21 前編 (拓真)
どうも、さかなです。
今回から第五部の始まりです。
この話は少し友情面を表に出した部分を書きたいと思っています。
それでも本質の話の内容はちゃんと進むので心配しないでください。
それでは、お楽しみ下さい。
さかなでした。
未だに鳴いているセミ達、服の布から露出している肌を焼き付ける太陽。空の色は海のように青くて、その海を流れる立体的な白い雲。
学生の夏は終わりを告げているのに、自然界ではまだまだ夏。これが自然の洗礼なのかと感じながら俺の二学期が始まる。
先に行ってしまった佐々路と雪菜を追いかける事もせずに、俺はゆっくりと登校していた。
夏休みの間にも何度か見た校門をくぐり、俺は学校内へと入っていく。
周囲から聞こえる「ひさしぶりー」や「あんた少し垢抜けたね」などの他愛もないごくごく普通の高校生の会話を聞きながら俺は新しい季節を感じた。
校舎の雰囲気が変っているわけではない。ただ、あまりにも今年の夏の時間が長く感じてしまったから、どこか懐かしいとさえ思ってしまう。
昇降口を抜け自分の下駄箱に靴を入れる。一年の頃からしている日常的な行為がとても新鮮に感じた。
はしゃぎながら会話している女子。夏休みに何も無かった事を自慢げに話している男子。それら全てが新鮮に感じてしまうのはきっと俺が変わったからだ。
何も求めないと決めて、誰も受け入れないと決めた一年半前。なのにその意思はたった一年半で壊されてしまい、そしてそれが違うのだと諭されてしまった。
だからこそ全てが新鮮に感じる。きっと俺はこの高校に入学してから初めてこの校舎に入ったんだ。
本物の小枝樹拓真として。
清々しい気持ちというのはこういうものなのかと実感する。何もかもが新鮮で、本当に新しい自分でこれからは生きていけるんだと思い素直に嬉しくなった。
これが高校生活、これが凡人。まぁもう俺が天才だと佐々路が知ってるから気負う必要はない。だからこそ俺は俺でいられるんだ。
上履きを履き、ゆっくりと廊下を歩き始める。このひと時を心に染み付かせるようにと感じながら。
この一歩一歩が未来の俺にはきっと必要になる。だからこそ今の俺は未来の俺を思いこの一歩を感じるんだ。
階段の一段一段から、新学期の光っている廊下、このひと時の思いを紡いでいる生徒達の言葉を全て。
「おはよー」
そして俺は自分のクラスの敷居を跨ぐ。クラスにいる皆に聞こえるように朝の挨拶をする俺は、ガラにもなくここから何かが始まると期待していた。
「ちょっと小枝樹っ! 来るのが遅いよっ!!」
教室にはいるやいなや一人の女子が俺に文句を言ってきた。その女は
佐々路 楓。身長は女子の平均的な感じで、俺から見た主観的な意見で良いのなら普通に可愛い分類に入る女子だ。髪の毛は肩くらいまで伸びているが毛先が外側に跳ねているせいか若干短く見える。どこにでもいる普通に可愛らしい高校生が佐々路だ。
そんな佐々路に俺は夏休みの終わりに告白された。だがそんな佐々路の気持ちに俺は応えることが出来なった……。きっとこんなに可愛い佐々路をフッタことが周囲の人間にバレれば、男子からの目線は酷くなるだろう。
元気があり明るい性格の佐々路はきっとモテるから。
だけどその経験があったからこそ、今の俺と佐々路は前よりももっと深い絆で結ばれていると俺は信じている。
