3 後編 (拓真)
俺等は学校から少し離れた駅近くにいます。うちの学校の学生の殆どが栄えている駅前で放課後を過ごしている。
ここにエサである神沢を放せば犯人はきっと食いつく。何となくだが俺はそう確信していた。
段取りどうり、一之瀬、翔悟、細川、そして俺は紙に書かれていた今回の尾行相手の女子を監視できる位置についた。一応考えたのは俺だが、神沢を視野入れなきゃいけない事を考えて、女子達との距離は少し近めだ。
だが同じ高校の学生なのが救いになり、違和感無く監視することができる。
俺は全員の状況を電話で確認し、みんなのOKをもらってから神沢へ連絡した。
「もしもし、神沢か?」
「うん。そうだよ小枝樹くん」
「こっちの準備は出来た。後は適当に時間を使って駅前から離れてくれればいい」
「わかったよ」
作戦開始だ。
◆
よし。これでなんとも無ければ依頼は終わりで俺も解放される。つかなんで高校生の俺等が探偵ごっこをしなきゃならない。これも全部一之瀬のせいだ。あいつにはいつか説教をしてやろう。
俺はターゲットに気づかれないよう普通の一般人を装いながら監視を続ける。だがそんな時、俺はこの駅近くでは見慣れないホームズを目撃した。
ササッササッ
怪しい……。怪しすぎる。あのバカ一之瀬はなんで本当にホームズの格好のままで来たのかな。つか目標を監視するのは良いが、これは刑事ドラマじゃない。建物の柱に故意的に隠れたり、置いてある大きな植木鉢から目標を見たり……。
あのバカは何を考えているんだ。本当に天才のなのか!? 俺は疑問に思いますよ。
俺はそんな一之瀬を見かねてポケットから携帯を取り出す。
「あーもしもし一之瀬か?」
「何かしら小枝樹くん。オバ」
「オバじゃねぇっ!! これは無線機かっ!!」
「私は普通に任務を遂行しているだけよ。オバ」
「だからオバじゃねぇぇぇぇっ!! お前は軍人かっ!! 普通で良いんだよ、お前の格好も目立つし、その尾行の動きも目立ちすぎてるぞ」
ノリノリなのはいいが、ちゃんとやってくれなきゃ困るんですよ天才さん。
俺の電話の対応をしている一之瀬を見ていれば普通に大丈夫なんだが、さっきまでのあの怪し過ぎる動きはもう勘弁してもらいたい。
「……小枝樹くん。貴方の覚悟はそんなものだったのね。私は何があっても犯人を捕まえるわ。そう、何があっても絶対に……」
ブツッ
「………………」
何ドヤ顔でカッコいい台詞言ってんだっ!! 一之瀬からは俺を確認する事は出来ないかもしれないけど、ばっちり俺は君のドヤ顔見たからねっ!!
いったいなんなの最後の『ふっ』みたいなやつ。今日やっている事は尾行だからね。潜入とかしてないからねっ!! 戦闘もありませんからねっ!!
そしてまた、素人丸出しの尾行を開始する一之瀬。
何で天才少女の一之瀬が尾行もろくに出来ないんですか。……ん? 待てよ。一之瀬は尾行が出来ない。これって
あいつの才能が無いものなんじゃねっ!?もしかしてこれを言えばあいつと俺の契約はめでたく終わるんじゃないかっ!?
