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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第五部 二学期 再会ト拒絶
72/134

25 前編 (夏蓮)

 

 

 

 

 

 

 家の中は殺風景で何か特別なものがあるわけではない。


高層マンションという金銭面的に裕福な者達が住み着くくだらない鉄の塊。住人は鼻を高くし他者へと自慢するであろう。それは嫌味なほどまでに卑しい言い方だ。


大人になりお金を持ちその魔力に魅せられてしまった愚かな存在。そんな人達は私の事をどう思うのであろう。


高校生で高級なマンションに一人暮らし。親が金持ちのだたの子供だと思うのであろうか。そんな風に思われたとしても、こんな鉄屑を購入するための資金を集める事は私にとって造作でもない。


その為の知識やスキル、そしてコネクションは繋いである。それが一之瀬財閥に生まれてしまった私の唯一の才能。


良い家柄に生まれるというのはそれだけで才能なんだ。生かすも殺すも自分次第。それを妬み羨むのがつまらない凡人だ。


今の私はとても醜い感情で埋め尽くされている。窓際から外の景色を眺めていても綺麗だと思うことが出来ない。ただただ暗い世界の明かりが、今の私を孤独だと感じさせるだけだった。


そして私は思いだす。自分がしてしまった過ちを……。


小枝樹くんが発作で倒れた。その事実を聞かされたとき私は自分の行動に後悔していた。


門倉くんを唆し行動させたのは私だ。その結果、小枝樹くんが発作を起こし倒れる結果になってしまった。もっと他にも良い方法があったのではないか、もっと他にも正しい道が伸びていたのではないかと悔やむ思いでいっぱいだった。


でも私には後悔している時間はない。雪菜さんからの依頼を遂行するには避けられなかったものだと自分に言い聞かすしかない。それに倒れた小枝樹くんを病院に連れていったのは城鐘くんだと聞いた。


これはチャンスだ。小枝樹くんと城鐘くんを救うことの出来るチャンスなんだ。


今の私の中には全ての情景が見えている。何をどう動かせばどうなるか、全ての結論が見えている。それが上手く運ぶのかは定かではない。だって私は凡人だから……。


小枝樹くんのように天才じゃない。私は凡人。天才に憧れたただの凡人……。


きっと発作は苦しかったと思う。優姫さんの件のとき、小枝樹くんが発作で倒れて、私はその姿を最後まで見て、苦しんでいる小枝樹くんを見ていたのに、私は……。


「……うっ」


胃の中の物が逆流しそうになる感覚に陥った。私はすぐさま口を手で押さえ、トイレまで走った。そして便器の中に嘔吐する。


幸い、殆ど何も食べていなかったおかげ殆どが胃液だった。そして吐き終わった私は息を切らす。胃液で汚れてしまった口周りを拭くことも忘れ、現状の事象を認識し何故なのか理解した。


これは小枝樹くんと同じ苦しみを味わわなければいけないという、私の無意識が起こした事象。そして思う。今の自分はいったい何がしたいのかと……。


「小枝樹、くん……」


全てがどうでもよくなりそうだった。だけどもう少しで小枝樹くんを救うことが出来る。私にも誰かを救うことが出来る……!!


そう思い頭の中に流れる怠惰な虚無感を一掃し再び天才少女の一之瀬 夏蓮へと戻った。




 次の日。


小枝樹くんが休んでいるせいなのか、二学期になって一番の平穏を感じていた。それは全ての生徒が感じていることだろう。


当たり前のように授業がおこなわれ、当たり前のように笑顔が飛び交う。昼休みにもなれば楽しい声が聞こえてきて、何も無かったかのように全てが順調に進んでいく。まるで小枝樹 拓真という一人の人間がもともと存在しなかったかのように……。


