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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第六部 二学期 文化祭ノ夜ニ
84/134

29 前編 (拓真)

 

 

 

 

 

 

 文化祭二日目。


今日も朝から大忙しです。昨日のような実行委員の仕事はないけど、今日はクラスの仕事に追われている凡人な俺です。


イケメン喫茶という名目でやっている喫茶店。勿論、その名前の通りにウエイターは全員男子。そのせいか昨日から来るお客さんが女子しかいないというのが問題になりつつある。


だが、昨日うちの喫茶店で活躍してくれた学年一番のイケメン神沢くんの噂が広まったのか、今日も朝から賑わっています。


文化祭二日目が始まった数分後には女子生徒が押し寄せてきて、更に時間が経てば生徒以外のお客さんで込み合っていた。


こんな仕事を昨日からやってきたクラスの連中は百戦錬磨の猛者へとクラスチェンジしていた。


だが、この戦場の初心者の俺にはただただ呆然と突っ立っていることしかできない。


「二番テーブル、紅茶とケーキ」


「五番テーブル、紅茶、レモンとミルク。それとケーキ2」


慣れた手付きで接客をし注文を取ってオーダーをバックに伝える。まさしく戦場。俺みたいな素人はいないほうが良いのではないかと思ってしまう。そんな時


「俺は絶対に嫌だっ! どうして神沢みたいにヘラヘラ笑って接客なんてしなきゃいけないっ!!」


俺と同様に接客をする事に嫌な気持ちを抱いている男がもう一人いてくれた。そんな奴を近くに居ると俺はとても心強い。


「だって神沢だけでも大盛況なのに、そこに城鐘が入ってくれれば敵無しじゃんっ!」


クラスの女子が嫌がっている男子を説得している。まぁレイなんですけどね。


そんなレイを延々と説得し続けるクラスの女子。だがどんなに良い言葉を並べてもレイは首を縦には振らない。するとクラスの女子は俺の方へと視線を動かし


「ねぇ小枝樹からも説得してよー。つか、小枝樹も顔は悪くないんだから着替えて接客に行くっ!! そうだよ、小枝樹も出るから城鐘も出るのっ!」


おかしいな。何かがおかしくなってしまっている。どこでおかしくなったのだと聞かれると分からないが、何故だか俺も接客の方に回されそうな雰囲気になってしまっている。


そしてクラスの女子は手に持っている執事服を俺の身体に押し付け、もう拒絶出来ないまでに力強く押し付けてくる。そんな俺は久し振りに自動スキルが発動した。


スキル『諦める』


「わかった……。とりあえず俺はこれを着れば良いんだな。という事だからレイ、お前も連行する。早く着替えろ」


今の俺にはきっと感情なんて無いのだろう。ただただ、こんな恥ずかしい事をするのにあたって俺だけなんていうのが嫌だと思ったんだ。女子の説得に便乗しレイ貶めるこの作戦は完璧だ。だが


「拓真が行っても俺は行かないっ!! つか、どこでこんな服を調達したんだよっ!! これじゃイケメン喫茶じゃなくて普通の執事喫茶じゃねぇかっ!」


レイが言っている事は尤もだ。確かにどこでこんな服を調達したのかは気になる。だが俺は気になっていたがあえてその言葉を言わなかった。だってこんな服をすぐに調達できるのなんてうちのクラスには一人しか居ないんですもん。


そこに疑問を抱き言葉で具現化してしまったらもう、完全にエンカウントですよ。低レベルの状態のまま最終決戦ですよ。まぁ今日の俺は何も行っていないので第三者として高みの見物と洒落込みますか。


「この服は私が調達したのよ城鐘くん。それに何か文句でもあるの」


はい、出ました。ラスボス悪魔大元帥。俺は知らないからね。勇者になると言ったのはレイなんだからね。


胸の前で腕を組みながらレイの事を睨みつける一之瀬。そんな一之瀬を見て俺は思う。普段からこんな化け物を相手に俺は戦い続けてきたのかと。こんなも絶対に勝てないよ。勝てたら奇跡だよ。


