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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第四部 夏休み 交差スル想イ
53/134

18 後編 (夏蓮)

 

 

 

 

 

 旅行二日目。


昨晩の事件で私は雪菜さんから何も話しを聞くことが出来なかった。きっと何も癒えていない状態であの時の状況を話すのはとても辛いことだったのだろう。


私も、感情に流されるまま自分の過去を雪菜さんに話していた。


兄さんが死んでしまった事や、兄さんとの楽しい思い出。思い出したくないとずっと思っていないに、どうしてか話さなきゃいけないのだと感じてしまった。


自分の過去を曝け出せば雪菜さんの心を開けるなんて安易な想いは微塵もなくて、ただ知って欲しいと思った。大切な友達だから……。


それでも私は雪菜さんに拒絶されてしまって、ただただ自分の惨めな姿を露見させる結果に終わった。


そして朝。


朝食をとるために皆がリビングへと下りてきて、簡易的な朝食を作り、静かな時間が流れた。


フォークとナイフが食器に当たりカチャカチャという音が室内に響き渡り、少し開けた窓からは波の音と仄かに潮の香りが漂った。


朝の風はとても爽やかで、今の状況とは正反対な太陽の光。その環境がここにいる私たちの心を少しずつおかしくさせていたのかもしれない。


そして朝食をとり終わり、食器を片付け私達はもう一度リビングのテーブルへと腰を下ろした。


「ふぅ。きっとここにいる皆が感じてる思うから僕が言うけど、どうして昨日佐々路さんと白林さんは喧嘩をしていたの?」


誰もが知りたがっていて、それでも誰も口にすることが出来ない言葉を神沢くんが言う。その行為は自分が聞けば誰も苦しまないと言わんばかりの行動だと私は思った。


普段は優しい笑顔をしている神沢くんでも、今はとても苦しそうな表情をしていて、誰もが無理をしているのだと感じ取っていた。


「神沢くんのいう通りね。昨日の件はきちんと皆に話すべきだわ」


神沢くんを援護するかのように私は言葉を発した。そして私の言葉を聞いた雪菜さんと楓以外が頷く。


それでも二人は何も話そうとしなかった。ただただ私の言葉の後静寂だけが流れている。


そんな静けさはものの数分だっただろう。その場で立ち上がった神沢くんが静寂を壊した。


「あのね。僕らは別に佐々路さんと白林さんを責めてるんじゃないんだよ? ただね、どうして喧嘩をしたのかその原因を知れば僕たちにだって何か出来る事があるかもしれないって思ってるんだ」


楓と雪菜さんを悲しい表情で見ながら神沢くんは言った。そんな神沢くんの優しい言葉を聞いても何も二人は話さない。そんな二人の態度に嫌気がさしたのか、崎本くんが


「おい楓いい加減にしろよ? 皆困ってんだよ。お前が全部話せば解決することだろ!?」


怒りを感じている崎本くん。その怒りは一生懸命抑えていると分かっても、少しずつ漏れているのが現実だった。


「そう言う言い方は良くないよ崎本くん。確かに当事者のどちらかが話せば解決できるかもしれないけど。今の言い方は少しキツイよ」


崎本くんを少し睨みながら言う神沢くん。そんな神沢くんに崎本くんの怒りが爆発した。


「だけど現に楓が話せば良い事だろ!? 別に俺は楓だけを責めてるんじゃない。なにも言わないことにイラついてるんだっ! 皆で計画して楽しい旅行が出来るって思ってたのに、小枝樹は熱出すし、挙句の果てには楓と雪菜ちゃんが喧嘩までしてんだぞっ!? 悠長に構えてせっかくの夏休みを台無しにしたくないんだよっ!!」


崎本くんが言っている事も尤もだった。小枝樹くんが熱で倒れた事実を知って、それと同時に雪菜さんと楓の喧嘩……。楽しい旅行にする為には悠長にしている暇なんてない。だが


「僕たちの夏休みはこれで終わりじゃないだろ!? 来年だって再来年だって僕たちが友達で居続けられれば同じ時間を共有できるっ!! だけど、昨日起こった出来事を曖昧にしたら、そんな未来だって来なくなっちゃうかもしれないんだよ!? こんな風に気まずくなって喧嘩したって、未来では笑い話に出来るんだよ……?」


力強く言う神沢くん。その言葉を聞いた崎本君は項垂れ何も言い返さなかった。そして私もその言葉を聞いて苦しい思いに苛まれる。


私はこの先の未来できっと皆とはいない。だからこそ、今の神沢くんの言葉は私の心を抉るようで、何も言えない……。


このまま私は何も出来ずに皆の心を癒せないまま、全てが終わってしまうと思った。


こんな時、小枝樹くんならどうするんだろう……? きっと雪菜さんと楓を攻め立てることはしない、もっと誰も苦しまない方法を考える筈だ。


考えて……。もっと考えてっ!! 私はこんな終わりかた望んでない……! 天才じゃない私にも何か出来る筈なんだ……。考えろ、考えろ、考えろ……!!