ポツリと空いてしまった私の隣の席。そこには確かに小枝樹 拓真がいて私にとってそれが当たり前で、その当たり前が壊れていくのがわかった……。


そして放課後、B棟三階右端の今は私達が所有している教室。そこには二学期になって初めて全てのメンバーが揃っていた。小枝樹くんを除いて。


どうしてこのタイミングで皆が集まったのかは分からない。いや皆の表情を見れば自ずと分かってしまう。


絶望し希望を取り除かれた人達の表情。これ以上もう打つ手がないと物語っている。


そんな空間はとても静かで、小さな教室に8人も集まっているようにはとても感じれなかった。


窓際にいる私から時計回りに、雪菜さん、崎本くん、門倉くん、キリカさん、優姫さん、神沢くん、楓。


椅子に座る者、壁に背を任せている者、床に座り考え込んでいる者。そんな協調性のない空間は無言という同じ方向を向いている。


小枝樹くんが倒れた事実を知っている皆は本当に自分達がやってきた事が正しいのかと疑問になっているようだ。そのとき


「ねぇ皆、そんな暗い顔やめようよ。まだあたし達には何か出来ることがあるかもしれないよ? 誰も何も思い浮かばないんだったらこのあたし佐々路 楓様がいいアイディアを出してあげるから! だから、そんな顔しないでよ……」


空元気で振舞う楓に誰も反応しない。俯くばかりで言葉を発そうともしない。そんな皆の態度に業を煮やしたのか楓は感情のまま言葉を紡いだ。


「なんで皆なにも言わないのよっ!! これで終わりでいいのっ!? このまま全部なくなっていいのっ!? あたしは嫌だよ……。皆が揃って初めてあたし達は一つなんだよっ!! 誰も欠けちゃいけないんだよ……」


「か、楓ちゃん……」


「マッキー……?」


感情的になっている楓を悲しそうな瞳で見つめ言葉をかける優姫さん。その声に反応した楓も優姫さんを見つめながら悲しみに満ちた表情を作る。


「わ、私だってこのままじゃ、い、嫌だよ……。で、でも……、わ、私は小枝樹くんに言われた。『もう俺に関わるな』って……。わ、私達が今してる事は、も、もしかしたら、さ、小枝樹くんを苦しめることになってるかもしれない……。だ、だからもう、な、なにもしない方が、い、いいのかもしれない……」


とうとう口にしてしまった。諦めの言葉を……。誰もが無理かもしれないと心のどこかで思っていた。それでもその思考を言葉を紡いでしまったら魂が宿り言霊になる。そしてそれから先なにも出来なくなる。


その恐怖があったらからこそ誰も言わなかったんだ。でもそれも、もう終わり。


「小枝樹に言われた……? あたしだって言われたよっ!! それでもどうにかしたいじゃんっ!! あたし達を助けてくれた小枝樹を助けたいじゃんっ!! 小枝樹がいなかったら今のあたし達はいなかったかもしれないんだよ……? こんな素直に自分を誰かに見せられなかったんだよ……? なのに……、どうしてマッキーはそんな事言えるのっ!?」


強い口調で言う楓の言葉で優姫さんは黙ってしまう。だが、その言葉を聞いた神沢くんが口を開いた。


「佐々路さん、牧下さんが言っている事に間違いはないと思う。僕達の行動で小枝樹くんを苦しめている可能性は否めない。それに今ここで感情的になっても現状は変わらない……」


「神沢までそんな事言うんだ……。小枝樹に助けてもらった事を忘れて何も無かったようにするんだ……」


楓の瞳は虚ろだった。信じていた者達からの否定。助けたい人を助けられない自分の無力さ。その全てを感じて思考を停止させようとしている。


「いい加減にしろよ楓っ!! お前が小枝樹を特別に思ってるのは分かるけど、もう現実を直視しなきゃダメなんじゃないのか……!?」


「うるさいっ!! 隆治は黙ってなさいよっ!!」


再び感情に任せて楓が話し始める。


「そうよ。あたしは小枝樹が好きだよ。だけどその何がいけないの……? 好きな人を助けたいって思って何がいけないの……? あたしは小枝樹の為なら何でもするよ……? ここにいる皆に嫌われたってあたしは小枝樹を選ぶっ!!」


もう歯止めが利かなくなっていた。一度外れた感情の枷はかけるタイミングを見失い。そしてこの場の全ての存在に感染していく。


「佐々路さんは、あの試合を見てなかったからそんな事が言えるんだよっ!! 僕は見た。ゆっくりゆっくり、だけど確実に門倉くんが傷ついていく様子を……!! 崎本くんだって細川さんだってその光景を垣間見たんだっ!! あの時の小枝樹くんは僕達の知ってる小枝樹くんなんかじゃない……。もう僕達の友達の小枝樹くんはいなくなったんだよ……」


