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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第六部 二学期 文化祭ノ夜ニ
80/134

27 後編 (拓真)

 

 

 

 

 

 文化祭の準備をしている最中、脚立から落ちた女子生徒を助けて、自分が怪我をしてしまっている俺。


そんな俺は今、保健室にいます。


消毒液の匂いと綺麗に片付けられている室内。ベッドのシーツの白やカーテンの白で清潔感がある空間。白衣を着た年上美人お姉様に看護されると男子高校生は妄想するであろう。


だが、俺はけしてそんな邪な妄想はしません。いたって俺は健全です。いや、健全な男子なら妄想するのか? まぁ今はそんな事どうでもいいですね。


要するにあれですよ。俺が言いたい事は


どうして保険医がいないんだあああああああああああああっ!!!! 何ですかこの仕打ちはっ!! 足を痛めながらも健気に引き摺りながら一人で頑張って来たのに、どうして誰もいないんですかっ!?


完全に神様に見放されてるよねっ!? 寧ろもう神様は俺のこと嫌いだよねっ!? あぁ、学校中の生徒には嫌われるわ怪我はするわで、本当についてない……。俺ってかわいそう……。


まぁいいか……。とりあえず手当てしよう。


そう思った俺は徐に歩き出し、湿布を探し始めた。だが、どこを探しても湿布が見つからない。色々な場所を捜索してはいるが見つかる気配すらない。


そして俺は諦めた。このまま保険医が戻ってくるまで待とう。そう思い俺はベッドへと腰を下ろした。


静かな空間。手を置けば綺麗に敷かれたシーツ。そのシーツの触り心地が良くて、このまま横になって眠ってしまいたいという怠惰な思考に苛まれた。そして俺は自分の欲のままベッドに身体を預ける。


布団を足だけにかけて横になり天井を見渡し、俺は一息ついた。そして考える、本当にこれでよかったのかと。


脚立から落ちる女子を助けて俺が怪我をして、きっとクラスの連中は自業自得とか思ってんだろうな。確かに怪我をしたのは自業自得なんだが……。だけど、助けた子が何か言われるのは嫌だな。


それにもしかしたらレイが怒ってるかもしれないし……。


「はぁ……」


深く溜め息を吐き、自分の仕出かしてしまった事を後悔した。それでも俺が軽く怪我をしただけで済んだのは不幸中の幸いだ。それにあの場で何もしなかったら、俺は俺が許せなかったって思う。


誰にも傷ついて欲しくない。それは物理的にも精神的にも。でも俺に誰かの心を救う事は出来ない。だったら目の前で物理的に苦しみそうな人を俺は助ける。それはどんな手段を使っても。


まぁ手段なんて自分を犠牲にする事くらいしか思いつかないんですけどね。他人はきっと自己犠牲を否定し偽善と言うだろう。


たぶん俺だって俺みたいな奴を見たら偽善者って思っちまうかもしれないしな。だから、そんな風に思われてもしょうがない事だ。それでも俺は自分を曲げない。


助けられっぱなしは嫌だから、俺も助けたい。そして本物のヒーローになりたい。子供の頃に描いた夢を俺はもう一度求めたい。


それはきっと自分のわがままを他者に押し付ける事で、俺が尤も嫌いな事。だけど幼少期の俺はそれに気が付かないでレイを傷つけた。だから俺は天才をやめたいって思った。


自分の中にある全ての可能性を封印して凡人になった。でもそうしたら次は雪菜を苦しめた。本当に俺が選ぶ道はいつもいつも誰かを傷つけ苦しめる。


本当はそんなものなんて見たくないのに、本当は自分の力で皆を救いたいのに……。


でもこんな風になってしまったからこそ気づけたものがあった。それは、誰もが自分の中に苦しみを抱えていて簡単には他人に吐露できない。そして苦しみが強すぎて殆どの人はその苦しみから解放されたくて、全てを忘れようとする。


そんな事なんてなかったんだって自分に言い聞かせて、新しい自分になって新しい道を歩いていく。それが間違ってるなんて俺は思わない。だけど


こんな俺の前に現れた人達はその苦しみを忘れようとしない人で、そんなあいつ等に俺は沢山助けてもあったんだ。


傍から見たら楽しそうに生きている奴等。でもそんなあいつ等はずっと誰かに助けて欲しいって願っていたんだ。そんな欠片を見て、俺はまた手をさし伸ばした。雪菜を助けた時のように。


皆は俺に言う。「お前のおかげ」だと。でも俺はたいした事なんてしてない。だが、それはきっとあいつ等も俺に言うんだろうな。俺がお前等のおかげだなんて言っても、たいした事してないって笑いながら言うんだろうな。