「皆ごめんね。隆治が言ったように、あたしが話せば良いんだよね」


楓……?


不意に立ち上がった楓は苦しそうな表情で口を開く。そして楓自らの口から事件の話しが始まった。


「今回の件は全部あたしが悪いの。あたしが感情的になって雪菜の悪口を言ったから、雪菜が怒って当然なんだ。あの時は少しだけ、今の自分の事とか過去の自分の事とか色々考えてて自分が不安定だったって思う。そんな時に雪菜があたしの所に来て、自分でも理解したくないあたしの事を的確に雪菜に言われた……。それで歯止めが効かなくなった……」


淡々と話す楓。その言葉には感情が殆ど乗っておらず、自分が犯した罪の意識だけしか感じ取れなかった。


「あたしはね、皆が思ってるような人間じゃないんだ。優しくもないし空気も読みたくないし自分勝手なワガママ女。それにあたしは魔女だから……」


楓の魔女という言葉を聞いて反応を見せたのは崎本くんだった。俯いていた顔を上げ、眉間に皺を寄せながら楓のことを見ていた。


「昔から知ってる隆治なら、あたしの言葉の意味分かるよね……?」


意味深長な言葉を崎本くんに投げかける楓。そんな楓の言葉を聞いた崎本くんは立ち上がり


「なんでそんな昔の事をまだ根にもってんだよっ!? アレは皆が子供だったから言ってた事だろっ!?」


「確かに周りの皆はまだ子供だったけど、その子供の親とかもあたしを魔女って言ってたんだよ?」


「……なんだよ、それ。俺は知らねぇぞ……?」


楓の言葉で動揺する崎本くん。それとは正反対に冷静な表情を浮かべる楓。


そしてここにいる皆が疑問に思っている事。楓の魔女発言だ。魔女とはいったいどんな意味なのかそれを今は問いたださなくてはいけない。


「ちょっと待って。楓と崎本くんの二人だけが話しの内容を理解しているみたいだけど、私達にも分かるように説明してくれないかしら?」


私は楓と崎本くんに言う。そして


「分かった夏蓮。あたしが話すよ」


悲しい表情のまま薄っすらと笑みを浮かべた楓は、自分の過去を話し始めた。






 楓の話しが全て終わった時、この場にいる全ての人間が絶句していた。


私は楓の親友だ、だけど楓の苦しみに気がつくことすら出来なかった。こんな惨めな私の思考を変えてくれた楓の悩みを私は何も……。


後悔だけが今の私の心を波打って、冷静に物事を見ることすら出来なくなっている。私はどこまで愚鈍な存在になればいいの……。どうして私は誰かの苦しみに気がつくことが出来ないの……。


何も出来ない私は本当に天才ではないのだと改めて理解することができた。


「これで全部だよ。これがあたしの本当の姿。どんなに繕ってもそれがあたしの本心で本物のあたし。だからもう、あたしは皆とは居られないよ……」


全てを話し終わった楓は俯き言う。そんな楓を止めることも否定することも出来ない凡人な私。


そんな静寂につつまれている中、崎本くんだけが口を開くことができた。


「ふざけんなよ……。どうしてずっと何も言わなかったんだよ……」


「隆治に言って何か変った? あたしが魔女じゃないってアンタが言ったところで大人達の意見は何も変らない。だったらそんな自分を受け入れるしかないじゃん……、我慢するしかないじゃん……」


「そういうのがムカつくんだよっ!!!!」


冷静に言う楓とは正反対に感情的になる崎本くん。


「確かに俺に相談したところで何も解決しないよっ!! 小枝樹みたいな奴に相談したほうがちゃんと解決だって出来る。だけど、あの時俺に言ってれば楓はここまで悩まなくて済んだかもしれないだろっ!? どうしてお前はいつも俺には何も言ってくれないんだよっ!!」


「……隆治」


「俺は一之瀬さんみたいに天才じゃない。門倉みたいにスポーツが出来るわけでもじゃない。神沢みたいにイケメンでもない。牧下さんみたいに他人の事を一番に考える事も出来ない。雪菜ちゃんみたいにいつでも笑顔でいられない。小枝樹みたいに誰かの悩みを解決することも出来ない……。本当に何も取柄のないボンクラだよ……」


