28 前編 (拓真)
文化祭。
それは学生生活の中での一大イベント。自分達で作り上げた友情という名の祭り。その集大成の中で更なる友情が芽生える。
中にはその感情を通り越し愛へと目覚める男女もいる。それはひと時の幻影なのかもしれない。だが、その気持ちが本物だという事もたしかなのだ。
そんな事を考えている俺は今、文化祭が始まった校舎内にいます。学生だけではなく外からの来客もいるのでいつも以上に校内は賑やかになっている。
呼び込みをしている生徒の声、文化祭の雰囲気を楽しみ笑っている来客達の声。そして俺は右腕に文化祭実行委員の腕章をつけ
「あ、すみませーん。混雑しているので足元注意してくださーい」
はい、仕事をしています。
文化祭一日目の俺の仕事の殆どは会場の見回り。はっきり言ってやりたくはないが、誰もが楽しむ為にはこういう仕事をやる奴も必要だと理解している。それに流れでなってしまったとはいえ俺は文化祭実行委員だ。与えられた仕事をこなすのは当たり前だ。
だけど本当はもっと文化祭を楽しみたい……。だけど実行委員の仕事がなくなればクラスの仕事をやらなくてはいけない。イケメン喫茶なんてやりたくない……。
どうせ神沢の独壇場だ。そしてその他のボーイは完全に噛ませ犬に成り果てるであろう。そんな仕事をやるくらいならまだ見回りをしている方が良いと言っても過言ではない。
と言っても見回りなんてただの雑用だ。実行委員という腕章を見つけた生徒達はこぞってお客の列を直してくれとお願いしてくる。それが今の俺だ。
結局のところどっちもどっちという事になりますね。あー早く文化祭見て周りたい。
そんな願いを天へと飛ばしながら俺は仕事をこなす。その時
ブーッブーッ
ポケットに入っている携帯が震えだした。俺は自分のポケットへと手を突っ込み携帯を取り出す。そして画面を見ると着信の文字。そしてその下には
一之瀬 夏蓮。
どうして一之瀬から電話がかかってくるんだ。確かアイツはクラスの仕事をやっているはず。
俺は疑問に思いながらも電話に出た。
「はい、もしもし。こちら小枝樹」
「ちょっと、貴方はどこの軍人よ」
「いやいや。軍事じゃないから。つか、どうしたんだよ?」
くだらないやり取りをした後、俺は一之瀬へと問う。
「そっちの調子を聞こうと思って連絡してみたわ。それで見回りはどう?」
「あーろくに見回りなんて出来てないな。来客者が多いせいか混み合ってる。つかうちの学際ってこんなに来るものだったか?」
現状を一之瀬に伝え、俺は自分の気になっていた質問を一之瀬へと言った。
「何故こんなにも来客者が多いのかは謎のままよ。きっと誰もが浮かべている疑問だと思うわ」
「一之瀬でもわからないか……。というか、そっちの調子はどうなんだよ?」
俺の疑問は解決されなかった。去年の文化祭もこのくらい来ていたのかと更なる疑問がよぎる。だがその疑問は解決されず、俺の一之瀬へとクラスの状況を聞いた。
「こっちは上々よ。神沢くんのお陰で大盛況だわ。でも、女の子のお客さんしか全然来ていないと言うのが今の現状ね」
やはり俺の予想は当たっていた。想像するに完全に神沢の独壇場だ。他のボーイが不憫でしかたがない。と言っても、明日の二日目は俺も参戦しなくてはいけないのだが……。
そんな一之瀬の言葉に乾いた笑いで返答していると目の前に絡まれている一人の女の子を見つけた。
身長は牧下くらい小さくて桃色の髪の毛。高校生であの身長の小ささは牧下くらいだと思うので、普通に小学生だと思った。きっと兄だか姉だかがこの学校に在籍しているのだろう。せっかく楽しい祭りなのに年上の男性に絡まれたらトラウマものだ。
俺は電話を耳に当てながらその少女へと近づいていった。そして真実に気が付く。
「悪い一之瀬。一般人がエネミーに絡まれてる。これからエネミーの排除……もとい、一般人の救出を試みる」
「ちょっと小枝樹くん。いったい貴方は何を言っているの?」
何を言っている? 俺は目の前に現れた敵を掃討しようとしているのだよ。ここで逃げたら被害が広がる。ここで俺が戦わなきゃ犠牲者が増えるんだ。だから、俺は戦うんだよ。
「なぁ一之瀬、俺この戦いが終わったらクレープ食べに行くんだ……」
「ちょ、小枝樹くんっ!? どうしていきなり死亡フラグ━━」
俺は一之瀬の言葉を最後まで聞かずに電話を切った。そしてエネミーの場所へと行く。戦闘準備は整っているいつでも来いっ!!
