31 後編 (拓真)
斉藤の依頼を受けた俺は数日の間、考え続けていた。何をどうすればよい結果に導けるのかと、思考を凝らし続けていたのだ。
斉藤の願い、神沢の想い、牧下の気持ち……。
その全てを考慮しながら考えては見るものの、中々いい考えには至らず苦悩している凡人な俺がいた。
それでも受けたからには最高の結末を作り上げるのがプロの仕事だ。まぁ俺は別にプロではないのだけれども……。それでもちゃんとした結果をクライアントに伝えるのが俺の仕事だ。
この世界にいる情報屋とか殺し屋とかはこんな面倒くさい事を考えながら日々仕事に励んでいるんですね。本当に凄い人達ですよ。まぁ本当にいるかどうかなんて俺には分からないんですけどね。
ともあれ俺の凡人苦労ライフが幕を開けたという事になりますね。
放課後の教室、既に殆どの生徒が各々の時間を過ごす為に自身のクラスにはいない。その中、俺は思考を凝らす為に全ての授業が終わった後も、こうして胸の前で腕を組み考え続けているというわけなんです。
問題はいたってシンプルだ。
神沢ファンクラブの反牧下勢力の沈静化、そして神沢と牧下に、もう一度文化祭での告白と同等な場所を提供し、互いの気持ちを分かり合わせるだ。
そこで疑問に思ってしまうのはやはり牧下の気持ちだ。知っている者が俺だけしかいないのかもしれないが、俺は牧下の気持ちを知っている。
神沢 司の事が好き。という事だ。
いや、待て。よく思い出すんだ俺。夏休みの時、牧下が言っていたのは好きだという事ではなく、単に気になっている人の名前を神沢と言っただけだ。もしもその気持ちが変わっていなかったとすれば未だに気になる人と言う事になる。
ここで最悪な可能性は、もう牧下の気持ちが神沢へと向いていないという事だ。だがこの可能性は低い。もしも気持ちが離れてしまっているのであれば、神沢の告白を丁重にお断りすれば良いだけの話になってしまうからだ。
だからこそ気持ちが離れてしまっているという可能性は極めて低い。ならば何故、牧下は何のアクションも起こさないんだ。
その疑問が浮かぶのと同時に同じ疑問を神沢でも浮かべてしまう。
文化祭以降、神沢と牧下がB棟右端の教室に来た日は無い。それだけではなくクラス内でもあまり話すことをしなくなっているような気がする。何故、互いに距離を取ろうとしているのか。
神沢は牧下が好き。ならばもっと近寄っていってもいいものだ。それが出来ない理由でもあるのか? んー謎が謎を呼ぶとはこういう事なのか。うん。
って、もしかして俺って結構凡人じゃね? もしかしたら俺って結構馬鹿なんじゃね? ふふふ、なんか嬉しくなってきちゃった。
「なにニヤニヤしてんだよ拓真……? 普通に気持ち悪いぞ……」
教室で一人ニヤニヤしていると、聞き覚えのある親友の声が聞こえた。
「なんだレイ。お前まだ学校にいたのか?」
「どうしてお前はそんな普通に返事が出来るんだよ……。俺は気持ち悪いって言ってんだぞ」
「ん? 気持ち悪い? 俺は別に普通だ。だから大丈夫」
レイは俺の言葉を聞くと項垂れ「もういい」と言いながら帰ろうとしている。俺はそんなレイに
「つかレイ、さっきも言ったけどどうしてまだ学校にいるんだ?」
俺の疑問は普通なものだ。レイは放課後に学校に残って何かやる事なんてない。いわば帰宅部と言ってもいいだろう。だからこそ、こんな遅くまで学校にいるという事が俺には疑問に思ってしまうんだ。
「あ? お前知らなかったのか? 今俺はバスケ部なんだよ」
バスケ部……? それって球を弾ませ敵からその球を守り、最後には裏切るかのように投げて円状の柵に通す遊戯の事なのか? って……。
「はぁっ!? お前いつバスケ部に入ったんだよっ!?」
「うるせーな、声がでけーよ。まぁ、そのなんだ。拓真との一件があった後、バスケ部がピンチだって杏子に聞いたから、翔悟には迷惑掛けたし名前だけ貸すつもりで入部したんだよ」
教室の扉の丁度真ん中。廊下と教室を隔てている場所で、レイ俺を見ながら言う。
「だけど、名前だけなんていううまい話は無いわけで、こうして翔悟に見つかっては連行されてんだよ。あ、それとついでに崎本も入部してたな」