「い、いや……。文句は無いんですけど……」


「ですけど、なに?」


「いや、文句なんてありませんっ! 俺はこれからこの服に着替えて元気よく接客をするだけですっ!!」


心が折れるのが早いなレイ……。俺だったらもう少し噛み付くぞ。そしてボロボロになるまで暴力の嵐を受けるぞ。あぁそうか。それが嫌だから早めに負けを認めたのか。やっぱりレイは大人だな。


そんな風に俺は自分とは全く関係のない世界を見ているように思っていた。だが


「ところで小枝樹くん。どうして貴方は未だに着替えを終えていないのかしら?」


一之瀬さんの怒りの矛先が俺に向いてきました。どうしてなんだろう。レイだけじゃ物足りず、俺みたいないたいけな凡人に手を出す天才さん。


もう何が何だか分かりませんよ。でもまぁ何となくこうなる事は予想していました。だからこそレイに見せ付けなきゃいけない。俺が強者だという事を。


「待て待て一之瀬。確かに俺はまだ着替えてない。だけど俺は文句も言わずにこの服を着て店に出ようとしていたんだぞ? そして着替えに行こうと思っていた矢先にレイが一之瀬に怒られている現場に遭遇する。そんな状況を目にした人間は俺じゃなくても野次馬してしまうのが人間の心理だと俺は思う」


言ってやった。言ってやったぞ。どうだレイ。俺はここまで一之瀬に言えるんだぞ。それに今回の件に関しては完全に一之瀬の八つ当たりだ。何もしてない俺に飛び火したに過ぎない。だからこそ俺が言っている事は何も間違っていないというわけだ。


ここまで無関係な人間に正論を言われれば流石の一之瀬も謝ってくるだろう……。


「何が心理なわけ? 貴方が言っている事は他人が起こしてしまっている事柄を見ていたので仕事の準備をしていませんでしたと言っているようなものよ。そんないい訳が社会にでて通じるとでも思っているのかしら。もしもそんな安易な言い訳が通ると思っているのなら、もう一度小学生からやりなおしなさい」


勝てると思った俺がアホでした。というかどんなで怒ってるんだよこの天才少女は。


確かに一之瀬が言っている事は間違ってない。安易な発言をしてしまった自分を戒めている最中ですよ。でもさ、今ここで俺に怒っている一之瀬の怒りはもともと別な場所で発生しているものであって、それを関係ない所で発散するのはどうかと思いますよ。


だから俺はまだ引かない。


「あのな一之瀬。今のその言動は完全に俺に対してだけの怒りから逸脱してる。一之瀬が言っている事を間違っていないとは言わない。だけどその煮えきれない怒りを関係のない他者にぶつけるのはどうなんだ。社会にとか言ってたけど、その行動をしてしまう社会人に対して一之瀬はどう思う? そんな理不尽な事を言うのが正しいと思ってるのか?」


ここぞとばかりに俺は自分の意見を一之瀬へとぶつける。それが正しいと思うからだ。まぁ殆どが普段の仕返しなんですけどね。


だが、思った以上に俺の言葉が正しいと思ってしまったのか一之瀬は何も言わなくなってしまった。


その場で俯き少しだけ拳を握り締めている。よほど俺に正論を言われたのが悔しかったのだろう。だけどここまの正論を言われてしまうと何も言い返せないと思っているに違いない。


たまには俺が一之瀬に勝利してもいいだろう。神様がくれたささやかな贈り物だ。俺はそう思いたかった。


「……から」


小さな声で一之瀬が何かを言った。だが聞き取れなかった俺は迂闊にも聞き返してしまう。


「悪い。なんて言った?」


「いいからさっさと着替えて仕事しなさいっ!!!!」


一之瀬 夏蓮の怒号が響き渡った。





 そして今の俺は執事服を着て接客業をしています。勿論この俺がやっていると言う事はレイも生贄になりました。


だが神沢一人でもっていた思われる客だったが、レイが参入してくれた事により更にお客が増えたと感じる事ができた。まぁ確かにレイも普通にイケメンさんだからな。それにレイと神沢の接客は方法が真逆というのも効果があったのかもしれない。


一連の流れを見てみよう。まずは神沢 司様


「いらっしゃいませっ! あれ? もしかして君達昨日も来てくれてたよね。それって僕にもう一度会いに来てくれたって事かな? あはは、それは僕の勘違いかもね。でも、僕はまた君達に会えてとても嬉しいんだよ」


何だこの甘ったるい空気はっ!! それに神々しいその笑顔をやめなさいっ!! 眩し過ぎて俺が汚いみたいじゃないかっ!! 


