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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第五部 二学期 再会ト拒絶
65/134

22 後編 (雪菜)

 

 

 

 

 

 どうしてそんなに悲しい顔をするの……?


それは拓真がクラスの皆と一悶着あった日の放課後の事。あたしが朝、高校入学当初の全てを拒絶した拓真を見た放課後の事。


あの事件があったからなんか、今日のレイちゃんは昨日と違いおとなしかった。誰かを受け入れるわけでもなく何かを拒絶するわけでもない。


本当にただただ無口な転校生を演じているのがあたしには分かった。


そんな風にレイちゃんが何もしなかったお陰で朝の一件以来なにか特別な事件は起こらなかった。だけど放課後になって、教室を出て行く拓真を見た時あたしは感じた。


無表情で何も考えていないような表情をしている拓真。だけどあたしにはそんな冷たく無表情な仮面の下で眉間に皺を寄せながら苦しんでいる拓真の顔が見えたんだ。


そしてそんな拓真の姿が見えなくなり、あたしは気がついた。


辺りを少し見渡しただけで分かる。拓真を拒絶する人達。こんな結果になる事をあたしは予測は出来た。でも、それを回避する知恵をあたしは持ち合わせていない。


何がなんだか分からないまま、拓真を見る人達の目がおぞましく感じるようになった。だけど、そんな拓真の事を友達だと言ってくれている人達の表情は違った。


ふと視野に入った楓ちゃんの表情はとても悲しそうで、それでいて悔しそうだった。それでもどんなに自分が頑張ったとしても何もする事が出来ないという諦めの気持ちも混ざっているようにあたしは見えた。


他人の感情を全て把握することは出来ないけど、楓ちゃんの気持ちなら少しは分かる。だって、楓ちゃんは拓真の事が好きだから。


そんな事を考えているうちにクラスの皆はいなくなっていて、残った人達は


あたしに楓ちゃん、神沢くん、優姫ちゃん、崎本くんだった。


自然と皆と目が合ってしまう。それでも誰も話そうとはしない。きっと皆あたしに聞きたい事沢山あると思う。でも聞きづらいんだって思った。だから


「ねぇ皆、あたしは大丈夫だから色々聞いてもいいんだよ……?」


少しだけあたしの声が響いた。そんなに大きな声を出したつもりはなかったけど、いきなり静かになってしまった教室という空間では大きかったのかもしれない。


「ほ、ほ、本当に、だ、大丈夫……? ゆ、雪菜ちゃん」


とても辛そうな顔で、それでも伝わる優姫ちゃんの温かい気持ち。


「うん、なんでも聞いてくれて大丈夫だよ」


「ち、違うよ……。ゆ、雪菜ちゃんがきっと、い、一番辛いと思うから……。だ、大丈夫かなって……」


今のあたしを心配してくれる優姫ちゃん。そんな言葉が、気持ちが本当に嬉しかった。だから


「きっと大丈夫じゃないんだと思う。でも、昨日皆の前で沢山泣いたから、少しは大丈夫だよ」


あたしは微笑んだ。その苦しさが混ざる微笑は無垢な心を忘れてしまった大人な笑顔で、ここで嫌だ嫌だとワガママを言ってはいけないと自覚していた。そして


「それにさ、今日の朝は皆に拓真が迷惑かけちゃったから……。でも、拓真を庇ってくれた楓ちゃんと、真っ直ぐに拓真にぶつかってくれた崎本くんには本当に感謝してる。ありがと」


「違うよ雪菜ちゃん……。俺は雪菜ちゃんにお礼を言われるような事なんてしてない……」


今まで黙っていた崎本くんが話し出す。


「俺は本当にあの時の小枝樹にムカついた。どうしたんだよって、本気で思った。俺はさ、凡人とか天才とかそんな事で小枝樹の友達になったわけじゃないのに……、小枝樹は何も聞いてくれなかった。それがすげぇムカついて、気がついた時には小枝樹の胸倉掴んでて、感情的になってて……。だから俺は小枝樹の為とかじゃなくて自分の為に言っただけなんだ……」


自分の席の机に座り、項垂れる崎本くん。そんな彼からはとても後悔の気持ちがあたしに流れ込んできた。自分の身勝手な言葉で小枝樹を傷つけた。そんな気持ちが今のあたしには伝わってきて


