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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第七部 二学期 想イノ果テニ
99/134

34 前編 (拓真)

 

 

 

 

 

 修学旅行二日目。


今日は朝から自由行動。普通ならば各名所に行きそこでの数時間の自由行動なのだが、うちの学校は二日目全てが自由行動なのだ。


朝食を取り終え朝礼が済み、そこから各班での自由行動。基本的に行動に制限はない。夕食までにホテルに到着しているという条件だけだ。


その為、お小遣いとして持ってきていい金額の制限もなく自己責任で持ってくるというシステムだ。だが、まだまだ高校生という身分な為、二日目の自由行動は那覇市内に集中する。


まぁ海もあればショッピングも楽しめる場所だ。アクティビティにかんして文句を言う者はいないであろう。それにしても、自由度が高いのはいい事なのだが、裏を返せば学校側は何も計画していないという事になる。


生徒の自由意志の尊重という言葉を使えば聞こえは良いが、文化祭終了からあまり時間がない為に起こってしまう所業なのだろう。確かに自主性は養われるのかもしれないが、あまりにも自由すぎて時間を持て余してしまうのが目に見えている。


そんな事を考えている俺は今、ホテルのロビーにいます。


朝食を取り終えて皆を待っている所なのだ。だが、今の俺は今日という日を楽しむだけではいけない。寝て起きたせいか、今の凄く頭がクリアになっている。その状態で昨日の事を思いだしても、やはり俺の行動は間違いだらけだったのかもしれない。


気持ちを伝えるだけでは何も解決にはならない。俺が想像している最高の未来と相手が想像している最高の未来が噛み合わなければ意味がないからだ。


だからこそ俺と神沢は言い合いになってしまい、挙句の果てに俺は逃げ出した。全てが上手くいかない事を承知の上での行動だったはずなのに、結果だけ見てみれば言うだけ言って何もしない感情任せの阿呆という事。


そんな今の状況は最悪な方向へと進んでいる。牧下に言っても気持ちを言おうとはしないし、神沢に言ってもこのままがいいの一点張りだ。この二人の気持ちを前の方へと向ける為には何をすればいい。


分からない、分からないと思考を停止させたとしても時間だけが過ぎていき結果、斉藤一葉の依頼を失敗する事になってしまう。それだけは避けなきゃいけない。


でも、斉藤の依頼を成功させるには神沢と牧下の気持ちを前に向かせる……。って同じ考えがループしてまともな答えに辿り着かない。


そもそも結果がループするという事は前提が間違っているという事になる。


何が間違っているかなんてもう分かっているんだ。それは誰かが傷つけばいい。


誰も傷つかないように、全てを良い方向にしようとしているから結果がループする。その中の何かを切り捨てれば簡単に解決できる話なんだ。


そこで重要視されるのが斉藤一葉の依頼。


俺が求めているのは依頼者の願いを叶える事だ。それが出来れば文句はない。だが、その依頼を成功させる為に何を切り捨てればいい。


選択肢は何個かある。神沢を切り捨てるか牧下を切り捨てるか。だが依頼内容が内容なだけあってこの二人を切り捨てるという事は出来ない。ならば俺が出来る事はなんだ。


同じような思考を繰り返しながら俺は悩み続ける。その時


「ごめん拓真。待たせちゃった?」


ホテルのロビーの椅子に座っている俺に話しかけてくる女子。そう皆さんお馴染みの白林雪菜嬢である。というか、雪菜が代表して話しかけてきたみたいで、雪菜の後ろから全員がぞろぞろと来ていた。


「いや、別に待ってないぞ。それで今日は何をするんだ?」


俺は雪菜に返事をし、集まってきた皆に問いかけた。すると


「とりあえず、あたしは買い物したーいっ!! せっかく沖縄に来たんだから沖縄らしい物を買って帰りたいっ!!」


佐々路が言い出す。すると他の連中も


「買い物は女子だけで行ってくれ。俺はごめんだ」


レイが佐々路に反論する。


「あら城鐘くん。私達には行動の自由がある代わりに班行動が厳守という厳しい決まりも存在しているのよ? もしも今の城鐘くんの意見を取り入れてしまったら連帯責任でここに居る皆が如月先生に武力行使……、ごほんっ、教育的指導をされる羽目になってしまうわ」