あと言っても良いのならお客の女子、喜びながら「きゃー」は止めなさい。まじでアホに見えるぞ。


それでも神沢の集客率は異常だ。そのやり方に文句が言えるわけも無い。なので次、レイを見てみよう。


「いらっしゃい。適当に開いてる席に座ってくれ。え? オススメ? その……、なんだ……。俺は結構、クッキーとか、好きだよ……」


来ましたああああああああっ!! イケメン男子の照れ笑い来ましたあああああああっ!! それにレイのイメージからは想像できない「クッキーが好き」は女子の心を完全に射止めきっています。


もうお客の女子も「むふふ」って笑ってるよ。頬が緩みっぱなしですよ。こんな猛者が集う戦場で俺はどう戦えばいいんですかね。


あいつ等と同じやり方なんて到底できっこないし、かといって俺はイケメンでもない。どうして何もしていない状態から詰んでるんですかね。何故うちのクラスの女子は俺を接客に回したんですかね。


神沢とレイが居れば一騎当千ですよ。そして今の俺はただの歩兵です。だがそれでも俺は世渡りが上手い。なので可もなく不可もなく接客をすれば良い。それ以上の事はきっと誰も俺には求めていない。


そんなこんなで、俺も普通に接客を始めた。最初のうちはぎこちなかった接客も、回数と時間を重ねてしまえば苦も無くこなせる様になった。


完全に客引きが神沢とレイの仕事になってしまっている為、俺の仕事の殆どが注文された品をテーブルへと運ぶという仕事が中心になる。そんな仕事をしながらレイと神沢の様子を見て思ったが、イケメンに生まれてこなくて本当に良かったって思いますよ。


こんな長い時間、女子に騒がれたら精神が病んでしまいそうになります。だからこそ、それを難なくこなしている二人が凄いと素直に思いました。


今の状況を佐々路や一之瀬にも見せてやりたいよ。何が『小枝樹は普通にイケメン』だ。この状況がイケメンではない事を証明してくれている。だがそれがいい。俺が天才ではなく凡人である事を神様に許してもらっているような気持ちにさせてくれるからだ。


「おい拓真。ニヤニヤしてないでちゃんと働けよ」


そう。レイ言っているとおり、今の俺の顔は究極に緩んでしまっている。だって、だって、凡人なんだもの。それを再認識できてニヤニヤしない方がおかしい。だから俺はいたって正常だ。


「ニヤニヤしてて何が悪い。俺はお前等みたいにチャラチャラ働けないんだよ。でもその事実が嬉しいんだ」


ダメだ。どんなに真面目に話そうとしてもニヤニヤしてしまう。今の俺を客観的に見る事ができたのなら、きっと自分でも気持ち悪いって思うんだろうな。


それに接客という仕事はそんなに嫌いじゃない。初めてやった事だが、嫌いではないのだと思った。形はどうあれ、お客さんが笑ってくれていると言う事実は素直に元気が貰える。


こうして部屋の中を見渡すと笑顔が沢山あって、その一つ一つが俺だけじゃなくクラスの皆で作り上げた現実なのだと思うと俺も自然と笑顔になれる。これが今の俺の居場所なのかもしれない。


