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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第五部 二学期 再会ト拒絶
62/134

21 後編 (拓真)

 

 

 

 

 

 また俺は全てから逃げ出してしまった。俺の事を思ってくれている人間の前で、俺は無様にも逃げ出したんだ。


きっと誰もそんな俺を想像してなかっただろう。それほど憐れに取り乱し、見せたくもない本質すら俺は露見してしまったのだ。


そんな事件が起こった後、今の俺は自分の家にいる。


部屋の隅っこで小さくなっている俺はまるで苛められっ子の引き篭もりだ。そんな風に今の自分を客観的に見る事が出来ているのに、俺はあの時、何も出来なかったんだ。


そう今から数時間前の二学期始まりの教室。





 その時の俺は目を疑った。だってもう二度と自分の瞳に映す事はないと思っていた人物があろう事か俺と同じクラスに転校して来たんだ。


「レイ……?」


彼の姿を見て俺は思わず名前を呼んでしまった。俺とレイは小学校五年生の時から会っていない。まだ幼かった頃のレイの記憶はある。そして目の前にいる男子はそんなレイに似ているのだ。


いや、似ているとかじゃない。彼は自己紹介で城鐘レイと名乗っている。あまりにも成長してしまったレイは昔の面影をなくし大人っぽくなってしまっていた。


だけど、それでもレイだと分かる。あの俺を睨んでいる瞳は間違いなく俺の幼馴染のレイそのものだから。


「よぉ拓真久し振りだな。いや天才って言ったほうがいいよな」


レイの一言で教室中がざわつきだす。周囲から聞こえる「え? 天才って小枝樹が?」「天才って一之瀬さんのことじゃないの?」そんな言葉が飛交い、俺の心が壊れてしまいそうになっていた。


「おいおい。拓真が天才だって事を誰もしらねーじゃねぇかよ。はーい皆さーん。そこにいる小枝樹 拓真はまぎれもない天才少年ですよー」


無表情のままクラス中に聞こえる大きさの声でレイは俺の真実を言いふらす。その時だった


ドックンッ


俺の心臓が大きく波打った。その鼓動を感じた俺はすぐさま自分の体の異変に気がついた。この鼓動はまぎれもない発作の予兆だと。


だがその予兆は今までに感じたこともないような苦しさを俺の体に与えた。その衝撃に耐え切れなかった俺はその場で膝を折り過呼吸気味に蹲った。


「……あぁっ! はぁ……、はぁ……、くっあぁ……」


「小枝樹くんっ!?」


俺の体の異変に気がついた一之瀬が俺の体を優しく支えてくれる。それでも俺は自分の息を整える頃すらままならず、一之瀬の肩を強く握りながら息を吐き続けた。


「……つっ! 大丈夫よ小枝樹くん。私が居るから、ここには私が居るから」


一之瀬が居る……?


苦しさのあまり下げてしまった顔を上げるとそこには、俺の事を心配そうな瞳で見ている一之瀬の姿があった。


だけど一之瀬の瞳を見て俺は思った。俺が天才だったという事が一之瀬にバレてしまったという事は、もうこの数ヶ月間で築いてきた全てが壊れる。


できもしない守れもしない契約を、約束を交わした俺を、一之瀬は見限る……。


もうきっとここには俺の居場所なんかないんだ……。


「ありがとう、一之瀬……」


「……小枝樹くん?」


俺はゆっくりと立ち上がり自分の机の横に置いてある鞄を持った。そして


「すみません如月先生。体調が悪いんで今日はもう帰ります」


ここに居れば俺はこのまま壊れる。俺の真実が露見してしまった事で、全ての人間が俺を拒絶する。もし拒絶されなかったとしても、俺は再び誰かを傷つけるだろう。


だが今はそんな事を冷静に考えている余裕がない。すげぇ苦しいんだ……。心臓が何度も何度も大きく跳ね上がって、その度その度に体の内側から締め付けられるような感覚。


苦しくて辛くてちゃんと歩くことすらままならない。それでもやっとの思いで教室を出る扉へと俺は辿り着いた。そしてその扉に手をかける。


「逃げんのかよ、拓真」


扉を開ける瞬間、低く冷たい声音で言うレイの声が聞こえた。俺のその声に反応しゆっくりとレイの方へと振り返る。


俺の瞳に映ったレイは、とても冷たく無表情。それはいつかのレイと同じ顔をしていた。そう、俺がレイを裏切り『お前なんかいなくなれよ』そう言った時の表情と同じ顔をしていたんだ。


