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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第六部 二学期 文化祭ノ夜ニ
89/134

30 後編 (拓真)

 

 

 

 

 

 天才少女の言葉は俺の本当の気持ちを気がつかせた。


あまりにも当たり前のようになっていて、目を逸らしていたつもりは無いが、結果的に俺は見ようとしていなかったんだ。


『貴方が苦しんでいる時、隣にいたのはいったい誰っ!? 貴方が悲しんでいる時、隣にいたのはいったい誰っ!? 貴方が笑った時、一緒に笑ってくれたのはいったい誰なのよっ!!』


その天才少女の叫び声が頭の中を駆け巡っている。


そして俺はわかったんだ。俺が苦しんでいる時、悲しんでいる時、笑っていた時、隣にずっといてくれたのは


雪菜なんだって……。


それに気がついた瞬間、沢山の雪菜が俺の頭に現れた。


怒っている雪菜、泣いてる雪菜、心配している雪菜、不安を隠せない雪菜、助けを求める雪菜、そして笑ってる雪菜が俺の名前を呼んだんだ。


走馬灯というものを完全には知らないが、思い出が蘇り俺の心を満たしていったんだ。そして自分の気持ちに気がついた俺は雪菜に伝えなきゃいけないって思った。


B棟の教室に一之瀬を置き去りにしてしまったのは悪いと思っている。だけど、今すぐにでも雪菜に伝えたい。先走る気持ちを俺は抑えられなかった。


今は家の近くのコンビニ。これから雪菜に会うのに絶対に必須なアイテムがある。俺はソレを数個購入するとコンビニからそそくさと出て行った。


歩いている道は地元の見慣れた道で、いつもと何も変わらない平凡なもの。普段から特別な場所だと思っていないからなのか、今の俺は初めて通る道のように新鮮さを感じていた。焦る気持ちを押さえ込み、一歩一歩、自分が歩いているのだと分かるように進む。


この気持ちに気がつけて俺は本当に良かったのだろうか。苦しいと思ってしまったらそれまでかもしれないけど、少しだけ怖いと思った。


コンビニの袋が揺れながらシャリシャリと音を立て、静寂にはまだ早い月明かりの元、俺は歩き続ける。そして辿り着いた場所は


俺と雪菜が始めて出会った場所。何度もここで沢山の話をした場所。家の近くの公園。ここが話すのに一番的確な場所だ。


公園の入り口を通り抜け、いつものベンチまで行く。もしかしたら雪菜はブランコに乗っているかもしれない。想像しただけで少し笑みが込み上げてくる。


「待ってたよ、拓真」


想像とは異なりベンチに座っていたのか、雪菜はベンチの前で立っている。そんな雪菜の姿を見つけ俺は少し微笑んだ。


「雪菜が俺より先に来てるなんて珍しいな」


「たまにはあたしが先に来なきゃ。拓真を待たせるのは悪いって思ってたんだよ?」


何も変わらない会話。何も変わらない笑顔。何も変わらない場所。何も変わらない空気。何も変わらない……。だけど


「それで、あたしの告白の返事を聞かせてくれるんでしょ?」


そう言い雪菜は笑った。


「まぁそう言う事になるのかな。だけどその前に、ほれ肉まん買ってきたぞ」


肉まんを雪菜に手渡しして俺はベンチに座る。自分でも袋から肉まんを出して頬張る。その温かさが少しだけ切なく感じた。


俺から貰った肉まんを数秒間雪菜は凝視し、そして何事も無かったように俺の隣に座る。二人で見上げる夜空。何度こんな夜を過ごしたのか数え切れないくらい、俺と雪菜は互いの時間を共有してきた。


