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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第五部 二学期 再会ト拒絶
67/134

23 中編 (雪菜)

 

 

 

 

 

 あたしは最低な人間だ。大切な人を選ぶことの出来ない臆病者だ。


それでも全ての人達に笑っていて欲しくて……。ううん、違うな。あたしは自分の大切な人達に笑っていて欲しいだけなんだ。


ずっとあたしの世界は小さなものだった。手の平サイズの箱庭の中でずっとヒーローに守られて生きてきた。


それは自分の弱さが招いてしまった悲劇で、私以外の誰も笑ってなんかいなかった……。


だからこそ、今のあたしは全速力で走る。息が切れて胸が苦しくなっても、もうダメだと諦めて足を止めそうになっても。あたしは救いたい。大切な人達を……。


「レイちゃんっ!!!!」


学校の校門をくぐって少しばかり離れた距離の場所であたしは目的の人物を呼び止めた。


そんなあたしは息が切れていて「はぁはぁ」と口から空気を漏らし膝に手をついて彼の言葉を待った。


「なんだよ、ユキ」


振り返った彼の瞳はとても冷たいもので、今の疲れ切ってしまったあたしを睨んでいた。


だが、睨んでいる瞳からその悲しさや悔しさがあたしにも伝わってきていたんだ。だからこそ、どうしてレイちゃんが拓真に酷い事をするの問いたださなくてじゃいけない。


「どうしてレイちゃんは、拓真を傷つけるの……?」


あたしの言葉を聞いた瞬間にレイちゃんは俯いた。そして秋の涼しくなってきている風がレイちゃんの髪を靡かせる。それはとても切ない風で、きっと冷静でいられなくなってしまったレイちゃんの熱を冷ましてくれているようにあたしは思えた。


「俺が拓真を傷つけるか……」


レイちゃんの表情が見えない状態のまま、声だけがあたしの耳に響き渡る。


「確かにそうだよな。俺が戻ってきたから拓真は傷ついてる。俺だってずっとあのまま、お前等所に戻らないほうが良いんじゃないかって思ってたよ……」


レイちゃんの口から発せられる言葉は、あたしが思いもしなかった言葉で、そんなレイちゃんにあたしは子供のような疑問をぶつけた。


「なら、どうして戻ってきたの……?」


「どうしてか……。俺は、杏子の所に戻ってきたんだ」


少し俯き見えなかったレイちゃんの表情。だがその言葉と同時にレイちゃんは顔を上げ、その表情をあたしに晒した。


とても苦しそうな表情。そしてとても優しい表情。


眉間に皺が寄っているけど、レイちゃんの唇は笑みを作ろうとしていて、自分の感情と正反対な表情を作り上げようとしている。それでも自分の感情が完全にコントロールできていないせいか、悲しい瞳をしていた。


そしてそのままレイちゃんは話し続ける。


「俺はさ、別に拓真の事をどうこうしようと思って転校してきたわけじゃないんだ。ただ杏子の傍に居たかったから……。大人になった俺を杏子に見せ付けてやりたかったんだ」


アンちゃんの所……? ならどうして拓真を、皆を傷つけるような事をしたの……? 誰も傷つけなくても良いのに、どうしてレイちゃんは……。


「確かにさ、俺が居ない間に親友作ってたのは悔しかった。でも、拓真が新しい道を歩き出してるならそれで良いと思った。だけど拓真は自分を殺して嘘つきになってた」


レイちゃんから笑みが消えた。


「どうしてだよ、なんでだよって思ったんだ……!! 俺が憧れたバカで真っ直ぐなヒーローの拓真はどこにいったんだよって……!! でもすぐに気がついたんだ。拓真を変えたのは、拓真を苦しめてるのは、俺なんだって……」


あたしを睨みつけるように見つめるレイちゃん。でもその顔はただただ悲しみが募ってしまっていて、あたしの知ってるレイちゃんだった。


「だから俺は拓真を追い詰めるような言動をとった、ユキを傷つける行動をした……!! 本当にバカみたいだよ……。傷つけられたって、裏切られたって、どんなに時間が経ったって、拓真は俺の親友なんだ……!!」