きっと人は誰かを助けたとき、助けたいと思ったとき、なにか利益を考えてなんていないんじゃないんだろうか。自分が特別とかそんなんじゃなくて、ただ大切な人を助けたいって思うんじゃないんだろうか。


そんな事を考えている天才で凡人な俺は今の自分が正しかったのか深く思考した。その時


ガラガラッ


保健室の扉が開かれる音。その音を聞いてやっと保険医が帰ってきたのだと思い俺はベッドから起き上がる。


「やっと戻ってきた。先生、足怪我したんだけど湿布ってどこにあんの? ってアン子かよ……」


俺が求めていた保険医ではなく。僕の幼馴染みたいな存在で美しい数学教師の如月 杏子先生が目の前にいました。


いやいや、俺のモノローグが何かワザとらしいって……。本心ですよ、本心です。うん、本心って言ってるんだからもう触れないでよっ!!


「何やら私の事をワザとらしく良いように思っているみたいだが、そんな事で私の態度は変わらんぞ?」


おかしいな……。どうして俺の思考が完全に読まれているんですかね。もしかしてアン子は……、エスパーなのかっ!?


という意味不明な冗談はもうやめましょう。


「いやいやアン子、俺はそんな事思ってないから。つか、湿布のある場所わかるか? わかるなら教えて欲しいんだが」


「湿布か? わかった今出すから拓真は座っていろ」


そう言いながら湿布をすぐに取り出すアン子。流石教師といった所か。そしてアン子は俺の脚を手当てを始めた。


「おい拓真。次はいったい何をやらかしたんだ?」


「やらかしたって、俺が悪い子みたいな発言は控えてもらいたい。いたって俺は健全だ。悪い事なんてしていない」


「ははは。分かってるよ。でもお前は少し前に大変な問題を起こして一週間の停学にもなってる。教師として普通な台詞だったと私は思うぞ?」


軽く笑いながら俺に言ってくるアン子の発言は尤もだった。確かに俺は少し前に問題を起こして停学になっている。まぁあれね、レイと喧嘩したやつね。


その事実があるからこそ教師としての職務をこなしている。だからこそ普通なのかもしれない。だが、そんな言葉は形上で本気で言っているわけではないようだった。


「それで、どうして怪我をしたんだ?」


だが次に言葉を発したときのアン子の表情は真剣なもので、その顔を見た俺はちゃんと答えなきゃいけないのだと理解した。


「さっき文化祭の準備をクラスでしてた。そしたら脚立の上で作業してた女子が落ちそうになってたんだ。つか普通に落ちてた。だから俺は落ちて怪我をしないように下敷きになった。そしたら俺が怪我をした。ミイラ取りがミイラって言いたいなら言ってくれ」


「それじゃまるで、ミイラ取りがミイラじゃないか」


この野郎……。本当に言いやがった……。確かに俺が言ってくれとは言ったが本当に言うなんて大人気なさ過ぎる。


「まぁそんな事はどうでもいいんだが。本題はどうしてお前がそこまでやったのかだ」


冗談を交えながら話すも、きっちりと聞きたい事を聞いてくるアン子。そんなアン子に俺は


「助けたいって思ったからだ。文化祭前に怪我なんてしたら本気で本番を楽しめないだろう? だから俺は助けた。それじゃ駄目なのか?」


純粋な気持ち。これが今の俺なんだ。本気でそう思ったから勝手に体が動いたんだ。


すると、俺の脚に湿布を張り終えたアン子が言う。


「別に悪い事ではない。ただ、お前がそこまでやる必要があるのかと聞いているんだ」


「あるよ。人にはさ役割ってもんがあるって思うんだ。そしてあの場で助けられたのは俺だけだった。誰よりも早く動けて、誰よりも早く気づけた。だから俺がやった。その行動を必要ないなんてアン子にも俺は言わせない」


立ち上がったアン子を俺はベッドに座りながら見上げ言った。少しだけ睨みつけながら。


「その意見は尤もだ。確かに拓真が動いた事によって最小限の事態で済んでいる。だがな、これ以上は無理をさせられない。お前の仕事量から考えてこれ以上は担任の私が止めさせてもらう。クラスの仕事だけじゃなく実行委員会での仕事も押し付けられているんだろ」


