19 前編 (拓真)
どれくらいの時間俺は眠っていたんだろう。フカフカなベッドの中で俺は目が覚めた。部屋の中はカーテンが閉まっているせいか薄暗い。だけどそんなカーテンの隙間から差し込む光は現在の時刻が昼間なのだと俺に伝えている。
それにしても体がダルイ。熱が出ているんだから当たり前な事なのだけれども。何度も簡単に体のダルさを考えてしまう。
それでも幾分か楽にはなってきてる。
俺ってこんなに熱に強い体だったか?
どうでもいい疑問を頭の中で浮かべながら俺は体を起した。そして直ぐ隣の棚に目を向ける。そこには薬と水が置いてある。
「あー、確か一之瀬が持ってきてくれてたよな」
今起きる前に起きた時、一之瀬が持ってきてくれていた薬。寝起きでフワフワとしか覚えていないけど、確かに一之瀬が持ってきてくれていた。
俺はその薬に手を伸ばそうとした。だがその手は薬の寸前で止まり
「薬飲むんだったら何か食わなきゃだな」
昨日の夕飯から何も食べていない。だが風邪を引いているせいなのか食欲は湧いていなかった。それでも胃に少しでも何かを入れないと薬が飲めない。
俺はダルイ体を無理矢理動かしクラクラする頭の状態で一階へと食べ物を探す旅へと出かけた。
熱が出ている体で一階までの道程は険しいと感じざるおえなかった。
まず第一の関門、部屋の扉。その高級感のあるドアノブは金属で出来ていた為、触れた瞬間にヒヤッと気持ちの良い冷たさを感じさせてくれた。そのドアノブだけは俺の味方で居てくれたのに、力が入らない今の状況では扉の重さに驚嘆する。
自分に扉を開けるくらいの力は備わっていると誰しもが思うであろう。だが、体を動かすこと自体が困難な状態で、慣れていない家の扉を開けるのには体力を消耗する。
それでも俺は薬を飲んで早く楽になりたいと思っているからなのか、自分の出せる精一杯の力で何とか扉を開けることに成功した。
だが、すぐさま待ち受ける第二の関門。綺麗で長い絨毯が敷いてあり等間隔に設置させた窓ガラス。昼間なので照明こそついてはいなが、覚えている中ではオレンジ色の綺麗な照明だった。
そして俺は部屋は一階へと続く階段から一番離れた場所で、何度も言うが熱があり体が重い状況ではこのこの廊下が無限に続いているんじゃないかと思ってしまうくらい長い。
自分の家の二階にも廊下はあるがこんなに長くはない。というかこの家は広すぎるんだ。一之瀬財閥だが何だか知らないが、本当に病人に優しくない家だな。つか別荘か……。
フラフラとまるで千鳥足の酔っ払いの如く俺は階段へと向っていった。途中、体のいう事が効かなくなり壁に何度か凭れながらもどうにかこうにか階段へと辿り着いた。
つか一之瀬が薬を持ってきてくれたときは然程苦しみを感じていなかったのに、どうしてかやはり横になっているのと立ち上がり歩くというのは違うみたいだ。
そして目の前に広がる第三の関門。まるで断崖絶壁を目の当たりにしているみたいだった。今からここを登りますって言われるよりも酷な状況だ。上を見てゴールを目指すのならば分かるが、クライムではなくダウンクライムだ。
登るのを目的にしていない俺はこの断崖絶壁を降下しなくてはならない。でもさ、ここって家の中だよね? どうして俺は山のアスリートみたいになっているんですか?
あーそうかそうか。風邪引いてるからだ。
………………。
ってアホな事考えてる暇なんて俺にはねぇんだよおおおおおおっ!! あぁもうダメだ。脳内で自分にツッコンでるだけで体力が奪われる……。それでも俺は生きる為にこの難所を越えていかなければならない。
男として俺はこの一歩を踏み出すんだ。
そんな風に考えながら俺は自分の足を見る。そして自分の足を見て俺は少し微笑んだ。
武者震い。
恐怖しているのか、それともワクワクしているのか。目の前にある超えなくてはいけない現状が俺の体を震わせているんだ。でも待てよ。あっ……。
「風邪引いてるから寒いだけか」
何を口走ってるんですか俺っ!? いいじゃん、もういいじゃんっ!! カッコよく武者震いでいいじゃんっ!!
つか何度も何度も脳内で自分にツッコンでどれだけ自分を追い込めば気が済むんですか俺えええええええええっ!!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
やばい息が切れてきた。もうこの際這い蹲りながら階段を下りよう。そしてそのままキッチンまで醜い姿のまま向おう。どんなに恥ずかしい姿でも俺は生きなきゃいけないんだっ!!