「親友って思ってるならどうして……」


「俺が拓真の中から消えて無くなれば良いって思ったんだ……。酷い事をして嫌われれば、拓真の中にある俺は消える。そうすれば拓真は自由になれるって思ったんだ……。だけどそれじゃダメだった」


レイちゃんの表情が無になった。そして


「もう、戻れないんだって実感したよ……。きっと俺等の関係は、俺と拓真の中が別たれたあの日に全て終わってたんだ……」


レイちゃんの言葉が胸に突き刺さった。


だって、終わってなんかいないのに簡単に諦めてお終いにしようとして……。相手の事を考えて傷ついて、それでも本当は傷つきたくないって思ってる。だからこんなにも簡単に諦めちゃうんだ。でも、あたしは諦めたくない。昔と何も変わらない3人でいたい。


「終わってなんかないよ……」


「ユキ……?」


「何も終わってなんかないっ!!」


叫んでいた。自分の気持ちをレイちゃんに伝えるために。とても幼稚で単純で、伝えようとしている人が口にするような言葉ではなく、自分の感情を乗せたあたしの精一杯。


「あたし達はずっと一緒だよっ!! 3人でお願いしたじゃんっ!! 神様に、ずっといられますようにって……!! なのに何で拓真もレイちゃんも自分達で壊そうとするのっ!? 壊れないようにすればいいじゃん、支えあってずっと一緒にいれればいいじゃんっ!!」


口の中の水分は殆ど無くなり、それを補うために唾がでる。だがその唾は水分をあまり含んでいない為、粘度が高く口の中の現状に嫌悪感をいだいた。それと同時に訪れる喉の痛み。自分がどれ程全力で叫んでいたのかということを実感する。


感情を剥き出しにしてしまったあたしを見ているレイちゃんは冷静だった。


「そんな事もあったな。確かにあの時はその願いが絶対に叶うって信じたよ。でもさユキ、この現実を受け止めるのもきっと大切な事なんだって俺は思うぞ」


「どうしてよっ!! レイちゃんだって本当は拓真と昔のように一緒にいたいって思ってるんでしょっ!?」


違う。


「なんで素直にならないのっ!? 素直な気持ちを伝えれば誰も傷つかずに解決できるのにっ!!」


あたしは間違ってる。


「拓真もレイちゃんも意地悪だよ……。 いつもいつもあたしを除け者にしてるっ!!」


分かってるんだ。あたしはもう分かってる。


「何であたしはいつも蚊帳の外なのっ!? どうしてあたしを二人は頼ってくれないのっ!?」


それでも縋りたい。どんなに惨めな姿を晒しても。


「あたしはここにいるんだよ……? 二人の事をずっと考えてるあたしはここにいるんだよ……?」


でも、バカなあたしにだって結果は見えているんだ。


そして不意に、あたしの頭の上に暖かい手の感触が伝わった。それがレイちゃんのものだと気がつくのに時間はかからない。そして


「本当に強くなったんだな。でも、ごめんなユキ……」


そう、壊れてしまったものが二度と戻らないことを……。


その言葉を聞くのだと覚悟を決めていた。あたしにだって結末は分かっていたんだ。どんなにあたしが頑張っても拓真みたいにヒーローにはなれない。そしてレイちゃんみたいに誰かを支える事はできない。


そんなあたしは去り行くレイちゃんの後姿を見つめることしかできない。ただいつもと違うのは不甲斐ない自分に後悔し


涙を流しているということだけだった。






少しの間、レイちゃんが去った瞬間から開放されない時間があった。でもそれはほんの数分の出来事で、放心状態になってしまっていたあたしはすぐにいつもの自分に戻っていた。


