20 中偏 (拓真)
俺は雪菜が言った言葉を信じられなかった。何かの冗談だと、笑えないけど雪菜が冗談を言っているのだと思った。
それでも雪菜の表情はとても真剣なもので、俺には雪菜が冗談や嘘をついているようには見えなかった。
「な、なんだよ、それ……」
雪菜の言葉を聞き、冷静に考えて、結局出た言葉は本当に間抜けなものだった。声すら震えていて、自分がどれだけヘタレナ人間なのか再認識できるほどだった。
だがきっと俺は冷静になんてなれてはいない。佐々路とキスをしたのが本当だったとしても、俺は覚えてない。だからこそ、今の俺は動揺し続けた。
「だから、旅行に行った初日にの夜。拓真は楓ちゃんとキスしてたの。そして拓真が覚えてない事をいいように、楓ちゃんはそれを無かった事にしようとしてたんだよ」
雪菜の瞳がとても冷たく感じた。
冷静に淡々とその時の話しをしている雪菜に俺は恐怖すら感じていた。
「ま、待てよ。それっておかしいだろ? どうして佐々路はその事を隠そうとしたんだ。確かに俺は何も覚えてない。佐々路と会話をしていたのは覚えてるけど、それだけだ……」
そう俺は佐々路と何かの会話をしていたということしか覚えていない。大袈裟に言ってしまえば会話の内容すらあやふやだ。あの時の事をどんなに思い出そうとしても全く思い出せなかった。
だけど今の雪菜の話しを聞いて思えるのは、俺が思い出したくなかったって事……。
そんな動揺している俺を睨みながら雪菜は更に話しを進めた。
「はぁ……。なんかあの時の楓ちゃんにもムカついたけど今の拓真も相当性質が悪いよ」
呆れながら言う雪菜。だが今の俺は混乱していて、何をどうすれば良いのか分からなくなっている。
「なんだよそれ。言いたい事があるなら全部言えよ雪菜」
感情のコントロールもままならない。今の俺は怒りを前に出してしまっていて、雪菜に負けないよう睨んでいる。
「言いたい事? そんなの沢山あるよっ!! どうして拓真は女の子の気持ちに気がつかないの!? どうしていつも大事な所で知らないフリをするの!? 絶対に楓ちゃんの気持ちに気がついてるよね!?」
佐々路の気持ち……? いったい雪菜は何を言ってるんだ……。今の話の内容は俺と佐々路が旅行の時にキスをしていたという話で、佐々路の気持ちの話なんてしてない。
俺には雪菜が何を言いたいのか全くわからない。
「佐々路の気持ちってなんだよっ!! あからさまに論点がズレてんだろっ!!」
「論点はズレてないよっ!! 楓ちゃんがどうして拓真に本当の事を言わなかったのかわかってんのっ!? きっと楓ちゃんはこのままじゃ嫌だから行動を起したのに、拓真は何も覚えてなかった。その時きっと思ったんだよ、今だったらまだ引き返せる、自分の気持ちを嘘だらけにしても拓真と一緒にいたいって」
力強く言う雪菜の迫力は本物だった。少しでも自分に疑問を抱いてしまったら気負いしてしまいそうな程の気迫。それと同時に感じるのは雪菜の優しさだった。
だけど、今の俺は雪菜に触発されて感情的になっていた。
「佐々路が自分に嘘をついて俺と一緒にいたい? そんなの意味わかんねぇだろっ!! 俺と佐々路は友達だ! これからだってずっと一緒にいられる。なのにどうしてそんな事しなきゃいけねぇんだよ!!」
「そんなの決まってんじゃんっ!!!!!!」
夏の夕方。まだまだ明るい今の時間は空の青と雲の白がハッキリとわかる。
偶然なのか必然なのか雪菜が大声で叫んだとき、俺等の近くには誰も居なかった。
「……雪菜?」
「そんなの……、決まってんじゃん……。楓ちゃんは拓真の事が好きだから……」
一瞬、夏の夕方特有の生暖かく湿気の混ざった風が俺の体をすり抜けていった。突風というわけでもないのに俺の髪が跳ね上がり、そしてゆっくりと元のあるべき場所へと帰ってくる。
そんな俺の思考は止まってしまっていて、雪菜の言葉が何度も何度も頭の中を駆け巡っていた。
佐々路は俺の事が好き……? 理解出来ないし理解したくない。だって俺はそんなもの求めてなくて、俺はただ昔のように楽しく笑い合える友達が欲しかっただけなんだ。
そこにどうして恋愛的な感情が生まれる……? わからない……、俺にはわからないっ!!