「やーい、今日の拓真はあたしよりも登校がおそーい」
佐々路の言葉の後、俺に野次を飛ばしてきたこの女子は、俺の幼馴染の白林雪菜だ。
身長は佐々路と大差はない。髪の毛は肩くらいまで伸びており少し茶色かかった明るい色合いだ。体格も普通なのだが雪菜は少し細身なだけあって胸も尻も強調さえるスタイルだといっていい。
そんな雪菜はこの二学年でも人気がある女子らしく、俺は何度か雪菜を紹介して欲しいという男子の言葉を聞いた。
だが俺はこんな肉まんを年がら年中頬張っている女がモテるとは思えない。だからこそ雪菜を紹介するのは自粛してきた。
なのにもかかわらず、どっかの天才少女さんは雪菜がモテると言っていた。それも人気のある雪菜が俺の傍にいる事が、女子の俺へのアプローチを妨げているとまで言った。
それがどういう意味なのか。それは、今の今まで俺は女子にモテてなかったのではなく、幼馴染の雪菜が隣にいたから誰もアプローチをかけてこなかったという事だ。
そんな事をあの天才少女さんが言っていた。
という騒いでいる二人の言葉は無視し、俺は教室に入って瞬間に目に入った黒板を指差し
「なーこれってなんだ?」
佐々路と雪菜に疑問を飛ばした。その黒板に書かれていた内容とは
「んーたぶん二学期からの席じゃない?」
「はははははは、拓真はそんな事も分からないおバカさんだったんだねっ」
的確に内容を説明してくれてる佐々路。そして再び俺の事をバカにしてくる雪菜。そんな雪菜には後でお仕置きが必要だ。
まぁそれはさて置き、佐々路が言った二学期からの席。
確かに黒板には教室の机と同じ数だけ四角が書かれていて、その四角の中には名前が書かれている。それを見て席順じゃないと言い張れるほど俺はバカじゃない。
黒板に書かれている事が席順だという事は認めるが、どうして生徒の意思を尊重せずに独断でこんな行為をしてしまうんだと担任教師に言ってやりたい。だが、そんな事を言えば俺の命に関わる問題にまで発展しそうだ。
だからこそ、そんな愚か過ぎる思考は俺の脳内だけで留めておこう。
そして俺は雰囲気だけで見ていたその席順を凝視した。
「あ、俺の席、窓際の一番後ろだ」
うっしゃあああああああああああああああああああっ!!
学生が一番の憧れると言っても過言ではない窓際一番後ろの席。よくやった、よくやったぞアン子っ!! これで俺の夢見た凡人高校生ライフをエンジョイできるっ!! よし、気分もいい事だし雪菜にお仕置きしよう。
「おーい雪菜。今の今まで俺をバカにした態度は許してやる。今の俺は気分がいいからな。でも、二週間後に控えた二学期前期テストで恥ずかしい順位を取ってみろ? そのときは、わかるよな」
笑顔のまま俺は雪菜に言った。だって本当に気分は爽やかで最高だったのだから。
「前期……テスト……だと……?」
ほんの一瞬前までケラケラと笑っていた雪菜の表情が青褪めた。そして雪菜だけではなく隣にいた佐々路までも青褪めているから驚きだ。
「前期テストだよ。まぁ本格的にやる復習みたいなテストだ。一年の時もそんなに点数の悪い生徒はいなかったぞ?」
二学期前期テスト。それは中間が無いこの学校に設けられたシステムだ。
