22 前編 (雪菜)
レイちゃんが転校してきてから次の日になった。
登校時に拓真を待っていてもいっこうに拓真は来なくて、あたしは仕方なく拓真の家へと向った。だが、拓真の家に着いて拓真を呼んだらおばさんが「拓真なら結構前にもう学校に言ったわよ?」そう言い、拓真はいなかった。
普段なら何も変らない日常を送れるのに、今日という日は少し違ってしまった。
いや、きっと平凡な日常というものがなくなってしまったのは昨日からだろう。
そう、あたしが拓真に鞄を届けた後の話。
「帰れって言ってんだよっ!!!!」
ドア越しに聞こえる拓真の怒声。そのこれは少し震えていて、怒りを伝えるよりも苦しみをあたしに伝えていた。
あたしは拓真の言い分を聞き入れ、拓真の部屋の前に鞄を置き、何も言わずにその場から立ち去った。
拓真の家の階段を下りながらあたしは考える。
どうしてレイちゃんが戻ってきたのか、拓真はいったい何をしたいのか。
それが分かれば何も苦労しないし擦れ違いだってない。そんな事は誰でも分かることで、こんなバカなあたしにさえ分かってしまう。それほど単純な答えなのに、今のあたしには何も導き出せないんだ。
階段を下りきりあたしはリビングにいるルリちゃんに
「お邪魔しました。また来るねルリちゃん」
そう言い玄関で靴を履き外へと出て行った。
外の空気は未だに夏を感じさせるモヤッとした空気で、夕方になって朱色に染まる大きな雲が綺麗に見えた。
だけど今のあたしはその綺麗な風景を本当の意味で楽しむことが出来ないでいる。
俯き、レイちゃんが現れてしまった現実で全てが壊れてしまうんじゃないかと恐怖すら感じてる。
だって、せっかくみんなの事を大切だと思えたのに……。そういう大切な気持ちを拓真や楓ちゃんに教えてもらったのに……。大好きだって、本気で思えるようになったのに……!!
失いたくないと思っているあたしは何をして良いのかさえ分からない幼い存在で、どうしてか夏蓮ちゃんなら何をするのかと考えてしまう。
だけどそれは、夏蓮ちゃんが天才とかそう言うのじゃなくて、一番頼りになる人だと思っているから……。
これはあたしの持論。だけど、天才とか凡人とか、そういうのって何も関係ないって思えるんだ……。どんな天才だって苦しむし、どんな凡人だって成功する。
そんな他人が決めた天才や凡人は、その人の外見でしかなくて誰もが平等に苦しんだり楽しんだりしているんだって思うから……。
拓真も夏蓮ちゃんもバカだよ……。それに楓ちゃんだって優姫ちゃんだって神沢くんだって門倉くんだって崎本くんだって……。みんなバカだよ……。
苦しい思いをしてきているのは一緒だよ……。大切な人を守りたいとか傷つけたくないとか、そんな風に思うのだって普通なんだよっ!!
でも、今までそれにちゃんと気がつけなかったあたしはそんな文句言えないよね……。きっとレイちゃんもそういう風に思ってるんだよね……。
だけどレイちゃんは変わってしまっていた。あんなに拓真に対して敵意を剥き出しにして、それだけじゃなく今の拓真の大切な人たちにも害を及ぼそうとした。それにレイちゃんの言ってた門倉くんの友達の話し……。それも全部今のあたしが考えなきゃいけないんだ。
だってこんな風にみんな事を思って一人で考えて一人で頑張ってきたのは拓真だから……。今度こそ、あたしが拓真の変わりにならなきゃいけない。
もう一度、皆で笑っていられるあの場所を取り戻すために。
そんな風に考えていて拓真の家から数メートル離れた場所であたしは呼び止められる。
「ユキちゃんっ!!」
「ルリちゃん……?」
あたしの事を呼び止めたのは拓真の妹の小枝樹 ルリ。
身長はあたしと殆ど変らない。それにあたしよりもスタイルの良い女の子。そんな子が本当に中学生なんかと疑問に思ってしまうくらい大人びた見た目だ。