それでも気分が晴れることは無く、ただ無心に岐路を辿っていた。


夕方の人が溢れる駅前。殆どが学生だが、その中に社会人も混ざっている。そんな光景は普段と変わらない日常で、誰もが常に感じている当たり前。


でも何でだろう。今のあたしは、とても孤独だ……。


「あれ? 雪菜?」


駅に入ろうとしたときに一人の女の子の声があたしを呼んだ。


「楓ちゃん」


あたしの名前を呼んだのは佐々路 楓だった。色々な感情をぶつけ合って喧嘩をして、それでも互いの気持ちに気がつけた今はあたしにとって楓ちゃんは大切な人だ。


そして拓真を助けるためにお願いした人物でもある。だからこそこれ以上心配をかけてはいけないとあたしは思った。


「楓ちゃんまだ帰ってなかったの?」


すぐさま偽りの自分を作り上げる。それは嘘を付いている訳ではなく、楓ちゃんを思っての行動だった。


「うん、暇だったからその辺プラプラしてた。てか小枝樹は一緒じゃないの?」


楓ちゃんが拓真の名前を口にした瞬間に疑念がわいた。


どうして楓ちゃんはあたしが拓真と一緒にいると思ったのだろう。今の状況は楓ちゃんもよく知っている。こんな状況であたしが拓真と一緒に帰宅するなんていうのは有り得ない事だ。それでも楓ちゃんは拓真の名前を口にした。


もしかしてさっきの拓真とレイちゃんの喧嘩を見ていた……? その現場にあたしが居合わせていた事も知ってた……?


疑念が疑問を呼び、自分の中では答えが出ないのだとあたしは確信した。そして


「もしかして……、楓ちゃん見てたの……?」


「見てた? ごめん雪菜、ちょっと何言ってるかわかんないや」


不思議そうな顔であたしを見る楓ちゃん。そんな楓ちゃんの表情を観察しても嘘を付いているようには思えない。でも楓ちゃんは自分の為なら平気で嘘を付ける人間だったんだ。そんな楓ちゃんの演技力は完璧に近い。


でもあたしだって他人の本心を見抜くのには自信がある。それでも今の楓ちゃんは嘘を付いているように見えない。だとすればきっと本当に何も見てなかったんだと思う。


「あ、ごめんごめんっ! 何か少しボーっとしてたみたい」


すかさずあたしは誤魔化した。それでもきっと今のあたしに対しての不信感はなくなっていないだろう。だけどこれ以上心配をかけたくない。だからこれで良いんだ。


「ボーっとってそんな風には見えなかったよ? まぁでも雪菜がそういうならいっか。それでさ雪菜の方はどうなの?」


楓ちゃんの優しさ、それは何か疑問に思ったことがあっても相手が言いたくないと思っているとき、ちゃんとそれに察しれること。こんなに優しい人なのに、あたしは初め嫌いだったんだよな……。本当に最低だよあたし……。


少しの感傷に浸りながら、楓ちゃんが言った質問にあたしは答える。


「あたしの方って何が?」


「だから、小枝樹を助けるんでしょっ!! 雪菜が皆にお願いしたんじゃない。あたしはさ、小枝樹に「もう、俺に関わるな」って言われちゃったんだ。あれは正直キツかったなぁ。何も感じてないような表情でさ、あたしの事なんて見ないでそう言ったんだよ? 雪菜のお願いをどうにかしたいって思ってるのに、あたしって本当に役立たず」


そう言うとバツが悪そうに苦笑を浮かべる楓ちゃん。自分の事を卑下しながらもあたしの事を思って精一杯元気な自分であり続けようとしている。


そんな楓ちゃんの姿を見てあたしは思った。こんなにも優しい人を少しでも疑ってしまった自分が本当に情けない。


自分の感情が表面上に表れて、悲しい顔を浮かべる。そしてあたしは楓ちゃんに言う。


「ごめんね……、本当にごめんね……」


やっぱり駄目だ。拓真とレイちゃんが喧嘩している場所に遭遇し、苦しんで傷ついてる拓真を置き去りにしてレイちゃんを追いかけた。そこでレイちゃんの気持ちを聞かされたあたしは、もう何も元には戻らないって思ってる。


どうしてこんなに上手くいかないの……? なんであたしは拓真みたいなヒーローになれないの……!!