神沢くんの言葉を納得している様子の崎本くん。そして楓はもう何も言い返す言葉がなくなってしまったのか無言のまま項垂れた。


その試合を私も見てはいない。神沢くんの言葉だけを聞いていればとても悲惨な状況だったのだろう。私がしかけたのに、私にはその場に行く勇気が無かった……。


ここでやめる事は簡単に出来る。それはきっと皆との間に亀裂を走られる結果になる。それは小枝樹くんを助けたいと思い行動をする者、ここで全てを諦めて何もしない者に分かれるという事だ。


この現状を把握しているのに、まだ私は何も言わない。タイミングを見計らっている。その時


「神沢が言ってる事は少し間違ってるかもしれない」


今まで何も話さなかった門倉くんが話し出した。


「その、なんだ。俺はあの時の当事者で周りの奴らに言わせてみれば被害者になるかもしれない。でも自分の気持ちと向き合って本気で拓真と勝負をしてて分かったんだ。あの時一番傷ついていたのは拓真なんだって」


「何言ってるんだよ門倉くん……? 君が一番苦しんでいたじゃないかっ! 誰が見ても門倉くんが一番━━」


「最後まで聞いてくれよ神沢っ!!」


門倉くんの話を聞き、感情的に言う神沢くんの言葉を遮り、怒号を上げる門倉くん。そして再び門倉くんの話が始まる。


「始めのルールは俺が指定した。少しでも拓真に勝つ確立を上げる為に……。でも結果は惨敗。見てた神沢や崎本なら分かるだろ? だけど俺は諦めたくなった。このままで終わりにしたくなかった。そしたら拓真がルールを変えた。そのルールは、俺が負けを認めるか、それとも俺の体が動かなくなるかだった」


その時の情景を思いだしているのか、門倉くんの瞳はどこか遠くを見ているように思えた。


「そのルールを聞いた時に思えたんだ。コイツは、拓真は俺の事を考えてくれている。俺が負けを認めないと分かりながらそのルールを俺に提案したんだ。だったら自分の体が動かなくなるまで拓真と勝負したいって思ったんだ……。それに拓真は最後にこうも言った。『夏休みまでは親友だと思っていた』それってさ少しの間でも俺の事をちゃんと親友だって思ってくれてたって事だろ?」


静寂の中、門倉くんの声だけが教室内に響き渡り、その話を皆はただ黙って聞いていた。


「なぁ神沢、聞いてもいいか? お前なら、親友だと一度でも思った人間が自分のせいで目の前で苦しんでる姿を見たらどう思う……?」


門倉くんの問いかけに神沢くんは何も答えられなかった。それどころか、門倉くんからも目を逸らし自分の中にある矛盾と戦っているように見えた。


「俺なら途中でやめる。だって親友が苦しんでる所なんて見たくないからな。でも拓真はやめなかった」


「それが天才の小枝樹の非情な所なんじゃないのかよ」


崎本くんの言っている事は尤もだ。確かに何も分かっていない人間がその現状に遭遇したら、冷徹で非情な人間の行為だと思ってしまうだろう。でも門倉くんの答えは違った。


「ちげーよ崎本。拓真はな、俺に後悔して欲しくなかったんだって思う。自分の行為で俺がどんなに傷ついても最後までやらなきゃいけないんだって思ってたんだと思う。苦しくて苦しくて、止めたくて止めたくて、それでも拓真は歯を食いしばりながら、皆の悪者になりながら俺の味方でいてくれたんだって思えるんだ」


遠くを見ているような門倉くんの表情はどこか優しさを纏っていた。きっと小枝樹くんと真正面からぶつかって自分の中でちゃんとした答えが導き出せたのであろう。


だけど、ここにいる中でそれに辿り着いたのはきっと門倉くんだけだ。小枝樹くんの親友という彼だからこそ辿り着けたのだ。


「私は翔悟くんの言っている事は正しいって思います」


「……キリカ」


門倉くんの話が終わると、隣で静かに聞いていたキリカさんが一歩前へと出て言った。そしてそんなキリカさんの姿を見た門倉くんは、少し悲しい表情を浮かべたが、それは自分の事を考えてくれているキリカさんへの感謝の気持ちも込められているようだった。


「ここで私が翔悟くんの肩を持てば、さっき崎本せんぱいが佐々路せんぱいに言っていたように、特別な気持ちがあるからだと言われてもしょうがないって思ってます。でも私は一年生だから……、せんぱい達に迷惑かけられない……。それでももっともっと先輩達と仲良くなりたいって思ってます……。だからこれから言うのは全部私の考えと気持ちです」