「崎本くんって本当に純粋なんだね」


あたしは微笑みながら言った。


「俺が純粋……?」


「うん、純粋だよ。きっとあたしには出来ない。自分の気持ちに素直になって本当の事を伝えるって難しい事だと思う。でも崎本くんはそれが出来た。だから、ありがとうなんだよ」


もうあたしはそんな純粋にはなれない。昔の拓真みたいに自分の気持ちを隠さず誰かに伝えるなんて出来ない……。


だって怖いもん……。感情的になって誰かを傷つけて、また昔みたいに独りぼっちになるのが怖いもん……。拓真もこんな気持ちだったのかな……。


「楓ちゃんにもありがとうだね。何だかんだ自分は嘘つきな魔女とか言いながらも、皆の事をちゃんと考えてくれてる。きっとそれがあたしの救いになった。それに朝もクラスの皆に怒鳴ってくれてありがと。楓ちゃんが言ってたように本当に皆簡単に変っちゃうよね……。拓真が自分を少し出しただけなのに……。だけどアレは拓真が悪いってあたし思うんだ。少しやり過ぎ、そんな風に思った」


崎本くんから楓ちゃんの方へと向きを変えあたしは話し出す。


「でもさ、それでも今あたしの話しを皆が聞いてくれてて本当に嬉しい。だってさ、あたし皆の事嫌いだったんだよ?」


本当はこんな話しするつもりはなかった。でも言うのはきっと今なんだって思った。


そしてあたしの言葉を聞いて皆が唖然としている。


「そう、あたしは皆の事が大嫌いだった。拓真の苦しみも知らないで簡単に優しくして仲良くして、それが拓真の心をどれだけ苦しめてるか知ってるのかって言いたかった。それだけじゃない、あたしは皆に拓真を取られるのが怖かったんだ……」


「僕達の事を白林さんはそう思っていたんだね」


いつもニコニコしている優しい神沢くんが、今はとても怖い顔をしている。あたしを睨みながら低い声音で言う神沢くんが少し怖く感じた。だけど


「うん。そう思ってたよ。あたしの拓真を取らないで、これ以上拓真を苦しめないで。そう思ってた」


「そっか。なら、僕も白林さんに言うね。ありがとう」


睨んでいた神沢くんの表情は和らぎ、いつもの神沢くんに戻っていく。だけど疑問に思ってしまうのは、どうして神沢くんはあたしにありがとうって言ったんだろう……?


「僕はね、ずっと白林さんが分からなかったんだ。何を考えているのか、本当に僕の事を、僕達の事を友達だと思ってくれているのかって……。でも、今の言葉を聞いて安心したよ。白林さんの汚い気持ちを聞けて、やっと白林さんが僕達に心を開いてくれたって。だから、ありがとうだよ」


「どうして……?」


涙が零れそうだった。どうしてこの人はこんなにも優しいの。どうしてここにいる人達は皆優しいの……。


「昨日の放課後、白林さんが城鐘くんに言ってた『これ以上みんなの事を、あたしの大切な友達を傷つけるんだったら、あたしもレイちゃんを許さない』この言葉を聞いた時、僕凄く嬉しかったんだ。ずっと曖昧な友達なのか分からない関係だったのに、その言葉を聞いてやっぱり白林さんは僕達の友達なんだって思えたんだよ。だからもう、一人で抱え込まなくて良い。ちゃんと皆がいるから」