拓真とは血が繋がっていないが、ルリちゃんは拓真の事を本物の兄として慕っている。今のこと姿を見て分かるように、息を切らしながら走ってきたルリちゃんはきっと拓真の事をあたしに聞きたいんだって思った。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……、ねぇ、ユキちゃん……。お兄ちゃん、大丈夫なの……?」
切らした息を整え顔を上げたルリちゃんは眉間に皺を寄せ、あたしが思っていた通り拓真の心配をしていた。そんなルリちゃんをこれ以上心配させない為にあたしは
「大丈夫だよ、拓真なら大丈夫」
笑顔で答えた。
「ほ、本当に大丈夫……? さっきユキちゃんに怒鳴ってる声聞こえたけど……。お兄ちゃん、また一年前みたいにならないよね……?」
あたしの言葉が信じられないのか、それとも拓真の怒声が耳から離れないのか、ルリちゃんは今にも泣き出してしまいそうな表情で言う。
そんなルリちゃんの姿を見たあたしは、どうしていいのか分からなくなった。
きっと今あたしが考えている拓真の状況は殆ど間違いないと思う。だけどその事をルリちゃんに話して良いのか迷ってしまっている。だってルリちゃんだって拓真を心配している。だからこそ今の状況を話してしまったらもっと心配して苦しい思いをしてしまうかもしれない。
ずっと拓真もこんな風に葛藤してたんだな……。誰も傷つけない、誰も苦しませない道を常に探しながら答えを見つけてたんだな……。だけどあたしにはどうして良いのか分からないよ……。
その時
「お願いユキちゃん全部話してっ!! お兄ちゃんの妹として全部知りたいの……。もう、お兄ちゃんだけが苦しんでるのは嫌なのっ!!!!」
その言葉はルリちゃんの心からの言葉で、あたしはそれを聞いて決心できた。
「わかった……。あたしが知ってること全部話すね」
時刻は夕時、もう少しで太陽が落ちてしまうくらいの時間帯。夏のこの時間は思ってるよりも遅い時間で、それでも今のあたしとルリちゃんを一生懸命照らし出している太陽は、皮肉にも暖かたった。
そして、あたしの言葉を聞いてルリちゃんは真剣な面持ちになり、話しを聞く態勢を整えた。
「今日、レイちゃんが戻ってきたんだ……」
この台詞を切り出しに、あたしは話し始めた。
「初めは何が起こってるのかわからなかった……。教室に入ってアンちゃんが転校生がいるって言い出して、何の準備もしないままレイちゃんは現れた……。あたしも拓真も何も言えなくて、レイちゃんは何事も無いように自己紹介してた……。だけど、レイちゃんは自分の事だけじゃなくて、拓真が天才だってクラス中の人に言ったの……。そしたら拓真、発作起こしちゃって……。逃げるように教室から出ようとした」
あの時、あたしは何も出来なくて。拓真の事を一番分かってるって思っていたのに、苦しんでいる拓真を支えてくれたのは夏蓮ちゃんだった。
そんな行動を取れなかった自分が歯痒いと感じてしまったけれで、夏蓮ちゃんが拓真の隣にいてくれて良かったって思う自分もいた。
「だけど、そんな拓真にレイちゃんが挑発して……。それで拓真は完全にキレちゃって……。レイちゃんの胸倉掴んで怒鳴りだして、止めに入ったアンちゃんにも怒鳴ってた……。そんな拓真の姿を見たクラスの皆は騒然としてて、そんな皆の視線に耐えられなくなった拓真は教室から出てったんだ……」
これがあたしが知ってる、今日の出来事。もしかしたら説明力が無くてルリちゃんに伝わってないのかもしれないけど……。それでもあたしが知ってる事は全部話した。
そんな話しを聞いたルリちゃんは言葉をなくしてしまっていて、ただただレイちゃんが言った事と拓真の行動を信じられないと言わんばかりの顔をしていた。そして
「お、お兄ちゃんが天才だってバレちゃったの……? ずっとそれで苦しんでたのに、また昔のようになっちゃうの……?」
その瞳に涙を滲ませ、ルリちゃんは震える声で言う。
「どうしてレイくんはそんな事するの……? お兄ちゃんはレイくんの事をずっと考えてきたのに……、酷いよ……、そんなの酷いよっ!!」
感情が漏れ出してしまうルリちゃん。だけどその気持ちはあたしにも分かる。どうしてレイちゃんは拓真を苦しめるような事をするんだろう。
