29 後編 (拓真)
ミスコン。
それは全校生徒の中から美女を選ぶ祭典。その美女に選ばれた少女は今後の学校生活を有意義に送る事ができ、華やかな高校生活を満喫できる。いわば一種のステイタスなのだ。
去年のミスコン優勝者の一之瀬を見てもらえば分かるだろう。まぁアイツはミスコンとかの前に初めから有名人だったから関係ないのかもしれないが……。
そしてミスコンと同時に行われるミスターコンテスト。ミスコンの説明の時にも言ったが、これで優勝できればそれはもう男子にとって最高の高校生活を送る事が出来ますよ。
去年の優勝者の神沢 司はファンクラブが出来てしまうほどの人気になってしまい、ほぼ毎日告白されるという平凡男子には羨ましい限りの恩恵を受けています。
まぁミスコンもミスターコンテストも、優勝は去年と同じ奴だろう。あいつ等の人気すげーもん。
だからこそよく雪菜と牧下が出るって言い始めたよ。俺とレイなんてただ神沢のお膳立てするだけだもん。完全にかませ犬だもん。あー本当に嫌だ……。
そんな事を考えているうちにミスコンが始まる。既に着替えや準備を終えた俺と神沢はステージの横で待機しながらミスコンを見ることになっていた。そしてレイは意識を戻したのがついさっきで、状況を説明させ嫌がっていたが、アン子の登場と同時に静かになりせかせかと準備をしていた。なのでミスコンの中盤くらいにはきっとレイもここに到着するだろう。
そして会場からは大きな歓声が聞こえてきて司会の学生がマイクパフォーマンスを始める。
当たり障りの無い司会の言葉に歓声で返す会場。文化祭の目玉になっていると言っても過言ではないこのイベント。会場のテンションは最高潮に上がっていて美少女が出てくるのを今か今かと待ちわびている状態だ。
そして会場の温めを終えた司会者が一人ずつ順番に女の子の名前を呼び始める。
「それでは、エントリーナンバー1番。一年━━」
この学校のミスコンとミスターコンテストは一気に全員出て行くわけではなく、一人ずつ出て行き各々アピールをする。持ち時間は一人三分。その時間内なら何をしても構わないというルールだ。
そして全ての出場者の紹介が終わった所で投票に入り、最後に全員でステージに立つという仕組みになっている。
一人一人呼ばれ、ステージに向かっていく。そんな姿を眺めているときだった。
「ねぇ拓真ー。レイちゃんは大丈夫だったの?」
もうすぐ出番の雪菜が俺に話し掛けていた。
「あーたぶん大丈夫だ。きっともう少ししたらくるよ。つか他人の心配よりも今は自分の心配をしろ」
近寄ってきた雪菜の頭を優しく叩きながら俺は言った。
「もう痛いなー。でもそうだね。今は自分の事ちゃんと考えなきゃだね」
「なんだよ。普段よりも素直なのは気のせいか?」
少しだけいつもの雪菜じゃないように思えた。普段ならもっとレイの事を聞いてきたりしてたのに。
「あたしは普段から素直ですー。それに拓真が大丈夫って言うならきっと大丈夫だから。それくらいあたしは拓真は信じてるんだよ?」
俺の顔をしたから覗くように見上げてくる雪菜。本当に今日のお前は可愛いんだからそんな可愛らしい仕草をするのは止めなさい。お兄ちゃん変な勘違い起こしちゃうよ。
そんな雪菜の頭の上に手を置きながら
「雪菜が俺を信じてくれてる事なんてわかってるよ。だから気合入れて一之瀬倒して来いっ! ミスコンの頂点をお前が取れ」
「分かりました隊長っ!!」
そう言う雪菜は姿勢を正し、ピシッと敬礼をした。そして雪菜の名前が呼ばれ笑顔のままステージ上へと向かっていった。
去年のミスコンには雪菜は出場していない。その理由は俺がいたからだ。一年の時から俺と雪菜はクラスが一緒だった。だからこそ去年の今頃の事を鮮明に覚えている。