「あの、すみません」
「あー? なんだよ」
俺はエネミーに絡まれている男性二人に話し掛けた。するといきなり睨んでくる男性達。そりゃそうだろうね。ナンパしてるのに話し掛けられたら嫌な気分になってしまいますよね。
だけど俺はこの人達を救いたいんだ。
「あのですね。単刀直入に言いますけど、死にたくなければ逃げてください」
「はぁ? お前喧嘩でも売ってんの?」
あれ? おかしいな。何だか男性は俺が喧嘩を売っているように見えているぞ? でも俺は助けたいだけで、このまま事が進めば完全にこの男性二人は八つ裂きにされる。それだけは阻止せねば。
「僕の言い方が間違っていましたね。貴方達は今、とてつもない化け物に話し掛けているんですよ? いいですか、この世界には羊の皮を被った狼が存在するんです。見た目に騙されないでください。なので、早く逃げてください」
「お前、なに言ってんの?」
どうして伝わらないんですかね。早く逃げてもらわないとこの場所で惨劇が繰り広げられてしまいますよ。その時だった。
ガシッ
万力のような力で俺の腕を掴むエネミー。その時点で逃げる事が困難になってしまったのだと俺は悟った。そしてエネミーの方へとゆっくり振り返る。
「おい。私のようなか弱い女性を助けずにどうして野獣のような汚いゴミクズをお前は助けようとしてるんだ、拓真」
「そ、それですよ。この暴力行為がおこなわれる前に俺は実行委員として来場者を守る義務があるんです。春桜さん」
「ほう、そうか。ならば貴様は公開処刑だ」
ボフッ
鈍い音が響き、腹部に痛みが奔る。それは春桜さんのボディーブローを受けている証です。本当に暴力的なお姉さんだ……。
「がはっ!」
その攻撃をくらい俺はその場で蹲る。そしてそんな俺の姿を見た男性二人は怯えながらそそくさと逃げてしまった。だが惨劇は終わらない。
「私は羊の皮を被った狼なのだろう? 私は化け物なのだろう? ならば貴様は差し詰め勇者や狩人か。ならば今の私を止める事など造作でもないよな?」
俺の事を見下しながら悪魔のような微笑を見せる春桜さん。この時点で俺は思った。
俺には出来る事と出来ない事がある。そして俺は勇者でも狩人でもない。ということで俺はここで処刑されます。
ってされてたまるかっ!! 俺だってまだまだ生きていたいよ。やりたいこと沢山あるよ。だからこそ俺はこのエネミーを止めるしかない。
「本当にすみませんでしたあああああああああ」
土下座。
日本が古来より用いる最大級の謝罪のやり方。それのせいでひと時社会が混乱していたようなニュースを見たことがある。土下座の強要。でも今の俺は自らの意思で土下座をしている。こんな大衆の面前だ。春桜さんだって俺の今の姿を見たら「そこまでしなくていい」くらい言ってくれるだろう。
「ほう。土下座か。いい心がけだ。自分の命が惜しいあまりに自ら額を地べたへと擦りつかせるか。貴様のような矮小な存在にはお似合いの格好だな」
どうしてこの人は喜んじゃってるのかな? 目の前で人が土下座してるんだよ? ここは江戸時代とかじゃないんだよ? 近代化が進んだジャパンなんだよ?
おかしいよね。おかしいよねええええええっ!!
