20 前編 (拓真)
楽しかった旅行も終わりあと数日で夏休みも終わってしまう。
夏の暑さは未だに残っており、蝉の声も止む事をしらない。それでも夏休みの終わりというのは学生の夏の終わりを意味しており、切ない気持ちになってしまうのはしょうがない事である。
全ての宿題を終え、何もすることのない俺は自分の部屋のベッドの上でゴロゴロしている事しか出来ない。
そんな風に何もしないでいると、楽しかった夏の思い出が甦ってくる。
まぁ楽しかったという言葉には語弊が生じる可能性があるが、俺は皆でいった旅行の最後の日を思い出していた。
あれは本当に酷い日だった。風邪で寝込んでしまっている俺の事などお構い無しに皆は海で遊びバーベキューをし、最後の最後まで俺のいない楽しい笑い声をベッドの中で聞く羽目になってしまった。
そんな自由の利かない俺は何度も外にいる皆に対して怒鳴っていたな。まぁアレは本当に自分の欲望を叫んでいるだけであって、皆はなにも悪くない。
だからこそ俺もあの場所で笑い合っていたいと思ってしまったんだ。だが、そんな悲観的な感情を巡らせていても終わってしまったことなのでウダウダいってもしょうがない。
そんなこんで俺は家に帰ってきて、一日は安静の為に何もせずに家の中に引き篭もった。
だが今は違う。もう風邪も治ったし、遊びたいという気持ちが沸々を込み上げてきている。それでも他の奴等は宿題という悪魔に追われているらしく、悪魔を倒してしまった俺は一人寂しく部屋でゴロゴロ。
まぁ一之瀬も終わっていると言っていたが、夏休みの最後は家族、というか姉妹で過ごしたいと言っていた。だから宿題を終わらせている一之瀬にも連絡をする事ができない。
本当に暇だ……。そんな時
ブーッブーッブーッ
俺の携帯が鳴り響いた。
自己を震わせ俺に何かを伝えようとしている携帯電話を俺は手に取り画面を見る。そこには
佐々路 楓 着信と表示されていた。
「もしもし。どうした佐々路?」
「おー我が心の友よっ! よくぞ我の思考を読み取り、我の意識世界へとアクセスしてくれた」
中二的な言葉を発した佐々路。コイツはこんなキャラだったかと疑問を持ちつつも、何かそういう小説や漫画を読んだんだろうなと勝手に自己解決している俺が居た。
「よし。ふざけた事を言っている奴の電話は切ろう」
「待って待ってっ!! 小枝樹待ってっ!!」
冷静にふざけた奴を拒絶しようとした俺を佐々路は必死で止めた。そして
「それで何のようだ?」
「その……。あの……。宿題手伝って……?」
「マジで電話切っていいか?」
後一週間ほどで夏休みが終わるというこの時期に宿題を手伝って欲しいと言って来る佐々路。そのふざけたお願いを本当に俺が聞くとでも思っているのだろうか。
「ちょ、ちょっとっ! 酷いよ小枝樹っ! あたしがお願いしてるんだよ? 手伝ってくれたっていいじゃんっ!」
「それが人様にお願いする態度なのか? そんな傲慢な態度をするなら俺は佐々路を見捨てる」
電話越しだと少し冷たく感じてしまうような声音で俺は言う。すると佐々路は数秒間黙り込み、そして
「ごめんなさい……。私の宿題を手伝ってくれませんか……?」
しおらしくなり素直に俺へとお願いする。
そんな佐々路のことがなんだが少し可愛いと思ってしまい。
「はぁ……。しょうがねぇな。学校近くの図書館に俺は今から向う。そして俺はそこで少しの間、誰かを待つ素振をしてやる。その間に誰も来なければ俺は何もせずに家に帰る。それでいいか?」
「ほ、本当に!? わ、わかったっ!! 直ぐに支度するから絶対待っててよっ!!」
そう言い佐々路は忙しく電話を来る。だが、絶対待っててよって……。俺は少しだけ待つって言ったんだけどな。そんなこと言われたら絶対に待ってなきゃいけないじゃないですか。