「やっぱり今の雪菜は何か変だ」


真剣な表情の楓ちゃんがあたしに一歩近づいた。近距離で感じる楓ちゃんの視線。あたしはそんな楓ちゃんの目を見ることができない。


「ねぇ雪菜。今あたしに隠し事してるよね? まぁ言いたくないんだなって思って流したけど、本当に大丈夫なの?」


この優しさが今のあたしを苦しめる。痛くて痛くて仕方が無い。何でこんなに優しくしてるれるんだろ。もう、あたしには分からない……。


「本当に大丈夫だよ楓ちゃん」


再びあたしは嘘を付く。苦しくて苦しくてしょうがないのに、無理やりにでも笑顔を作らなきゃ楓ちゃんも苦しむことになるから。


「はぁ……。本当に雪菜は小枝樹に似て意固地だね。幼馴染ってここまで同じになるか? あたしは隆治と全然違うのに。まぁいいや、雪菜ちょっと付き合ってもらうよ」


そう言うと楓ちゃんはあたしの腕を掴んで歩き出した。





無理矢理にあたしの事を連れて行く楓ちゃん。その足取りは学校の方へと向かっていた。


だが、学校の方へと続く道をそれ近くの図書館へと続く道を楓ちゃんは進んでいった。


夕方、と言ってももう日が殆ど落ちていて、街頭がつき夜の始まりを演出し始める時間帯になっていた。辺りの民家からは夕ご飯の良い香りが漂ってきて、外を歩いている人は殆どいなかった。


そして図書館の前へと着いた時、あたしの手から楓ちゃんの温もりが無くなった。


「はい。目的地に到着しました」


楓ちゃんの言う目的地。それは図書館の前である。だが、もう図書館は閉館してきて、門も閉められ静けさが漂う空間に成り果てていた。


どうして、そんな場所に連れてきたのか。あたしの頭の中は疑問を浮かべている。そして


「どうせ、なんでこんな場所に連れて来たんだろうとか思ってんでしょ?」


あたしから少し離れた楓ちゃんがふざけながらあたしに言った。


その行動はいつもの楓ちゃんのように見えて、何も考えずに今のあたしを元気づける為にとった意味のない行動だと思った。楓ちゃんの次の言葉を聞くまでは……。


「まぁ冗談はおいといて。雪菜には知っていてもらいたかったんだ」


楓ちゃんの表情が変わった。その変化はいつもの無邪気で明るい楓ちゃんでも、真剣に何かを打ち明けようとしている楓ちゃんでもなかった。本当にただただ大人な女性の人を目の前にしているみたいだった。


「あたしはね雪菜。ここで小枝樹に告白したんだ」


突然の言葉。自分でも驚いてしまうくらい、その言葉は鮮明に頭の中で流れ、目の前にいる女の子を女性だと思ってしまった。


夕日が完全に沈んだ空を見上げ、肉眼で見える星を数えるような純粋な女性。今の自分なんかじゃ手の届かないような憧れさえ抱いてしまう女性。


「それでさ、ここでフラれたんだ」


次の瞬間、その言葉を発したと同時に彼女は空から目線を下ろしあたしの事を見てきた。その瞳はとても悲しそうで、だけど大人びた瞳をしていた。


だけどあたしは素直にこう思った。


「どうして、今そんな事言うの……?」


分からなかった。今の楓ちゃんが何も分からなかった。


今の言動も、笑顔の理由も、あたしには分からなかったんだ……。


「そうだね。きっとこのタイミングで言うのは間違ってるんだと思う。でもね雪菜、あたしが言いたいのは小枝樹にここで告白したとかフラれたとかそんなつまらないことじゃない。ちゃんと最後まであたしの話し聞いて」


