26 中編 (拓真)
一日の過ぎる時間が今日はやけに早く感じた。楽しみにしている訳ではないが、朝一之瀬に言われた文化祭の件についての話し合い。
俺はその時間が待ち遠しくてしょうがなかったんだっ!! まぁ、普通に楽しみにしていたという事ですよね。
午前の授業は適当に聞き流し、昼食は体力をつける為にガッツリと食べ、そして午後の授業も適当に聞き流して今に至る。
後数分だ。後数分で作戦会議が開かれる。今回の目標は作戦隊長を決め、時間が許す限り我々の戦場での作戦及びどう勝利を手中に収めるかを話し合う。いわば初期段階における作戦会議だ。
その時刻、他クラスも同じ会議が行われ自身の保身と、自身の勝利を目指し最善を尽くしてくるであろう。
確かに戦いまでには時間がある。だが、この瞬間からもう戦いは始まっているのだっ!!
故に我は声を荒げ天高く叫ぼう。この戦、必ず我がクラスに勝利があらんことをっ!!
キーンコーンカーンコーン
「よーしお前等席につけー」
チャイムの音と同時にアン子が教室に入ってきて言葉を発する。俺は真剣な顔をしているものの、心の中ではドキドキとワクワクが止まりません。
「この時間は文化祭の事を話し合う。まずは文化祭実行委員を決める。誰かやりたい奴はいるかー?」
教卓の手をつき、教室中を見渡しながら言葉をかけるアン子。だが、その言葉には誰も答えない。まぁそれもそうだろう。ここにいる全員が文化祭を楽しみたいと思っている。だが、それと文化祭実行委員になるのとは話が別だ。
目立ちたがりの阿呆以外は実行委員なんていう面倒くさい仕事なんかしないだろう。
まず、実行委員になると文化祭を純粋に楽しむ事が出来ない。それは何故か、本番までの間は放課後というで拘束され、他クラスの事から何もかもをやらなくてはいけない。
クラスの連中には自分達のやりたい事が委員会で通らなければ怒られるし、委員会でわがままを言い続ければ爪弾きにされる。完全に中間管理職だ。部下には文句を言われ、上司からは責められる。そんな面倒くさい仕事なんて物好き以外は自らいありたがらないであろう。
そして問題はそれだけではない。準備期間までの事柄だけでも面倒くさく思えてしまうのに、一番の問題は本番だ。
文化祭を成功させるために当日の問題は避けたい。その為、クラスの出し物以外にも見回りなどの雑用をこなさなくてはいけないのだ。準備期間でも拘束されるのに、文化祭当日も拘束されるなんて誰も望んではいないであろう。
だからこそ、誰も自ら文化祭実行委員をやろうとはしない。その時だった
「はーい。私は小枝樹くんが良いって思いまーす」
クラスのモブ女子Aが俺の名前を言い始めた。ここでハッキリさせておくが新キャラは登場しません。
そしてその声に賛同するかのようにクラスの連中が「確かに小枝樹ならいいかも」「アイツ天才だし、俺らみたいな凡人がやるより良いよな」などの俺に対するあてつけの様な発言まで飛び出すしまつ。
そんな言葉を聞いている担任である如月杏子の眉が一瞬だけピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。
アン子は俺の幼馴染みたいなやつだ。歳が離れているせいで怖い姉貴にしか見えないけど、それでもレイが転校してきてからの一件があって以来、俺に対する他の生徒達の言葉には敏感になっている。
「おい小枝樹。お前が良いという案が出ているが、やっても良いと思うか?」
冷静に教師を務めるアン子。さすがに大人なだけある。それでも俺を見てくるアン子の目は「嫌なら断れ」と言っていた。俺はそんなアン子に答えを出そうとするが
「ちょっと何勝手に小枝樹を立候補させてるわけ? 自分達がやりたくないからって、天才を理由に小枝樹に押し付けるのはおかしいんじゃない?」
佐々路だった。
はぁ……。俺の為を想って言ってくれているのは分かるが、今のこの状況を見ていてそれは火に油だ。案の定クラス内は一触即発といった雰囲気に陥ってしまっている。
もう、どうにかこうにか逃げ切ろうと思っていたのに仕方が無い。
俺は椅子から立ち上がって文化祭実行委員をする節を伝えようとした。だが
「そうね、小枝樹くんに文化祭実行委員をやってもらいましょう」
俺が立ち上がるよりも僅かに早く、隣の天才少女が立ち上がり言葉を発した。その声がクラス内に響き渡る。とても澄んだ綺麗な声。そしてクラス内は一瞬だけ静寂になる。