他のクラスの女子にミスコンへの出場を促されていた雪菜は、気まずそうに苦笑いをして断っていた。それもこれも今思えば俺の傍に居ようとしてくれたからなんだ。
俺を取り残して一人だけ楽しい時間を過ごすなんて嫌だって思ってくれたんだ。だからこそ俺は今の雪菜を応援する。
なんの付加価値も無い雪菜なのに、学校内では結構人気がある。それはきっと皆、雪菜の本質に惹かれているからだ。明るくて無邪気で、だけどたまに困った事を言い出してはわがままを言って。
そんな雪菜を見てきているからこそ、一之瀬にも負けないって強く思える。雪菜の魅力はもう、皆に伝わっているから。
会場からは割れんばかりの歓声。天真爛漫な雪菜のパフォーマンスで会場が一つになっている。そんな雪菜をステージの端で見ている俺は少しだけ寂しくなった。
スポットライトに照らされ観客を魅了している雪菜が遠くの存在に感じてしまったんだ。幼い頃からずっと一緒だった雪菜が一瞬だけ一人の女の子に見えた。
身体にまで振動が伝わってくる人の声、他の出場者の緊張が感じ取れる舞台裏、興奮と熱が混ざったその空間で今の俺は孤独を感じた。
全てが遠くて、全てが幻想のような感覚。必死に自分の気持ちを繋ぎとめようと努力はするが、自分の心に抱いてしまった苦しみからは簡単には解放されない。
皆を信じていないわけじゃない。雪菜の言葉を信じていないわけじゃない。今の俺は誰かに求められて、俺からも誰かを求める。そんな持ちつ持たれつな関係を築けていると理解している。
なのに、どうして今の俺は孤独を感じているんだ。わからない。わかりたくない。俺は特別な誰かを求めているのか……?
そんな思考を巡らせている間にもミスコンは進んでいき、雪菜の後に牧下がステージに立つ。
純白のドレスと無垢な少女の組み合わせは会場の男子を虜にしていた。雪菜のように大歓声があるわけではなかったが、その静寂は視線を奪われてしまった者が起こす必然的な現象だった。
一生懸命自分をアピールする牧下へは応援の声が聞こえ、その声に勇気をもたっら牧下は精一杯の頑張りを見せていた。
そして二年生最後の女子は一之瀬 夏蓮。その堂々とし凛とした姿は天才少女でもなく、一之瀬財閥次期当主でもなく、前回のミスコン優勝者でもなく、紛れも無い一之瀬 夏蓮という人間の輝きだった。
そんな一之瀬の姿を見ているうちにミスコンの全ての出場者が出終わってしまった。
自分の時間が早く流れてしまっているのか、はたまた思考のせいで覚えていないだけなのか。俺にもわからないという状況だった。
そしてミスコンでの投票結果。
第三位 白林 雪菜
第二位 牧下 優姫
第一位 一之瀬 夏蓮
二年連続の一位をもぎ取った一之瀬。そしてミスコン史上初めての一位から三位まで一クラス独占という伝説が生まれた。
その様子を会場で見ていたうちのクラスの奴等は大騒ぎしていて次に行われるミスターコンテストにも期待が寄せられているようだった。
そしてすぐさまミスターコンテストが開かれる。会場の客層が男子から女子へと変わり、黄色い声が会場を覆いつくす。お目当ては前回優勝者の神沢 司だ。
ファンクラブの奴等は勿論の事、それ以外の隠れ神沢ファンも見に来ている。この状況になるが分かっていたから俺は出るのが嫌だったんだ。だけど拒否ればレイの二の舞になる。それだけは何としてでも阻止しなくてはいけないと思い、言われるがままにしてきたが、本番を目の前にしてやっぱりやりたくないという気持ちが強くなってしました。
雪菜と一之瀬、それに牧下は会場から見ていると言い舞台裏から姿を消した。そしてレイは未だに来ないし……。アイツなにやってんだ……。
ミスターコンテストが始まってゆっくりと俺の番に近づいてくるあーマジで緊張してきた。何だろう、俺ってこういうの不得意なのかな? ってことは俺ってやっぱり天才じゃなくて凡人じゃね?
