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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第六部 二学期 文化祭ノ夜ニ
82/134

28 中編 (拓真)

 

 

 

 

 春桜さんと別れてから少しの時間が過ぎた。


俺は冷静に実行委員の仕事をこなそうと努力をしてみたが、春桜さんの言葉が頭から離れない。


見回りをする為に歩きながら何か不自然は無いかと見ているが、今の俺の瞳は何も映っていないみたいだった。


賑わっているのは分かる。それは自分も文化祭という特別な行事に参加しているという意識があるからだ。でも、今の俺は独りだ。


誰も俺に気がつかないし、俺もこの空気に馴染めない。


世界がゆっくりと見えて、全ての人の笑顔や行動が認識できる。そんな世界を見ていて思うのは、自分がこの世界に存在しているのかという疑問だけだった。


だが、そんな意味不明な事を考えていても俺は存在していてここにいる。そう言い聞かせないと何もかもがおかしくなってしまいそうな感覚だった。


言い訳を並べながら春桜さんの言葉を思い出す。一之瀬の事を見ていて欲しいか……。何かレイにも雪菜の事をちゃんと見てやれとか言われてたな。


というか、どうして皆そんな事を俺に言うんだろう。俺は一之瀬の事だって見ているし、雪菜の事だって見てる。なのに何故そんな事を言われなきゃいけないんだ。


はっきり言って意味が分からない。俺の考えが浅すぎるのか? それとも何かもっと深い意味があるっていうのか?


そんな誰もがどうでも言いといってしまいそうな事柄を真剣に俺は考えていた。だからこそ辺りに目が行かなかったみたいで。


「あの、小枝樹せんぱい。無視ですか?」


不意に俺の目の前に現れる一人の女子。ソレは後輩の細川だった。


細川キリカ。バスケ部のマネージャーで翔悟の彼女……、もとい昔なじみだ。バスケ部の後輩というのもあるが、翔悟は細川の事が好きみたいだ。


まぁ俺からみたら両思いだと思うんですけどね。なんか翔悟も細川も鈍いというかなんと言うか。


そんな細川の見た目はチンマリとした奴だ。髪型は短くスポーティーな感じで、健康的な体躯をしていると思う。


そして今の細川は、フランクフルトにイカ焼き、焼きトウモロコシにあんず飴と沢山の食べ物を持っている。


「気がつかなくてすまないと言いたいが、お前のその食欲の多さに呆れている俺がいるよ」


「なにがですか?」


口に頬張っているイカ焼きがその証拠ですよ。というか今の今まで真剣に色々と考えていたのにアンタが現れて台無しですよ。


俺の言葉の意味が本当に理解できていない細川はキョトンとして俺を見ていた。そんな細川を見て沢山突っ込みたい事もあったが俺は諦め嘆息した。


「はぁ……。本当にお前は幸せそうだな」


「なにがですか?」


だから、フランクフルトを頬張りながら言うのは止めなさい。とういか、イカ焼きを食べ終わるのが早いですねっ!


本当にコイツは他人と会話が出来るのかと疑問に思ってしまった。


「まぁ、なんだ。俺は今、仕事中だからもう行くぞ」


これ以上細川と話していても生産的ではないと思った俺は、そそくさと仕事に戻ろうとした。だが


「待ってくださいよ小枝樹せんぱい。さっき一緒にいた女の子は誰ですか」


俺と春桜さんが一緒にいたのを見ていたのか。説明するのが面倒くさいな……。まぁ翔悟の彼女だし、説明しとくか。


「あれは女の子じゃない。既に成人している立派な女性だ。そして何を隠そう一之瀬のお姉さんだ」


「あれで成人してるんですかっ!? だって、あんなにも小さ━━」


「やめろ細川。それ以上言うと天罰が下るぞ」


神の怒りに触れる寸前の細川を俺は止める。ここで止めておかないと酷い目に合うのが俺のような気がして怖かったからだ。でも別に春桜さんが怖いわけじゃありませんよ? 神様の怒りに触れないようにしているだけですからね。