俺は一つ溜息を吐き、支度をし家を出て行くのであった。
そして今の俺は図書館の前に居ます。
まぁ佐々路のほうが送れるのは予想がつきましたよ。その理由は、俺の家の方が図書館に近いからだ。
佐々路は電車通学だが、俺は徒歩で通学している。学校近くの図書館を指定したのは行くのに面倒ではない場所だからだ。
だからこそ佐々路の方が遅くなるという事が簡単に想定される。その為、俺はあえて少しの間待つと言ったのだ。なのにもかかわらず佐々路は絶対待てと言う。
夏の終わりだからと言ってもまだ8月。外に居続けるのは本当に苦行でしかなく、汗を額から大量に流しながらも俺は健気に佐々路を待っていた。
そして俺は後悔している。どうして時間を指定しなかったのかと……。
俺が図書館の前についてからも30分以上経つ。だが時間を指定して無かった俺は自分が待っているという事を誰にも文句が言えない状態だ。
だからこそ早く佐々路が来てくれないかと、晴天の空へと願いを飛ばすことしか出来なかった。
「小枝樹ー!!」
遠くの方から佐々路の声が聞こえた。だがその声すら幻聴なのかもしれないと自分の中で疑問が湧いてくる。
早く水分補給をしたい。
夏の太陽に熱された俺の頭は既に目玉焼きが焼けてしまうんじゃないかと思えるくらい熱くなっていた。
「ごめんっ!! 遅くなっちゃった!」
そして俺の目の前に現れる佐々路 楓。彼女の服装は旅行の時に見た雰囲気とは違い、清楚なワンピース姿だった。
まぁ旅行の時の佐々路の格好なんて覚えていないのだけれども。
それでも、佐々路が着そうではない純白のワンピース。初めて菊冬に出会った時もこんな雰囲気の服装をしていたなと、一学期の時のことを思い出してしまっていた。
そんな佐々路を見て俺は一つ疑問に思う。
確かに純白のワンピースという服装にも疑問はあるが、そこだけじゃない。勉強道具や持ち物を入れていると思われるハンドバッグ、そのバッグですら佐々路からは想像もできないような可愛らしい物だ。だが俺の疑問はそこではない。
「おい佐々路」
「ちょっ/// 顔近いよ///」
俺は自分の体を佐々路の方へと一歩近づけながら言う。そんな俺の顔を見て少しだけだが、佐々路が恥ずかしがっているように見えた。そして俺は自分の疑問を言う。
「お前、どうして化粧なんてしてんだ?」
これが俺の疑問。確かに普段からも佐々路は化粧をしている。だがそれは本当にうっすらとだ。だが今日の佐々路の化粧にはどこか気合のこもった雰囲気すら見受けられる。
宿題をするというのが目的なのに、どうしてこんなに佐々路は気合が入っているのだろう。俺には不思議でたまらない。
「べ、別にいいでしょっ/// そんなに嫌なら今度は普通にしてあげるから今日は我慢しなさいよ」
「何怒ってんだよ? 別に嫌じゃないぞ? それに今日の佐々路は雰囲気がいつもと違って新鮮だ」
俺は冗談交じりで佐々路に言った。
「新鮮ってあたしは魚かっ!! つか小枝樹、何も持ってきてないみたいだけど宿題する気あるの?」
魚というフレーズはここではスルーしておこう。寧ろここでツッコムとまた怒られそうだ。
「いやいや。何も持ってきてないって、ちゃんと携帯と財布は持ってきたぞ」
俺は自分ポケットから物を出し佐々路に見せる。そして更に佐々路へと俺は言う。
「つか俺はもう宿題を終わらせてある。という事は必然的に俺の持ち物は携帯と財布だけになる」
「小枝樹が宿題全部終わってるのなんて知ってるよっ!! だからその宿題を写させてもらおうと思ってたんじゃないっ!! なのに持ち物は携帯と財布? 小枝樹、今すぐにノートを取ってきなさい」
俺に詰め寄り怒鳴る佐々路。そして最後には命令口調でノートを取りに行けとまで言う。本当にこの女は……。
「はははははは。よし俺は帰る」