俺の知らない所で色々な事が起こっている。まぁコイツ等の知らない所で俺が動いているのと同じか。
一瞬寂しさが過ぎったが、自身の行動と掛け合わせて見て何も寂しくないのだと思えた。
「つか拓真はまだ帰んないのか? たぶん外で翔悟と崎本が待ってんぞ? それともまだ、ここで考え事でもやってるか?」
俺が一人で教室にいた意図に勘付いていたのか、レイの言葉は的確で俺の事を理解してくれている親友なのだと改めて理解する。そんなレイに俺は
「いや、これ以上ここで考えても答えが出ない。だから俺も帰る」
そう言い席から立ち上がる俺を、素直に待ってくれているレイがいた。
帰り道。
俺はレイと一緒に教室を出た。そしてレイが言っていた通り校門前には翔悟がいた。だがそこに崎本の姿は見えなかった。
崎本がいないことに俺もレイも疑問に思ったが、面倒くさいので翔悟に聞くことは無かった。
「って何でお前等、崎本がいないことを聞かないんだよっ!?」
校門から歩き出し数分。翔悟の声が天を仰いだ。
「いや、別に気にならないし。なぁ拓真」
「ん? あーそうだな。所詮、崎本だしな」
「お前等って本当に酷い奴等だな……」
大きな身体をしている翔悟。だが項垂れてしまっているせいか、いつもよりも翔悟が小さく見えてしまった。そんな翔悟の姿を目の当たりにしても、俺とレイは崎本の事を聞こうとはしなかった。
そのまま歩く事数分。俺は気持ちの切り替えが出来たのか翔悟はいつも通りの姿に戻る。そのタイミングを見計らって俺は翔悟に聞きたかった事を質問した。
「なぁ翔悟。お前のクラスの斉藤 一葉ってどんな奴なんだ?」
そう斉藤は俺に自己紹介をした時、門倉と同じクラスだと言っていた。それを言う必要性が無いのにも関わらず、わざわざ何組かではなく俺が親しくしている存在の名前を使った。
それに意味があるのかは分からないが、ここで翔悟に聞いておくべき事なのだと思ったんだ。
「なんだよ藪から棒に」
「いや、ちょっとな」
「まぁなんでもいいけどよ。んー斉藤か。確かアイツは神沢ファンクラブの一員だったな。初めの頃は本当に熱狂的な神沢ファンだったけど、なんか最近は落ちついてる印象かな」
俺は翔悟にこの質問を問いかけた事を後悔している。だって何の情報も得られないんですもの……。もう既に俺がもってる情報だけなんですもの……。
そんな翔悟の言葉を聞いて項垂れる俺。するとレイが
「その斉藤だっけ? その女と拓真が考えてる事って何か関係あるのかよ?」
本当に察しがいい奴ってたまに面倒くさい。今回の件を誰かに言う事に抵抗がある俺は、レイの質問の返答を有耶無耶にする。
「まぁ、別にいいじゃないかレイ君」
今回の件はとてもシンプルなだけに他者へと簡単に言える話ではない。確かにレイと翔悟に相談すれば解決の近道になるかもしれないが、暴力が混ざってきてしまうかもしれない案件だ。それを知ったレイと翔悟の怒り狂っている姿が想像できてしまう。
俺一人で何も出来ないわけではない。だが、事を荒立てないようにして解決するのは難しいだろう。なんせ反牧下勢力のボルテージが上がってしまっているんだ。
単に沈静化するだけではなく、その後の事も考えながら行動しなくてはならない。本当に人間の感情というものは非常に面倒くさい。
「拓真が言いたくないなら良いけどな」
俺の言葉に返答するレイ。物分りがよくて本当に助かったよ。だが、そんな俺の安堵感を一瞬にして壊してしまう事象が起こる。
「ちょっと、あんた達なんなのよっ!」
遠くから聞き覚えのある女子の声。それは数十メートル先から聞こえてきて、姿を目視できるほどの距離。誰かまでは判別出来ないが、うちの高校の制服を着ていることだけは間違いなかった。
声を荒げる女子、そしてもう一人近くには女子が居て、数人の男子生徒とその後ろに女子が数人。その構図を見て嫌な予感がした。
「別に俺等は頼まれてやってるだけなんだよ。お前が悪いってわけじゃない」
「悪くないって言うんならさっさとどきなさいよっ!」
その集団に近寄るにつれて話している内容が聞こえてくる。
「そういう態度を先輩にするのはよくないと思うぞ?」
「何が先輩よ。良い思いしたいからって女に使われてるゴミクズみたいな奴じゃないっ!」