言葉が無くても雪菜といる環境は心地が良くて、だけど一年前の俺はそれを忘れてしまって。きっと雪菜は凄く苦しんでたんだろうな。夏休みに雪菜を見つけて気がつけたんだ。


コイツだって女の子なんだって……。


出会ったのが幼すぎて何も気がつかなかった。俺はそれくらい馬鹿でアホで、視野の狭い男なのだと今は感じる。自分の近くにどれほど大切な人がいたのかを、改めて理解する。


そして自身の肉まんを食べ終り、俺は空を見上げながら本題に入る。


「文化祭の夜に雪菜に告白されてすげー戸惑った。そんでそれからすげー考えた」


「うん」


俺とは正反対に地面を見つめる雪菜が小さく相槌を打つ。


「俺にとって雪菜ってなんなんだろう。俺にとっての雪菜は幼馴染であって家族であって大切な人だ。傷つけたくないし傷ついて欲しくもない。いなくなったら悲しいし、願わくばこのままずっと一緒に居たいって思ってたんだ」


ゆっくりと、だけど確実に、俺は俺の言葉を紡ぎだす。


「だけどさ、そんな風に思ってたのは俺だけで、雪菜はそれじゃ嫌だって俺に言った。どうしてなのか分からなかった。それこそ好きってなんなのかさえ分からなくなりそうだった。俺は雪菜が家族として好き。だけど雪菜は男として俺が好き。頭の中で訳分からなくなったよ……」


空を見るのを俺は止めた。その代わりに雪菜同様に地面を見始める。


「このまま逃げたくなったよ。何も無かった事にして日常に戻ってしまいたかったよ。考えるのを止めて答えを出すのを止めて、俺は俺を救おうとしていた。でも、それは何も生み出さない行動で、きっと俺以外の誰かが傷ついてしまう行動なんだ。そんな逃げようとしてた俺にアイツが言ってくれたんだ。一之瀬が、教えてくれたんだ」


少しだけ強い風が吹いた。秋の夜の風は冷たくて、俺の身体と心を冷やしさらに冷静にさせてくれた。


相槌を打つだけで何も言ってこない雪菜に疑問を抱いたが、この話は最後まで聞くと雪菜も決めているのだろう。だから俺もそんな雪菜に応えなきゃいけない。


「こんなの嫌だって俺は思ったんだ。どうしてこのままを誰も選んでくれないんだって怒りすら覚えた。これ以上の幸せを望むのは自己の欲求を満たすだけの傲慢な選択だって思った。でも雪菜はそんな答えを自分の中で決めたんだよな……。俺はこのままが良い。このまま皆と笑っていられるならそれで良い。卒業までの短い時間かもしれないけど、俺はそれでも良かったんだ……」


嘆き。本当の俺の願いだと信じていた事柄。それに縋り付いて先に行く事を怖がっていた俺は、結果的に何も出来ない愚かな凡人と同じだったんだ。


言葉を紡いで思ってしまう。見なかった俺がどれ程の罪を犯してきたのかを……。中途半端な場所にいるのはとても居心地が良くて、それから離れられなくなる。


そしてそれがいずれ、依存へと変わってしまって、雁字搦めで身動きが取れなくなってしまうんだ。


俺は再び手に入れた大切なモノを俺個人の身勝手で、皆を巻き込もうとしていただけなんだ。


「でもさ、そんな俺に一之瀬が言ったんだ。本当の気持ちに気が付きなさいって……」


「本当の気持ち……?」


俺の事を心配そうな顔で見てくる雪菜。そんな雪菜が俺も心配で、このまま話を続けるか否かと揺らぎそうになっている自分がいた。だけどここで止めたら俺はまた前みたいな俺に戻ってしまう。それだけは嫌だったんだ。


「そう、俺の本当の気持ち。一之瀬に沢山言われたよ。『貴方が苦しんでいる時、隣にいたのはいったい誰っ!? 貴方が悲しんでいる時、隣にいたのはいったい誰っ!? 貴方が笑った時、一緒に笑ってくれたのはいったい誰なのよっ!!』って。その言葉を聞いて俺は素直に雪菜が思い浮かんだ」