「まぁ、そんな冗談は置いておいて早く立て、拓真」
………………。
もう、俺はこの人の感覚についていけないよ……。冗談に見えなかったよ……。本気で殺られると思ったよ……。グスンッ
「はぁ……。それでどうしてうちの文化祭に来てるんですか?」
俺は嘆息し今の現状を受け入れる。久しぶりに出ましたよ俺のスキル『諦める』が。まぁこの人相手だと殆どスキル発動しっぱなしなんですけどね。
「妹の文化祭に姉の私が来てはいけないのか? それも貴様になにかやましい事でもあるというのか?」
「やましい事なんて何もありません。ただ春桜さんは来るようなタイプに思えなかっただけです。菊冬ならまだしも春桜さんが文化祭って……」
ここで説明を入れておくが、俺の目の前にいるロリ……、もとい女性は一之瀬 夏蓮の姉の一之瀬 春桜である。小さな見た目からは想像もつかないが成人者である。
そして一之瀬財閥の娘なだけあって日本で一番頭の良い大学に通っている。というかこの人は一之瀬が言っているような凡人ではない。あくまでも俺の勘だが天才と似ているものを持っている人間だと思う。
だが一之瀬が嘘を言っているようには思えないし。だからこの人は特殊な人間でいいや。
脳内説明はこの辺で終りにして話を戻しましょう。
「なにを言っている。菊冬も文化祭に来ているぞ」
「菊冬も来てる? ならその菊冬はいったいどこに居るんですか?」
俺は辺りを見渡しながら菊冬を探す。確かに混みあってはいるが菊冬の姿を俺は確認できなった。すると春桜さんは真顔で答えた。
「あー菊冬なら逸れてしまったな。まぁあの子も子供ではない。きっとどこかで文化祭を楽しんでいるだろう」
菊冬と逸れた……? そんな大事な事をこの人はなにさらっと言ってんだ。菊冬がいなくなったんだぞ? 心配じゃないのか? どこかで楽しんでる? どこかで絡まれてるの間違いだろう。
「あの春桜さん。俺はこれから菊冬の捜索をしたいと思うので失礼させていただきます」
そう言い俺は深々と頭を下げた。
「何を言っている。菊冬は大丈夫だと言っているだろう。それに菊冬は一人にさせておけないのに、私は一人になっても大丈夫と言いたいのか?」
「はい。春桜さんは一人でも逞しく生きていける人間です。だけど菊冬は違う。菊冬はとても一人じゃ生きていけないほど、か弱い人間です」
「ほう。お前はもう一度、地べたにその額を擦り付けたいみたいだな」
怒りの表所を見せる春桜さん。だがその怒りは誤解だ。俺は真剣に菊冬を探しに行かなきゃいけないと思ってる。まぁ春桜さんが一人でも大丈夫というのは少し笑いを狙ったが……。だが、今問題視しなきゃいけないのはそこじゃない。
「何を言ってるんですか春桜さんっ! 俺は文化祭実行委員です。迷子になったか弱い少女を探すのは俺の義務です。なので、止めないでください」
「よし、私は決めたぞ。これはもう決定事項だ。今から貴様を屠る」
その瞬間、俺は春桜さんの姿が消えるように見えた。そして
「あだだだだだだだだだだだっ!!」
公衆の面前でキャメルクラッチを食らっています。
というかもげる。上半身と下半身が引き離されてしまうよっ!! マジで痛い。マジで痛いからああああああああっ!!