確かに拓真はレイちゃんを裏切ってしまったのかもしれない。だけど、それは子供の頃の出来事で、今更そんな事を理由に復讐めいたことをするのはおかしい事だ。
あたしはレイちゃんじゃないし拓真でもない。だから当事者の気持ちなんて無いも分からないよ……。それでもあたしは拓真もレイちゃんも守りたいし救いたい。
昔からあたしの事を助けてくれた大切な二人だから。
「大丈夫だよルリちゃん。絶対に大丈夫だから」
あたしは泣きじゃくるルリちゃんを抱きしめながら言った。その言葉がどこまでルリちゃんの心を救っていて、どこまでルリちゃんの心を苦しめているの分からない。それでもあたしにとってルリちゃんは妹同然で、大切な人なんだ。
「うっ、うぐっ、ユキちゃん……」
「ルリちゃんは何も心配しなくて大丈夫だよ。絶対にあたしがどうにかしてみせるから。だからこれだけは約束して? 絶対にルリちゃんは拓真がどんな状態になっても裏切らない。ちゃんと拓真の事を思ってあげていて? それが出来ればきっと拓真は笑って帰って来るから」
出来もしない約束を今のあたしはルリちゃんに言っている。きっとこれはあたしの強がりなんだ。どうにかしたいし、解決だってしたい。だけどあたしにはそんな力は無くて、曖昧な言葉で辛そうにしているルリちゃんを慰めているだけ。
今言ったようにあたしが全て解決できるならあたしだってこんなに悩んでないし辛くならない。こんな何の情報も無い状態で解決出来るのなんて天才だけだ。
だけどあたしは天才じゃない。苛められっ子で根暗で、誰かに頼っていないと生きていくことすら出来ない弱い人間だ。そんなあたしが泣いてる女の子に曖昧な言葉をかけている。
それはあたしの大切な人で、あたしの家族同然の人で、泣いている姿なんて見たくない。だからこそ、あたしは頑張れるんだ。
「ありがとうユキちゃん……。あたし期待してるからね……」
期待。その言葉はとても重く、あたしの体に何十キロもの重さがのしかかってくるようだった。
ルリちゃんはとても純粋な瞳であたしに言ってきていて、その言葉を言っているのに悪意を感じない。だけどその悪意を感じない無垢な瞳が今のあたしを苦しめる。
拓真はずっとこんな気持ちを背負ってきていたんだ……。どういう結果になるのか分からないものに期待されて、そのプレッシャーに潰されないように気丈に振る舞い、皆の願いを叶えてきたんだ……。
どうしてあたしは拓真の近くにいたのにこの苦しみを理解できなかったんだ。経験で学ぶは愚者という言葉がある。
そんなあたしは本当に愚者だ……。何も分からない振りして、何も理解出来ていないバカでい続けた。だけどその行動すら、誰かを傷つけていたのかもしれない。
拓真はずっとそこまで考えて生きてきたんだ。ここまで他者のことを考えて生きてきたんだ……。
やっとわかったよ。拓真の気持ちが……。誰かの為に何かをしたいと思っているけど、自分が天才だという事は知られたくない。だけど、どんな事を頼まれてもちゃんと達成できる。
それは天才である拓真の考えで、今の拓真はそれを完璧にこなす事はできない。だって拓真は天才である自分に戻ろうとすると発作が起こってしまうから……。
だからこそ、拓真はよくこの言葉を使ってたんだな……。
あたしが言うと意味合いが変っちゃうけど、それでもあたしは拓真みたいなヒーローになりたいから……。だからルリちゃんに言う。
「ルリちゃんの願いはあたしが引き受ける。だけど、あんまり期待しないでね」
そう言い、あたしは泣き続けるルリちゃんに言い聞かせたんだ。
そして今に至る。
あたしは拓真のいない通学路を一人で登校し学校へと辿り着く。いつもならば寝坊をしたあたしを置き去りにし一人で登校をするのは慣れっこなのだが、今日は少し違っている。
寝坊をしているのにも拘らず朝ご飯を食べるあたしを呆れ顔で放置するのが拓真だ。だけど、今日は家にも来ていないしあたしだってちゃんと早起きして間に合う時間に支度を終えている。
