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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第七部 二学期 想イノ果テニ
90/134

31 前編 (拓真)

 

 

 

 

 晴れ渡る青い空、ゆっくりと流れる白い雲。朝の日差しは少し暖かく、だけど冷たい空気が秋の終りを確実に教えてくれている。制服も冬服になり、本格的に寒さと戦わなきゃいけない時期に差し掛かっています。


そんな事を考えながら日常の風景を見て、俺は気分よく学校へと登校しています。隣には親友のレイがいて、そして珍しく寝坊をしなかった雪菜も一緒にいます。


三人仲良く学校へと登校。なんだか昔のような光景が隣にあって俺はとても嬉しくなってしまう。だけど確実に昔とは違っていて、さらに絆が増したと感じる愚かな凡人です。


そして更に気が付いてしまった事実を述べますと、俺は一之瀬 夏蓮の事が好きだという事なのです。


それを知っているのは今のところ雪菜だけで、レイには何も言っていないのが現状になります。それだけではなく他の奴等にも何も言っていません。


好きな人が出来て簡単に口外する奴等の気持ちを俺は全く理解できていません。それを言う事に何か意味があるのかと考えても、的確な答えなど浮かんできませんでした。


それでも時機を見て話すことになるのは明確なんですが。


だが、そんな気持ちだけで日々を過ごせるほど俺は青春というものを完全には理解していないのだろう。友人と過ごすこの一瞬ですら大切なものだと思えてしまうのだから。


自身を知る事でこんなにも全てのものが綺麗に見えるなんて思ってもみなかった。心を閉ざしたあの日、そこで全てが終わるのだと思っていたのに。


気が付いて見れば昔と同じような時間が流れていて、それ以上に沢山のもの得て、今の俺はきっと本当に幸せを感じているのだろう。そんな時だった。


「ねぇねぇレイちゃん。あたしこの間、拓真にフられたんだよね。それに拓真は夏蓮ちゃんが好きなんだって」


………………。


いったい雪菜嬢は何を言ってくれてんですかねっ!?


「なんだユキ。お前とうとう拓真に告ったのか。つか告るタイミングが間違ってんだよ。もっと拓真が苦しんでる時に言ったら完璧だったのに。それにしても一之瀬を好きになるって……。拓真も本当にベタなやつだな」


お前等は何の会話を繰り広げてるんですかぁ!? つかレイもどんだけ冷静に受け入れてんだよっ! というか俺がいる場所でそんな話をするのはやめてもらいたいんですけどねえええええっ!?


「ちょっと待てお前等。今の話はおかしくないか? つか雪菜はどうして俺に告白した事を堂々と話せるんだよっ!」


「ん? どうしてって、レイちゃんだからじゃん。それに隠すような事でもないしねー。あたしは気にしてないよー」


あっけらかんと答える雪菜。それに雪菜が気にしなくても俺が気にするんだよ……。そう心の中で言ってはみるものの、それを伝えたところで意味が無い事だと思ってしまっている俺は嘆息する事しか出来なかった。


こんなにも良い天気なのに、俺の心はどんより曇りですよ。そして俺の足取りは重くなってしまって、何も気にしていないレイと雪菜は俺を置いてそそくさと学校へと向かってしまった。




まさかあんなにも雪菜が気にしていないなんて思ってなかった。もっと気まずい雰囲気が数日間続くとばかり思っていた。まぁ雪菜らしいといえば雪菜らしいんだが。それでも俺の心はまだ追いついていないんですよね……。


学校に着いても陽気な気分にはなれなくて、項垂れながら自分のクラスへと向かっていった。だが教室に向かっている途中で出会う男子と女子がしきりに俺の事を見ては噂話のような事をしている。


まぁきっとまだ俺が天才だと言う事が気に入らない連中の戯言だろう。そんな安易な気持ちのまま俺は教室へと入る。そして事件は起こった。


「ねぇねぇ小枝樹ー! 雪菜をフッたって本当っ!?」


俺が教室に入るとすぐに駆け寄ってきた女子が言う。そして俺は思う。


雪菜の馬鹿が言いまくったに違いない。いや、想像の経緯だと。雪菜が佐々路にフラれた内用を言う。それを聞いていた近くの女子が反応し深く話を聞き始める。そんな時に俺が登校する。そして今に至る。