ブーッブーッ
そんな事を考えている時、俺の携帯が揺れる。
「もしもし。なんだよ一之瀬」
「小枝樹くん。今貴方がやらなきゃいけない事はいったいなに?」
なんだこいつはやぶから棒に
「そんなの神沢をストーキングしてる奴だと思われる女子の尾行だろ」
「そこまで分かっているのにさっきから何をそんなに私を見ているの」
気がついていただとっ……!? 何でどうして。今俺が居る場所は完全に一之瀬の死角だ。俺を確認する事は不可能なはず……。なのに何で一之瀬は俺の状況を把握しているんだ。
「そんなに驚かなくても良いわ。私達が居る場所は相当数のガラスがある。私から直視で貴方を確認できなくても間接的に見る事は不可能ではないわ」
どんだけなんですか天才さん。あーこれで一之瀬の才能が無いものをまた探さなきゃならないのか。めんどくせー
「一之瀬が言いたい事はよく分かった。ここからは俺も真剣にやる。だから一之瀬も自分のターゲットを見失うなよ」
「わかったわ」
さてと。一之瀬も多分大丈夫だし。俺も本腰入れて始めますか。
つか翔悟と細川は大丈夫かな。まぁあいつ等の事だし何かあったら連絡してくるか。取り敢えず俺は自分がやらなきゃいけない事をやりますか。
そう思い、俺は女子生徒の尾行を再会させた。
◆
俺の尾行のやり方はいたってシンプルだ。目標の後をコソコソ付回すなんて古くてデフォな尾行はしない。つかそんな尾行よりも簡単だ。
自分の視野を最大限まで引き上げ、目標を間接視野の中でも良いから留めとく、後はこれだけ人が沢山いる。ましてうちの学生が多いなら一般人に紛れて尾行するのが一番楽でバレにくい。
そしてこのやり方のメリットは近くにいる仲間を確認するのも容易い事だ。まぁデメリットは少しでも目標に怪しまれたら終わる所くらいか。
でも普通に放課後を一人で楽しんでる高校生を演じればそれで良い。後は神沢を見失わないようにすれば良いだけだ。
つか待てよ。普通の高校生を演じる……。そんな事考えたらもう俺が普通の高校生じゃないみたいじゃないか。まぁ尾行なんかを本気でやっているだけでもう普通じゃないか……。
あー俺のノーマル凡人高校生活はいつになれば戻って来るんだ。
でも今の俺は普通の高校生。一人だけど、それでも普通に買い物か何かをしてよう。それでも尾行が優先なんだけどな……。
なんだか普通に辛くなってきた。何で俺は安易にこんな事を了承してしまったんだ。今更後悔している俺。後悔先に立たずとはまさにこの事を言うんだな。
先人が残してくれた有り難い言葉を思い浮かべている時、俺はふと視線を感じた。その視線の方へと振り返ると
そこに居たのはうちの学校の女子生徒だった。だがその女子生徒は俺等が尾行をしている女子とは違う奴で、俺は気にも留めず尾行を続けた。
つか本当にうちの学生が多いな。結構普通にうちの学生と目が合う。やべぇよ、これでもし目標と目でも合ったら確実に動揺するぞ。
それでもやらなきゃいけないのか。何だか真面目に取り組んでいる一之瀬達に申し訳ない気分になった。
そんな事を考えていても何も始まらない。俺も出来る限りの事をするか。
だが気合を入れた時事件が起こる。
「………………」
あー俺の目標普通に帰っちゃった。
俺が尾行をしていた犯人だと思わしき女子生徒は神沢に興味がないかのように普通に駅のホームへと向っていた。
俺は少しの溜息を吐き
「あの女子はシロか」
そう小さく呟いた。そして俺は自分のやるべき事を終えた優越感と、少しの虚無的感情を覚えていた。そんな時
ブーッブーッ
俺の携帯が震えだす。
「はい、もしもし。翔悟か。そっちの状況はどうだ?」
翔悟からの電話。俺は翔悟の用件を聞かずにこちらの話をした。
「もしもし。こっちはシロだ。普通に帰って行ったよ。後、キリカの方も帰ったらしい。拓真の方はどうだ?」