だが、なんの事なのかさっぱり分かっていない細川の頭上には疑問符が飛び交っているようだった。そんな細川へと俺は再び説明を始める。


「まぁあれだ。見た目で人を判断してはいけないという事だ。それにあの人は本当に一之瀬の姉さんだからな」


「一之瀬せんぱいのお姉さんなのは分かりましたけど、どうして小枝樹せんぱいが知り合いなんですか?」


コイツは、次から次へと質問ばかり投げかけやがって……。俺は仕事中だって言ってるのに……。本当に翔悟はこのチンチクリンのどこが好きなんだか……。


「色々あったんだよ。それはもう色々とな」


既に説明するのが面倒くさくなってしまっている俺は、曖昧な言葉を繋げるだけのけして誰にも伝わらないであろう言葉で言った。だが細川は


「なるほど。そんな経緯があったんですね」


あんず飴を舐めながら「うんうん」と頷き全てを分かったような口振りで言う細川。もうコイツがバカなのは分かっているから放っておこう。そうじゃなきゃ延々と細川に俺の仕事を邪魔されそうだ。


「そう言うことで、俺はもう行くぞ」


「ちょっと待ってください、小枝樹せんぱい」


「もう何だ。俺は忙しいんだよっ! 適当に仕事してると実行委員の先輩に怒られるんだ。だからもう行くぞ」


限界だった。ここで強めに言わないと本当に仕事が出来ない。俺は細川の返答を待たずにその場から立ち去ろうとした。だが


「なんか、あっちの方でもめてるみたいですよ……?」


もめてるって……。マジかよ……。あーそんな事を聞かなかったら流せるのに、実行委員として見回りをしている以上、ことを大きくさせないために働くしかない。完全に社畜になってる俺ですよ。


俺は細川の言葉を聞いて溜め息を吐き、その現場へと向かった。そして何故だか細川も俺の後ろからついてくる。


完全に面白半分で見物しに行こうとしているよこの子……。まぁそんな細川にかまっている暇なんてない。俺がやらなきゃいけない事はいざこざを解決する事だ。


現場に着く。そして俺が見た光景は


「ねぇねぇいいじゃん。俺達とまわろうよー」


「困ります……」


おいおいおいおい。どうしてまたナンパなんだよ。なんだ、あれか? この学校の文化祭に来る男共は発情期なんですかこの野郎。発情するのは構わないけど、俺に迷惑をかけない場所でしてくださいよこの野郎。


だが、これが俺の仕事だ。嘆息気味に俺はその男性と女の子に近づいていく。その時だった


「だから何度も言ってるけど、アンタ達みなたいなクズ男となんてまわりたくないんですよっ! 私は今から司様のイケメン喫茶に行くの。これ以上邪魔するなら容赦しないわよ」


何を言ってるんですかあの女子はっ!


そんな事言ったら完全に火に油だろ。どうしてそう言うことを理解していないのかな……。もう相手の男達の顔色も変わってきちゃってるし……。どうしてこんな面倒な事に巻き込まれなきゃいけないんだ……。


それに司様とか言ってたな。完全に神沢ファンクラブの人だよね。私情をはさんでも良いなら言いますけど、助けたくねぇぇぇぇぇっ!


だって神沢ファンクラブの奴等怖いんだもん。神沢を見てる時は幸せそうな女の子達なのに、神沢がいなくなった瞬間に獣みたいな目になるんだもん。血走ってるんだもん。


それによく見るとナンパ男はさっき春桜さんをナンパした奴等だし……。本当に懲りていないというか、マジで問題起こさせるのは腹が立つ。


それでも止めなきゃいけない。それにこれ以上あの女子に口を開かれると問題がさらに大きくなりそうだ。


「はーい、すみませーん。とりあえずその辺にしておきましょうか」


そう言いながら俺は男達と女の子の間に身体を入れた。


「なんだよ。ってお前さっきの奴じゃんか」


「そうです。通りすがりの文化祭実行委員です。二度も会うなんて、もしかして俺達赤い糸で結ばれてるんですかね」


ニコニコと笑顔を作り、つまらない冗談を交えながら大事にならないようにする。だが、やはり二回目だからなのか少しだけ男達は俺の事が気に食わないようだった。


「もうさ、いい加減にしてくれないかな君」


いい加減やめてもらいたいのはこっちの台詞だっつーの。だが、そんな事を言えるわけでもなく。


「すみません。一応、文化祭中の治安は僕達実効委員に任させていますので、ナンパは迷惑行為に該当しますので一度目は口頭での注意、二回目に関しましては厳重注意というルールが決まっていますので、ご理解してください」


