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機甲猟竜DF ‐泣き虫庭師と虹の竜‐  作者: 結日時生
第二話「ぼくたちの理由」
12/15

2-6 傷あと

「お疲れさまでしたー! じゃあ今日の成功を祝して、かんぱ~い!」

 アームカバーに包まれた腕を高く掲げ、夕海は乾杯の音頭を取った。その声に続き、希人やちかげ、今回の主役である修大もグラスを揚げる。傍らには瀞やみかの姿も見え、同様にグラスを揚げている。

 壁面に掛けられた時計の針は午後七時十分を示していた。昼間行ったレモンのショーの成功を祝し、居酒屋ではささやかな慰労会が行われている。昼間仕事だった面々も、一度自宅に戻って着替えるなりシャワーを浴びるなりしてきたので皆私服姿だ。特に修大はもう気力が尽きていたのか、チャームポイントの額を見せるヘアスタイルのセットもせず、柔らかい髪質の茶髪をヘアバンドを纏めるに止めている。

「ふぅ~、つっかれた~!」

「お疲れだったね、修大」

「本当だよぉ~! 〝うまく出来なかったらどうしよう〟って、そんな事ばっかり考えちまってさ。マジ生きた心地しなかった。だけどそんな日々も一先ずは今日で終わりだ~!!」

 張り続けていた緊張の糸が解けた事もあり修大は普段以上に饒舌だった。胸の中にあった不安を一通り吐き出して気持ちが晴れたのか、座敷席の上に修大は大の字で寝転がる。薄い瞼を閉じて見せる穏やかな笑顔。柔和なその表情は成すべき事を成し遂げたと言う充実感に満ち溢れていた。

 今にも眠りだしそうな修大の顔に、希人は思わず目を細める。切れ長の瞳から送られる視線は温かく優しいものだったが、それは同時にどこか儚げでもあった。

「お疲れさま! でも木野君だけじゃなくて、篭目君やちかげちゃんも頑張ってたんだよ」

「えっ? 瀞さん、それマジ?」

「うん。あの暑い中飲み物の売り歩きとかしてて、なんか大変そうだった」

「そうなの希人?」

「まぁね……朝出勤したら急に言われてさ。ねぇ翁さん」

「えぇ……結構疲れましたよ」

 瀞の言葉に修大はすぐさま上半身を起こした。ただでさえ大きな瞳を見開き、隣に居た希人へ尋ねると、彼は引き攣った笑顔を浮かべて答え、ちかげもそれに続いた。

「ごめん、なんか俺だけが大変だったみたいな言い草で……」

「あっ、いや! 修大が一番大変だったのは本当の事じゃん! だから何も変じゃないって」

「そ、そうか?」

「うん、そうだよ」

「……なんかお前、今日やさしいな」

「は、はぁ? 俺はいつもやさしいだろっ! どうやら日頃の感謝が足りないようだな……よし! お仕置きだ!!」

「おい、いてぇぞ何すんだ! このヤロ~!!」

 不意に修大のこめかみに当てられた左右の拳。拳の主である希人は両方の拳をぐりぐりと押し付け、意地悪そうに笑う。対する修大の方も、白いを歯を見せながら同じ技を返した。仲の良い犬や猫の様にじゃれ合う二人。そんな微笑ましい光景を、夕海たちは半ば呆れながらも温かく見守っていた。

「それにしても、ショーが無事に終わって良かったよ。お疲れ、修大」

「おう! ……よし、今日は飲もうぜ! 希人もきっちり働いたんだしさ。久々に羽目外そうぜ~!」

「お前はいつも外してるようなもんだろ? ……まぁ、あんまりお前酒強くないんだから無理すんなよ」

 僅かな静謐を挟みつつ、短い言葉を交わす希人と修大。交わした言葉は端的であったが、互いの労わる気持ちを伝えるのには充分であった。

 二十一歳の希人にとって、ここまで強く通じ合える友人が出来るのは初めてだった。だからこそ考えてしまうのだろう。

 ――お前、無理なんかしてないよな?

