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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第六部 二学期 文化祭ノ夜ニ
79/134

27 中編 (夏蓮)

 

 

 

  

 

 言ってはいけない言葉、聞いてはいけない事柄。それは自分が一番よく分かっている。


なのに、どうして私は言ってしまったの……? 貴方といると、どんどん自分がおかしくなっていく……。こんなんじゃない、私はこんな人間じゃない……!


「ねぇ、小枝樹くん。私達の関係って、いったいなんなのかしらね……?」


私の言葉で時間が止まった。小枝樹くんは不思議そうな顔をする訳でもなく、困惑している様子でもない。本当に時間が止まってしまったように、何もかもが静止した世界だ。


窓から差し込む月明かりが小枝樹くんの顔をはっきりと映し出していて、そんな今の小枝樹くんに私はどう映っているのだろう。


分かってる。私と小枝樹くんの関係なんて。そんなものは一学期の時、この場所で決まった事なんだ。それは私が提示した、契約、で小枝樹くんを縛ってしまっている私のわがまま。


私が言っていい言葉じゃなかった。だが、今更訂正も出来ない。だって今の私は


「一之瀬、どうしてそんなに苦しそうなんだ……?」


小枝樹くんに全てを見透かされてしまっているから。そして認識する。今の自分の表情がとても苦しそうなんだと。小枝樹くんに言われなければ今の自分の状況なんて全然分からない。


それほど頭の中がグチャグチャになっていて、どうしていいのかさえ今の私には分からない。それでも、出来る事はある。


「ご、ごめんなさい……。今のは聞かなかった事にしてちょうだい。もう、私は帰るわ」


逃げる。この場から早く立ち去りたい。そして独りになって考えればどうにかなる。どうにかならなかったとしても、寝てしまえば全てがリセットされる。そしていつものように天才少女の一之瀬 夏蓮に戻ればいい。


私は小枝樹くんの顔も見ずに横を通り抜け、教室から出ようとした。その時


「待てよ、一之瀬」


私の腕を掴み静止する小枝樹くん。そして触れられた瞬間に伝わる小枝樹くんの体温。


手首を掴まれているだけなのにこんなにも体温って伝わるの……?


「どうしたんだよ、一之瀬」


振り向けない。振り向いてしまえば何かが分かってしまうような気がしたから。


「別に何でもないわ。だからもう、離して」


掠れてしまっている私の声。今の感情はただただ早くこの場から去りたいだけだった。今はこれ以上、小枝樹くんといたくない。


どうして小枝樹くんといたくないなんて思ってしまっているんだろう。ここに小枝樹くんが来てくれた時はとても嬉しかったのに……。何で今は小枝樹くんといたくないなんて思ってるの……。私は私が分からない……。


そして再び、私は声を振り絞った。


「お願い……、離して……」


「……ごめん」


そう言うと小枝樹くんは私の腕から手を離した。その瞬間に現れる罪悪感。


小枝樹くんのせいじゃないのに、私のせいなのに、それでも今の小枝樹くんを傷つけてしまったかもしれない。どんなに後悔をしても、罪悪感に苛まれても今の私は小枝樹くんの顔を見ることが出来ない。そして


「ごめんなさい。きっと次に会う時はいつもの私だから……」


そう言い私は小枝樹くんを残し、教室から出て行った。




 家。少し寒い。いや、凍えてしまうそうだ。私はいつだって独り。誰もいない。誰も私に気がつかない。


いいえ、そんな事はないわ。菊冬はずっと私を思ってくれていた。姉さんだってずっと私を見てくれていた。楓だってずっと私に嘘をついた事を後悔していて、雪菜さんはこんな私を大切な人にしてくれた。


他にも今の私には沢山の支えてくれる人達がいる。それもこれも全部、小枝樹くん。


貴方が私を見つけてくれたから。だからもう、私は独りじゃない。なのに、どうして今はこんなにも寂しいの……?