このまま頭を抱えて蹲ってしまいたい。願わくば俺の事を知る奴等がいない静かな空間で一人になりたい……。だが、そんな事を考えても虚しいだけなので


「はぁ……。本当だよ」


嘆息し真実を述べる事しか俺には出来ない。というか嘘をついたところで何の意味も無い。だからこそ、ここではちゃんと真実を言う。まぁ半分以上諦めが混ざってしまっているんですけどね。


そして俺はクラスの女子に揉みくちゃにされてしまう。


イケメン王子神沢を少しでも羨ましいと思っていた時期がアホのように思えてしまう。女子に囲まれるという事がこんなにも苦行だとは知りませんでした。つかどうしてこんなに俺に群がってくるんだよ……。頼むから、俺を自分の席にまで行かせてくれ……。


結局俺はチャイムが鳴り響くまで教室の出入り口付近で女子生徒達に責め続けられるのであった……。



そんな悪夢のような現実から解放され、俺は自身の席に座る。まだ朝なのに俺の体力は深夜帯レベルまで下降してしまっていますよ。


俺は深く息を漏らし席に着く。そして隣の席に座っている天才少女へと朝の挨拶をした。


「お、おはよう。一之瀬」


既に満身創痍になっている俺の声には生気を感じるのは難しくなっているだろう。それでも俺はちゃんと挨拶をするんだ。偉いだろ? 偉いだろっ!?


「おはよう」


一瞬だけ俺の事を見た一之瀬はすぐさまその視線を黒板の方へと向け、素っ気無く挨拶を返してきた。その雰囲気に違和感を感じながらも、体力の回復が優先だと体が思ってしまったのか、その時は然程気にも留めなかったんだ。


そんな状況のままいつものように時間は流れ、一時限目、二時限目と時間が経つにつれて俺の体力は少しずつ自然回復をした。それでも全快にまではなっていない。


朝の出来事は17年間の人生の中で尤も体力を奪われた一瞬だと俺は感じている。それほど、何かの箍が外れてしまった女子というのは恐ろしいという話だ。その恐怖を垣間見た俺は、きっと今夜は眠れないだろう。ホラー映画を見た後の感覚に何となく似ている気がした。


思考が研ぎ澄まされる事も無く、気が付いた時には昼休み。集中していた精神からの緩和。クラスにいる連中から物理的に見えてしまうほどのそれを感じ取り、俺は時間の流れが速いという事実に気がつく。


はっきり言って苦しい気持ちなんてない。何度も言うが朝の出来事があまりにも衝撃的過ぎて現実に戻って来れていないのが現状だ。


昼休みに浮かれているクラスの連中とは正反対に教科書もノートも仕舞わないでただただ呆然と天井を見上げている。


「おーい小枝樹ー。大丈夫かー」


天井を見上げている俺は意味も無く、天井に広がる模様のような黒い斑点の数を数える。一つ、二つ、三つ……。


「おーい。完全に目がいっちゃってますよ小枝樹ー」


ふんわりと俺の耳を刺激する女子の声。だが今の俺はそれをただの幻聴だと思った。そして病院に行こうと決意する。


「あーダメだ。これはもうショック療法しかないですね。先に謝っとくよ小枝樹。ごめんね」


バチンッ


微かな痛みが頬に感じた。だがそれも気のせいだろう。幻聴の次は痛覚までも感じるようになるなんて……。はぁ、明日は病院に行こう。


「ダメだこりゃ……。もう仕方が無い」


斑模様をずっと見ているとゲシュタルト崩壊しそうになる。それとなんか、集中して見てるとあの模様がウニウニと動いているような気がしてならない。頭の中では幻覚だと分かっているのに、どうしてなのか既に何を見ているのかさえ分からなくなってきているような……。