俺が今日までさせられてきた仕事を教師のアン子には全てが見えているようだった。だけど今の俺もここで引くわけにはいかない。


「悪いなアン子。それは無理な話だ」


そう言いながら俺はベッドから立ち上がる。そして保健室を出る為に扉へと歩み始める。痛めた足を引き摺りながら。


「お前が無理かどうかなんて今はどうでも良い話しなんだ。私は教師として担任として怪我をしている生徒を止める義務がある。お前なら分かるだろ。これが大人の事情だ」


扉の前に立ち、まるで門番をしているように仁王立ちするアン子。そんなアン子のせいで俺の歩みは止まる。痛みを和らげる為、体重を片方の足に乗せながら俺はアン子を見つめた。そして


「大人の事情は分かる。それに、高校生なんていう中途半端な年齢で言うのもなんだけど、こっちにも子供の事情があるんだよ」


真剣な表情で俺はアン子を見つめながら言った。その言葉にアン子は何も言い返してこない。だからこそ俺はここでアン子を説得しなきゃいけない。


「俺には戻る理由がある。それは俺が実行委員だからだ。クラスには一之瀬がいるから安心かもしれないけど、俺がいなきゃ出来ない事だってある」


「どうしてお前はそこまで無理をする……? お前の事を心配してくれる奴だっているんだぞ……? お前が怪我をして悲しんでいる奴だっているんだぞ……? なのに何でお前はそいつ等の気持ちを考えないんだ」


アン子が言っているそいつ等、それは俺の事を大切だと思ってくれている奴等の事だ。


雪菜にレイ、牧下に神沢、佐々路に崎本。それに一之瀬。


分かってる。分かってるよアン子。お前が言いたい事は分かってる。だから今の俺をアン子にも教えてやらなきゃな。


俺は少し微笑みながら口を開いた。


「気持ちを考えてないんじゃない。分かってるからこそ俺は自分勝手にできるんだ。あいつ等なら絶対に俺を心配してくれる。あいつ等なら絶対に俺を助けてくれる。あいつ等なら……、絶対に俺の傍に居てくれる」


アン子を強く見つめた。


「だから今の俺は無茶できるんだ。そして最後に皆に俺は言われるんだよ。「どうして無茶な事ばっかするんだ」って……。だけど、その時の皆は笑ってて、こんな俺の事をちゃんと見てくれる。だから俺は自分でいられる。もう、俺は独りなんかじゃないから」


そうだ。俺はもう独りじゃない。かけがえのない友達がいる。俺の事を本気で心配してくれる仲間がいる。天才だろうが凡人だろうが等身大の小枝樹 拓真を見てくれる奴等が俺にはいるんだ。


だから怖くない。


「それにさ、俺の怪我は数日で治るけど今年の文化祭は今だけのものだろ? そんな大切な祭りの前に誰かが大怪我なんてしたら台無しになっちまう」


これが俺の意思だ。


「ほら、俺ってバカだろ? 助けたいとかヒーローになりたいとか口では良いように言ってるけどさ……。ただ、俺にはこんな事くらいですか皆に償えないんだ……」


「拓真……」


「すげー酷い事したって思ってる。最低な事をしたって思ってる。許されない事だって分かってる。許して貰いたいって思ってるわけじゃない。でも、償いだけはしなきゃいけない。俺は皆に笑っていてもらいたいんだ……。ただ、それだけなんだ……」


これは完全に自己犠牲だ。そんな風に思う奴もいると思うし、それだが駄目だと言って来る奴もいるだろう。でも今の俺には信じられる仲間がいる。俺の事をずっと見てくれて傍に居てくれる友達がいる。


だから俺は強くなれるんだ。


「それがお前の気持ちなのか」


真剣な表情で俺の事を見ながら、再び真意を問うアン子。そんなアン子の顔を俺も真剣に見つめなおして言う。


「あぁ。これが俺の気持ちだ。だからそこを退いてくれアン子。足の痛みなんかよりも、皆が笑ってられない現実の方が何十倍も痛いんだ」


これでアン子が引いてくれなかったら俺にはもう何も出来ない。おとなしく保健室で横になっているしかない。その時


「そうか。それが拓真の気持ちなんだな。……そうらしいぞ、お前等」


廊下のほうを見ながら言うアン子。そして保健室の扉がアン子によって開かれる。


そこには、クラスの連中が俯きながら立っていて、その現状を把握するのに俺は少し時間がかかった。


どうして皆がここにいるんだ……? ここにいたって事は俺とアン子の話を聞いていた……? いや確実に聞いているはずだ。そうじゃなきゃアン子が『そうらしいぞ、お前等』なんて言葉を言うはずがない。


だとすれば完全に俺はアン子の誘導尋問にはまったって事か? でもアン子の質問には違和感がなかった。それどころか、本気で俺の真意を知りたいと思っていた。だとすればアン子な何かをしたわけじゃない。


なら誰が……?