そう言い微笑む神沢くん。そして皆も神沢くんの言葉で笑顔になる。優しい瞳であたしの事を見てくれていて、あたしはもう本当に独りじゃないんだと思えたんだ。


「ゆ、雪菜ちゃんが、い、嫌がっても、わ、私はずっと友達だからね」


優姫ちゃん……。


「そうそう、マッキーの言うとおり。あたし達は迷惑な奴らなの。雪菜がどんな風に思っても、あたしもずっと友達だから。それに」


言いながら近づいてくる楓ちゃん。そしてあたしの耳元で、あたしにしか聞こえない声量で


「それに、雪菜に小枝樹を取られるのはあたしだって嫌なんだからね」


頬を少し赤く染めながら言う楓ちゃん。その行動を他の皆は不思議そうに見ている。だからあたしは楓ちゃんに意地悪したくなって


「そうだよね。拓真に告ってフラれた楓ちゃんも、やっぱり拓真の事が心配だよね」


あたしは皆にも聞こえる声量で言った。そして


「ゆ、ゆ、雪菜何言ってんのよっ!!!!」


顔を真っ赤に染めた楓ちゃんが怒ってくる。


「え!? 佐々路さん小枝樹くんに告白してたのっ!?」


「マジか楓っ!! お前小枝樹が好きだったのか」


「か、か、楓ちゃん……。す、凄い」


驚きを隠せない皆。それと同時に質問攻めが楓ちゃんに始まる。


「ねぇねぇいつ佐々路さんは小枝樹くんに告白したの?」


「それはあたしが答えてあげましょう。確か夏休みの終わりごろに拓真を━━」


「雪菜あああああああああああああああああああああっ!!!!!」


楓ちゃんに追いかけられるあたし。教室の中を走り回りながら、とても楽しいと思っている。それは大切な友達といれるから。こんなにも楽しい毎日があるのならもっと早く気がつくべきだったんだ。


でもあたしはバカだから、それに気がつくのに時間がかかってしまった。それでもこの楽しい空間に拓真も、そしてレイちゃんだっていて欲しいって思うのはあたしのワガママなのか。






 そしてもう独りじゃないと思えたあたしは、皆と別れ今はまだ学校にいる。


きっと独りで待っていると思ったから。誰もいないあの教室でずっと待っていると思ったから。


皆の気持ちを確認したけどまだ一人だけ確認していない。だからあたしは今、B棟三階の一番右端の教室の前の扉の前に立っている。


あたしがちゃんと気持ちを確かめなきゃいけないから。もう下校時間も過ぎてしまったこの時間に、あたしは彼女の真意を問いに来た。


そしてB棟三階右端の今は誰も使っていない……、ううん、あたし達の居場所の扉を開けた。そこには


黒くて長い綺麗な髪、窓を開けているのかその髪は風で靡いていて神秘的な雰囲気を演出している。太陽は地平線ギリギリの所まで落ちていて空の半分以上が黒く染まっていた。


そんな夜空に輝く真ん丸の月。その光に照らされ明りを点けてもいないのに、教室の中はその視野で見えるくらいの明るさになっていた。


そしてあたしは、B棟三階一番右端の教室から、何が見えるわけでもない景色を眺めている後姿の彼女に話しかけたのだ。


「やっぱり、ここにいたんだね。夏蓮ちゃん」


あたしの言葉を聞き振り返る少女。振り返りざまの少女はとても可憐で、それと同時に儚い印象を受けた。そして


「雪菜さんが来るとは思わなかったわ。てっきり、また城鐘くんが来るのかと思っていたわ」


そう言う少女は儚い笑みを見せ、月明かりという演出でさらに彼女を儚く見せていた。


「それで、どうして雪菜さんはここに来たの?」


「夏蓮ちゃんの気持ちを聞きに来たんだよ」


真っ直ぐと夏蓮ちゃんを見つめながら言う。真剣な表情のまま、あたしは夏蓮ちゃん返答を待った。


「私の気持ち、ね……。きっと私の気持ちなんてものは何も関係ないと思うわ」


「関係なくなんてないよ」


一瞬だが少しだけ夏蓮ちゃんの表情が曇ったように見えた。だからあたしは間髪いれずに夏蓮ちゃんの言葉を否定する。そして


「夏蓮ちゃんはどうしたいの? 夏蓮ちゃんは拓真の事心配じゃないの? 何らかしらの気持ちがあったから、夏蓮ちゃんは今ここにいるんじゃないの……?」


彼女の本当の気持ちが知りたかった。他の皆の気持ちが聞けて、夏蓮ちゃんの気持ちも同じであって欲しいと思ったから。


そんな質問攻めをするあたしに夏蓮ちゃんは


「そうね。小枝樹くんの事は本当に心配だわ。どうしてあんなになってしまったのか、どうして誰も頼ろうとしないのか……。でもね、その気持ちも私は何となく分かっているのよ。きっと小枝樹くんは誰も傷つけたくないと思っているわ。城鐘 レイが転校してきて私達にまで害を及ぼした。それを知っているのなら彼は彼らしい行動を取ったと私は思う」


拓真の気持ちを代弁するように淡々と話す夏蓮ちゃん。


「そこまで憶測を立てることが出来ても私には何も出来ないのよ……。今の雪菜さんみたいに彼を助けることなんて私には出来ない……。天才少女と言われていても、無力なのには変わりないわ」