「俺の方の目標も普通に帰ったよ。つー事は後は一之瀬が尾行してる目標か。よし、翔悟と細川は学校の校門前で待機。俺は一之瀬の支援に行く」
「わかった。なら俺はこれからキリカと合流して学校の校門前で待ってる。あんまり気張り過ぎんなよ拓真。じゃ、待ってる」
「はいはい。分かったよ」
そう言い俺は電話を切った。
さてさて一之瀬に連絡して合流するか。
俺は手に持ったままの携帯で一之瀬に連絡をする。
「もしもし、小枝樹くん。何かしら」
「取り敢えず、俺と翔悟と細川の目標はシロだった。一之瀬はまだ尾行中か?」
「えぇ、私から見たらこの女子生徒かなり怪しいわ。犯人の可能性は十分にある」
「そかそか。なら俺も一之瀬と合流してそっちを手伝う。今どこにいる?」
「今は駅南口方面の電気屋前の雑貨屋にいるわ」
「分かった。一之瀬はそのまま尾行を続けててくれ。俺もそっちに急ぐ、じゃな」
俺は言い終わると一方的に電話をきった。南口方面の電気屋前の雑貨屋ね。そう遠くはない、一之瀬のポテンシャルなら尾行相手を見失う事もないだろう。
まぁゆっくり行くか。
俺は一之瀬がいる場所までゆっくりと歩き出した。
何だかんだ言っても、普通に過ごした今日は面白かったな。後は犯人に言うカッコいい決め台詞を決めておいた方が良いか。コ○ンくんもハ○メちゃんもビックリするような決め台詞を考えよう。
俺は一之瀬と犯人の行動を予想しながら回り込むように道を選んで進んだ。するとどうだろう、目の前から最後の女子生徒が来るではありませんか。
俺は自分の予測が当たって少しの喜びを感じていた。そして俺はその女子生徒を
スルーした。
その後から来る一之瀬。だがこの天才少女さんはこんな最終局面に来て大変な事をしでかした。
「ちょっと小枝樹くんっ!! 何で犯人を取り押さえないのっ!? これじゃ神沢くんの依頼が達成されないじゃないっ!!」
「ば、バカっ!! 声がでけーよ一之瀬っ!!」
俺は少し振り向いた。その振り向いた先の尾行相手は大声を出している一之瀬の方を振り返ろうとしていた。本当にもうこの天才は
「こっちに来いっ!!」
俺はうるさい一之瀬の腕を強引に引っ張り、すぐ横にあったビルとビルの間の細い道に入り込んだ。
「ん、んーっんーっんんっ!!」
「少し黙ってろ一之瀬。尾行に気がつかれたらどうするんだ」
一之瀬の口を手で押さえ、小声で説得を試みる俺。そんなに暴れないでくださいよ天才少女さん。
少しの間暴れていた一之瀬はすぐさま冷静になり落ち着いてくれた。
俺は壁越しから目標がいなくなったのを確認して、一之瀬の口に当てていた手を放した。
「いきなり悪かったな。でも一之瀬だって悪かったんだぞ。目標が聞こえる場所であんな大声━━」
俺は言っている途中で一之瀬の方を見た。そこには物凄い近距離にいる一之瀬が顔を赤く染め上げながら俯いていた。
つか何でこんなにこんなに一之瀬との距離が近いんだ。普通に綺麗な一之瀬の顔が近くにあり、俺の思考能力は極限までに下がってしまっていた。
「……も、もう放して……////」
一之瀬の小さく呟く言葉で俺はやっと気がついた。腕を引っ張ってビルとビルの隙間に入った際に俺は一之瀬の口を塞いでないもう一つの腕で抱きしめるように一之瀬を抱えていた。
「わ、わりぇ一之瀬っ!!」
俺は急いで一之瀬の腰に回していた腕を放した。だがその腕を放しても今俺等がいる隙間はとても狭く殆ど距離が変わらないわけで
「……その、男性とこんなに近くにいるのは小枝樹くんが初めてなわけで、私も少し動揺しているわけで、その、だから」
なんだ。なんなんだ。何でこいつはこんなに可愛いんだ。つか反則だろっ!! 一之瀬みたいな美少女が顔を赤く染めて、こんな近距離で上目使いなんてっ!!
つか近いよ、とっさに入ったとしても何で俺はこんなに狭い場所を選んだ。体が当たってるよっ!! 思春期な俺はもう大変だよっ!!