そう考えながら俺は階段を一段ずつゆっくりと、それでも確実に下りて行く。そして十数分くらいかけてやっとリビングまで到達した。
きっと今の俺の瞳に生気はなく、それでも生きるために必死で体を動かしている。そして這い蹲りながらキッチンへと俺は向っていた。
あと少しなんだ。あと少しで食べ物にありつける……。もうここまで来たんだ、無理矢理にでもたらふく食ってやる。だがそんな俺の願いとは正反対に体力の限界を向える。
伸ばした手は無残にも床へと項垂れ、冷たく俺の体を冷やしてくれる床が天国に感じた。そして俺は思った。
このまま俺は誰も居ないこの場所で命の灯火を消していくんだ。これが最期だって言うなら皆の姿をこの瞳に焼き付けよう。
俺は重い体を反転させ窓の外を眺めた。そこには遠くの方で楽しそうに遊んでいる皆の姿が見えた。小さくて顔までは確認できないが、楽しそうにワッキャウフフと遊んでいる。
そう皆が楽しく過ごせているのなら俺は何も思い残す事はない。ただ一つあるとすれば
俺も遊びたい。
そんな風に考えたらなんだか腹が立ってきたぞ。だってそうだろ? 俺がこんなにも苦しい思いをしているのにもかかわらず、あいつ等はそんな俺を放っておいて楽しく遊んでやがる。
その状況を見て憎しみを覚えない人間のほうが俺は少ないと思うね。だから今のこの俺の感情は何も間違ってない。何も間違っていないんだっ!!
とかなんとか考えてたら本当に体力の限界が来たみたいだ。
「さ、さ、小枝樹くんっ!?」
あれ? なんだろう? 天使が見える……。これって本当に俺の迎えが来た感じ? まぁいいやこの天使、牧下に似てるから……。
………………。
って待て俺っ!! この状況で牧下に似てる天使なんて現れないだろっ!! つかその天使の格好が水着なんですけどっ!?
もう完全に牧下ですよね!? 牧下 優姫ですよねっ!?
そう思い我に帰る俺は床を這い蹲りながら牧下に手を伸ばしていた。
「ま、牧下……。た、助けてくれ……」
「な、な、何があったの小枝樹くん!?」
そんな一連の茶番があり、今の俺は部屋のベッドで横になっています。
倒れて助けを求めている俺を牧下が頑張って運んでくれた。まぁ、牧下の力じゃ男を運ぶのは無理だったって分かっていた俺は、無い体力を振り絞り牧下に支えられながらこの部屋まで辿り着いたのが現状だ。
友達の事になると敏感な牧下だ、きっと俺が頑張っていたことも牧下はわかっていただろう。
そんな俺は牧下に助けを求めあるお願いをしていた。
「お、お待たせ、さ、小枝樹くん」
部屋に運ばれてから数十分。俺の部屋に入ってくる牧下の姿を見て俺は昇天してしまいそうだった。
手にはおぼんを持ち、その上には小さな土鍋がある。その土鍋から出ている湯気は良い香りし俺の食欲の無い胃袋を活性化させた。そんな食べ物を持っている牧下は水着にエプロンという俺の心を蹂躙してしまうような格好をしていた。
というか本当にもう、死んでも良いかも。
牧下の姿を見て少し元気が出た俺はベッドから起き上がる。
「ありがとう牧下。あそこで牧下が来てくれなかったらきっと俺は無残な白骨化死体になってたよ」
「な、なに言ってるの小枝樹くん。ひ、人はそんな簡単に、し、死なないよ」
尤もなツッコミありがとう牧下。俺もそう思うよ。
「こ、これ。お、お粥しか作れなかったけど」
牧下は手に持っているおぼんをベッド越しに俺の足の上へ置いた。それと同時に土鍋の蓋が取られ、さっきよりも良い香りが俺の鼻を刺激した。
卵粥。キラキラと光っている水分を多く含んだ米。その白く美しい米は儚い黄色のドレスを纏っていた。
食欲が全く無かった俺の胃袋は先ほどの匂いで活性化されていた。だが嗅覚だけを刺激されて活性化していたせいか視覚を刺激されもうお腹が空いたと言えざるおえなかった。
「ま、牧下……。食べても良いんだよな……?」
「うん。遠慮しないで食べて。でも、風邪引きさんなんだから無理しちゃダメだよ?」
あれ? 牧下がどもってなかった? まぁそんな事今はどうでもいい。俺は早く牧下の手料理が食べたいんだっ!!