優しい微笑みかと思えば、すぐさま真剣な表情に変わる。そして自分が尤も傷ついた現実をつまらない事と一蹴する彼女の心の強さ。


それは、少し前までの傷ついた自分よりも、苦しんでいるあたしを最優先にした結果だ。そして楓ちゃんは話し始めた。


「ここで告白したのもフラれたのも全部本当だよ。それでさ、フラれたあたしはもう全部が終わりなんだって思って、小枝樹の前からいなくなろうって思ったんだ。これで今までの全部が壊れてなくなる、あたしはそんな未来が待っているのを知ってたのに、それでも小枝樹に自分の気持ちを伝えたかった。勝手に告って勝手にいなくなろうとするとか本当に自分勝手だよねあたし……」


その時の情景を思い出しているのか、楓ちゃんの表情はとても悲しそうで、今のあたしには言葉を紡ぐ事ができなかった。


「でもね、そんなあたしに小枝樹には言ってくれたんだよ。壊れた砂山は何度でも作り直せるって。今までの嘘つき魔女と天才の俺等の関係はここで終わる。そしてここから佐々路 楓と小枝樹 拓真の関係を作れるって。大きな声で、あたしの耳にも心にも届くくらい大きな声で小枝樹は言ってくれたんだ」


拓真が言っていた事。あたしの知らない拓真の声。壊れた物は何度でも作り直せる。ならどうして、拓真は諦めたの。


今更過ぎるよ。そんな事知りたくなかった。楓ちゃんには良いこと言ってんのに、どうして自分の事は簡単に諦めちゃうのよ拓真っ!!!!


なんで、どうして……? あたしが不甲斐ないから……? あたしが頼りにならないから……? あたしが昔みたいに弱いままだから……? 分かんないよ……、全然分かんないよっ!!!!


「大丈夫、雪菜……?」


大丈夫……? 今のあたしどんな顔してんだろ……? 楓ちゃんが心配してるって事は、全然大丈夫な顔じゃないって事だよね……。だったらもう、いっか。


「壊れた砂山は直せる……? そんなの簡単にできるわけ無いじゃんっ!! 何度も何度も作って、作ってる最中に壊されて、それでも我慢して頑張って作っても簡単に壊される。あたしだって頑張ってきたよっ!! なのに、なのに何で拓真がそんな事言うのっ!? どうしてそれをあたしに言ってくれないのっ!? 拓真の大切を直すのにあたしは必要ないのっ!?」


「落ち着いて雪菜っ!!」


「落ち着いてなんかいられないよっ!!!!」


自分の枷が外れる音がした。理性という人の鎖が粉々に朽ちていく音が聞こえたんだ。


「拓真もレイちゃんもおかしいよ……。あたしはここにいるのに、どうしてちゃんと見てくれないの……。ずっと傍にいるのに、ずっとここにいるのに……。どうしてよ、どうしてよ……」


「違うよ雪菜……!!」


「何が違うって言うのっ!? 結局、あたしには誰も守れないんだっ!!!!」


もう一人になりたかった。このまま地面に膝を着いてしまっているみすぼらしい姿を楓ちゃんには見ていてほしくなかった。それと、全てを諦めたこのあたしの姿を……。


「だから、違うよ雪菜」


何故だろう。叫んでいて身体が熱くなってしまったのはわかる。足りない頭で色々な事を考えすぎてオーバーヒートしてしまっている事も理解してる。


でも今感じているこの熱はそれとは違っていて、乱暴な熱さでなくとても優しい温もりだった。


「きっとね雪菜、壊れた砂の山は何度でも作り直せるって言葉、小枝樹はあたしにじゃなくて自分に言い聞かせてたんだと思うんだ」


楓ちゃんに抱きしめられながら、あたしは静かに話を聞く。


「ずっとずっと小枝樹は怖かったんだよ。自分のせいでまた大切な人が傷つくのが……。最初はあの転校生を裏切ったんでしょ? だからきっと次に傷つけてしまうのは雪菜かもしれないって小枝樹なら考えたと思うよ。だから心を閉ざした。家族との事もあったと思うけど、一番怖かったのは雪菜を傷つける事なんだってあたしは思う。でもさ、今は雪菜だけじゃなくなった。だからきっと天才な小枝樹は誰もが抱くその苦しみの一番少ない選択をしたんだって思う。雪菜はそれでもいいと思う……?」


