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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第四部 夏休み 交差スル想イ
51/134

18 前編 (楓)

 

 

 

 

 

 

 風邪で倒れた小枝樹を運び、あたしは今眠っている小枝樹の隣にいる。


眉間に皺を寄せながら苦しむ小枝樹の姿はとても痛々しくて、本心で言えばこんな小枝樹の姿を見ていたくないと思っている。


だって、好きな人の苦しんでる姿なんて誰も見たいと思わない。あたしだってそんな小枝樹の姿を見たくない。だけど、今の小枝樹の傍にいられるのはあたしだけだから……。


小枝樹の顔を見てさっきまでの事を思い出す。あたしは小枝樹とキスをした。嬉しかった。小枝樹の体温も感触も全てがあたしの体に流れ込んでくるようだった。


触れた瞬間の高揚感。やっとあたしの思いが伝わったんだって思った。でも今はそんな邪な気持ちなんて全くなくなっていて、小枝樹の事をただただ心配している私がいる。


そんな苦しそうにしている小枝樹の髪をあたしは撫でた。


「……小枝樹」


呟いたあたしは少し悲しい感覚に陥る。


あたしが小枝樹を好きになったのは間違えだったのかもしれない。あたしが自分の事なんかよりも小枝樹の事をもっとちゃんと考えて、もっとちゃんと見ていれば小枝樹はここまで風邪を悪化させることなんてなかったのかもしれない……。


後悔だけがあたしの心を侵食し、どんどん自分の惨めさを露見させていく。それが今の自分の姿なんだと、自分は他でもない魔女なのだと自覚していくような感覚だった。


「……母さん、ルリ……」


不意に小枝樹が言葉を発する。苦しそうに母親と妹の名前を呼ぶ小枝樹は、何らかの夢を見ているようだった。


「雪菜……、レイ……」


再び言葉を発した小枝樹。そんな小枝樹が呼ぶ名前は大切な幼馴染の名前だった。


雪菜の名前がでてあたしは少し悔しくなってしまう。どうしてあたしはもっと早く小枝樹と出会わなかったのだろう。もっと早く小枝樹と出会っていれば、あたしはこんなに苦しまなくてすんだかもしれないのに……。


考えても変らない時間の経過を思い、あたしはもう辛くて辛くて堪らなくなった。もっと小枝樹を知りたい、大好きな小枝樹を知りたい。そして小枝樹の心を支えたい。


あたしが考えてることってそんなにいやらしい事なのかな……? 確かに小枝樹にだったら何をされてもいい。それでも、一番に考えてるのは小枝樹の心を救いたい。


昔の小枝樹の事をあたしは全然知らないかもしれないけど、それでもあたしは小枝樹の事が……。すき。


涙を堪えながら、あたしは小枝樹の隣にいる。そんな苦しんでいる小枝樹は、もう一度うなされながら言葉を発した。


「……一之瀬」


その言葉を聞いた瞬間、あたしの中で何かが弾けたような気がした。


どうして……。どうしてあたしじゃなくて夏蓮なの……。天才が嫌いだって言ってたのに、どうして夏蓮の名前を呼ぶの……? どうしてあたしを選んでくれないの……!!


自分の中で増殖する不の感情。自分が選ばれないという現実が今のあたしを黒く染め、魔女の自分へと戻していく。


「もう……。小枝樹なんてしらない……」


自分の本心とは正反対の言葉を発してしまう。それでも悔しいのか、今の言葉を肯定できないのか。あたしは無意識に強く拳を握ってしまっていた。その時


「違う……。違う、違う、違う……!!」


先ほどよりも強くうなされる小枝樹。苦しそうに体を左右に揺らしながら『違う』と言い続けていた。


そんな苦しむ小枝樹をあたしは放っておけなくて


「小枝樹……!! しっかりして、小枝樹っ!!」


小枝樹の体に触れながら、あたしは名前を叫んでいた。すると


「んっ……。はぁ、はぁ、ここどこだ?」


目を覚ます小枝樹。そんな小枝樹は今の状況が全く持って掴めていないのか、それとも熱のせいでまだ意識が朦朧としているのか、辺りを見渡しながら言った。


「目が覚めた? 小枝樹」


何事も無かったように小枝樹に話しかけるあたし。でも本当は、小枝樹に抱きつきたいとか、『心配したんだよ』とか言って涙を流してしまいたい気分なんだ。それでも、小枝樹が求めてるのはあたしじゃないから……。


