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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第四部 夏休み 交差スル想イ
55/134

19 中偏 (拓真)

 

 

 

 

 

 アレは蒸し暑い夏の日の事だった。


幼かった俺はレイと雪菜と3人公園で遊んでいた。


いつもの様に真昼間から3人で集まって、くだらない遊びをして楽しく笑いあえている日なのだと俺は思っていた。だが、そんな永遠に続くと思っていた時間なんていうものは簡単に壊れてしまう。


あの日あの時、俺等3人は鬼ごっこをしていた。いつもの様にじゃんけんで鬼を決め、普段通りの鬼ごっこが始める。


だが、どこか雪菜の様子がおかしくて、それに俺は気がつき雪菜をベンチへと連れて行った。


鬼ごっこが中途半端に終わってしまって少しむくれているレイ。だけどレイも分かっている。そんないつでも出来る遊びよりも雪菜のことが心配なのだと。


そして雪菜の異変に気がついたのはレイだった。


あの日を向える前もずっと3人で遊んでいて、夏休みなんて宿題もせずに遊びほうけていた。毎日毎日一緒にいたのに、俺は雪菜の苦しみに気がつくことが出来なかった。


嫌がる雪菜の服を無理矢理肌蹴さすレイ。そんな強引な行動をとるレイを俺は制止しようた声を張った。だけど、その言葉はレイには届かなくて雪菜の背中が露わになった。


そして俺は言葉を失う。


雪菜の裸なんて見たことはない。それでも想像の中にある女の子の肌というものがこの頃の俺にはあった。小学四年生にもなれば異性に対して少しでも何らかしらの感情を持ってもおかしくはない。


だが、目の前に現れた雪菜の背中は俺が思っているようなものではなかった。


その背中には何個も、何個も、青く変色したアザが沢山あった。それを見たとき俺は思ったんだ。


どうして俺は雪菜の苦しみに気がつけなかったんだ。どうして俺は雪菜が心から笑ってないって気がつかなかったんだ。


俺は雪菜のヒーローになるって約束したのに、どうして俺は……!!


そんな事を俺が考えている中、レイと雪菜は激しい言い合いをしている。俺はそんなに感情的になれなくて、二人の会話を聞いていようと思った。


だが、それはきっと自分自身の怒りをぶつける先が雪菜ではないと確信していたからだ。ここで感情的になっても何も始まらない。きっとそん風に幼い俺は思ったんだろう。だから


「ごめんな雪菜……。ずっと傍にいたのに、俺はお前のヒーローになるって言って、絶対に助けてやるって言ったのに何も気がつけなかった……。だから何も言わなかった雪菜を俺は責める事が出来ない。だから一つだけ嘘をつかないで俺の質問に答えてくれ……」