うわっ、何か嬉しくなってきちゃった。
そして俺の番が回ってきて俺はステージへと立つ。俺の名前を司会が紹介し観客が俺を見ている。
そして小さな声だが確実に聞こえてくるのは「あれが噂の天才だよ」「えー天才って一之瀬さんじゃないの」というレイと俺が起こした一件での言葉が飛び交った。
そんな天才な俺に期待しているか、観客の注目度は高いように見えた。だがそんな期待に応えるほど俺は安くありません。適当に可も無く不可もなくなアピールをし持ち時間の三分が過ぎる。
そのまま俺はステージから退場し俺の番が終わる。遠くから聞こえてくる「期待して損した」とか「結構イケメンなのにあれは無いよね」という言葉が薄っすらと聞こえてくるが、俺は全然気にしていません。本当にどうでもいいです。
だって神沢の噛ませ犬なんですもの。
少し不貞腐れながら舞台裏に戻ってくると息を切らしたレイが到着していました。
「おいレイ、時間ギリギリだぞ」
「わかってるよ。お前の次が俺なんだろ? もうこのままで良いからさっさと終わらせてくるよ」
呼ばれるレイはステージへと向かっていく。
ここまで来るのに走って来たのだろう。自身の体に熱を帯びているのか、スーツの上着を脱ぎ自身の片方の肩に掛けてワイシャツは腕まくり、ネクタイは緩めてまるでホストみたいだ。
だがそんなチャライ見た目とは裏腹に天然のツンデレが炸裂したお陰で会場は黄色い声で埋め尽くされる。そんなレイを見ている時だった。
「お疲れ様、小枝樹くん」
「なんだよ神沢、お前から言われると何か気持ち悪いな」
出番の終わった俺に神沢が声をかけてきた。
「気持ち悪いは酷いよー。だけどさっきの小枝樹くんは本当にカッコよかったよ」
やばいマジで気持ち悪い。なんだよこの女子な感じの台詞。たまにコイツが本当にソッチなんじゃないかって疑ってしまいますよ。つかお前の方が身長が高いんだ、いちいち俺の目線より下になって上目遣いを止めなさい。
「どうしてお前はいつもいつもそんなに気持ち悪い台詞を言えるんですかね」
「あはは、多分それは小枝樹くんだからだと思うよ」
やばいよ。何か告白してくる女子の前フリみたいになってるよ。嫌だよ? 男に告白されるなんて俺は嫌だよ?
そんな俺の思考とは裏腹に真剣な表情になった神沢の口が開いた。
「前にも言ったと思うけど、僕を好きな人は僕じゃなくて僕の顔なんだ。だけど小枝樹くんは、ううん、皆はそんな顔だけの僕を本物の僕にしてくれた」
漂う雰囲気がいつもと違うのはわかった。だけど神沢が何を言おうとしているのかまでは今の状態ではわからなかった。
「だけどね、僕はそんな小枝樹くん達の優しさに甘えて自分で自分になる事をしようとしてこなかったんだ……。このまま、優しくて居心地の良い空間に居れるだけで僕は大丈夫なんだって思った。でも、そんな時に小枝樹くんと城鐘くんの事件が起こった」
二学期始まりの事件。俺がしてしまった最低な出来事だ。
「あの事件で僕は凄く怖かったんだ……。このまま壊れてしまう、このまま大切な場所がなくなってしまう。そう思ったら自分の気持ちや感情がコントロール出来なくなって、気がついたら感情的に小枝樹くんを止めてた……」
神沢が言っているのは俺が翔悟と本気で勝負をする前の話だ。体育館へと向かう渡り廊下で神沢は俺を必死で止めたんだ。だけど、その時の俺は進む事が間違いじゃないって思っていて、あの時の神沢の事なんて何も考えていなかった……。