「何言ってんのか全然わかんねぇよ……」
振り絞りだした言葉が本当に情けなかった。
「今の拓真は全部知っちゃったから、分からないで済まされないんだよ。拓真は自分で考えて選ばなきゃいけないんだよ」
選ぶ……? 俺は誰も選ばない。誰かを傷つけるくらいなら俺は自分の傷つく道を進み続ける。誰も不幸になんてしなくない、悲しみの涙なんて流さなくていいものなんだ。
「ねぇ拓真。今拓真が何考えてるかわかるよ……? それでも選ばなきゃダメなの。誰かを傷つける未来を」
ドクンッ
雪菜の言葉を聞いて俺の心臓が一瞬跳ね上がった。その心臓の大きな鼓動は発作の前触れで、どうして今更発作が起こるのか皆目見当がつかなかった。
だって、家族との折り合いがついたし、自分の事を天才だと知っても仲良くしてくれる人がいる。俺の中でもう発作なんて起こらないと思っていた。なのにどうして……。
いや違う。確かに家族との折り合いはついた。だが俺の事を天才だと知っているのは佐々路で、そんな佐々路を俺は苦しめているんだ。
そう、きっとこれは俺の罰だ。俺が苦しんで苦しんで、もっと苦しんで……。誰からも必要とされず、誰も必要としない。そんな自分にならないと俺の体は自分を壊し続ける……。
「俺は、誰も選ばない……。佐々路だって救ってみせる……。俺は、俺は……」
バチンッ
大きな音と共に俺は自分の頬に痛みを感じていた。そして俺の目の前には自分の手を押さえながら涙を溜め込む雪菜がいた。
「いい加減にしてよっ!! 拓真はもう答えなきゃいけないのっ!! どんなに自分を否定してどんなに逃げたって、拓真は自分の中にもう答えがでてるんだよっ!? 誰かを傷つけて生きるのなんて当たり前なんだよ!?」
そんなの当たり前なんかじゃない……。人は誰かを傷つけて良いなんて道理はないんだ……。
「拓真……。今一番楓ちゃんが傷つく事教えてあげようか……? それはね拓真が楓ちゃんの気持ちにちゃんと向き合わないことなんだよ。きっと人って誰かを好きになった瞬間から傷ついてる。それが報われなかったらなおさら……。でも一番怖いのは、好きな人が自分の気持ちにちゃんと答えてくれない事だって思うんだ……。曖昧にされて、流されて、そんなの苦しいよ……」
瞳に溜め込んだ涙を一筋だけ零した雪菜は笑っていた。苦しそうな笑顔で笑っていた。
もう佐々路は傷ついている……。俺が出来る事はちゃんと向き合うこと。雪菜はどうしてそれを俺に伝えようとしてくれたんだ……?
「初めはね楓ちゃんを苦しめようとして拓真に旅行の時の話しをしたんだ。でもさ拓真は楓ちゃんの気持ちに気がついてないしさ。なんかムカついちゃった……。でも本当は気がついてたんでしょ……? 気がついていて目を背けてたんでしょ……?」
きっと佐々路の気持ちには気がついてたんだと思う。だけど皆といるあの空間が俺は大好きで、それを失うのが怖くて、目を背けてたんだ……。
牧下にはあれだけ偉そうな事を言ったのに、自分の事になると本当に俺は逃げ出す。どこまでも最低な人間だ……。
「何度も思ったんだけどさ、やっぱり拓真は皆と居ないほうが良いって思う。今のあたしは拓真が居ればそれだけでいいから」
「違うな」
やっとの思いで俺は雪菜に一矢報いることが出来る。
「今の雪菜はもう、俺だけじゃダメだって思ってるよ。だってさ、俺にムカついて佐々路の気持ちを思ってたんだぜ? あの雪菜が俺以外の人間の気持ちを考えたんだぜ? そんな雪菜はもう皆のことが大好きなんだよ。俺と同じでさ」
もう俺は雪菜のヒーローじゃなくてもいいのかもしれない。雪菜は自分の頭で考えて答えを出して、自分の本当の気持ちに気がついていなくてもそれを実行できる強い女の子だ。
きっと俺が心配し過ぎてたんだ。雪菜はもう俺の後ろに隠れてる昔の泣き虫雪菜じゃなくて、俺と肩を並べて歩いていける白林 雪菜なんだ。
「それは違うよっ!! あたしは楓ちゃんに嫉妬して、最低な事を今してて……。確かに皆の事は前よりも好きになってるかもしれないけど、あたしにとって一番は拓真なんだよ……」
自分の卑下し、底辺のように語る雪菜。それでも俺は