テスト内容に二学期で教わったものは何一つでない。一学期のテストの時に出た内容と夏休みの宿題の内容が合わさったものだ。普通に勉強をしていて夏休みを怠惰に過ごしていなければ簡単に高得点が取れてしまう。
前期テストの結果はあまり内申には響かないが、一学期の期末同様テストでの順位が張り出される。結局のところこの学校は恥を晒したくなければ勉強しろという本当に鬼畜な学校なのである。
期間も普通のテスト期間と同じ時間を設けており、雪菜に言ったように本格的にやる復習テストなのだ。
「テスト……、テスト……。紙、文字、シャーペン、消しゴム……。テスト……」
俺の言葉を聞いた雪菜は完全に自我を失ってしまった。これが精神崩壊というものなのか、両手で頭を押さえた雪菜は空間を見ながら震え、意味不明な単語を延々と言っていた。
そんな雪菜にお仕置きを済ませたところで、俺は絶対に今の会話が聞こえているバカなイケメンにも注意を促す。
「それと神沢も、俺の友達なんだからみっともない点数だすなよな?」
「どうして朝一番の台詞がそんなに鬼畜なんだよ小枝樹くんっ!!」
神沢司。この二学年で一番のイケメンだ。
綺麗でサラサラな金髪、少女のような顔のパーツが神沢をイケメンに仕立て上げたのだろう。美しい男子というのが本当に正しくて、王子と比喩してしまう俺もいたのが事実だ。
そんな神沢は怒りを露わにし、机を叩きながら立ち上がった。
「何が鬼畜だよ。テスト一週間前になって俺の家で勉強なんてしないからな」
戦闘態勢に入っている神沢を俺は必殺を使い一瞬で薙ぎ払う。その言葉を聞いた神沢の動きは一瞬だけ止まった。そして
「うわーんっ!! 小枝樹くんが朝から僕を虐めるよ牧下さーんっ!!」
そう言いながら自分の席から走り出す神沢は、俺のエンジェル牧下へと泣きついた。
牧下優姫。気の弱い小さな女の子。その体躯の小ささは本当に高校生なのかと疑ってしまう程のものだ。そして青色に見えてしまうほどの透明感のある黒髪。その綺麗な髪をポニーテールにし、目が悪いからなのか黒縁の眼鏡をかけている。
そんな俺は牧下の大ファンだ。というか完全に俺だけのエンジェルだ。だが牧下本人は、現在進行形で泣きついてきているイケメン王子神沢の事が気になっているらしい。
この話は俺と牧下の秘密の話で誰かに話すなんていう野暮なマネを俺は絶対にしない。だって天使に泣き顔は似合わないから。
とまぁ脳内説明をしたところで現実の世界に戻りましょう。
「か、か、神沢くんっ!? ど、どうしたのっ!?」
「小枝樹くんが……、小枝樹くんがー!!」
泣きながら叫ぶ神沢。その言葉を意味を汲み取ったのか牧下は俺の方を見ながら少し怒っている様子だった。そして
「も、もう。さ、小枝樹くん。か、神沢くんを虐めちゃメっ!! だよ」
神沢の言葉に意味は確かに理解できているのかもしれないけど、状況は全然理解できていませんよ牧下さん……。
だけどなんなんだこのフワッとした気持ちは……。俺は牧下に嫌われるような事をしたいとは思わない、それに一学期や夏休みの時はこんな感覚になった事すらない。なのに今の俺は牧下に怒られて少し嬉しい……?
違う違う違う違う違う違うっ!! 俺はそんな変態的な趣味を持っているのような人間じゃありませんっ!! 否定しろ、そんな感覚を否定するんだ俺っ!!
