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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第四部 夏休み 交差スル想イ
56/134

19 後編 (拓真)

 

 

 

 

 

 とても静かな空間だった。電気の明りは無く月の明りだけが部屋の中を差込み、幻想的な孤独な空間を演出していた。


だが、そんな部屋の中で何か思考を巡らせようとすれば、自分の気持ちや心に関係なく悲観的な思考だけが自信の未発達な心を支配しようとする。


それでもその懸念は誰かという存在が掻き消してくれる小さなもので、今俺の目の前にいる一之瀬に俺は救われている。


何度この天才に救われればいいのだろうか。そしてこの天才はこんな俺の傍に居たいと本当に思ってくれているのか。


感謝の気持ちと不安だけが今の俺の心の中をグチャグチャにしていた。


「体調の方はよくなった?」


「あぁ。かなり楽になったよ。一之瀬が持ってきてくれた薬が効いたみたいだな」


他愛もない会話から俺と一之瀬の長い夜が始まった。


「本当に風邪でぶっ倒れるとかカッコ悪いよな。行きの車の中ではもう体調悪かったんだぜ? でもただの車酔いだと思ってた。マジで俺ってアホだよな」


ベッドに俺は腰をかけ、一之瀬は備え付けの椅子に座る。不思議なくらい安らかな気持ちになって、俺はグチャグチャになっていた心はスッキリとしていた。


「貴方行きの車の中から体調が悪かったのっ!? 本当に自分の体調も管理出来ないなんてどれだけ自分の考えていないのかしら」


「まぁまぁそんなに怒るなよ。俺だってこんな結果になるなんて思ってなかったんだぞ? それに俺はどうせ明日も遊べないんだろ? まぁ自己管理が出来てなかったっていう俺のせいだけど、なんかちょっと寂しいよな」


本当だったら俺も皆と楽しく遊んで、忘れる事が出来ないほどの思い出をつくっていたと思うと本当に寂しくなる。それでもどうせこの思い出もすら俺の中で生き続けるだけで誰かの記憶には残らないのかもしれないけど。


苦笑いを浮けべ少し俯く俺に一之瀬は


「小枝樹くん。今の体調はどう?」


あまりにも脈絡が無い質問だった為か、それともさっきも同じ質問をしてきていたからなのか、俺は少し戸惑いながら


「あ、う、うん。まぁ大丈夫だけど」


ぎこちなく返事をした俺は見た一之瀬は椅子から立ち上がり


「なら、少し外に行きましょ」


「は? 何言って……っておいっ!!」


俺の手を掴み半ば強制的に一之瀬は俺を部屋から連れて行った。





 そして今はウッドデッキに俺と一之瀬はいる。


さっき着替えてる時も気になったがこの別荘にには俺と一之瀬以外の奴等の気配が全くしない。


もう寝たのか? でもまだ20時だったよな? 世の中の高校生がそんな早い時間から寝ることなんて無いだろう。ならどうして皆の気配を感じないんだ?


「なぁ一之瀬、皆はどうしたんだ?」


俺はウッドデッキにある白い椅子に腰をかけ対面に座った一之瀬へと自問を飛ばした。


「あぁ。皆ならいないわよ」


「いない? どうしていないんだ?」


「私が近くのお祭りを教えたら、皆のテンションが上がってしまって、そのままお祭りに出かけてしまったわ」


一之瀬からの情報で何となく今の状況が読み取れた。


まずは一之瀬のお祭りというワードを聞いた神沢がはしゃぎだす。「お祭り!? ねぇねぇみんなで行こうよっ!!」こんな風に騒ぎ出した神沢へと一番に乗っかるのは佐々路だ。「確かに今年の夏休みに皆でお祭りには行ってないし、ナイスアイディアよ神沢」とか言うんだ。


そして佐々路に出遅れた翔悟が「本当にお前らは祭りごとが好きだな。まぁ俺も賛成だけどな」と言った後牧下が「そ、そうだね。浴衣無いけど……、それでも、お、お祭り私も行きたい」とか言って結局皆の意見が合意される。


だけどきっと雪菜は皆のように楽しい気持ちにはなれていないと思う。アイツは誰かと喧嘩した後直ぐに楽しいなんて気持ちを持てるほど協調性があるタイプではない。だから少し俺は雪菜の心配をしていた。


「なぁ一之瀬。その雪菜は大丈夫だったのか……?」


「ふぅ。本当に小枝樹くんは心配性なのね。それも雪菜さんの時だけは……。貴方が思っているような事にはなっていないわ。雪菜さんも楽しそうに皆とお祭りへと出かけていったもの」