「待って待って待って待ってっ!! あたしが悪かったっ!! というか悪い冗談を口走ってしまったっ!! もう小枝樹ったら冗談と本気の区別の出来ないの? このこのっ」
冗談を言ったと言っている佐々路の初めの表情は本気で俺を食い止めようとしていた。そしてすぐさま態度を変え冗談だったと言い張り、俺の体をツンツンと突っついてくる。
なんかもうそんないたいけな佐々路の姿を見ていたら、本当にどうでも良くなってしまい。
「はぁ……。分からない所があれば教えてやるから自分で頑張りなさい。つか暑い、さっさと図書館に入ろうぜ」
どうでも良くなってしまった理由の中には暑さの限界というものも含まれていたのだと、この瞬間に俺は理解した。そして俺と佐々路は図書館の中へと入っていく。
学校近くの図書館。
そこは近くの小学校や中学校の生徒なども利用する公共施設。夏休みも終盤になっている今日はそんなに利用する人がいないと思っていた。
だがその考えは浅はかで佐々路のような宿題を最後の最後まで残しておくというタイプの人間達がわんさかいた。
それでも夏休みの期間の図書館のこの冷房が好きだ。静かな空間と涼しい空間が交わることでこんなにも素晴らしい楽園が出来るなんて誰も思わないだろう。
いや思うか。
「ねぇ小枝樹ー座れそうな場所ないよー」
「こんなに佐々路みたいな奴が居るとは思わなかったんだよ。とりあえずもう少し探そう」
先ほども言ったが、佐々路みたいな奴等が多い為、勉強をするスペースがない。どこに言ってもテーブルは使われていて、俺等は図書館の中を彷徨う亡霊と化していた。
図書館の冷房のおかげで汗が引き、再び行動をする元気を取り戻した俺は使えそうな場所を探している。だがそんな簡単に見つかるわけも無く、俺は嘆息していた。そんな時
「小枝樹、小枝樹。あっちのテーブルあいてるよ」
腕を上げ指を指す佐々路の方を見ると確かにテーブルが空いていた。そこは公共施設の中の離島のような空間だった。
こんなにもあからさまにテーブルが設置されているのに辺りには誰もいない。それどころか子供の頃から使っている俺ですらこんな所にテーブルがあったと今知った。まぁそれでも誰かに邪魔されないので気楽に勉強を教えることが出来るだろう。
俺と佐々路はそのテーブルへと腰をかけ、一息つく。
「ふぅ、これでやっと宿題できるよ」
「本当は俺の宿題を写そうとしてた奴がよく言うよ」
笑いながら俺は言った。すると佐々路は頬を膨らませながら
「どうせあたしは他力本願ですよー」
佐々路の言葉を聞いてある疑問が俺の中で芽生えた。
「つかさ、どうして俺に連絡したんだ? 宿題なら一之瀬だって終わってると思うし、たぶん牧下も終わってるだろ?」
そう、どうして佐々路は俺に連絡してきたのが疑問だ。一之瀬だって牧下だってよかった筈なのにどうして俺を選んだんだ? まぁ一之瀬に連絡すれば怒られるのは必至だが、牧下は受けてくれただろう。
そんな疑問を言う俺に佐々路は
「さ、小枝樹がよかったから……///」
俯き頬を少し赤らめる佐々路。だがどうして俺がよかったのか理解が出来ない。それでも
「まぁ佐々路といると楽だし。宿題は写させてやらねーけど、わかんない所があったらちゃんと聞けよ? これでも俺、天才ですから」
その言葉を言って俺は思う。レイを裏切ってしまったあの日以来、俺は自分が天才である事を悔やんでいた。それから何も出来なくなって、結局誰も受け付けなくなり、凡人になるという選択を俺はした。
あの日から沢山の時間が流れて、今のはまた素直に自分が天才なのだと受け止められている。それも全部、佐々路のおかげなんだよな。
天才だと知っても俺の事を特別扱いしないで等身大の俺の受け入れてくれて……。そんな佐々路を俺は
「てかさ、あたし天才な小枝樹を見たこと無いような気がする」
………………。
確かに……!!