そして俺はもう一度牧下のことを見た。そこには、頬を膨らませながら怒っているちんまり天子牧下がいた。
「ぐふぁっ!!」
脳内でも聞こえる擬音ではなく、俺は自らの口でその擬音を発しながら倒れこんだ。だって
牧下がマジで可愛すぎる……。なんなんだこの生き物は……。本当に雪菜や佐々路、ましてや天才少女の一之瀬とかと一緒の生き物なのかと疑問に思ってしまう。
どうしてここまで人間という生き物は固体別にここまで差が生じてしまうのか。俺にはさっぱり分かりません。
「ちょっと小枝樹。マッキーが可愛いのは分かるけど、ニヤニヤしながら倒れてると本気で変態だよ?」
教室内で仰向きに倒れている俺の顔を覗きこみながら呆れた表情で佐々路が言ってきた。
「そりゃ牧下は俺らの天使だ。そんな天使に怒られた汚らわしき少年の心は浄化され、そしてニヤケ面になる」
自分でも何を言っているのかさっぱりわかりません。それでもあんな可愛い牧下に怒られれば俺以外の男子なら必ずと言っていいほど、ニヤケ面になること間違いなし。
そんな風に朝の楽しいひと時の時間が終わりを告げる。
キーンコーンカーンコーンッ
その鐘の音と共に俺は立ち上がり、冷静になった頭で自分の席へと向った。
そして新しい席に着いた俺はその現実を受け入れられないでいた。
俺はこの教室に入ってから雪菜と佐々路に絡まれ、そんな会話を半分無視しながら黒板を確認した。そこには新しい席順が書かれており、俺の席は窓側の一番後ろという凡人学生が求めてやまない聖域を手にいてた。
だがそんな聖域、いわばエデンのお隣の世界がどうして魔界なのだろうか。そうです、俺の隣の席は
「お、おはよう。一之瀬」
悪魔大元帥こと、天才少女の一之瀬 夏蓮さんでした。
天才少女の一之瀬 夏蓮。彼女は一之瀬財閥というもうなんか途轍もないくらい金持ちのご令嬢である。それだけでは無く、時期一之瀬財閥の当主でもあるのだ。
そんな天才少女の一之瀬を俺はこの学校に入学してからずっと嫌いであった。それは彼女が天才だったから。どうしてそこまで俺が天才という存在を忌み嫌うのか、それは俺も同じ天才だったからだ。
だが昔の俺は自分が天才だったという事で親友の夢を奪い、そして親友を裏切った。その事件があってから俺は自分は天才じゃいけないんだと思うようになったんだ。
そして自分の才能を封印し生活を始めた俺は、家族から見放された。
もともと孤児だった俺は今の小枝樹家に養子として迎えられた。だが小枝樹家の人間が初めに俺を養子に迎えようとした理由は、俺が天才であったからだった。
そんな真実を知らないお俺は自分に家族が出来たと本当に喜んでいた。だけど、天才としての俺がいなくなった時、俺は自分という存在全てを否定されたんだ……。
まぁ今となっちゃそれも昔の話で、夏休みの時に俺は家族と和解することが出来たんだ。そして今は正真正銘の小枝樹 拓真として生きていくことが出来ている。
話は逸れたが一之瀬 夏蓮の話に戻そう。
彼女の事は一年の時から知っていた。だが嫌っていた俺は一之瀬との関係を一切もとうとはしなかった。まぁ一年の時はクラスも別々だったから関係を持つことは難しかったのかもしれない。だが、二年に上がって事件は起こる。
俺が自分を見つめ直す為に誰も使っていない空き教室の鍵をアン子……、如月杏子先生がくれたんだ。
アン子は雪菜と同じで俺の幼馴染みたいな存在だ。歳が十も離れている為、幼い頃は近所のお姉さんみたいな感じだったな。
いつもいつも俺と雪菜、そしてレイの事を気にかけてくれる優しくも怖いお姉さん。そんなアン子は今、俺が通っている学校の数学教師をやっている。
そんなアン子から渡された鍵で行った教室は、その時の俺の心を少しずつ癒していったんだ。誰もいなくて、窓から見える景色すら何かがあるわけでもない。だけど、そこには確かに俺が居て俺が見ている景色があった。
あの場所と出会えたからこそ、俺は全てを拒絶することを止めたんだ。そして決めた、凡人になろうって……。