苦しかった悲しかった。何も気がつけない俺の弱さと、ずっと我慢してきた雪菜の強さ。だからこそ俺は聞かなきゃいけないと思ったんだ。


「お前は俺にどうしてほしい……?」


単純な問いだった。苦しい思いをしていた雪菜に気がつかなかった俺は自分の感情だけで何かをしていいわけがない。雪菜が求める事をするしか俺には道がない。


確かに今の俺の気持ちは怒りに満ちているんだと思う。だけど、その感情で動いたらただの獣と変らない。


そして雪菜は大粒の涙をポロポロと零しながら俺に言う。


「助けて、たっくん……!」


その言葉を聞いて俺の感情が爆発しそうになっていた。だが、そんな怒りを爆発させるのはここじゃない。


「わかったよ、雪菜」


俺はそう言うとその場から走り出していた。レイの制止を無碍にし俺は雪菜を苦しめた奴の所まで走っていった。



 公園に2人を残し、俺は雪菜の家の前まで着く。そして俺は雪菜の家の扉を開けた。


「あらどうしたの拓真ちゃん。雪菜とレイちゃんは一緒じゃないの?」


一番最初に俺の前に出てきたのは雪菜のお母さんだった。だけど、雪菜のことを守ることの出来ないこと人は信用できないとこの時の俺は思っていた。


そして俺は雪菜の家へと上がる。そして


「雪菜を傷つけたのは誰だよ」


そう呟いた俺は奥の部屋で寛いでいる男を発見した。そして俺は思う。


コイツが雪菜を傷つけた。


その男を視界に入れた瞬間に俺の感情が全て爆発した。


「てめぇが雪菜を傷つけたのかっ!!」


玄関からその男へと走り出し、俺はその男目掛け拳を振り上げた。そして


バコンッ


男の頬へ俺の拳がめり込む。子供の腕力でも助走をつけ荷重を加えれば大人でも相当なダメージを追う事になる。だがそんなに人生というものは甘くなかった。


「なんだよこのクソ餓鬼っ!! いきなる殴ってきやがってっ!!」


ドスッ


その瞬間、俺の腹部へと猛烈な痛みが襲った。その原因は、男が俺の腹部へと拳をめり込ませていたからだ。


その痛みで俺は胃の中の物を吐き出しそうになった。とても強い衝撃、大人となんて喧嘩をしたことなかった俺はここで始めて気がつく。


大人と子供の腕力の差というものを。


それでも俺は自分の気持ちを譲れなかった。今目の前にいるこの男は俺の大切な雪菜を傷つけた人間だ。


確かに痛い。腹部に当てられた痛みで上手く立つことすらできない。だけど、ここで俺が諦めたら雪菜がずっと我慢してきた気持ちが台無しになる。


雪菜を守るんだ、雪菜のヒーローになるんだ。


俺はそう自分に言い聞かせ、自分の気持ちを鼓舞する。そして


「いい大人がふざけやがってっ!! 雪菜がどんな気持ちで我慢してきたのかわかってんのかよっ!!」


俺はもう一度その男へと飛び掛った。だが


「ガキがうだうだうるせぇんだよっ!! あのガキが俺のいう事を聞かなかったのがわりぃんがろっ!!」


ゴフッ


飛び掛った俺を蹴りで押さえつける男。自分が飛び掛った力と男が勢いよく出した足の力が俺の顔へ二倍の力を運んだ。


ガタンッバコンッ


その蹴りを顔面へともろにくらってしまった俺は、その小さい身体が宙へと一瞬浮き、その刹那に壁へと叩きつけられた。


男の蹴りをまともに受けてしまった俺。そんな俺は顔が腫れてしまっているのか、片方の視界がとても狭まった間隔に陥っていた。


そして動けなくなる俺。壁沿いで息を切らしながら男を睨むこと事くらいしかできなった。


俺はこんなにも弱かったのか。俺には誰かを守る力なんてなかったのか。


そんな風に今までの自分の理想に疑問を持ってしまっている俺を男は


「あんまり調子のんなよクソガキが。ヒーローごっこならガキ同士でやりやがれ」


力なく項垂れている俺の胸倉を掴み、子供の軽い体を片手で持ち上げる男。俺の宙へと持っていかれ何も出来ない状態へと陥る。だが、そんな事をされる前に俺の限界はもう超えていた。


大人の力をそのまま向けた子供は簡単に限界を向える。こんなに痛い思いをずっと雪菜は我慢してきたんだな……。本当に雪菜は強い女だ……。


だからこそ負けられない。ここで俺は負けちゃいけないんだっ!!


ペッ


俺は男の顔へと唾を吐きかけた。そして


「あんたみたいな大人がこんなガキに本気になるなんて笑っちまうぜ。そういう風に自分より弱い人間を力で支配してきたんだよな」


「おいおい、こんな状況でよく俺に反抗する気になったな」


「反抗? なに言ってんだよ。この勝負は俺の勝ちだ。てめぇみたいなクズに俺が負けるわけねぇだろ。このクソ野朗」


自分でもどうしてこんな事を言ったのか良くわからない。この男が言っているように俺が勝つ見込みなんてもうどこにもない。だけど自分の信念が覆されるほど強い人間にも見えなかった。


「ははは、てめぇ本当に死にたいみてぇだな。だったら今すぐ楽にしてやるよっ!!」


男が大きく拳を振りかざす。きいと普通の人間ならここで目を閉じて助けが来るんだと信じるのだろう。だけどこの頃の俺はそんなもの信じていなくて、自分も身は自分で守るしかないものだと理解していた。


