表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第五部 二学期 再会ト拒絶
73/134

25 中編 (拓真)

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた時には病院のベッドの上だった。


寝起きの朦朧とした意識の中、ゆっくりと今の置かれている現状を把握しようと俺は試みた。


だるく重い体を起こし、力の入りづらい手で自分の顔を押さえる。そして一つ溜め息を吐き全てを思いだす。俺はまた倒れたのだと……。


だが今回は一学期の時とは状況がまったく異なる。


あの時は牧下の為に頑張りすぎたせいでなってしまったが、今回は全て自分の落ち度だ。


誰も傷つかない未来を選択した。誰も苦しまない未来を俺は選択したはずなのに……。どうして翔悟はあんな事を言ったんだ。どうして崎本はあんな顔をしたんだ。どうして神沢はあんな悲しそうだったんだ。


どうして、レイが俺を助けたんだ……。


分からない事だらけで混乱していた。自分のとった行動が全て間違いだったのだと誰かに言われているようだ。それでも今の自分を肯定しなければ何も前には進まないと思っている。


それが正しくなかったからこそ、俺が再び倒れるという結果に落ち着いてしまったのだ。なら今の俺はいったいどうすればいいんだ。


自分の中で正しいと思う行動は全てした。それでも俺は許されないのか……。天才は許される事がないって言うのかよ……。


こんなに苦しいのに、誰かを傷つけるなんて本当はしたくなのに……!! だけど俺と一緒にいればまた皆が傷つく。そんなのは絶対に嫌なんだ。


だから許されるまで何度でも同じ事を繰り返す。たとえまた発作が起こったとしても……。

 

 

 

 

 

 

 

 退院はとても早かった。いつもの事であるのと俺の自分の体への対応が冷静だったことも全て含めて。そして冷静になるのにも十分な時間をもらった。


再び登校した俺はもう何も感じなくなっていた。


何度でもやり続けると決めたから。どんなに誰かを傷つけても許されるまで何度でもすると決めたから。


他人の視線や、俺に対する悪口。その全てを俺はシャットアウトする。何も聞こえない、何も感じない灰色の世界。これが本当の俺が見ている世界なのだと再認識し少しだけ驚く。


こんなにも俺の世界には何も無くて、清々しいほどに無だ。それでいて少しだけ楽だと感じてしまっている俺もいた。


誰とも関わらなくて良い、誰にも干渉しなくて良い、誰の心配もしなくて良い。その全てが今の俺に楽だと感じさせていた。


その感覚に陥れば陥るほど素晴らしいくらいに感情という人間に尤も不必要なものが心の奥底に封印され、感じるという概念すら忘れそうになる。


そんな事を考えているだけで時間は過ぎていき、授業が始まる。


いつものように自分の席に座って、いつものように授業を受ける。そしてふと、俺は隣の席に座っている天才少女へと視線を動かした。


そこには、もう何の色も見えない灰色の天才少女がいて、その瞬間に全ての感情が封印されたのだと認識した。


少し前に見た天才少女はとても色づいていて輝いていて、どうしてなのかと疑問に思ってしまうほどだったのに、今の天才少女は他の人間同様に灰色。


きっとあの時の俺はこの天才少女に助けを求めていたのかもしれない。こんな俺を止めて欲しいと願っていたのかも知れない。だが、もうそれは叶わなくて俺の心はいとも簡単に閉ざされてしまった。


機械のように無機質な心。だが機械と違って人間の命令を素直に聞くことはない。それが、天才の小枝樹 拓真なんだ。


だが、不思議と何もかもを失ってしまったという感覚にはならなかった。だってそうだろ。俺は何も失ってなんかいない。初めから何も持ち合わせていなかったのだから……。


そして時間は過ぎていき、昼休みになる。俺はいつものように誰もいない場所を捜し求めて校内をウロウロと歩き回っていた。


俺の事を見ている生徒達は俺から目を逸らし、俺が通り過ぎると悪口を吐く。俺がどんなに拒絶をしても関わろうとしてきた奴らさえ、もう俺に関わろうとしなかった。


だが、それでいいんだ。これが俺の求めていた現実なんだ。こんな事くらいしか俺には出来ないんだ。独りになる苦しさは分かっているけれど、アイツ等が苦しむより何倍もマシだ。


