かう。

 

 そんな彼等が先刻まで居た川岸の地点。そこには人の足で念入りに踏み躙られたとしか思えない花々の残骸が残っていた。抉られた湿土に点在する黄色い花弁。ご丁寧に根っこまで引き抜かれている有様には、この花に対し「この場所で生きる事を許さない」と言わんばかりの執念が込められていた。


 *  *  *  *  *  *


「くっそ! このままじゃ埒があかねぇ!」

「せめて、削腹地雷の設置地点まで誘い出せればいいんですが……」

「仕方ない。まずは俺のテリジノで攻撃をしかける。お前達の恐竜には援護する様に指示をしろ」

 咆哮が轟き、飛沫が散る水辺。交戦するベルーダとDFの戦況を、修大とちかげ、亘が橋の上から窺う。修大の要請にいち早く応えたガリミムスのミリーとちかげに続き、亘とテリジノサウルスのペアも数分前に駆けつけた。

 フェンス越しとは言え、先にあの毛針攻撃を見た後である。彼等はバックパックから取り出した強化プラスチック盾を展開し、その陰から土手下の戦いを見つめていた。

 ――――……グウウゥウン。

 レモンやミリーから荒い息遣いとも取れる鼻息が漏れていた。機動力に優れる二頭は致命傷こそ受けてはいないが、ベルーダへの攻撃を緩める事も出来ず消耗は激しい。状況は劣勢そのものであった。唯一の救いがあるとすれば、ベルーダの発針攻撃には〝ため〟が必要であると言う点だ。

 ベルーダは針を飛ばす際、全身の筋肉を収縮させ、再度引き伸ばす際の力で針を飛ばしている。その為、前身を屈める発射体勢を取らねばならず、隙も大きい。当然近くで敵と格闘しながら行うのは現実的に難しいだろう。

「テリジノ、攻めろ〈Attack〉!」

――――フォオオン!

 亘の指示を受け、死角から忍び寄って距離を詰めたテリジノサウルスは、右手に装備された篭手をベルーダへと突き出す。テリジノサウルスが右腕を伸ばすと同時に、篭手からは槍が飛び出し、ベルーダの表皮へとその切っ先は向けられた。

 ……だが無情にも、その槍はベルーダの皮膚を捉える事は無かった。鈍重そうな外見からは想像もできない機敏さで振り返った針竜は、強固な嘴でテリジノの槍を捕らえた。

「くっ……!」

 危機を察した亘が手元の通信端末から信号を飛ばし、テリジノの右手の篭手の装備を解除する。直後、ベルーダは篭手もろとも槍を振り回して投げつけた。川岸の地面に突き刺さる槍。篭手どころかテリジノサウルスごと投げ飛ばされなかったのは、不幸中の幸いである。

「まずいな……このままでは力尽きるのはこちら側だ」

 橋の下で戦うDFと邪竜の様子を見て、亘は苦々しく呟いた。亘の使わすテリジノサウルスは全長十メートル弱であるのに対し、出現したベルーダは目測でも体長だけで十五メートルは超えていた。そこに尾の長さを加えれば、全長で二十メートルは軽々と超えるだろう。更にがっしりとした体躯で鋭い棘をも有しており、単純な肉弾戦ではテリジノサウルスに分はない。

 小型~中型の邪竜に対し、体格差を生かした鋭い爪による打撃を繰り出す事を主眼に置かれた強襲型DFのテリジノサウルス。言い換えれば、自身の体躯を凌駕し、格闘能力に優れたタイプの邪竜は対応の範囲外である。敵に近づく事さえも許させない棘を纏ったベルーダはまさにこの手合であり、天敵と言う他なかった。

 奇襲や陽動に主眼を置き機動力に優れるカルノタウルスやガリミムスであれば、一撃離脱を繰り返し致命傷を避ける事はできる。だがそれだけでは、こちら側から相手に決定打を与える事も難しい。現状ベルーダはなかなか挑発に乗ってこず、積極的に動こうとしない。地雷の設置ポイントまで誘導する事もできないままに膠着状態が続いていた。

 棘の発射姿勢を取らせない為だけの攻撃を繰り返すDFと、その攻撃に対する反撃を繰り返すベルーダ。頑強な敵の体になかなか傷をつけれず、疲弊していくだけの恐竜達。防御力に優れるベルーダ相手に消耗戦を強いられた時点で、既に手詰まりであった。

「くそ……こんな時に篭目の奴は何をしている」

 舌打ちと共に漏れ出た苛立ち。それは亘が普段希人や修大に感じている不信感の表れでもあった。本来の計画通り戦闘に適した人材を集めた部隊なら、この邪竜に対しても引けを取らなかったはずだと、彼は自身に思い込ませていた。決して自分の力量が足りない訳ではないと、駆り立ててくる焦燥から逃れる様にこの場に居ない希人へ悪態をつく。