自分の心の中の疑問には気がついている。そしてそれを解決しない限り、私の寂しいは消える事はない。


そう、小枝樹くんが天才だった事。


どうして私は小枝樹くんが天才だと気がつかなかったのか。考えれば分かるわ。そんなの私が天才じゃないからに決まっている。


私は天才じゃない。ただの天才に憧れた凡人で、ハリボテの虚像。一之瀬財閥という大きな組織に作られた人形。


そうよ。私は人形なの。人と同じ幸せなんて感じたいと思っていることこそが根本的に間違っているんだわ。何を私は勘違いしているの。どうして今の学校に入学したのか思い出しなさい一之瀬 夏蓮。


私は兄さんの最期の言葉の意味を知りたい。兄さんが何を思い、何を考えて私に言ったのか分かりたい。私の夢を壊して、私の事を想ってくれていた兄さんの言葉を理解したいだけ。


思いだせ、思い出せ。私の目的を。神沢くんが言っていた仲良しゴッコという言葉が今の私なら十分に理解できる。


そうよ。私は微温湯につかりたい訳ではない。自分の目的の為にどんな人間をも利用して真実を知り、最後には一之瀬財閥の歯車になる。私の未来なんてもう決まっているの。


だからこそ、これが最後のなのよ。私が自由に出来る最後の時間なの。今の自分の中に現せては消える意味のわからない感情なんて捨てなさい。兄さんだけを想って生きていけばそれでいいの。


なのに何で……? 貴方が出てくるの、小枝樹くん……。


私の中に入ってこないでっ! 私はもう十分だからっ! 私の願いを掻き乱さないでっ!!


願い……。


その言葉が頭の中を駆け巡って、私は膝に蹲らせた顔を上げた。


自分の家。リビングのソファー。カーテンを閉めていないからか、月明かりと街の明かりがぼんやりと部屋の中を照らし出している。


私は自分の願いを小枝樹くんに押し付けた。私と同じ全てを失った人なのだと勘違いして、私は小枝樹くんを利用したんだ。天才だと偽った凡人な私が、凡人を偽った天才の小枝樹くんを。


私が凡人だと彼は初めから気がついていたのかしら……? 気がついていたのだとすれば、彼は本当に天才。いや、彼が天才だと言う事は確信がついている。


ならどうして、彼は私の意味のわからない、契約、を結んだというの……? 天才が嫌いだった小枝樹くんは何を考えて私の傍にいたの……?


疑問が疑問を呼び、深い混沌へと私を誘っていくようだった。そんな風に思えているのに、思考を止める事の出来ない愚かな私。


「ははは……」


その時、ふと笑いがこみ上げてきた。


数分前まで兄さんの事を考えていれば良いと自分に言い聞かせているのに、結局今は小枝樹くんの事を考えている。


自分の中に入ってくる事を思考で拒否しながらも、最後には小枝樹くんの事を無意識に考えてしまっている。そしてまた小枝樹くんの事を考えてしまう。


彼はあの場所、B棟三階右端の教室で私に言った。あの教室から見える景色の意味を。その答えを聞いた私は少しだけホッとしていた。


『何も無くていい、何も無いがいい。それでも綺麗に見えるだろ』


その言葉は天才少女という鎖に繋がれた私の心を癒しているようだった。鎖に繋がれているままなのに私の心は浄化されるようだった。


今の私を解放に導いているような言葉。私の意志を想ってくれているような言葉。何もなくていいんだって、思えたの……。だからこそ分からない。


私は私が分からないっ!!


矛盾が海のように広がっていき、地平線の向こう側を見せてくれない。答えがその先にあるかもしれないのに、私は小枝樹くんのように荒れた大海原へと出る事ができない……。


臆病者で弱虫。私はいまだに、あの時を彷徨っているんだ。兄さんがいなくなってしまって、独りで泣いていた部屋に。


その光景を思いだし、私は自分を取り戻す。いらない感情が全て落ちたかのように冷静で何も感じない。きっとこんな風になってしまうのは私くらいなのかもしれないわね。


そう、誰にも私を理解できない。だからこそ、私は私の理想を叶える。


暗い部屋は今の自分の心で、外から差し込む夜の明かりは、あの部屋に私を取り残した人達の心だ。





 数日が経った。


もう少しで文化祭。皆忙しく文化祭の準備をおこなっている。学校の中ではもう文化祭の話で盛り上がっていて、文化祭ムード一色といった感じだ。


B棟三階右端の教室で小枝樹くんを拒絶した次の日、私は普段通りの天才少女へと戻っていた。学校に来て挨拶をし、笑顔を振りまいていつもの自分。


小枝樹くんにもちゃんといつも通りになれた。だが小枝樹くんは何か思う所があったのか、それとも前日の私を見て心配してくれていたのか、少し戸惑いながら何かを聞いてこようとしていたが、結局何も聞いては来なかった。