荒んでいく心。それは表情にも表れてしまっているのか、鏡で見る自分の表情がとても惨めだった。


昼休みも終わって午後の授業。午前の時と同じで、何も感じない。


授業を真面目に受けなくてもテストで点数を取ることは容易い。真面目にやらなくても俺は何でも出来る。それがこの世界の異端。天才なのだから。


何も感じなくなると過ぎる時間も早く感じてしまう。さっきまで昼だと思っていたのに、もう放課後だ。


HRを終えて担任教師の杏子が教室から出て行く。そして生徒達も学校という強制された状況が終り安堵の表情を浮かべ楽しい放課後の時間を過ごそうと思っている。そんな時


「おい拓真」


俺の目の前には城鐘 レイが立っている。そして俺の事を睨みながら俺の名前を呼んだ。


「なんだよ。まだ俺に何か言いたいのか」


全ての感情が封印されてしまっているからなのか、俺の表情は何も変わらず、そしてレイに対しても何も感じなかった。


そんな俺とレイの事を教室にいる生徒達は見ている。騒がしい感じをなくさないように頑張って友人と話してはいるが、俺から見たら全員が俺とレイに注目しているのが丸分かりだ。いつもならばすぐさま帰る生徒ですら帰ろうとしないのがその証拠になる。


そして夏休みが終わるまで友人だと思っていた者たちも俺等を見ていた。


「いや、言いたい事も確かにあるけど……。それよりも━━」


レイの表情が一瞬だけ悲しみに満ちた。だがその表情は本当に一瞬だけで、すぐにその怒りを剥き出しにした。


「今のてめぇをぶん殴りたいって思ってる」


その言葉と同時に俺の体は衝撃で後方へと飛ばされた。机を薙ぎ倒し壁へと打ちうけられる。そして頬の痛みと同時に現状を把握しようとする思考が働いた。


レイは言葉を放ったと同時に俺の胸倉を掴み、勢い良く振りかざした自身の拳を俺の頬めがけて突き出したんだ。


そんな光景を目の当たりにした教室内の生徒は言葉をなくく。それは本当につまらない静寂で何の意味もないのだと理解できる。


俺は殴られた頬を押さえながらレイを見た。そして


「殴って気がすむならそのまま殴ってくれ。俺はもう、償う術を知らない」


無様な姿だと自分で思った。殴られて飛ばされて、壁に当たって尻餅をつく。そして頬を押さえながら自身の無力さを吐露しているのだ。これを無様だと言わないで何が無様だと言う。


「わかった。なら立てよ」


俺はレイの言葉どおりに立ち上がる。


「うらっ!!」


そして再び殴られて壁にぶつかり同じように尻餅をつく。痛みは感じている。それでもこれで許されるのなら俺は何度だってレイに殴られる。


そんな俺等の姿を見ていた生徒の一部が、この状況の異質さに気がつき始め「ねぇ……、これって結構やばくない?」「先生呼んだ方がいいよね……?」と現状を把握し始めていた。


それでもレイは止まらず、何度も何度も俺を殴った。だがそれが俺の償いだと信じ、何も言わずに殴られ続ける俺。


そしてレイが殴り始めて数分経ち、レイの息を少しばかりあがり始めていた頃。


「はぁはぁ……。まだ終りじゃねぇからな、拓真。うらっ!!」


何度目なのか分からないほど俺はレイに殴り飛ばされた。そして殴られ続けた俺の体力も限界だ。顔も体も何発も殴られて体中が痛い。そして倒れこんだ俺の体に馬乗りになるレイ。


「ふざけんなよ……。本当にふざけんなよっ!!」


馬乗りになったレイは俺の胸倉を掴みながら叫んだ。そして


「どうして殴り返してこないんだっ!! 昔のお前ならすぐに殴り返してきてただろっ!!」


「わるい。今の俺にはレイを殴る資格なんてないんだよ……。ただ殴られることしか出来ないんだ……」


真っ直ぐレイの顔が見れなかった。昔のように殴れもせず、レイの顔も見ることが出来ないのが今の俺なんだ。


償うことしか出来ない。拒絶することしか出来ない。情が介入すれば天才なんて無力なんだ……。


「おい……。なんで俺を見ないんだよ……。何で拓真は俺を見ないんだよっ!!」


その怒号が響き渡り、レイは俺の胸倉を掴みながら俯いた。そんなレイの腕は震えていて、また俺がレイを苦しめてしまっているのだと悟った。だから


「レイ……。お前の気がすむまで殴れ。何度も何度も何度も何度も俺を殴って、自分の世界から俺が消えてしまうまで殴ってくれ……。そうしたらきっとレイはもう、俺から解放されるんだ」


「ふざけんなっ!!!!」


掴まれている胸倉を引っ張られ一瞬だけ上半身が床から離れた。だがそれも刹那な時間ですぐさま強い力で床へと叩きつけられる。そして


「どんなにお前を殴っても解放なんてされるわけねぇだろっ!! 天才の小枝樹 拓真って誰なんだよ……!! 俺の知ってるヒーローの拓真はどこにいんだよっ!!!!」


ヒーローの拓真……?