だからこそ、男が大きく振りかぶった瞬間の俺へとくる反動を見逃さなかった。俺はその反動を利用し自分の体を振り子のように振る。そして


ドスッ


「あ、あぁぁぁあっ!!」


男の叫び声が部屋中を木霊した。


そう俺は男の股間を蹴り上げるという作戦を取ったんだ。まぁ一か八かだったのは否めないが。それでも俺の足のリーチのほうが勝っていると思った。


確かにこのまま振り子のように勢いをつけて足を出すだけなら俺の顔に男の拳がめり込むのが早かっただろう。


だが、振り子の力が男の方へと向いたとき、俺が体を後ろへと反らしたとすれば話は別だ。前に行く力と足を上へとあげる力がそこで発声することになる。


後ろに自分の上半身を仰け反る形をとる事によって相手のリーチの外へと上半身を逃がす。そして後ろに仰け反る体は重力に逆らうことが出来ず下へと体重をかけることになる。


そうすれば自ずと足の勢いは増し、その威力は格段にあがる。ましてや股間という男性の急所だ。痛みは相当なものだろう。


この原理を簡単に説明するのであれば、バク宙を想像してみてくれえれば分かりやすい。


そして倒れこむ男。そんな男を見下しながら俺は


「これで形勢逆転だな」


そう言いながら俺は馬乗りになり男の顔面をこれでもかと言わんばかり殴り続けた。


「この痛みが雪菜が味わってきた痛みだっ!! てめぇ見たいな大人のせいで雪菜が苦しんだんだっ!! 俺は絶対にお前を許さない。絶対に許さないっ!!!!」


そう言いながら拳を振るう俺の攻撃を腕で防いでいる男。


痛みが簡単に引くはずもないのに男を笑いながら俺の拳を防いでいた。そして


「ガキが偉そうに何言ってると思ったら、お前だって暴力で解決しようとしてんじゃねぇかよ」


男を殴っている俺は、自分の姿を客観的に見てこの男と大差がない事に気がつく。


「てめぇだって自分の気に食わないことがあれば暴力にはしるんだろ? だったらそれは今の俺と何も変りはしねぇ。てめぇ誰かの為にやってるこの行為自体が俺と同じだって気がつけよ」


俺の拳を防ぎ続ける男の嘲笑う声。俺のそんな事すら気がつけない程弱い人間だったのか……?


「おいおい、拳の威力が落ちてんぞ? まさか図星をつかれて何も出来なくなってるとかじゃないよな?」


嘲笑う男。その男の言葉で自分の心が乱されていく。そして男は俺の心を壊す言葉を言い放った。


「お前も俺と一緒だよ」


不気味に笑う男。その表情と言葉を聞いて俺は……。


違う。俺はこんな男と一緒なんかじゃない。自分の欲求のまま、自分の理想のまま暴力を行使なんてしないっ!! 俺は誰かの為に、泣いている誰かの為に自分の力を使うんだっ!!


でも、俺は本当に誰かの為に暴力を行使してきたのか……? 俺は自分の欲求を満たす為に、自分の理想を成し遂げる為に暴力を使ってきたんじゃないのか……?


今だってそうだ。雪菜を傷つけたっていう理由を後付して、俺は暴れたいだけなんじゃないのか……? 理解されない俺の本質を誰かに受け止めて欲しいって思ってるんじゃないのか……?


嫌な考えだけが頭の中を巡っていた。だがそれでも俺は雪菜とレイの笑顔を思い出し


「違う……。違う違う違う違う違う違う違う違うちがあああああああああうっ!!」


俺はその場で叫んでいた。そして


「俺はお前みたいなクソ野朗じゃないっ!! お前みたいに落ちぶれたりもしないっ!! 俺は、俺は……。」


殴るのを止め俺は男の胸倉を掴んでいた。そして


「……それでも、それでもっ!! 俺は雪菜のヒーローでい続けるっ!!!!」




 これがあの日の事。


今の状況が夢なのだと分かっている。自分で仕出かしてしまった過ちを、あの男が言っている意味を分かってしまった今の俺はこの真実を受け入れるしかないんだ。


そんな風に思っていても今の俺は皆の幸せを願っていて。それが叶わないのだとも知っている。


人は真実を知らなければ幸せだという人間もいるが、それは真実を伝えなくても幸せを感じる事が出来る人間が言っているだけであって。俺は本当の自分をみんなに知って欲しって思ってる。


だけどそれは俺の弱さが妨げて、何も言えないで今日という日を迎えてしまった。


俺は何を受け入れれば良いんだ。俺はどんな自分を信じればいいんだ。どうすれば俺は救われるんだ。


そんな時、夢のきれた真っ白な世界であの男が俺へと囁く。


『お前も俺と同じようになればいいんだ』


俺はお前なんかと同じようにはならない。自分の欲求なんてどうだっていいんだ。ただ俺は皆が笑っているの見ていたいだけなんだ……。


『どんなにお前が思っても、お前は俺と同じだよ』


違う……。


『お前は俺と一緒だ』


違う違う違う違う違う違う違う違うちがあああああああああうっ!!