「だけどさ、最後には小枝樹くんと殴り合ってる城鐘くんを見て羨ましいって思ったんだ。僕には出来ない、大切な友達を殴る事なんて僕には出来ないっ!! だけど僕は体育館へ行く事を考え抜いて決めた小枝樹くんを止めようとしてしまったっ!! それは僕の個人的な気持ちを小枝樹くんに押し付けようとしたんだ……。それってさ、グーで殴られるよりも痛いんだよね……」
殴られるよりも痛い。違う、一番痛いって思ってるのは俺じゃなくて神沢なんだ。
あの時の俺は自分がいなくなることが正解だって思った。何も感じなくなれば誰が傷ついても良いとさえ思った。その結果、俺は神沢をこんなにも苦しめる事になったんだ……。
そんな神沢に俺は無いも言えない。ただただ静かに神沢の想いを聞く事しかできない……。
「僕は最低なんだ。本当に顔だけしか良いところの無い最低な人間なんだ。だから僕も変わりたい。小枝樹くんや一之瀬さん、城鐘くんに門倉くん。白林さんだって凄いよ。佐々路さんだって根は優しい人だ。何も無いみたいに思われてるけど、崎本くんだって僕には無い大切な物をもってる。だから僕も変わるんだ」
神沢は最低な人間なんかじゃないのに……。こんな俺を好いてくれて助けてくれて沢山の事を教えてくれた俺の友達なのに……。俺はこんなに苦しんでる友達も助けられない……。
「僕が僕である為に、そして僕が僕になる為に、僕は僕の道を歩むよ。だけどさ、僕は皆みたいに強くない。イケメン王子の神沢 司で居られなくなる時だってある。だからもしも、そんな弱い僕になったら、また僕を小枝樹くんは助けてくれる?」
期待されてる……? いや、違う。コイツは天才とか凡人とかそんなの関係無しに俺っていう小枝樹 拓真にお願いしてるんだ。友人であるこの俺に。なら俺ができる事は
「そんなの当たり前だろ。つか神沢は俺が友達を助けないような奴に見えるのか? 何があっても俺が絶対に助けてやる。それが友達だ」
俺の言葉が神沢の耳に入った時、ステージからレイが戻ってきた。クタクタになりながら戻ってきたレイは何やら文句を言っているようだが、今の俺と神沢には聞こえない。
そして神沢の名前が呼ばれる。その声に反応しゆっくりステージへと歩み始める神沢。そして騒がしいこの場所で小さな声が聞こえた。
「ありがとう。小枝樹くん」
ライトが神沢を照らす数秒前の囁き。
そしてステージに立つ神沢。その登場と同時に巻き起こる大歓声。会場からは「神沢くーん」「司さまー」という女子の黄色い声援が飛び交っていた。
だが、そんな華やかなステージに立っている神沢の表情はいつものイケメン王子の笑顔ではなく、どこか大人びた微笑み。
すでに何かを悟っているんじゃないかと勘違いしてしまうくらい、普段の神沢の雰囲気から逸脱していた。
そんな神沢の表情を見て、さっきまで隣で言っていた言葉が俺の不安を仰ぐ。緊張をしているわけでもないのに、心拍数だけが少しずつ上昇し、体温も上がっているのか汗が滲んでくる。
そして神沢のアピールタイムが始まった。
マイクを持ち、スポットライトを浴びる神沢。だが何も話さない。制限時間があると言う事もあってか、数秒間話さないだけでも会場がざわめきだす。
ステージ横で見ている俺ですら、何が何だかわからない。だけど、そんな神沢が一瞬息を吸うのが見えたんだ。
「えっと、今日僕がここに立っているのはコンテストで優勝したいとか目立ちたいとか、自分がカッコいいって自負してるとかそんな気持ちじゃありません」
神沢の言葉が発せられた瞬間に会場が静まり返る。そしてその声は反響しながら会場の人々へと伝わり始めた。
「確かに僕は去年のミスターコンテストで優勝しています。そしてそれからの一年間は色々な女の子に告白されたり、憧れの瞳で見つめられたり色々ありました。でも、そんな僕には何もありません。ただただ顔が綺麗だとか、カッコいいとか、そんな物しか持っていないんです……」