どうして俺がこんなに下手に出なきゃいけないんだ。あー、たぶん俺ってサービス業とか向いてないな。この男達の顔を見てるだけでだんだんイライラしてきた。


「なら、今度は引かないって言ったらどうすんだよ。実行委員さん」


どうしてこんなにも喧嘩腰なんですかね。俺はただ、ダメな事をダメって言ってるだけなんだけどな。理解できない人間って本当に愚かで悲しい。


「そう言うのであれば、こちらも然るべき対応を取らせてもらいます」


然るべき対応。それは教師に現状の報告をし、彼等を校内への立ち入りを禁ずるという方法だ。まぁ言ってしまえば出禁というわけだ。


この学校の生徒である以上、これ以外の方法は見つからない。目の前の現状を打破して、この男達をどうにかするのは簡単な事だ。だけどそれは大人の事情に反する。


どうして高校生というガキと大人の間な存在の俺がここまで考えなくてはいけないのか。それはきっと大人になるための準備なのだと自分に言い聞かせた。


「だったらよ。然るべく対応が出来ないようにするって言ったらどうすんだよ」


本当にどうしてこの男達はこんなにも血の気が多いのか。別に暴力を使って良いと言うのであればすぐにでも使ってしまいたいくらいですよ。だけど立場上それもできない。なら伝え続けるしか俺には出来ないんだな。この男達に何をされても


「そう言うのであれば、僕はそれを受け入れるしか出来ないですね」


「ほう。だったら受け入れてくれよっ!」


ガンッ


俺には全てが見えていた。一人の男が拳を握るのも、その腕を振りかぶるのも。そして自分の頬に男の拳が当たる瞬間すらも俺には見えていたんだ。


だけど避ける事は出来ない。よければ後ろにいる女子にその拳が当たってしまうし、なにより「受け入れる」と言った自分の言葉を否定する行動になってしまうからだ。もう俺はそんな中途半端な人間じゃない。


そして俺はその衝撃を受けその場で尻餅をつく。頬には強烈な痛みを感じ、鉄の味が少しだけ口に広がった。


尻餅をつきながら口から流れ出てくる真っ赤な液体を自身の手で拭った。


「これで分かっただろ? あんまり調子に乗るなよ」


見下しながら言う男。そしてその連れの男も俺を見て嘲笑っていた。それと同時に周囲の人達がこの状況の異変に気づき始め少しずつ騒がしくなってきた。


だが俺はこんな状況にも関わらず自身を殴った男を睨むわけでもなく、その顔に笑みを浮かべていた。


きっと他者から見たら可笑しな光景なのかもしれない。それどころか、この俺という存在が一番可笑しな存在だと思ってしまうかもしれない。だけど今はそれが最善なのだと理解していた。


だが、どうしても自分の思惑が外れてしまう事が起こってしまう。


「小枝樹せんぱいっ! 大丈夫ですかっ!?」


細川が心配そうに俺の元へと近づいてくる。きっと現状を見ての行動だろう。だけど俺はそんな優しい細川に心底思いました。


本当に余計な事をしてくれる。


「何々? 君結構可愛いじゃん」


予想通りだ。俺に近づいてきた細川に絡みだす男。だから余計な事だって思ったんだ。


ここで俺が殴られて男達の気が晴れれば最小限の被害で済んだのに……。ナンパを注意されて腹が立ち俺を殴る。そうする事により目の前のナンパを阻止できる。興が冷めたとかなんとか言って立ち去らせる予定だったのに……。


細川が来てしまった事で俺の作戦が全て意味の成さないものになってしまった。だけど今は現状の解決よりも細川を助ける事が大切だ。


「すみません。その子は関係ないんで絡まないでくださいよ」


「あ? お前は黙って地べたに座ってろよっ!」


立ち上がろうとした俺の腹部に痛みが奔る。今度のそれは顔を殴られた痛みとは異なり、ずっしりと重さを感じた。やはり拳で殴られるよりも足で蹴られた方が何倍も痛い。


そして再び地べたへと飛ばされる。


「小枝樹せんぱいっ!!」


飛ばされる俺の名前を叫ぶ細川。その叫び声で周囲の人達に今の現状があからさまにおかしいものだと伝わってしまったみたいだ。口々に「なんかやばくない?」「これって教師とか呼んだ方がよくない?」といった言葉が聞こえ始めてきている。


そんな周囲の声が聞こえているのかいないのか、細川は俺から男達へと視線をずらし怒りに満ちた瞳で睨みつけた。そして


「小枝樹せんぱいに謝ってください。いくらなんでも暴力はおかしいって思います。それに小枝樹せんぱいは何も悪い事してない。ナンパされて嫌がってる人を助けただけです。だから謝ってください」