そんなレイを見て、俺はもうどうにかなってしまいそうだった。自分の感情すら行動すらコントロール出来なくなっていて、俺は……。


「逃げる……だと……?」


いつの間にか手から離れている鞄。そして俺はレイの方へと歩み寄りながら


「ふざけんな……。俺があの日からどんな思いで生きてきたか分かってんのかよ……。全部俺が悪いのは分かってる……。だけど……!!」


何もかもが昔のようになっていた。幼く感情を抑えられなくて、直ぐにでも自分の正しいを押し付けてしまう愚かな昔の俺に。


ダンッ


俺は教卓の前に居るレイの胸倉を掴み、黒板へと叩きつけた。そして


「俺から逃げたのはてめぇの方だろっ!! いつもいつも、すかしてて昔から俺の気持ちなんて考えてなかったよなっ!?」


「やめろ小枝樹っ!!」


俺の事をアン子が止めに入る。だが


「触んなアン子っ!!」


俺の怒声が響き渡る。そんな俺の声にアン子は少しばかり恐怖を感じてしまったのか一歩後ずさる。そんなアン子の姿を見ても俺の怒りが修まることはなかった。


「お前は俺の事を天才、天才って言うけどな、俺が天才で何が悪いんだよっ!! 何かに憧れてんのに何もしない凡人よりかは何倍も良いだろっ!!」


「それが拓真の本心なんだな」


怒っている俺とは正反対に、今のレイはとても冷静だった。そんなレイは俺の事を睨むわけでもなく哀れむわけでもなく、ただただ無表情のまま俺の事を見ていた。


そんなレイの態度も俺は気に食わなかった。ここまで俺の事を貶めておいて、いざ俺が感情的になれば何もしない。そんなのおかしいだろ。どうして俺がここまで感情的に……。


待て、俺は今どこで何をしているんだ……?


「やっと小枝樹 拓真が本性を見せたんだな。ほら後ろ見てみろよ拓真」


最後の最後まで淡々と冷静にレイは言う。


その言葉を聞く前から思っていたんだ。今の俺が居る場所は教室で、そこには不特定多数の人間がいる。それじゃなくても俺の事を知っていて、俺がどんな人間なのかを表面上でも知っている人間ばかりいる場所だ。


そんな所で俺はレイの胸倉を掴み黒板へとその体を押し付けている。そして並べられた暴言。今日まで俺はそんな自分を見せてこなかった。俺は凡人ですと言い、何食わぬ顔で今の生活を楽しんでいたんだ。


だけどそれはここにいる全ての人間を騙してきたことで、俺の真実が露見し、俺の性格まで全て露わにしてしまった。そして俺はゆっくりと振り返った。


全ての人間が眉間に皺を寄せながら俺の事を見ていた。それは恐怖に支配されかけている人間の瞳だ。そして俺が天才だと言うことを自分で言ってしまったせいで、俺の事を軽蔑するように見ている連中もいた。


そんな奴等の視線を感じて、俺は思った。


見るな……、俺を見るな……!! なんだよ……、どうしてそんな顔しながら俺を見るんだよっ!!!!!!


気がついた時には俺は走り出していて、レイが言ったように逃げ出した。自分の心を守ることで精一杯で、誰かの事を考える余裕なんてなかった。


そう、俺はまた全てから逃げ出したんだ……。






 

 そして今に至るというわけだ。


我ながら本当に情けない姿を晒してしまったと思うよ。発作が起こって逃げようとして、レイに挑発されて怒り狂って……。


結局、自分で自分の全てを暴露してしまったものと同じだ。何も考えられなかった。あの時の俺はレイに怒りを向けぶつける事でしか自分という存在を保つことが出来なかったんだ。


それでいて引き篭もるように自分の部屋で蹲っているのなら苦労はない。本当に俺は何がしたいんだ……。


どんなに考えても俺には正しい答えが導き出せなくて、誰かに頼れば解決するんだと安直な考えにもなれない。


それに、これは俺の問題だ。俺が自分で考えて、自分で答えを出して、自分で前に進まなきゃ何も解決しない。それが分かっているからこそ、俺は一之瀬の優しさを振りほどいたんだ。