「どうだ拓真。私の事を二回も侮辱するとこうなるのだ。お前の事は認めている。だが、目上の者に対する礼儀というものは身体で教えないとなっ!」
パキッ
あれ。何か嫌な音が腰あたりから聞こえたぞ。なんだろうな。人間にとって大事な骨が他界してしまったような音は。こんな事を考えられる頭は残っているのに、痛みに耐え切れない俺は意識を失う羽目になった。
そして俺は誓った。もう目上の人を見た目でバカにしたりしない。それに女の子は皆か弱いんだ。だからどんに強そうに見えても守ってあげなきゃいけないんだな。
こうして俺の意識は失われた。
数分間の間、俺はリアルに気を失っていたらしい。目覚めて見れば本気で謝ってくる春桜さんの姿があった。
まぁ別に慣れていますけどね。俺はこんな風に貴女の妹さんに暴力を何度も振るわれていますけどね。本当に姉妹というのは似すぎて怖い……。
何はともあれ今の俺は見回りの仕事を再開しています。まぁ隣には春桜さんがいるんですが。
「あの春桜さん。早く菊冬を探したほうが良いんじゃないんですか?」
「さっきも言ったが菊冬は大丈夫だ。というか夏蓮のところに今頃いるだろう」
春桜さんの言葉を聞いて安心した。一之瀬の所にいるなら大丈夫だ。つか、それは先に言って欲しかった。もしもその情報があったのなら、俺は腰を折られずに済んだのだから。
そんな会話をしているうちに、俺は校舎内ではなく中庭のほうを見回っていた。
「というかどうして春桜さんは俺について来るんですか? 今の俺、すげー忙しいんですけど」
「まぁそんな堅い事を言うな。貴様の仕事を邪魔しようとは思ってない。貴様といれば飽きずに文化祭を回れると思ったのだ」
笑いながら言う春桜さん。だが、この人も一之瀬同様に嘘をつくのが下手なようだ。
「そんな事言って本当は俺と一緒にいたんでしょ? とか冗談を言うのはやめて、何が聞きたいんですか」
見回りの仕事をしている俺は辺りを見渡しながら春桜さんを見ずに言う。だからこそ春桜さんの表情は分からなかった。
「ははは。貴様の噂は本当だったみたいだな。そこまで分かってしまうものなのか」
俺の噂……? いったい春桜さんは何を聞いたんだ。
その言葉を聞いて俺は春桜さんの方へと目線を動かした。そして
「拓真、お前は天才だったのだな」
やっぱりその話か。まぁあれだけ学校で大騒ぎしたんだ。一之瀬財閥の人間ならそんな情報を入手するのに苦労はしないだろう。
「そうですよ。俺は一之瀬と同じ天才です」
「夏蓮と同じ、か……」
意味深長な雰囲気で言う春桜さん。だけど今の俺はそんな春桜さんの雰囲気に気がつかなかった。少しだけ動揺しているのかもしれない。噂に聞いたと春桜さんは言っているが、その情報を春桜さんへと届けたのは、きっと後藤だ。
でも待てよ。後藤は初めから俺が天才だと調べ上げていた。なのに春桜さんは噂という言葉を使った。そしてその真実を確かめに俺の所まで来た雰囲気さえある。
だとすればもしも後藤が伝えたとしても、学校で起こった事をそのまま伝えている事になる。そして後藤は自分も知らなかった事にしているはずだ。どうして、そんな事をする必要があるんだ。
確かに俺は天才だけど、後藤が何を考えているのか全く分からない……。だからこそ、少しばかり恐怖を感じている。
そんな俺の思考は春桜さんの言葉でどこかへと消えてしまう事になる。
「貴様は……。拓真は夏蓮とは違うよ」
多くの人達が笑顔で楽しんでいる中で、春桜さんの表情はとても悲しそうだった。そして何でなのか分からないが、今の春桜さんは救いを求めているような気がしたんだ。
「俺が、一之瀬とは違う……? 何言ってるんですか。俺はアイツと同じ天才ですよ? 確かに俺なんかよりも一之瀬が優れているのは認めます。春桜さんが言いたいのは、俺が一之瀬より劣っている天才だって事ですか?」
「違うよ。優れている劣っているで言うのであれば、夏蓮よりも拓真のほうが優れている。それは姉である私が嫌になるくらい分かってしまっているのだ」