「……佐々路?」


悪夢から解き放たれたからなのか、それとも今の自分に何が起こっているのかわからないのか。小枝樹はハッキリとしない意識のままあたしの名前を呼んだ。そして


「佐々路が運んでくれたのか?」


「そうだよもうっ! 女の子が一人で男子を運ぶとか、かなりしんどかったんだからねっ!!」


苦しそうに不安げな小枝樹に心配をかけないために、あたしは嘘の笑顔を作り上げる。するとそんなあたしを見てホッとしたのか小枝樹は笑いながら言う。


「ははは。まぁ佐々路なら余裕で俺を運べただろうな」


「な、なによそれっ!! 死に物狂いで運んできたんだからねっ!! 急に倒れたから心配したよ……」


小枝樹の笑顔を見て、笑い声を聞いて、あたしは嘘の自分でいる事が出来なくなる。そんなあたしを見て小枝樹は微笑を浮かべながら


「冗談だ。ありがとな、佐々路」


この笑顔であたしの心がどれほど救われるか。小枝樹の事を好きになってしまった。それが間違いではなかったと誰かが言ってくれているようだった。


きっと今のあたしは安心している。だからこそ考えてしまう邪な想い。


「つかさ、その……。倒れる前の事って覚えてるの……?」


高熱を出している小枝樹にこんな質問するのはおかしな事かもしれない。それでも、あたしの初めての人が覚えててくれているのか知りたいと思ってしまった。


「佐々路と話をしていたのは思い出せたんだが、その後のことが思い出せない……。なぁ佐々路、俺は何かしたのか?」


覚えて……ない……?


……そうだよね。覚えてないよね……。小枝樹は熱があって意識が朦朧としてたんだ。何も覚えてないなら好都合じゃん……。大丈夫、あたしは、大丈夫……。


「何もなかったよ。急に小枝樹が倒れるからビックリしたけど、本当にそれ以外は何もなかったから……」


なんて言っていいのか分からなくなっていた。本当の事を言いたいと思っているあたしと、嘘をつくことで小枝樹にへんな気遣いをさせないように自分を苦しめるあたし。


長い間、嘘をつき続けてきたせいか、今のあたしは少し混乱してしまっている。だけど、真実を知らなければ人は傷つかない。


小枝樹を傷つけるくらいなら、あたしは自分を傷つける道を選ぶ。あたしにはそれしか出来ないから……。


「それじゃ、あたしはそろそろ部屋に戻るね。明日の朝には小枝樹が風邪引いてるって皆には伝えておくから。薬と水は隣に置いておくね。じゃ、ゆっくり寝なさいよ」


傷付けたくないから嘘をついたのに、今のあたしは小枝樹の隣にいる権利なんてない。嘘をついたことへの罪悪感。


そんなあたしは静かに小枝樹の部屋から出て行った。







 今は一階のリビングに一人でいる。


さっきまで小枝樹と二人きりで色々な話をして、互いを分かりあって見詰め合って、キスして……。


一緒に座っていたソファーには二人の体温が残っているような気がして、あたしはそんな温もりをどう受け止めていいのか分からなくなっている……。


小枝樹が覚えていないのなら明日からいつもの様に接すれば良いだけのこと。嫌いな人の前でも平気で作り笑いが出来てたんだ。そんなの簡単な事だよね……。


魔女のあたしになればどんな時だって嘘をつき続けられるから……。その時


「楓ちゃん」


あたしの名前を呼ぶ一人の女の子の声。その声はリビングの入り口付近から聞こえた。だが、少し距離があるせいか間接照明しかつけていない部屋ではその人物をハッキリと目視することができない。