そう言うとキリカさんは一つ息を吸った。


「きっと小枝樹せんぱいって不器用なんだと思います。確かに神沢せんぱいが言っていたみたいに、あの試合を見ていた私は少なくても小枝樹せんぱいが憎いと一瞬でも思ってしまいました……。大切な翔悟くんを傷つけられて、苦しんでいる翔悟くんを止めてくれない小枝樹せんぱいが憎かった。でも、止めに入った私は翔悟くんに言われてしまいました。『キリカには分からない』その言葉を聞いて私も全部が分からなくなってしまいました……」


苦しそうに、その時の情景を思いだすキリカさん。そんな言葉を皆はただ黙って聞いているだけ。


「それで見に来ていた人達がしきりに翔悟くんに対して冷たくなりました。味方だと思っていた人達の態度がいきなり変わって私怖くなっちゃったんです……。でも、小枝樹せんぱいは違った。大きな声で怒鳴ってくれた、目の前で苦しんでいる翔悟くんの味方でいてくれた……!! そんな小枝樹せんぱいを私は信じたい。翔悟くんの親友の小枝樹せんぱいを信じたい……。皆さんの友達の小枝樹せんぱいを私は信じたいんですっ……!! うっ、うぅ……」


話し終わり涙を流すキリカさん。そんなキリカさんに門倉くんは


「もういいキリカ、大丈夫だから」


「うっ、うっ、うぅ……。翔悟くん……」


優しくキリカさんの頭を撫でる門倉くん。そしてその優しさで涙を完全に堪えられなくなってしまったキリカさんは門倉くんに抱きつき泣いた。


再び流れる沈黙。キリカさんの鳴き声だけが教室内に響き渡る。悲しみに包まれてしまった今のこの空間は、本当に居心地が悪かった。だが


「その、なんだろうね……」


次に沈黙を破ったのは、雪菜さんだった。


「とりあえず喧嘩はやめよ? このままじゃ、本当にあたし達バラバラになっちゃう……。ってそんな事、原因を作ったあたしの言えた義理じゃないけど……。その、なんだろう……。皆、ごめんね」


冗談交じりに笑う雪菜さん。そんな雪菜さんの言葉を聞いて、俯いていた皆が一斉に雪菜さんの方へと顔を向けた。


「キリカちゃん、ありがとね。拓真の為に泣いてくれて。門倉くん、ありがとね。最後の最後まで拓真の隣にいようとしてくれて。でももう、あたしが辛くなっちゃった……。皆が苦しんでいるのを見てて、辛くなっちゃったよ……。だから、もう終わりにしよ……? あたしの為にありがとね、後はあたしが何とかするから」


強い意志を感じだ。雪菜さんからの瞳からは何も迷いが無くて、真っ直ぐで強い眼差し。でも、そんな雪菜さんに気がつけたのは私だけみたいだった。


「なに言ってんのよ雪菜っ!! あたしはまだ大丈夫だよ!? まだまだ小枝樹の為に雪菜の為に頑張れるよっ!?」


「そうだ楓の言うとおりだ。俺だって雪菜ちゃんの為に頑張れるっ!!」


「楓ちゃん……、崎本くん……」


怒号を上げたのは楓だった。そしてその言葉を肯定する崎本くん。


「そ、そうだよ、ゆ、雪菜ちゃん。わ、私も、ま、まだまだ頑張れるよ」


「僕だって頑張れる……。いや、頑張らなきゃいけないんだ。裏切られたって思っても、小枝樹くんは僕の友達だから」


「優姫ちゃん……、神沢くん……」


みんなの気持ちが一つにまとまり掛けていた。それは壊れそうになってしまった皆の絆を雪菜さんというパイプが繋ぎなおしてくれたのだ。


前のように綺麗な関係ではないのかもしれない、継ぎはぎだらけで鉄くさい絆と絆を繋ぐ道。だが


「みんなの気持ち、本当に嬉しい。でも、もう誰も何の作戦も思いつかないんだよね……? 感情的に拓真に接しても、きっと拓真の気持ちは変わらないよ……? だから、もう大丈夫。皆に頼んだ依頼は、ここで終わり━━」