つまらないしがらみから解放されればこんなにも楽しい世界が待っていたんだ。


「おい拓真」


「なんだよレイ? まだ俺ニヤニヤしてるか?」


再び話し掛けて来るレイへと返答する。そして俺の返答の内容が違ったのかレイは少しだけ嘆息気味に肩を落とした。


「ちげーよ。もうそんな話はどうだって良いんだ。そうじゃなくて面白そうなアイディアが浮かんだんだけどさ」


不気味な笑顔を見せるレイ。そんなレイの顔を見て俺はすぐに分かってしまう。昔からレイが不気味な笑みを見せる時はいつだって悪巧みを思いついた時だ。


そしてそんなレイの悪巧みに付き合って何度痛い目をみてきたか……。だが、悪いと分かっていても心引かれるレイの悪巧みにいつも俺は賛同していた。


でも今はそんな子供ではない。高校二年生にもなれば分別が出来る大人にならなくてはいけないのだ。だからこそ俺は親友のレイにビシッと言ってやらなくてはいけないのだ。


「それで、何を思いついたんだ」


誘惑に負けてしまった俺は、久しぶりに高揚した気分になっていた。それは最近ではしていなかった昔のような無邪気さを思い出してしまったからだろう。ダメだと分かっていても、その気持ちを抑える事が今の俺には出来なかった。


「ここから逃げ出すんだよ。そしたらクラスの連中が躍起になって追いかけてくるだろ? 題して、鬼ごっこ大会~文化祭中逃げ続けろ~だ」


小さな声で俺の耳元で言うレイ。そしてそんなレイの意見を聞いた俺が素直に思ったことは、楽しそうだということだった。


だけど待て。敵にはあの一之瀬がいる。それに悪ふざけが過ぎればアン子まで召還しかねない。そこの部分をレイはいったいどう考えているんだ。


「待て待て。確かレイが言っているその遊びは面白そうだ。聞いただけで心が躍る。だけど問題は一之瀬だ。アイツから逃げ切る事は物凄く難しいぞ? それにあの天才は頭が良いだけじゃない武力も兼ね備えてる」


「武力? それってどんな?」


コイツは一之瀬の恐怖を知らないから疑問に思ってしまうんだ。いやだが、接客に着く前にレイは一之瀬に恐怖していた。その状況を知っているのにも関わらず、どうして一之瀬の武力を理解できない。


まぁ良い。ここで説明しておけば今後、レイが一之瀬に歯向かい痛い目を見ないで済むかもしれない。これが親友への優しさだ。


「良いかレイ、今から俺が言う事は紛れもなく真実だ。だから決して嘘だと思わないでくれ。じゃあ言うぞ。今の一之瀬の武力はアン子と同等、もしくはそれ以上だ」


俺の言葉を聞いたレイの表情が変わった。それもそうだろう。あのアン子と同等かそれ以上だとこの俺が言っているのだから。だが絶望しているその表情は一瞬の事で、すぐさまレイは再び悪い笑みを浮かべた。


「拓真が言ってる事が本当だとするなら、やりがいのある鬼ごっこになりそうだな」


確かに俺は自分でも今回のレイが提案した遊びをやりたいと思っている。だが、その遊びのリスクが高過ぎるという事でレイを思いとどまらせる為に言ったのだが、逆にその言葉がレイの心に火を着けてしまったらしい。


「デッドオアアライブって事だろ? 単純な鬼ごっこじゃなくて掴まったら即死刑なんてすげぇ楽しそうじゃねぇか。ふふふ、やべー何か興奮してきた」


何か今のレイが怖いと感じてます。というかただの変態に見えてきています。俺の親友が数年で変態になって戻ってきてしまいました。だけどレイが決めたのならしょうがない。俺もその話にのろう。


「それでレイ。もうやるって決めたみたいだから言うけど、作戦はどうするんだ?」


「作戦? そんなの昔からお前が決めてただろ拓真。知力はお前で、現場の判断は俺。それが昔からのスタイルだろ」


確かに昔はレイが言っているような感覚で悪ふざけを繰り返していた。俺が作戦を考えて行動を開始する。そして現場で起こってしまった不測の事態をレイの直感で回避する。だが結局最後は雪菜が俺等の足を引っ張って掴まってしまうというのが常だった。