レイの言葉に一之瀬が反論する。そして何度聞いても一之瀬の正論は凄いって思わせられる。私的な理由を述べている存在に対してなんとまぁ残酷な事。慣れていないレイならここでメンタルブレイクを起こすはずだ。だって俺がしてきたのだから


「何言ってんだよ一之瀬。俺が提案しているのはあくまでも施設内での話しだ。外での別行動は連絡を取ったとしても合流に時間がかかっちまうかもしれない。でも施設内なら話は別だ。連絡をすればすぐに合流も出来るし、昨日と違って教師の監視も甘い」


メンタルブレイクしないだと……!? いや待て、メンタルブレイクをしないんじゃない。レイには俺のように『諦める』というスキルが備わっていないんだ。前衛職には習得できないスキル。まずいレイ、このままじゃカウンターを━━


「夏蓮を苛めてんじゃないわよ城鐘。テイッ、テイテイッ!! テイテイテイテイテイテイッ!!」


「や、やめろ佐々路っ!! わ、脇腹を突くんじゃねぇっ!!」


カウンターを受ける前に悪魔大元帥の部下に攻撃をされるレイ。そんなレイは脇腹が弱点でもある。


「お、おいマジでやめろ佐々路っ!! あはは、ほ、本当にやめてくれっ!!」


「テイテイテイテイテイテイッ!!」


なんかもう微笑ましい光景というか、佐々路はテイテイ職人になってるしレイは本気で逃げ回ってるし。これが俺等の日常なのだと改めて実感する。


「ハァ……、ハァ……、ハァ……」


やっとの思いで佐々路から逃げきったレイは俺の後ろに隠れている。そして何を言うかと思えば


「た、拓真……。あそこにいるテイテイ女をどうにかしてくれ……。これ以上あの攻撃を俺が受ければ、命の保障がないんだ……!!」


んー。なんというか本当にレイは乗りが良い。つか佐々路の乗りが良いからレイに付き合ってくれているのかも知れないな。まぁ昔からの親友だ。ここは俺も乗ってあげましょう。


「いやレイ。俺が同じ事をすると、俺の事が好きな佐々路は悦びを感じてしまい体力回復と潜在能力解放というラスボス撃破一歩手前の状況になるぞ? それでもいいなら俺はやるが」


「ちょっと待て拓真。好きっていう感情だけで魔王の手先レベルのモンスターがラスボスまで昇華するのはおかしいだろっ!! というかそんな話し以前にどうして佐々路が俺の弱点を知ってるんだっ!!」


確かにどうして佐々路がレイの弱点を知っているのかは気になる。まぁそんなもの簡単に答えが出てしまうんですけどね。後ろのほうでニヤニヤしてる雪菜の表情を見れば……。


「おい雪菜。お前が佐々路にレイの弱点を教えたのか?」


「ふっふーん。そんなのあたし以外の誰が知ってると思ってるのだっ!!」


腰に手を当てて自信満々に答えるんじゃないよ……。幼い頃からお前を教育していた俺の責任になっちまうじゃねぇか……。


「ユキ……。お前が全部ばらしてたのかっ!!」


怒鳴るレイ。そしてその瞬間、俺の後ろに隠れる雪菜。本当にどうしてこの二人は昔から同じような喧嘩を繰り返してしまうんでしょうかね。


俺はその場で嘆息し


「はいはい。そこまでにしておけよ二人とも。とりあえずレイは落ちつけ、そして雪菜は俺が後でラフテーまん買ってやるからおとなしくしてろ」


雪菜は食い物で買収すればどうにでもなる。だが、レイの方はどうだろうか。


俺の言葉を聞いた雪菜は想像通りにおとなしくなる。そして小さな声で「ラフテーまん」と何度も何度も繰り返し口ずさむ痛い女子に成り下がった。俺の幼馴染なんだからもう少し気品を持ってもらいたい……。