 そんな亘の焦りとは嘲笑う様に、閉塞した状況が続いていた。だが刹那、微かに水面が揺れると共にベルーダは野太い悲鳴をあげ、膠着していた戦況は動き出す。

「あれは……」

 大きく見開かれた修大の瞳に映る、除々に隆起し始める水面。盛り上がる程に水のベールは剥がれ落ち、中からは真紅の鎧と紅白に彩られた表皮が姿を現す。ベルーダの右後ろ脚を咥え、悠然と立ち上がったのは二足歩行の肉食恐竜。アルバートサウルスのサラだった。

「悪い、遅れた」

 後方から掛けられた声に、修大は安堵し顔をほころばせる。体に染み入るような落ち着いた声音。振り返った先に居たのはサラのバディである篭目希人だった。

「敵は半水棲型の邪竜だろ? 当然水中での生活や戦闘に適応しているんじゃないかと思ったんだ。だから戦闘区域の下流まで一度下って水中から忍び寄る作戦だったんだけど……ごめん、流石に時間かけすぎだったよな」

 少し太めの眉毛を八の字に下げて希人は言う。細められた目には修大に対する申し訳なさが現れていた。修大とレモンならば持ち堪えられるであろうと言う信頼がある故の戦術ではあったが、負担を強いてしまったのもまた事実である。

「いいよ、気にすんな! それより助かった。サンキュ!」

「いや、こちらこそ待ってくれてありがと。正面から行っても勝てそうにないから、こうするしかないと思ったんだ」

 後ろめたそうに視線を外す希人を小突き、修大は感謝の意を伝える。自分を信頼していてくれているが故に寛容さに、照れ臭そうに希人も言葉を返した。

 事実、希人の読みは当たっていた。この時の彼等は知らなかったが、今回出現したベルーダは発達した感覚器を持ち合わせていたのだ。足の指の間にある無数の縫い目状の模様は水の流れ、そして周囲に存在する餌や外敵のにおい、引いては味までを感じ取る事ができる。故にいくら視界の外から攻めても、それだけではベルーダにとっての死角とは言えず、上流から近づいてくる限りは相手の動きも距離も丸判りであった。

「……この間に一気に畳みかけよう。修大、レモンに指示を」

「オッケー! レモン、噛め〈bite〉!」

 修大の指示を受け、今度はレモンがベルーダに食い掛かる。不意を突かれ混乱に陥るベルーダの左前足をレモンの牙が捕らえる。眼前の敵に抵抗せんとベルーダも首を伸ばすが、レモンの頭部をすっぽりと覆う兜に阻まれて嘴を突きたてる事もできない。【肉食の雄牛】の名を持つカルノタウルスの物よりも巨大な兜の角。まるで水牛の角を彷彿とさせるそれは防壁となり、如何なる攻撃をも通さない。

 鮮血と水滴の混じりあった雫が水面に流れ落ち続ける。右後ろ脚と左前足を同時に捕らえられたベルーダの体は、宙に持ち上げられていた。十トンを超える巨体も、筋力の強化された人造恐竜が二頭がかりであれば持ち上げられない事はない。

 しかしベルーダとてされるがままではなかった。背面同様に針のびっしり生えた長い尾をサラへ叩き付けんとしならせる。

「ミリー!」

 纏わりつく様な夏の空気を裂く、凛とした声。ちかげの指示を受け、今度はミリーがベルーダの尾に喰らいついた。ガリミムスの嘴では傷を加えるに至らないが、尾の動きを封じるには充分だ。目論見た奇襲も阻まれ、ベルーダは完全に自由を失った。

「サンキュ、翁さん。よし、行くぞ!」

「オーケー……」

「サラ、」

「レモン、」

『投げろ〈throw〉!』

 息を合わせて叫ぶ修大と希人。主人達と同様にレモンとサラも首を振ってベルーダの体を放り投げる。三頭の口から放された巨体は川岸の地面に叩きつけられた。そこは白線で引かれたバツ印のある場所――削腹地雷の設置地点だ。

「今だ!」

「おぉし! 削腹地雷起動!」

 張り上げた希人の声を聞き、修大は握り締めた削腹地雷の起動ボタンを押下する。直後、クレーンゲームのアームに似た爪が四方より飛び出し、ベルーダの体へ突き刺さる。苦悶の声が木霊し、爪はより深く食い込んでいく。だが、これは固定装置に過ぎず真の狙いではない。

