21 中偏 (雪菜)
始業式も終わって、帰りのHRも終わって、今は二学期初日の午前授業を終えた生徒達で賑わっていた。
部活動を勤しむ者、夏休みボケが抜けていない者。そこには色々な人達がいて、そこに生まれるのは楽しい笑い声だった。
そんな事を思い出しているあたしは今、B棟三階右端の今は誰も使っていない教室にいる。
その場所はとても心地が良い場所で、どうして拓真が行き始めた時からあたしも行かなかったんだろうって少し後悔してしまうくらいだった。
だけど今のこの場所はそんな楽しい空間ではなくて、小さな教室に何人もいるのに誰も何も話そうとしない。
賑やかで騒がしいいつもの空間とは一変し、静寂に包まれピリピリとした棘のある感覚と重たい空気が入り交ざった不快な空間だった。
どうして楽しい空間がこんな事になってしまったのか。それはきっとこのこの場にいる皆が分かっている事で、それを口にするものはいなかった。
だけど皆はその時の真実を知りたいと思っていて、自分達の感情を押し殺している感じだ。なのにもかかわらず誰も何も言わないのは、その真実から目を背けているからなのかも知れない。そんな時
「その……、なんだ。拓真が天才だっていうのは、本当なのか……? 白林」
静寂を切り裂いたのは門倉翔悟くんだった。
彼は今の拓真の親友で、とても大きな体をしている。そんな大きさに尻込んでしまう人は沢山いるだろう。だけどそんな門倉くんはとても優しい人で、その笑顔は体躯に似合わないほど爽やかなものだ。そんな今の彼は無表情で言っているが、その覆いかぶさった表情の奥に悲しみを抱いているように感じた。
「うん。拓真は本当に天才だよ」
門倉くんの質問にあたしは答える。自分の感情が誰にも知れ渡らないように配慮しながら、表情を何も変えずに。
すると門倉くんは眉間に皺を寄せながら俯いた。自分の拳を強く握りながら。
そんな彼の苦しみがあたしには分かる。信じていた人が変わってしまったら誰だって苦しいって思ってしまうものだ。
だけど、門倉くんの苦しみはあたしとは違っていたんだ。
「白林の言うことが本当なら、あの時の試合でシュートを外したのはワザとだったのかよ……」
あの時の試合。それはきっと一学期に門倉が夏蓮ちゃんに依頼した練習試合だと思う。あたしはその試合を見に行ってはいない。だけどアンちゃんから少しは話しを聞いてる。
その試合の結果も、最後に拓真がどうなったのかも……。
そんな何も見ていないあたしには何も言えないけど、それでも
「拓真はきっと、門倉くんの事を考えてくれてたよ? でもその気持ちを拓真が本当の意味で受け入れられなかっただけだってあたしは思う」
身勝手な事を言っているのはわかってる。だけどあたしは拓真の味方でありたい……。拓真のヒーローになりたい。
「何が受け入れられなかっただ……。あの時の試合も、今のこの状況も、全部拓真が俺等を騙してきたってことだろっ!?」
声を荒げる門倉くん。その叫びからは拓真の信頼が消えかけてしまっているのだとあたしは感じた。
「どうして拓真は何も言ってくれなかったんだっ!? 拓真の言った親友ってなんなんだよっ!!」
「言えるわけないよ……!!」
門倉くんの感情的な言葉にあてられたのか、楓ちゃんが口を開いた。
「小枝樹はずっと悩んでた。何も話せてない自分を友達だって言ってくれる皆に申し訳ないって……。どうして小枝樹が言えなかったのかも知らないくせに勝手な事言わないでよっ!!」
やっぱり。楓ちゃんは拓真の真実を知っていたんだ。だからこそあんなにも拓真に固執していて、拓真の楓ちゃんの事を大切だって思ってたんだ。
分かっていたはずなのに、それでも真実を知って苦しくなる事って多いんだよね……。だけどあたしにはもう、拓真だけじゃないから。
「なんだよ……。佐々路も知ってたのか……!? あーそうだよな。旅行の時に佐々路は言ってたもんな。自分は嘘つきだって」
門倉くんの言葉は教室中の人達が驚き彼を見てしまうくらいの衝撃的な一言だった。そしてその言葉を聞いた楓ちゃんは俯き何も言わなくなってしまう。