「うん」


今にも泣き出してしまいそうな震える声。それでも精一杯涙を堪える雪菜。


「あー、本当に俺は雪菜に支えてもらってたんだなって……。あー、俺は雪菜の優しさをちゃんと知ってたんだなって……。だけどそんな雪菜の気持ちを俺は見ないフリをしてたんだ」


一之瀬に言われて分かったんだ。俺が見て見ぬフリをしていた事に……。本当に情けなくて、本当に最低な天才だ……。


「たぶん俺はずっと前から気が付いてた……!! 雪菜が俺の事を好きなのかもしれないって……。だけど、それを受け入れれば救いたかった雪菜の心は救われないって思ったんだ……!! 俺だけに依存しちゃいけない、俺だけに全てを捧げちゃいけない……!! 雪菜はもっと沢山の世界を知るべきなんだっ!! その気持ちが邪魔して、気が付かない道を俺は選んでた……」


雪菜が特別な目で俺を見ているのには気が付いていた。でもそれを受け入れられるほど俺は大人じゃなくて、どうしていいのか全然分からなくて先延ばしにしていたんだ……。


このまま何も無かったらそれで良い。その方が誰も傷つかない。そんな半端な願いを抱いてしまったから小さな綻びが大きくなってしまった。


「拓真が言ってる事はちょっと間違ってるかも」


間違ってる……?


「あたしはね、ヒーローの拓真に憧れてたんだ」


話しが始まった時とは逆に、雪菜は夜空を見上げながら話し始めた。


「あたしの手を取って拓真は言ってくれた『俺がお前のヒーローになる』って。その言葉の意味を子供だった私は全然分からなかった。そんな事があった事すら忘れられるくらい拓真とレイちゃんとあたしの三人で遊んでる時間がすごく楽しかった」


空を見上げながら話す雪菜は微笑み、昔の楽しい記憶を自身の中で蘇らせているようだった。


「拓真があたしのヒーローだって忘れてる時に、拓真はあたしを助けてくれた。本当にあの男に殴られてる時も辛かったし、お母さんが助けてくれなかったのも辛かった……。だから拓真はあたしに聞いてくれたんでしょ……? 『お前は俺にどうしてほしい……?』って……。」


その言葉を言った雪菜は遠くを見るように、その過去の情景を深く思い浮かべているようだった。


「あの言葉を言われた時ね、あたし今見た全部を忘れて欲しい。ずっとあたしの友達で居て欲しい。苦しそうな顔しないで笑っていて欲しい。ずっとあたしのヒーローで居て欲しい。毎日一緒に遊んで欲しい。って思ったんだよ? でも次の瞬間に出た言葉は、助けてだった……」


苦しそうな笑みで俺を見る雪菜。そして俺も思い出す過去の情景。その時の苦しみだって覚えてる。その時の自分の無力さだって覚えてる。話を聞いていて思ったよ。俺は本当に雪菜を苦しめてきてたんだな……。


そんな気持ちを抱いている俺は黙って雪菜の話を聞き続けた。


「そしてあたしはまた拓真に助けてもらった。拓真がどれほど傷ついていたのかも知らないまま……。でもまだこの頃はあたしは拓真を好きになってなかったんだよ? あたしが拓真を好きになったのはね、レイちゃんと拓真の関係が壊れてからだった」


ゆっくりとベンチに腰掛る雪菜。そして月明かりに照らされながら、雪菜の話は続く。


「あの事件の後の拓真は本当に弱々しかった。あんなに憧れてたあたしのヒーローが何も出来なくなってて……。ずっと拓真はヒーローだから大丈夫って思ってたけど、全然大丈夫なんかじゃなくて……。それでさ、拓真があたしの横で泣いてる姿を見た時に思ったんだ。あぁ、この人はあたしと同じなんだ。どうしてあたしはずっと気が付かなかったんだろう。でも、そんな拓真を守りたい、こんな拓真でもあたしは好きなんだって……」