「…………ごめんよ」

 それはあまりにも小さく漏らされていた。隣に居た修大にさえ聞こえない様に呟かれていた。もっとも、今彼等の居る場所は耳を裂く様な轟音が支配され、その声が聞こえるはずもないのだが。

 重々しくも甲高い駆動音を響かせ、地面から迫り上がってきた筍状の刃はベルーダの脇腹を抉っていた。金属的で無機質な駆動音と共に響く、血の通ったものの悲鳴。それは苦痛に耐えかねたベルーダの鳴き声ではあったが、その勢いも時間と共に弱まる。

「やった……のか?」

 心拍数の上がり切った胸から修大が不安混じりに零れた声。既に起動時間を終え、削腹地雷は機能を停止していた。周囲に飛び散ったのは鮮血と肉片。土も雑草も塗り染められ、周囲の地面は赤一色だった。

 ……だが、ベルーダの命はまだ尽きていなかった。鳴き声とも呼吸とも呼べない、ただ空気が漏れるだけの音。首と口から微かに出るその音は、ベルーダの生命がまだ存在している事を示していた。わずかに首を動かし、邪竜は瞳に光を宿して睨みあげる。自分を傷つけ、貶めた恐竜の事を。もう抗う術などなく、無駄な事であってもベルーダの黄金の瞳は眼前の敵を見据えた。

 直後、生気をなくした瞳には自らの血で染まった赤い地面が映る。咽笛を切り裂かれて力を失った首は、糸が切れた様にだれた。

「……ご苦労だ」

 ――――フウウゥウン。

 鼻を突く鉄とアンモニアの臭い。生きていたものの臭気が立ち込める中、微塵も呼吸を乱さずに亘は相竜を労う。温度の低い瞳と声音ではあるが、テリジノに取ってその言葉は温かい。

 まだ息が残っていたベルーダに引導を渡したのは、テリジノサウルスだった。爪の間に挟まっていた邪竜の残骸を払う様に腕を振る。長い腕の先にある鎌状の爪からは返り血と肉塊が跳び散るが、そのまま周囲の惨状へ同化していった。

「報告では出現が確認されたのは二体。未だ警戒を緩める訳には行かないか……」

 既に息を引き取ったベルーダの瞳を見下ろし、亘は独り言を呟く。出動依頼を受けた時の報告のままであれば、状況は未だ収束しているとは言えない。

「こちら勇部。出現報告を受けた邪竜のうちの一体と思われる個体の駆逐に成功した。だが報告にあった二体目は未だ確認できていない。警戒区域内で無人ソナーに寄る索敵を始めてほしい」

 唇を手元の通信機に近づけ、勇部亘は告げた。後方で待機していた隊員達から了解の返事を受け、亘は通信を終える。辛勝の後ではあるが、それで状況が終了したと言う訳ではない。報告通り邪竜がまだ残っていれば、休む暇などないのである。

 しかし彼とて生身の人間である。一先ずは眼前の脅威を排除できた安堵感から、ほっと胸を撫で下ろすように小さく息を吐く。直後息を吸い込むと、今度は鼻腔を伝って血の臭いが昇って来た。現実を突きつける生々しい臭気。

「……行くぞ」

 一瞬だけ眉間に皺を寄せて苦い表情を見せたが、直ぐに冷静な隊長の顔に戻る。振り返り相竜のテリジノサウルスを引き連れて彼は土手を登っていった。

 彼等が去って行った土手下の川岸。夥しい量の血液が残され赤く染められた草むらの上に、肉を抉れて絶命した巨大な亡骸が横たわる。既に太陽は西に沈み始め、太陽の光は紅く色づき始めていた。川岸を染める血液の色とは違う、透き通った茜色。それは生きる者も死す者も区別なく、ただ穏やかに周囲を照らしていた。




 暗く深い川の底。鈍くなった太陽の光はもう届かない奥深い場所。

 砂を巻き上げ、より深くへと掘られた穴。それは再び砂を巻き上げ、何者にも気付かれない様に更に埋められていく。穴を掘る事自体は目的ではなく、他の目的を果たす為の手段に過ぎない。

 砂に埋もれていく穴には大量の球体が見て取れた。ゼラチン質で覆われた丸い球。それは宝玉の様に美しい。事実、ある者にとっては宝石等とは比べ物にならない価値があるものだった。大多数の生物に取っては忌むべき物であっても、それを産み出した種族にとっては未来への希望である。

 ……既に目的は果たされた。敵を惹きつける囮のお陰で、無事にその個体は必要な行動を終える事が出来た。ならば長居をする意味など無いと、長い尾をしならせ帰路へつく。

 〝産卵〟と言う、生物として繁栄する為には絶対的に必要な任務。その任務を果たした邪竜は再び川を下っていった。

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