だが今回は雪菜がいない。もしかしたら本当に逃げ切れるかもしれない。


そんな邪な考えを浮かべた俺は


「分かった。その話し乗った。つー事でまずは作戦の前に召還獣を呼び出そう」


「召還獣?」


疑問符を浮かべているレイをよそに、俺は携帯である人物へち電話をかける。


「あ、もしもし崎本か? 今どこにいる?」


「おー小枝樹。今は体育館だ。もう少しでミスコンが始まるから早めに良い席取っておきたくてな」


よしよし。崎本は今体育館にいるんだな。それにミスコンときたか。まぁ崎本の事だ、学年別に可愛い子を探そうって魂胆だろうな。ならば


「そうかミスコンか。でも今うちのクラスの喫茶店の客、女子しかいないぞ? もうそれは選り取り見取りだぞ」


「マジか分かった。すぐに向かう」


その言葉を良い崎本との連絡が途絶えた。そして俺はレイの方へと向き


「よし。生贄が今から来る。奴をだしに使って俺等はここからエスケープするぞ。それと作戦なんだが、あくまでもただの鬼ごっこだ。その場での判断が物を言う。なので作戦はない。しいて言えば追いかけてくるのはきっと佐々路と一之瀬だ。後は、やりすぎればアン子が導入されるくらいだな」


冷静に淡々とレイに説明をする俺。そんな俺の姿を見たレイは


「本当に、お前が本気をだすと凄いよ……」


「何言ってんだ。俺はくだらない遊びをこよなく愛する凡人であり、そして遊びにも手を抜かない天才である。自分の頭なんて使いようなんだよ」


乾いた笑顔を見せたレイにドヤる俺。その時だった。


「女の子はどこですかー小枝樹さんっ!!」


生贄が到着した。その姿を見た瞬間に俺とレイが動き出す。


「悪いな崎本。女の子が沢山いるのは本当なんだけど、後の事は頼んだ」


そう言い俺は着ていた執事服の上着を崎本の顔にかける。そしてレイも続けて教室を出ながら


「そう言う事だ。まぁ俺にこんな仕事させた一之瀬が悪い。と言う事で神沢も頼んだぞっ!」


俺と同様に執事服の上着を脱ぎ、それを神沢へと投げるレイ。そんな投げられた上着を間一髪で掴む神沢は驚いた表情を浮かべて


「ちょ、小枝樹くん城鐘くんっ!? どこに行くのっ!?」


神沢の叫び声を背中で聞きながら、俺とレイの大鬼ごっこ大会が幕を開けたのだ。





 教室からエスケープしてから数分。まだ追っ手が来るには早い時間だ。


だが、追っ手が来てから逃げる為の構図をレイに説明するのは遅すぎる。今のうちに説明しておこう。


「よしレイ。今から説明する事を頭の中に叩き込め」


「おっけー」


廊下に居る沢山の人と人の間を掻い潜りながら俺は説明を始めた。


「まずは、追っ手の人数だ。俺の予想は二人。だがそれは初期での話しだ。俺等の逃げている時間が長くなれば長くなるほど追っ手の人数は増える。だが向こうには喫茶店という仕事があるから、その人数引くクラスの人数が最大だと思ってくれ」


うちのクラスは全員で40人だ。そして喫茶店の接客をしている人数が6人。だが俺とレイが抜けた所を補っているのは崎本1人だけだ。なので現状では喫茶店が5人。そして調理側の生徒の人数が7人。後は客呼び及び並んでいる客の列を正す人数が3人。なので店に使われている人数が15人になる。そして俺とレイを抜いた人数が追っ手の最大人数。


その数が23人。スリーマンセルで動いたとして7組から8組のチームが俺とレイを狙い撃ちしてくる。と言う事は


「それとあくまでも予測だが追っ手はチーム構成で俺等を追ってくる。それに伴ってB棟には逃げない方が得策だ」


「どうしてB棟はダメなんだよ? あっちは文化祭では使われてないし、物が沢山ある。隠れるには十分な場所だと思うぜ?」


まぁレイの頭ならそう考えるって思ったよ。本当にここで言っておいて良かった。


「あのな、相手は1人で追ってくるわけじゃない。確かに物が多い分隠れるには適しているが、ただそれだけだ。今じゃ殆ど使われていないB棟だ。そしてA棟からB棟への渡り廊下は2つ。その2つに兵を仕込んで残りの人数でB棟捜索をしてみろ。完全に詰んだ状態になるぞ」