「誰彼構わず身勝手に守って、何の得も無いのに助けて、ムカついたら大人だって殴って、それでも間違った事は何一つしなかった。回りから間違ってるって言われてた事は全部、誰かを救うために必要な事だった。その行動をして他人からどんなに悪く言われても、笑顔を絶やさないヒーロー。そんなヒーローが、拓真が俺やユキには必要なんだよっ!!!!」


必要……? だけど俺は天才で、誰かを傷つけてしまう悪者で、そのせいでレイだって雪菜だって傷ついてるのに……。なのになんでだよ……。今更必要とか言われたって意味わかんねぇよ……。


なんで俺はコイツに殴られてるんだ……? どうしてこんなに俺が責められなきゃいけないんだ……?


俺は何か間違った事をしてきたのであろうか。自分にとって尤も最善の選択を選んできた。それでも何も解決できなかったし、前にも進みやしなかった。皆の為に俺は頑張りましたなんて事は言わない。全て俺が望んで選んだのだから。


だったら何で俺が殴られなきゃいけない。それも今俺を殴っているコイツは理由も言わないで、ただ殴りたいだけで俺を殴っている阿呆だ。


その時の俺は驚くほど冷静で目の前にいるレイだけではなく、この教室にいる全ての人間の確認する事ができた。


そして一番気になったのは、教室の扉側で固まっている雪菜、佐々路、神沢、崎本、牧下の存在だった。


「ねぇ雪菜、小枝樹と城鐘を止めなくていいのっ!?」


凄い見幕で雪菜に言い寄る佐々路。そんな佐々路の声が聞こえているのか聞こえていないのかは分からないが、雪菜は何も答えようとしていなかった。


「ど、ど、どうして……。こ、こんな事に、な、なっちゃったの……!?」


「大丈夫、きっと大丈夫だから怖がらないで牧下さん」


俺とレイの光景を目の当たりにし恐怖と悲しみが入り交ざり困惑している牧下。そんな牧下を慰めるように優しく接する神沢。


「やばいよ雪菜ちゃん。誰かが先生を呼んだみたいだよっ!」


今の光景を見ていた生徒の情報を雪菜に伝える崎本。その姿は牧下同様に困惑していて、慌てふためいているように見えた。そして雪菜が小さく呟いたのが何故だが聞こえたんだ。


「たっくん……、レイちゃん……」


その声が聞こえて今の自分の状況をもう一度整理しようと俺は試みた。


いったい俺は何をしているんだ。久しぶりに登校して、当たり前の日常が当たり前じゃなくなって。それはレイが転校してきて、俺が天才だと皆にバラして。全てが壊れていく音が聞こえて、もう一度独りになろうと決意して。


沢山皆を傷つけて、俺も苦しんで、それでレイに今は殴られて。だけどそれが俺の償いになると信じてて……。あれ、おかしいな……。どんなに周りを見渡しても━━


「もう、お前なんて殴っても意味なんかないな。俺がぶん殴りたかったのは天才のお前なんかじゃない。俺の憧れたヒーローの拓真だ。今のお前は天才かもしれないけど、俺から見たらただのクズだ。安心しろもうお前には関わらない」


俺の体の上から立ち上がり捨て台詞のように言い放つレイ。その言葉が俺の頭の中に木霊しているのが分かっているのに、どうしても気になってしまう。どうして


━━一之瀬がいないんだ……。


『私は天才である自分が嫌いなの』


あぁ、そうだな。俺も天才な自分が嫌いだよ……。


『天才として生まれてしまった私の事を、凡人の貴方が分かる訳無いのよっ!!』


ははは、ふざけんなよ。誰よりも天才の苦悩を俺は知ってるっつーの。


『私には教えて……? 私は小枝樹くんを知りたいの』


ごめんな一之瀬。最後の最後まで、俺はお前にも自分が天才だって言えなかったよ……。


『雪菜さんを見つけられるのは貴方しか出来ないのよっ!!』


本当にその通りだったよ。雪菜は俺にしか見つけられなかった。でもな、全部一之瀬がいてくれたから出来たんだぞ。


何故だか少し前までの事が頭の中で流れた。それは全部、一之瀬との事だけでそれ以外の事はなにも思いだされなかった。だけど不思議とそれが心地よくて、もう諦めても良いのだと悟った。