そんな嘆きを飲み込んでもう一人の幼馴染に視線を送る。するとその幼馴染は少しばかり不貞腐れていっる表情ではあるが、魔王の手先の攻撃がよほど怖いらしくおとなしくなってくれた。


そこで俺はすかさず


「とりあえず全員集合。今日一日の動きを決めたいから皆の意見を聞きたい」


どうして俺がここまでしなきゃいけない。寧ろ適当に近場の観光スポットを巡れれば俺はそれでいいんだ。つか丸一日時間が有るのに、どうしてワガママな奴が出てきてしまうんだ。というか、こういう時に皆を纏めるのは俺の仕事じゃなくて天才少女さんの仕事じゃないんですかねっ!?


だが俺がここで何もしなければきっとこのままホテルのロビーに数時間いることになってしまう。せっかくの修学旅行というイベントの時間を無駄にはしたくない。そうなると俺がどうにかしなきゃコイツ等がまとまる事なんてないだろう。


そして俺は皆の意見を聞いた。


佐々路はさっきも言っていた通りショッピングを所望。レイは外に出て海でのアクティビティを所望。というかレイにいたっては佐々路への嫌がらせを含めた意見だと思うので、結果的にはどこでも良いのだろう。


次に崎本は「可愛い女の子がいる所」という曖昧かつ大雑把で最低な意見を言ってきたのでその場で俺が却下した。そして雪菜は俺の声が届いていないみたいで、何かに取り付かれたように「ラフテーまん」という言葉を言い続けている。あぁ……。ちゃんと買ってやらなきゃ後が怖いな……。


最後に天才少女こと一之瀬さんは「沖縄には何度も来ているから別にこれと言って行きたい所はないわ」と涼しげな表情で言ってきたので面倒くさいから数に入れない事にした。そして


「後は神沢と牧下だな。二人はどこか行きたい所とかあるか?」


この言葉を言って自分で気がつく。もしかしたら雪菜も佐々路もレイも崎本も依頼の事を忘れているんじゃないかと……。まぁ確かに依頼内容だけを見たら絶対に修学旅行でどうにかしなきゃいけないものでもないんだけどな……。


そんな疑問を浮かべ少し嘆息する俺。そして俺の質問を聞いた牧下と神沢はどこでもいいという答えを俺に伝える。


皆の意見を統括するともう答えなんて一つしかないですよね。はいショッピングになりました。こんな適当な決め方で本当に良かったのかと思いながら、俺等はホテルを後にした。





 思っていた以上に生徒たちの行動力はあるのだと思い知らされた。


というかせっかくの修学旅行なのできっと色々と調べたり班での行動を決めたりと意外としっかり計画を立てているみたいだ。どうして俺がそんな風に思っているかというと、移動している時のバスの客の大半がうちの学校の生徒だったからである。


俺的にはホテル近辺で適当に遊ぶというのが頭の中になったのだが、今となってはその意見を言わなくて正解だったと安堵している。


そして驚かされるのはそれだけではなかった。


今の俺は佐々路の意見を取り入れてショッピングに来ているんだよな。なのにどうしてこんなテーマパークみたいな場所にいるんですかね。


どんだけ広いんだよ。つか、そんな事を考えている俺って何か世間の一般的な常識とかを知らない人みたいじゃないか。俺だって高校生なんだぞっ!! 俺だって色々知ってんだぞっ!! 俺だって……。


「ねぇ拓真、早く行こうよ。ラフテーまん売り切れちゃう」


俺の事よりも食い物の事を優先している雪菜に方をポンポンと叩かれる俺。そして何も知らない事を忘れる為に俺は皆の後を追いかける。


本当に右を見ても左を見ても新鮮な雰囲気だ。というか沖縄感は少し無くなってしまっているような気はするが、潮の香りが鼻腔を刺激し程よい暑さでリゾート気分を味わえる。これが修学旅行なのだと忘れてしまうほど今の俺はリラックス出来ているかもしれない。


何も考えずにはしゃいでいる皆の姿を眺めているだけで幸せな気持ちになってくる。俺がずっとあって欲しいと願う光景だ。


友人同士で笑い合ってふざけあって、たまには喧嘩をして怒りあって……。誰もがそんな世界を求めていると言ったら、それは俺の傲慢かな……。自分の価値観を押し付けて、ヒーロー気取りでも自分勝手。


本当の俺は何が、欲しいんだ……?