さっき俺に言っていた事だ。いったい神沢はこれから何をしようとしているんだ……? そんな不安だけが俺の心に居続けていた。
「だけど、こんな僕にも友達が出来ました。その人達は僕の事を特別扱いしない。等身大の僕の事を見てくれる変わり者です。でも僕は、そんな変わり者の人達の中に居るのがとても心地がよかった……。そして、そこで出会ったんです」
神沢の雰囲気で察したのか、会場の連中もこの違和感に気がつき始めている。だが、ざわつく会場をよそに神沢は言葉を紡ぎ続ける。
「ミスコンにも出場してました、牧下 優姫さん」
個人の名が上げられた瞬間に会場は更に困惑を見せ始める。そしてこの俺すら、どうして神沢が牧下の名前を言ったのか分からないでいた。
「貴女はとても小さな人だ。それは見た目だけじゃなくて話し方も他人にとる態度も。だけど、僕は貴女に沢山の事を教えてもらった。どんなに弱いって思っていても強い自分になりたいって言う気持ちが人を変えるって……。大切な人を守る時に人はとても強くいられるって」
会場のざわつきが大きくなる。それでも神沢は話すのをやめない。
「だから僕も大切な人を守れるくらい強くなりたいっ! 顔だけじゃなくてもっともっと神沢 司を知ってもらいたいっ!! だからちゃんと伝える為にこの舞台を選んだんだ」
やばい。何か嫌な予感がする。このまま神沢をステージに立たせ続けて良いのか……? だけど神沢を止める権利なんて俺にはないんだ……。
「牧下さん。牧下 優姫さんっ!! 僕は貴女の事が大好きですっ!!」
その言葉と同時に一瞬だけの静寂が訪れる。だが、その静寂は嵐の前の静けさに過ぎなかった。
刹那の時間の後、会場にいる女子の怒りの声が聞こえてきて、暴動が起こっても仕方が無いような状況になってしまっている。その状況を見ている司会は慌てふためき、何をして良いのか分からないという感じだ。
そして事の重大さにレイも気がついたみたいで
「おい拓真、これって結構やばいんじゃないのか……?」
「わかってる……」
きっとレイの言葉に後押しされた部分もあるだろう。そして神沢が言った言葉「また僕を助けてくれる?」これがこの事だったのかと思うと腹が立つ。だけど神沢にとっては一大決心での行動だ。それを咎めたりはしない。
だけど、この状況はまず過ぎる。下手すれば祭りごと終りになる可能性だってあるんだ。それほど神沢 司という男子はこの学校の女子の気持ちを受けている。
そんな状況をこの俺が止められるのか……? だけどやらなきゃ何も始まらない。
ステージへと歩き出し司会の下まで俺は歩み寄る。そんな俺の姿を見た会場の連中はしきりに俺の名前を口ずさんでいた。付け合せに「天才」という言葉を入れて。
だが、そんな事を気にしている場合じゃない。俺は司会者が持っていたマイクを奪った俺は一か八かの対応をする。
「あ、あー。えっと、今この会場に来ている奴等は聞いたよな。この学校一番のイケメンの公開告白だ。きっと悔しいと思っている奴もいる、何が何だか未だに分かっていない奴だって居るだろう。だからさ、少しだけ考え方を変えて見ようぜ? この会場にいる皆だって好きな人くらいいるだろ? このイケメンに乗っかって叫んでもいいんじぇねーの? 祭りの熱に当てられたっていいんじゃねーの? このアホイケメン王子みたいに自分の気持ち叫んでみろよっ!!!!」
頼む……。誰でもいい……。俺の気持ちに応えてくれ……。その時
「俺は鈴木 さやかが大好きだあああああああああああっ!!!!」
応えてくれた……?