「わ、わざとじゃないんだ。一之瀬が大声出すから仕方なく入っただけで他意はない。そ、その、何かすまない……」
「べ、別に謝らなくてもいいわよ……///大声を出して小枝樹くんに迷惑をかけたのは私だもの。だから、その、別に嫌って訳じゃないから……」
あーもうっ!! いったいなんなんだよ今日はっ!! つか今日だけじゃない。最近の俺は何かおかしい。一之瀬と関わってるだけで何でこんなにも色々な事が起こらなきゃいけない。
そうだ。一之瀬と関わってるから雪菜とも変な感じになったんだ。
俺はその時、あの時の雪菜の顔を思い出していた。そして
「わりぃ。目標は見失ったみたいだ一之瀬。そろそろここから出るぞ」
雪菜の事を思い出した瞬間に俺は冷静になった。いや、冷静になったんじゃない、冷静になれたんだ。
「小枝樹くん……?」
一之瀬と俺はビルとビルの隙間から出た。だけど一之瀬の声は俺を心配しているような声音で、俺の表情が一瞬変わったのを見逃していなかったみたいだ。
「一之瀬はそのまま学校の校門前で待っててくれ。そこにみんなもいる」
狭い空間から脱出した俺は広い世界の有り難味を感じながら一之瀬に言った。だがそんな俺の言葉を聞いた一之瀬は何かが腑に落ちなかったのか眉間に皺を寄せながら言う。
「小枝樹くん。貴方の表情が一瞬強張ったのを私は見逃さなかったわ。その、私と一緒にいるのが辛いなら言って、私は貴方に無理をさせたいとは思っていないから……」
やっぱり。あの一瞬を一之瀬は見逃していなかった。
「一之瀬が心配してくれるのは嬉しいけど、それは見当違いだ。今一之瀬が言った事で辛くなった訳じゃないから安心しろ」
俺は無理矢理、笑顔を作り一之瀬を安心させるため気丈に振舞った。
「……でも」
「これは俺の問題だから。一之瀬が心配するような事じゃない。だからさっさとみんなが待ってる校門前で待ってろ」
精一杯、俺は笑ってみせた。何でだろう……。何となく一之瀬には心配して欲しくなかった。それはきっと俺の我侭だ。
俺の独り善がり。いや善がってる訳じゃないからそれは違うか。でも、これ以上俺の事で誰かが悩むのは嫌なんだ。俺が俺でいるために、いや違う。俺が俺を消すために……。
「さっきから私だけをみんなの所に行かせようとしているけど、小枝樹くんは行かないのかしら」
「俺にはまだ用事があるの。せっかくのノーマル凡人高校生活をエンジョイできるチャンスだ。もうちょいその辺をブラブラしたい凡人心が分からないかな天才さん」
そう俺にはまだする事がある。今回の依頼をちゃんとした意味で遂行する為に。
「……わかったわ。じゃあ私は先に戻ってみんなに報告しておくわね。小枝樹くんもあまり無理はしないでね」
眉間に皺を寄せながら一之瀬は笑った。なんだが今生の別れをする恋人達みたいだな。
俺はそんな一之瀬に背を向け、腕を上げて振りながら歩いていった。
そんな風に格好をつけていても俺の頭の中はあの時の事でいっぱいで、自分がどれだけ酷い事をしたかと後悔し続けていた。
……雪菜。
◆
そしてやって来ました。解決フェイズです。
俺は一之瀬と別れ、一人公園で黄昏ています。ベンチに座り落ちゆく綺麗な夕日を眺めながら一人黄昏ています。
まぁ本当事を言うと黄昏ている訳じゃなくて、俺の予想ではここに真犯人が来ると思っている訳ですよ。来なかったら完全に詰むから勘弁してもらいたいところだ。
それでも俺の予想は当たってしまっている訳で。
「真犯人さんのご到着ですね」
俺は公園の中に入ってくる一人の女子を見た瞬間にベンチから立ち上がり、その女子にも聞こえるように言った。
そんな俺の声を聞いた女子は驚きながら俺の方へと向きをかえる。そして俺はその女子に近づきながら
「あんたが神沢をストーキングしてた犯人なんだろ。数日前の朝、神沢に告白していたうちの女子生徒さん」
名前が分からないから抽象的な呼び方になってしまった。まぁでも良いか、こいつモブキャラだし。
「……は!? あんたいったい何言ってんの!?」
出ました。意味もなく切れる若者。まぁ証拠もなければ疑われた方は普通に切れるわな。
「まぁまぁそんなにカッカすんな。今回、あんたはきっと気がついていたと思うけど、俺等は神沢をストーキングしている犯人だと思わしき奴を尾行していた。だけどそれは全部嘘のターゲットだ。俺は最初からあんたをターゲットにして今回の依頼を遂行していた」
あーなんで俺みたいな凡人が探偵の真似事をしなきゃならないんだ。でも何だか今、俺が言ってる事かっこよくね?