微笑む雪菜。その笑みはとても可憐で、月に照らされている雪菜をただただ美しいと思っている俺がいた。


「その時からあたしは拓真の事が好き。でもね、そんなあたしにまた試練が訪れたの」


笑みが消え再び苦しく眉を顰める雪菜。


「中学三年生の時。拓真なら分かると思うけど、拓真が全てを拒絶してしまった時。あの時は本当にどうしていいのか分からなかった。どうすれば拓真が元に戻るのかってずっと考えてた。でも答えなんて出てこなくて、そんな時、拓真がクラスの男子を殴る事件が起こったの」


雪菜の言っている事件は覚えてる。既に俺に不信感を覚えている連中が多かった。そんな事は普通に生活しているだけで簡単に理解できた。でもその時の俺は、その行動をする事で他者が傷つくなんて知らなかった。


そして教室に入ろうとした時、中から雪菜を罵倒する声が聞こえた。


その言葉を聞いた瞬間。俺の理性はなくなってしまい、過去に約束した雪菜を守るという事だけが俺を支配した。その後、俺は男子生徒数人をボコボコにし、結果的に停学になった。


「その時また気が付いたんだ。拓真にあたしの気持ちを言うのは止めよう。今はただ拓真の傍にいなきゃいけないんだ。だからもしも、拓真が昔の拓真に戻ったら、その時あたしの気持ちをちゃんと伝えよう。二年前のあたしはそこで自分と約束した。それで今、やっとあたしの気持ちを拓真に伝えられる」


俺が渡した肉まんは原型が留まったままで、雪菜が一口も食べていないのだと誰もが分かる。大好きな肉まんを食べることもしないくらい、今の雪菜は真剣なんだ。


「だからもう一回言うね。あたしは拓真が好き。あたしの恋人になってください」


潤む瞳。不安を隠せないでいる表情。そんな雪菜の俺はヒーローだ。だけどそれだけじゃない、今の俺の気持ちは……。


「本当に俺は雪菜に迷惑ばっか掛けてきてたんだな……。自分が思考した事が全てで、他者の意見なんて受け入れようともしなかった。だからこんなに時間がかかっちまったんだよな……」


本当の気持ちに気が付く事は難しくて偽りの気持ちを塗りつくし、人はそれが真実なのだと錯覚する。それは陶酔しているかの如く、何もかもが夢心地な世界に変わっていってしまう。


だけど人はそんなに馬鹿じゃない。その幻影に気がつける。だが気が付いたとしてもその現実はとても苦しくて、楽な偽りを選んでしまう。


一之瀬が俺に言いたかったのはこういう事なのだろう。俺は無意識に楽を選んでしまっていた。雪菜を女の子として見るのは間違っていると言い聞かせ、俺は俺の気持ちから逃げていた。


だけど今は違う。ちゃんと理解してちゃんと答えを知っている。


「一之瀬に言われて正直腹が立った。どうして一之瀬にそこまで言われなきゃいけないんだって怒鳴ったりもした……。それを全部ひっくるめて俺は気が付いたんだ」


雪菜の瞳を真っ直ぐと見つめる。俺の本当の気持ちを雪菜に知ってもらいたいから……。だが緊張が俺の身体を支配して刹那の時間、俺は言うのを躊躇ってしまう。


でも、それじゃ何も解決しないし、何も始まりも終りもしないんだ。そう、俺はここからまた始めるんだ。


「雪菜、俺は……」


これが俺の気が付いた本当の気持ちだ。


「俺は一之瀬 夏蓮が好きだ」


そう。俺は一之瀬が好きなんだ。アイツに雪菜の事を言われて腹が立った。どうして一之瀬まで皆と同じような事いうんだよって……。でも一之瀬に言われた事。


『貴方が苦しんでいる時、隣にいたのはいったい誰っ!? 貴方が悲しんでいる時、隣にいたのはいったい誰っ!? 貴方が笑った時、一緒に笑ってくれたのはいったい誰なのよっ!!』