そして俺は去り行くレイの背中を見つめていた。


『貴方は言ったわね、このまま雪菜さんがいなくなってしまうと。もし本当に雪菜さんがいなくなっても良いと貴方が想っているのなら、そのまま膝をついて無様に嘆き続ければいい。でもね、貴方なら分かっているはずよ。雪菜さんがどこにいるのも、今の貴方が何をしたいのかも、そして……。雪菜さんが貴方に見つけてもらいたいって思っている事も』


どうして夏の日の神社で一之瀬に言われた言葉が最後に思いだされるんだ……?


確か俺はこの言葉を聞いて雪菜の居場所をもう一度真剣に考えたんだ。諦めてしまっていた俺の背中を一之瀬が押してくれたから……。でも今は雪菜を探してるんじゃない。レイを……。


「貴方は分かっているはずよ。城鐘くんが何を求めていて、そして自分が何をしたのかを。雪菜さんを見つけた時みたいにもっと単純に考えればいいのよ。それが私達の小枝樹 拓真でしょ」


一之瀬……!?


俺は痛みが奔る体を無理矢理起こし一之瀬の姿を探す。だけどどこを見てもやっぱり一之瀬はいなくて、なのにはっきりと一之瀬の声が聞こえた。


もっと単純に考える。俺が何をしたいのか、レイが何を求めているのか。小難しい事はこの際考えない。


今の俺の気持ちを素直に見つめるんだ。そしてそれを思いだすんだ。そう俺はレイに殴られて


『お前が小枝樹 拓真か』


あの時と一緒だ。俺と雪菜が楽しく遊んでる時にコイツは現れたんだ。そしていきなり俺の事を殴った。そしてその時俺が感じた感情は


ムカつくだ。


「待てよ、レイ」


俺は重くなってしまっている体を無理矢理に立ち上がらせた。そして俺の目の前から去ろうとしているレイの背中めがけて言葉を発する。


そんな俺の声に気がつきレイが振り向いた。


はっきり言っておくが体中が痛い。どうして立ち上がることが出来たのかと疑問に思ってしまう。何度も殴られたせいで口の中は鉄の味で充満している。髪の毛だってボサボサになってるし、制服だって床の埃を付着させていて汚い。


だけど、そんなもの今はどうだっていいんだ。


「何勝手に勝ち逃げしようとしてんだよ。レイ如きが俺に勝てるわけねぇだろ」


今の自分の姿を客観的に見ても負け惜しみにしか聞こえない。ここに殆どの生徒がそう感じているだろう。雪菜を除いて


「勝ち逃げ? 何言ってんだよ拓真。どう見ても俺の勝ちだろ。お前はボロボロ、俺は無傷。こんなの誰が見たって分かることだ。今更昔みたいな顔つきになっても意味なんかないんだ━━」


ドスッ


レイの言葉を遮り俺は殴っていた。そしてその衝撃を予測できていなかったレイが吹き飛ばされる。


教卓に激突し、レイが痛みでその顔を歪めた。


「わるいな。お前は昔から話が長い。今の俺が我慢できるとでも思ったのか? つーかよ、さっさと立ち上がってくんねーか? てめぇが俺に勝てないって事をここにいる皆にも分かってもらいたいんだよ」


挑発するような台詞、そして表情。今の俺はきっと笑っている。幼い頃、レイと喧嘩ばかりしていた時のように真っ直ぐにレイと向き合えていた。


「ってーなぁ。おいおいどうしたよ。天才くんもこんな乱暴をするんだな。殴られて泣きべそかくのを想像してたわ。もう、いいんだな……?」


殴られた頬を押さえながら立ち上がるレイ。そして俺に向かって言い放った。レイの表情はどこか嬉しそうで、そんなレイに俺も応えなきゃいけない。


「確かに俺は天才だ。ここにいる全ての奴等を敵に回しても負ける要素すら見つからない。天才は他人に憧れられて他人に疎まれる、そんな存在なんだ。だけど俺は疎まれる側の天才で、俺の知ってる天才少女は憧れられる側の存在だった」