そんな考えを浮かべていると廊下に立っているクラスの男子が口を開いた。


「ごめん……、小枝樹」


いきなりの謝罪。今の状況を完全に呑み込めていない俺にとっては何の事なのか全然わからない。すると、その男子だけではく他の女子や男子も口を開いた。


「俺らずっと小枝樹に甘えてたのかもしれない……」


「小枝樹が天才で、酷い事言って私達を馬鹿にして……。だけど小枝樹が良い奴だって前から知ってたのに……」


なんだよ。何言い始めてるんだよ。


「私達間違ってた……。小枝樹もうち等のクラスの仲間だよね……」


「ごめん、小枝樹っ!! お前が言ってたように俺らは何も分からない凡人だっ!! クラスの仲間の事も信じられないなんて、凡人以下だ……」


どうしてだよ。何で謝るんだよ。悪いのは俺なのに、俺が全部悪いのに……。


「な、なに言ってんだよ。俺が嫌な事言ったんだ。俺が嫌な態度とったんだ。そんな奴を蔑ろにするのは当たり前だろ? だから謝るなよ」


動揺していた。何を言っていいのかも、何をしていいのかも分からない。ただただ、クラスの奴を見ながら今の気持ちを言う事しか俺には出来なかった。


「謝らせてくれよっ!! 小枝樹が償うって言うんだったら、俺らにも償わせてくれっ!!」


「そうだよっ!! 私達には謝る事しか出来ないかもしれないけど……。今からでも遅くないって小枝樹が言ってくれるなら、私達は小枝樹の力になりたいっ!!」


なんだよ……。俺の力になりたいなんて言われたら、何も償えないじゃんかよ……。でも


「遅くなんてない。遅い事なんて何もない。本番までまだ少し時間がある。今からは皆で頑張ろうぜ」


そう言い俺は笑って見せた。それしか出来ない。だけど、皆は俺の笑顔に応えるように笑い返してくれて、再び教室へと戻っていった。


だが一人の女子だけが残った。それは俺が助けた女子で、何か言いたげな表情で俺を見ていた。そして


「その……、あの……、助けてくれてありがとっ!」


それだけを言うと女子は走り去っていった。そんな彼女の後姿を見ながら俺は再び保健室に入る。


残された俺とアン子。皆は俺の脚を心配して残るように言っていた。だから今の俺に出来る事は少しでも早く足を治すことだ。


そして俺は呟く。


「……ありがとう、か」


嬉しかった。その言葉は俺が存在していてもいいのだと言っているようで、お礼が言いたいのは俺の方だって思った。


俺の事を卑下していたのは俺だったのかもしれない。どんなにあいつ等がいるから大丈夫だと思っていても、本心は普通に怖いって思ってた。だけど俺に出来る償いがこんな事しかなかったから、俺はやるしかなかった。


「本当に、拓真はいい友達に出会ったな」


急に言葉を発するアン子。その言葉はあいつ等の事を言っているようで、俺はアン子の方へと顔を向け何も言わずに頷いた。


「私はずっと後悔していた。拓真とレイの事も、拓真に一之瀬を出会わせた事も……。でも、そんな心配は無用だったようだな」


「昔からアン子は俺等の事を心配してくれてたよな……。歳が離れてたからアン子はいつもお姉さんぶってた。そんなアン子に、きっと俺は甘えてたんだ。アン子が心配するって分かってるのに、いつも無茶なことばかりしてた」


そうだ。俺は昔からアン子に心配ばかりかけていた。無茶苦茶なことをやって困らせて、だけど本当に心配させたくない時は黙って行動してた。雪菜の件の時も、レイの件の時も……。


だからちゃんと言おう。


「確かにあいつ等がいるから俺は無茶できるって思ってる。だけど、今の俺が昔に戻れたのはアン子が俺を見放さなかったからだ。だから、ありがとなアン子」


「……拓真」


本当に俺は自分勝手だ。何もかも分かってるフリをして実際は何も分からない。人の気持ちなんて特に分からないものだ。


触れれば壊れてしまいそうで、だけど何もしなければ離れていく。そんな儚いものが人間関係だって思ってた。そして今は思う。やっぱり俺は自分勝手でいいんだって。だから俺は


