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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第一部 一学期 春ノ始マリ
5/134

2 後編 (拓真)

 

 

 

 

 何も考える事出来ないほど普通すぎる日常が過ぎ、今日という練習試合本番を迎える俺。

 四日前の日、俺は一之瀬に細川紹介された。そしてなし崩し的に俺は細川の依頼を受ける事になった。なのにも関わらず、一之瀬はあれから今の時間まで、必要以上に俺と関わるのを避けている感じがした。

 それはそれで俺的には良い感じの高校生ライフを楽しめたのだが一之瀬と関わって以来、なんだかあの天才に良いように使われなきゃ当たり前と思えなくなっている俺も確かにいた。


 いや、決してM的な発言じゃありませんよ。俺はあくまでノーマルで凡人なのですから。

 それでもこの数日間の一之瀬の俺に対する感じは違和感を感じていた。

 そんな事を考えていても埒があかない。練習試合当日の今日、俺は集合時間よりもかなり早く学校へ来てしまっていた。


「取り敢えず早く来てみたは良いがどうするか」


 俺は一人悩んでいた。

 早く来た事に決して意味はない。だが慣れてないせいか、早く起床してしまったんですよ。こんなにも遠足前の小学生的気分になるとは思いませんでしたよ。いや、別に楽しみにはしていませんけどね。

 それでもやる事のない俺は。


「まぁあそこに行くか」


 そう呟き俺はいつものあの場所へと向かった。

 

 ◆

 

 校舎に入り廊下を歩く。日曜日なせいか校舎内は平日のそれよりも静かだった。

 走り回る足音も聞こえず、無駄話をペチャクチャと話している声も聞こえない。聞こえてくるのは、外で青春を謳歌している運動部の声だけだ。

 この世界に一人だけになってしまったものだと錯覚してしまう程に、今の校舎は静寂に包まれている。

 コツコツッ

 自分の足音が響く廊下、その足を進めれば進めるほど校舎内の静けさが増していく。それもその筈だ。俺が向っている場所は普段から殆ど誰も近寄らない所なのだから。

 俺だけが好んで近寄る場所。今はそうでもないけれど。そんなB棟三階右奥の今は使われていない教室の扉の前に俺はいる。

 そしてその扉を開けた。


 扉の向こうは、いつもとは全然雰囲気が違う景色が見えた。普段は放課後か昼休みに来ているせいか朝の景色がまるで別の場所に感じ取れた。

 そんな感動とは別に、この教室の扉が開くという事は天才美少女さんもいるわけで。


「おはよう。小枝樹くん」


 もう最近では聞きなれてしまっている声。そして見慣れてしまっているその笑顔。窓を開けているのか美しく長い黒髪が風で揺れる。

 そんな少女の姿を俺は見惚れる事もなく


「おはよう。一之瀬」


 長い時間を共有してきた友のように、なんの違和感もなく俺と一之瀬は挨拶を交わした。


「こんな早い時間に来て、もし私が来ていなかったら無駄足になっていたわね」


 そう言うと一之瀬は自分のスカートのポケットから教室の鍵を取り出し、俺に見せつけ悪戯に笑った。


「いや、お前だったらきっと居るって思ったんだよ」


 悪戯に笑っていた一之瀬は、俺の言葉を聞いた途端に刹那の時間その大きな瞳を見開いた。そしてその表情は一瞬にして微笑み、一之瀬は身体を開いている窓の方へと向け


「そう」


 小さく呟いた。

 その言葉を最後に数分間の沈黙が訪れた。だけど何故だろう、この沈黙が俺は嫌じゃなくなんだか懐かしいような心地良い感覚になった。

 朝の空気。休日の学校。清涼感のある風。いつもとは違う感覚。その感覚は初めて俺がこの教室に来た時のような感覚だった。


「……なぁ。一之瀬」


 数分間の沈黙を破り俺は口を開く。その呼びかけに一之瀬は身体の向きを教室内へと戻した。


「俺は今日、本当に自分が役に立つかどうか分からない。もしかしたら細川の気持ちを裏切る事になるかもしれない。それでも自分の出来る限りの事はやろうと思ってる」


 今の自分の心境を一之瀬に俺は吐露していた。きっと今言わないといけないのだと、俺は心で理解していたのかもしれない。


「……だからさ。その、なんつーか。こんな気持ちをまた感じれたのは一之瀬のおかげだと思ってる。だから、ありがとな」


 その言葉を聞いた一之瀬は先ほどと動揺に瞳を大きく見開いた。だが少しすると一之瀬はモジモジとし始めた。

 いったい何の奇行ですか。今じゃそんな動き、漫画やアニメくらいでしか見ないですよ。


「……べ、別に私は小枝樹くんにお礼を言われるような事していないわ」


 ツ、ツ、ツ、ツンデレきたああああああああああ!!!!