「本当に、この夏で俺は何度も雪菜に助けられてるな。ずっと俺が雪菜のヒーローであり続けなきゃいけないって思ってたのに……。今はもう雪菜が俺のヒーローだ」
「あたしが……、拓真のヒーロー……?」
俺の言葉の意味を理解出来ていないのか、雪菜は不安そうな表情で俺の事を見ながら言う。
「そうだ俺のヒーローだ。ずっと俺は雪菜を守っていかなきゃって思ってた。ずっと雪菜は俺がいなきゃダメだって思ってた……。だけど雪菜は俺が思ってた以上に大人になってて、今じゃ俺が守られてる。なんだかさ、やっと解放させたような気になってるんだ」
雪菜はいつでも俺の後ろをついてきて、怖くなったら俺の後ろに隠れて、自分の力では何も出来ないか弱い女の子で……。
「初めは虐められてるって言った雪菜を救おうなんて思わなかった。ただ純粋にコイツとも遊びたいって思っただけだった。だけど時間が過ぎてくにつれて雪菜は俺が守らなきゃいけないって思うようになった」
自分が絶対的なヒーローなんだって知らしめたかった。本質が天才なんだと知らなかったから。それでも幼かった俺を今の自分は責める事なんて出来ない。それはとても純粋な俺だから……。
「だけど、俺はあの男から雪菜を守れなかった。気がついた時には後の祭りで、雪菜は沢山傷ついた後だった。その時思ったよ……。何が雪菜は俺が守るだ、何が俺はヒーローだって……。それでも雪菜は俺の隣で笑ってて、いつまでも俺に救われたって言ってくる」
これが俺の本当の気持ち。俺が長年抱え続けてきた……。
「その期待が怖かったんだ」
何も出来ない自分を悔いていた。本当だったら俺は雪菜をちゃんと守れていたんじゃないかと何度も思った。だけどそれは後悔しても意味がない事で、雪菜が苦しんだ事実はなにも変らない。
だからこそ、俺は雪菜をあの時以上に守ろうと思った。でもレイの一件があって俺の心は簡単に壊されて、自分の強い意志なんて消え去ってしまって……。
そんな俺が守っていかなきゃいけないと思っていた雪菜が俺の叱咤している。俺はそれが凄く嬉しくて、そして今までの自分で背負った重たい荷がなくなったような気がした。
「でもさ、今の雪菜は俺を叱ってくれて佐々路のことまで考えてる。俺はそれが凄く嬉しいんだ」
雪菜に近づき俺は雪菜の頭に手を乗せる。そして
「これでやっと雪菜と対等でいられる」
守っていかなきゃいけないと思っていた俺は雪菜のことをどこか下に見ていた。
俺が何もかもを見てやらなきゃいけない、そうしなきゃ雪菜は何も出来ないから。だけどそれが全部終わった今、雪菜と俺は対等で、本当の俺と雪菜はここで初めて出会ったんだ。
微笑みかける俺の顔を見た雪菜の表情は、もう一度涙を流しそうな表情で、眉間に皺を寄せ俺の顔を見上げていた。そして
「もう拓真は決めたんだね」
「あぁ」
「それが誰かを傷つけてしまう未来かもしれなくても、拓真は行くんだね」
「あぁ」
雪菜の言葉を頷き続ける。それが俺の決めた未来だから。
「そっか……。なら」
そう言うと俺の体をその細い腕で突き放し
「早く楓ちゃんの所に行って来い!! それで、自分の気持ち全部伝えて来いっ!!」
俺の体を押した雪菜の力で、俺は雪菜から1メートル強離れた。そして見る雪菜の顔。その顔には涙は無く満面の笑みで俺の事を強く押してくれる雪菜が居た。
「これでやっと、俺は昔に戻れたんだな。いや戻れたんじゃないか……。やっと自分でいられるんだな。いってきます」
俺は雪菜に捨て台詞のように言い、その場から走り出した。佐々路に全てを伝える為に、俺の本当の気持ちを知ってもらう為に……。
「拓真のヒーローか……。それを言われて本当は嬉しいのに……。どうして悲しい気持ちの涙が溢れてくるの……? あたしは拓真のヒーローになりたかったのに……。拓真に頼られる強い子になりたかったのに……。なのに、どうして……。楓ちゃんみたいになりたかったって思ってるんだろう……? どうして、楓ちゃんが羨ましいって思ってるの……? やっぱりあたしは最低な人間だ……」
今の俺は冷静さに欠けている。
雪菜の目の前から走り出し、佐々路の所へと俺は突き進んでいる。つか、佐々路がどこに居るのかもわからないのにどうして俺はこんなにも必死に走っているんだろう。
そん風に思うからこそ今の俺は冷静にならなきゃいけない。