「まぁ感動的な話はここまでにしておいて、俺はもう行くよアン子」


「おい行くってどこにだ。クラスの奴等にも休めと言われていただろう」


アン子の横を通り抜け廊下に出ながら俺は言う。そんな俺を静止しようとするアン子。だが


「言われたとおり今日は仕事もしないし無茶もしない。だけら癒しを求めてB棟に行くんだよ。この間一之瀬が鍵を忘れて今は俺が鍵を持ってんだ」


そう言いながら鍵をポケットから取り出しアン子に見せ付けてやった。そんな俺を見て嘆息するアン子。だがそれ以上俺を止めることもせずに見送るアン子。


そして俺は少しだけ痛みがなくなってきた足でB棟へと向かっていった。





 文化祭の時ですらもう殆ど使われないB棟。A棟の賑やかな雰囲気とは一変しやはり静まり返っている空間。


すでに物置のように扱われている教室が殆どで、文化祭の時に使う小物などが置いてある。だからなのか、その小物を取りに来ている生徒達が数人いた。


俺はそんな生徒達を無視しながらB棟三階右端の教室を目指す。足を痛めているせいでいつもよりも歩くスピードが遅い。本当だったらもう着いているのかもしれないのに、未だに俺は二階から三階へと上がる階段を上っていた。


ゆっくりと歩みを進め、階段の一段を上りながら色々と思い出す。


それは走馬灯と言ってもいいのかもしれないほど、はっきりと俺の頭の中に流れる過去の情景。子供の頃の事からつい最近の事まで色々だった。


そんな過去を思い出しながら三階へとたどり着く。廊下を右に曲がって一番奥の教室へと俺は向かった。


窓の外からは夕日が差し込んでいて、普通に綺麗だと感じる。きっとクラスの奴等に許してもらえてなかったらこんなに綺麗には見えなかったかもしれない。


だけど、本当に俺は休んでてもいいのかな? 俺がいなきゃ一之瀬だけに仕事を押し付けてしまう。でも、まぁ一之瀬ならいいか。積年の恨みをここで晴らしてやろう。


一之瀬 夏蓮。


本当に不思議な女だ。見た目が綺麗で人気があって、天才で……。俺なんかとは真逆の存在だ。なのにどうしてか、一之瀬といると落ちつくんだ。


アイツが怒ってるとその理由を聞きたくなって、アイツが泣いてると心配になる。アイツが楽しそうだと嬉しくなって、アイツが笑ってると俺も笑顔になれる。


それが何でだか分からないけど、安心するのは確かな事だ。


B棟三階右端の教室に着き俺は鍵を開け中に入る。そうすると馴染みのなる光景が目に入ってきて、自然と癒されていくのがわかる。


そして思う。一之瀬も居ればな。


いやいや、文化祭が終わればまたいつもの日常に戻る。そうすれば一之瀬だけじゃないけど、ここも賑やかになる。それが俺の求めてる空間だ。


目を閉じればうるさい空間が瞼に焼き付いていてその映像が再生される。それくらい今の俺はこの場所が好きなんだ。一人じゃないこの空間が。


そして実感する。小枝樹 拓真がここにいると。


だからこそ文化祭を絶対に成功させたい。売り上げ総合一位とか無理な話を一之瀬にはしたしな。まぁ一位になった所で何かあるわけではないのだが……。


だけど達成感はあると思う。俺の大切な奴等だけじゃなくて、クラスの奴等全員で喜びたい。そうすればきっとまた笑顔で満ち溢れた日常がくるんだ。


誰にも悲しんで欲しくない。誰にも苦しんで欲しくない。それは俺のわがままだが、わがままでも良いじゃないか。皆が笑ってなきゃ俺が嫌なんだ。だから無理矢理でも笑顔にさせてやる。


決意を固め俺は窓の外を見る。それは何もない景色。俺の大好きな景色。


「なぁ、今の俺は綺麗に見えるか? それとも無様に見えるか?」


返答が来ない事を分かりながらも、俺は見える景色に問いかける。そして俺は微笑んだ。


自分が不思議な事をしていると客観的に思って。それと自分が問いた答えを俺はもう分かっているからだ。


今の俺は綺麗になんて見えない。だけど決して無様でもない。ならいったい何なのか。それは


「綺麗に見える無様な天凡だ」


転ばないで生きてきて、急に崖から落っこちた。そこから這い上がるために身体は傷だらけでだけど諦めなかった。長い長い時間の中で沢山考えた。


自分の存在は何なのか。綺麗でありたいのか無様になりたいのか。俺は決められなかった。でも今は決まってる。俺は欲張りなんだ。わがままなんだ。だから両方欲しい。


もう迷わない。俺は俺でそれしかできない。だから今の俺は強く願った。どうか


楽しい文化祭になりますように……。







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