「ほら、小枝樹っ!」


自身の両頬を誰かが触れた。それと同時に俺の目の前に幻聴の中で聞こえていた女の子の姿が現れたんだ。


「おー、どうした佐々路」


「どうした、じゃないでしょ。今の小枝樹、傍から見たらただのイカレタ高校生よ」


イカレタ高校生。なんか響きがかっこいいな。とか考えている場合じゃない。そうか今の俺はイカレタ野郎に見えていたのか。まぁそうだろう。天井の斑点を虚ろな瞳で数えている奴がいたら俺でも思ってしまう。


それでも佐々路のおかげで現実に戻ってこれたのは幸いだ。このままだったら俺の精神は崩壊していたに違いない。


「悪い悪い。なんか朝の出来事で体力を奪われちまってな」


「あっそ。まぁいいや。心配してあげたんだからお昼付き合ってね」


本当に唐突というか、恩着せがましいというか。まぁ、こんな佐々路だからこそ俺は友達でいられるんだろうけどな。


「はいはい。分かりましたよ」


そう言い俺は席から立ち上がる。そして鞄の中から昼食を取り出そうとして……。


あれ、おかしいな。何も無いぞ。確か、登校中に俺はコンビニでいつものように……。って何も買ってきてねえええええええっ!! レイと雪菜に馬鹿にされて完全に忘れてたああああああああっ!!


どうする。どうするんだ俺っ!!


「何? もしかして小枝樹お昼ないの?」


「あぁ……。アホレイとバカ雪菜のせいで買い忘れた……」


本当に今日の俺は散々ですよ。なんか一学期の時も散々な日々を送っていたような気がするのに、今のほうがよっぽど酷い日常を送っているような気がするよ。もう誰か助けて。


「それなら大丈夫だから。取り合えず中庭に行こう」


そう言い微笑んだ佐々路は俺の手を引き、中庭へと向かうのであった。



 そして中庭。俺は佐々路と二人で昼食を取る。


俺等以外にもチラホラと生徒達が昼休みを満喫していて、その殆どの生徒が昼食を取っていた。


だが、今の俺には昼飯がない。大丈夫と言った佐々路の言葉を信じてここまで来て見たが、今更考えると何が大丈夫なのかさっぱり分からない。それでも今の俺は佐々路の言葉を信じて、餌を待ち続ける健気なペットです。


「ほれ小枝樹ー。餌だよー」


コイツはエスパーかっ!? どうして俺が考えていた事が分かるんだ。アン子とかもそうだけど、何やら次元の超えた嫌がらせにしか思えない。


だが、腹が減っている俺はそんな文句は言いません。


「おぉ、サンキュー佐々路」


コンビニで買ったと思われる惣菜パンを渡され俺はそれにかぶりつく。今朝から体力を最低地まで奪われてしまった俺にはこの惣菜パンが特別な食べ物に感じた。


そんな俺の姿を見ている佐々路も、他のパンを食べ始める。そして


「てかさ、本当に雪菜を選ばなかったんだね」


突然すぎる言葉。だが、それは俺にとって突然ではなくて、必ず佐々路だったら聞いてくるのだと思っていた。


「あぁ」


俺は三分の二くらい食べ終わっているパンを片手に、佐々路へと顔も向けないで肯定の返事だけをした。


「そっか。あたしでもなくて雪菜でもない。なら誰なの? なんて、聞かなくたって分かるのにね……。でもそれが小枝樹の本当の気持ちなんでしょ?」


「そう、だな。これが俺の本当の気持ちなんだと思う」


きっと他人が聞いたら何の話をしているのかなんて分からないであろう。それくら俺と佐々路は本質に触れる単語を言わないで、それでも互いに話の内容が分かっていて、佐々路に対して申し訳ないという気持ちと感謝の気持ちでいっぱいだった。


「でもさ、何となくあたしは分かってたんだと思う。小枝樹の本当に好きな人が誰なのか……。でも、それを自分の中で認めるのが怖くて……。だからあたしは知らないフリしてた。親友なのに最低だよね……」


「別に最低ほかじゃないんじゃないのか? なんだかんだ自分のせいだって言い続けても、佐々路は誰かの事を思って行動する。だから、俺が言うのは変だと思うけど、あんまり気にすんなよ」