「あぁぁぁぁあぁあああぁぁぁあっぁぁあっ!!!!」


俺はどんな夢を見ていたんだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……!!」


息が上がっている。悪夢を見ていたのは分かっているし、その内容も鮮明に覚えている。


昔の夢だ。俺があの男とぶん殴った時の夢。確か熱を出して倒れた時も夢の中にあの男が出てきた。そして今回の夢。


どうして今更になってあの日の夢を見るんだろうか。俺は今更、自分の行動に疑問を抱いているとでもいうのか。本当の自分の気持ちがどこにあるのか、そして何を選びどんな未来を願っているのか。


その理想が曖昧すぎて俺は迷ってる。


「俺は、あの男と一緒なのか……?」


自分の才能や力を使い他者を支配する。自分よりも弱い立場の人や能力が劣っている人を俺は自分の思い通りにしたいと感じているのか。


いや違う。俺はあの男のようにはならない。だからレイを裏切ったあと、本当の自分を隠してきたんじゃないか。誰にも知られたくないから誰も受け入れなかった。


だけど、他人から見たらそれも俺のエゴなんだろうな……。


額から汗が流れ落ち、俺は今の自分の状況に気がつく。


悪夢を見ていたせいか大量の汗を掻いていた。首筋は汗が常に流れ落ちていて、着ている服は絞れる位にビショビショだった。


そんな服を着続けるのは気持ちが悪い。そう判断した俺はベッドから出て着替え始めた。


シャツを脱いで床に置く。その時感じたことは、体が凄く楽になっている。


寝た時間を見ていないのでどれくらい眠っていたのかは分からない。それでも一之瀬が持ってきてくれた薬がかなり効いたみたいだと確信していた。


それでも身体が熱いと感じている俺は、着替え終わり窓を開ける。


そんな窓を開けて初めて気がついたのは、もう夜になっているという事だった。そしてそれと同時に涼しい風が俺の身体を捉える。


電気を消していて直ぐにでも夜になったという事を理解できる状況なのに、どうして俺は窓を開けるまでそれに気がつかなかったのだろう。


あの日の夢を見ていればそれも仕方ないのかもしれないと、心の中で自分の欠けた冷静さを肯定した。


そして俺の身体を冷やす風の浴びながら、雲一つない夜空を俺は眺める。


煌びやかな星達と夜の闇を照らし出す笑っている月。その光は満月の日よりも小さくて、薄っすらとこの世界を照らし出していた。


そしてとても近くから聞こえる漣の音。悪夢から解き放ってくれるような心地よいその音色は、素直に俺の中へと吸い込まれていった。


自然の不安定なリズム。だがそのリズムが今の俺には心地がいい。自分の気持ちを理解出来ない俺はもう何も考えたくないんだ。


だがそれでも脳裏に浮かぶ過去の情景。そして牧下が言っていた雪菜と佐々路の喧嘩。


どうにもならないって分かっているのに、どうにかしたいと思ってしまっている俺が確かにここにいる。その気持ちが俺を愚行に走らせるかもしれないと自分の中で懸念しているのに、それでもその感情をとめることが出来ない。


そんな気持ちとは裏腹に、あの男の言葉が俺の意思を簡単に変換してしまう。


もし俺があの男と同等な人間だったとすれば、今まで自分が天才だと隠して生きてこなかったのは自分の利益を得る為に他人を利用してきた事になる。


だが俺にはそんな気持ち皆無だった。それでも言い換えれば無意識のうちに他人を利用していたとも考えられる。


その無意識のせいで俺はレイを裏切ることになってしまい、レイの夢を壊してしまった。レイの気持ちも何もかも全て……。


だとすれば俺は本当にあの男と同じような存在なのかもしれない。自分で何度も何度も違うと否定していても、俺以外の他者からはそう言う風に映ってしまってもおかしくはない。