ははは。ここまでの暴言を吐ける人間を俺は二人知っている。一人は天才少女と名高い一之瀬 夏蓮。そしてもう一人は
佐々路 楓だ。
その姿を確認するのには十分過ぎる程の距離まで近寄っていた。だが、佐々路の身体に触れるまでには少し遠い。その時だ。
「おい。あんまり調子乗ってんじゃねぇぞっ!」
先輩だと思われる男子生徒の腕が振りかざされる。そんな男子生徒を間近で見ていた佐々路は身を竦めた。そして俺は間髪いれずに走り出し
パシンッ
佐々路へと落とされる先輩の腕を間一髪で掴み制止した。そして
「女の子に暴力はいけないですよ先輩」
「お、お前、さ、小枝樹 拓真……!」
俺の姿を見てすぐさま俺の名前が出てくる。それを聞いて自分がどれ程有名な存在になってしまったのだと少し後悔した。だが、今はそんな事を考えている場合ではなく、俺は先輩を睨みつけながら
「さすがにこれ以上なにかしようって言うなら温厚な俺でも怒っちゃいますよ?」
「ふざけんなっ! 天才だかなんだか知らねぇけどあんまり調子のんなよっ!!」
俺に掴まれていた腕を無理矢理解き、先輩らしき男子生徒達は完全に俺を標的に変えた。
その考えは間違っていない。今の状況なら多勢に無勢。俺は一人で相手は数人。俺の現れて少し先輩が竦んでしまったのは、レイとの一件があったからだろう。
学校という公の場であそこまで二人で殴りあったんだ。頭が良いというだけではなく、暴力も使えるのだと思っているのだろう。だが、今の状況ではさすがの俺でも手に負えない。
それを先輩も理解しているからこそ、数人いる先輩達は俺に敵意を向けられるのだ。だが、その考えは少し甘い。
「どうした拓真? また喧嘩でもすんのか? まぁ俺はこういうの嫌いじゃないから良いんだけどね」
やっと俺に追いついたレイが言った。そして俺と大暴れした城鐘 レイの登場により先輩方は一歩後退した。でも、それだけじゃ終わらないのが今日なんですよね。
「おいおい、俺は部活が正式に認められたばかりなんだぞ……。それに拓真もレイもまた停学になりたいのか? でもまぁ、友達が暴力を受けそうになってたんだ。俺も停学覚悟でやりますか」
諦めが混ざっているような声音で言う翔悟。だがそれが決め手になる。
翔悟の体格はずば抜けている。身長が180を超えていて、尚且つ筋肉も付いている巨漢。それが年下だと言っても恐怖を感じずにはいられないだろう。
ましてや誰かに雇われたくらいの男子生徒だ。喧嘩慣れしていない一般人だろう。ここで言っておくが俺も一般人だ。喧嘩が大好きなのはレイ。翔悟はただのバスケ馬鹿だ。
そして最後に決め台詞を言えば完璧なのです。
「俺等はヤル気ありますけど、先輩達はどうしますか?」
三人で佐々路の前に立ち先輩を威嚇するように俺は言った。すると
「ちっ。今日はやめておいてやるよ」
なんとまぁモブで負けキャラの台詞なんでしょう。完全に死亡フラグ立ってますけどね。でもこの話はラブコメなのです。ファンタジーや戦記系の物語ではないのです。
その場から立ち去っていく男女達。その姿が見えなくなるまで気を抜かずに、その場で俺等は黙ったままだった。
そしてその姿が見えなくなってやっとの思いで緊張から解放される。安堵の表情を見せる佐々路。だが俺はこの女に言わなきゃいけない。
「おい佐々路。どうしてお前はいつもいつも火に油を注ぐような言い方しか出来ないんだっ!! たまたま俺等が近くにいたから良かったものの、誰もいなかったらどうしてたんだっ!?」
説教じみているのは分かってる。それでも佐々路にもしもの事があったかも知れないと考えると、言い方が強くなってしまう俺がいた。
「分かってるわよっ!! それでも許せない事ってのはあるでしょっ!? あたしはあいつ等が許せなかった。ただ、それだけよ……」
許せない事ってなんだ……? 確かにたんなるナンパじゃないのは何となく分かってる。女子を連れたままのナンパなんて見た事も無いからな。それにこの場に辿り着く前に聞こえた『女に使われてるゴミクズ』という佐々路の言葉。
そしてあの先輩が言っていた『俺等は頼まれてやってるだけ』という言葉。さっきまでここにいた女子に頼まれてやっていた……?