それはきっと、小枝樹くんなりの優しさで、私の事を考えての行動だったのだろう。


そんな優しい小枝樹くん。でも学校の生徒達の嫌がらせにも見える行動は日に日に悪化していた。だが小枝樹くんは、そんな事気にもしないで普段通りに過ごしていた。


きっとそんな行動をしている生徒にも、それを受け流しなにもしない小枝樹くんに皆は疑問を抱いているだろう。それだけじゃない。雪菜さんや城鐘くんは怒りさえ抱いてしまっているかもしれない。


だけど、本人の小枝樹くんが何も言わない事で皆は沈黙している。そのフラストレーションがいつ爆発してしまうのかと、私は少し心配になっていた。


そんな事を考えていても目の前で起こっている現状の解決にもならないし、文化祭での仕事が片付くわけでもない。


クラス内を見渡せば各々準備の仕事をしている。私は実行委員という肩書きがあるせいなのか、進行役をしている。それは小枝樹くんも同じ立場だが、小枝樹くんは私に言った。


『悪い一之瀬。俺が言っても誰も動いてくれなさそうだから、指示は一之瀬がやってくれ』


彼は自分の立場を把握している。そして私が指示を出すことが尤も効率的に準備を進められる事も……。自分が無理にでも押し付ければイザコザが起こる事を予見し事前に私に言ってきていたんだ。


そんな小枝樹くんは何事も無いように文化祭の準備をしている。普段から普通に話す神沢くんや楓、それに崎本くんに雪菜さん。その面々には自分で指示を出して仕事を割り振っていた。


楽しそうに笑っている小枝樹くんを見て私は少しだけ悲しくなる。


どうして自分が罵倒され蔑まされているのに、笑っていられるの……? 誰も貴方を助けないのに、どうして貴方は皆を助けるの……?


「ねぇ、一之瀬さん。ここなんだけど」


思考の海にに溺れかけている時、クラスの女子が私に話し掛けてきて、私は我に帰った。そして指示を求めるクラスの女子に私は答える。


自分の仕事をこなしていてもフワフワとしていて、何をやっているのかさえ分からなくなってしまうそうだった。そんな時


「おい、一之瀬」


「ど、どうしたの小枝樹くんっ!?」


驚いた。急に声をかけられたからなのかも知れないが、小枝樹くんが近くにいた事に驚きを隠せない。


「おいおい、何ぼーっとしてんだよ。疲れてんのか? もし疲れてるなら少し休めよ」


優しく言ってくれる小枝樹くん。だが、今の小枝樹くんの言葉はお門違いだ。


「大丈夫よ。少し考え事をしていただけ。それよりも私に話し掛けてきたって事は何かしら用事があるという事よね?」


「ん? あーそうだ。この話は内密でお願いしたんだが……」


少し神妙な表情になる小枝樹くん。私はその言葉を勘ぐり、何か悪い事でもしようとしているんじゃないかと思ってしまった。だが


「あのさ、俺らのクラスって『イケメン喫茶』やるじゃん? でさ、今じゃこのクラスは天才少女の一之瀬 夏蓮と嫌われ天才の俺がいるわけよ。つー事は俺等が何も考えなくても注目を浴びる事になる。だからさ、ここは欲張って売り上げ総合一位を狙わないか?」


「売り上げ総合一位っ!?」


「ばかっ! 声が大きいんだよっ!!」


私の腕を掴みながら近寄ってくる小枝樹くん。そんな小枝樹くんの顔をみて少しドキドキしてしまっている私がいた。


「ご、ごめんなさい。でも、どうしていきなり総合一位なんて考えたの?」


「ほら、さっきも言ったけど天才が二人もいるクラスだぜ? 誰もが期待してる誰もが羨んでる。でもそんなクラスの売り上げが平凡だったら皆がっかりすんだろ? だから俺は一位を目指したい」