何年もかけて出した答えが凡人になるというのが本当にくだらないと思う。だけど、その答えは今の俺でも間違っているとは思っていない。全てが正しい訳じゃないのかもしれないけど、間違ってもいないんだ。
そんな俺の居場所に土足で入って来たのが一之瀬だった。
初めはその行為に怒りを感じた。俺の居場所を何も失っていない天才に穢されたと……。天才という存在のまま生きていくことを許された人間に俺の居場所を奪われたのだと……。
だけど、それは俺の勘違いだったんだ。
一之瀬も大切な人を失っていた。それはレイを裏切ってしまった俺とは違い、もう二度と会う事も触れることも出来ない、死、という失いかたを一之瀬はしていた。
大好きだった兄さんが自分のせいで死んでしまった。その最期を看取ったのも一之瀬だったらしい。
そんな俺よりも苦しんできた天才が、凡人のフリをしているからと言っても、普通の人間にしか見えない俺に、契約、なんていうけったいなものを押し付けてきた。
その、契約、は一之瀬の才能のない物を探すというものだった。はっきり言うが天才だった俺は思った。
そんなもの無いと。
何かに特化した天才なら弱点やら不得意分野やら沢山あるのだと思うが、一之瀬や俺は別物だ。
全てのものを人並み以上に、いや頂点を取れる。それが俺や一之瀬の特徴だ。
何かの分野に特化された天才なんてものはハッキリ言って何人もいる。だが全ての分野に特化した人間はそうそういない。
それが天才少女一之瀬 夏蓮だ。
そんな一之瀬と同じ天才だったから事、才能がないものを探すのが無理のだと分かる。それが真実であって、どうにか出来るものでもない。
だけど俺はそんな一之瀬と約束をした。絶対に一之瀬の才能がないものを探すと。
無理だと分かっているのにどうして俺はそんな約束をしたのか。それは、一之瀬には時間が無いからだった。
この学校に居られるのは二年の三学期まで、それまでに才能がないものを見つけられなかった場合、一之瀬は強制的に海外の学校へと転校する。
それがこの学校に通う為に父親と交わした約束らしい。その真実を聞いた俺は一之瀬の、契約、を結ぶ事にしたんだ。
それからの毎日はバタバタで、一之瀬が持ってきた依頼に翻弄される日々。それでもその依頼のおかげで俺は沢山の友人だ出来たんだ。昔のように無邪気に笑えるようになったのはきっと一之瀬と出会ったからなのかもしれない。
だからと言って隣にいる悪魔大元帥に恐怖をおぼえない日は殆どなく
「あら、おはよう小枝樹くん。今日は二学期の初めという事で貴方いつ私に挨拶をしてくるのかと思って待っていたの。でも、始業の鐘が鳴るまで私の存在にも気づかず、ましてや隣の席に私がいるという現実を受け入れたくないという表情をしているわね」
アンタはエスパーかっ!! どこまで俺の考えている事がわかってるんだよっ!! まぁもう、そこまで知られているんだったら話は早い。
「そ、その、なんだ。あれだっ!! やっぱり一之瀬には最期に挨拶をしてこの二学期の始まりを感じようと、俺は思っていて……」
あーもう、自分で何言ってるかわかりませんよ。どれだけ一之瀬を怖がっているんですか俺。まぁ本当に怖いのだけれど……。
「そう。ならそれでも構わないわ。ふふふ、どこの骨からやりましょうか」
骨……?
その言い方的に完全に俺のギプスいきをを確定しているような台詞ですよね? いやだよ? 俺は嫌だよ? 二学期初めってすぐに全身ギプスなんて……!!
「お、おい一之瀬……。骨は勘弁してください……」
「あら骨がダメなら何が良いかしらね。んー、そうだわ。右腕と左腕を交換しましょう」
何の改造手術っ!? つか前に読んだ小説にそんな異能があったような無いような。だけど俺の頭の中で流れ出す『右腕と左腕を交換してしまったら、お箸を持つのはどっちなの!?』
この台詞はいったいなんなんだあああああああああああああっ!!
というかそれどころじゃないよっ!! このままいったら本当に俺の右腕と左腕を交換されちゃうよっ!! 一之瀬の表情が本気なんだよっ!!