それに俺の真実を知っているのは雪菜と佐々路だけだ。


雪菜は弱っていた俺の傍にずっと居てくれて、佐々路は本当の俺を受け入れてくれた。それがどけだけ俺の心を救ってくれたのか俺は理解している。


だからこそ不安になるんだ。せっかく仲良くなれたのにどうして喧嘩をするんだよ……。


つか佐々路が雪菜に何で暴言を吐く。


何もかもが俺には理解ができていなくて答えの出ない数式を永遠に解いている感覚になっていた。その感覚になった俺はふと笑みが零れ夜空を見え上げながら


「フェルマーの最終定理か……」


今自分で呟いた言葉。それは


絶対的に答えを求められると信じられている数学の世界において答えが確立されなかった数式だ。


何十年もの歳月を数学者達がこの数式に頭を悩ませた。どんな公式使っても、どんな変則的な考えを用いても答えが出なかった数式。


だがその難解な数式は19世紀末期に解決されることになった。


単純に説明をするのであればフェルマーが定義した数式には誤りがあったとのことだ。


そんなフェルマーの最終定理には答えが無い。今の俺もフェルマーの最終定理のように答えの無い問題を解こうとしている。


まぁフェルマーを用いたのには他意はないが、数学的思考と言うよりも人間的に哲学を用いたほうが合っていたかも知れない。


そんな自問自答の中で俺はもう一度微笑む。自分の馬鹿さ加減に気がついてしまったからだ。


本当に天才という生き物で生まれてしまった事を恨んでいる。そして思うのが、どうして一之瀬は天才である自分を理解し、今の自分の立ち位置を自分の感情を無視して考えられるのか。


一之瀬にだって願いがあるんだ、なのにもかかわらず、自分のやるべき事や立場を考えその全てを理解し天才であり続けてる。


自分の本当の気持ちを隠しながら……。


そんな考えを浮かべていたら何だか嫌な気持ちが芽生えた。


だってそうだろう。一之瀬は何も悪くないのに、一之瀬は自分を殺しながらも家の為に生きてきているのに……。どうして一之瀬だけが我慢をして苦しい思いをしなきゃいけないんだ。


それに一之瀬も一之瀬だ。自分の事を何も考えないで他人を優先する。一番傷ついてるのは一之瀬なのに……。


いや違うな。傷ついてるのは皆一緒だ……。


きっと一之瀬はそこまで理解しているのだろう。俺みたいに天才という才能から逃げてしまった人間とは違うんだ。


これが本物の天才と凡人に逃げた天才との違いなんだ……。


風邪のせいなのか不安定になっている俺の感情や思考。だがそんなのは自然の存在には関係が無いみたいで、俺の髪を優しい風が靡かせる。


そして空の光は俺だけを照らしているみたいに思えて仕方が無かった。


俺はそんな風邪を感じ、何かに疲れてしまったのかそれとも考えるのをやめたいと思ってしまったのか、窓を開けたままベッドへに身体を任せた。


自分の家とは全然違うベッドの柔らかさ。その心地よさで俺は再び睡魔に襲われ始める。


だがその睡魔は薬の効果でとかではなく、もう何も考えたくない俺が眠りについて思考を停止させたいと無意識の中で思っていたのだろう。


そんな再び眠りに落ちかけている俺は不意に時計を見た。その時計が示していた時間は


午後20時。


そんな若者が一番活発になる時間帯なのにもかかわらず、この別荘内がやけに静かな事に疑問を抱いた。


20時なら晩飯を食ってその後ののほほんとした時間だ。静かな時間ではなくゆったりとした時間な訳で。誰の声も聞こえたいというのはおかしい。


俺に気を使って静かにしているのか……? だが本当に気を使っているんのだとしたら俺が風邪で寝込んでいるのに海で楽しそうに遊んだりしないだろう。


というかもっと俺の体調を気にして欲しい。


今の今まで真面目な事を考えていたせいか、どうでもいいことを考えてしまう。


いや、どうでも良くはない。だって俺は遊べてないもんっ! 一日目だって体調が悪くて全然遊んでないんだからねっ!!


という無意味で誰にも伝わらないことを考えていてもしょうがない。もういい、ここは不貞腐れながらもう一度寝る。


そう思い俺は目を閉じた。


コンコンッ


どうして俺が不貞寝しようとしているのに誰かがくんだよっ!! でも待て、おかしいな皆静かにしているのに俺の部屋に誰が訪問して来るんだ……?


俺は眠い目を擦りながら部屋の扉を開けた。


「小枝樹くん。今大丈夫かしら」


……一之瀬?


不意に訪れた一之瀬の表情はいつものような優しい笑顔で。俺は


「あぁ、大丈夫だよ。丁度起きたところだしな」


「なら良かったわ」


そんな一之瀬を部屋に招きいれ、この旅行の最後の夜が幕を開けた。







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