だが、こんな状況の中、神沢くんが
「門倉くん。今のは言いすぎだよ。ちゃんと佐々路さんに謝ろう」
「なんだよ……。全部俺が悪者だって言いてぇのかよっ!! お前らおかしいよっ!! 何でそんなに冷静でいられんだよっ!! 俺はもう、頭の中がグチャグチャなんだよっ!!」
小さな教室内に響き渡る大きな声。その声はきっと皆の心の奥底まで響いていて、だからこそ辛くなってしまう。互いが互いを考えながら、沢山の苦しいを一緒に乗り越えてきた。だけど今は拓真の真実を知ってしまったから、くだらない論争が起こってしまう。
一生懸命、拓真が繋いでくれた絆が少しずつ解れていくのが目に見えているようだった。
だかどそんな中、天才少女の彼女だけは違っていた。
感情的になって怒鳴り散らしている門倉くん。そんな門倉くん同様に感情的になり今は静かになってしまった楓ちゃん。冷静に淡々と話しているが、自分の感情を押し殺している神沢くん。言い合っている人達の会話を聞きながら俯き椅子に座っている崎本くん。オドオドしながら悲しい表情を浮かべている優姫ちゃん。
そして、無表情のままこの教室の扉から一番離れた窓際でみんなの事を静観している夏蓮ちゃん。
その表情は本当に何も感じていない人間がする表情で、こんなにも皆が感情的になっているのに夏蓮ちゃんだけは機械のようにその場にいるだけの存在だった。
だけどそれはおかしい事だ。あたしは夏蓮ちゃんと拓真の、契約、を知っている。だとすれば拓真が天才という真実を知って一番動揺するのは夏蓮ちゃんのはずなんだ。
だって夏蓮ちゃんは凡人である拓真と、契約、を結んだのであって、天才だと分かってしまったらその、契約、自体破綻してしまっている。天才である拓真に求める事自体がおかしな事になってしまうからだ。
ならどうして今の夏蓮ちゃんはこんなにも冷静にこの場を静観することが出来る。あたしにはわからないよ……。その時
ガラガラ
B棟三階右端の今は誰も使っていない教室、そんなあたし達の居場所の扉が開かれた。そこには
「こんな所にいたのかよ。探したぜユキ」
癖毛なのか外に跳ねている赤い髪の毛。その瞳は誰かを睨むことしかできないような細く切れながだ。身長は門倉くんよりも少し小さいくらいで、細めの体躯なのにもかかわらずがっしりとした体だという印象を受ける。そんな彼は
「レイちゃん……」
あたしの幼馴染の城鐘レイ。
「こっちの校舎ってもう殆ど使ってねーんだろ? なのに高校生にもなって秘密基地ゴッコですか? あーそうか、ここが拓真の作り上げた新しい張りぼての城ってことか」
低すぎるわけでもない通るレイちゃんの声。その言葉が教室中に響き渡って誰も何も言わなくなってしまった。
「つかよくもまぁこんなにも新しい友達を作ったもんだな。違うか、あの天才に騙された憐れな奴等が集まってるってことだな」
レイちゃんの暴言は止まらない。それだけレイちゃんがあの時から感じていた事をここで発散しようとしてるんだ。
「なになに? なんで皆黙っちゃってんの? そんなに拓真が天才だったことがショックなの?」
「部外者は引っ込んでろよ」
あたしが見たこともないくらいの強烈な睨み。門倉くんの怒りは沸点を超える寸前だった。
「部外者? お前何言ってんの?」
片手で髪の毛をかきあげたレイちゃんは、門倉くんを挑発するような声音で言った。
「確かにこの場所の人間からして見たら俺は部外者だ。だけどな、今回の件は拓真が天才っていう事がバレたって事だろ? それはさ、俺がこの学校に転校してこなかったら起こりえない状況だって事だ。まぁ、いずれこんな風にお前らは揉めてたんだと思うけどな。つーことで、俺は部外者じゃなくて当事者になる。むしろ部外者はお前だろ」
ほくそ笑みながら門倉くんに言うレイちゃん。そんなレイちゃんを止めることも出来なくて、あたしはただただこの状況を傍観することしか出来なかった。
「ふざけんなよてめぇっ!!」