確かにその時の俺は雪菜の事が頭の中を駆け巡った。でもそれはどんなに考えても、家族としての愛情でしかなかった。ならどうして俺はそこで気がつけたのか。


怒り。他の誰に言われても「そうか」で終わらせられるのに、一之瀬には出来なった。一之瀬には言って欲しくなかった。一之瀬には俺の事を分かってもらいたかった。その感情がいったいなんなのか。


答えは簡単。俺がただ一之瀬を好きになっていただけなんだ。


きっと、前から分かってたんだ。俺は一之瀬が好き。だけどその気持ちを抱いてしまったら、俺は一之瀬を傷つけるかもしれない。だってアイツは未だに兄貴の一之瀬 秋を忘れられないでいるから……。


もしも再び大切な人がいなくなってしまったら一之瀬はどうなる。今度こそ本当に全てを捨て去り、人の心を忘れてしまうかもしれない。それくら、一之瀬は傷ついてるし、今でも苦しんでる。


だから俺は、そんな一之瀬に対する気持ちを見ないフリしてきたんだ……。


俺の本当の気持ちを聞いた雪菜は何も言わない。いや、きっと何も言い返せないのだろう。


だってそうだろ。今まさに雪菜は俺にふられたんだ。そんな受け止めたくない現実の中、ちゃんとした言葉を紡ぐ事のほうが難しい。今の雪菜はきっと傷ついている。俺が傷つけたんだ……。


「分かってたよ」


雪菜……?


「拓真が夏蓮ちゃんの事を好きだって分かってた……。でもまだ拓真はその気持ちに気が付いてないから今ならチャンスだって思ったのにな……。わざとじゃなくても夏蓮ちゃんが気が付かせちゃうって何かずるいよね……」


俺から顔を背け、再び空を見上げながら言う雪菜。


「だから拓真が夏蓮ちゃんと関わるの嫌って言ったんだよ? でもさ、拓真は言い出したら聞かないから……。どうせ、あたしの手を取ってくれた時みたいに夏蓮ちゃんを救いたいって思ってるんでしょ……? それにプラスして夏蓮ちゃんと拓真は似てるから……、好きになっちゃったんでしょ?」


雪菜が言う意味が今の俺になら分かる。大嫌いだって思っていた人を好きなる。


それは初めから興味を持っていたと言う事。誰かが言った『好きの反対は無関心』それは違う。好きの反対は単純に嫌いでいいんだ。


嫌いと好きは正反対の意味を持っているのに根本は一緒で興味があるなんだ。そこに無関心を入れてしまえば破綻する。関心が無いのなら好きも嫌いも存在し得ない。


存在し得ない感情を正反対の位置に属させる事はおかしな事だ。それに気が付かずそうだと言ってしまう人達が何も考えていないのだと思えてしまう。


まぁ実際問題、俺も考えなくなりたいと願ってしまった側の人。それを押し付けるのはきっと間違っているんだ。


そして思う。一之瀬に俺は憧れていたんだ。俺に雪菜が憧れていたように、自分にできない事をできる一之瀬に俺は憧れた。その憧れが嫉妬になり大嫌いになってしまったんだ。でもそれは一之瀬の事を知れば知るほど変わっていった。


「好きになったって言うか、多分初めから好きだったんだよ。何でも出来る一之瀬に嫉妬して何もしない俺を俺は肯定してた……。でもさ、俺はそんな一之瀬と関わるようになって沢山戻ってきたんだ」


雪菜の背中に語りかける。


「友達だってまた沢山できた。皆が俺を特別扱いしなくなってくれた。親友が出来た。親友が戻ってきた。家族と仲直りできた。幼馴染を見つけることができた。アイツと出会って関わって、俺は見ないようにしてた事をまた見れるようになったんだ。でもさ、どんなに俺が感謝したって、どんなに俺が救えたって思っても、一之瀬はまだ独りぼっちなんだ」