尤もな事を言っているようで、意味不明な事しか言っていない小枝樹くん。そしてまだ私には小枝樹くんに真意が分からないでいた。


「確かにがっかりする人もいるでしょうね。だけど、別に誰かががっかりしたとしても私達には何も関係が無いわ。寧ろそこまで努力する意味すら私には理解できない。損得が発生するわけでもないのに、どうしてそんな事をを小枝樹くんはしたいって思うの?」


純粋な問いだった。私には理解が出来ないのだから。小枝樹くんの発言が不思議でしかたがない。それでも小枝樹くんなりに何かを考えているのだと思っての質問だった。


「一之瀬の言う事は尤もだ。確かに何の得も無いし、もしかしたら損をするかもしれない。でもさ、何かを成し遂げた時の感覚って損とか得とかそんなもん全部なくなっちまうんだよ」


そう言い小枝樹くんは恥ずかしながら笑った。


そんな小枝樹くんの顔を見て言葉を聞いて私は言う。


「貴方の気持ちは何となく分かったわ。でもそれをどうして内密にする必要があるの?」


「そんなの決まってんだろ。考えてみろ一之瀬。俺等がいるクラスが売り上げ総合一位を取ってみろ。他のクラスの奴等はどう思うよ」


「どうって……」


小枝樹くんの質問に戸惑った。だって私の中に出てくる答えが『別になにもない』だったから。他のクラスの人達が何を思うって言うの。内密にする事になにが関係あるの。


内密にする。私達のクラスが総合一位を取って他のクラスがどう思う。


重要な言葉を何度も頭の中で流しても、小枝樹くんが考えている事に辿りつかない。そして


「だから、他のクラスの奴等はこう思うんだよ。『どうせ天才の力だろ』って。俺はそれを聞いたクラスの皆の悲しむ顔が見たくないんだよ」


そう言い小枝樹くんは少しだけ寂しげな表情を浮かべた。そして続けて小枝樹くんは話す。


「俺等が表立って全力を出せば他者から反感を買う。だけど影で皆を支える事が出来れば、それに誰も文句は言わない。俺はさ、皆が頑張ったっていう努力を天才な人間のおかげにして欲しくないんだ。皆が頑張ったから結果がついてくるのに、天才がいればそのおかげにされる。そんな絶対に間違ってるんだ。だから俺は━━」


「ふぅ、本当に貴方って言う人は優しさだけで出来ているのかしら。もしかしたら前世は頭痛薬かもね」


冗談を言いながらも私は困惑している。確かに小枝樹くんの意見を肯定した。それで良いとも思えた。だけど、どうして小枝樹くんがそこまで考えているのか分からない。きっとどこまでいったって私には小枝樹くんを理解できないんだ。


そんな悲しい思考とは裏腹に小枝樹くんは


「優しさか……。それは少し間違ってるかもな。俺に優しさなんてないんだよ」


「……え?」


「別に俺は誰かに優しくしてるわけじゃない。ただ俺のやりたい事をやりたいだけ。今回の件は最後に皆で笑いって思ったんだ。そこに無粋な妬みは必要ないだろ? だからそれを排除するために俺は内密を選択した。もしかしたらそれは間違っているのかもしれない。でも俺の中で一番勝率のある答えがこれだ」


再び笑みを見える小枝樹くん。そしてその笑みからは自信が伝わってくる。絶対に負けない、絶対に後悔させない。そんな気持ちが私にも伝わってくるようだった。


「はぁ……。もういいわ。貴方の気持ちは十分に理解しました。それで、私が出来る事はなにかしら?」


「よし、よく承諾してくれた一之瀬。それで一之瀬に頼みたいのは━━」


本当に、どこまでもお人好しなんだから。どうしてそんなに優しさを無意識に分け与えられるの? 私には出来ない。表面上の優しさしか私は持ち合わせていない。


だけど小枝樹くんには自分の想像している未来が見えていて、そこへと迷わずに走っていっているだけなのよね。その強さが私も欲しい……。だけど、どんなに努力したって私には小枝樹くんのような強さは身に付かないんだって思うわ。