無力。その言葉を夏蓮ちゃんの口から聞く日が来るなんて思ってなかった。だって、夏蓮ちゃんは天才で、拓真と同じ天才で……。拓真はずっと誰かを助けてきた。今仲良くしている皆だって拓真が助けてきたんだ。なのに、どうして夏蓮ちゃんは自分が無力だと言い、何もしようとしないんだ。


「それって結局、拓真から逃げてるだけだよね……。拓真からも逃げて、皆からも逃げて、知ってる素振をみせて諦めて何もしない。そうやって逃げ続けるんだ……」


いったいあたしは何を言っているのだろう。諦めて何もしてこなかったのはあたしなのに……。一人じゃ何も出来ないって決め付けて何もしなかったのはあたしなのに……。夏蓮ちゃんを責める資格なんてあたしにはないよ。でも、自分の気持ちだけはちゃんと夏蓮ちゃんにも伝えておこう。


「だからあたしはもう諦めたくないっ!! 全部拓真が何とかしてくれる、あたしが苦しい時には拓真が助けに来てくれる。そうやってあたしは逃げ続けてきたから……。皆からも夏蓮ちゃんからも、レイちゃんからも拓真からも……。これがあたしの気持ち。夏蓮ちゃんの気持ちも聞けて本当に良か━━」


「私はっ!!」


突然聞こえる大きな声。大きく雑な声なのに、その声はとても綺麗で、真っ直ぐとあたしの心に入って来たんだ。


「私は本当に無力なの……。私には何も出来ない、何もしてあげられないっ!! どんなに願ったって私は誰も救えないし小枝樹くんを助ける事だって出来ないっ!! 逃げたって良いじゃない、諦めたって良いじゃないっ!! 私は小枝樹くんのような天才じゃないっ!! 私は初めから、天才なんかじゃなかったのよっ!!」


響き渡る声。その声はいまだに私の頭の中で残響し、夏蓮ちゃんの最後の言葉が何度も何度も流れていた。


その真実はとても直ぐには理解出来るようなものではなく、あたしですら「何かの間違いだ」と自分に言い聞かせている。


だってそうでしょ? 夏蓮ちゃんが天才じゃなかったら、今まで拓真がしてきた事ってなに。夏蓮ちゃんと拓真のした契約の意味がなくなるじゃない。ずっと夏蓮ちゃんは、拓真を騙して……。


「天才少女の一之瀬 夏蓮っていったい何者なのよっ!! 私は何も出来ないただの秀才なのよ……!! それでも大好きな兄さんの為に、兄さんの気持ちを叶える為に私は天才になった……。いなくなってしまった兄さんを思い出し一人で泣いていても誰も助けてくれなかった。ずっと一人で、ずっと独りで……。私は、私は……」


叫び散す夏蓮ちゃんはもう自分でも何を言っているのかわかっていないような状況で、そんな夏蓮ちゃんの話しを聞いているあたしも言葉が出なかった。


それでも頭の中はクリアになっていて考える事だけは出来る。


夏蓮ちゃんは天才じゃなくて、お兄さんをなくしていて、ずっと独りで……。きっと天才だと偽り続けてきた夏蓮ちゃんが一番辛い。


あたしは泣いている時に拓真が助けてくれたけど、夏蓮ちゃんは誰にも助けてもらえなかったんだ。こんな時、拓真ならどうするかな……? そんな事考えたってあたしに出来る事はきっと限られてる。


「だから私はここにいたの……。私には何も出来ないけど、ここで皆を待っている事だけは出来るわ……。もう二度と誰も来ないのかもしれないと何度も不安になった。それでも私はここで皆を━━」


「よく一人で頑張ったね。でも大丈夫、もう夏蓮ちゃんを誰も一人にはしないよ。だから安心して」


あたしは夏蓮ちゃんの言葉を遮り彼女を抱きしめながら言った。初めは何が起こっているのかわからないといった感じをみせていた夏蓮ちゃん。でもそれはほんの少しの時間であって、今のあたしは震える夏蓮ちゃんの体をしっかりと抱えていた。