俺が一之瀬よりも優れてる……? いったい春桜さんは何を言っているんだ。一之瀬が俺よりも劣っているわけが無い。だってアイツは俺なんかよりも凄い奴で、俺なんかよりも他人の笑顔を作れている。
そんな一之瀬よりも俺が優れているわけが無いんだ。
「すみません。冗談とかじゃなくて、それは俺を過大評価しすぎです。俺はそんなに優れてない。目の前の奴等を救うのに精一杯のダメな天才ですよ」
自分で言っていて嫌になってしまうが、それでもこれが現実だ。ソレを受け止めて俺はもっと沢山の人を救えるヒーローになるんだ。
すると、春桜さんは真剣な表情で
「拓真が自分で自分をどう評価しているのか私には分からない。だけどな拓真の中での夏蓮の評価が間違っている事だけは分かる」
真剣な表情で少しだけ俺を睨む春桜さん。本当に今の祭りの雰囲気とは正反対の表情で、そして他人からみたら小さな子に睨まれている俺。だけど今の俺はそんな春桜さんの言葉に耳を傾けた。
「今この場所には沢山の人がいる。そして楽しい雰囲気で皆、嬉しそうだ。そんな中、今の私達は浮いている。特殊な存在だ。この場の雰囲気に呑まれず、自分達の存在を認識し今一番正しい事をやっている。だがおかしいとは思わないか。こんなにも正反対な私達なのに回りの人間は誰一人として気がつかない」
春桜さんの言葉を聞いて辺りを見渡す。そして俺が見た光景は
楽しそうに歩いている人達。嬉しそうに祭りを盛り上げている生徒。この場所にはマイナスな感情なんて有りはしなくて、プラスの感情だけが渦巻いている。
笑顔、笑い声、はずむ身体。どれもこれも今の文化祭という現状が生み出した幸せの形だ。それが間違っているなんて思わない。間違っているのは今の俺と春桜さんだ。
こんなにも周りの人間へ視線を送っているのに、誰も俺に気がつかない。どうしてだ。どうしてこんなにもこの場所で異質な俺等に皆は気がつかないんだ。そして
「その顔から察するに貴様も分かったようだな。他人とはその場に有る異質に中々気がつけないんだ。その異質が正反対になればなるほど、人は気がつかない」
春桜さんの言葉で完全に認識した。ここにいる人達は今の俺らの異質さに気がついていない。だけど、それ自体がおかしい。人はおかしな状況に敏感なはずだ。
「待ってください春桜さん。その結果にいたるのには早計過ぎます。だって、人は目の前に有るおかしな現状に敏感だ。大衆と違う事をしている存在を人はすぐに気がつく。だから、春桜さんの答えは間違ってると思います」
「本当にそう思うのか?」
表情を変えず俺を睨んでいるような顔で言う春桜さん。その言葉にはまだ俺が理解仕切れていないと言っているように感じた。だから俺は春桜さんの言葉を待ち、口を噤む。
「確かに拓真が言っている事は間違っていない。人は違うモノに敏感でソレを遠ざける。だけ貴様の言っているソレは異質ではなく異常だ。受け入れがたい事象を起こすモノは異常であって異質ではない。だからこそ今の私達の異質さに誰も気がつかないんだ」
俺が言っていたモノは異常なモノで、春桜さんの言う異質ではない。頭の中で整理をしようとしているが間に合っていない俺は、春桜さんの言葉を待つしか出来ない。
「今の私達は文化祭を楽しんでいる者と然程変わらない。それはどういう意味か。他人から見た今の私達は普通に文化祭に来ている人間とそれを案内している生徒に過ぎないからだ。拓真にはそんな奴等が異常に見えるのか? 私には見えないな。それに異常というものを体現したいのであれば、今すぐ服を脱いでファイヤーダンスでも踊ればいい」
そう言う春桜さんの表情が少しだけ和らいだ。悪戯な笑みを見せ俺をバカにしている。だが今の俺の頭にある疑問は何も解決されていない。
だからこそ俺は春桜さんに真剣な表情で聞き返す。
「春桜さんの言いたい事は何となく分かりました。でも、その話と一之瀬の事って何が関係してるんですか?」
そうだ。春桜さんは俺に一之瀬の事を聞きたいと思っているんだ。なのに急に話しが脱線し今に至る。そしてこの話の内容が何か意味のあるものだと俺は思えなかった。