一之瀬の言葉を聞いて安心した。雪菜がまた俺の知らない所で苦しんでいないという事実を知れたから。アイツは本当に自分の中で一番苦しい気持ちを他人には言わない。その他人という言葉の中には俺も入っている。


だからこそ起こってしまった昔の事件。もっと早く雪菜が俺かレイに言っていればあんなに雪菜は苦しまずに済んだかもしれない。


だけど雪菜は一番苦しいことを誰にも言わない。その理由は分かっている。きっと自分の大切な人たちを自分の苦しいに巻き込めば、皆が苦しんでしまうと思っているんだ。


そんなバカな雪菜を知っていたからこそ俺は心配した。だって雪菜は俺は大切な人だから……。


「そっか。なら安心だ」


俺は眉間に皺を寄せながらも微笑み、俯きながら一之瀬に言った。


「どうして小枝樹くんはそこまで雪菜さんの事を心配するの……?」


またも脈絡の無い一之瀬の質問。俺はそんな一之瀬の質問に返答する。


「雪菜は俺の大切な人だ。俺が守っていかないといけない。昔に俺はアイツのヒーローになるって約束したからな……。それに雪菜が悲しい思いをするのはあの時だけで十分なんだ」


涼しいと感じれるほどの優しい風を体に受けながら俺は言った。雪菜を大切だと思っている気持ちを、包み隠さずに一之瀬へと伝えた。


「本当に雪菜さんが羨ましいわ」


「……一之瀬?」


不意に見せる悲しい表情。一之瀬が何を思い、何を考えてその言葉を言っているのか今の俺には分からない。だが


「小枝樹くんのような頼もしいヒーローがずっと傍にいるのだから……」


俺が頼もしいヒーロー……? それは一之瀬の勘違いだ。俺は何も出来なかった事のほうが多くて、雪菜を助けることが出来たのも偶然だ。運が良かったと言われればそれでお終い。


結局、助けることが出来たのは雪菜だけでレイを助けることは出来なかった……。それどころか、俺はレイの夢を奪いレイの心を裏切ってしまったんだ…・・・。


そんな俺が頼りになるヒーローな訳がない。


「何言ってんだよ。俺は頼りになんかならないよ。自分の過ちも真実も何もかも受け入れられない俺は、誰かを助けることなんてもう出来ないんだよ……」


風邪も原因の一つになると思うが、俺は疲弊していた。自分の心をグサグサとナイフのような鋭利な物に刺されているような感覚。誰も救えない助けられないという現実が俺をこんなにも弱らせてしまうんだ……。


「何を言っているのはこっちの台詞よ。自分が今日というこの日までに何をしてきたのか覚えていないの?」


……一之瀬?


「一学期の初め私は貴方とB棟三階右端の教室で出会ったわ。あの時の小枝樹くんが今の言葉を口にしたのなら私は納得していたと思う。だけど貴方はまず、門倉くんと細川さんを救ったじゃない」


一学期に起こったことを話し出す一之瀬。そんな一之瀬の話しを俺は静かに聞いている。


「あの二人の件は確かに試合こそ負けてしまって廃部になる事になってしまったわ。でも如月先生がそんな私達を助けてくれた。そこだけを見れば確かに如月先生が助けてくれたことになってしまうわ。でもあの二人の心を救ったのは小枝樹くんよ」


俺が翔悟と細川の心を救った……? いったい何を言っているんだこの天才は



「次に神沢くんの件。私はあの件の真実を知っている。知っていると言っても仮説でしかないのだけれど……。その件で小枝樹くんは私達に嘘をついていたわね。それは尾行をする女子のリストに真犯人が居なかった。まぁ放課後に駅前でよく遊んでいる女子をリストに載せたのだと私は思っているわ。なのにもかかわらず、事件は解決した。それは小枝樹くんが真犯人に何かを言ったからだと私は推理しているの」


本当にこの天才さんは底が知れないな……。言っている事が当たっている事に、俺はもう驚いたりはしないよ。


「結果的に神沢くんをストーキングする人物はいなくなった。だからこそ小枝樹くんの選択は正しかったって私は思う。きっと初めから真犯人を皆に公表してしまっていたら平和的に解決することは難しかったわ。そしてそこでも小枝樹くんは神沢くんを助けている。そして真犯人の心を救っていることになるわ」