そう叫び門倉くんはレイちゃんの胸倉を掴んだ。だけどそんな状況になっているのにもかかわらずレイちゃんは笑っている。そして
「なぁ、俺がこの学校に転校してきた経緯をお前は知ってるか?」
自分よりも大きな人に胸倉を掴まれ、好戦的な態度をとられているのにレイちゃんはそんな門倉くん下から見下していた。
「去年。俺の学校に転校生が来たんだ。丁度このくらいの時期だったな。そいつは俺と同じクラスに転校してきたんだ。そして自己紹介の時にそいつなんて言ったと思う?」
レイちゃんの話しを聞きながらそれでも睨み続けている門倉くん。だけど次の瞬間、そんな門倉くんの表情がレイちゃんの一言で変ってしまう。
「この学校には本気でバスケをしに来ました。だとよ」
レイちゃんから手を離し門倉くんは何かを思い出しながら動揺していた。そんな門倉くんの状況が今のこの場所にいる皆も分かっていない。分かっているのはレイちゃんと門倉くんだけだった。
「おい。お前が翔悟なんだろ? 友哉を裏切った門倉 翔悟くん」
門倉くんが掴んだせいでクシャクシャになった制服の襟元を直しながらレイちゃんは更に言い続けた。
「拓真は俺を裏切った、お前は友哉を裏切った。そんな事実を後悔していたのに、同じ傷を負った人間と出会い傷を舐めあってたんだろ? 俺達は後悔している、誰も傷付けたくなんてなかったんだ。本当に反吐が出るような台詞だよな。だけどお前らはそんな言葉を自分に言い聞かせて親友ゴッコを続けて来たわけだ。おい門倉、もう一度親友を失う気分はどうだ?」
膝から崩れ落ちる門倉くん。そして俯き何も言わなくなってしまった。あれほど叫び続けていたのに、今の門倉くんにはそんな行為をする力すら感じられなかった。
そこまでショックを受けている門倉くんを追い込むためなのかレイちゃんは言い続ける。
「拓真はお前に嘘をついていた、だけどお前もそんな拓真の気持ちに気がつかなかった。互いが互いを裏切り、傷つけあっていた事実を受け入れろよ。そして後悔しろ」
門倉くんの心に止めを刺したレイちゃん。その言葉を聞いて本当に門倉くんは動かなくなってしまった。だけど今のレイちゃんはそれだけじゃ止まらない。
「他の連中もそうだぞ? お前らは拓真に騙されてたんだ。言いかげん気がつけよ。お前らが今日までやってきた事はただの茶番だったんだよ」
バンッ
レイちゃんが言い終わったと同時に机を叩きつける音が教室中に鳴り響いた。皆一斉にその音の方へと向けをかえる。そんな行為をしたのは
「ちゃ、茶番なんかじゃ、な、ない……」
小さい身体を一生懸命大きく見せようとしながら、震えている声と体を無理矢理動かしている優姫ちゃん。
彼女はいつもこんな風に感情的にはならないのに、レイちゃんが言った言葉が本当に気に食わなかったのだろう。門倉くんですら項垂れてしまっているのに、今の優姫ちゃんは涙目でレイちゃんを睨んでいた。
「あ? おいちっこいの、今何て言ったんだ?」
「茶番なんかじゃないっ!!!!!」
その声の大きさにレイちゃんも少し驚いている。そして
「わ、私達は皆、さ、小枝樹くんに助けてもらったっ!! み、皆それぞれ苦しい思いを背負ってて、じ、自分でもどうして良いのか、わ、分からなくなってた……。だ、だけど、そ、そんな私達に、さ、小枝樹くんは優しく手を差し伸べてくれたっ!! そ、それを茶番なんて言うなら、わ、私は貴方を許さないっ!!」
本当はレイちゃんの事が怖かったのだろう。机に手をつけていても優姫ちゃんの手は震え続けていて、言い終わった時には涙も流していた。それでもレイちゃんに負けじと睨み続けている優姫ちゃんは本当に強い子だ。あたしなんかよりもずっとずっと強い子なんだ。
だから、あたしも頑張らなきゃいけないよね。拓真が作った……、ううん。皆で作ったこの場所を、絆を守るために。
「今の優姫ちゃんの台詞で分かったでしょレイちゃん。お願いだから今は帰って。これ以上みんなの事を、あたしの大切な友達を傷つけるんだったら、あたしもレイちゃんを許さない」