 まるで何も迷いがないかの様な修大の笑顔。そんな彼を見つめ、希人は決して彼からは返ってこない問いかけを心中で呟く。友人の尊さをすぐ隣に感じつつ、希人は遠く感じる彼の心への思いを馳せずにはいられなかった。


 *  *  *  *  *  *


 やはり木野修大と言う男にとって、酒は弱点のひとつなのだと希人は改めて認識した。ビールを3杯ほど飲んだところで酔いが回り、九時前だと言うのに彼は既に夢の中に落ちている。

「なんかぐっすり寝ちゃってるねぇ~」

「まぁ昼間の疲れもあるでしょうからね。もし起きなくても僕が運んでいくで、しばらく寝させてやりましょう」

「おっ! やさしいねぇ。流石は木野君の正妻!」

「はっ!? ……はぁ?」

 瀞の冗談に希人は思わず眉をひそめる。互いのことを理解しあい支え合う姿を夫婦に例えたわけだが、当の本人には少し微妙な様だ。

「あっ、グラス空になってますけど、夕海さんまだ飲みます?」

「ありがと~! 流石はちかげちゃん、気が利くね。ちかげちゃんも飲む?」

「……私まだ未成年ですよ。まぁ二十歳になるまであと一ヶ月もないんですけどね」

「おっと、そうだったね。しっかりしてるからさ、たまに忘れちゃいそうになるんだよね」

「いえいえ。そんなに事ないで――あっ!」

 言うよりも早く、テーブルの上にはビールがぶちまけられていた。ほんの一瞬気が緩んだ時、結露したビールの瓶はちかげの手指を離れていった。

「本当、すみません! 服は濡れてないですか?」

「あぁ、うん。アームカバーが濡れちゃったけど大丈夫。だから気にしないで!」

 申し訳なさそうに眉を下げるちかげを慰めながら、夕海は左腕のアームカバーを外す。

「えっ……天貝さん、それって」


 アームカバーを外し、露わになった夕海の手首を見て、希人は思わず言葉を失った。

 まるで地図上で見る山脈の様に隆起した表皮。それは一度ズタズタに切り裂かれた事が判る傷跡だ。

 思い返せば希人は腕を見たことがなかった。いつも見ていたのはパンゲアの制服姿かラッシュガードに身を包んだ彼女の姿だ。

 傷跡の位置から、希人は思わず脳内で夕海の過去について詮索してしまう。〝自身の手首を切りつけてしまいたくなる程に辛い過去があったのだろうか?〟 少ない彼の人生経験の中からどう対処すればいいのか、必死に脳を稼動させるが答えはなかなか出ない。その時だった。

「あっ、篭目君それ違うよ」

「えっ?」

「いや、いかにも〝この人心に深い闇でもあるんじゃないか?〟みたいな顔してたんだもん! 残念ながら私はそんなメンヘラちゃんじゃありません!」

「……そうですよね。なんかスミマセン。じゃあ一体……いや、こんな事聞かれるのは嫌ですよね! たびたびスミマセン!」

「いいよ別に。そんな隠す程の理由でもないし。これはね、イルカに噛まれた時の傷跡だよ」

 この答えを聞いて希人は合点がいった。彼女が以前ドルフィントレーナーをしていた事は希人も承知の事実だった。

 しかしそれでも違和感は残る。人に飼い慣らされたイルカに噛まれたと言うには、あまりに傷が大きいからだ。

「結構手酷くやられちゃったけどね……でも仕方なかったのかなって。ちょっと色々ある子だったし」

「〝色々〟ですか?」

「うん。篭目君はさ、イルカが苛めをするって知ってる?」

「えぇまぁ、多少の知識としては。でもそれが天貝さんの傷とどんな関係が?」

「私の事を噛んだ子はさ、昔いじめれたみたいなんだよね。私の居た水族館に来たのも浅瀬に打ち上げられた報告を受けて保護したからだったんだ」

 夕海を噛んだ件のイルカは、浅瀬に打ち上げれた時かなりの痛手を負っていたと言う。頭部や脇腹の至るところに打撲痕があり、同種の歯列とぴったり一致する噛み傷もあったのだと夕海は希人に話した。

「最初はかなり怯えたし、不意に暴れたりして大変だったんだけどね。でも水族館の方で少しずつ環境に慣らしていってさ、本質的には頭も良い子だったから演技もすぐ覚えたし人にも段々と馴れていったの」

「……じゃあなんで人に噛み付いたりなんかしたんですか? 色々と気が立っている時だったりんしたんですか?」

「それがね、よくわからないの。ほんの一瞬前まで平静だったのに急に暴れだして……」

 そう語る夕海の顔は笑ってこそ居るものの、何かを押し殺して作った寂しげな笑顔だった。彼女の話によれば、その時のイルカの様子は普段と変わらず、餌を食べる為水面から出していただけに見えていたのだと言う。実際最初は普通に夕海の手から餌であるアジを受け取っていたとの話だ。

 しかし次の瞬間にイルカは豹変したのだと言う。何が理由かは定かではないが、急に不安定な精神状態――それはまるで水族館に来たての時の様な状態に戻っていた。突然我を忘れたイルカはパニックを起こし、目の前の夕海に何度も牙での攻撃を加えたのだと言う。