いや違うか……。俺は一之瀬を失うのが怖かったんだ……。


暗闇で苦笑する俺は自分で本物の天才なのかと疑いたくなってしまった。


二年になって過ごしてきた俺の日々は偽りの時間で、本物を与えて欲しいと願った愚かな天才の所業だ。結果的にそれが問題になり、俺は全てを失ったんだ。


もう何をしても手遅れで、どんなに足掻いても元通りにはならない。そうあの時のように……。





 俺がレイを裏切ってしまったのはきっとレイの夢を知った後のことだった。


俺にとって城鐘 レイという人物は本当の親友である。子供ながらにそこまで思い考えられていたのは俺が天才だったからだろう。


人と人が繋がることが当たり前だと信じて、誰も裏切らないし、誰も傷つけない。たまには小さないざこざやつまらない事をしている人たちもいた。俺はそれが許せなかったからいつも真正面からぶつかって自分の考えが正しいのだと周囲に知らしめたかったのだと思う。


そんな傲慢な思考を巡らせてしまっていたから俺はレイを裏切る羽目になってしまったんだ。


「おーレイ。どうしたんだよ急に呼び出して」


レイを裏切る数日前、俺はレイに呼び出された。きっといつものようにくだらない事で呼び出されたのだろうと思った。


「おぅ拓真。その、急に呼び出してわりぃな」


いつもの雰囲気とは違い、どこか気恥ずかしそうに、だけどもその瞳の中には真剣さがあったと覚えている。


「気持ちわりぃな。別に謝るようなことじゃないだろ」


「そ、そうだよな」


やっぱり変だった。いつもの凛々しく自信のあるレイではなく、今日のレイはオドオドしていて不自然な動きをしている。


そんなレイは公園のベンチへと座り


「その、なんだ……。お前に聞いて欲しいことがあんだよ」


「は? 聞いて欲しいこと?」


「そうだよっ!!」


意味不明な事を言っているレイの隣に座り、俺は話しを聞く準備をした。そして


「で、何を聞いて欲しいんだ?」


「拓真はさ、この間の将来の夢になんて書いた?」


この間の将来の夢。それは小学校で道徳の時間に書いたプリントのことだった。夢というテーマで授業が開始され、テレビ番組とかでの芸能人やスポーツ選手。他にも何かしらに特化した有名人のインタビュー映像を見た。


そして担任が「夢というものは無限大です。どんなに自分が無理だと思っても、頑張ることでその夢は叶います」とガキだからと言ってあまりにも適当な事を言っているとその時の俺は思っていた。


だけど、そんな担任の言葉とか周囲の奴等の意見とか有名人の意見とか俺には何も関係なかった。


そして最後に配られたプリント。そのプリントの内容は単純なもので『貴方の将来の夢はなんですか?』と書かれてあり、そこから空欄が続き一番下にクラスと名前を書く欄があった。


きっとレイはその時の話しをしているのだろうと思った。


「ん? あーあれか。そんなの俺だったら一つしかないだろ?」


その時の俺は純粋にそう思っていたんだ。


「正義のヒーローになりたいだっ!!」


幼い頃からずっと思っていた夢。それが正義のヒーロー。自分でも笑ってしまうくらい馬鹿げているものなのに、それでもあの時の俺は真剣だったんだ。


「やっぱり拓真はヒーローになりたいのか」


「それで? レイは何て書いたんだ?」


ごくごく普通の質問。こんな話題になってこんな会話をしたら自然とその質問をしてしまう。だがその質問を聞いたレイは俯いた。


「……書けなかったんだよ。確かに夢はあるけど、俺はそれを書けなかったんだ……」


元気があっていつも俺と喧嘩ばかりしているレイ。だけど今のレイはとても弱く見えた。その弱さはきっと今まで誰にも見せてこなかったのだろう。俺だって初めて見たんだから。


「まぁ、書けなかった事はどうでもいいけど。それで? レイの夢ってなんだよ」


言葉通りに、あの時の俺はプリントに書けなかった事なんてどうでも良いと思っていた。自分の夢はプリントに書けば叶うものじゃない、自分で頑張って苦しんでそしてやっと手に入れられるものだって思っていたから。