だが、そうなると完全に私怨と言う事になる。佐々路の性格は凄い良いというものではないが、他者から恨まれるほど悪いものでもない。なら、どうして……。
その疑問を浮かべた刹那、全ての点が線で繋がる。
「み、み、皆……」
聞き覚えのある声。そして久しく聞いていなかった声。その声を聞いて、自分の中の記憶を辿る。
ここに来る前に見た景色。それは佐々路以外にも女の子がいるという事だ。
「牧下……」
苦しそうな表情で俺等を見つめる牧下。そして申し訳ないという気持ちが溢れてだしている。涙という形で……。
「み、み、皆……。ご、ご、ごめんなさい……!!」
その言葉を吐き出し、牧下は走り出した。
「ちょっ、待ってくれ牧下っ!!」
俺の声は虚しく宙を舞い、牧下の姿は見えなくなってしまった。
「ねぇ、小枝樹。あたしの気持ち、少しは分かってくれたでしょ」
牧下がいなくなってしまった今、佐々路が俺に詰め寄ってくる。そんな姿をただただ呆然と見続けているレイと翔悟。
「さっきのあいつ等はマッキーを狙ってきたのっ!! 理由なんてなにも言わずに集団でマッキーを囲んで……。怖がってるマッキー見て笑ってたんだよっ!? そんな現場を見せ付けられて許せると思うのっ!?」
集団、牧下、男子生徒、女子生徒、暴力。数えだしたらキリが無いほど、俺はこの数日間でこの重大さに気づくワードを耳にしていた。
斉藤が言っていた反牧下勢力。それはあくまでも神沢ファンクラブの人達だから公の場で何かをするとは思えなかった。どこかで俺は今回の依頼を甘く見ていた。そのせいで牧下が……。
「ねぇ、何とか言いなさいよ小枝樹っ!! マッキーはあたしの大切な友達なのっ!! さっきのあたしの行動の何が間違ってるのか言いなさいよっ!!」
「おいおい、少し落ちつけ佐々路」
「城鐘は黙っててっ!!」
レイの制止を無視して佐々路は俺に突っかかり続ける。でも、そんな佐々路の気持ちが今になって分かる。大切な友達が目の前で理不尽な暴力を受けそうになっていたのなら、俺だって形振り構わず同じような行動をしているだろう。
それも全て事の重大さに気が付かなかった俺のせいだ。
「ごめん、佐々路……。俺が悪かった……」
どんな言葉を言っていいのか分からない。俺はこの後、どういう風に斉藤の依頼を遂行していけばいいんだ……。
「ほら、拓真も謝ってんだから許してやれよ佐々路」
今見た状況だけしか知らないレイは、俺を庇うように佐々路を宥めてくれる。だが
「それで拓真。さっきの牧下といい、お前が放課後に考え事をしていたといい、翔悟に斉藤とかいう奴の事を聞いていたといい、全部繋がってる事なんだろ?」
そうだな。全部話そう。俺は一人で何でもやろうとする癖がある。皆に話して皆で牧下を助ければ良いんだ。
「分かった。全部話すよ。その前に雪菜と崎本も呼ぶ。全員に言わなきゃ意味無いからな。それに早めに対処しなきゃ最悪の結果になりそうだ」
俺はそう言い、雪菜と崎本を呼ぶ為に電話をした。
既に日も落ち肌寒い時間になっている。生憎、空には雲がかかっていて綺麗な星も美しい月も見られない。
そんな今の俺等は公園にいる。一之瀬、神沢、牧下以外のいつものメンバー。B棟三階右端の教室で話し合えれば文句は無かったのだが、鍵を持っているのが一之瀬なんだ。その状況で俺が提示した場所は俺の家の近くの公園。
少しばかり殺風景だが、今の俺等の心情を映し出していると思えばそんなに気にならない。