本当はレイちゃんもあたしの大切な友達だ。だけど今のレイちゃんはあたしの知ってる昔のレイちゃんなんかじゃなくて、とても冷たくて憎しみが増大してしまった人なんだ。
そんなあたしと優姫ちゃんの言葉を聞いたレイちゃんからは笑みが消え、その表情を重たい無へと変えた。そして
「興醒めだ」
そう言うとレイちゃんはあたし達に背中を向けB棟三階右端の教室から出ようとした。その時
「なにが興醒めよ」
この教室に皆で集まってから今の今まで一言も喋っていなかった夏蓮ちゃんが口を開いた。
「城鐘レイ。貴方は今日の朝、教室で小枝樹くんに言ったわよね。「逃げるのかよ」って」
それはレイちゃんが朝のHRに拓真に言った一言だった。そして夏蓮ちゃんはレイちゃんよりも冷たい表情で話し始める。
「今の貴方はあの時の小枝樹くんと一緒よ。いえ、あの時の小枝樹くんよりも惨めだわ。興が冷めたと言い何も言い返せなくなってしまった自分の弱さを隠すために体の良い捨て台詞でこの状況から逃げ出そうとしているわ。それに今の貴方の話しを聞いているだけだと、自分の親友に新しい友達が出来て悔しがっている、ワガママで愚かな幼い子供よ」
「なんだと……?」
夏蓮ちゃんの言葉を聞いてレイちゃんが振り返る。その表情は怒りに満ちていて今にも夏蓮ちゃんに飛び掛ってしまいそうな表情だった。
「あら、図星をつかれて怒ってしまったのかしら。本当に貴方は子供ね。そんな貴方が城鐘家の三男だなんて誰も思わないわ。いえ、思えないわ」
夏蓮ちゃんの言葉であたしは夏蓮ちゃんとレイちゃんは知り合いなのだと気がついた。だけどどうして夏蓮ちゃんはレイちゃんを知っているのだろか。それは城鐘家という言葉が答えを示していた。
「さすが一之瀬財閥の次期当主さんだ。俺の事をちゃんと知っていたんだな」
「えぇ、貴方とは幼少期に何度かパーティーで顔を合わせているし、貴方のお父様と一之瀬家は深く結びつきがあるもの。警視庁幹部の貴方の家柄とはね」
警視庁幹部……? レイちゃんのお父さんが……? あたしはそんな事なにも知らない。きっと拓真だってその事は知らないと思う。
レイちゃんの家もお金持ちで、夏蓮ちゃんと知り合い。ちょっと待って、レイちゃんのお父さんが警視庁の幹部なら、昔起きたあの男の件の事件が大事にならなかったのって、まさかレイちゃんが……?
「だけど今の貴方は城鐘家の家柄を破綻させるような行為をしているわ。それが自分の家にどれ程迷惑をかけているのか分かっているの? もしも分かっていないのならば、貴方は凡人以下のクズよ」
「あ? 俺が家の事をどうして考えなきゃいけないんだよ。俺はなぁ、拓真のせいで自分の家に居場所をなくした人間なんだよっ!! あの天才が俺の全てを奪っていったんだ。あんな孤児のろくでもない人間のせいでなぁっ!!」
レイちゃんの怒号が教室内に響き渡る。そして
「俺はなお前等みたいな天才が大嫌いなんだよっ!! 自分の能力を鼻にかけず、他人の為にやってますみたいな態度とかも気にくわねぇんだよっ!! 全てを持ってる、一之瀬家に生まれて、天才に生まれたお前に惨めな凡人の気持ちなんかわかんねぇんだよっ!!」
「惨めな凡人の気持ちね……」
レイちゃんの激しい怒りを伴った言葉の後、夏蓮ちゃんは小さな声で言った。その時の夏蓮ちゃんの表情は一瞬だけ悲しそうな雰囲気を纏っていた。それが気のせいなのか本当なのか自分でも分からないほど刹那な時間だった。
そしてレイちゃんは舌打ちをし、その場からいなくなってしまった。
残されるあたし達。この数分の間に色々な事が起こりすぎて、きっとこの場にいる皆もどうして良いのか分かっていない様子だった。だけどあたしはレイちゃんが帰ってくれた事で、体の力が抜けその場に座り込んでしまった。
安心したのかあたしは自分の瞳から大粒の涙を流している。そしてあたしの事を心配してくれた崎本くんが「大丈夫?」と優しく声をかけてくれた。そんな優しさに触れて、我慢していたあたしの感情が露見してしまう。