天才である自分を嫌いになりすぎていたため自分の天才だという姿を誰にも見せていない。とういうかどうやって見せればいいの!?
天才って自分で決めるのじゃなくて誰かが決めるものだよね!? 確かに俺は昔から天才だと言われてきたし、何をやっても完璧にこなす事が出来ていた。
それは今も変らない。やろうと思えば何だって出来る。だけど過去のトラウマが発作という形で俺の本質を妨げる。精神的なものだから俺が我慢したり吹っ切れたり、自分の心と折り合いがつけばいくらでも昔のようになれる。
だけど、俺は凡人という自分を一年以上続けてしまった為、今じゃ無意識のうちに加減をしてしまう。そんな今の俺がどうやって佐々路に天才だと分からせれば良いんだ……。
「ちょっと待ってくれ佐々路」
俺はあたりを見渡した。何か簡単に自分が天才なのだと証明できるものを。
何かないか、何かないのか……!? こ、これだっ!!
俺はテーブルに出ていた佐々路のペンを手に取る。そして
シュッシュッシュッシュッシュッシュッカタン
「これでどうだっ!!」
自分が天才だと証明するためにやっとことはペン回しだった。
昔に動画サイトでペン回しの大会決勝戦動画を見たことを思い出したんだ。その時の俺はその動画を見ながら自信でもペンを持ち、ものの30分くらいで優勝者の技を習得した。
そこから少しの間、ペン回しにはまり自分でも技を開発することに成功。だがそんなマイブームなんて直ぐに廃れてしまうものであって、それからペンを回すことなんてなかった。
だが、ここでやっとペンを回す意味を見出せたんだ。これは自分が天才だと証明するために習得したのだと。そして
「ぷっ、くっ……。あはははははははっ!!」
何故だか佐々路に笑われるいたいけな俺。
「な、何笑ってんだよっ///」
「だ、だって天才を証明するためにペン回しって……! 確かに凄いけど、ペン回しで天才の証明って……。あははははははは!!」
腹を抱えながら笑う佐々路。そんな佐々路を見ていると本当に恥ずかしくなってしまう。
「あーもう知らんっ!! 俺はどうせ天才じゃないですよー。あーちくしょう」
「もうそんなに不貞腐れないでよー。まぁ凄い面白かったけど」
ニヤニヤと笑いながら佐々路がおちょくってくる。そして笑い終わった佐々路は一つ息を吸い呼吸を調えた。そして
「てかさ、あたしが小枝樹のこと信じてないと思う? あたしはどんな事があっても小枝樹の事を信じ続けるよ」
笑っていたせいなのか佐々路の頬には熱が帯びていて少し赤くなっている。そして涙が出るほど笑っていた佐々路の瞳は潤んでいてとても可愛いと思ってしまった。
不意に見せられた女の子の佐々路の姿。俺は少し動揺してしまったのか
「べ、別に信じてくれてるって思ってるけど/// なんかそれだけじゃ悔しいじゃん///」
顔を背け自分の頬が赤くなっている事を悟られないように俺は言う。だが佐々路はそんな俺の事を理解しているみたいで。
「なになに? 照れてるの? ねぇねぇ、照れてるの?」
「ばっ/// 照れてなんてねーよ!! どうして俺が照れなきゃいけねーんだ///」
きっと照れていた。というか佐々路とのこんなくだらない時間がとても心地が良い。自分の事を知ってくれている人が近くで笑ってくれているという事がこんなにも自分の心を軽くしてくれるなんて思わなかった。
こんな毎日が続いて欲しいと願っているのに、未来では俺はきっと存在しない。俺は誰かの為にいたいと思えるが、自分の為にはもう……。