そして、俺は今回の件の全てを皆に話した。
斉藤 一葉という女子生徒からの依頼。そしてその依頼内容。牧下 優姫と神沢 司の仲を取り持ち、二分化してしまった神沢ファンクラブの反牧下勢力の沈静化。
さっきの牧下の一件を目の当たりにしていた佐々路は憤慨し公園の物へと当り散らす始末。取り乱すと思っていた雪菜は冷静で、何かを考えるように胸の前で腕を組んでいた。
崎本は俺の話を聞いても事の重要性と信憑性が伝わっていないのか混乱している様子だ。翔悟は黙ったまま難しい顔をしている。そしてレイは
「拓真、どうしてもっと早くにその話しをしてくれなかったんだ。それに、なんで一之瀬はここにいないっ!?」
「今回の件、一之瀬は一切の介入をしないって言ってた……」
「なんだよ、それ……?」
今のレイの気持ちは分かる。その意味が分からないという表情になってしまうのだって俺には分かる。だけど一之瀬はそれでも関わらないって決めてるんだ。
俺にはレイに何も言えない。一之瀬の本心も意図も何も分かっていない俺には……。
「一之瀬にとっても牧下は友達なんだよなっ!? なら、どうして関わらないなんて言えるんだよっ!!」
「ごめんレイ……。俺も一之瀬に同じ言葉を言った……。それでも一之瀬の気持ちは変わらなかった。それにアイツが言ってた事も間違いじゃないって思えるから……」
凄い剣幕で睨んでくるレイ。俺はそんなレイの目を見る事すら出来ず、言い訳のように言った。
「間違いじゃないってどう言う事だよ」
「さっきも言ったけど、今回の依頼の根本の原因は牧下が神沢に告白の答えを言ってない事だ。だとすれば、この件は牧下と神沢の恋沙汰になる。それを友人だからと言って安易な気持ちで介入する事は良くないって一之瀬は思ってる」
俺はレイの目を見る。
「それに反牧下勢力なんていう存在だって俺は間違ったものじゃないって思うんだ。今日の出来事を見ておかしいとは思った。でも暴力っていう行動を起こさない限り好きな人を誰かに取られた奴の普通の感情だって俺は思う。でも牧下は俺の友達だ。傷つける奴を許せるわけない。だから、今回の案件はどう対処したらいいのか、もう俺にはわからないんだ……」
何が正しくて、何が間違ってるなんて言う分かり易いものじゃない。人間の感情というフワフワしているものが原因で、それの善悪を決め付けるのは傲慢な思想だ。
俺のワガママは牧下を助けたい。でも一之瀬のワガママは個人の感情で起こってしまった沙汰に他者が踏み込むものではないと言う事だ。
きっと一之瀬だって牧下の事を心配している。それは斉藤が依頼を持ってきた時に見せた一之瀬の表情で予想できる。だからこそ、一之瀬は深入りしてはいけないと判断したんだ。俺等の勝手な行動はありがた迷惑になる可能性だってあるのだから……。
「おい拓真」
俺はレイに胸倉を掴まれる。そんなレイの表情はとても怖いもので、怒りを隠そうとはしていなかった。
「お前が思ってるよりも牧下は弱くねぇ。それにお前があーだこーだ考えるよりも、お前の気持ちを優先させろ。それが小枝樹 拓真だろ」
レイ……。
俺は牧下を助けたよ。どうにかしてやりたいって思ってるよ。はっきり言って反牧下勢力にだって腹が立つ。だって神沢が牧下に告白しただけで牧下は何も悪い事なんてしてない。それでも角を立てずにどうにかできる問題でもないんだよ……!!