「いただきます」
添えられていたレンゲに手を伸ばし、そのレンゲでお粥を掬う。そしてゆっくりと自分の口へとそれを運びお粥を口にした。
………………。
「味大丈夫……?」
「……うまい。うまいよ牧下っ!」
風邪を引いているのにもかかわらず、俺は少し声をはりその美味さを牧下に伝えた。
塩加減も水分も絶妙だ。卵のまろやかさが風邪を引いている俺でも食べることの出来る優しさをもっている。こんなに美味いお粥を食べたのは初めてだよ……。
少し泣きそうになっている俺はその事実を牧下に伝わらないようお粥を食べ続けた。そして牧下の手料理を食べながら俺は思い出す。
確か一学期の時、一之瀬も俺に弁当作ってきてくれたよな。あの弁当は本当に美味かった。それで次は重箱の弁当を作ってくれるって言ってくれて、でもまだ食えてないな……。
どうしてか少し悲しい気持ちになった。別に一之瀬の弁当が食いたいわけじゃない。いや、食いたいって思ってるな。だけど、今は牧下の手料理を食っている最中だ。他の奴の事を思い出すのは無粋だよな。
「それにしても本当にこのお粥美味いよっ! こんな手料理食べれるなら牧下の結婚相手は本当に嬉しいだろうな」
「け、け、け、け、結婚っ!?」
俺の些細な言葉に反応を見せた佐牧下の顔を真っ赤に染まり、牧下本人も動揺していた。
「ちょっと待て牧下。結婚の話は冗談で言ったわけじゃないけど、その反応から見ると好きな人でもいる?」
半信半疑のまま俺は牧下へと質問した。
「す、好きなのかどうなのかは、わ、分からないけど……。き、気になる人なら、い、いるよ……///」
「その気になる人って俺?」
………………。
俺はいったい何を言っているんですかあああああああああっ!!
何言っちゃってんのっ!? どんだけ自意識過剰なんですか俺っ!!
「ち、違うよ。さ、小枝樹くんが、き、気になる人ってわけじゃないよ」
なんだろう……。物凄く悲しい気持ちになってしまっています。そりゃね、牧下が俺のに恋心を抱いてるなんて思ってませんでしたよ? でもさ、牧下はさ、俺のマイエンジェルなわけであって、何かとても複雑な気持ちです……。何かもう熱が上がってきたような気がしますよ……。
「だ、誰にも言わないって約束、し、してくれる……?」
あれ? なんか牧下の気になる人を聞く話になってしまっていますよ? 俺はそこまで強要してないんだけどな……。まぁでも牧下の気になる人は凄く気になる。もしかしたらその名前を聞いて熱が上がってしまうかもしれないけど、そんなの関係ありませんよ。
「分かった。誰にも言わない」
そして牧下は顔を真っ赤にしながらモジモジと体を動かし
「そ、そ、その……。神沢くんの事が、き、気になるんだよね」
神沢 司。
俺の学校の二学年の中で尤もイケメンだと称されている男。そのイケメンは確かに親しい仲の人間以外には芸能人ばりの上っ面な表情を作る。そのせいなのか神沢のファンクラブまで出来てしまうほどの人気だ。
だがそのファンクラブのせいで俺と一之瀬へと面倒くさい依頼を持ってきた。それが
神沢ストーカー事件である。
あの事件は本当に面倒くさいもので、俺が犯人を特定できたから丸く収まったものの、俺の推理が間違っていたら完全に警察沙汰になっていた。
まぁそんな俺の愚痴はどうでも良いとして、神沢 司の本当の姿を説明しよう。
先ほども言ったが親しくない人間には本当に愛想がよく、頭はそれほど良くないがその美貌で学校中の女子を自分の手中へと納めている。
だが、親しくなると分かるが神沢は本当にただの顔が良い男だ。むしろ顔しか取柄がないと言っても過言ではない。あんな何も悩みなんか無いようなイケメンは絶滅すればいい。
というは俺の私情も関わってくるので言いすぎないようにしよう。それでも神沢に迷惑をかけられ続けている俺だ。そんな簡単に牧下を神沢なんかにやるもんかっ!
マジでお兄ちゃん許しませんからねっ!!