「頭が良いって言われている動物だからね。もしかしたら人間みたく急にフラッシュバックとかしちゃったのかな? ……今更確かめようもないんだけどさ、私も悪かったかなって思うんだ。〝この子は心を開いてくれた。解り合うことが出来た〟そんなおこがましい事を考えていた自分に嫌気がさす」

 そう言って自嘲気味に笑った後、夕海は手元のグラスへ視線を落とした。飲み干すわけでもなく、波打たないビールを見つめ、自分が泳いでいたプールに思いを馳せる。そこで思い出すのは、甘さや危機感の足りなかった今以上に若い日の自分。そんな恥じても仕方ない過去の自分を、彼女は今でもなかなか許せずにいた。

「どんなに解っている気になったって、自分自身の事じゃないんだもん。すべてを思いのままにできるわけないよね。勝手な理想を押し付けたって、相手も自分も辛くなるだけだし。もちろんある程度は頑張らなきゃいけないんだけどさ、限界ってやっぱり絶対あるから……それはきちんと解っていなきゃね」

 かつての自分から今の自分へ念を押すように。今の自分からかつての自分へ言い聞かせるように。天貝夕海は一人静かに呟いた。

「……それで」

「んっ?」

「それでそのイルカはどうなったんですか?」

 希人自身も酒には弱く、修大ほどではないが酔いが回り易い。しかしその動きが鈍くなりそうな頭を必死に動かして考えた。緩くなりそうな涙腺を必死に締め、希人は声を絞り出した。

 夕海を噛んだ後、そのイルカが辿るかもしれない道筋。その選択肢を残酷なものにしようと思えば幾らでも残酷に出来るだけの想像力を、篭目希人は持ち合わせていた。

「うん、今でも元気にしてるよ。流石にショーとかはさせられないけどね。でもプールできちんと泳いでる。仲間に苛められた時の後遺症でちょっと泳ぐのが遅かったり、狩りをする事にも支障のある子だから海にも返せないしね」

「そんなになるまでいたぶるんですか……正直驚きました」

「びっくりだったでしょ? だけどそれでも死ななかっただけマシなのよ。こうであって欲しいって思い込んだって、野性を持って生きる実際の姿や現実が変わるわけじゃないから。それも含めてイルカって言う生き物なんだって、認識しなきゃんだったよね、私」

 隣で驚くちかげに説明した後、夕海は希人の反応を確認した。夕海の返答を聞き、ホッと胸を撫で下ろしている様に見える。

 彼女の話を聞く中で、恐らくは希人にも何か思うところはあったのだろう。篭目希人と言う人間のすべてを知っている訳ではないが、彼が誠実で繊細な人間である事は夕海にもなんとなく理解は出来る。

 そんな彼が件のイルカの身を案じる理由は、想像するに難しくなかった。その為夕海は『イルカが自分達が生死を確認できて、きちんとした保護下にある』とすぐに判る答えを用意したのだった。



(お前、やっぱりすげぇな。俺はその話を聞いた時、イルカがどうなったのか心配になったけど、恐くて聞けなかったわ)

 既に目覚めていた修大ではあったが、目を閉じたままに夕海達の会話に耳を傾けていた。かつて夕海の経験談を聞いた時に彼自身でも気になった事。それを希人は躊躇わずに聞くことができた。

 しかし同じ話を最初に聞いた時の修大は、その質問を夕海に投げかける事ができなかった。殺処分に放逐。いくらでも想像できてしまう残酷な答え。それを恐れるあまり、彼女に問う事が修大にはできなかった。

 篭目希人が持つ、現実と対峙する時に発揮される胆力。彼が持つ強い意志と知恵、そして理性は、修大にとって羨ましいと思ってしまうものだった。


「……よし! それじゃあ明日仕事の人もいますし、今日はこの辺りにしますか!」

 丁度傷跡の上にある腕時計を見て、夕海は皆に提案した。彼女の言葉に賛同し、皆も帰り支度を始める。しかし修大は未だに目を閉じたままだった。そんな彼を見かね、希人が彼の体を揺すると修大はすぐに目を覚ました。……もっとも、修大自身の意識は目覚めていたため、希人がした事は起き上がるきっかけを作るに過ぎなかったのだが。

 会計を済ませ、外に出た皆はそれぞれ家路についた。意識もはっきりしていた修大と分かれ、希人も自宅へと戻る道の途中だ。そんな中、希人は不意に空を見上げる。

「なんか暗いな……」

 この日の空は雲が多かった。夜の中で月を覆い隠す雲は大地の闇を深くする。深い闇の中、希人は明日からの事を考えていた。

 ――サラが人に必要とされるかどうかは俺にかかってるんだよな。なら頑張らないと。

 きっとそれは既に解りきっていたはずの現実。その重みを改めて自身に刻み込み、篭目希人は家路につくのだった。

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