「本当に何言ってるか分からないんですけど。つかあたしを犯人扱いしてるけど証拠でもあるの!?」
またもや出ました。犯人特有の証拠を提示させるくだり。まぁここまでくればこの女が犯人なのは明白だが、ちゃんと証拠を突きつけてやらなきゃ納得しなさそうだな。
「そんなに焦るなよ。証拠を出す前に、まずは今回の経緯を話させてくれ」
俺は冷静に女子生徒を宥める。そして俺の言葉に耳を傾ける気になったのか、女子生徒はその場で腕を組みながら仁王立ちした。
「……ふぅ。まずは今回俺等に入った依頼は『ストーキング行為をやめさせる』だ。神沢から念を押して聞いたからこれは間違いない。そして俺等はその犯人が学校内部の奴の犯行だと決め付けた状態で今回の尾行を開始した」
ゆっくり、ゆっくりと話を進めていく。早口で話すと犯人が逆上するのが怖い。まぁアン子とか最近では一之瀬より怖い女子を見た事はないけどな。
「だが俺は神沢の話を聞いている時にあんたが犯人じゃないかと憶測を立てた。だから今回、他のみんなには分からないように、嘘の尾行相手を作った。案の定、俺が提示した女子は普通に駅前をぶらついた後帰って行ったよ」
ここまでは普通の説明だ。だがここからの事が成功しなければ俺の今日の努力は泡となって消える。
「でも話はこれでは終わらない。俺はみんなに犯人だと断定できる確固たる証拠が無い限りそいつを取り押さえる事を禁止にした。それが何故かわかるか?」
俺は真犯人さんに疑問を投げかけた。だが真犯人さんは眉間に皺を寄せ、腕を組みながら首を横に振った。
「それは何故か。素人の尾行ごときで確固たる証拠なんかなかなか出ないからだ。つか俺が皆に尾行させた女子生徒は全部シロだから確固たる証拠なんか出ないし、万が一勘違いした奴が取り押さえた所で、犯人に偶然だと言われればそれでお終いだからな。だから俺はみんなにこうも言った」
一瞬の間をおく。それが犯人さんの心を揺さぶるからだ。
「もしも今回の尾行で犯人がいなかったら、外部犯の可能性があると見て、警察に連絡すると」
真犯人さんを睨むように俺は言う。これで決まらなければ俺の負けだ。だって証拠なんかないもん。
「………………」
黙り込む真犯人さん。だけど黙るなら俺は更につめるだけだ。
「警察が動き出したら取り返しのつかない事になるぞ。何であんたが犯人だと分かっていながら俺がみんなに言わなかったと思う」
俺の問いに真犯人さんは答えようとしない。だから俺は言う。
「こんな思春期真っ只中の女子高生が仕出かした小さなストーキング。事を大きくするよりも穏便に済ませたいだろ」
そう言い俺は真犯人さんに笑って見せた。そして
「……なんで。何で、あたしが犯人だって分かったの……?」
よし。自供したぞ。
「まぁ俺が何となく疑問に思ったのは、あんたが神沢に告白している時のセリフと神沢がもらった犯人だと思われる奴からの手紙の内容だ」
「……それだけ?」
不安げな表情になる真犯人さん。だからその不安を取り除くために
「つか、一番最初に言ったけど。俺はあんたが犯人だと憶測を立てただけ。ちゃんとした証拠なんか何もないよ」
俺の言葉を聞いた瞬間に真犯人さんは目を見開きその場で地べたに座り込んだ。本当にありきたりな展開だな。
「あんたは今、俺の誘導尋問に踊らされただけだ。自白ありがとう」
嫌味で不敵な笑顔を作り、俺は完全に悪役を演じた。それで全てが丸く収まるなら安いものだ。
「……なんで。なんでよ。あたしはただ神沢くんが好きなだけなのに、何でこんな目にあわなきゃいけないの!?」
でたでた。日本人特有の平和ボケ発言。
「別にあんたが神沢を好きでいるのは俺にとってどうでもいい。でも今回は少し度が過ぎた。それだけ神沢に対して労力を使えるのに、何で他の方法が思いつかなかったかな。まぁでも━━」
俺は自分で何が言いたいのか分かっていなかった。悪役を演じきるつもりだったのに、何故だか真犯人さんが少し羨ましく思えたんだ。