「み、みんな……。本当にごめんね……。もっとあたしがレイちゃんを説得できればよかったのに……。ほら、あたしって弱虫だからさ……、凄い大切だって思ってるのにレイちゃんが怖かった……。それに最後まで拓真を信じてくれて本当にありがとう……。う、うぅ……」
泣き声を押さえられなかった。涙が沢山流れてくるから、自分の声も感情もコントロールできなかった……。それでもちゃんと皆に自分の気持ちを伝えなきゃいけない。
「うっ……、門倉くんもごめんね……。あたしがちゃんと拓真の事を説明してればこんな風にならなかったよね……。でも、拓真は本当に門倉くんのことを親友だって思ってる……!! だから、拓真を信じてあげて……?」
「白林……」
「それに優姫ちゃんもありがとう……。拓真のこと信じてくれて……。優姫ちゃんが叫んでくれてなかったら、あたしレイちゃんに何も言えなかった……。だから本当にありがとう……」
「雪菜ちゃん……」
「あたしと拓真は本当に幸せ者だよ」
あたしは自分の涙を腕で拭い。一生懸命笑った。そして皆にちゃんと伝わるように、今の自分の気持ちを込めたんだ。
「こんな沢山の大好きな友達に巡り会えて」
これが今のあたしの本当の気持ちだった。ずっと拓真に言われてきた。「あいつ等は俺等を分かってくれる」初めはそれが信じられなかった。あたしはただ拓真を誰かに取られたくなくて、昔のようにレイちゃんと拓真の3人で楽しい日々をもう一度作りたいとだけ願っていた。
だけど拓真が言ってた通り、ここにいる皆はあたし達の事をちゃんと分かろうとしてくれる優しい人達で、自分の事なんかよりも他人を優先してしまう、拓真みたいな人達だった。
それを信じられなかった自分が恥ずかしい。この世界はもっともっとあたしの知らない大切が沢山あるんだって思えた。
だからこそ、皆はあたしの大切な人たちなんだ。守りたい、傷付けたくない、苦しませたくない。だけどきっとそれはただの独り善がりだから、頼っても良いんだよね……? 皆で一緒に解決すればそれでいいんだよね。
あたしの涙は止まらなかった。子供のように大声で泣き散し、恥ずかしい所を皆に見せているって思った。すると
「雪菜は頑張ったよ。あたしなんか何も言えなかったもん。だから大丈夫、雪菜は独りなんかじゃないよ。皆がちゃんと傍ににいるよ」
楓ちゃんがあたしを抱きしめてくれた。 そしてあたしがずっと欲しかった言葉を言ってくれる。
どうしてだろう。本当はもう泣きたくないのに、皆に迷惑かけたくないのに……。涙が止まらないよ……!!
「うっ、うぅぅあぁぁぁ……。楓ちゃん、楓ちゃん……!!」
あたしは楓ちゃんにしがみ付き泣いた。あたしの全てを分かってくれたと思えたから、あたしの全てを見せても良いと思えたから。だからこんなに泣きじゃくるのは最後にしよう。
今度はあたしが皆を助ける。拓真を助ける。そしてレイちゃんも助けるんだ。
結局、あの後あたしが泣き止んだら解散になってしまった。
解散と言ったのは夏蓮ちゃんで、きっとこのままこの場所にいても何も解決しないと思ってのことだったのだろう。夏蓮ちゃんなら感情的な事よりも論理的に正しい方向を見定めてくれるって思えたから。
そしてあたしは今一人で学校にいる。楓ちゃんも優姫ちゃんもあたしを心配してくれていた。それに何故か崎本くんも。
あたしを一人にしちゃいけないと思ってくれた楓ちゃんと優姫ちゃん。だけどあたしは話さなきゃいけない人がいるからと言って一人学校に残った。
その話す相手は夕方にならなきゃ現れない人で、みんなを待たせるのは忍びないって思ったんだ。本当はその人と話しをするのも少し怖いって思ってる。きっと昔のあたしなら逃げて何も言わなかったのだろう。
だけど今のあたしはもう独りぼっちじゃない。皆があたしの味方で居てくれるから頑張れる。
そうしてあたしは学校の校門前でその人を待っている。そしてゆっくりと後ろから足音が近づいて来た。その音を聞きあたしは学校のほうへと体を向ける。
「待ってたよアンちゃん」
「……雪菜」
あたしが待っていたのは如月杏子。あたしや拓真に幼馴染みたいな存在で、ずっとお姉ちゃんのような人だと思っていた。