そんな女の子は少しずつあたしに近づいてきて、その姿を露わにした。


「……雪菜?」


寝間着姿の雪菜がそこにはいた。そんな雪菜の表情は怖いくらい無表情で、だけどあたしの事を睨んでいるようにも見えた。


「どうしたの雪菜? 眠れなくなった?」


「━━つき」


あたしの質問の答えを雪菜は言っているのだと思う。だが、その声は小さくよく聞き取れなかった。


「え? なに?」


「嘘つき」


嘘つき……? いったい雪菜は何を言っているんだ。あたしの事を見ながらその言葉を発しているという事はあたしが嘘つきだと言いたいのか……?


「ちょ、いきなり何言ってるの……? 雪菜アンタ、まだ寝ぼけてるんじゃない?」


「寝ぼけてなんかない。楓ちゃんと拓真がここでキスしてるのあたし全部見たから」


冷たい表情であたしに言う雪菜の声色は、冷静淡々と話しながらも強い憎しみが込められているような雰囲気を醸し出していた。


それに、全部見られてたって……。あのことは小枝樹の為に無かった事にしたいのに……。だけど、あの時も間接照明で近くじゃないとハッキリとは何も見えない。だったら


「な、なに言ってんの? あたしと小枝樹がキス? 確かにさっきまで小枝樹とはここで話してたけど、あたしと小枝樹は何もしてないよ?」


「嘘つき」


「だから、あたし等は何もしてないって!」


ダメだ。どんなに嘘ついても今の雪菜を騙せない。もしかして本当に全部見えてたって言うの……?


「キスしてたのに拓真にも何もなかったって嘘をついた。どうしてそんな酷い嘘を拓真に言えるの」


小枝樹の部屋で話していたことまで雪菜は聞いてる。ここまで事を知られてあたしは悟った。


そっか、そうだよね。やっぱりずっと友達のままなんていられないよね……。砂の山は本当に簡単に壊れちゃうんだね……。


「はぁ……」


あたしは一つ深く溜息を吐く。そして嘘つきの魔女に戻る。


「なんだ本当に全部見てたんだ。つかさ、小枝樹の部屋での会話も聞いてたって、雪菜のその性格どうなのよ? あたし並に性格悪い人間っていたんだね。盗み聞きとか根性捻じ曲がってるよ?」


「あたしの性格の事なんて今はどうでもいいの。どうして楓ちゃんは拓真に嘘をついたのか聞いてるの」


あたしの威嚇や罵声をものともせずに雪菜はあたしに食って掛かる。


「別に覚えてないなら覚えてないでいいじゃん。それで小枝樹が何か困るの? あたしとキスした事実を知ったほうが困ると思うけど?」


「それでもそんな嘘はいつかバレる。その時のほうが拓真は傷つく。拓真はとても弱い人間だから、小さな事でも大きな事でも全部自分のせいにして苦しむ。あたしはそんな拓真が見たくないだけ」


表情は変らず、雪菜の言葉だけに棘が混ざってくる。そんな雪菜はあたしが反論する前に更に言葉を続けた。


「だから早く拓真に嘘だって言って。それを拓真に言わなければ、拓真は楓ちゃんのせいで傷つく」


あたしのせいで小枝樹が傷つく……? どうしてあたしはその事を雪菜に言われなきゃいけないの……? 雪菜はずっと小枝樹の傍に居たのに、小枝樹は……。


「ふざけないでよっ!! あたしのせいで小枝樹が傷つく? 小枝樹はずっと前から傷ついてたのに、それを救えなかったのは雪菜でしょっ!!」


あたしの言葉を聞いて、とうとう雪菜の表情が変った。だが変ったのそれだけじゃなくて、あたしの心も剥き出しに変わってしまっていた。


「昔から一緒にいるのに小枝樹の心を癒せなかったのは誰っ!? さっき雪菜は言ったよね、この嘘がバレれば小枝樹が傷つくって。でもさ、そんなの雪菜が小枝樹に言わなきゃバレない事だよね? あたしは自分がどんなに傷ついても小枝樹の心が癒えるんだったらどんな事でもする。雪菜にはそれが出来なかっただけでしょっ!?」