その時
「申し訳御座いません。館内ではお静かにお願いします」
図書館の人に怒られる俺等二人。そんな状況下でも俺と佐々路はじゃれあっている途中で、少し体を密着させている状態だった。だが声をかけられ動きが止まった俺等は
「「すみません」」
二人で謝ることしか出来なかった。
時間は夕方。図書館が閉館になるという事で俺等は勉強を止め館から退散した。
外に出ると夕方の中途半端な生ぬるい空気が俺等の体を襲う。湿気が無く風が吹いてくれればきっと鈴良いと感じれるのだと思うけど、夏という季節はそんな優しい季節ではない。
そう実感させているのは自分の体温が再び上昇しているからである。だがそれの体温を上昇させているのは体に纏わりつく夏の熱だけではない。
「今日は本当にありがとね小枝樹」
「別にお礼なんていいよ。ぶっちゃけ俺も暇だったし。つか宿題を全然終わらせてなかった佐々路に俺はビックリしたけどな」
結局、図書館の人に怒られた後俺等は普通に勉強をした。まぁ勉強という名の宿題をやってきたのは佐々路なのだが。そんな佐々路のあと夏休みが一週間しかないのに、三分の一ほどの宿題を残していた。
その中でも一番面倒くさかったのは数学だ。
一問目から躓いている佐々路の横で俺が丁寧にやり方を教える。まぁここまでは良かったんだ。だが、二問目も同じ公式で解ける問題なのにもかかわらず佐々路は「わからない」と言い俺が再び丁寧に問題の解き方を教える。それが延々と続き……。
結局、佐々路の数学の宿題を俺が全部やってしまった……。
そのせいで俺は今日という一日で奪われなくてもいい体力を奪われてしまい、本当に疲れている。そんな疲れている俺は思考する能力が低下してしまっているのか
「つかさ、結局のところどうして佐々路は今日、そんなにお洒落してきたんだ?」
俺の質問を聞いた佐々路は少し俯き
「そ、そんなの……。小枝樹に可愛いって思って欲しいからに決まってんじゃん……///」
そう言う佐々路を見て俺は素直に可愛いと思ってしまっていた。つかどうして今日の佐々路はこんなにもしおらしいの? つか佐々路ってこんなに可愛かったっけ?
「な、なに言ってんだよ。佐々路はいつもどおりでも普通に可愛いぞ/// まぁ今日の佐々路はもっと可愛いけどな///」
あさっての方向を見ながら俺は言った。つかどうして俺はこんなにも動揺してんだっ! 何で恥ずかしいとか思ってんだっ!
確かに今の佐々路は可愛いよ。普段は男友達と居るみたいな感覚で接してたからこんなに可愛いなんて思ってなかったんだよ。つかどうして俺が言った後に佐々路は何も言わないんですか!?
いつもなら「もうあたしが可愛いなんて知ってるからー」とか言って俺の背中をフルパワーで叩くでしょ!? なのにどうして
俺はゆっくりと佐々路の方へと目を向ける。するとそこには
俯きながらワンピースのスカート部分を握っている佐々路がいた。そして俺の目線から見える佐々路の頬は真っ赤に染まっていて、この俺ですら佐々路が恥ずかしいと思っていると感じてしまった。
どうして良いのか分からなくくなってしまった俺は更に意味不明な話しをし始める。
「つ、つ、つかさ。俺は佐々路といるとすげー落ち着くんだ。そ、その……。俺の事をちゃんと分かってくれてて、俺の事を考えようとしてくれてて……。本当にまた天才な俺で居てもいいんじゃないかって思えるようになったんだ」
あれ? おかしいな。適当な話しをしようと思ってたのに、なんで俺はこんな話ししてるんだ……?