「まだよ」


このタイミングを待っていた。雪菜さんの諦めの言葉を静止するこのタイミングを。


「まだ、終わりじゃないわ雪菜さん」


「……夏蓮ちゃん?」


「もともと、依頼者である雪菜さんに仕事をさせていたのが根本的な間違いだった。それを極論的に言うのであれば、私達の仕事放棄または職務怠慢と言われてもおかしくはない。だが、それでもここにいるメンバーは皆、出来る限りの事、自分達の限界まで職務をこなしてくれた。だからここにいる人達だけでは何の解決策も生み出せないというのが現状」


私は皆を諭すように話し出す。


「皆が全力で頑張ってくれたことも理解できるし、それを私はとても評価している。きっと私には出来ない方向性で皆頑張ってくれたんだって思えるから……。だからこそ、後は私に任せて欲しいの」


この場にいる皆を見渡して、最後に雪菜さんを強い瞳で見つめた。


「ダメだよ……。もうこれ以上、皆に迷惑かけられない。夏蓮ちゃんにだって迷惑かけたくないよ……」


弱々しく言葉を発する雪菜さん。そんな雪菜さんに私は


「何を言っているの? 私は迷惑だなんて微塵にも思っていないわ。それにここまで沢山の人達が動いてくれて、それでも小枝樹くんを助けることは出来なかった。ならもう、天才の私にしか出来ないということよね?」


私は天才なんかじゃない。だけど今は、今だけはみんなの知ってる天才少女の一之瀬 夏蓮でいなくてはいけないの。


「私にはまだ一つだけ小枝樹くんを助ける事の出来る作戦がある。でもそれは皆の力を必要としない作戦なの。そしてその事象は今日きっと起こる。それはこの場所、B棟三階右端の今は私達の居場所。ここで起こるわ」


確証なんてどこにもない。それでも今はもうその未来が訪れてくることを祈り、その場を整える事くらいしか私には出来ない。


「だから今日はもう解散にしょましょう。皆疲れているわ。冷静に考える時間も必要だと思うし、それに私はどんな結末が訪れたとしても、皆で笑い会えるって信じているから」


皆を見渡す私。そんな私を見てくる皆。そして


「分かった。あたし、夏蓮ちゃんを信じるね。友達だから」


雪菜さんの笑顔。雪菜さんの優しい言葉。その全てを裏切ってしまっている私の心は苦しんでいた。


誰もが求めてしまう安らぎ。それは居心地のいい場所であったり、大切な人の笑顔だったり……。特別なものなど何もないのに安心してしまう。そんなもの。


そして雪菜さんの言葉を最後に、皆は黙って私に従って岐路についてくれた。







 一人の空間。静かな空間。そんな場所には慣れている。それは兄さんを失ってからずっとそうだったから。


誰もいない、誰も話してくれない。静寂、無音、孤独。その全てを私は慣れてしまったと思っていたのに、皆がいなくなってしまったB棟三階右端の教室で私は、寂しいと思ってしまっているの……?


感情的に話して、喧嘩になって、それでも最後には皆の意思は一つで……。そんな光景を見せられて私が独りなのだと気がついた。だけどそれでも誰もいないよりかはマシ。誰かがいれば孤独を感じなくてすむ。


なのに、今の私はそんな事よりも、もっともっと皆で楽しく話していたい。皆の笑い声を聞きたい。そんな気持ちでいっぱいになっていた。


でも今はそんな事を考えている余裕なんてない。これから訪れる彼に私が伝えられる事を伝えなくてはいけない。もしかしたら彼を傷つけたり苦しめる結果になるだろう。それでも私は


ガラガラッ


運命の扉が開かれる。


「貴方がここに来ることは予想していたわ。でも少し遅いんじゃないの? 城鐘くん」


扉を開けたのは城鐘 レイだった。


扉を開けるだけで教室には入ってこない。ただその場で立ち尽くし私を見ることもしない。その行為が何なのか私には分からなかった。


「どうして入ってこないの? 貴方が私に何を言いに来たのかは見当がついているわ。それとも、あれだけ敵意を剥き出しにしていた私にはどうしても話したくないとでも言うの?」