「それはヒーローの拓真の気持ち? それとも夏蓮ちゃんを好きな拓真の気持ち?」


雪菜の唐突な質問。だけどその質問に俺は自信をもって答える事が出来る。


「何言ってんだよ。俺は雪菜のヒーローだ。だから俺は、一之瀬を好きだから救いたい」


「本当に拓真は夏蓮ちゃんが大好きなんだね」


好きだという気持ちを教えてくれたのは雪菜だ。誰かの事を愛したいし愛されたい。そんな気持ちが雪菜から伝わってきたから俺は愛の意味を知った。


だけど俺が抱いた初めの愛は個ではなく全だった、全ての人を救いたい、苦しんでいる人を皆救いたい。その考えが雪菜と異なってしまったが為に擦れ違いを起こしてしまったんだ。


だからこそ悩んだ。全ての人を救うためには誰かが傷つかなきゃいけないと。でも誰にも傷ついて欲しくない。だから俺は俺が傷つく事だけを選んできた。だけど俺が傷ついた事で苦しんでしまう人が現れる。


俺の思考の中での矛盾。それをどう解消していいのか分からなかった。でも今は、それがなんなのか分かる。


俺が思っているよりも人は弱くない。そして俺が思っていない以上に人は強いんだ。俺が全部を救いたいなんていうのは傲慢で、そんな事は絶対に出来なくて……。


だけど、どんな障害があっても一之瀬の事だけは救いたい。それはきっと俺が一之瀬の事を好きだから。


そして俺は雪菜にもわかるように、もう一度繰り返すように言葉を紡ぐ。


「あぁ、俺は一之瀬が大好きだ」


もう間違えない。何度も何度もこの言葉を自信に言い聞かせてきたのに、俺はまた同じ事を思っている。それは自分が何度も同じ過ちを繰り返してしまった事を再認識させる。


あの時はそう思った。そんな言葉に効力なんて皆無で、何も出来ていないのならそれは決意から単なる言い訳に変貌してしまう。


だからきっと俺はまた時間が経てば『もう間違えない』と再び意識するのだろう。驚いてしまう程、天才だからって物事に他者を介入させれば簡単に失敗してしまうものなのだ。


一之瀬が言っていた『天才だって人間』その通りだよ。俺等は天才と評価を付けられ、他者とは全く違うものとして扱われる。だけど俺等は人間だ。何も分からない、ただの人間なんだ……。


「それであたしは家族なんだよね……」


「あぁ」


少し雪菜の声が震えた。だがそれは刹那で、すぐさま雪菜の明るい声が返ってくる事になる。


「ならさ、もしも拓真と夏蓮ちゃんが結婚したらあたしは夏蓮ちゃんの妹になるのかな? もしもそんな未来があったら小姑のように夏蓮ちゃんを苛めてやる」


「おいおい、あんまり一之瀬を目の敵にするなよ? アイツは俺等が思っているよりも打たれ弱いんだから」


「分かってるよ。だって、夏蓮ちゃんはあたしの友達だもん」


振り返った雪菜は笑っていて、俺は泣いているのだと思っていたから少しだけ驚いた。だがそれも一瞬で真剣な表情になった雪菜が言う。


「だからさ、何があっても夏蓮ちゃんを好きでいるんだよ? ずっとずっと守りたいって思うんだよ? それが例え、拓真を裏切る行動を夏蓮ちゃんがしても、拓真は夏蓮ちゃんを信じ続けるんだよ? 夏蓮ちゃんがついた嘘を拓真は許してあげるんだよ?」


一之瀬がついた嘘? アイツは俺に何か嘘を付いてるとでも言うのか? でも今はそんな事を考える時ではないし、きっと雪菜は今の俺を試してるんだ。一之瀬への気持ちが本物なのどうかを。


「当たり前だろ。何があったって俺が一之瀬を守るんだ。そうじゃなきゃ、佐々路にも雪菜にも合わせる顔がねーだろ」


「そうだぞ。あたしと楓ちゃんをフッて夏蓮ちゃんを選んだんだからねっ! 絶対に幸せにならなきゃダメなんだからね……」


そう言い、雪菜は俺の胸に拳を当ててきた。俯く雪菜の表情は見えない。だけど地面の砂が数箇所だけ濡れているのが見えたから……。前の俺だったらきっと雪菜を抱きしめているだろう。でも今の俺にもうそんな事は出来ない。