「佐々路はさ。俺と同じように自分のせいで誰かを傷つけたり苦しませたりしてきたって言ってたよな? そんな過去で苦しんでる佐々路だから俺は自分でいられたのかもしれない」
俺は空を見上げながら話す。佐々路がどんな表情をしてどんな気持ちで聞いてるかは分からないけど、それでも話したい。
「そんな佐々路だから今日も楽しかった。初めてだよ、自分が天才であることを証明しようとするなんて……。だけど馬鹿みたいなことやって笑って思ったんだ。佐々路を出会えてよかったなって」
そう。俺は沢山の人に助けられているんだ。佐々路にだって……。だからちゃんと伝えなきゃいけない。俺が佐々路をどう思っているのか。
「だかさ━━」
俺は佐々路の方へと振り向き、自分の気持ちを伝えようとした。だが
振り向いた先に居たのは涙を流しながら立ち尽くしている佐々路 楓だった。ポロポロと涙を零す佐々路は
「あれ? なんで? どうして涙が出てくるの……? 嬉しいのに……、どうして……」
感情的なり涙を流しているわけではなかった。どうしてか自分でも理解出来ない部分で、佐々路は涙を流す。そんな涙を流す佐々路の傍に寄り俺は頭を撫でた。そして
「本当に佐々路は変ったな。今のお前が流してる涙、すげー綺麗だぞ。そんな涙見たら、もう誰もお前を魔女だなんて言わないよ。つかもし言ったやつが居たら俺が許さねーけどな」
佐々路 楓はとても純粋な女の子。きっと誰も分かっていないのかもしれないけど、俺には分かる。目の前に女の子が綺麗な存在なのだと。
「小枝樹……。あたし、小枝樹……」
ガバッ
俺の名前を呼んだ佐々路は俺に抱きついてきた。そして
「うわあああああああんっ……!! あ、あああああああああん……!!」
大きな声で子供のように泣き続けた。
そして帰り道。俺は駅前で佐々路とわかれ一人になっていた。
泣き止んだ佐々路をおちょくって少しじゃれあって、いつもの様に笑い合った。そんな瞬間が俺にとって掛け替えのないものなのだと認識してしまうほどだった。
なんだか佐々路のことを少し女の子として見てしまっている俺がいる。でも待てよ、一学期の時に佐々路とは何度かキスしそうになってたよな……。
やべぇ……! 今思い出すんじゃなかった……! さっきまで佐々路と居てその時の佐々路はすげー可愛くて……。
『小枝樹……』
頭の中に瞳を潤ませながら俺に唇を迫らせる佐々路が現れる。
だあああああああああああっ!!!! 俺はいったい何を考えているんですかっ!? どうして思春期の男子はこんなにもいやらしい想像を簡単にしてしまうんですかっ!?
違うよ、違うんだ。俺は佐々路をさんないやらしい目で見たりなんかしてないっ!! 俺は無実だ、俺は無実なんだ裁判長っ!!
自分の愚かな思考と戦いながらも俺の足は家へと向っていて、気がつけばもう直ぐ自宅へとつく頃だった。
「拓真」
そんな時誰かが俺の名前を呼んだ。
「雪菜か?」
今の今まで思春期男子の妄想の世界に居た俺が現実世界へと帰ってきた。そしてそんな雪菜の表情はとても神妙で、その雰囲気にあてられ俺の真剣な表情へと変わる。
「どうした? つかなんでこんなとこにいんだよ?」
「拓真を待ってた」
「俺を?」
雪菜はコンクリートで出来た壁に身を委ねていたが、その言葉を発し俺の方へと歩いてくる。そして
「拓真に話したい事があるの」
「なんだよ。今日の俺は疲れてるから短めで頼む」
本当に疲れている。佐々路のことで頭がいっぱいになっているのに、雪菜の話なんて聞いてられませんよ。凄い神妙な面持ちなのに蓋を開ければ「宿題手伝って」とか「あたしの好きな肉まんが売り切れだったの」とか本当にくだらない事を言ってくるに違いない。
それでも俺は雪菜の表情に合わせ真面目な態度をとった。
「わかった。じゃあ単刀直入に言うけど、拓真って旅行で倒れる前の少しの間記憶がないんだよね?」
「あぁ」
俺は雪菜の言葉を理解することも無く、ただただ機械的に真実を頷いた。
「その記憶が無い時、拓真はね━━」
きっとそんな真実知りたく無かったって思う。それを知ってしまった俺は本当に最低な人間で、取り返しのつかないことをしてしまったと思う。
昔、レイを裏切ってしまった時と同じだ。無意識のうちに人は罪を重ねてしまう。それがどんなに罪深い事だとしても自分が知らなければその罪悪感に苛まれることはない。だけど
「楓ちゃんとキスしてたんだよ」
その瞬間、皆で作り上げた砂の山の壊れていく音が俺には聞こえたんだ。