「夏蓮ちゃんの気持ちが聞けて良かったよ。あたしもさ、本当に弱虫で他力本願で、きっと誰かを助けることなんて出来ないのかもしれない。でもね、ここでやらないと後悔するから……。夏蓮ちゃんが天才じゃなくてもずっと友達だよ。天才とか凡人とか、そんなの関係ないよね」


そう言いあたしは笑った。これ以上、夏蓮ちゃんを悲しませたくないと思ったから。本当にあたしは何も分かってないおバカちゃんだ。自分のしたい事を他人に押し付けるなんておこがまし過ぎるよね。


優しい気持ちはきっと生まれてくるものじゃなくて誰かから伝えられる気持ちなんだ。こんな風に優しい気持ちになれるのも皆のおかげ。だから


「あたしは皆のヒーローになりたいんだ。あたしの事を助けてくれた拓真のように。でも、やっぱりあたしには無理かも知れないよ。だから、明日の朝、またここに来て? 皆にもあたしが連絡するから。その時、ちゃんと全部言うね」


そう言うとあたしは夏蓮ちゃんから腕を放し、笑顔で伝える。


その後も夏蓮ちゃんは何も言わなくて、ただただ頷いていただけだった。でもそれでいい。やっとあたしがどんな人なのか分かったから。







 そして次の日の朝。


いつもならまだ寝ている時間にあたしは学校へと来ている。朝練があるのか部活をしている人達が普通にいる事にビックリした。


こんなに朝早くから青春を謳歌している若人に敬礼。ピシッ


そんなふざけた事をしながらも、あたしはB棟三階右端の教室を目指し歩み続けている。朝の光が校舎の中を照らし出し、未だに終わっていない夏の暑さを感じながらあたしはゆっくりでも一歩ずつその足を動かした。


まぁゆっくり行かなきゃいけない理由がちゃんとあるんですよ。B棟三階右端の教室にあたしがついた時に皆が揃っていないと何の意味もなさないのです。


それほどあたしにとっては重大な事で、なんだか今から緊張してきちゃったよ。


あーなんか全然寝てないせいか体もフラフラしているような気がするし、いつもなら沢山食べてくる朝ご飯も今日はお茶碗三杯で我慢したし……。もう全部が終わったら絶対に拓真とレイちゃんに肉まん奢らせてやる。


朝ご飯の恨みは怖いんだからねっ!!


そんな事を考えているうちにB棟三階右端の教室に辿り着いてしまった。扉の前に立ち更に緊張した。なんか手とか汗でベチャベチャになってるし、なんだが冷や汗もかいてきたような気がする。


あ、暑いから普通に汗かいてるだけだった……。


バカな事を考えながら手汗をスカート拭いて、にじみ出ている汗をハンカチで拭いて、そして髪の毛を整えて、えー後は何かしてない事ないか━━


ガラガラッ


あたしが準備をしている最中にB棟三階右端の教室の扉が何者かによって開かれた。そして


「もう雪菜。呼び出しといて一番最後に来るってどういう事? それについてもずっと入ってこないしさー」


「ご、ごめんね楓ちゃん。何かふざけ始めたら止まらなくなっちゃって」


楓ちゃんに出迎えられながらあたしは教室内へと入った。そして今日ここに呼んでいるのは


夏蓮ちゃん、楓ちゃん、優姫ちゃん、神沢くん、崎本くん。門倉くんにも連絡はしたけど部活があるから欠席との事だった。まぁ門倉くんには後々話せば良いと思う。


「それで、朝早くに僕達を呼び出したのはどうして?」


他愛のない会話に花を咲かせることもなく、神沢くんから今日呼び出された内容を催促される。そしてあたしは


「えーその前に、今日のあたしは演説をしたい気分なのです。まずはそれに付き合ってくださいね」


本題に入る前にあたしは皆にちゃんと伝えようと思ったんだ。


でも、そんなあたしの真意に気がついていない皆の頭上には疑問符が飛交っていた。そんな状況を無視して、あたしは話し始める。


「えーと、今日皆に集まってもらったのはあたしのお願いを聞いてもらいたいからです。そのお願いを言う前に皆には聞いて欲しいことがあります」


あたしの演説が始まる。


「きっとね、誰もが傷ついて誰もが苦しんでる。そんな人達の為に何かをしたいって思うことは間違ってないって思う。でも、それで自分が傷ついてちゃなんの意味も無いんだってあたしは思うんだ。皆にも苦しい経験や悲しい経験、大声で泣いていても誰にも助けてもらえなかった事や、不条理な現実のせいで何かを失った事だってあるんだと思う。それはね、大なり小なりどんな人もきっと経験してるんだ。でも人はその苦しみを忘れたり、無くそうとしたりして最後には何も感じなくなっちゃう。でもあたしはそんなの嫌っ!! そんな風になるんだったらあたしはずっと傷ついていたいし苦しんでいたいっ!!」