本当にこの子は現状を把握しているんですかね? そんな喧嘩腰に言ってしまうと相手を怒らすだけなんですけどね。


そして案の定、男達は更に機嫌を損ねて細川の腕を握り自分の方へと強く引っ張った。


「いたっ」


強引に引き寄せられたせいなのか、細川は少しの痛みを感じその顔を歪めた。


「じゃあさ、誠心誠意込めて謝るから、俺らと楽しく遊ぼうよ。それを約束してくれるんだったら謝ってやるよ」


この男達は何を言っているんですか? そんな駆け引きにもなっていない条件でどこの誰が了承するって言うんですか。


「わかった……。相手してあげるから、早く小枝樹せんぱいに謝って」


この子は本物の馬鹿なんですかねぇぇぇぇぇ!? どうしてそこまでして謝罪を要求してるんですか!? 俺は別に謝って欲しくなんてないよ? 


だけど、その言葉を言った細川の表情は少しばかりの恐怖が混ざっていて、その顔を見た俺はもうやるしかないのだと決意した。


だってそうでしょ。可愛い後輩ですよ。それも女の子ですよ。怖いに決まってるじゃないですか。でも、そんな恐怖を我慢してまで俺の事を考えてくれている。助ける理由なんてそれだけで十分だ。


あー、また先生に怒られるんだろうな。そしてアン子にぶっ飛ばされるんだろうな。嫌だなぁ、嫌だなぁ……。


だけど、それは痛いだけだもんな。大切な後輩だし、それに親友の彼女……、もとい好きな子だもんな。本当に昔の自分に戻ったみたいだよ。


雪菜が泣いてるからとか、レイが苦しんでるからとか。そんな理由なだけで俺は動いてたんだ。ムカつくものはムカつく。でも今は少し大人になった。だからこそ自分が我慢して大丈夫ならそれでもいい。だが、この男達はやりすぎたんだ。


そして俺は身体を起こし立ち上がる。その時だった。


「おいアンタ。キリカに何しようとしてんだ」


細川の腕を掴んでいる男の腕を掴む男子生徒。その力は見ている俺ですら怒りに満ちていて万力のようだと思ってしまった。そしてそんな男達よりも身長が高く体つきも良い。


そんな男子生徒に睨まれている男達。そして細川が口を開いた。


「翔悟くん……」


今にも泣きそうな表情で現れた門倉 翔悟を見つめている細川。本当に正義の味方みたいな登場ですよまったく。まぁ俺がなにもしなくていいんだったらそれで良いんですけどね。


「な、なんだよお前。いてーから手離せよ」


「あ? そんな事の前に俺の質問に答えろよ。キリカに何しようとしてたんだって聞いてんだ」


やばい。今までに見た事が無いくらい翔悟がキレてる……。俺も何だか怖いよ……。つか今にも男を殴りそうな勢いだけどそんな事しないよね翔悟くん。


「お前に何か関係あんのかよ。それとも何だ、お前が彼氏とでも言いたいのか?」


「しょ、翔悟くんは別に彼氏じゃないし……! それに私達ただの部活仲間だし……」


おかしいな。おかしいよね。何かラブコメみたいになってますよ? つか俺が殴られたんだよ? もっと俺を見てよ……。俺が主人公なんだよっ!!


なんでだよ。どうして周りの人達も俺がいないみたいになってるんですか!? 俺はここにいるよ、ここにいるよっ!!


確かに今の翔悟はカッコいいよ? 細川だって囚われの姫みたいになってるしさ。それを助ける翔悟を見てしまうのはわかるよ。だけどね、もう一度言うけど俺が主人公だからねっ!!


「ほら、この子もお前は彼氏じゃないって言ってんじゃんかよ」


その言葉で男の腕を掴んでいた翔悟の力が少しだけ和らいだみたいだった。その瞬簡に男は細川を引っ張り、その場から離れようとしていた。


「ちょ、痛いっ!」


細川の痛がる声、そして何よりも翔悟に助けを求めてる視線。そんな細川を見て翔悟の体が動いた。


そしてその瞬間、俺はやばいと思ってしまった。だってもう完全に殴るに行ってるよね。翔悟が拳を握り締めるの見えたもん。だけど俺は文化祭実行委員だよ? 目の前で暴力行為が起こってしまったら俺がどやされる。


そんなの嫌だ絶対に嫌だっ!