「でも、ここで問題になってしまうのは小枝樹くん以外の実行委員をどう決めるかということ。そこで私から提案なんだけど、皆は小枝樹くんが天才だから実行委員をやって欲しいと思ったのよね? ならそのパートナーは天才の私が一番相応しいと思うのだけれど、どうかしら?」
自信満々に微笑む一之瀬に誰も何も言わない。ただ俺が思うことは、一之瀬のマックス嫌味をどこまでの奴等が認識しているかだ。
ここにいる奴等は面倒な仕事を天才である俺に嫌がらせの如く押し付けようとしてきた。その理由が凡人よりも天才がやれば良いだ。だがそんな天才に当てはまるのは俺だけじゃない。
一之瀬 夏蓮。彼女も該当してしまう。だが、嫌われている俺とは正反対に一之瀬は人気があるし好かれている。そんな一之瀬を貶めるつもりで天才という言葉を使ったわけじゃない。だからこそ、本当ならば一之瀬の提案を認めたくないと思っているはずだ。
でも、それを認めてしまったらこの俺を実行委員にさせることが出来ない。天才だからという理由を撤回してしまったら、俺を候補に上げる筋が通らないからだ。
そんな状況を逆手に取り一之瀬は発言したのだろう。
まぁきっと、ここにいる奴のほとんどがその意図に気がついていない。俺ですら考えても一之瀬の本意に辿り着かないんだ。誰も気がつきはしないであろう。
すると一之瀬の言葉を聞いた生徒達は「まぁ一之瀬さんが言うなら」「確かに一之瀬さんなら」と口々に一之瀬の言葉を肯定し始めていた。そんな雰囲気を察したのかアン子が
「一之瀬はこう言っているが、小枝樹はそれでいいか?」
ここで俺が嫌だと答えれば一之瀬の援護が無駄になる。というか俺は自分でどうにか出来たんだ。一之瀬の援護なんて普通に余計だったんだ。と言いたいが、そんな気持ちを裏切れないのが俺の弱いところだ。
「あ、はい。俺は大丈夫です」
普通に肯定することしか出来ません……。
そしてアン子が俺と一之瀬が正式に実行委員になった事をクラスの連中に伝え、それを納得しているのかしていないのか分からない拍手はおこる。
その後は俺と一之瀬が教室の前に立ち、今後の文化祭に向けての話し合いを進めていった。まぁまだ委員会の話し合いが放課後なだけに、今日のクラスでの話し合いは適当なものになっている。
自分達のクラスでは何をしたいのか、どうしたいのか、何に参加したいのかしたくないのか。そんな内容を曖昧に話し合うだけで、何か特別に意味のある話し合いではなかった。
だが、委員会に出席しその後、クラスで話し合う時はそうも言ってられない。決める事はちゃんと決め、やるべき事はちゃんとやる。そうしないと楽しい文化祭を迎えることすら出来ない。
文化祭実行委員に不本意ながらもなってしまったからには、なんとしてでも楽しみたいし皆にも楽しいと思ってもらいたい。
そんな、他者にとってどうでもいい覚悟を決めながら、時間が過ぎていった。
そして今日の授業が全て終わった放課後。
クラスの皆は各々に帰る準備をしていた。部活がある者は足早に教室を出て行き、そうでない者はダラダラと教室に残っている状態だった。
そんな状況の中で俺はある人物に物言いたいと思って声をかける。
「おい、佐々路」
そうだ。全ての現況はこの佐々路 楓という女にある。一言でも文句を言わなきゃ俺の気が治まらない。
「ん? なに? 小枝樹」
何をとぼけて普通に返事をしているんですかこの女は。俺の怒りゲージは最高潮を迎えてしまいますよ。
そして俺はそんな佐々路に
「その、あれだ。さっきの━━」
「本当にさっきはごめんね。あと、ありがとう」
俺の言葉を遮りながら言葉を発する佐々路。その言葉を聞いて俺は普通に嬉しく思った。それは何故なのか、そんなの当たり前でしょ。
俺が自分の意思を伝える前に佐々路は自分の犯してしまった罪を理解し、そして懺悔してきているのだ。その謝罪の言葉があるだけで俺の心は神のように広くなってしまいますよ。
だが、おかしいな。どうして佐々路はそんな言葉を、俺の目を見ながら言わないんだ? というか俺の後方にいる誰かに言っているような視線だ。なんだ。明らかにおかしいぞ。
俺は少しだけ疑問に思いながら数秒の時間を無駄にするかの如く、静止してみた。すると
「別に楓にお礼を言われるような事はしてないわ」
「でも、夏蓮がいなかったらもう大変なことになってたよー。だから、ありがとうなの」
………………。
おかしいよねっ!? 俺じゃなくて一之瀬にお礼を言ってるのって普通におかしいよねえええええええっ!? つか、別に一之瀬は何もしてないしっ!! 一之瀬にどうにかされなくったって俺にも解決できたしっ!!