「もしもし? どうしたの小枝樹」
俺は自分のポケットから携帯を取り出し佐々路へと連絡をした。
「はぁ……はぁ……。佐々路、今どこにいるっ!?」
走っているせいで息はバラバラで、本当に俺の言葉が佐々路に伝わっているのかと心配になってしまう。
「今? まだ駅前をブラブラしてるけど。ってかどうして小枝樹はそんなに息が上がってるの?」
佐々路の言葉を聞いて俺はホッとしていた。もしも佐々路があのまま家に帰ってしまっていたのならどうする事も出来ない状況になっていたかもしれない。だけど今の佐々路はまだ駅前にいる。だったら
「駅前にいるんだな? だったらさっきの図書館の前で待っててくれ」
「は? いきなり何言っての小枝樹」
「なんでもいいから待ってろって言ってんだよっ!!!!!!!!!」
感情のコントロールなんてもう出来ない。雪菜と居た時、最後のほうは自分の感情を制御するのに大変だった。
直ぐにでも佐々路の所まで行って自分の気持ちを全部言いたいと思っていた。
「わ、わかったよ……。もう……」
俺に対して少しの不信感を抱きながらも、佐々路は了承し電話を切った。
そしてその電話が切れた瞬間に俺は思う。
どうして俺は今の今まで他人の気持ちを考えてこなかったんだ。誰も傷付けたくないなんて俺のワガママでしかなかったのに……。自分の気持ちを誰かに伝えるって本当に怖いことだ。俺にはそんな事出来ない……。だけど佐々路はそんな俺を好いてくれて……。その気持ちを蔑ろにしたら、俺は本当に凡人以下になっちまうっ!!
天才なんかじゃなくていい。凡人だと皆に知られてなくてもいい。だけど俺は
本当の俺でありたいんだっ!!!!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
図書館へと続く最後の一本道を走りぬけ、俺は今図書館の前で膝に手をつき息を荒立てている。
だけど図書館の入り口が見えた頃に俺は人影を見たんだ。
「佐々路……」
「ちょ、ちょっとどうしたの!? いきなり電話してきたと思えば図書館の前にいろって言ったり、それでも待ってみたら小枝樹が全力で走ってくる。え、なに? どういうこと?」
驚いているのは分かった。もしも俺が佐々路の立場だったとしても驚きを隠せないだろう。というか佐々路と同じような台詞を言ってしまうかもしれない。だけど
「はぁ……、佐々路。旅行の時、俺が佐々路にキスしたのって本当か……?」
今の俺は佐々路に気を使っている余裕なんてなくて、自分の知りたい真実だけを佐々路に問う。それが自分勝手だと分かっていても俺は全てを知って佐々路に答えたい。
「雪菜から聞いたの?」
驚いてしまうほどに俺の言葉を聞いた佐々路の表情は無表情へとなった。そして佐々路は俺の言葉を待たずに話し始める。
「そうだよね。雪菜が小枝樹に隠し事なんてしないよね。分かってたんだ、雪菜にあの現場を見られた瞬間から絶対に小枝樹にバレるって……。強がって小枝樹に言えばって言ったけど、本当に言うなんてね……」
表情と共に声音まで変る佐々路。そんな佐々路は旅行の時の事を思い出しながら話し始めた。
「どこまで小枝樹が覚えてるのか分からないけど、確かにキスしたよ」
雪菜の言っていた事は真実だった……。どうしていつも、俺の求めていない現実だけが真実になっちまうんだろうな……。
「あの時の小枝樹は自分が天才だって事を誰にも言えてない事で苦しんでた。凄く凄く辛そうで見てられなかった……。きっとそんな弱った小枝樹の気持ちを利用してあたしはキスしたの。でもそして小枝樹は倒れちゃうし、凄い熱だし……。もうどうしたらいいか分かんなくなってた」
感情を殺しながら話している佐々路。だが俺にはそんな佐々路が辛そうに見えていた。
「結局、目が覚めた小枝樹は何も覚えてないし、これで何も無かった事に出来るって思った。でもそんな簡単に上手くはいかないよね……。小枝樹の部屋から出た後、あたしは雪菜と喧嘩をしたんだ。色々な事、沢山言われたよ。だからあたしも沢山酷いこと言った。いっぱい雪菜が傷つくような事言った……」
俺が熱を出して倒れている時、佐々路も雪菜もすげー苦しんでたんだな……。