そう言い、俺は残りのパンを頬張った。口の中に広がる具材の塩気とパンの甘さが広がり、それとここに入れるという現実が俺に幸福感を与えてくれる。


俺と佐々路の関係はこれなんだ。どんなに佐々路の気持ちを裏切ったとしても、俺はこのままの関係でいたい。それがワガママだっていうのは分かってる。だからこそ、俺は佐々路の前では笑わなきゃって思えるんだ。


「はいはい、分かったよ。だけどアンタが雪菜をフッた事を皆知ったからこれから大変だろうね」


「そうなんだよ……。佐々路にも一之瀬にも言われてたけど、俺って本当に人気あったんだな……」


今朝の出来事はそれが原因だ。前に佐々路や一之瀬が言っていた事。


俺に誰も言い寄ってこないというのは、雪菜がいつも俺の傍にいるからだ。それを言われた時は信じれなかったが、雪菜をフッた事実が知れ渡った瞬間に今朝の出来事があれば誰でも信じてしまう。


それがただの恋バナ好きな女子ならまだしも、あの場所にいた女子達は口を揃えて「あたしも小枝樹狙おうかなー」とか「文化祭の時の小枝樹かっこよかったし」とか色々俺にアピールする言葉が飛び交っていた。


聞かないようにしてはいたが、それを回避するのは不可能に近くて、俺は嫌々ながらも聞き入れる事しか出来なかった。そして体力を奪われた俺が今の俺と言う事になる。


「だから言ったじゃん。小枝樹は結構人気あるよって。それに今じゃ天才っていうオマケまで付いてるんだよ? 本当にこれからの小枝樹は大変だ」


人事のように話す佐々路。まぁ本当に人事なのだけれども……。なんだか未来を想像するだけで嫌になってきてしまいますよ……。


「つか、天才をオマケ扱いするんじゃないよ。でも、天才って分かってなかった時から人気があったとすれば、天才はオマケになるのか?」


「ぷっ。何言っての小枝樹。本当にアンタはいつも意味わかんない事ばっかり言うよね」


笑う佐々路。だけど今の俺は真剣に考えていて何も面白い事なんていっていない。なのにどうして佐々路は笑っているんだ。


「何がそんなに可笑しいんだよ」


「ごめんごめん。小枝樹って天才だからなのかいつも論点が違うって言うか、見てる所が違うんだよね」


大笑いから微笑に変えた佐々路が言う。


「だからなのかな。あたしの気持ちが伝わらなかったの」


そして空を見上げながら微笑すらも消し去り、少し悲しげな瞳で佐々路は言葉を繋げた。そんな佐々路に俺は


「どうだろうな。でも、きっと伝わってる。もしも佐々路の気持ちが伝わってなかったら、俺はこんなに苦しんでないよ」


「小枝樹……」


「今も俺の為に笑い話をしてくれたのも分かってる。それは俺が弱いから……。それでも佐々路は俺の事を何度も慰めてくれる。自分が苦しくなるって分かってるのに。だから俺も苦しくなるんだ。佐々路が俺の事を本気で好きでいてくれるから……」


同じような感情を持っている異性だったから俺は佐々路に甘えた。苦しみも恐怖も、悲しみも虚しさも……。全部同じだったから佐々路の温もりが愛おしくなってしまった。


だけど、それは何もかもを忘れる事と等しくて、俺にはそんな事が出来なくて……。だから俺は佐々路の恋人にはなれなかった。一之瀬の事を好きにならなかったとしても、佐々路を俺の一番にはきっと出来なかった。


佐々路の傷を知ったあの時からこんな事は分かっていたのに、俺はちゃんとした答えが言えなくて佐々路を苦しめた。なら、俺の佐々路への答えってなんなんだよ……。


「うん。こんなに人を好きになるなんて小枝樹が初めてだった。そんな恋愛の右も左も分からないあたしは、エッチな事でしか小枝樹の気持ちを誘惑できなかった。本当は凄く怖くて、何でこんな事しか出来ないのっていつも自分に怒ってた。でも、きっとそれが今のあたしなんだよね。でも、小枝樹以外の奴なんかにはこんなやり方しないからねっ」