翔悟が動き出したとほぼ同時に俺の身体も動き出す。そして


「いいからキリカから離れろよおおおっ!!」


「暴力はやめてー」


ボフッ


男と翔悟の間に入り両腕を広げた俺は翔悟に殴り飛ばされる。もう三回目だから大丈夫だと思ってたけど、やっぱり殴られるのは痛いな……。


「た、拓真っ!?」


翔悟の声が聞こえた。そして世界がゆっくりと動いている。あーここで俺は気も失ってしまうんだ。でも、頑張ったからいいよね。ここで眠っても大丈夫だよね……。


って大丈夫じゃないよねっ!! いつもの俺だったらここで気を失って気がつくと一日目の文化祭が終り保健室で目が覚める。なんてシチュエーションだけど、今日の俺には仕事があるんです。


気を失ったら絶対にダメなんです。


「いってぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


俺は大きな声を出した。そしてそんな俺の行動を見て男の力が緩んだのか、細川は無事に脱出し翔悟の後ろに隠れる。


そして俺は作戦プランを大幅に変更した。


「もう良いだろ翔悟っ! お前が殴る必要なんて無いんだよっ!!」


気持ちを乗せ、俺は翔悟に言う。


「た、拓真?」


「どんなに守りたいって思ってても力だけじゃダメなんだっ! そんなんじゃ……、何も救えないんだよ……!!」


「お、おい。何言ってんだお前は……?」


この木偶の坊は何も気がついてないんですかねっ!?


俺は翔悟の近くまで寄り耳元で「いいから合わせろ」そう言い、再び元に戻る。


「だから翔悟、お前の拳は誰かを殴るためのものじゃないんだよ」


「そ、ソウダヨナ。オレのコブシはナグルモノじゃナイ」


どれだけ演技が下手なんだよ……。さっきまでのリアルがここで台無しだよ……。まぁ翔悟に演技を求めてしまった俺が悪いとは思うが、事を大きくしたのは翔悟だ。このくらいの恥はかいてもらう。


そして男達は何かが始まってしまった俺らを見て興が冷めたのか、はたまた気持ち悪いとでも思ったのか、すでにこの場からいなくなってしまっていた。


だが、それでも周囲の人達にはなにも理解できていないだろう。さっきまで起こっていたことが本当に大変な事件だとでも思っている表情だ。だからこそここで俺が言うんだ。


「えー皆様ありがとうございました。今のは文化祭実行委員のシークレット催し物でゲリラ即演劇でした。今、目の前でこの即演劇に出会えた皆様は運がとてもいい。今日明日、文化祭実行委員が頑張りますので文化祭をお楽しみください」


しれっと言ってみたが反応はどうだ……?


「なんだ演劇だったんだー」


「本当に殴られてるからビックリしたー」


よしっ!! 俺の作戦大成功だっ!!


俺らの演技を祝して大勢の人達が拍手をしてくれた。そんな大歓声の中、俺は翔悟と細川を連れてその場を逃げるようにして退散した。




 騒動の現場から逃げた俺らは人がいないB棟裏まで来ています。


そこまで逃げてやっと俺は翔悟達の手を離し振り向く。案の定、俺の意図には気がついていない様子の翔悟と何だかバツが悪そうな表情の細川がそこにはいた。


そして一番初めに声を上げたのは翔悟だった。


「おい拓真。急にどうしたんだよ」


「あのな、お前があの場であの男を殴ったら問題になるんだよ。それに俺は実行委員だぞ。目の前で問題が起こりそうなのに何もしなかったって思われるだろ。そして説教地獄だよ」


怒っているわけではない。だが、自分が起こそうとした事の重大さを理解してもらわないと俺だって困る。それに今回は俺がいたから何も無かったが、俺がいない場所で同じ事が起こってみ、その時翔悟は絶対に止まらないであろう。


「翔悟の気持ちは分かるよ。大好きな細川を守りたかったんだよな。でも暴力はダメ絶対」


「べ、別に俺はそういう意味でやったんじゃ━━」


「そんな事はどうでもいい。次に細川、お前だ」


翔悟が項垂れるのが見えたが俺は翔悟の言葉を無視して細川へと視線を向けた。


「どうしてお前はあんな余計な事をしたんだ。確かに俺を助ける為の善意だったのは認める。それでもお前があんな事をしなきゃもっと簡単に事が片付いていたんだ」


「え、あ、はい……。ごめんなさい……」


「いいか。どうして俺がお前等に対してこんなに怒っているのか。そもそもな━━」


この後、数十分間にわたって俺は翔悟と細川に説教をし続けた。


そんな中でもこれ以上なにか事件が起きずに文化祭一日目が終わる事を祈っている俺もいた。そしてあの逃げた男達がなにも悪さをしないことを願う事しか出来ていなかった。




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