「で、で、でもダメだよね……。わ、わ、私なんかじゃ神沢くんと、つ、釣り合わない……」
「何言ってんだよ牧下。釣り合う釣り合わないは問題じゃないだろ? 大切なのは互いが互いを好きだっていう気持ちだ。つか気になるだけじゃなくて、もう完全に神沢のこと好きだろ」
出会った時から牧下は自分を過小評価してしまう奴だった。自分じゃダメだと言い続け本当の自分を好きになれていない女の子。
今の発言だってそうだ。学年一イケメンの神沢と内向的で他者とのコミュニケーションが苦手な自分とでは釣り合いが取れないと勝手に思い込んでしまっている。
照れながら話していた牧下の表情が少し暗くなって、そんな牧下の本質が見えたような気がした。
「た、互いが互いを、す、好きっていう、き、気持ち……?」
「そうだ。もしも釣り合いが取れなきゃ相思相愛になれないって言うんだったら、それは間違った考えだ。確かに相思相愛にあるのは難しい事なんだって俺も思う。今の牧下は神沢のことが好きでも神沢の今の気持ちは俺にもわからない。でもだからって釣り合わないで諦めるのはおかしな話だ。そう思わないか?」
まるでルリに恋の相談をされているような感覚だった。まぁルリにそんな話しされたことなんて一度も無いんですけどね……。
でもそんな感覚になっているという事は、俺は牧下のことを妹のように思っているという事になる。何故だかその感覚が一番しっくりきているような気がした。
「で、でも……。も、もしも、わ、私と神沢くんが、お付き合いすることになったら、み、みんなは嫌がるかな……?」
エンジェル牧下さんの頭の中では完全に恋が成就した未来が映っているんだな。本当にこのエンジェルはネガティブなのかポジティブなのか。
「どうして皆が嫌がると思うんだ?」
「だ、だって、み、皆は友達で、た、大切な居場所で……。そ、その中で恋人同士になるのは、だ、ダメなのかなって……」
確かに恋愛禁止のバンドとかグループってあったりするな。だけどそれには色々な理由とかがあるんだと思う。恋愛を仲間内でしてしまったら気まずくなるとか、皆で集まりたいのにその二人は来ないとか。まぁ理由なんてものは挙げればキリがないと思う。
「例えばの話しをしよう。もし俺が今の皆の誰かと付き合うことになりました。その時、牧下は嫌な気持ちになるか?」
「な、ならないよっ! う、嬉しいって思うかもしれないけど、い、嫌な気持ちには絶対ならない」
「そういう事だ」
俺は牧下の頭の上へと優しく手を置いた。そしてゆっくりと撫でる。その手の優しさを感じ取ってくれたのか、牧下は少し目を細め嬉しそうに微笑んだ。
「もしも牧下と神沢が付き合う事になってもきっと誰もいなくならないよ。ここにいる奴等は俺と牧下を含めて皆バカだ。だからどんな事があったって俺等がバラバラになる事なんてないんだよ」
俺はまた嘘をつく。
「そ、そうだよね。あ、ありがと小枝樹くん。は、話し聞いてもらって少し、ら、楽になったよ」
「相談とかなら何でも聞いてやるよ。なんせ俺等は友達なんだからな。だからさ、俺に何か隠してることがあるなら言って欲しいんだ」
俺は一瞬だけ微笑み、その後真剣な表情で牧下に言った。
「か、隠してること……? な、なにもないよ……?」
「まぁないなら良いんだけどさ。なんかどうしても俺が倒れた後のことが気になってたから。だけど俺には牧下が何か隠してるように見える」
俺が倒れてしまったせいで何かがあったとするのなら、それは俺も一緒に考えて悩まなくてはいけないことだ。牧下の態度に疑問を持ってしまった時から俺は昨日にかがあったと思っている。
「ご、ごめんなさい……。た、確かに昨日小枝樹くんが倒れたあと、い、色々あったんだ……。で、でもどうして分かったの……? わ、私そんなに変な感じだった……?」
「まぁしいて言うなら途中で牧下が少しの間だけ吃らなくなってた所かな」
「そ、それだけで……?」
「人っていうのは何かを隠しているときとか、相手に知られたくない情報を持っている時、親しい間柄だといつもの自分を装うことになる。だけど自然体ででている自分を作ることは難しい。だからどうしても違和感のある行動をしてしまう。だから何となく気になった」
牧下を困らせたいわけじゃない。だけど俺の言葉を聞いた牧下は口篭り、言いずらそうな表情になっている。だが
「う、うん。ち、ちゃんと小枝樹くんにも話しておいたほうが良いよね」
そう言い始め、牧下は昨日俺が倒れた後の話しをし始めた。
「こ、これが昨日から今日の、あ、朝までの出来事だよ」
牧下の話しを聞いて俺はどうして良いのか分からなくなっていた。
雪菜と佐々路が喧嘩をしていて、その喧嘩の発端が佐々路からの雪菜への暴言。その内容には昨日俺と佐々路が夜に話しをしていた事となにか関係があるのか?