「大声で喧嘩してたら皆が来て、あたしと雪菜を止めてくれたの。それでその日はどうしてあたしと雪菜が喧嘩してたのか聞かないで別々にされた。それで次の日の朝、その時の状況を全部話したの。だけど、あたしは雪菜に酷い事言っちゃったのを後悔してて、それで自分が嘘つきの魔女だって皆に話した。勿論、夏蓮を騙してた事もちゃんと言ったよ」
佐々路の表情が少しずつ悲しみを帯びていくのが分かった。
「だけどさ、皆も夏蓮もこんなあたしを許してくれて友達だって言ってくれた。それが凄く嬉しくて、やっとあたしは本当の自分でいられるんだって思った。だけどやっぱり雪菜は許してくれてなかったんだね……。そりゃそうだよね、あたしは小枝樹に最低な事してるんだもんね……」
もう佐々路の瞳には沢山の涙が溜め込まれていた。だけどその涙が嬉しいなのか、苦しいなのか今の俺には分からなかった。
「小枝樹が言ってた壊れた砂の山は何度でも作り直せば良いんだって思いたかった……。だけど、あの時のあたしは皆じゃなくて小枝樹を選んだのっ!! 自分の気持ちにもう嘘をつきたくなかったのっ!! なのに全然上手くいかなくて、結局皆をあたしは苦しめて……。嘘なんかつきたくないのに、小枝樹にまで嘘ついちゃった……」
佐々路の悲痛が伝わる。俺の心までギシギシと何かにつかまれているような感覚になってしまった。
「皆はあたしを友達って言ってくれたけど、あたしが居たらまた皆を苦しめるかもしれないっ!! 雪菜があたしを嫌いなのが普通なんだよ……。どんなに頑張ったって、あたしはずっと魔女なんだっ!!!!」
大きな声で叫ぶ佐々路。その声はその気持ちは俺の体の中にまで浸透していき、佐々路の辛苦を受け止めようと俺は必死だった。だけど、今の佐々路が苦しんでいるのも原因は俺か……。
それでも佐々路が勘違いしている事だけはちゃんと伝えなきゃいけない。
「雪菜は佐々路のこと嫌ってなんかいないよ」
佐々路と雪菜が知っていた真実を今の俺は聞いた。だから今度は俺と雪菜だけが知っている真実を佐々路に言う。
「初めは雪菜も、佐々路を苦しめるために真実を俺に話したんだ。だけど結局、俺が鈍感だったせいで雪菜を怒らせた。いつも俺の味方だった雪菜が佐々路のことを心配して、俺に怒鳴ったんだぜ?」
「……雪菜が?」
「そう、あの雪菜が『楓ちゃんが一番傷つくのは、楓ちゃんの気持ちに向き合わないこと』って怒られた。雪菜はさ、俺の事になると見境がないと言うか……。それでも佐々路のことを考えてくれていて俺は嬉しかった。だから今の俺はこうして佐々路の目の前にいるんだって思う」
優しく強い瞳で俺は佐々路に言った。雪菜の本心を勘違いしたままなんて絶対にダメだって思えたから。
そしてその言葉を聞いた佐々路の涙がとうとう溢れ出す。ポロポロポタポタと涙を流す佐々路は
「雪菜が、あたしの事を……? だってあたし雪菜に最低な事言ったのに……。どうして、どうして……」
「俺にもわかんないけど、雪菜の中で佐々路が大切な人だって思えたからだろ」
泣き崩れそうになっている佐々路に俺は言う。だがその予想とは裏腹に佐々路は泣き崩れることはなく、涙を拭い俺の事を真剣な表情で見た。
「そっか……。雪菜の大切な人にあたしも入れたんだ……。だったらあたしも頑張らなきゃね。雪菜が勇気をくれたから」
独り言のようにボソボソと佐々路は何か言う。そして
「小枝樹、あたしはね小枝樹にキスしたことを後悔してた。それは小枝樹の気持ちも考えないで自分の想いだけのものだったから。その行動をして皆のことを本当の意味で裏切ることになったから。そこまで考えられたのに、あたしはもう一度最低な女になるね。そうしなきゃ何も終わらないし始まらないから」
涙で目を真っ赤に染めた佐々路は精一杯の笑顔で言う。その笑顔の後にどんな言葉が来るのか俺は知っていたのに……。
そして佐々路は大きく息を吸った。
「あたし佐々路 楓は小枝樹拓真のことが━━」
本当は聞きたくないと思っていた。この言葉を聞いてしまったら確実に俺は答えを出さなきゃいけない。きっとそれが怖かった。だけど、どんなに足掻いたところで今の俺にはこの現実を受け止めるしかなかったんだ。
「大好きですっ!!!!!!」