それよりも何よりも、佐々路が俺に何も言ってこないのが腹立つ。
「おい、佐々路。一之瀬にお礼を言っている所悪いんだが、俺には何も無いのか?」
自分の中で思っている事を我慢できず、俺は一之瀬と会話をしている佐々路に言ってしまった。すると佐々路は
「は? 小枝樹なに言ってんの? 小枝樹を助けようとしたのはあたしで、お礼を言われるのはあたしの方じゃない?」
この女っ……!!
「いいか佐々路よく聞けよ。お前が俺を助けてくれようとしていたのは分かってる。だけど、あの場所で佐々路が出しゃばってくるのは火に油だ。つかお前があの場で何もしてこなかったら、俺は普通にもっといい解決方法であの場を乗り切ってたっ!」
「はぁ!? アンタが困ってると思ってやったんでしょ!? それをあたしが邪魔したみたいな言い方してさぁ。本当に小枝樹はデリカシーがないよね」
俺の言葉に強気で反論してくる佐々路。その言葉を聞いて俺の気持ちにも火をが着いてしまった。
「デリカシーがないは関係ないだろ。つか俺が何かアクションを起こす前に佐々路が勝手に動き出したんだろっ!?」
「だったらあたしより早く動けばよかったじゃん。小枝樹の動きが遅かっただけでしょ」
「お前の行動が早すぎたんだっ!! それじゃなくてもお前は俺の事になるとムキになりすぎるんだよ。もっとその場の状況を見て、その後に判断して行動しろよ」
「あたしの行動を小枝樹にとやかく言われる筋合いなんてないねっ! てか本当にあたしが何もしなくて丸く治められたの? それすら疑問に思うけどね」
この女、マジで説教してやる。
確かに佐々路の言い分も分からなくはないが、なんとなく佐々路には言ってやらなきゃいけないと思った。だが、その時
「あの、二人で白熱しているところ申し訳ないのだけれど……。そろそろ文化祭実行委員会の時間だから、小枝樹くんを借りてもいいかしら楓」
一之瀬が俺と佐々路の間に入ってきた。確かにこの後は実行委員の話し合いがある。だけど、なんでかな。
俺が佐々路の所有物みたいにいうのはやめてくれないかな一之瀬さんっ!!
「あ、うん。ごめんね夏蓮」
お前も何普通に謝ってんだよおおおおおおおおっ!! 俺はお前お所有物なんじゃないんだからねっ!! あと、ツンデレでもないんだからねっ!!