だって、私は凡人で貴方は天才なのだから。


そんな事を考えていると小枝樹くんの話は終わっていて、小枝樹くんにお願いされた事を私は自分の頭の中で整理していた。


そして小枝樹くんは自分の仕事に戻り、再び作業に取り掛かっていた。


私が小枝樹くんにお願いされた事は、お客を呼び込むための策略と、どこまで経費を少なくするかという内容だった。とういうか、こんな内容は天才の小枝樹くんだったら簡単に答えが導き出せそうな気もするのに。


どうして私に頼ったのだろう。まぁそんな疑問を浮かべたとしても正確な答えなんて出てこないのは分かっている。だからこそ今は自分のできる範囲で思考を凝らすしかないのだ。


その時


「キャッ!」


クラスの女子の声が聞こえ私はその方向へと自分の目線を動かした。そして私の視界に映るのは、脚立の上で作業をしていた女子がバランスを崩し落ちそうになっている姿。


その体制はもう落下を防ぐ事の出来ない状況で、誰しもがこの状況で静止してしまっているようだった。だが、一人だけ私の視界で動く人がいた。それは


小枝樹 拓真だった。


「あぶねっ!!」


小枝樹くんの声と同時に床へと何かが落下した音が教室中に響き渡る。その落ちた何かは人だ。脚立に乗っていた女子が床に落ちる音。その高さは決して高くは無いが、無防備な状態で落ちて怪我をしない高さではない。


だが次の瞬間、誰しもが自分の目を疑った。


そこには脚立から落ちた女子の下敷きになっている小枝樹くん。下敷きというのは語弊が生じるかもしれないが、しっかりと受け止めて尻餅をついているというのが正しい状況なのかもしれない。


「いってー。あーマジいてー。つか大丈夫だったか?」


静寂を切り裂いたのは小枝樹くんだった。そしてその言葉は脚立から落ちた女子の事を気にかける台詞で


「あ、あたしは大丈夫……」


そんな小枝樹くんに状況をつかめていない女子生徒は動揺しながら答える。そして


「大丈夫か。それなら良かった。こんな大切な時期に怪我なんてしたら本番が楽しくなくなっちまうもんな」


何もなかった女子生徒へと優しく微笑みかけながら言う小枝樹くん。そしてそんな小枝樹くんを見ながら私は思う。


どうして、どうして貴方そこまで……。


この瞬間に小枝樹くんを理解する事が不可能なのだと確信した。どうせ私には分からない。私には小枝樹くんを理解してあげる事ができない。


だけど今はそんな私情を考えているときではない。小枝樹くんが大丈夫なのかを知らなくてはいけない。その時


「よしよし。怪我がないならオールオッケー。よし皆作業に戻っ、いてっ……」


立ち上がった小枝樹くんは痛みを感じたのか、足を少しだけ引き摺った。


「おい拓真、大丈夫か……?」


すぐさま城鐘くんが小枝樹くんの元へと駆け寄り心配する。


「ははは……。おかしいな、足くじいてるみたいだ。いって……」


城鐘くんの肩につかまりなんとか立っているという状況の小枝樹くん。それも小枝樹くんの笑顔が絶える事はなかった。


「悪い。ちょっと保健室行ってくるから作業のほう頼むわ。本当にごめん。シップでも貼ってもらってすぐに戻るから」


そう言いながら誰の力も借りずに小枝樹くんは足を引き摺りながら教室を出て行った。



そして小枝樹くんが出て行った後の教室はとても静かだった。小枝樹くんに作業を頼むと言われているのに誰も動こうとはしなかった。


小枝樹くんに助けられた女子生徒は動揺していて何が何だか分かっていない状況。そんな彼女に優しい言葉をかける友人。だけどそれだけではない。


静寂に包まれている教室の中で「自業自得だよ」「天才がかっこつけただけだ」と小枝樹くんを卑下する言葉が飛び交う。


そんな言葉を聞いて私は純粋に怒りを感じた。


だって、小枝樹くんは皆の事を考えていた。皆が最後に笑っていられるようにちゃんと考えていた。どんなに自分が悪者扱いされても、小枝樹くんは皆との楽しいを共有したいって願っていた。