何を俺は言っているんだ。それでも止められない。


「俺はそんな天才が大嫌いだった。腹が立ってムカついて、自分に無いものを持っている存在が鬱陶しかった。だけどよ、そんなもの今はどうでも良かったって思えるんだ。だってさ、天才とか凡人とかそんなもんの前に俺は━━」


やっと気がつけた。やっと一之瀬の言葉の意味が分かった。『私には小枝樹 拓真が必要なのよ』この意味がずっと分からなかったんだ。


俺は天才で、だけどその時は凡人で、いくら考えたってなんの答えも出なくて……。悩んでいた、打ち明けてしまいたいと思っていた。それくらい自分っていうものが分からなかったんだ。でも、今は分かる。


「小枝樹 拓真なんだ」


これが俺だ。守りたいものも守れないで、地べたを無様に這いつくばって、誰かを傷つけて傷つけられて、我侭で無鉄砲でどうしようもないくらいの糞ガキだ。それでも純粋にヒーローに憧れた凡人だ。


「ははははは、良い顔できるじゃねーかよ拓真。そうだよ、それなんだよ。俺が求めた拓真は」


笑いながら言うレイ。そして


「決着つけるか」


「そうだな」


レイの言葉へと返答した。そして少し離れている互いの距離をお互いに一歩ずつ縮める。その歩幅は徐々に大きくなり、自分達の体へと勢いをつけた。


互いの間合いに入る瞬間、腕を振り上げ拳を握った。


「拓真ああああああっ!!」


「レイいいいいいいっ!!」


そしてくだらない糞ガキ共の意地をかけた喧嘩が始まった。自分の居場所へと帰る為に……。







 殴り合いを始めてどのくらいの時間が経っただろう。もう時間を気にする余裕なんてなくて、ただただ目の前にいるレイ目掛けて拳を何度も突き出していた。


そんな殴り合いは互いの感情を露にするのにはとても簡易な引き金だった。


「てめぇのそう言う、何でも知ってるっていう態度が気に食わねぇんだよっ!! 拓真っ!!」


殴られる。


「何も知らないでウジウジしてるお前なんかより何十倍もましだろうがっ!!」


殴る。


「昔から何でもかんでも自分だけで解決しようとしやがって、どうしてお前は後ろにいる俺とユキを見ないんだよっ!! もっと頼れよっ!! もっと信じろよっ!!」


殴られる。


「誰が後ろだなんて言ったんだよっ!!」


殴られ立ち上がり俺は叫ぶ。息が荒れてる。だが感情的になりアドレナリンがでているのか体の痛みは殆どない。もう思考を凝らす事すらままならない。


「俺が馬鹿みたいにヒーローでいられたのは、お前と雪菜が隣にいてくれたからだ……!! はぁ、はぁ……、いつでも俺の真横に二人がいてくれたからなんだよっ!!」


笑い合えていた時の過去の情景が俺の脳裏に浮かぶ。三人で楽しそうに笑ってる。そしていつでもレイと雪菜は俺の隣にいたんだ。後ろなんかじゃない、隣にいたんだ……。


そして再び俺はレイを殴った。その時


「いったい何をやっているんだ貴様等はっ!!」


アン子の声が聞こえた。確か、誰かが先生を呼びに言ったって言ってたな。それでアン子が登場という事ですか。


だけど今の俺とレイは誰かに止められるほど理性的ではない。数年ぶりにこんなことしてんだ。簡単に冷静になれるわけがない。


そんなレイもアン子の声に気がついたみたいで


「アン子は……」


「杏子は……」


「「黙ってろっ!!!!」」


昔からこういう時だけ息が合ってたな俺等は。


俺とレイの怒号に臆したのかアン子は一歩後退した。そしてその隣で言葉を発する雪菜の声が聞こえた。


「お願いアンちゃん、もう少しだけこのまま続けさせて……?」


「雪菜……?」


「お願い……、もう少しで、あと少しで、たっくんとレイちゃんが帰って来るの……!! だから、お願い……」


雪菜……。本当に心配かけてたんだな、俺は……。


「さっさと立てよレイ。まだ終りじゃねーんだろ?」


「当たり前だろ。こんなんで終りにしてたまっかよ」


そう言いながら立ち上がるレイ。そんなレイの姿を見てもう一度、俺は臨戦態勢にはいる。だが


バタンッ


もう体が動かない。ははは、おかしいな、俺がレイに負けるのか。昔から負けたことなんて無かったのに、初めて負けるんだな。