それを理解しているのか、雪菜はすぐに俺から拳を退けて再び空を見上げる。そして


「ハムハムハムハムッ!!」


勢い良く俺があげた肉まんを頬張りだす。口いっぱいに肉まんを入れて、その全てを飲み込んだ時、雪菜が言った。


「何か今日の肉まん少ししょっぱいね……。いつもの場所のやつなのに、味変えちゃったのかな……?」


味なんて変わってない。それは同じものを食べた俺が分かってる。でも、そんな肉まんの味を変えてしまっている意味を俺は理解できている。


「そうだな」


それしか言えない。それ以外の言葉が見つからない……。


「どうして変わっちゃったんだろうね。凄い好きだったから、変わって欲しくなんて無かったのに……」


口の中に広がっていくその味は、とても美味しいものなのに、どうしてなのか感じる人が違えば何もかもが違ってしまう。


心のどこかで変わらないと思い込んでいて、だからこそ変わってしまったその現実を受け入れる事が困難になってしまう。それでも受け入れなきゃいけない人の気持ちってなんなんだろう。


俺にはまだ分からない。変わってしまったのが俺の好きなものじゃないから……。きっと雪菜はもう俺よりも先の道を歩んでいて、俺はまだまだ幼いままで……。


ずっと俺の後ろを歩んでいた雪菜はいなくなり、俺の隣を歩いていた雪菜もいなくなってしまった。その代わりに今の俺が見えているのは雪菜の背中。


俺の前を歩んでいる雪菜の背中は大きくて、早く俺もその場所に行きたいと焦ってしまう。でも、今の俺は少しずつ自分のペースでやらなきゃいけない。


天才だからと言ったって、俺は普通の人間で凡人だ。それを理解しているからこそ、今の雪菜が眩しく見えてしまう。そして


「でもこれで良かったんだよね……。変わったって、あたしが好きな事には変わらないから……。その好きの形は変わっちゃうけど、これからもあたしはこの好きを大切にしてく」


全てが解決したわけじゃない。何も解決なんてしていないのかもしれない。だけど今日、雪菜は立ち止まっていた道をその勇気で一歩踏み出した。


そして俺は、見えていなかった道を見つけ、再び歩みを始めた。


これが良いのか悪いのかなんてきっと雪菜にも俺にも分からない。それでも良い事なのだと言うのならば、雪菜と俺の関係がその先に言ったんだ。依存ではなく、支えられる関係に。


静かな夜の騒がしい感情は、俺に新しい気持ちを教えてくれた。それがどんな未来になるんかなんて分からない。それでも今は大切な存在のありがたさを再び感じる。それが小枝樹 拓真という


愚かな天凡なんだ。

 

 

 

 

 

 

どうも、さかなです。

今回で第六部完結と言う事になります。


えーそのなんですかね。少しだれていた部分もあってUP率が下がってしまっていた事をお詫びします。

本当に申し訳御座いません。


今回の話は私的にずっと書きたかったモノなのですが、書きたかった部分が少なすぎて他の話を考えるのに手間取ってしまったという自分の不が無いなさを吐露させてもらいます。


この先も『天才少女と凡人な俺。』を読んでいただける皆様。それは作品を作るにあたって私の活力になります。

なので物語の完結まで申し越しお付き合いしてもらえるとありがたいです。


それで第六部の内容に入りますが、んー恋愛の部分を強く出して書くのはとても難しいですね。

最後の雪菜と拓真のシーンもこれで良かったのかと未だに考えてしまいます。


でもこれが私の作品です。これ以上のものなんてどんなに考えたって出てきませんよ。


なのでこれからも『天才少女と凡人な俺。』をよろしくお願いします。


でわ、さかなでした。

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