一つ間を置いて一之瀬は息を吸う。そいて再び話し出した。


「そして優姫さんの件。あの時私は優姫さんの気持ちを蔑ろにしてしまったわ。優姫さんの依頼を断りそして傷つけてしまった……。そんな時、小枝樹くんは私に激怒したわね。あの時私は貴方へ反論してしまったけれど本当は貴方と一緒の気持ちだった……。でも、どうしてもお願いされて友達になるのはおかしな事だって思ってしまったの。昔、楓が私にそう教えてくれたから……」


少し俯き一之瀬は次の言葉を躊躇った。


きっと今日の朝の出来事が一之瀬をそうさせたのだろう。


牧下は言った。佐々路が全てを話したと。その全てというのは自分が魔女で嘘つきであることと、一之瀬をずっと騙してきたという事だろう。


一之瀬と佐々路は親友だ。そんな親友に裏切られてしまった一之瀬は、きっとあの時のレイと同じなのだろう。だからこそ嘘をつき続けてきた佐々路を俺は責めることが出来ない。だって自分も同じ事をレイにしたのだから……。


「だけど小枝樹くんは諦めなかった。優姫さんと友達になりたいと強く願っていた。そして優姫さんの心を開き小枝樹くんは倒れた。あの時、きっと皆はこう思ったわ」


一瞬の間を置き、そして


「どうしてこの人は自分を犠牲にしてまで誰かを救おうとしているのだろう、と」


一之瀬が言っている事は尤もな事だ。どうして自分を犠牲にしてまで俺は誰かの為であることを選んでしまうのか。自分でも不思議に思っている。


一年前の時に俺は理解したはずだった。誰かの為に生きても何も良い事なんてない。だからこそ俺は自分の心を鎖し、全てを拒絶したんだ。なのに、どうして俺は……。


「そして私の知らない所で貴方は崎本くんのことを救い、楓の心も救っている。そんな貴方が頼りになると言っても何もおかしなことではないわ」


海風に髪を揺らし、月明かりに照らされる一之瀬の表情はとても悲しそうで、それとは正反対に強い瞳をしていた。


そんな一之瀬を見て、俺は口を開く。


「やっぱり何言ってんのかわかんねーや。俺は頼まれたからした事であいつ等を救おうとか助けようとかそんな風には思ってない。たまたま救われた助けられたってだけで、それはきっと俺じゃなくても良かったんだ」


そうだ。全ては偶然で、俺が天才少女と出会ってから起こった。それを必然だと言われてしまえば俺は何も言い返せなくなってしまうだろう。


だって、必然なのか偶然なのかを証明する術がないのだから……。こんなものは水掛け論にしかならない。答えが出ない意味の無い論争。こんなものは認めるか認めないかで結果が変ってしまう脆い話し合いだ。


「いえ、それは違うわ。小枝樹くんじゃなきゃダメだったのよ」


俺の言葉を聞いた一之瀬はその表情を怒りへと変えて、俺の瞳を睨みながら強く言った。


「何が俺じゃなきゃダメだ。そこに居たのが結果的に俺だっただけで他の誰かでも良かっただろうっ!? たまたま一之瀬の言っている事を成し遂げたのが小枝樹 拓真なだけであって、それが別の人間でもなんら支障は無い」


「違うわっ!! 小枝樹くんだったからこそ皆の事を救うことが出来た、助けることが出来たっ!! 貴方じゃなきゃダメだったのよ……」


感情的になる一之瀬。そんな感情的な一之瀬にあてられたのか、俺はこの天才にどこまで理屈が通用するのか試したくなってしまった。


「一之瀬の言う小枝樹くんは俺のことだろ? だったら俺と同じ経験をして同じ思考同じ頭脳同じ想いをしている人間だったらどうする。小枝樹 拓真というのはただの呼称でしかなく、今の俺の精神はない。そんな人間と俺との違いはなんだ? 全く俺と同じ性質の人間。だけど俺ではなく俺と同等の人間。そんな人間がいたとすれば、そこに居るのは俺じゃなくても良い事になる」


「そんなの分からないわよっ!!!! 私にはそんなの分からない……。だけど確かにいたの……、小枝樹くんに救われたと感じている人間が……。私は小枝樹 拓真に救われたのよっ!!!!」


海の波の音にも負けないくらい大きな声で叫ぶ一之瀬。そんな一之瀬の態度で俺の冷静さが消え去ってしまった。


「俺に救われたってなんなんだよっ!! 俺は一之瀬の願いもまだ叶えてないんだぞっ!? さっき一之瀬が言ってた皆を俺が救ったのは百歩譲って納得してやる。だけど俺が一之瀬を救ったなんて有りえないだろっ!!」