時間が止まってしまったようだった。世界に俺だけしかいないようだった。分かってる。そんなものは幻想であって勘違いなのも。


辺りを見渡せば沢山の人がいて、楽しそうに笑っている。その世界の一部に俺も混ざっているはずなのに、どうして俺は一人なんだ……? その時、頭の中で声が響いたような気がした。


「お前がどんなに頑張ろうとも一人なんだ」


この声は俺……? 俺の声が頭の中で話している。前にもこんな事があった。でもあの時の俺は天才だという自分を肯定出来ていなかったから、迷いの中で出てきた過去の自分。なら今は……。


「お前には誰の願いも叶えられない。お前には叶える術すらない。お前はもう分かっているのだろ? 自分が何も欲していないのだと」


誰の願いも叶えられない……? その術すら持ち合わせていない……? 俺が何も欲していないだと……?


「そうだ。初めからお前は何も欲してなどいない。誰も傷つかない世界、皆が笑っていられる世界。それが幻想だと気が付いているお前は既に自分の夢や願いを破綻させているんだよ」


幻想……? 幻想なんかじゃないっ!! 誰も傷つかなくていいんだっ!! 皆が笑っているのが幸せな事なんだっ!! それは夢でも幻想でも━━


「だが、お前はよくこう言うよな。何かを得る為には犠牲が必要だと。その犠牲を最小限に抑える事が必要なのだと。それを考えてしまっている時点で誰かが傷つく未来を選択する。だとすれば、誰も傷つかない世界、皆が笑っていられる世界など幻想でしかないんだよ」


自分に現実を突きつけられる感覚。それは誰から何を言われるよりもキツい。だって自分が言ってるんだぞ……? それは既に俺が分かっている事で、俺はその現実から目を背けていた事になる。


なんで今なんだよ……。どうして今なんだよ……!!


「今じゃなきゃお前は気が付かないと思ったんだ。俺はお前、お前は俺。もう答えは出てる。お前が欲していて、その為なら何でも出来る存在を俺は知ってる。お前は━━」


なんだ……? 声が聞こえなくなった。俺が気が付かなきゃいけない事ってなんだよ……。まだ気が付かなきゃいけない事があるのかよ……。どうしてこんな中途半端に……。


「おい拓真っ!! さっきから何ボーっとしてんだよ」


少し声を張ったレイの言葉で俺は我にかえる。頭の中で自問自答をしていた時間がどれ程だったかの知る術もなく、俺はレイに謝った。そして


「まぁ良いけどよ。そうじゃなくて拓真に客だ」


客……? レイの言っている言葉の意味が分からない。それとも俺が理解していないだけで他の奴等は理解しているのか……? 俺だけ分かってない……?


「どうした拓真。気分でも悪いのか?」


「だ、大丈夫だよレイ」


何を俺は焦ってるんだ。焦ってる……? どうして今の俺はそんな風に思ったんだ……?


「とりあえず大丈夫なら、お前に話したい事がある奴が来てる」


「俺に話したい奴?」


レイの言葉を聞いて俺はその相手を確認する。そこに居たのは


「斉藤……」


斉藤一葉がそこには居た。そして斉藤は深々と皆に頭を下げる。その一連の行動が終り、頭を上げた斉藤は皆み向かって言う。


「すまないが少しの時間、小枝樹拓真を借りてもいいか? その代わりとは言っては何だが、コッチは門倉翔悟を贄にしよう」


「おいコラ斉藤。俺が生贄ってどういう事なんだよ……!!」


「何を言っている門倉翔悟。私はこれから小枝樹拓真を借りようとしているのだ。その対価としてお前を生贄に捧げるのは至極当然の事だろう。だが、ここで問題になってしまうのはお前が小枝樹拓真を借りるにあたっての生贄として分不相応だという事だ。こればっかりは相手方の了承を得るしか方法がない」