「それだけ誰かを好きになれるあんたは、俺とは違ってきっと何でも出来ると思うよ。もしかしたら正々堂々と神沢にアプローチしらた神沢も落ちるかもな」
自分にとって無意味な言葉。自分を蔑み、最下層の人間だと認識させる言葉。それでも俺はこの女に伝えなきゃいけないと思った。自分で言った言葉で、どんなに俺が傷ついても……。
地べたに座り込み泣きじゃくる真犯人さんは俺に
「……そんな事言っても結局全部言うんでしょ!?」
本当に思春期女子の気持ちは全く分かりません。
「だからさ。何で俺がこんなつまんねー事言わなきゃいけないんだよ」
座り込んでいる真犯人さんは俺を見え上げながら困惑な表情を浮かべ
「だって、あたしが犯人だってわかってたんでしょ!? それで、今ここであたしは自白したことを嬉しく思ってたじゃない!!」
「確かに俺はアンタが自白してくれた事を嬉しく思う。それでも神沢に頼まれた依頼は『ストーキング行為をやめさせる』だ。だから俺はそれ以上の事は何もしない。まぁアンタがストーキング行為をやめなかったら、それ相応の対処は取るけど、アンタがやめるなら俺はそれ以上何もしない」
俺は真犯人さんを見下している形で言った。それが大切な事だったから。真犯人さんに言ったように俺はコイツに害をあたえる気はない。
「何でよっ!! あたしが全部悪いんだよっ!? それが分かってるなら『コイツが犯人です』って突き出せばいいじゃん!!」
「……本当にめんどくせー女だな。取り合えず、お前は今自分が悪い事をしているって認識しているだろ。だったらあえて突き出す必要もないだろ。今泣いてて、後悔してて、自分の罪を認められるなら、アンタはそれだけ辛い思いをしてたわけだろ」
言い聞かせるように話す俺。それが真犯人さんに届いているかはわからないけど。それでも俺は伝えたいことを言う
「辛い思いをしてる奴を俺はなるべく見たくないんだよ。それでもそんな奴が悪い事をしたら、俺は怒るし説教だってする。だけどそいつがその時以上に辛いと思ってしまうことはしたくない。俺はもう、誰かに傷ついてほしくないんだよ……」
俺の瞳は真剣だった。それだの思いがあるのは本当だったから。確かにコイツはふざけた事をした。それでも俺はこんな奴でも傷ついて欲しくない。これが俺の答えだ。
そんな俺の言葉を聞いた真犯人さんはそれから何も言わなくなり、数分たった後『本当にごめんなさい。あと、ありがとう』そう言って俺の前からいなくなった。
これで事件も解決だ。あの女がどんな事を思って、どんな事を考えて後悔するのかは俺には分からない。
それでも誰かに御礼が言えるのなら、きっと大丈夫だろう。
◆
神沢ストーカー事件が解決した数日後。
俺はいつもの様に放課後、一之瀬とB棟三階右端の教室にいた。
一之瀬と俺は何かを話す訳でもなく、自分のしたい事をしている感じだ。俺は読書、一之瀬は何が見えるわけでもない校舎の裏側を窓から眺めている。
最近では無言の時間が当たり前のようになって来ていて、それが苦じゃないと感じている俺もいた。
そうそう。神沢ストーカー事件の真犯人さんが帰っていき俺がみんなの所に戻った後の話をしよう。
あの後俺は、一之瀬と細川に色々と質問攻めにあい、真犯人さんの事を隠すのに精一杯だった。翔悟は呆れて見ているだけだし、神沢は一之瀬と細川の迫力に負けて何も出来ないし。
俺は一人でどうにかあの死線を潜り抜けた訳ですよ。本当に大変だった。
それでも何とか誤魔化す事に成功して今に至る。そしてあの尾行で犯人が捕まらなかったので数日間、神沢の様子を見る形で事は収まりました。
まぁ普通に考えてストーカーはいなくなったと思いますけどね。あの時、あの場所での真犯人さんの表情は本当に後悔の気持ちしか無いような、そんな感じに俺は思えたから。