「誕生日の時っ!! 私は貴方を招待したわ。それは自分の身勝手な自己防衛の為。だけど会場に入って小枝樹くんを見つけたとき凄く心が安らかになった……。私の傍には小枝樹くんがいてくれるんだって思った……。そして貴方は父様にまで牙を剥いてくれた。私の為に、私の事を想って、勝てもしない相手に……。それが、それが凄く嬉しかった……」


涙を流し始める一之瀬。そんな一之瀬を見て俺は思う。


本当に人生って上手くいかない。もう一之瀬には悲しい思いをして欲しくないと思っていたのに、結局俺が一之瀬を苦しませて泣かせてしまっている。そんな自分が本当に俺は大嫌いだ……。


「それだけじゃない……。B棟三階右端の教室で私は貴方と出会って、最初は二人だったのに貴方がいたから今じゃ騒がしい空間になった。私はね、そんな皆を窓際の場所から見ているのが好きなの……。楽しそうに笑っている皆を見ているのが好きなの……。そんな素晴らしい居場所を私にくれたのは小枝樹くんなのよ……?」


眉間を八の字にし涙を流しながら一之瀬は笑った。そして一之瀬はその笑顔のまま


「だから、自分じゃなくても良かったなんって悲しいこと言わないで……? 貴方じゃなきゃダメなんだから……」


素晴らしい居場所、大切な友達、俺が俺でいても良い所。一之瀬も同じように感じていてくれていた。俺が大切だと思っていたと同じで、一之瀬も……。


「だけどダメなんだよ……。俺は皆に何も話せてない……。きっと俺はその真実を話すのが怖い。それを言ってしまったら俺はもう、一之瀬と一緒にいれなくなる。俺はそれが嫌なんだ……」


一之瀬と一緒に居たいと俺はいつから思っていたんだろう。天才が大嫌いな俺が、どうして一之瀬とは一緒に居たいって思ったんだ……? なんでこの天才に泣いて欲しくないって思ったんだ……?


俺の思考を読みとる事の出来ない一之瀬は涙を拭い。


「私にだって言えていない事があるわ。それを言ってしまえば小枝樹くんは私を軽蔑する。そして私の前から居なくなってしまう。そう思ったのよ」


一之瀬にも俺と同じような秘密がある……? 確か一之瀬の誕生日パーティーの時にそんな事を言っていたような気がする。だけど、それはこんなにも重要な事なのか……?


ずっと言うのを躊躇っていたという事は本当に重大な事なのだろう。だとすればここで互いに決着をつけるべきだ。


「だったら、一緒に言おうか」


「……小枝樹くん?」


「今日ここで二人で同時に言いあって、互いの真実を知って、そしてこの先のことを考えよ」


きっとそれで全てが終わる。そんな風に俺は確信していた。そして一之瀬も同じようだった。全てを知られればこの楽しい関係に終止符をうつ。それでも隠し事はもうしたくない。俺も一之瀬も同じ事を考えている。


それは涙を拭い、いつもの凛々しい天才少女の表情に一之瀬がなったから分かった。でもそれで良い。また一之瀬と出会う前の日々に戻るだけなんだから……。


「じゃあせーので言うぞ? 自分の事を言いながら相手の言葉を聞くとか結構難しいけど、一之瀬ならできるな?」


「私が出来ないとでも思っているの?」


「はいはい悪かったです。一之瀬が出来ないなんて微塵も思ってなかったです」


笑いながら俺と一之瀬は最期の会話を楽しんだ。それは出会った時からずっと続いているいつもの光景。その全てがなくなってしまうのはとても怖い。だけど、ここで言わなかったらきっと後悔だけが残って何もかもがダメになる。そんな気がしたんだ。だから


「じゃあいくぞ。せーのっ」


本当に感謝している。昔の自分に戻れたのは一之瀬のおかげだから。きっと一之瀬が俺じゃなきゃダメだと言っている時の気持ちはこんなんだったんだろう。俺も一之瀬じゃなきゃダメだって思ってしまったから……。