一之瀬の言葉を聞いた佐々路は冷静になったのか、感情を押さえ込み普段の佐々路に戻る。というか、怒ってる佐々路も俺にとっては普段通りというかなんというか……。
それでも冷静になった佐々路は、一之瀬が言ったように俺を解放し一之瀬と少し会話をしてから
「それじゃ、委員会頑張ってね夏蓮。あと、小枝樹は死ね」
一之瀬に言葉を言っているときは満面の笑みで、俺に言葉を言っている時は連続殺人犯のような顔つきで言い、佐々路は帰っていった。
つか、本当に佐々路は俺の事好きなのか? 普通に疑問に思ってしまう。
そんな疑問を浮かべながらも、俺は一之瀬と実行委員の会議場へと向かったのだった。
文化祭実行委員が集まる教室へと向かっている最中。俺は一之瀬と話をしていた。
その話の内容は。
「本当に、貴方と楓は仲がいいのね」
いったいこの天才少女さんは何を言っているんですかね? さっきの状況を目の前で見ていたのに、よくもまぁそんな台詞が出てきますよ。
俺のそんな一之瀬に嘆息気味に答える。
「おいおい、どうしてそんな答えるになる。今の今まで俺と佐々路は喧嘩してたんだぞ? 俺は一之瀬の答えが斜め上過ぎて困惑してるよ……」
廊下を歩き、放課後に談笑をしている生徒の横を通り過ぎながら俺は項垂れた。
だが、そんな俺の言葉を理解してるのかしていないのか。一之瀬は微笑みながら言い返してくる。
「何を言っているの。喧嘩するほど仲が良いと、私達の先人が残してくれた素晴らしい言葉があるじゃない」
一之瀬の意見は尤もだった。確かに先人が残したその言葉がある。だけど、決して回りからみたら仲が良いとは思わないだろう。つか、そんな風に見ていた一之瀬にビックリだ。
「あのなぁ……。確かに先人が残してくれた有り難い言葉はある。だが、それをどんな状況でも当てはめるのは思考停止だと俺は思うぞ、一之瀬」
「思考停止ね……。もし許されるのであれば止まってみたいものね」
今の一之瀬は普通だ。鞄を持ち、その綺麗な身体を美しく見せる事のできる歩み方、普通に歩いているだけで靡いて魅了させる黒髪。そしていつものように俺の隣を歩いているだけの一之瀬なのに、何故かその言葉を言った一之瀬は寂しそうに見えた。
だが、そんなしおらしい一之瀬は一瞬で
「それで気になっていたのだけれど、私が助けなかったらどういう風にあの場を乗り切っていたの?」
不意に変えられる話の内容。だが、それは一之瀬が何を悟られないようにとしているのは何となく分かっていた。でも俺は、そんな一之瀬の話に乗っかることしか出来ない。
「あー、まぁあれだ。一之瀬が何もしなかったら、その場では俺が委員になることを肯定する。だけどそれだけじゃ佐々路に対する他の生徒の怒りが収まらない。だからこそ委員になった俺が責任という形で佐々路を委員にする事で全てを解決しようとしてた」
「あら、小枝樹くんがそんなまともな考えを持っているとは思って無かったわ」
普通に驚いている一之瀬。だが、その笑みが嘘で驚いているのも演技なのだと俺には分かる。だってコイツは何があっても俺の事を褒めようとなんてしないからだ。
もう、騙されたりしないからな。俺はお前を疑ってるからな。
「あのな一之瀬。分かりやすい嘘をつくのは止めなさい。今の俺の考えは、完全にまともだとは言い切れないよ。だってやりたくも無い委員を結局その場を治める為にやらなきゃいけない答えなんだぜ? あの時、佐々路がでしゃばって来なかったらいくらでも逃げ道があったのに……」
俺は後悔をしていた。本当にどうして佐々路が動く前に自分が動かなかったのか。いやでも、俺は一番早い状況で動こうとしていた。それよりも早く佐々路が動いたんだ。それってマジでアイツ、本能で動いてんじゃね?