怒りを抑えながら崎本君は俯く。そして


「だけど、話しくらいは聞いてやれんだろっ!!!!」


怒っているのか自分の感情をぶつけているのか、今の崎本くんの真意は私には分からない。それでも楓には全てが伝わっていたみたいだ。


「なんでよ……。どうして、今更優しくするの……? 何でもっと早く言ってくれないの……? あたし、あたし……。ずっと独りで怖かったんだよ……? なんでよ、なんでよ……」


そう言いながら楓は泣き崩れた。そして


「それだけじゃない……。あたし夏蓮を騙してた……。一之瀬財閥の夏蓮を利用してた……。親友なんて全部嘘だった……」


言葉の意味が理解できなかった。


私は楓の親友で楓は私の親友。その状況が普通であって、それ以外の状況は普通ではない。だけど今の楓は私を騙していたと言っている。親友なんて全部嘘と言っている。


全てを理解するのに時間が掛かった。だって一年生の時、楓は私に言ってくれた……。





 一年生の秋。


誰もいない校舎の屋上に私は一人でいた。その行動に何か意味があるのかと問われれば何も意味は無いと答えるだろう。


二学期になり私の高校生活は何不自由の無い状態になっていた。偽りの一之瀬夏蓮でいれば友人は簡単に出来るし、一之瀬財閥というブランドを持っている私には造作も無かった。


それでも息苦しくなる時がある。そんな時は誰もいないこの屋上に私は逃げ込んだ。そうすれば何も偽らない一之瀬夏蓮でいる事が出来たから。


だけどそんな私の居場所を侵食する人間が今はいる。


「またここにいたの? 一之瀬さん」


「佐々路さん」


屋上の柵越しに校庭を見渡していた私は振り返る。そしてそこにはいつもの様に笑っている楓が居た。だけどこの時の私は楓のことを親友とは思っていなくて、他の友人同様に不自由の無い高校生活を送るための駒にすぎなかった。


きっとこの頃の私は何も考えたくなかったんだと思う。私と同じ空気を纏っていた小枝樹拓真の雰囲気は変わってしまって、入学当初の小枝樹拓真がいなくなってしまっていたから。私の願いはきっと叶わないと思っていて、三年生に上がる前にはこの高校から居なくなると思っていたから。


この時の私は自分の人生全てを呪っていたんだ。


「本当に一之瀬さんはここ好きだよね。最近のマイブーム?」


「別に好きでここにいるわけじゃないわ。そんな佐々路さんも最近よくここに来るじゃない」


そう、二学期が始まってから私がここに来ている時、楓とは毎回のように出会っていた。その偶然が必然で意図的に楓がしていた行動だという事は最後に知る。


「あたし? あたしはただ一之瀬さんの友達になりたいから来てるだけだよ?」


「私の友達……? 何を言っているの? 私達はもう友達であって既に知人という関係性の上にいっているわ」


私の言葉を聞いてキョトンとしている楓。そして


「何を言っているの? こっちのセリフだよ。あたし達いつ友達になったの?」


楓がいっている事が理解出来なかった。私は既に友達だと認識しているのに、楓は私を友達ではないと言う。この瞬間に私は友達という線引きが分からなくなってしまっていた。


そんな事件があり。私は楓との共有する時間を増やしていった。そうすれば友達というものが分かるような気がしていたから。


そしてひと月が経ったころ。


「佐々路さん。私にはどうしても友達というものが分からないわ」


私は不意に楓に言う。すると楓はいつものように笑顔で


「何言ってんの? 今のあたし達の関係でしょ。 というかあたしはもう親友だと思ってるんだけどな」


これが友達……?


私と楓は既に友達になっていた。ひと月前に楓が言った事とは正反対だ。どうして友達になったのか、どこで友達になったのか。やはり理解出来ない。


「だってさ、友達ってお願いしてなるものじゃないし、上辺だけでもない。きっと今のあたしは夏蓮の事をもっと知りたくて、あたしの事をもっと知ってもらいたいって思ってる。だからもう友達。そしてこれからは親友だよ」