だけど考えたってしょうがない。牧下の話しでは今日の朝皆で話し合って雪菜と牧下は仲直りしている。そして佐々路は自分の全てを話している。
どんなに考えても意味がない事と分かっていても、佐々路と一緒にいた昨日の夜の記憶がない部分を思い出さなくてはいけないような気がしていた。だが、熱がまだ下がりきっていないせいで上手く頭を使う事ができない。
そして俺は牧下に
「そんな事があったのか……」
そう呟くことしかできなかった。すると牧下は
「で、でも大丈夫。わ、私達は、ど、どんなに喧嘩しても、元通りに戻れるから」
微笑む牧下を見て少し心が楽になったような気がした。だがそれと同時に自分の事を何も言えていない後悔が俺の心を締め付けた。
「そうだよな。大丈夫だよな。なんかありがと牧下。リビングで倒れてる俺を助けてくれて、美味いお粥まで作ってくれて、昨日のことも話してくれて……。俺はそろそろ薬飲んでもう一眠りするから、牧下も皆と遊んで来い」
「う、うん。わ、私の話も聞いてくれて、あ、ありがとね。じゃ、じゃあゆっくり休んでね」
そう言うと俺の膝の上に置いてあるおぼんを手に持ち牧下は椅子から立ち上がる。そしてドアのノブに手をかけ扉を開けた。そんな部屋から出て行く牧下の背中に俺は
「なぁ牧下。神沢のこと応援してるからな」
そう言い俺が笑うと牧下は「ありがとう」と言い部屋の扉を閉めた。
そして俺は一人になる。空腹を満たしたおかげなのか少し体調も良くなっているような気がした。それでも油断は出来ない。
一之瀬の持ってきてくれた薬を飲み横になる。
明日には帰る。だけど明日までに体調を整えるなんて本当に出来る事なのであろうか。それでも今は一之瀬が持ってきてくれた薬に頼るしかない。
薬が効きはじめるまで少し時間がある。今まで散々寝てきたんだ。薬が効くまで眠ることは出来ないだろう。だからこそ少しでも考えなきゃいけない。
どうして佐々路と雪菜が喧嘩をしたのか。そしてその原因の本質はいったいなんなのか。どんなに考えたって雪菜と佐々路から話しを聞いていない以上、疑問だけで何も解決はされないであろう。
それでも俺は考える。大切な奴等の為だったら俺はどんなに自分を犠牲にしても構わない。それが俺の出した答えであって、これからさきも変らない自分の本質だ。
そんな風に真面目な思考をしていても牧下が神沢を気になっているという事実が頭から離れない。
やはり女子はイケメンが良いのか? 俺みたいな凡人はダメなのでしょうか。というかきっと牧下は神沢の外見を好きになったわけじゃないと思う。
牧下は皆の事をよく見ている。きっと俺なんかよりも神沢のいい部分を知っていて、そんな神沢に惹かれたんだろう。
なんだか自分の娘に好きな人が出来たような心境だよ。つか俺は牧下の父親かっ!
だけど、どこか放っておけなく儚げな少女というイメージが牧下にはある。だからなのか、自分の家族のようで自分の妹のようで大切にしたいと思うこの気持ち。
それはきっと恋心ではなく、純粋に守ってあげたいと思う気持ちだ。
まぁ牧下のことを今日まで贔屓目で見ていたけどそれは恋ではなかったという結果がでましたよ。本当に俺が恋なんてできるのかな? 誰かを好きになる事なんて俺にはあるのか?
そんな欲なんて俺にはなくて、ただただ皆の笑っている姿を見たいとだけ思っている。これがきっと本当の俺なのだと思い俺は少し笑った。
どこまで他人の事を考えて生きているんだろうか。自分の事なんてどうでもいい、ただ誰かの幸せを俺は願っている。
この考えが間違いなのか間違いじゃないのかなんて今の俺には何も分からない。だけどその答えを知りたいとも俺は思ってなかった。
心の中にあるモヤモヤは誰かの笑顔で中和され、俺もそこで笑顔になれる。それはあの場所、B棟三階右端の今は誰にも使われていない教室に行ってから思えるようになったのか。それとも
あの場所で一之瀬と出会って思えるようになったのか……。
そんな事を考えている俺は薬が効いてきたのか思考能力がなくなっていき、そのまま眠りへと落ちていった。