うっすらと潤む瞳が佐々路 楓の本当の気持ちを見せてくれた。そして微笑む佐々路の笑顔は俺の心を救ってくれる。だから俺は


「ありがとな。佐々路」


全てを終わらせるなんて大層な言葉は使わない。それでも俺と佐々路が踏み出すためには必要な事だったんだ。それを疎かにしてら、俺等はまた苦しみあう。やっとこれで本物になれたんだ。


口の中には未だに惣菜パンの塩気が残っていて、それが終りじゃないと俺に言い聞かせているようだった。その名残惜しい味を感じた時、昼休みを終える鐘の音が響いた。





 放課後。


全ての授業が終了し、生徒達の動きが活発になる。部活に行く者、放課後の時間を友人と楽しむ者、学校という小さな世界から出ることを許させ開放的な気持ちになっている者。そんな様々な人達を見ながも俺は自身の歩みを始めてた。


そして何かに誘われるかのように、真っ直ぐぶれる事無く俺の足は前へと進んでいく。何度も来ているこの場所は何度もその景色を変えて、その度その度に沢山の事を教えてくれる。


何かとてつもない事件が起こったり、毎回毎回俺の事を楽しませてくれるんだ。もしかしたら今日も何か特別な事件が起こるかもしれない。


自分で思考していてフラグが立っていなかったら笑いものだ。それでも何かが起こると信じてる。そして俺はまたB棟三階右端の今は俺等に使われている教室の扉を開ける。


その扉の中には、長く綺麗な黒髪を風で靡かせている女子生徒がいて、彼女の姿はとても凛々しくて美しい曲線が彼女のスタイルの良さを分からせてくれる。


そんな彼女は俺に気が付いたみたいで出入り口の扉のほうへと振り返る。大きな切れ長な瞳、通っている鼻筋、全てのバランスが取れていて女神だと言っても過言ではないだろう。


何度も見ている彼女の姿がとても愛おしくなる。これが俺の大好きな天才少女の一之瀬 夏蓮。


好きだと気が付くと凄い早さで感情が育っていく。何をしていても、何をされてもきっと俺は一之瀬を好きだと思ってしまうのだろう。


「よっ、一之瀬」


いつものように声を掛け、俺は教室内へと入る。少しの緊張感は否めないが、それでも一之瀬との二人の空間は安心できる。だが


「小枝樹くん。どうして雪菜さんの告白を受け入れなかったの」


この話をされるのは何となく分かっていたけど、それでも好きな子に睨まれながら言われるのは結構キツイな。


「あの時も言ったけど、本当の気持ちに気が付いたからだよ。その中の答えで雪菜が家族だって言う事は変わらなかった」


そう。雪菜は俺の家族だ。その答えを与えてくれたのは一之瀬だ。そしてそのおかげで俺は一之瀬が好きだという気持ちに気がつけた。


「それが貴方の本当の気持ち? 笑わせないで、そんなものは再び貴方が逃げているだけだとどうして気が付かないの」


「確かに前までの俺なら逃げだったかもしれない。でも今は違う。俺の気持ちはもう変わらない」


本当はもっとゆっくりとしたかった。でも一之瀬がこの話をしたいのなら、俺はとことん付き合う。


「私が言っていた事を何も理解していないみたいね。それでも貴方は天才なの?」


「あぁ天才だ」


俺の事を睨みつけながら言う一之瀬に、正反対の微笑で言い返す俺。けして一之瀬を馬鹿にしているわけではない。なんというか、全部の一之瀬を今は受け入れられるんだ。


そしてその言葉を最後に一之瀬は黙り込んでしまう。睨みつけるその瞳も視線も変えないで、ただただ沈黙という行動で怒りを俺に伝えようとしていた。


「なぁ、一之瀬」


この沈黙を我慢できなった訳じゃない。純粋に俺は一之瀬ともっと話したいって思ったんだ。


椅子に座り俺は一之瀬に話しかける。


「一之瀬は俺の事どう思ってる?」


何を聞いてんだ俺はあああああああああっ!! 結構シリアスな場面だよ? 確かにどう思ってるのか聞きたいけど、このタイミングじゃないでしょっ!? 本当にどこまで俺は空気の読めない天才なんですかね……。