冷静淡々と言う斉藤。そんな斉藤にレイが


「あー大丈夫大丈夫。拓真が良いって言うならその木偶はいらねーから。つか一緒にいると筋肉が暑苦しくて鬱陶しい」


「おいレイてめぇ……!! その暑苦しい筋肉でお前の首を絞めてやっても良いんだぞ」


「翔悟の気持ちは分かった。よーし喧嘩だな」


ははは……。本当にレイと翔悟は仲良しさんだな。でも今はそんな二人を止めてる余裕がない。俺はレイと翔悟が睨み合っている姿を見ながら斉藤の隣へと行く。


「騒がしくてごめんな斉藤。それで話ってなんだよ?」


「すまないが二人きりで話したい」


「分かった。じゃ、少し場所を変えて話すか」


翔悟とレイを止めるのに必死になっている皆をよそに、俺は斉藤と静かな場所を探して歩き出した。




 どこを歩いていても人通りが少ない場所はなかった。


まぁそんなのは考えれば分かる事だよな。ここは他県から来た奴等も足を運ぶし地元の奴等もきやがる。それに俺等みたいな修学旅行生までくるとなっちゃ静かな場所なんて見つからなくて当然だ。


だが、斉藤はそれえでも諦めている様子がない。何か、俺だけ諦めてるとか格好悪いじゃん……。


「なぁ斉藤。このままだと話せないで終わりそうだから適当な場所で話そうぜ?」


とりあえず提案してみる。だが、斉藤は俺の言葉が聞こえていないのか何の反応もなく、ただひたすらと辺りを見渡しながら歩き続ける。


本当にコイツは俺と何か話したいと思っているのか? そんな疑問を浮かべていると斉藤は何かを見つけたみたいで歩く速度が上がった。そして


「やっと見つけたぞ。私はここのアイスクリームが食べたかったんだっ!!」


「……は?」


この子はいったい何を言っているんでしょうかね。天才な僕でも何を言っているのか全然理解できませんよ。もうなんか助けてください……。


項垂れている俺をよそに斉藤は瞳を輝かせながらアイスクリームを買いに言った。そして数分後。二つのアイスクリームを持って斉藤が俺のもとに戻ってきた。


「すまなかったな小枝樹拓真。これはお詫びだ」


そう言いながら斉藤に手渡せられるアイスクリーム。カラフルな色合いのそれは手に持った瞬間に気持ちの良い冷気を感じさせた。


そんなアイスクリームを幸せそうに食べている斉藤。なんかこんな女の子らしい斉藤を見るのは初めてだな。


微笑ましい姿を見れて俺は少し安堵した。こんなにも幸せな表情を出来る人間が悩みを抱えているものではないと、どこかでそう思いたかったのかもしれない。


そして俺等はアイスクリームを片手に再び歩き出す。だが、その歩みも少しだけで、すぐ近くにあったベンチに斉藤は腰を下ろした。


「こんな場所でいいのか?」


ベンチに座ったという行動を見て、俺はこれから話が始まるのだと思った。だからこそ、こんなにも人通りが多い場所で話しても良いものなのか斉藤に聞きたかったんだ。すると


「あぁ、大丈夫だ。聞かれてまずいのは私の依頼を知っている者だけであって、それ以外の人には何を話しているのかさえ分からない内容になる」


「ならどうしてこんなに歩き回ったんだ?」


依頼を知っている者。それは俺を含めて、一之瀬に佐々路、雪菜にレイ、崎本に佐々路と翔悟になる。そしてその雰囲気を伝えたくない存在も含まれているだろう。それは牧下と神沢だ。