「よくないよ……」


「だったら何でここで諦めちゃうのっ!? 雪菜なら分かってると思うけど、小枝樹は全部一人で抱えて一人で納得して一人で解決しようとしてるんだよっ!? 雪菜には今一番傷ついてるのが誰なのかわかってるっ!?」


一番傷ついている人。拓真もあたしに同じこと言った。それであたしはレイちゃんだって思ったんだ。でもやっぱり違ってたんだよね。全部が全部間違ってないと思うけど、それでもやっぱり無理してたんだよね……。


一番傷ついてるのは、拓真なんだよね……。


そんな今のあたしは少しばかり放心状態になっていて、この後に起こる出来事を理解するのに少し時間がかかった。


「本当にすばらしい友情です」


その声はあたしでも楓ちゃんでもなくて、今までの人生であたしは聞いたことのない男の人の声。でもその声は若い雰囲気の声質ではなく、初老の人の声だと雰囲気で察した。


そして楓ちゃんはその声と人物を見るなりあたしの体を開放し、その男とあたしの間に立ちふさがった。


「どうしてアンタがここにいるの、後藤」


楓ちゃんの声音が変わった。優しさから一変し、敵意を感じさせるほどの強烈な低い声音。顔を見ているわけでもないのに、今の楓ちゃんがその男を睨みつけているのが分かる。


そんなあたしも男の方へと顔を振り向かせた。


「これはこれは佐々路様。御久しぶりで御座います。それで件の選択の結果は上手くいったので御座いますか?」


初老の男。執事服で身を纏っていて、一般人ではないのだとすぐに理解した。でもどうしてこの二人は知り合いなのだろ。どこでこの二人は接点を持ったのだろう。


「上手くいった……? アンタには関係のないことよ。そしてこれからもあたし達と関係なんて持たなくていい。雪菜に酷い事言ってみなさい、あたしは絶対にアンタを許さないからね」


「何を仰いますか。あの時の佐々路様の背中を押したのは私ですよ? それに小枝樹様の件でも私は十分過ぎるほどの働きをしてきています。だからこそ、白林様にも助言をしに来たしだいです」


あたしの名前を知ってる……? そんな事よりも、楓ちゃんだけじゃなくて拓真とも会った事ある……? いったいこの人は何者なの……?


「ふざけないでよっ!! 何が十分過ぎるほど働いたよ。あたし達の気持ちを弄んで掻き回してるだけじゃないっ!!」


「掻き回してなんていませんよ。ただ可能性と現実を教授しているだけです。ですから佐々路様も小枝樹様も御自分で選択し前へと進んでいった。その結果が良いものなのか悪いものなのかは私には関係ありません。自分で選んだ道を他人のせいにするのは如何なものかと思いますよ」


ニコリと笑う男の表情がとても怖かった。二人の会話にもついていけないし、あたしはいったいどうすればいいんだ。


「おやおや正論を言わせて何も言い返せなくなってしまったのですか佐々路様。では次は白林様の番ですね」


楓ちゃんが何も言わなくなってしまったのを見計らって、次の標的をあたしへと男は変えた。そんな男の瞳にあたしは吸い込ませそうな感覚に陥ってしまっている。


「今、白林様が成そうとしている事は何ですか?」


「あたしは……」


「ダメ雪菜っ!! こいつと話なんかしなくていいっ!!」


あたしの言葉を遮る楓ちゃん。その声はとても大きく、辺り一帯へと響きわたる。だけど、あたしはその言葉を無視して


「あたしはレイちゃんと拓真を助けたい……」


絞り出す自分の想い。諦めたいのに諦められない。だけど、どうしていいのかも分からない。あたしは何もできない無力な人……。


「そのお二人を助けたいと。それは困りましたね。どちらも助けるということが一番難しいのですよ。誰かを犠牲にした上で幸せというものはやってくるのです。それは見知らぬ誰かなら構わないと思ってしまうのに、見知った人、特に関係性が深くなれば深くなるほど選ぶのは難しくなります。これは小枝樹様にも言った言葉ですが、誰も傷つかない未来なんてないのです」