「俺は━━」


「私は━━」


これで終わり。


ヒューッドンッ


体の芯にまで響き渡る大きな音。俺と一之瀬は互いに言葉を中断しその音が聞こえる方へと目を向けた。


「……花火?」


星が煌き月が照らし出してくれている夜空に、大きくて嫌いな華が咲き誇っていた。色鮮やかなソレは俺と一之瀬の時間を止めてしまった。


だが本当に時間が止まるわけでもなく、互いが一瞬何も言わなかったというのが正解だ。まぁ俺は花火を見た瞬間に呟いてしまったのだけれども……。


「お祭りが終わるみたい」


「祭り? あー皆が行ってる祭りのことか」


「そうよ。ここのお祭りはね伝統でお祭りの最後に数発の花火を打ち上げるの。夜空に瞬く美しい花を見て夏の終わりを締めくくる為らしいわ。だけど本当に綺麗だわ」


花火の光を見つめている一之瀬を俺は無意識に見てしまっている。一之瀬の顔を沢山の色が照らし出し、天才少女を美しくさせた。そして俺は


「あー本当に俺等ってつくづくタイミングがあわないよな」


「タイミング?」


「だってさ、せっかく互いが頑張って言えなかった事を言おうとしてるのに、花火とか反則だろ。つかでも、これで確信したよ」


俺はウッドデッキの手摺まで行き花火を見ながら言う。


「きっとまだ話すなって事なんだって思うよ」


そう。ここまで互いが決心して言う寸前までいったのだ。なのにもかかわらずそれを阻止されてしまった。きっとそれは神様が今じゃないと俺等に言っているような気がしたんだ。本当にそうかは分からないけど、今はそう信じたい。そして


「だからさ、皆が戻って来るまで二人で花火楽しんでようぜ」


振り返り俺は一之瀬に言う。再び戻る事の出来た笑顔で。


「そうね。なんだか小枝樹くんが言っている事が正しいって思えてしまったわ。本当に私達ってタイミングが悪いのね」


「本当だよ。いつもいつもくだらない勘違いで喧嘩して」


「いつもいつも相手の事を考えて何も言わなくて」


俺の後に一之瀬が続けて言う。


「馬鹿みたいに悩んで苦しんで……。だけど」


「最後にはこうして一緒に笑いあえる。どこまで私達は遠回りをすればいいのかしらね」


「だけどそれが俺等らしくていいんじゃねーの?」


一緒に紡いできた思い出はまだまだ少ないし、きっとこれからも遠回りをしてタイミングを外しながら新しい記憶を創っていく。楽しい思い出は頑張って作るものではなく、こんな風に簡単にそして思いもしない瞬間に出来ていくんだ。それが何重にもなって大切な思い出へと変換されていく。


だからこそ今は一之瀬と二人の時間を楽しみたいと思っていた。そして花火を見つめる一之瀬を見て俺は何かを感じている。それがなんなのか全然分からないけど、きっとこれから大切になる気持ちなんだと今は思っていた。


「よしっ!! 俺も花火を堪能しますかな」


「あら小枝樹くん。花火ならさっきので終わりよ」


………………。


「何でだああああああああああああああああああっ!!!!!!」


どこまで俺のタイミングは悪いんですかっ!? つか俺と一之瀬のタイミングが悪いんですよね? なのにどうして俺だけちゃんと花火楽しめてないの? 明日も俺は帰るまでずっと安静にしてなきゃいけないんですよ!?


ねぇ神様。完全に俺だけ不公平な気がするんですけど間違ってますかねっ!?


「ふふふ。本当に小枝樹くんはタイミングが悪いわね」


「な、何笑ってんだよっ! この天才少女っ!!」


「あら、物思いに耽っていた貴方が悪いのよ?」


「はぁ……。まぁいいや。また一緒に花火見ような一之瀬。今度は絶対に全部見てやるからなっ!!」


本当に悔しい。せっかく花火だったのに……。つか俺って花火運が悪くね? 今年の夏、俺は花火を楽しんだか? 絶対に楽しんでない……。まぁ来年楽しめばいいか。


「また一緒に、ね……」


「ん? 何か言ったか一之瀬?」


「いいえ何も言ってないわ。それはそうと小枝樹くん。貴方は早く部屋に戻って安静にしてないさい」


「ちょ、ちょっと待て一之瀬っ! 俺を外に連れ出したのは一之瀬だろ? そんな一之瀬に言われる筋合いは……」


「何か言ったからしら」


なんだか久し振りに悪魔大元帥モードの一之瀬を見たような気がする。俺、これでも病人なんだけどな……。まぁそんな一之瀬が怖いから


「はい……。部屋でおとなしくしています……」


素直にいう事を聞くことしか出来ない。愚か過ぎる俺が居ました。


だけど、一之瀬と花火を見れたのは嬉しかった。本当は皆と見たかったけどな。どんに心配をしても何かが始まることはない。だからこそ、今の俺は何も考えずに今日という思い出を心に刻むんだ。


皆と過ごせた最後の夏休みだとも知らずに……。













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