少しませていたのだと思う。だけどその時の俺は本当に純粋だったんだ。


そしてレイは話し出す。


「ほら拓真も知ってるけど俺の家って金持ちじゃん? だけど俺は三男で会社の跡取りにはなれないんだよ。だけど俺はそれでも良いって思ってんだ。俺はさ、兄貴達の役に立てる人間になりたいんだ。でもそれは、すげー努力しなきゃいけなくて、誰にも負けちゃいけないんだ」


城鐘家はレイの親父が一代で築き上げた大きな家だ。きっと誰にも理解出来ないほどの努力をし苦しんだのだろう。そうして手にした幸せ。そんな親父の気持ちも他の家族の気持ちもレイは分かっていたんだと思う。


だからこそ家族の為になりたい。そんなレイの夢を聞いた俺は


「すげーじゃんっ!! どうしてプリントに書かなかったんだよっ!?」


「拓真……?」


「だってそれって皆の為に何かをしたいって夢だろ? それにレイの家は金持ちだ。すげー大変だと思うし、すげー辛くなる時があるかもしんないけど。俺はお前の夢を応援するよ。つかレイなら何だってなれるだろ」


子供ながらに興奮した。レイの大きな夢を聞いて。俺は体で表現するように立ち上がって大きく手を広げ、大袈裟にレイへと伝えた。


その後はいつもの様に俺はレイをからかい、そしてレイに怒られる。だけどそんな空気がレイもまんざらじゃないといわんばかりに笑っていた。だから俺も自然と笑顔になれる。


ここに雪菜がいればもっと楽しくなれたのかもしれない。だけどこんな話は男同士じゃなきゃダメだよな。そうかこれが青春なのか。


そんな風に思う俺は、本当にレイの夢を応援したいって思っていたんだ。


「あーもう。俺はそろそろ帰るぞ拓真」


「え? もうそんな時間なのか?」


「そうだよっ!! お前がからかうから俺もムキになっちまっただろ!?」


怒りながらもレイは俺の事を親友だと思ってくれているのだと実感した。それは俺の感覚ではない、まぎれもない真実だったんだ。


「だけど、本当に今日はありがとな。なんかお前に話したら少し楽になったよ。だからこれからもよろしくな、親友っ!!」


そう言い笑顔で俺の胸を拳で優しく小突いたレイ。そしてそのまま走って帰ってしまった。俺はそんなレイの後姿を見ながら嬉しく思っていた。そして今日の晩飯を考えていたんだ。


そしてレイが帰っていく姿を見送って俺も自分の家に帰ろうとしていた。その時


「あの子って確か城鐘さんの所の子よね?」


「あー確かそうだったわよ」


「でもあの子も可愛そうよね。なんでもあの子の友達には天才が居るらしく、いつも親にその子と見比べられているらしいのよ」


レイの噂話をしているおばさん達。その会話の内容は少し気になったが、レイがそんな天才なんかに分けるわけがないと思っている俺は、さほど気にも留めなかった。


「そうなの?それは可愛そう……。で、その天才の子の名前は知ってるの?」


「えーなんだったからしねー。確か━━」


どうしようもないくらいにその時の会話を聞いていなかったら良かったのだと俺は思っている。そんなくだらない会話を聞いていなければ、きっと俺はもっと幸せに生きていたのだから。


「小枝樹 拓真よ」


その言葉が俺の耳に入り、その場で歩みを止める。そして頭の中で考えるんだ。


俺がレイと比べられてる……? どうして俺がレイと……? つか、俺は天才なんかじゃないぞ。きっとこのおばさん達が名前を間違えてるんだ。


真実から目を背けようとする幼き日の俺。だがそれは間違いなく真実だったんだ。


「あーその子の名前なら聞いた事があるわ。確かにあの子って色々な賞とか取っているのよね? それも殆ど練習とかしないで。あの子が出てるコンクールとかって他の子は嫌がるらしいわよ。本当に天才だからなんなのよね」


確かにそうだった。俺は母さんや父さんに言われたコンクールとかには出ている。それが何のかなにも分かっていないのに……。だけどやればいつも一番になれた。


一番になる事は嬉しくて、母さんも父さんも喜んでくれた。だから俺はやってたんだ。


でも、俺は見たことがある。俺が一番を取って泣いている子達を……。


「なんだよ……。なんなんだよ……!!」


俺はその場から走り出した。そんな会話を聞いていたくなかったから。だってそれは、俺がレイの夢は潰してるってことだろ!? あんなに嬉しそうに楽しそうに話していたレイから夢を奪う行為をしてたんだろ!?


