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軍が特殊訓練を極秘に行うために用いた仮想世界『リリフィア』と身体転送技術を活用して開発されたVMMOゲーム『ロスト・ガーデン』が運営を開始してから、五年の月日が経ち、日本でのユーザーは100万人にまで膨れ上がり、世界的にも人気オンラインゲームとなっていた。
「ぅん……」
ドスッ
「うっ、うぅぅ」
いきなり走った激痛で意識がはっきりして目を覚ます。
「いってぇ~」
激痛が走ったところを擦りながらクロツキは辺りを見渡し、痛みの原因を探しているとすぐ近くから声がかかって来た。
「とっとと起きろクロ!寝てる場合じゃないぞ!」
(そうか、意識が飛んでたのか……)
クロツキは、自分に何が起きたのかを思い出しながら、声をかけてきた男に返事を返し、戦況を確かめる。
「すまん、暁!戦況はどうなっているんだ?」
「良くない状況だな。今は、上位プレイヤー数人でどうにか応戦しているってところだ」
「そうか、分かった」
メニュー画面で自分の状態を確かめながら、クロツキは体を起こそうと暁が伸ばしてきた手を掴む。
「よっと、・・・もう大丈夫だから暁は、かえで達の援護に向かってくれ。俺も後から向かうから」
「了解!」
クロツキの言葉に対してすぐに返事を返した暁は、シムナと刻まれたモシン・ナガンを担ぎ直し、かえで達のもとへ駆けて行く。
暁の背中を見ながらクロツキは、腰のポーチを開き回復薬を手に取って、かえで達のもとへと行く――。
――数時間前、アップデートで新機能と新アイテムが導入された。古参プレイヤーであったクロツキは、新しく追加されたモノを早く見たいために、アップデート終了予告時間に早々とログインした。
「・・・・さて、姉さんにはゲームにログインすることを伝えて来たし、遅くまで楽しみますか」
リリィン
突如、鳴ったフレンドコールにクロツキは出る。
「よっ!クロ、お前もやっぱりログインして来たんだな」
「あぁ、でっ、どうしたんだ。お前からかけてくるなんて……」
少し動揺しながらもクロツキは、古参プレイヤーの一人であり親友である暁に質問を返した。
「いやぁ~、久しぶりに知り合いとパーティーを組みたいと思ってフレンドリストを見てたら、お前がログインしているのに気付いてな。それで通話したんだよ」
(そういうことか……)
クロツキは、暁からの誘いに一瞬考えたが、自分もまた、久しぶりに知り合いとパーティーを組みたいと思っていたため、了承の返事を返した。
「いいぞ、合流場所はどこだ?」
フレンドリストから暁の現在位置を確かめながらクロツキは、待ち合わせ場所を聞く。
「近くにいるから、そこに居てくれ。こっちから行くよ」
「分かった。待ってるよ」
チュン チュン チュン
小鳥の声に耳を傾けてつつ、暁を待つ……。
チュン チュン チュン
「・・・」
(はぁ~、近くにいるんじゃなかったのか。一度、通話してみるか・・・・)
二十分も経つのにも関わらず、一向に来る様子のない暁を待つのも疲れたので、フレンドコールをかけようと、メニューを開いた時に手を振る暁が視界に入ってきたのでかけるのを止めた。
「すまん、来る途中でかえでに捕まっちまって遅くなっちまった」
暁は着いてすぐに両手を合わせて謝ってきた。
「それってつまり、いっ――――」
ドサッ
嫌な予感がしたのと同時に暁の後ろにいた二人組のフードを被った女性のうち一人に押し倒され、言いかけていた言葉が中断させられる。
「・・・・はぁ、いきなり、なにするんですか。かえで先輩」
「もう、久しぶりに会うのに冷たいなぁ~」
押し倒してきて未だに上に乗っかっている、かえで先輩の挨拶を無視して剥がそうとしていると、もう一人が近寄ってきて、かえで先輩を引き剥がしてくれた。
「もう、何やってるのお姉ちゃん。・・・・あのう、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。それとすみません」
クロツキは、立ち上がるとお礼を言い服に付いた埃を払い落して一息入れる。また、かえで先輩の襟首を未だに掴んでいる少女に名前を聞くと元気な声で返事を返して来た。
「えっと、君は?」
「初めまして、鈴奈と言います。リアルではかえでお姉ちゃんの妹です」
「こ、こちらこそ初めまして、クロツキと言います。かえで先輩とは元パーティーを組んでいました」
鈴奈の元気良さに圧倒され、変な自己紹介をしていると構ってもらえないのがつまらなかったのが、鈴奈の拘束から抜け出たかえで先輩が背中に飛び付いてきた。
「クロちゃ~ん、無視しないでよ」