あたしは息を吸い呼吸を整える。


「それを忘れないから、苦しんでいる人や悲しんでいる人に手を差し出すことが出来るんだってあたしは思うんだ。でもね、そうありたいと願っていても自分の無力さに気がついた時、その行為を止めたくなる時がある。あたしもそう、助けたい人がいるのに、自分の力じゃどうしようも出来ないから、隣で黙って見ている事しか出来ない。でももう、それは嫌。あたしにだって助けたい。でも一人じゃ何も出来ない……。だから今日、あたしは皆をここに呼んだ。こっから本題に入るね」


そう言い、あたしは一歩後ろに下がり


「二年の白林 雪菜です。今日あたしはここにお願いを、依頼を持ってきました。それはもう自分だけの力じゃどうしようも出来なくて、きっと他の誰かを傷つけてしまうかもしれないけど、どうか━━」


深く息を吸った。そして


「拓真とレイちゃんを助けてくださいっ!!!!」


深く、深く頭を下げる。もうあたしには皆に頼るしかない。どんなに強がったってあたしは拓真にはなれないから……。だからあたしはあたしらしく自分の解決方法で頑張るしかない。


その結果が依頼を頼む事だった。他力本願だって言われたって構わない。拓真とレイちゃんを助けられるのは皆しかいないから……。


「えっと、白林 雪菜さんでよかったわよね?」


透き通るような綺麗な声であたしの名前を呼ぶ少女の声が聞こえた。その声を聞いて下げていた頭をあたしは上げる。そこには


胸の前で腕を組み、冷たい表情だと勘違いされてしまいそうな表情を浮かべている少女があたしを見ながら言っていた。


「それで、貴女からの依頼は小枝樹 拓真と城鐘 レイの仲を取り持って、いいえ違うわね。『小枝樹くんと城鐘くんを助けて欲しい』でいいのかしら」


そう言い微笑む少女。そして


「でもね、私の一存だけでは依頼を受ける事が出来ないの。ここにいるメンバーの承諾がないと依頼は遂行できないわ。それで、皆の意見を聞かせてちょうだい」


「雪菜ちゃんからの依頼なら俺は賛成だぜ。つか依頼って本当に一之瀬さんと小枝樹はやってたんだな」


崎本くんの言葉を皮切りに皆も


「わ、私も、さ、賛成だよ。こ、今度は私達が、さ、小枝樹くんを助けるばんっ」


「そうだね牧下さん。僕も賛成だよ。また小枝樹くんとイチャイチャできるなら大歓迎だよ」


「神沢、アンタねここに小枝樹がいたらまた怒られるわよ?「てめぇいい加減にしろよおおおおお」って。まぁあたしも賛成なんだけどね」


「皆の意見が纏まった所でこの依頼を引き受けることにするわ。さっきも言ったけど内容は『小枝樹くんと城鐘くんを助けて欲しい』これで良いわね?」


本当に頼りになる仲間だ。あたしだけがヒーローじゃなくて皆もヒーローなんだ。


誰かを助けたい、大切な人を守りたい。そういう気持ちはきっと皆一緒なんだって思えた。


涙が零れそうになったけど、今は我慢しなきゃ。だってここには拓真もレイちゃんもいないから。全部が終わって皆で揃った時に泣けば良いんだ。もうここにいる皆があたしの大切な人たちだから。


「はい。その内容で大丈夫です」


あたしは夏蓮ちゃんの質問に答える。すると夏蓮ちゃんは微笑みながら


「それでね、毎回毎回依頼を承諾する度に言わなきゃいけない言葉があるの。それはね━━」


なんとなくだが分かっていた。夏蓮ちゃんが何を言おうとしているのか。それはあたしだけではなく、他の皆も分かっていたみたいで、その言葉を聞いてあたし達の依頼がスタートするのであった。



「あまり私達に期待しないでね」













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