それだけじゃない。俺は一生懸命練習をしてきて、夢を抱いていた子達の夢まで奪ってきたんだ。俺が天才だからっ!!!!


嫌だ……、嫌だっ!! 俺は正義のヒーローになりたいんだっ!! 誰かを傷付けたくなんてないんだっ!! なら俺はどうしたらいいんだよっ!!


心の中で叫んでいる俺の声は誰かに聞こえるはずもなく。そしてレイを裏切ってしまう運命の日になってしまったんだ。




 それは小さな剣道大会だった。小学生の部、中学生の部、高校生の部、大人の部。それぞれに分かれての小さな大会。


だがこの大会は有名で剣道の先生達も沢山見に来る。それに当然の事ながら親も。


俺はいつもの様に親に言われて出場した。そしてレイも出場している。


「おす拓真。今日は手加減しないから、覚悟しておけよ?」


「あぁ……」


「なんだよ元気ないな。俺はいつでも本気のお前とやりあいたいんだ。どんな理由があってもな」


今の俺は上の空でレイの声なんか殆ど聞こえていなかった。ただ思うのは


俺はレイに勝っちゃいけない。


それは当然なんだ。レイの夢を叶える為には俺は勝っちゃいけないんだ……!! レイの親だって見に来てる。俺がここでレイに勝てば、またレイは俺と比べられて夢から遠ざかってしまう……。


負けることは嫌だ。だけど自分の勝ちなんかよりも親友の夢を俺は選びたい。それが今の俺の気持ちだ。



そして全ての試合が終了した。


小学生の部ではレイが一位で俺が二位。試合をしてて素直に思った事は、俺はレイに勝てた。


そんな俺はわざとレイに負けた。でもそれでよかったんだ。これで全てが良い方向にいく。俺はレイを傷つけてないし、レイも夢を実現できるようになるかもしれない。だけどそんな事を思っていたのは俺だけだった。


「おい拓真。どうしてだよ……。どうしてなんだよっ!!!!」


「……レイ?」


防具を取ったレイは怒りながら俺へと怒鳴り始める。だけどどうしてレイが怒鳴っているのか俺には分からなかった。


「お前は俺の親友なんだよなっ!? お前だけは俺の事を分かってくれてるって思ってたんだよっ!! なのに……、なのにどうして手を抜いたんだっ!!」


「違う……。手を抜いたのはレイの為で……、俺は、レイの夢を応援したくて……」


「何が応援したいだっ!! 俺の事をバカにしやがって……!!」


レイの大声で辺りの大人達が騒ぎ出した。その中から聞こえてくる言葉は「え? あの子手加減してわざと負けたの?」「他の子も頑張ってきたのに最後だけ手加減って……」聞きたくもない言葉が俺の耳に入ってきてどうしていいか分からなくなった。


だがそんな俺の心を最後に壊した言葉は「まぁそうだろうな。レイが小枝樹くんに、天才少年に勝てるわけがないんだ」レイの父親の言葉だった……。


呆れた表情で言うレイの父親は本当にレイの事を見限っているような顔をしていて、俺はいてもたってもいられなくなって


「違うんですっ!! レイは本当に強かったっ!! 俺はそんなレイに勝てなかっただけだっ!! ちゃんと結果が出てるだろっ!? 大人だったらそれを認めろよっ!!」


叫び散す俺は泣いていた。涙を流しながら必死に訴えたんだ。レイは出来る奴だって、レイなら何でも出来るって。だけど


「もういいよ拓真」


「……レイ?」


俺の腕を掴み制止し、その手を離したときのレイの表情はとても無表情で、全ての感情をどこかに落としてしまってきたんじゃないかと思ってしまう程の無だった。そして


「もう、お前なんかいなくなれよ」


その言葉を聞いた俺は何も言い返せずにその場で崩れ落ちた。そして全ての思考を停止させ何も考えないようにしていた。だがその場からゆっくりと離れていくレイの姿を見て、少しだけ自分の思考を動かすことが出来た。


どこに行くんだよレイ……。俺は俺の夢を応援したかっただけなんだよ……!! お前にそんな顔して欲しくてやったんじゃないんだよ……!! なぁレイ……、行かないでくれよ……。俺が悪いなら謝るからさ……。お願いだよ……、どこにも行かないでくれよっ!!