「ねぇねぇ、拓真にレイちゃん。それに皆も」
考える素振りを見せていた雪菜が急に口を開いた。
「今回のこの依頼ってさ、優姫ちゃんと神沢くんとの仲を取り持って、尚且つその反牧下勢力って人達の気持ちを宥める事だよね? それってさ反牧下勢力の人達をどうこうするよりも優姫ちゃんと神沢くんをどうこうした方が早くない?」
「そんな事は分かってんだよっ!! それが一番な事なんだって……。だけどそれじゃ二人の恋沙汰に介入する事になる。雪菜はそれがお節介な事だって分かってるのかっ!?」
少しだけ苛立った。何も理解していない雪菜の言葉が、何も出来ない俺の不甲斐なさを物語っているようで……。
「だからさぁ、もう一回二人で話す機会を作れば良いんでしょ? 後、拓真が言いたいのは文化祭の時みたいに熱を帯びる事の出来る状況でしょ? それでも神沢くんの気持ちを優姫ちゃんが受け取って付き合っても事は収まるし、逆に神沢くんがフラれた時には神沢くんがファンクラブの人達をどうにかするって思うよ?」
「んなことは分かってんだよっ!! なら雪菜は文化祭のような熱を帯びる状況を作れるって言うのかっ!?」
そんな事は分かっていた。それが一番いいやり方なのだと理解もしている。でも、そんな状況をどうやって作ればいいんだ……。
怒っている俺を見ている雪菜は首を傾げている。どうして拓真は分からないのと言わんばかりの表情で俺を見ている。
「あのさ拓真。もう少しで修学旅行じゃん。それじゃダメなの?」
修学旅行……?
あの高校生という思春期の男女が引率の教師が居る中でも知らない土地で数日間の共同生活をするという、あの修学旅行……?
どうして俺は忘れていたんだ……!! そうだよ、修学旅行があるじゃん。あの空気は文化祭の達成感の熱よりももっと男女の距離を近寄らせる効果がある。
全く知らない土地で数泊するという興奮の中、男女はその興奮を違う感情に捉えてしまう。そしてそれが恋だと気づくのに然程時間は必要ない。それだ、それなんだ。
修学旅行というイベントがあるのなら、雪菜が言っている作戦も現実に出来る。
「おい雪菜。お前って天才か?」
素直に雪菜が天才に思えてしまった。まぁコイツは普通に馬鹿なのだが……。つか天才は俺なのだが……。
「でもさぁ」
佐々路が何かを言い始める。
「それって絶対にユッキーと神沢がうまくいく前提だよね? 雪菜はダメだった時は神沢がどうにかするって言うけど、多分それで治まらないってあたしは思うんだよね」
佐々路の言っている事は間違っていない。神沢 司という男をフッた女に牧下はなってしまうのだから。そうすれば更にファンクラブの怒りを買う可能性があるのだと佐々路は言いたいのだろう。
でも俺はこの作戦で絶対にうまくいくと確信している。それは牧下の気持ちを知っているから……。でもここで皆にそれを言うのは良くないと思う。
だけど、ここでそれを皆に知ってもらえれば確実に依頼を成功させる事が出来る。俺はどうすればいい
「あのさ皆。雪菜が言ってる作戦はうまくいくって俺は思うんだ。その、なんだ……。後々誰かに最低だって言われてもいいんだけどよ……。その、牧下は神沢の事が気になってるんだ」
決して他人に言ってはいけない事を俺は言う。そして大切な友達の牧下を俺はこの瞬間に裏切ったんだ……。
「だったら絶対に大丈夫じゃんっ!! 優姫ちゃんも神沢くんが好きならこの作戦でいくしかないでしょっ!!」
雪菜が嬉しそうに言う。
「なんだよマッキー……。小枝樹にはそんな重要な話してあたしには話さないのかよ……。まぁでも、確かにそれなら絶対にうまくいくね」
残念そうな態度を見せながらもどこか嬉しそうな佐々路。そんな二人を見たから俺もちゃんとお願いしよう。
「雪菜に佐々路。俺は牧下の気持ちを知ってた。だからこそ分からないんだ。どうして未だに牧下が神沢に答えを言わないのか……。それを聞き出すのは男の俺じゃきっと無理だ。だから頼む。牧下の気持ちを救ってくれ……」
悔しいって思う。本当なら俺が全てをこなしてどうにかしたいって思っているから。
「わかったよ拓真。この雪菜様に任せなさいっ! 合点承知って事だよっ!」
「まぁ、天才の小枝樹の頭下げられちゃ受けるしかないよね。それに天才に頭下げさせたあたしって何か凄いしね」
ガッツポーズを見せる雪菜とは正反対に、佐々路はいやらしい表情で俺の事を見ていた。
でも、これで作戦は決まった。修学旅行までまだ少し時間がある。この作戦を熟考し完璧なものに仕上げるのは天才の俺の役目だ。
だから絶対に牧下に悲しい思いなんかさせない。それに神沢の気持ちだって俺が救ってみせる。天才で凡人のこの小枝樹 拓真が。