そんな動物並みの行動力をもった人間に、理性を一瞬でもきかせた人間が勝てるわけないんですよ。この勝負、なにがあっても俺の負けだったという事ですか……。
という事は俺が文化祭実行委員になるのは必然だったと、神様は言うんですね。
「ふふふっ。確かにあの場で楓が何もしなければ小枝樹くんは自分が実行委員にならなくてすむ状況を作り出せていたのかも知れないわね」
悪戯に笑みを浮かべて俺を見てくる一之瀬。その笑みを見て俺は普通に思ってしまう。
どうしてコイツは人を小ばかにするのが上手いんですかね。
「あのな一之瀬。いい感じの事を言っているつもりなのかもしれないが、一之瀬が今の俺を馬鹿にしているってまる分かりだぞ。だからもう、俺を馬鹿にするのはやめなさい」
「あら、何を言っているの。私が小枝樹くんを馬鹿にするのは、今に始まった事ではないでしょ?」
無邪気な笑顔。子供みたいな一之瀬。
そんな一之瀬を俺はずいぶん見ていなかった気がする。俺にとってここ最近は色々な事が起きていたから、こんな一之瀬を見ていなかったんだろうな。自分でもビックリするくらい今の一之瀬を見て安心している。
それどころか、どうして一学期の時にこんな一之瀬をちゃんと見てこなかったんだろう。コイツは天才少女とか言われているだけで、中身はその変の女子高生同様に普通の女の子だ。
いや、普通の女子高生よりも無邪気なのかもしれない。そんな今の一之瀬を見て心が和んでいる自分がいた。
「確かに一之瀬が俺を馬鹿にするのは今に始まったことじゃないな……」
そう言い、俺はワザとらしく苦笑した。そしてその苦笑の意味をすぐに察してくれる一之瀬。こんな一之瀬との二人の空間が心地よくて、俺は何も考えずに俺でいられる。
だけど、それはレイと雪菜のおかげで。自分でいて良いのだと再認識した。
そんな事を感じていると委員会の会議をする教室の目の前まで来ていた。
教室の中からは生徒達の声が聞こえる。きっともう数人は集まっているのだろう。そんな教室の前で俺と一之瀬は一瞬だけ目を合わせた。
それは自分達にできる事を精一杯やり遂げようという強い瞳で、それを確認して俺らはその教室の扉を開いた。
会議が終わって陽が落ちてしまった時間帯。俺は一之瀬と二人で学校の門をくぐっていた。
俺も一之瀬も少し疲れている。自分の疲れは分かっているが、一之瀬は疲れはさっきの会議を見ていれば誰にでも分かるだろう。
会議の内容はいたって普通だ。初回の会議という事もあって委員長を決める話になった。
その会議の内容は良かったんだ。だって俺と一之瀬以外の生徒達は、もうビックリしてしまうくらいの目立ちたがり屋だった。普通の高校ならば委員長を決めるのに時間がかかるだろう。確かに俺らも時間がかかった。
だが、その理由は立候補者が多かったからだ。
あまりにも馬鹿げた話し合いだ。自分はこうする事ができる、私はこう考えていると、委員長になりたいが為に自分の良さをアピールする意味不明な会議になっていた。
ここまで話して悪いのですが結果を話そう。今日は委員長が決まっただけでした。
どうして委員長を決めるだけでこんなにも時間を費やすんですか。馬鹿ですか。時間の使い方が間違っていますよ高校生。
そんな高校生と同類なんです俺は。
そして会議の内容に戻りますが、本当にくだらい自分自慢大会ですよ。先にも述べたと思うが、自分の中の高い能力を一斉に言い始め、進行役を勤めた先輩が可愛そうだった……。
でも、どうしてあんなにも血眼になって委員長になりたいと志願していたのだろう? まぁそんな事は考えればすぐにでも分かることですよね。
天才少女の一之瀬さんが委員に参加してるからですよ。ここで委員長になって文化祭を成功させる事ができれば、学生のお遊びと言っても一之瀬の上に立つ事ができた証になる。
それと予断ですが、俺は終始睨まれっぱなしでした……。マジで怖かった。本気で殺られるんじゃないかと思いましたよ。
まぁそんなこんなで、関わりたくもないバトルの熱に当てられた俺と一之瀬は現在進行形で疲れ果ててます。
「一之瀬、大丈夫か……?」
「えぇ……。私なら大丈夫よ……」
弱々しい声音から察するに一之瀬は大丈夫ではないだろう。そういう俺もかなり疲れてしまっているのだが……。