今名前を挙げた者の他にも、神沢ファンクラブの反牧下勢力にも聞かれたくはないんだろうな。だとすればやっぱり歩き回った理由が分からない。


そんな俺は斉藤の返答を待った。


「だ、だからさっきも言ったであろう……。ア、アイスクリームが食べたかったんだ……///」


俯き頬を赤く染める斉藤。俺よりも少し小さい斉藤だが、恥ずかしがって縮こまってしまっている今の斉藤はもう少し小さく見えた。そしてパーマがかかっている黒髪を気にしながら触っている。なんだろう、今の斉藤は


可愛らしい小動物に見える。雪菜を見ている感覚に近いかもしれない。


「なんだよ。それだけだったのか」


「そ、それだけとは何だっ! 小枝樹拓真っ!!」


必死になってアイスクリームを肯定しようと努力をしている斉藤。そんな斉藤の姿がとても初々しくて、なんだか和んでしまう。


「ごほんっ。まぁアイスの話しはもうどうでも良いだろう。ここからは真剣に話させてもらうぞ」


斉藤の表情が変わった。真剣な表情と言ってしまえば終わってしまうが、それだけではない。何か悲しみを含んでいるような近くを見ているのに遠い目をしているような気がした。そしてゆっくりと斉藤の話が始まる。


「私は修学旅行の前にお前に依頼をした。それは司様の気持ちを救う事と牧下優姫を助ける事だ」


俺は静かに斉藤の話を聞き始める。手に持っているアイスが溶けていっている事すら忘れて。


「あの依頼をお前に言ってから沢山考えた。一之瀬夏蓮の言葉、それでも私を助けようとしてくれるお前の言葉。何を取り入れて何を除外するのか、そればかりを私は考えていた」


斉藤の苦悩。依頼をしてからずっと斉藤は考え続けたんだ。自分のおこないも自分の感情も、何が正しくて何が間違っているのかを……。


「それでも私には答えを見つける事が出来なかったんだ。どんなに足掻いても私の罪は消えない。どんなに苦しんでも私に罰は与えられない。そんな時、一之瀬夏蓮の言葉を思い出したんだ。私は私の罪から目を逸らし、その罪を償う為に小枝樹拓真を利用しようとしている。その考えにいたって初めて分かったんだ。私はまたお前を苦しめてしまっているのだと……」


悲しげな瞳で俺を見てくる斉藤。そんな斉藤に俺は何も言えない。


「司様をストーキングしてお前に犯人だとばれて、償いすら許されず私は今日まで生活してきた。だが、そんな苦しみから解放されたくて頼った存在が皮肉にもお前だった……。幼い感情を前に出してしまった私から司様を救ってくれた存在、私の罪を私に教えてくれた存在に私は救いを求めてしまったのだ……」


俺が斉藤をあの時許さなければこんな事にはなっていなかったのかな……? 俺が中途半端な優しさを出さなきゃ誰も苦しんでいなかったのかな……?


今の俺は斉藤の事を見ていられない。話を聞いているだけで精一杯で他の事に気を回せない状態だった。


「そして今日、門倉翔悟に頼んでお前達の所まで足を運んだ。本当は今の曖昧で決定的ではない自分の感情をお前に伝えようとしたからだ。でも、お前の周りの者を見て考えがまとまった」


一瞬だけ斉藤は間をおいた。そして


「私は私で私に罰を与え、そして私は私の意志で罪を償う」


なんだよ、それ……? それじゃ俺は斉藤に何も出来なくて俺は誰も救えなくて、俺は、俺は……!!


「この考えに至ったのもお前達を見たからだ。私が知っているお前達はもっと楽しそうで他者が羨んでしまうくらい仲良しで、気を使わず自分勝手に言動を行う。だが、それでも見えない絆というものがしっかりと繋がっていたんだ」


絆……?


「なのに、今日私が見たお前達は凄くたどたどしくて、私が知っている仲良しなお前達ではなかった。そんな姿を垣間見て私は思ったのだ。この現状は私がもたらしてしまったものなのだと……」


再び俯く斉藤。そんな斉藤に俺は何かを言わなきゃいけない。でも何を言えばいいんだ……?