それでも拓真はあたしの所には来てくれなくて、何事も無かったかのようにあたしは一人で登校した。
そして学校内へ入り教室へと向う。レイちゃんと会った時何を話して良いのか分からないけど、ちゃんとレイちゃんの気持ちも聞かなきゃいけない。
今度こそ、あたしが二人を助けるんだ。
そんな風に意気込んでいたのに、教室にたどり着いたときその気持ちを粉々にされるような出来事に遭遇したんだ。
「俺が天才で何がわるい。確かに俺は、ずっと凡人だと嘘をついてきた。それが悪い事だってのも分かってる。だけど、俺が天才だと分かった瞬間から態度を変えたのはお前達だろっ!! これだから何も持っていない凡人は嫌いなんだよっ!!!!」
教室の中で怒声をあげる拓真の姿だった。
「結局何も言い返せないのかよ。なら俺が一つお前等に教えてやる。どんなに頑張ったって凡人のお前等が何かを成しえる事なんて出来ないんだよ」
クラス中の人達に冷たい表情のまま言い放っている拓真。そんな光景を見て、あたしはこれが夢であって欲しいとさえ思ってしまっていた。
だけど今あたしの目の前で起こっている事は現実で、それが真実なのだと受け止めるしかあたしには出来なかった。
そんな拓真に業を煮やしたのか、崎本君は食って掛かった。
「おい小枝樹。さっきから聞いてれば、どこまでお前は偉いんだよっ!? そこまで言う必要性があるのか!? お前が天才だって知って皆驚いてるだけだろ!? なんでそこまで突っかかるんだよっ!!」
「なんの取り得も無くて、凡人以上に凡人なお前には分からない事だ。崎本には何もない。一度お前の依頼を受けて感じたんだ。本当に何も持っていない人間がこの世界にいるんだなってな」
「っ……!! ふざけんなよ小枝樹っ!!!!!!」
一触即発だった。拓真の言葉を崎本くんの怒りに触れて、その感情を抑えきれなくなってしまった崎本くんは拓真の胸倉を掴む。
だが、そんな状況になっているのに拓真はとても冷静で
「気安く触んな。凡人風情が」
冷静な表情ではなった。拓真の表情は人を見下しているような表情で、この場にいる全ての人間を敵に回してしまう言動だった。
それでも自分の気持ちが治まらない崎本君は、さらに言葉を続けた。
「なぁ小枝樹。俺等の友情はなんだったんだよっ!! B棟の教室で集まってた皆はなんだったんだよっ!! 俺は本当に小枝樹に救われたんだぞ……? なのにどうしちまったんだよ小枝樹っ!!」
「何が友情だ。この世界に壊れないものなんてないんだ。どんな物でも築くことは容易ではないのに壊すことは容易い。それは物理的な物だけじゃない。愛情や友情、感情という見えないものも全て含まれる。だけど俺は思うんだ、崎本が言っていのは築くことが出来たもの。だが、本当にそれは築くことが出来ていたのか? もともとそんなもの存在しなかったんじゃないのか?」
もう、あたしにはなんも出来ないかもしれないと思ってしまった。
拓真が言っている事はきっと嘘だ。だけど、拓真の周りの人達を否定し続けたあたしには、今の拓真の言葉が尤もだって思えてしまう。感情なんて所詮誰にも見えないもの。理解を示してくれている人ですら根本は何も分かっていない。
それなら、誰かを頼ったり信じたりすることは無意味なのかもしれない……。
心が揺さぶられた。拓真の言葉で、前向きに考えていた思考が全て打ち砕かれてしまった。
もう、どうしようもないよ……。
「だけどっ!!」
崎本くんの大きな声であたしはもう一度、今の現状をこの瞳に映すことができた。
「俺等が、B棟の皆が、一緒に泣いたり一緒に苦しんだり、一緒に笑えてたのは事実だろっ!!!! お前は、小枝樹はその事も全部否定するって言うのかよっ!!!!」
崎本くんの心の叫びを聞いた。その言葉で自分のネガティブになってしまっていた感情は無くなり、もっともっと皆を救いたいと思えた。
確かに今日というこの日まで紡いできた思い出に嘘は無い。あたしは皆の事をずっと否定して来たけど、それでも拓真の事を思ってくれた人と確実のいて、そして一緒に気持ちを共有してきたんだ。