そんな俺らはこの世に未練を残した亡霊の如く、岐路を辿っています。
「それにしても、どうしてあんなにも白熱できるのかしら……。私には不思議でならないわ」
体が疲れてしまっているのか、一之瀬は鞄を体の前に待ってきて両手で持ち始めた。そして嘆息気味に俺に言ったのだった。
「そんなの一之瀬に敵対心を燃やしてたからに決まってんだろ。あの一之瀬財閥の次期当主さんがいるんだぞ? ここぞとばかりに実績を上げておきたいだろ」
「あら、小枝樹くんにはそう見えていたのね。私には小枝樹くんに対する怨恨の念からくる暴動にしか見えなかったけどね」
冗談を言えるくらいの余裕が天才少女さんにはあるみたいですね。俺にはもうツッコむ気力すら残っていませんよ……。でもまぁ、付き合いますか。
「何言ってんだよ。この俺が人様に恨まれるような事をするとでも……、ありましたね」
「そうね。今の貴方はクラスだけではなく、この学校中の生徒から恨まれていてもおかしくはないわよね。本当にあの時の貴方の行動は酷かったわ」
隣にいる俺の顔を見ながら微笑み、悪戯に俺の心を抉る一之瀬。そんな一之瀬の言葉を聞いて俺の気力は更に奪われた。
「何か……。本当にすみません……」
「あら、私は別にもう怒っていないわよ。ただ、きっと皆は焦っているだけなのよ」
日が傾きもうそろそろ落ちようとしている空を見つめながら一之瀬は言う。そんな一之瀬につられて俺も空を見上げた。
「焦ってるって何にだよ」
「ずっと普通だと思っていて、目にも入れていなかった存在がある日突然、天才になったのよ? そんな唐突な出来事は凡人を焦られてしまうのよ。今まで安穏と自分のポジションにい続けていたのに異端が現れれば、焦りもするし妬んでもしまう」
本当に一之瀬がの言う事は尤もなころだらけで困っちまうよ。俺になんて答えて欲しいんだ? まぁそうだな
「自分のせいだとは思いたくないけど、明らかに俺が関わってるのだけは分かる。初めから天才のままでいればこんな事にならなかったのにな……。本当に俺は馬鹿だ」
太陽が沈んでいくオレンジ色が消え、世界が星の光と人工的な光で満たされた。
自分がしてしまった事を後悔することさえ、今の俺には許されない。それは許しではなく、俺が許したくないって思っているんだ。皆を傷つけてしまった事実は消えないし、このまま俺はずっと嫌わせ者のままなのかもしれない。
それでも自分なりに償いはしようって思ってる。だって今の俺には━━
「……小枝樹くん」
不意に俺の腕を掴む一之瀬。俺の目の前に立って、右腕を掴んで、俯いて……。
「ごめんなさい……。私、小枝樹くんに嫌な事思いださせているわね……。本当はもっと他の話とかしたいのに……。私って駄目な女ね」
……一之瀬。
俯いている顔を上げずに、俺へと謝罪する一之瀬を見ている俺は素直に思う。なんでコイツはこんなにも純粋なんだろうって。出会った当初じゃ考えられなかったな。天才少女の一之瀬 夏蓮がこんなにも人間らしいなんてな。嫌ってた俺が馬鹿みたいだ。
そんな俯いている一之瀬の頭の上に俺は手を置いた。
「何謝ってんだよ。俺なら別に平気だよ。まぁ気にしてないって言ったら嘘になるけど、それでもこれは俺がどうにかしなきゃいけない事だろ? でも前みたいに一之瀬には関係ないとかは言わない。だから、もしも俺が諦めそうになったら、その時は俺を支えてくれるか?」
俺の手を頭から退けようともせずに、一之瀬は俯いていたその顔を俺へと向けた。
初めは驚いている様子でその瞳を大きく見開いていたが、そんなのは一瞬で、すぐに微笑み一之瀬はこう言う。
「えぇ……。私が小枝樹くんを、支えるわ」
秋の夜。寒さが身に染みはじめる季節。そんな季節なのに、一之瀬の言葉はとても温かくて、一之瀬の髪の毛はサラサラで心地が良くて、俺の心も温かくなったような気がした。だから俺は
「なぁ一之瀬」
「なに?」
「絶対に楽しい文化祭にしてやろうなっ!」
そう言って俺は笑った。誰にも負けないくらいの満面の笑み。もう、昔の全てを拒絶した俺じゃないと、自分で自分を胸晴れるように。
「えぇ、絶対に」
一之瀬の言葉を切っ掛けに、俺と一之瀬は互いに微笑んだ。大切な今を生きるために、大切な思い出を作るために……。