あー誰か助けてください。本当に助けてください。もうノーマル凡人高校生活が送れなくてもいいです。だからどうにかこうにか助けてください。
俺は神に祈りを捧げた。
ガラガラッ
不気味な笑顔を浮かべている一之瀬の手が俺の腕に触れようとした瞬間、教室の扉が開かれた。それた担任教師が入ってくる合図であって一之瀬はその音を聞き、鬼の手を引いてくれた。
はぁ……。マジで助かったわ。
「みんなおはよう。というか久し振り。えー二学期が始まったというわけだが、今日は授業はない。それでも二週間後に控えている前期テストにはちゃんと良い結果を残すんだぞ」
担任教師。アン子が教室内に入ってきて適当に挨拶をし、今後のことを大まかに説明した。
「HRが終わったら始業式が始まる。その後、もう一度教室も戻ってきて少し話して今日はおしまいだ。この考え方をゆとりという奴等もいるみたいだが、それ以上に厳しくしているのがこの学校だ。だからお前らも気を抜くんじゃないぞ」
生徒に渇を入れる素晴らしい教師。適当に言っているようで生徒のことをちゃんと考えているのがアン子だ。
だが俺はそんなありがたい話しをしているアン子の話しなど右から左に流し、頬杖をつきながら窓の外を見ていた。
一年の時から何度も席替えをしたが、窓際の一番後ろの席になったのは初めてなんだ。青い空を見上げるくらい許しいて欲しい。
そんな俺はアン子の話しを聞いていないが耳には入れていた。俺は今のアン子の話しでHRが終わり体育館へと移動になるのだと思っていた。だが
「えーそれと始業式の前に転校生を紹介する。入って来い」
転校生。その言葉に周囲の生徒達はざわめいた。だけど俺にとってはどうでも良い事で、そのまま気にせず空を見上げていた。
そしてその転校生が教室内に入って来たのか、男子からは「なんだよ男かよ」という台詞が聞こえ、女子からは「けっこうかっこよくない?」という言葉が聞こえた。
どうしてそこまで純粋に転校生という存在が気になるのか俺には理解が出来ない。それでも雪菜が騒がないのは珍しいと思った。
だって雪菜は本物のバカで新しい存在には直ぐに食いつく。そしてそいつの居場所をちゃんと作るために地盤を作ってくれるお節介なやつだ。だけどそんな雪菜の声が聞こえない。
気になったが、今はゆっくりと動いている雲が気になってしょうがない俺がいた。
「とりあえず軽く自己紹介しろ」
「はい」
アン子の呼びかけに答えた転校生の声に違和感を覚えた。どこかで聞いた事があるような無いような。だけど俺の思っている声はもっと高かったような気がする。
カタカタカタカタカタカタッ
黒板に自分の名前を書いているのか、チョークで黒板を叩く音が俺の耳に入って来た。そして
「えーと、初めまして。まぁこのクラスには初めてじゃない奴もいるんだけどな」
やっぱりどこか引っかかる。この転校生の声を俺はどこかで聞いてるんだ。
そう思い俺は窓の外を見ていた視線を、その転校生へと向けた。そして俺は驚愕したんだ。
外側に跳ねている赤い髪の毛。人のことを睨む事しか出来ないような切れ長な瞳。身長は俺なんかよりも高くて、服を着ているせいかその鍛え上げられた体を誰も理解出来ていない。
その転校生は俺の事をほくそ笑みながら、それでもその瞳は笑っていなかった。
ガタンッ
俺は驚きのあまり勢いよく立ち上がる。その衝撃で椅子が倒れた音さえ聞こえずに
「久し振りだな、拓真。いや、天才って言ったほうがいいのかな」
転校生は俺を見ながら言う。その言葉は悪意に満ちていて、その瞬間俺の全てが壊れてしまったのだと思った。
これが二学期の始まりなのかと思ったら俺は深く困惑した。どんなに求めていた状況でも、どんなに否定していた状況でも、現実になってしまったらそれのついていける人間のほうが少ない。
そして俺は間抜けな声で転校生に言った。
「……レイ?」