「何だよ拓真、もう立てねーのか? まぁ、俺も限界なんだけどよ」


そう言いレイも倒れこむ。二人で天井を見上げながら大の字で倒れる。レイと初めて出会った時の喧嘩を思いだした。


互いに力の限り殴り合って結局一緒に倒れてた。その時見た青い空は今でも覚えている。そんな思い出の塗り替えが学校の教室の天井だとは思ってなかったがな。


「なぁレイ。俺等なんで喧嘩してたんだ?」


「あー? っなもん俺も忘れたよ。俺等が無意味に喧嘩するなんていつもの事だろ?」


「そりゃそうだ」


自然と笑顔になれた。根尽きるまで殴りあったからなのかは分からないが、清々しい気持ちになっているのは確かなことだった。


そして冷静になりつつある俺は体の痛みに気がつく。つか、俺はコイツと殴りあう前に何発も殴られてたんだ。ならここで俺が先に倒れても俺の勝ちじゃね? 勝ちでいいよね?


そんなふざけた考えさえ今の俺は浮かべることが出来ている。


沢山の人たちに迷惑をかけた。自分が天才だという事を言い訳にして、誰かを傷つけることが仕方の無いことだと諦めた。その結果、倒れている俺を見ている生徒達の視線が痛い。


俺はまた自分が天才だったという事で失ったんだ。普通という自分の暮らしを。だけどそれ以上に大切なものが戻ってきたような気がした。


「おし、さっさと立てよ拓真。この後あそこで鬼のような顔してる杏子に怒られるんだからよ」


そう言ったレイは立ち上がり、いまだに横になっている俺へと手を伸ばしてきた。そんなレイの手を俺は握り立ち上がる。


「あーアン子に怒られるのは嫌だなぁ……。まぁ今回の喧嘩は全部レイが原因だから俺は大丈夫かな」


「おい拓真、逃げるきかよっ!」


もう俺とレイの溝はなくなっていた。昔のように楽しくて、昔のようにアン子に怒られる事を想像している。その時


「たっくん……、レイちゃん……」


雪菜が俺とレイの前に立つ。その顔はもう涙でクシャクシャになってしまっていて、俺には申し訳ないという気持ちでいっぱいになっていた。だが


「おいおいユキ。お前は本当にいつまで経っても泣き虫だな」


「うるさいっ! レイちゃんのバカ……。本当に……、本当に心配したんだからね……!! う、うぅぅ……」


昔の光景を見ているようだった。もう二度と見ることの出来ない光景だと思ってた。レイがいなくなって俺はヒーローをやめて、ずっとずっと雪菜だけが俺等の帰りを待っていてくれたんだ。


諦めず、信じ続けて、独りで……。


そんな事を考えている中、レイは昔のように雪菜をからかっている。泣いている雪菜は負けじとレイに反抗していた。幼い頃のように。そしていつもこんな状況になるとヒーローさんはこう言うんだ。


「もうやめとけよレイ。これ以上やると喋れないくらい雪菜が本気で泣きだす。そうするとアン子に怒られる内容が増える」


「た、確かにそれは面倒だな……。おい雪ユキ、肉まん買ってやるからもう泣き止め」


何も変わらない。いや、簡単に変わる事が出来ないからこんなにも苦しみ続けてきたんだ。俺も雪菜もレイも……。


なんだよ。壊れた砂山の中にちゃっかりと綺麗な貝殻が混ざってたんだな。そんな貝殻がないと思い込んで俺はずっと怖がっていたのか……。本当に考えれば考えるほどバカだ。


だけどもう大丈夫だ。今の俺にはこの二人だけじゃない。雪菜とレイ並みにバカな友人達がいる。皆にも謝らなきゃな。でもその前に


「俺が言うのもなんだけどよ。俺とレイは雪菜に言わなきゃいけない事があるんじゃないか?」


俺はレイに言う。


そう、これを言ってちゃんとまた元通りにしていくんだ。


「ん? あー、まぁそうだな。えー、そのなんだユキ」


「何恥ずかしがってんだよレイ。まぁここまできたら一緒に言うぞ」


俺とレイは目を合わせ、互いが互いの気持ちを理解していた。


「雪菜」「ユキ」


「「ただいま」」


その言葉を聞いた雪菜の瞳からは大粒の涙がこれでもかといわんばかり流れ出してきた。そして


「おかえりなさいっ!!!!」


そう言った雪菜は俺とレイの方へと飛び込んできたのだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