バチンッ


リビング中に響き渡る音。その音は雪菜があたしの頬を叩いた音で、あたしの頬には重い痛みがズシズシ響いていた。


そんなあたしは自分の頬を抑えながら雪菜を見る。そして


「ふっ。何も言い返せなくなったら次は暴力? 雪菜ってさ、あたしよりも性格悪いね」


嘲笑うように雪菜は挑発した。本当にそう思ってしまったから。こんなのもうただの惨めな女同士の喧嘩でしかないんだから……。


「あたしだって……。あたしだって拓真を救いたいって思ってるよっ!! だから小枝樹家の問題にも首を突っ込んだっ!! でもそれはちゃんと解決出来たんだもん……。だけど拓真の過去は、拓真の才能はあたしじゃどうにも━━」


「小枝樹の才能って、小枝樹が本当は天才って事?」


目を見開き、あたしが何を言っているのか分からない表情をしている雪菜。それもそうだろう。小枝樹が天才だって事をあたしが知っているのが驚きなんだ。雪菜はあたしがそれを知っているという事を知らない。だから驚いても無理はない。


「あたしは小枝樹から全部聞かされたよ? 自分が天才だって事も、そのせいで親友を裏切ってしまったことも、そして家族から裏切られたことも全部」


淡々と雪菜に真実を突きつける。そんな最低なあたしは、もう砂の山が壊れてしまうことを確信していた。


「だからあたしは小枝樹の力になりたいと思った。小枝樹とあたしは少し似てるから……。同じように自分のせいで誰かをあたしも傷つけてきたから……。だからさハッキリ言っとくけど、雪菜には小枝樹を救うことはできないよ」


「それでもあたしは拓真を救うっ!! どんなに分かり合えなくてもあたしは拓真を救いたいっ!!」


あたしが小枝樹の事を全て知っていると分かりショックを受けていた雪菜は、あたしの言葉を聞いて感情的になっていた。


「それが無理だって言ってるでしょっ!? 今日までどれだけの時間が雪菜にはあったと思ってるのっ!? それでも小枝樹を救うことは出来なかったっ!! 小枝樹の笑顔は戻らなかったっ!! 苦しみは消えなかったっ!! 雪菜が小枝樹の傍にいるほうが小枝樹を苦しめることになる事を分かりなさいよっ!!」


「どうしてそこまで楓ちゃんに言われなきゃいけないの!? 確かにあたしは拓真のことを何も分からないかもしれない、それでも拓真はあたしが必要だって言ってくれたっ!! だからあたしは今の楓ちゃんが許せないのっ!!」


「雪菜に許されなくても何も問題ないっ!! 小枝樹が必要な雪菜は隣で笑ってくれる都合の良い存在って事でしょ!? あたしは女として必要されたっ!! 雪菜はただ小枝樹に依存してるだけなんだよっ!!」