「レイッ!!!!!!!」


気がついた時には現実のベッドの上。俺はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。


息が荒れている。そして目が覚めた時には天井のほうへと腕を伸ばしていた。そして感じる頬の冷たさ。それは夢を見ていたせいで流してしまった涙なのか、それすらも今の俺には分からない。


ベッドの上で体を起し、俺はもう一度考える。


あの時の俺は本当にただ純粋にレイの夢のことだけを考えていたんだ。それがあの結果になってしまって、そこで気がついたんだ。


天才は誰かを傷つけることしか出来ない。


才能があるという事はとてもいい事だ。それが自分の夢や未来でやりたいことなら最高だと思う。だけど、そんな境遇に恵まれているのはほんの僅かな人間だけであって、自分が天才だという事すら憎んでしまう奴もいる。


なにも無くただただ平凡な人生を送っている人には俺の気持ちなんて分からないんだろうな……。自分が求めてもいない才能で他人を傷つけてしまう恐怖を……。


それが無意識だとすれば自分は他人を傷つけていないと肯定してどうにでも出来るかもしれない。だけど、俺は故意的にレイを裏切ったんだ。そこに弁解の余地はなくて、俺がレイに恨まれている事は必然で……。


だけどなら、レイは俺にどうして欲しかったんだ。俺はレイに何をする事が正しかったんだっ!!


レイは俺に言った。兄貴達の為に役にたちたいって……。それはレイが本当の事を言っていたんだって思う。他には、他には何を言って……。


誰にも負けちゃいけないだ。


だけどそれは出来ている。だって俺はレイに負けたんだ。なら俺は間違ったことをしていない。なんも間違ってなんかいないっ!!


頭の中で沢山の自問自答を繰り返す俺は、未だに答えに辿り着けない。その時


コンコンッ


俺の部屋のドアを誰かが叩いた。俺はそんな音を無視して自分の世界に浸ろうとしている。だが、その扉の前の主は俺の返答を待たずに話しを始めたんだ。


「た、拓真? あたしだよ雪菜だよ。その、学校に鞄置きっぱなしだったから持ってきたんだ……」


雪菜。どうしてだかは分からないけど、雪菜の声を聞いて安心感を覚えた。


「その、皆心配してたよ? ちゃんと拓真の事を心配してたんだからね」


皆が俺の事を……?


その瞬間、いつものメンバーが俺の脳裏に出てきた。


どうしてあいつ等は、こんな俺の事を心配してくれるんだ。俺はあいつらに何も出来てないのに……。どうして皆はそんなに優しいんだよ……。


苦しかった。自分の真実を自分の口から伝えていないのに、それでも皆が俺の事を心配してくれているという事実が堪らなく辛かった……。


「そ、それにね。いつもの場所にレイちゃんが来たんだ……」


雪菜の言葉を聞いて俺の感情はいっきに向きを変えた。


「レイちゃんが皆に沢山酷い事を言ったんだけど、それでも皆は拓真を庇ってくれて……。あの優姫ちゃんがレイちゃんに怒鳴ってくれたんだよ」


牧下が怒鳴った……? 俺の為にレイに怒鳴った……? 


そんなの俺がいなきゃ起こらなかった事だ。やっぱり俺はもう、皆とはいちゃいけないんだ。


その瞬間、何かが分かったような気がしたんだ。


「雪菜。もう帰れ」


「え、でも、皆のことちゃんと拓真に話さなきゃ……」


「帰れって言ってんだよっ!!!!」


俺が叫んだ後、雪菜の声は聞こえなくなった。そして部屋の外に誰かいる感じもしなくなってしまった。だけどそれでいいんだ。


きっと雪菜は俺に皆が俺の事を思ってレイに反抗してくれた真実を伝えたかったんだって分かってる。だけどそれは起こらなくていい争いで、俺の為に誰かが苦しむのは嫌なんだ。


だから俺は決めたんだ。一年前の全てを拒絶していた自分に戻ると。そしてレイを傷つけないために天才てい続けるのだと。


これが間違っているのか俺にも分からない。だけど今の俺にはこれくらいしか出来ないし、それに



やっぱり俺は独りが似合っている。






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