あたしは何も言えないけど、拓真には今の崎本くんの気持ちが伝わったってあたしは思った。だけど
「崎本が言っている事は尤もだ。だが、その状況下で嘘を付いている人間がいない確証は無い」
全てを拒絶し、全てを疑っている。
確かに拓真が言っている事は正しいのかもしれない。真実なんていうものは自分達が真実だと思えたものが真実になるから。それは嘘だと思ってしまえば、曖昧な答えしか出なかった場合、それは嘘になり真実なのかすら分からなくなってしまう。
拓真が言っているのはあくまで仮説でしかない。嘘をついていた人間がいるのかも知れないと言う曖昧なものだ。だけど、ついこの間まで皆を信じれなかったあたしがいる状況ならば、拓真が言っていることが真実になる。
だけど、あたしがいない所なら拓真が言っている事が曖昧になり、真実かどうかさえ分からなくなってしまう。
いや、違う……。
どうしてあたしは拓真以外の人達が、嘘で演技の状況だと思っていたんだ。もしも拓真がずっと演技を続けてきたというのなら、完全に拓真の言葉が真実になる。
でも、拓真はあたしに皆が大切だと説こうとしていた。あの拓真がいるのならその答えになるのはおかしい。
拓真があたしに嘘を付くとは思えない……。
でも、それすら嘘だとすれば……。拓真は何を思って、何を考えて、皆の事庇い続けていたんだ……?
「もう、そのくらいにしなよ小枝樹」
拓真と崎本くんのい言い争いを見ながら思考していたあたしは、そんな二人を、いや拓真を止める女の子の声で我に帰った。
「佐々路か。そんな泣きそうな顔をされても困る。俺は別に皆に敵意はない。だけど、俺はこういう人間だったんだって知ってもらいたかっただけだ」
拓真が言うように楓ちゃんは辛そうで、泣き出してしまうのを堪えているような表情だった。
「何が俺はこういう人間だったよ。アンタがそんな人間だったからって誰もアンタを軽蔑したりなんかしないよ?」
その言葉は楓ちゃんの本心だったのだろう。だけどその言葉がは今の拓真にとっては逆効果だったみたいだ。
「何言ってんだよ。佐々路こそ周りを見ろよ。ほら今の俺を軽蔑するような目で見ている奴等が沢山いるぜ? それに加えて、最低、嘘つき、キモイ。そんな視線すら感じるんだけど?」
少し微笑みながら言う拓真。その言葉を聞いて楓ちゃんも周りを見渡した。そして拓真が言っている事が真実なのだと理解する。
だが、楓ちゃんはそこで何も出来なくなる事は無く。クラスの皆に向って
「どうして小枝樹をそんな目で見るの!? 今まで普通にしてきたじゃないっ!! なんで小枝樹が冷たい態度を取っただけでそんな風に思うのっ!? 誰だって知られたくない事くらいあるでしょ!? なのに小枝樹の真実を知って小枝樹の今の姿を見ただけで、どうしてそこまで拒絶できるの!?」
「もう止めとけ、楓」
「隆治……?」
「小枝樹は変っちまったんだよ。俺等の知ってる小枝樹はもういないんだ。お前も、今の現実をちゃんと受け止めろよ」
楓ちゃんの言葉も虚しく、崎本くんの言葉に同意する人達しかこのクラスにはいなかった。
「なんでよ……。どうして隆治までそんなこと言うのっ!? 小枝樹に助けられたって言ってたじゃんっ!! 俺等の友情って、言ってたじゃん……」
楓ちゃんの声は虚しく宙を舞って、誰もその言葉に反応することは無かった。そして泣き崩れる楓ちゃん。
そんな姿を見ながら、教室の居たくないと思ったのか拓真は廊下に出ようととした。
それは今のあたしがいる場所で、拓真はあたしがいる事に気がつきながらも、目線を逸らした。だが、あたしの横を通り過ぎる瞬間に
「俺は、誰かを傷つける事しか出来ないんだ」
その言葉を言った拓真の横顔はとても苦しそうで、悲しそうで……。
今の事件は拓真の本心からした事じゃないのだと思えた。きっと拓真は救いを求めているのかもしれない。
暴走してしまった俺を誰か止めてくれっ!
そんな物語の中で出てくるような辛い気持ちをあたしは少し感じたんだ……。