そんな楓の言葉を聞いてもやはり理解が出来なかった。でも、どうしてかとても温かな気持ちが胸の中に生まれるのを感じた。そして


「そうね。何故だか貴女とならもっと自然な私でいられるような気がする。そんな風に思えてるから私達は親友なのかもしれないわね、楓」


そう言い私は微笑んだ。そんな笑顔に返答をするかのように楓も笑顔になる。


これが私と楓が本当の意味で親友というものになれた瞬間だった。






 そして今の私は何を信じて良いのかさえ分からなくなっている。


楓は泣き崩れボタボタと涙を零しながら「ごめんなさい」と言い続けていた。そんな楓の姿を見て、私は自分の生まれを呪った。


どうして私は一之瀬財閥なんかに生まれてしまったの……? もっと普通の家庭に生まれてさえいればこんな事にはなっていなかった。全ては一之瀬財閥という呪いだ……。


だけど、どんなに自分の生まれを呪った所で何も現状は変らない。ならば私は何もない普通の女の一之瀬夏蓮でいればいい。皆と出会ってそう思えるようになったから。


「今言った事は本当なの? 楓」


「ごめんなさい……、ごめんなさい……、ごめんなさい……!」


何度も繰り返される謝罪の言葉と楓の涙が真実だと言っているようだった。ならば答えは簡単。私は


「楓、貴女は本当に最低な人ね。私の事をずっと騙してきて、一之瀬財閥にコネクションでも作りたかったのかしら? 私は魔女の貴女を許さないわ」


「夏蓮……?」


怯えた表情で私の事を見る楓。そんな楓を私は睨み続けた。


「そうだよね……。全部あたしがいけないんだもんね……。もう壊れた砂の山は元に戻せないんだよね……」


呟く楓。自分のしてきた事を後悔し、もう全てが終わってしまったという表情を浮かべていた。そして私は


ガバッ


楓を抱きしめる。


「私は絶対に魔女の貴女を許さない。だけど、私の親友の楓なら許すわ」


「どう、して……?」


「何を言っているの。楓が私の親友だからに決まっているじゃない。友達はお願いしてなるものじゃない、相手の事を知りたいと思って、自分の事を知ってもらいたくて、そんな風に思ったならもう友達。楓が私にそう教えてくれたんでしょ?」


涙で顔をグシャグシャにしている楓を私は放っておけない。どんなに騙されてもいい。私の親友は楓だから。


「そうだよね。僕たちはきっともっと互いを知りたがってるし自分を知ってもらいたいって思ってる。だからもう友達。どんなに醜い姿を晒してもいいんだ。ここにいる皆ならきっと全てを受け入れてくれる」


「確かにな。まぁ佐々路が嘘つきだったってのはビックリしたけど、ガキの頃とか今でも普通に俺も嘘ついたりするしな。これだけ朝から泣いてんだ、もう許してもいいんじゃねーの? 崎本」


神沢くんと門倉くんが言った。この二人は本当に友達思いの優しい人達なんだ。


「べ、別に俺は楓を責めてるんじゃねぇよ……。ただもっと早く言ってくれれば苦しくなかったって思っただけだよ」


「ふふふ、さ、崎本くんが、て、照れてる」


皆の言葉が、皆の気持ちが、今の重々しくなっていた空気を一瞬で温かいものに変えていく。きっと私もこんな居場所が欲しかったんだ。それも全部、小枝樹くんのおかげ。


私一人ではけっして手に入れることが出来なかった空間。だから今は少しでも皆と笑っていたい。


「皆、馬鹿だよ……。あたしは皆を騙してたのに……。本当に、馬鹿だよ……」


更に涙を流す楓の表情はもう苦しそうではなかった。涙を流しているのに、どこか幸せそうな表情に私は見えた。そして楓はそのまま大声で泣き叫んだ。


自分の気持ちが通じて、本当の居場所を見つける事が出来たから。





 楓が泣き止むまで少しの時間がかかり、今はもう落ち着いている。


リビングでいる皆の空気はもう重くはなく、とても和やかな雰囲気を作り上げていた。


「まぁ結果的に今回の事件は楓が雪菜さんを挑発して起こってしまったというものだわ。皆に迷惑をかけた事、そして雪菜さんに暴言を吐いたことをちゃんと楓は謝罪しなきゃね」


私は優しく楓に言った。そんな楓は立ち上がり


「本当に迷惑かけてごめんなさい。雪菜も、本当にごめんね……」


謝罪の意を提示する楓。雪菜さん以外の皆はもう楓の事を許している。だが、問題は雪菜さんが楓を許してくれるかどうか。それでも雪菜さんは楓を許してくれると私は信じてる。