誰も傷つかない未来なんてない。そんなの分かってるよ。あたしは拓真みたいにヒーローにはなれないから、大切な人達以外はどうだっていい。でもそれは自分の大切な人を選ばなきゃいけない時もあるって事だよね。


自分がよければそれでいいって思ってたからこんな苦しい選択が今のあたしにのしかかって来てるんだろうな。


「白林様、貴女は選ばなくてはならない。城鐘様を御救いになるのか、小枝樹様を御救いになるのか、はたまたお二人を助けて自分を犠牲にするのかを」


その言葉を聞いて頭の中が真っ白になる。


レイちゃんだけを選ぶなんて出来ない。拓真だけを選ぶ事も出来ない。二人が一緒じゃなきゃ何の意味もない。ならやっぱりあたしが犠牲になれば……。


『今の雪菜なら誰が一番大丈夫じゃないか分かるだろ?』


拓真……?


『酷い事をして嫌われれば、拓真の中にある俺は消える。そうすれば拓真は自由になれるって思ったんだ……』


レイちゃん……?


そうだ。二人はダメになりそうなのに自分の事よりも相手の事をずっと考えてた。それに昔だって二人はあたしをボロボロになりながらもいつも探してくれた。


そうじゃん……。あたし達っていつもボロボロなんじゃん……。


だから、もう迷わない。


「あたしは選ぶよ」


「それでどれを選ぶのですか?」


「貴方が出した選択なんて選ばない。レイちゃんも助けるし拓真も助けるし、あたしも傷つかない」


「雪菜……?」


楓ちゃんが心配そうに見ている。でもここまで考えられて風に思えるのも楓ちゃんのおかげでもあるんだ。だからあたしは


「もうみんな傷ついてる。あたしだってレイちゃんだって拓真だって。だからただ、それを終わりにすればいいだけ。確かに誰も傷つかない未来なんてあたしも無いと思う。でもさそれって逆を返せば、皆が笑顔になれる未来だってある。あたしはそれを信じてるし実現だってさせるつもり。だから今は皆で傷つくんだ。拓真にレイちゃん、それに楓ちゃんに優姫ちゃんに神沢くん、門倉くんに崎本くん。そして夏蓮ちゃん。皆で傷ついて最後には皆で笑う。これがあたしの選ぶ道だよ」


もう恐怖は感じなかった。無責任に出来ると言い張っていた今日までの自分はもういない。絶対に出来るって確信してるから。


「それが白林様の選ぶ道ですか?」


男の言葉にあたしは頷く。自信と強さをその瞳に映しながら。


「本当に貴女というお方はお強い。自分の信じた道をいけばいいのです。本当に今回の私は出しゃばり過ぎたのかも知れませんね」


そう言うと不思議なことに男の姿は目の前から消えてなくなってしまった。何かの魔法なのかはたまた手品なのか。その現象を確かめる術はあたしには備わっていない。今のあたしが出来ることそれは


ペタリ


緊張が解れ腰を抜かしてしまったあたしは地べたへと座り込んでしまった。そして


「大丈夫、雪菜っ!?」


心配しながらあたしの顔を覗き込もうとしてくる楓ちゃん。そんな楓ちゃんが覗き込んでくる前に、あたしは顔を上げた。そして


「ブイっ!!」


腕を伸ばし大きくブイサインを突きつける。その時のあたしは満面の笑みをしていただろう。大粒の涙をこぼしながら。


「もう……。本当に雪菜はバカなんだから」


苦笑する楓ちゃんの顔を見ながら、あたしは九月の夜を少しの間堪能したのであった。





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