違う、斉藤のせいじゃない。俺等はもともとこんなものだ。誰かのせいなんかじゃない。全部、何も出来なかった俺のせいなんだっ!! 俺が出来もしない依頼を受けてしまった事が元凶なんだっ!! だから、斉藤……。そんな悲しい顔するなよ……。


「斉藤、俺は━━」


「あれ? 斉藤さんじゃない」


俺が斉藤に言おうとした瞬間、俺と斉藤の目の前に数人の女子が立ち止まった。そして斉藤の事を見ながらニヤニヤと笑っている。そんな女子達を見て俺はすぐに気が付いた。


コイツ等は反牧下勢力だ。


「つか何で斉藤さんが男と一緒にいるの? あー司様に飽きたから他の男に媚売ってるんだ? まぁ貴方のような人が司様には相応しくないからそれでも私達はいいんだけどね」


斉藤が媚を売ってるだと……? 斉藤が神沢に相応しくないだと……?


「というか相手の男子、小枝樹拓真じゃない? 司様の次は天才に乗り移ったってこと? 本当にミーハーなファンはこれだから」


「おい、今なんて言った」


押さえられなかった。だってそうだろ俺の友達が目の前で侮辱されてんだぞ。そんな状態で俺が我慢できるわけねぇだろ。


「な、なによ。天才は女子に手を上げるような野蛮な奴のなの!?」


そう言えば俺が何もしないとでも本当にこの女は思っているのか? まぁここで何か問題を起こすことなんて阿呆がする事だ。だけど


「俺が女に手を上げる? そんな事するわけないだろ」


俺の言葉を聞いた女子生徒は安堵の表情を零す。そして次の瞬間には立場が上になったと勘違いしている顔になった。だからこそ、俺はそこで希望を奪う。


「だけどな、これ以上俺の友達に何かしてみろ。次に俺がそれを知った時には、お前たちがそれ以上の報いを受ける事になるぞ」


感情なんて表情には出ていない。だが、そんな俺の言葉を顔を見た女子達は恐怖に支配されているようだった。ここで反牧下勢力の動きを完全に潰しておく。


「お前たちが何もしなかったとしても、他者に頼んで武力を使ってみろ。その時は、もう分かるよな?」


その言葉を聞いて女子達は走って逃げていってしまった。これで反牧下勢力の動きを結構抑えられただろう。だけどそれは運が良かっただけだ。


このタイミングであいつ等が来なかったら俺は何も出来なかった。それだけじゃない。今の俺は自分に何もできない苛立ちを他者にぶつけた愚かな凡人に過ぎない……。その時


「どうしてお前はそんなにも優しいんだ……」


小さな声で斉藤が言う。


「どうしてお前は自分の友達を一度は苦しめた存在を友達だと言えるんだっ!!」


そうだ。斉藤は神沢を苦しめたんだ。怖い思いをさせて、悩まさせて……。どうしてそんな奴を俺は友達だって言ってるんだ……?


「だってさ、斉藤はもう自分の罪を理解してる。罰だって受けようとしてる……。それに俺は、俺を頼ってきてくれた奴を友達じゃないなんて言えない……」


斉藤の瞳が大きく見開く。それは驚いているのか、はたまた俺の発言を阿呆だと思っているのか。俺には分からない。だが


「ははは……。本当にお前は馬鹿なのだな小枝樹拓真……。だが、今のお前の言葉で決心がついた。私は━━」


群集の声が聞こえなくなった。だけど斉藤の声だけははっきりと聞こえる。


「私は今夜、自分の罪を償う。だからもう、お前は何も考えなくていい。お前が私に罰を見出させてくれたのだから」


斉藤の言葉を聞いて俺の思考は止まる。俺が何も出来なかったという事実を突きつけるその言葉は今の俺を後悔させるのには十分すぎた。


そして気がついた時には斉藤の姿はなく、ただ俺の手に溶けたアイスクリームが滴り落ちているだけだった……。

 

 

 

 

 

 

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