そんなアンちゃんにあたしは聞きたい事がある。
「ねぇアンちゃん━━」
「聞きたいのはレイの事か……?」
アンちゃんはあたしの言葉を遮りながら、あたしの聞きたい事を適格に言ってきた。だからあたしは
「そうだよ。どうしてアンちゃんはレイちゃんが戻って来ることを拓真やあたしに言ってくれなかったの?」
あたしの言葉を聞いてアンちゃんの表情が苦しそうな表情へと変ったのが分かった。眉間に皺を寄せ少し俯くアンちゃん。だけどそんなのは一瞬のことで
「それを言ってお前等は何か出来たのか」
いつもの怖いアンちゃんに戻る。表情は無表情で、いやあたしの事を睨んでいる。そんな恐怖を纏ったアンちゃんにあたしは勇気を出して言い返す。
「きっと何もできなかったって思う。だけど、それを知っていると知っていないじゃ今の状況は全然違ったよっ!!」
「それは結果論を言っているだけに過ぎない。状況が変っただと? レイが転校してくる真実を私がお前等に言ったら拓真も雪菜もレイから逃げるようにして、全てを拒絶していただろうっ!! 私はお前等の事を考えていないわけじゃない。だけど今回の事はしょうがなかったんだっ!! 私にだって正しい答えが分からなかったんだよっ!!」
あたしに感情をぶつけてくるアンちゃん。そんなアンちゃんをあたしは始めてみた。なんだかそれが少しだけ嬉しいとさえ感じていた。だけど、今はそんな事を思っている場合じゃない。
「正しいとか正しくないとか、どうしてアンちゃんはいつもそうやって決めるのっ!? 正しいとかじゃないじゃんっ!! 自分がどうしたいかじゃんっ!!」
「ふざけるなっ!! 自分がどうしたいかだと……? 私はなぁ、お前等みたにもう子供じゃないんだよッ!! 正しい選択をしなきゃいけない、間違った道は歩んじゃいけないっ!! それが大人なんだよ……!!」
きっと初めてだった。アンちゃんとあたしがこんなにも感情をぶつけ合って喧嘩のようになっている事が。
「何が大人だよっ!! そうやってアンちゃんはいつもあたし達から逃げてるだけじゃんっ!!」
「それのどこが悪いっ!? 私はお前等のように子供じゃないっ!! 私はお前等を見守る義務があるんだっ!!」
「そうやってアンちゃんはあたし達に自分で壁を作ってるんだっ!! 昔のアンちゃんの歳にあたしもなったよ……? だけどアンちゃんみたいにあたしは大人になれないっ!! 拓真だってそうだよ? きっとレイちゃんだってそうだっ!!」
夕方の校門前。きっとあたしとアンちゃんの声は校舎内にいる人たちにも、回りの人たちにも聞こえているだろう。だけどそんなものは関係なくて、今は自分の気持ちを叫ぶことが重要だった。
「なら私はどうすればよかったんだっ!!!! 私は……、どうすればよかったんだよ……。何も出来なかったのはわかってる。だけど私には何をして良いのか分からないんだ……」
弱々しく女の子になっているアンちゃんを始めてみた。だけど、そんなアンちゃんに同情している余裕なんて今のあたしにはない。
「そんなの知らないよ。自分に聞いてみたらいいじゃん。あたしは自分のした事をする。アンちゃんだってそが許されてるんだってあたしは思うよ。本当はこんな風な事を言いあいたかった訳じゃないのに、なんかごめんね……。だけど、アンちゃんが思っている以上にあたし達はちゃんと自分で考えて答えを出そうとしてるんだよ」
もう何も話す事は無かった。聞きたい事は沢山あったのに、今のアンちゃんはこれ以上冷静に話せないってあたしは思った。だからあたしはアンちゃんを置き去りにしてこの場から去った。
背中を向けて歩き出す。そして少し歩いた辺りでアンちゃんの泣きそうな声が聞こえた。
「私には……、私には何も出来ないんだよ……」
その声を聞かないようにしてあたしは歩く。自分が信じた未来を実現させる為に。
もう誰も傷つかなくいいんだ。拓真が思っていた事が今になって分かる。あたしは皆のヒーローになる。そして
大切な人達を守ってみせる。