「はい、はい、でっなんで暁と一緒に居るんですか。かえで先輩?」
背中に引っ付いてきたかえで先輩の方に顔を向けて尋ねると不敵な笑いをしながら答えてきた。「ふっふっふっ、私のサーチスキルからは誰も逃げられなっ、い・・・ん―――」
「もう!お姉ちゃんたらっふざけないでっ」
ふざけた答えを返したかえで先輩の頭を叩きクロツキの背中から引き剥がした鈴奈は姉を叱りつける。
「うぅぅぅ、痛いよ~鈴奈~」
(どっちが姉なんだか―――)
クロツキは、かえで先輩と鈴奈のやり取りを見て呆れていたが、文句を言う姉に鈴奈もまた言い返そうとしていたので、慌てて本題に戻しにかかる。
「でっ、なんで一緒だったんですか?」
「あっ、す、すみません。お姉ちゃんがいきなり暁さんを見つけたとか言って駆け出して、今さっき合流して、ついて来ちゃったんです」
我に返った鈴奈はすぐに頭を下げ答えてきた。クロツキはそれを聞き、納得する自分にため息をつきたくなった。
「なぁ~クロ、人数が増えてもいいだろ?」
早くプレイしたいのか、暁はクロツキに尋ねてきたので、クロツキは渋々承諾する。
「はぁ~、いいよ。どうせついてくるだろうし」
「わかってるね~クロちゃん」
クロツキは、いつの間にか暁との会話に割って入ってきたかえでの言葉を無視して、パーティー申請を送る。
「うぅぅ、クロちゃんがすごく冷たい・・・・・」
「よろしくお願いします」
「よろしくっ!」
「こちらこそ、よろしく」
拗ねているかえで先輩を無視して挨拶を交わした後に暁が、待ちきれなくなったのかより一層テンションを挙げて周りのみんなに言葉を放つ。
「じゃっ、クエスト受けに行こうぜ!」
クロツキ達は、暁の言葉に頷き、クエストを受けるために掲示板のあるギルド会館へと足を向かわせようとするが、いきなり、周りが騒がしくなる。
「警告!警告!緊急転送を行います!」
ゲームシステムの警告が鳴ったと同時に、クロツキ達を含めた全員が近場のゲームマスターの館へと飛ばされる。
「いったい、何が起ったんだろうな?」
「不具合があったとか」
他のプレイヤー達がざわめいている中、暁とかえで先輩が話し合っている会話の内容を聞きながら、鈴奈は考え事をしているクロツキに訪ねる。
「なんと思いますか、クロツキさん?」
(これ程の規模なのに集まるなんてことがあるのか?いったい――――)
クロツキは、他のプレイヤーも集められているのを見て、呼ばれた理由を考えていたが、鈴奈が自分に呼びかけているのに気付いてひとまず考えるのを止め、返事をする。
「――――クロツキさん、聞いているんですか?クロツキさん?」
「すまない、考え事をしていて気付かなかったよ。鈴奈さん」
「そうですか、良かったぁ~。それで、あのぅ~、何が起ったか分かりますか?」
鈴奈の質問に、クロツキは、運営側の今までの対応と自分の推測を話す。
「いや、俺も分らないんだが、今回みたいな規模の場合は、強制ログアウトで対処して、少人数なら、強制転送って感じの対処をしてきたから、今回みたいなのは、初めてなんだよ」
「そうですか。ありがとうございます」
クロツキが鈴奈の質問に答え、鈴奈が礼を言い終わった頃、近場のプレイヤーが全員集まったのだろうゲームマスターが険しい顔で現れたので周囲が静かになる。
そして、中央に立つと説明が始まった。
「お集まりになった理由を説明させていただきます。くれぐれもパニックを起こさないようにして下さい。・・・・つい・・今しがた、ログアウト時に問題が発生し退出が出来なくなるという事態が発生しました」
ゲームマスターの説明を聞いたプレイヤーの一部が抗議の声を挙げ、周りがいっきに騒がしくなる。
「どういうことだよ!」
「ちゃんと説明してよ!」
次々と飛んでくる声を片手で制止し周囲が静かになると、また、話し始めた。
「原因は不明です。何が起ったのかも分かりませんが、外との連絡もついさっき繋がらなくなりました。また、原因解明までは、この世界で何が起るか分かりませんので、行動には、注意してください。以上です。原因が分かり次第、報告します」
説明が終わると同時に立ち去ろうとするゲームマスターの姿を見ながら、その場に居た全員が凍りつくが、我に返ったプレイヤーの一部が悲鳴を挙げ、その場はすぐにパニックになった。
(――――考える前に一度、場所を変えた方がいいな)
パニックになっている中、クロツキは冷静に状況判断をし、近くで立ち尽くしている暁達に声をかける。
「一旦、此処を離れた方がいいと思う」
クロツキの言葉で暁達は正気を取り戻しクロツキの方を向き頷く、そして、すぐに暁が自分のマイホームを場所として提案して来たのでそこに移動した――――