「そうだな。遠まわしな言い方はこのくらいにしておいて本題に戻ろう。拓真、貴様だけは夏蓮に気がついてやって欲しい。拓真だけが今の夏蓮の拠り所なんだ」
再び真剣な表情になる春桜さん。だけど先ほどとは全然違った表情。他人に何かを託すような、そんな表情に俺は見えた。
だけど春桜さんの言っている事は間違っている。一之瀬の拠り所が俺だけなんてありえない。今の一之瀬は沢山の友達がいて居場所だってある。前みたいに一之瀬は独りなんかじゃない。
「すみません春桜さん。きっと一之瀬は俺じゃなくても心を落ち着かせられて本来の自分でいられていますよ。それに多分だけど俺じゃない方が一之瀬的にも楽だと思うんですよね。だからそんなに心配しなくても大丈夫だと思います。今だってクラスの連中と楽しく喫茶店やってますよ」
そうだよ。一之瀬には皆がいる。俺じゃなくてもいいんだ……。いや、俺じゃない方がいいんだ……。どうしてこんな風に俺は思ってしまうんだろう……。
「拓真。やはり貴様は何も分かっていない」
「何が分かってないんですか。俺はちゃんと理解してる。一之瀬は本当にもう独りじゃないんですよ」
「ならば貴様に問う。貴様は心を許せる友人や楽しく笑い会える友人と共に過ごしている中で、ふと自身を客観視したとき孤独を感じた事はないか」
少し早口で、だけど正確に言葉を紡ぐ春桜さん。そしてその言葉を聞いて俺は思いだした。あの夏の日の花火を。
春桜さんに今の一之瀬を見せるって言って皆に花火をしてくれと頼んだ。そんな皆の姿を俺は春桜さんと見て、その場所に俺がいないのだと理解した。
それは自分が天才だから、ずっとあの場所にはいられないと思っていて、でも凄く寂しい孤独を感じていた。
だけど一之瀬は違う。アイツは初めから天才で、その状況の中で認められたんだ。友達になって楽しい事をして笑いあって……。アイツは嫌われている俺なんかとは違う。皆がいなきゃクラスの奴等とも仲良くなんて出来ないって思ってた。自分の力だけじゃ何も変えられないって思った。
一之瀬はもう大丈夫なんだよ……。
「一之瀬は笑ってる……。一之瀬は楽しんでる……。一之瀬は━━」
「いい加減、言い訳を並べるのはやめろ拓真っ!!」
怒号が響いた。その瞬間、俺と春桜さんは異質から異常へと変わり、その場にいた数人の人達が俺等の方へと視線を動かす。
そんな状況になっていると分かっていながらも、春桜さんは言葉を紡ぎ続ける。
「貴様は天才なのだろうっ!? 貴様は凡人なのだろうっ!? ならば自分の思考に出てきている答えを否定するなっ! 天才にも凡人にも出来るのは信じる事だけだろう。夏蓮だから大丈夫なんて無いんだよ……。当事者以外の言うもう大丈夫なんてただの妄想でしかないんだ」
俺は何か間違いをしたのか? どこかで安心しきっていたのか? 一之瀬は特別なんだって、俺は思っていたのか……?
何度も何度も見てきたじゃないか。一之瀬は普通の女の子だって。だけど、春桜さんの言葉を素直に受け入れられない……。
「すまないな拓真。大声を出してしまった事は謝る。そして分かったよ。今の貴様にはまだ考える時間が必要なのだと。でもな拓真、私はそんな貴様に夏蓮を託したのだ。だから焦る事はない。ただ、夏蓮を見失わないで欲しいだけだ。そして自分の気持ちに素直になって欲しい。それが、夏蓮を救う事に繋がる」
俺の顔を見上げながら俺の肩へと手を乗せる春桜さん。その表情はとても優しくて、本当に自分の姉だと勘違いしてしまうくらいだった。こんなお姉さんをもった一之瀬が羨ましいよ。
見た目は誰よりも小さいくせにその実、誰よりも大きい。俺が覚えておかなきゃいけない事は、一之瀬を見失わない事、それと自分の気持ちに素直になる事。
春桜さんの言っている言葉の意味を全然理解できていない。だけど、いずれ分かる時がくるのだと何となく思った。
「よし。後は一人で回るとするよ。ここに私達がいると他人の目が気になってしまうからな。それに楽しい気分を壊したくは無い。拓真も実行委員の仕事頑張れよ。でわ、またな」
そう言うと春桜さんは人混みの中へと消えていった。