「ううん。あたしは大丈夫だよ。それにあたしだって楓ちゃんに酷い事言っちゃったし……。あたしも、ごめんね」


幸せを感じていた。本当の意味でやっと私達は繋がりあう事ができたから。


今の私は自分が隠している真実を棚に上げ、それから目を逸らし何もかもが上手くいっていると勘違いしていた。


「これでこの話はお終い。さぁ今日も皆で遊びましょ」


「ちょっと一之瀬さんっ! 小枝樹くんが風邪で寝てるのに僕達だけで遊ぶのは少し気が引けるよ」


「何言ってんだよ神沢。拓真が遊べないから俺等だけでも全力で楽しむんだろ。自分が風邪引いて皆遊びませんでしたなんて拓真が聞いたらそれこそ怒られる」


門倉くんが私の真意を神沢くんに伝えてくれたおかげで、スムーズに事が運ぶ。


そんな門倉くんの言葉を聞いていた皆も暗い気持ちを払いのけ、精一杯遊ぼうと思ってくれた。


「なら皆準備してちょうだい。私は小枝樹くんに薬を持っていった後に海の方へ出るわ」


そう言い、私は小枝樹くんの部屋へと向った。





 小枝樹くんの部屋に入って私はベッドの横に椅子を持っていき座る。


小枝樹くんの寝顔。少し汗が出てきている小枝樹くん。だけど少しは楽になっているのかもしれない。


私はそんな小枝樹くんを起してしまうのは申し訳なくて、静かに薬と水だけを置いて部屋を立ち去ろうとした。その時


「んっ、一之瀬か……?」


その声に私は反応し、小枝樹くんの方へと振り返る。


「ごめんなさい。起してしまうつもりは無かったのだけれど、体調はどう? まだ辛いかしら」


「そうだな。まだ少し体を動かすのはダルイ。熱もまだあるみたいだな。だけど一人で寝ているよりかは誰かと少しでも話しているほうが幾分か楽になる」


そう言うと小枝樹くんは体調の悪さで気だるい中、優しく私に微笑みかけてくれる。


「そんな事を言ってないでちゃんと寝てなさい。明日には帰らなくてはいけないのだから、それまでに少しでも体調を元通りにしてもらわないと困るわ」


「ははは、本当に天才少女さんは手厳しいや。薬もって来てくれたんだろ。ありがとな」


自分の体の体調が悪いのにもかかわらず、小枝樹くんはいつもの調子で冗談を言う。そして言われるありがとう。本当にこの人は自分の事なんかよりも誰かの事を優先してしまうお人よしなんだ。


「別にお礼なんていいわ。今はしっかりと風邪を治すことだけ考えなさい」


「おい一之瀬。なんかあったのか?」


私の言葉への返答は無く、脈絡もない芯に迫る言葉を小枝樹くんは言った。


「何かあったってなに? 小枝樹くんが心配するような事はなにもないわ。本当に、なんでもいいから貴方は自分の体の心配だけしてればいいのよ」


「はいはい分かったよ。なら俺はもう少し寝ることにするわ」


そう言い小枝樹くんは目を閉じた。そして私はそんな小枝樹くんの顔を見て微笑み、静かに部屋を出て行った。


部屋の扉を閉めて私は思う。どうしてこんなにも幸せというものは簡単に手に入らないのだろう。誰かが苦しんで誰かが幸福を得る。そんな事間違っていると今の私は思ってしまう。


こんな考えになったのも小枝樹くんに出会ってからだった。小枝樹くんと出会う前は私の願いをどんな事をしても叶えようと必死だった。誰かを利用しても誰かを不幸にしても叶えたい願いだった。


だけど小枝樹くんは自分の事なんかよりも他人の事を考えてしまう人で、私もそんな小枝樹くんに何度も救われた。


小枝樹くんは私に救われたとか言うけど、それきっと勘違いで私は小枝樹くんに何もしてあげられていない。救われているのは私のほう……。


そんな風に思えば思うほど、私は小枝樹くんに何か出来ないかと考えてしまう。


雪菜さんも楓も、最後の最後まで昨日の真実を話してはくれなかった。だけど、私が感じているのは雪菜さんと楓の小枝樹くんへの気持ち。


その気持ちがどういう存在なのかはまだ分からないけど、それでも互いに譲れない気持ちだったのだと私は思う。その気持ちは友情なの……? それとも……。


一つの疑念が頭の中を掻き乱し、私は小枝樹くんに出来る事だけを考えるようにしていた。それはきっと小枝樹くんが苦しまないことで。私が……。


「か、夏蓮ちゃーんっ! み、皆、し、支度できたよー」


一階から私を呼ぶ優姫さんの声が聞こえた。


「分かったわ。今行く」


私は自分の中で芽生えている何かに気がつかないようにしていた。それに気がついてしまったら自分がどうにかなってしまいそうな気がしたから。


皆といれる時間はもうそんなに無い。だからこそ私は自分の思考より、大切な友達を選ぶんだ。




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