あたしと雪菜の喧嘩はヒートアップしていく。互いが互いに小枝樹に必要されていると思いたくて、相手の事を諦めさせる為に汚い言葉を使い蔑みあう。


そんな二人の声が大きかったのか部屋に居た皆がリビングへと下りてきた。そして


「お前ら何やってんだっ!! 落ち着け白林っ!!」


門倉が雪菜を押さえつけあたしから引き離す。


「楓も何してんだよっ!!」


そんなあたしは隆治に無理矢理、雪菜から引き離された。それでもあたし達の感情は止まらなくて


「雪菜に小枝樹を救うことなんて絶対に出来ないっ!!」


「拓真を理解出来る事なんて楓ちゃんには絶対に無理っ!!」


バチンッバチンッ


感情的に言葉を投げあうあたし達の頬を強く引っ叩く天才。


「いい加減にしなさいっ!! 貴女達がどうして喧嘩をしているのか私には分からないけど、これ以上喧嘩を続けるならこの旅行は明日で終わりにするわ」


夏蓮の一言であたしと雪菜の体から力が抜ける。そしてあたし達は大粒の涙を流し始めた。


「一之瀬さん今は二人とも感情的になってるし、今日はもう休ませて明日話をするのが僕は良いと思うけど」


「そうね。神沢くんの言うとおりかもしれなわ。だけど少しでも事情を聞くために私は雪菜さんと一緒に寝ることにするわ。牧下さん楓をお願いしてもいいかしら」


「う、うん。ま、任せて。さ、楓ちゃん、へ、部屋に戻ろう」


神沢が提案した内容を夏蓮が承諾し、あたしはマッキーに優しく腕をつかまれた。そしておぼつかない足取りで部屋へと戻っていった。





「は、はい楓ちゃん。の、飲み物持って来たよ」


雪菜と言い合いをした後、あたしはマッキーに連れられ自分の部屋へと戻っていた。


ベッドの上で項垂れながら座るあたしに優しく言葉をかけてくれるマッキー。そんなマッキーにあたしは何も話せないでいた。


「い、いっぱい喋ってたから、の、喉渇いてるでしょ?」


そう言いマッキーはあたしに水が入ったコップを渡してくる。だけど今のあたしは飲み物を飲む気力さえ湧かなくて


「大丈夫。適当に置いておいて」


冷たくマッキーに接してしまう。これがあたしの弱さで、少なからず魔女でもなく今まで皆に接してきた佐々路 楓でもなく。一人でいる時のあたしに近い状態だった。


そしてマッキーはテーブルの上に飲み物を置き、ベッドの上あたしの横にその小さな体を座らせた。


「き、今日は本当に、た、楽しかったね。あ、朝の迎えが、り、リムジンだったのは、ビ、ビックリしたけど」


あたしに気を使っているのかマッキーは雪菜と何があったのかは聞かず、今日の出来事を話し始めた。


「そ、それに、い、一之瀬さんの、べ、別荘がこんなに大きくて、ビ、ビックリもしたよ」


マッキーの言葉に返答をするほどの余裕は今のあたしにはなかった。それでもマッキーは独り言のように話を続ける。


「う、海も大きくて、き、綺麗だったね。み、皆と一緒に、こ、来れて本当によかった」


「もういいよ、マッキー……」


楽しそうに話すマッキーの態度にあたしは我慢できなくなっていた。


「で、でも……。き、今日は本当に楽し━━」


「もういいって言ってるでしょっ!!」


「楓ちゃん……」


マッキーに当たるのは間違ってるって分かってる。でも、今のあたしはそんな楽しい話をしたいと思える状況じゃないっ!! あたしは小枝樹に酷い事をして、それに雪菜にも酷い事言った……。


「ね、ねぇ楓ちゃん。わ、私はね、ほ、本当に楽しいって思ってるんだよ?」


「……マッキー?」


愛らしいの顔を微笑に変えて、マッキーはあたしに話し出す。


「き、今日はね私にとって特別な日なの。そ、それはね大好きな友達と一緒に遊びに来れた大切な記念日。ずっと私は友達がいなかったからどんな風に楽しんだら良いか来る前はすごく不安だった……。でもね、皆はいつもと変らなくて、だから私もいつもの様に楽しもうって思えたんだ」


マッキーの微笑みは天使のようで、本当に皆のことを思っている少女の笑みだった。


「でもね、来る前に少し心配してたことがあったの。楓ちゃんは本当に旅行に行きたいのかなって……」


あたし……? どうしてマッキーはそん風に思っていたんだろう。あたしはいつもと変らない態度をしていたのに、どうしてマッキーは


「楓ちゃんはきっと皆に壁を作ってるって思ったの。何か話せない事があって、それを皆に知られたらいけないって。そんな風に考えてるって私は思ったんだ」


「どうして、そんな風に思ったの……?」


「だって、私は裏切られるのが怖くて皆を拒絶した時があったから。私の願いは届かないって思ったときに、皆との間に壁を作った。でもね、そんな壁を壊してくれたのは小枝樹くんと一之瀬さん。それに門倉くんに神沢くんだった。私はとても弱い人間だから、誰かに頼らないと生きてけない。だけど自分ではそれが間違いだって思ってたの」