なのに……、なのに……。


私の怒りが沸点を超え、その怒りを言葉で具現化しようとした時


「今、自業自得って言った奴、誰だよ」


私が言う前に言葉を発したのは、城鐘 レイだった。


そしてその怒りは教室中に響き渡る事になる。


「拓真の気持ちも考えないで、ふざけた事いってんじゃねぇぞっ!! 誰だよ、誰なんだよっ!! 今言ったのは誰だよっ!! 拓真はな、精一杯頑張ってんだよ、お前等みたいな自分を卑下するような奴等にも精一杯笑ってもらいたいって努力してたんだよっ!! それを、自業自得だって……? ふざけんな、ふざけんなああああああっ!!」


「駄目だよ城鐘くんっ!! 落ちついてっ!!」


怒号を上げる城鐘くんの体を押さえる神沢くん。


「うるせぇっ!! イケメンは黙ってろっ!! コイツ等は何も考えないで天才だっていう拓真を標的にしてるだけだろっ!!」


「それでも駄目なんだよっ!! 僕だって、怒ってるんだ……!! 僕だって我慢してるんだ……!! だから城鐘くんも我慢して……」


城鐘くんの身体を押さえている神沢くんの腕は震えていた。本当に自分の怒りを理性で保っているように見えた。


「神沢……」


その言葉で少しだけ落ち着きを見せる城鐘くん。だが、クラス内の状況は殺伐としていた。だからこそ、ここで私が言わなきゃいけない。


「皆聞いて。たぶんここではっきりとしておかなきゃいけない事だと思うから。今の城鐘くんの言葉を聞いてきっと皆は動揺してると思う。それでも私は彼の言う事が間違っていないって思うの」


これくらしか私は小枝樹くんに何も返せない。


「確かに小枝樹くんは天才。そして皆にも酷い事を言ったと思う。それは言葉だけじゃなくて行動も。だけど、今の小枝樹くんを見て皆はどう思う? なんの利益も無いのに誰かの為に動ける小枝樹くんを皆はどう思う? 私は凄いって思うわ。自分が大怪我をするかもしれないのに助けて、自分は楽しくないのにクラスの出し物の喫茶店を獲得して……。小枝樹くんは皆が思っているような嫌味な天才じゃない」


私はいったい何を言っているのだろう。


「小枝樹くんは何も考えていないの。ただ自分のやりたい事を押し付けているだけ……。でも、それで救われた人だって絶対にいる。だからお願い、本当の小枝樹くんを見てあげて」


これが私の精一杯だ。だから最後まで貫こう。


「今から保健室に行けばきっと小枝樹くんの本心が聞けると思う。そうですよね如月先生」


廊下から教室内を見ている如月先生に声をかける。小枝樹くんが教室を出て行って城鐘くんが怒っている途中に如月先生はあの場所にいた。そして


「そうだな。もしかしたら聞けるかもしれないな。まぁ私は小枝樹の様子を見にいくとするよ」


そう言い如月先生はいなくなる。そして教室。私の言葉を受け入れるか受け入れないか迷っている生徒達。


本当にもう、どうして私がこんな事をいなくてはいけないの。これも全部、天才の小枝樹くんのせいよ。


そう思い、私は息を吸った。そして


「何でも良いから保健室に行きなさいって言っているのよっ!!!!」


これが私の精一杯。もう何も出来ない。後は本人に任せるしかない。


私の叫び声を聞いた生徒達は一人、また一人と教室から出て行って保健室へと向かっていった。そして取り残されるのはいつものメンバー。


「おい、一之瀬」


城鐘くんが話しかけてくる。


「なに?」


「その、なんだ。俺の言いたい事を冷静に代弁してくれてありがとな。それに神沢も、止めてくれてありがと」


ぶっきらぼうに言う城鐘くん。そんな城鐘くんを茶化す神沢くん。


これが小枝樹くんが作ってきた空間。だからこそ、私は皆にも小枝樹くんの優しさを知ってもらいたいっておもったんだ。









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