「だけど通路を塞がれてもそのまま外に逃げれば大丈夫なんじゃないのか?」


本当にレイくんはバカなんですかね……。


「あのな。もしも俺が追っ手側の人間なら、B棟で敵を発見しだい全てのチームに連絡をする。そして各個撃破に作戦を変えるだろう。そうすれば23対1だ。完全に勝ち目は無くなる」


木を隠すなら森という言葉がある。それを人に置き換えれば人は人の群れの中に紛れ込めれば見つかりにくくなると言う事だ。そして今回の件はそれだけじゃない。敵がチームで動くと言う事は連携を取ってくるはずだ。だが群集で動きづらくなればその連携も上手くは取れない。


自分達の動きも少しばかり制限されるがそれは相手も同じで、ましてやチームとなると格段と動きの制限が厳しくなる。だが俺等は単体だ。少しの制限くらいならどうという事はない。


「わかった。拓真の言った事は覚えておく。だけど、その時の判断で俺はB棟にも行くからな」


レイの感覚は間違えない。その場の判断と言う事はレイがB棟に逃げなきゃいけなかったと言う事になる。まぁそんな事態になったらその時は自分の意見を尊重してもらいたいと思う。あくまでも俺が言っているのは可能性であって絶対じゃない。


というかここまで真剣に考えて遊ぶなんて何年ぶりだろう。最近では普通に皆と遊んだりしていたけど、ここまで馬鹿な事を真剣に考えてやるのは本当に久しぶりだ。


自分の中でもワクワクしている気持ちが分かってしまうほど高揚している。久しぶりの本気の遊び。果たして俺とレイが勝つのか否か。


「それで拓真が言いたいのはそのくらいか?」


「そうだな。後はさっきも言ったように敵はチームで来る可能性が高い。それは何故か。俺等のクラスで運動能力と知力で俺とレイを超す人が居ないからだ。しいて言うなら多分一之瀬くらいだろう。だからこそチームで来る。そして一之瀬は必ず単騎で動くはずだ。それさえ回避できれば俺等の勝ちは確実になる」


そう。一之瀬 夏蓮という一騎当千の動きが気になって仕方が無い。アイツがどんな動きで俺等をつめて来るのか。


俺の予想では皆に指示を出した後、一之瀬は単騎で出陣する。そしてまずはレイを狙うはずだ。運動神経も頭のよさも普通に高いレイだが、少し抜けてる所もある。だからこそまずはレイを捕縛しその後、全勢力で俺をゆっくりつめるだろう。そう一之瀬はまず必ずレイを狙う。


そして一之瀬の性格だ。いやらしいやり方で完膚なきまでに俺を攻めてくるだろう。それも承知のうえだ。


「後言っておくけど、敵が2人以上目の前に出てきた時は散開するから覚えておけよ」


「どうしてバラバラになるんだ?」


本当にレイくんはバカなんですかね……。本日二回目ですよ……。


「あのな、さっきも言ったけど俺等はあくまでチームじゃなくて個の存在で動かないと勝ち目が無いんだよ。だからここで立ち回り方をお前に言ってんだろ」


俺の予想ではすぐさま2人以上の敵が現れる。そして俺とレイの分断を図るはずだ。だが、そのシチュエーションは予想済みだ。でも敵もバカではない。俺が立ち回り方をレイに言っている事くらいお見通しだろう。


敵の事を過小評価せず過大評価もしないであくまでフラットな思考が要求される。だけどこのゲームは俺等が逃げの完全不利な状況から始まってるゲームだ。


勝ち目は薄いが勝てばとても有意義な時間を過ごせる事になる。その為だけに思考を続けるアホな天才ですよ俺は。


その時、俺の前方を歩いているレイの歩みが止まった。


「それで拓真が伝えたいのはそのくらいか? というかそのくらいにしておいて貰いたい」


いきなり弱気な発言をしてくるレイ。だが、そんなレイの態度を理解するのに然程時間はかからなかった。


「そうだな。まぁ後はお前なりに考えて行動してくれ。それと出来る限り連絡は取り合おう。情報を互いに共有できれば勝つ見込みが増える」


「おっけー。わかったよ拓真。じゃあ」


「ゲームスタートだ」


敵を目視した俺等は互いの行動をとり始める。

 

 

 

 

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