いつも以上に真剣な表情でマッキーは話を続ける。


「誰かを頼って利用して自分の居心地の良い場所を作るのは間違ってる。私はそう思ってた。でも皆はそんなの関係無しに私の友達になりたいって言ってくれた。その時初めて気がついたの。友達って迷惑かけても良いのかもしれないって。それが友達なんだって」


あたしの顔を見ていなかったマッキーは不意に、あたしの顔を見て微笑む。そして


「私は楓ちゃんの友達。だから迷惑かけていいんだよ? 一緒に悩みたいよ、大切な楓ちゃんの思いを」


どうしてそんな綺麗な笑顔で美しい言葉をいう事が出来るの……? あたしはマッキーも騙してたんだよ……? 友達だって嘘ついて、居心地のいい微温湯をつくって、あたしは、あたしは本当に卑怯者だ……。


「マッキー……、ごめん、ごめんね……」


涙が止まらなくなった。自分の卑しさ、自分の惨めさ、自分の弱さが本当に悔しくて……。ううん、それじゃない。マッキーの優しさであたしの気持ちが溢れ出てきたんだ。


「あたしは嘘つきなのっ!! ずっと皆に嘘をついてる……。マッキーの事だって本当は嫌いだったっ!! あたしには無い特別なものを持ってて、あたしはいつも惨めで、あたしはいつも誰からも必要とされないっ!! だけどマッキーはそんなあたしの事を友達だって言ってくれる……。ずるいよ……、マッキーがあたしを嫌いになってくれたらこんなに苦しくなんてないっ!!」


「うん」


「どうしてそんなに優しくするの……!? あたしはマッキーに何もしてあげられないのに……。マッキーは何であたしを友達だって思ってくれるの……!?」


止めることが出来ない。何年も何年も積み重ねてきた、あたしの苦しみ。


「だって楓ちゃんは私に笑顔をくれた。いつも真っ先に話しかけてくれて楽しい話をしてくれるのは楓ちゃんと神沢くん。楓ちゃんにはいつも、その……、エッチな事されて迷惑してるけど、それでも楓ちゃんがいなかったらきっと私は寂しいって思う」


あたしはそんな風に思ってもらえるようにマッキーに接してたわけじゃない。それが嘘だと知ればマッキーだってあたしの事━━


「それに、こんなに私の事を拒絶してるのに今でもマッキーって呼んでくれてる。私結構そのあだ名好きなんだ。でも楓ちゃん以外の人に呼ばれたらなんか不思議な感じになっちゃうかもね。そんな風に私の事をマッキーで呼んでるのは楓ちゃんが私を友達だと思ってるからだって私思うな」


「それは……」


「さっきも言ったけど、楓ちゃんは私の友達。そして私は楓ちゃんの友達」


微笑みが消え、あたしの両手を掴み真剣な表情で言うマッキー。そんなマッキーの気持ちが伝わりあたしは


「あ、あたし……。何で、何で、マッキー……。うわあああああん、ああああん、うわああああああん」


羞恥も感じず大声で泣き叫んでいた。そんなあたしをマッキーは優しく抱きしめてくれて、あたしの頭を優しく撫でてくれた。


「あ、あたし、小枝樹に酷い事しちゃった……。雪菜にも酷い事言っちゃった……!!」


「大丈夫だよ。楓ちゃんなら絶対に大丈夫だから」


曖昧で論理的ではないその言葉。それでも今のあたしはその言葉でとても救われていた。


そしてあたしは思う。


あたしの目の前にいる小さい少女は、とても可憐でとても儚い雰囲気を纏っている少女。そんな少女はその雰囲気にあった体躯の幼い少女で、でもその少女はあたしなんかよりもずっと大きく強い少女なんだと……。








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