その叫びを皮切りに会場は大告白大会へと姿を変えた。そして俺はその安心感で司会にマイクを返し、ステージからはける為に歩き出す。
神沢の後ろを通り
「よく頑張ったな、神沢」
「うん。ありがとう、小枝樹くん……」
会場とは正反対な、辛く悲しみに満ちた神沢の声だけがうるさい会場の中で聞こえた。
結果だけを見てみれば今年のミスコンとミスターコンテストは伝説を作る形に終わった。
それはミスコン同様にミスターコンテストも一位から三位までがうちのクラスという前代未聞の結果だったからだ。
一位は神沢、二位が何故か俺、そして三位がレイ。
文化祭の幕が閉じてもミスターコンテストで俺に負けたことが悔しかったのか、女々しくレイが文句を言っていた。そしてコンテストを総なめにしたうちのクラスのイケメン喫茶はその後、すさまじいお客の列をつくり大盛況になった。
そんな慌しかった祭りも終り、今は後夜祭をしています。
日も落ち客もいなくなり、学生達だけが楽しむことを許される最後の時間。告白大会が行われてしまったからなのか男女の組み合わせが多く感じる。
そんなつまらない場所からはさっさとフェードアウトしたいので、俺は誰もいない場所に今は一人でいます。
え? なんでB棟三階右端の教室に行かないかって? そんなのすぐに一之瀬に見つかるからに決まっているでしょう。どうせ文化祭実行委員の集まりにでなきゃいけない。俺はそんな事はしたくはない。もう祭りは終わったんだ。
まぁここに来るまで色々な場所を歩き回って監視の目を掻い潜ってきたから誰にも見つからないだろう。だけど、ここに来るまでに神沢と牧下の姿だけは見てなかったな。あんな事があったんだ、もしかしたらもう帰ってるかもな。
そんな事を考えている時だった。
「やっと見つけたよ、拓真」
振り返るとそこには雪菜が立っていた。だけどおかしい、絶対に見つからないと思っていたんだけどな。だが、見つけたのが雪菜だとなんだか無意味に納得してしまう自分がいた。
そんな雪菜の姿はミスコンに出ていたときの姿のままで、まぁ俺もそのままなんだけどな。
クラスの喫茶店をこのままやれと言われた時には怒りたくもなったよ。
綺麗な雪菜を見ていると少しだけドキドキした。大人になったと理解してしまったからだろう。雪菜の顔を直視できない。
「なんだよ雪菜。俺は疲れてんだ。用がないなら一人にしてくれ」
少しだけ突き放してみるが、そんな事で雪菜が引き下がるわけでもなく、俺の隣に座ってきた。そしていつものように他愛も無い会話が始まる。
「もう、夏蓮ちゃんが拓真の事探してたよ? 実行委員でまだなにかあるんじゃないの?」
「いやいや、あったとしてももう俺は何もしなくて良いだろう。それじゃなくても天才だからとか言って俺に仕事を押し付けてきてたんだぞ? もう俺は何もしない、何もやりたくない」
雪菜の言葉に子供のような返答をする俺。だが、なんだか雪菜とこういう会話をしていると落ちつく。
「んー、それならしょうがないかも知れないけど、ちゃんと挨拶だけはするんだよ?」
「分かってるよ。頃合を見てちゃんと顔だけはだすよ」
本当にくだらない会話。この会話だけを聞いてると俺が雪菜の保護者だと誰も思ってくれないだろう。それくらい今の俺は疲れているし、雪菜がいて安心してるんだ。
こんな風に俺等はずっとこのままなんだ。このまっま家族で、幼馴染で、バカやって笑いあって、それでずっと離れないんだ。
「それにしてもミスターコンテストの神沢くんの告白凄かったね。その後の拓真も凄かったけど、なんか会場が盛り上がりすぎちゃってて」
「牧下はどうだったんだ?」
「んー、優姫ちゃんは途中でどっか行っちゃったよ。たぶんあの場にはいれなかったんだろうね」
俺の聞きたい事だけを雪菜に聞いて答えてもらう。だけどその答えには疑問を浮かべてしまうんだ。だって、牧下は神沢が気になっていたんだ。寧ろもう好きになっていたといってもいいくらいに。
なのにどうして牧下は逃げ出したんだ? どうして神沢は気持ちに「はい」と答えないんだ?