そんなこんなで事件は神沢の報告待ちということになります。
「……ねぇ。小枝樹くん」
「どうした一之瀬」
静かだった一之瀬が話しかけてくる。俺はその言葉に返答し、読んでいた本を閉じ机の上に置いた。それと同時に一之瀬の顔を見たが、なんだが深刻そうな表情を一之瀬は浮かべている。
「この間の神沢くんの依頼の話なんだけどね」
何で今更神沢の依頼の話しが出てくるんだ?俺にはさっぱりわかりません。
「……なんで小枝樹くんは犯人を誰にも言わなかったの?」
はははは。さすが天才の一之瀬さん。俺が犯人を知っていたのを分かっていた。
でも何でばれたんだ。俺はいたって普通にしていたぞ。でも人間が嘘をついているときなんかきっと分かりやすい言動や行動をしているんだろうな。天才少女の一之瀬さんにはそんな些細な事も分かってしまったのだろう。
俺は少しの諦めを心に抱きながらも一之瀬へと返事を返す。
「なに言ってんだよ。犯人は捕まらなかった。俺の予想した女子は全部シロだった。これは完全に俺のミスだし、そこも含めて悪いと思ってる。だけど神沢の依頼は『ストーキング行為をやめさせてほしい』だろ? だったら取り敢えずは神沢の報告を待つしかないだろ」
苦しい言い訳。きっともう一之瀬にはばれてる。俺はそう確信した。
「でも━━」
ガラガラッ
一之瀬が何かを言おうとした時、教室の扉が開いた。
「一之瀬さん、小枝樹くん。この間は本当にありがとう」
教室に入ってくるやいなや、そこに居るイケメンは俺と一之瀬に感謝の言葉を言った。扉は勢い良く開けられて閉まっていない状態で、教室の中に響き渡る声でその言葉は聞かされた。
「いや、いきなり入ってきてお礼を言われても何が何だか分からないんだが」
俺は冷静にイケメン野朗に突っ込んだ。つかお礼を言われている時点で、そのお礼がどこに部分で言われているのかを気がつかないのはおかしいよな。こいつが俺等にお礼を言うなんてあのことしかない。
「あ、ごめんね。では改めて。一之瀬さんと小枝樹くんのお陰でストーカーがいなくなりました。あれからつけられる気配がなくなったよ。本当にありがとう」
神沢の言葉を聞いて俺は一安心していた。だってこれで一之瀬に何かを追及される心配もなくなったし、めでたく今回の依頼も完遂したし。
「じゃぁ僕はこれで。今回の事は本当にありがとう。何かあったら僕にも声をかけて、次は僕が二人の力になるから」
そう言うと神沢は教室から出て行った。
なんだあいつは。あんなに騒がしい奴だったのか。イケメンだからもっとクールな感じかと勘違いしてましたよ。
でもこれで厄介事はなくなった。また普通で平凡な日常が戻って来る。いや待てよ。一之瀬と関わり続けていると平凡は戻ってこないのかもしれない。
あーさっさと一之瀬の才能が無いものを探し出して俺の日常を取り戻さなくては。
俺は自分の中で決意を固めた。強い意志は誰にだって勝てるものだよ。
「ねぇ小枝樹くん」
「なんだ?」
「貴方は本当に優しい人なのね」
ん? 何で一之瀬はいきなり俺を褒めた? 確か一之瀬と話していた内容は真犯人を誰にも言ってない話で……。
……やっぱり一之瀬は全部分かっている。だが俺は一之瀬の『優しいのね』という言葉の意味を理解できなかった。それでもその言葉は何故だか心地よく聞こえて、自然と俺は一之瀬同様ほほえんだ。
一之瀬の意味深な笑顔を見ながら今日もまた何をするわけでもなく放課後を過ごしていく。これがいつまで続くのか俺には分からない。でも
こんな生活が嫌いではないと思ってしまっている凡人な俺がここにいる。
やっと第三章が終わりました。本当に長かった……。
今回は分割してのUPでしたが、自分で思うにこの方が良いような気がします。
なので第四章も分割してUPしますのであしからず。
そして今回第三章を読んで頂き誠にありがとうございました。
今後も『天才少女と凡人な俺。』をよろしくお願いします。