「うるせぇ」


私の挑発にのり城鐘くんは汚い言葉で応戦する。そしてここにきて初めて私の顔みた。そしてゆっくりと教室内へと入ってきて、城鐘くんは扉を閉めた。


扉を閉めるという行為を見て少しだけ確信に近づけたような気がした。


こんな誰もいないようなB棟で扉を閉めるということは、もしかしたらのリスクに備え誰にも聞かれないように空間をシャットダウンするということ。


それはこれから城鐘くんの話すことが重要だという証拠になる。


「それで、貴方はどうしてここに来たの?」


「………………」


なにも話さない城鐘くん。だから私は再び挑発を試みた。


「あら、何も話さないの? それも貴方の口は腐ってしまってもう喋ることすら出来なくなってしまったの? でもね貴方が嫌っている天才の私でも人の口を腐られる事は出来ないのよ?」


嫌味に嫌味を重ね最低な天才を演じる。それが正しいと信じて


「俺は……、どうしたらいいのか分からないんだ……」


話す前、悔しそうに一瞬唇を噛み締める城鐘くん。それでも今の現状で頼れるのが私しかしないと認識しているのか、その重たくなってしまった口を軽くさせた。


「こんな事をアンタに言うことが俺のプライドをめちゃくちゃにしてる事は分かってる。それでももうアンタしかいないんだ……。天才少女の一之瀬 夏蓮にしか頼めないんだよっ!!」


「それで何を私に?」


「簡潔に言う。どうすれば俺は拓真と親友に戻れるんだ……?」


この学校に転校してきて始めて他人に自分の弱さを見せているのだろう。それは幼少期から親友の小枝樹くんではなく、同じく雪菜さんでもない。天才の私に全てを曝け出したんだ。


それが自分にとってどれだけ覚悟の必要だったことか。私には分からない。それでも全てを曝け出しているのなら私は答えるだけだ。


「何を言っているの? 城鐘くんはもう、小枝樹くんとどうすれば親友に戻れるのか知っているはずよ。もしもそれが分からないというのであれば、今はもう無理なのかもしれないわね」


当たり前のことなんだ。気がつけば簡単に出来ることなのにそれに気がつかないから難しいと思ってしまう。昔それが自分で出来ていたとしても。


人間は成長する。だからこそ忘れてしまうものがある。それを取り戻りだけで自分の苦悩が解決されるということも見失って……。


「俺にはわからないんだよ……。だからこうしてアンタの所にまで来てるんだろっ!?」


感情的になり私に敵意を少しだけ見せる城鐘くん。だけど今の彼に恐怖なんて感じない。小動物が猛獣に威嚇しているようなものだった。


「貴方も小枝樹くんも大人になるのが早すぎたんだわ」


私は廊下側にいる城鐘くんに背を向け、窓の外を見ながら話し始めた。


「誰でも皆早く大人になりたいと思ってる。だけどそれは自分の心がとても傷ついてしまった人達。周りの人間に癒されて生きてきたのなら早く大人になる必要なんてない。だからきっと城鐘くんも誰かに頼ることを諦めてしまった人間なのよ。だから早く大人になればその苦しみをどうにかできると思った。それは間違いじゃない。でも今の貴方にとって不必要なものよ」


そして再び城鐘くんを見つめる。


「だから戻ればいいんじゃない? 貴方の知ってる幼少期の小枝樹くんは言えば全部自分の気持ちを答えてくれるアホの子だったの? もしもそうじゃないのだとすれば、昔のように戻ればいいことなのよ。城鐘くんと小枝樹くが親友だと呼び合えた、その頃に」


城鐘くんの表情が変わった。それは昔の事を思いだしている表情で、楽しかった思い出を、自分の知っている小枝樹くんを思いだしていた。そして


「一之瀬……。俺はお前と拓真を勘違いしてたみたいだ。少し優しくされただけでこんな事を言っちまうのは俺が凡人だからなのかもしれないけど……。それでも、さんきゅ」


そう言い城鐘くんは教室から出て行った。


そして再び私は一人になる。全てが終わったのだと思い、肩を落とした。


重くのしかかって来ていた荷物が急に落とされて、自分の体が軽くなり、本当に私はこの世界の重力に縛られているのかと疑問に思ってしまう。


そんな事を考えながら私は微笑んだ。そして窓の外を見た。暗くなっていて月すら見えない漆黒の世界。


そんな世界に私は一人だけ。だけど私は思った。いや、願った。


「ねぇ小枝樹くん。私はここで待っているわ。ずっとずっと……」







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