「どう、思ってる……? それを聞いて貴方に何か得があるの?」


そうだよね。完全に不信感を抱いちゃってますよね。話の切り替えも下手くそだし、何もかもを今の俺は間違えてしまってますよね。はぁ、好きだって気が付かなきゃもっと普通に話せたのか……。


「悪い……、忘れてくれ……。今のは血迷ったというか、魔が差したというか……。兎に角、今の俺は穴があったら入りたいと思ってる」


恥ずかしくて一之瀬を見ることすら出来ない。それにさっきまでのシリアスな話もきっと一之瀬は納得していない。そんな一之瀬を納得させるにはどうすればいいんだ。


雪菜を選ばなかった事を怒ってるんだよな。そして未だに俺が本当の気持ちに気が付いてないって思ってる。なら俺の本当の気持ちを言ってしまえばいいんだよな。


俺は一之瀬が好きなんだ。


って言えるわけないだろっ!! でもそれを言わなきゃ一之瀬は何も信じてくれない……。でも一之瀬ならそれを言っても「何かの間違いよ」とか何とか言って信じてくれなさそうだし……。


もう完全に詰んでるよ。せっかく一之瀬と二人きりなのに空気が重たいよ……。もっと楽しくしたいだけなのに……。


子供のような思考を繰り返している俺とは逆に、一之瀬は再び窓から外の景色を眺め始めてしまった。


まぁ何も話さなくても大丈夫なんだけどね。でもやっぱり何か話したいな……。はぁ、俺ってこんなにもヘタレだったんだ……。


「私は貴方の事が何もわからないわ」


急に話し出す一之瀬。その言葉に俺は耳を傾ける。


「でも、私はそれで良いと今は思っているの。何も分からない事が良い事なんだって……」


何も分からない方が良い……。俺はそんなの嫌だ。もっと一之瀬を知りたいし、もっと一之瀬を分かりたい。だから


「……一之瀬。さっきの話しの俺の本当の気持ちなんだけどさ」


俺の言葉に興味を持ったのか、一之瀬は俺の方へと視線を動かした。


「その、なんだ。俺の本当の気持ちは━━」


ガラガラッ


B棟三階右端の教室の扉が開かれる。その音に驚いた俺は言い掛けた言葉を飲み込み、開いた扉のほうへと身体を向けた。


そこには女子生徒が立っていた。その女子生徒はどこかで見たような感じで……って文化祭の時に二人組みの男に絡まれてた女子だ。


でも待てよ。俺はあの時もどこかで見たことあるって思ったんだよな。んー、いったいどこで見たんだっけ?


外見はどこにでも居そうな普通の女の子、でも何となくだが気が強いと感じてしまう。気が強そうで普通で、どこかで見たことあって……。ん? コイツもしかして


神沢ストーカー事件の真犯人じゃねーかっ!!!!


どうして? どうして真犯人がここにいるの!? まさか今更俺に復讐でもしようとしてるんじゃないよねっ!? でも俺は文化祭の時に助けてあげたよ。だからもう許してもらえないかな。


心の中で叫び続ける俺。だが、俺の予想とは違い斜め上な答えが待っていた。


「あの、ここでお願いを聞いてもらえるって聞いたんだけど?」


「お願い……? あ、あー、依頼の事かな? ってまだそんな事やってたの一之瀬」


「いえ、別に休業していたつもりは無いけれど、色々とバタバタしていたから」


確かに最近バタバタしていたような気がする。依頼を受けるのを止めたのだと思ってた。でもこうして目の前に依頼主が来ているって事はあの噂はまだ残っていたと言う事か。


「それで、お願いを聞いてくれるの? 聞いてくれないの?」


怖いよ。睨まないでよ。ストーカーさんマジで勘弁してくださいよ。


「取り合えず話だけは聞いてあげるわ」


一之瀬もどうして断らないんだよっ!! コイツ真犯人だよっ!? 探偵モノの漫画だと真っ黒な全身タイツみたいな奴と同じなんだよっ!? 目と口しか描かれていないんだよ!!


「単刀直入に言うけど、牧下 優姫と神沢 司様の仲を取り持って欲しいのよ」


真犯人さんから発された言葉は意外なもので、今の俺が理解するのには少しばかり言葉が足りないのだと思ってしまった。



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