「でもさ、あの拓真の煽り方凄かったもん。会場を巻き込むなんてきっと誰にも真似できないよ。そういう所は昔と何も変わらないのに、どうしてそんなに自分の事を考えなくなたの?」
「そりゃお前ならもう分かってるだろ。自分の考えだけで行動した結果、誰かを傷つけた。それを真摯に受け止めて考えた人間は自分を優先にするのをやめるんだよ。だけどそんな俺を見ていると苦しむ人間もいる。結局、どっちをとっても誰かしらが苦しんだり傷ついたりするんだよな。本当に世の中上手くいかないよな」
そう言い、俺は空を見つめた。間接視野に入ってくる夜空とは真逆の明るい生徒達の後祭りの光をその瞳の端に焼き付けながら。
「ねぇ拓真……。あたしと居ると安心する……?」
今までの話の内容からずれた事を言い出す雪菜。その言葉を聞き、俺は夜空から雪菜へと視線を動かした。
「そんなの安心するに決まってんだろ。雪菜はずっと俺の傍に居てくれた。ダメになった俺を見捨てないで支えてくれた。きっと雪菜がいなかったら未だに家族と仲直りだって出来てないし、レイとだって上手くいってないかも知れない。だからさ、雪菜が幼馴染で本当に良かったって俺は思ってるんだぞ」
この言葉は本心だった。雪菜がいなきゃ俺は誰も信じていないし、自分自身も信じずもっと嫌いになっていたかもしれない。だけど、こんなにバカでアホでそれでも一生懸命に何かをしてくれる雪菜がいるから今の俺がいるんだ。
そんな幸せな気持ちになっている時、どうしようもない現実が俺に襲い掛かる。
「幼馴染じゃ、もう嫌だよ……」
「雪菜?」
「拓真が言ってた様に熱に当てられたのかもしれないし、神沢くんを見ておかしくなってるのかもしれない。だけどもう、このままじゃ辛いから……」
自分の思考が止まってしまう感覚になった。
「あたしは拓真が好き。ずっと前から好き。きっと出会った時、拓真があたしのこの手を掴んでくれた時から好きだったんだって思う。でもそれは家族として幼馴染としての好きだった……。ずっと憧れの人だったよ? あたしよりも何でも出来て、簡単に誰かを救っちゃうヒーローで、だけどあたしはそんなヒーローの拓真の弱さを知ってる。それを知った時、この人は特別じゃないんだ、あたしと同じ弱い人間なんだって思った」
遠くから聞こえる祭り最後の歓喜。数十メートル離れているだけでこんなにも空気というものが違うのだと改めて思った。
「そしたらね、どんどん拓真を好きになってった。他の女の子と仲良くしてたら嫌な気持ちになって、あたし以外の人の前で笑ってたら、どうしてって思って、自分の汚い感情が沢山出てきて苦しかった……。だから言うの。あたしだってずっと拓真におんぶに抱っこじゃないんだぞ。あたしだって女の子になったんだぞ……」
俺を見つめる雪菜の瞳は確かに一人の女の子で、俺の知っている雪菜では無かった。
「だからもう幼馴染や家族は嫌。あたしは拓真が男の子として好き、だからあたしの恋人になってください」
真剣に俺を見つめる雪菜に俺は何も答えられない。それどころか、今の状況を完全に把握すらしていない。どうして俺は考えるのをやめたんだ。
分からない、分からない、分からない。
そして文化祭という祭りの最後に覚えているのが、雪菜の気持ちだった。