 おい待て俺っ!! 冷静になれ。つか今の今までシリアスで良い感じだったのに、一瞬にして台無しだよ。なんだか腹が立つ。俺も一之瀬に仕返しをしてやろう。


「なんだよ一之瀬。もしかして照れてんのか?」


 たまには俺が一之瀬をからかうのも悪くはないだろう。一之瀬は俺の言葉を聞いて


「……なっ!?!?」


 顔を真っ赤に染めながら口をあんぐりし、その場で固まってしまった。もうその姿はお嬢様でも天才少女でもなく普通の女の子にしか見えなかった。


「よしっ!! そろそろ時間だから俺は先にいくぞ。一之瀬も遅れんなよ」


「……ちょっ、小枝樹くん!!」


 俺は一之瀬の制止を無視し、顔を真っ赤に染め上げている天才少女さんを置き去りにして体育館へと向った。

 

 

 ◆

 

 

「小枝樹せんぱーい。こっちですー」


 体育館に近づいていくと一人の女の子に俺は呼ばれた。そのちんまりした少女を確認した俺は


「おー細川。おはよう」


「あ、おはようございます」


 俺が挨拶をすると細川は思い出したように挨拶をした。そんな頭を下げている細可の後ろから、ちんまり細川とは対照的な大男が顔を出してきた。


「君が小枝樹くんか。はじめまして門倉 翔悟しょうごです」


 門倉 翔悟。なんて爽やか過ぎる挨拶をしてくる奴なんだ。つーかでかすぎだろ。180後半は身長あるぞ。そして見た目もそのままスポーツマンだな。


「細川に聞いてるかもしれないけど、俺は小枝樹 拓真。今日はよろしく」


 俺には爽やかな挨拶なんかできない。いつもの様に可もなく不可もなくな挨拶をした。だがそんな素っ気無い挨拶をした俺に門倉は


「いやー本当に今日は助かるよ。もし君だ承諾してくれなかったらこのまま何も出来ずにバスケ部がなくなる所だった。まぁ今日勝てなくても同じなんだけどな」


 門倉は満面の笑みでとてもダークなジョークを言い放つ。つかこいつモブのくせに出しゃばり過ぎだ。主人公は俺だぞ。まあ俺は凡人だけど……。なんか門倉の方が主人公っぽいけど……。

 弱気になるな俺っ!! いつもみたいにノーマル平凡野朗でいればいい。それが俺だ。


「だけどあの一之瀬さんのお墨付きだから、今日は本当に期待してるぞ小枝樹」


 あーもう。何でそう爽やかな笑顔で地雷を踏むのかな。


「門倉、先に言っておくけど一之瀬は何も関係ない。細川や一之瀬がなにを言ったかは分からないけど、あまり俺に期待するな」


 俺は門倉へ冷たく言い放つ。なんでこう最近になって俺に期待する奴が増えてきてるんだ。絶対に一之瀬のせいだ。だから天才と関わるのは嫌だったんだ。


「……すまん小枝樹。お前に期待するなんて無責任すぎるよな。マジでごめん」


 真剣な表情で謝る門倉。本当にもう最近の俺って悪役ばっか。謝罪をした門倉がそのまま続けて話し始めた。


「うちのバスケ部を作ったのは去年入学した俺の友達なんだ。そいつと二人で一生懸命部員探して、やっとの思いで五人そろえて……。だけどそいつはもういなくなった」


 さっきま満面の笑みを浮かべていた門倉ではなく。真剣に事の成り行きを俺へと伝えてくれる門倉。


「俺はバスケを楽しくやりたかった。でもそいつはもっともっと上に行きたかった。だから結局、そいつはバスケの名門校に転校していったよ。そしたら部員は四人。廃部になるしかない。今年入学してきて早々にキリカにも迷惑を掛けた。」


「それで?」


 門倉の過去なんかどうでもよかった。事の成り行きを知るのは大切だが、もっと大切な事を俺は門倉から聞きたかった。


「それでって、いくらなんでも言い方が酷すぎますよ小枝樹せんぱいっ!!」


 細川が噛み付いてきた。だけど俺はまだちゃんと聞けてない


「細川は黙ってろ。それで門倉はどうしたいんだ」


「……俺は」


 門倉が悩み始めた。だがそんな悠長に門倉の考えがまとまるのを待っていられる程時間もない。だから


「だからさ。今日の試合、負けるのを前提に腹をくくって皆で楽しくバスケがしたいのか、それとも」


 俺は強く門倉を見つめた。そして


「勝ちたいのか」


 俺の言葉を聞いた門倉は強く拳を握り


「……勝ちたいさ。勝って、これからもみんなと楽しくバスケがしたいっ!!」


 そうそうそれそれ。


「それが聞きたかった。」


 俺は門倉の本当の気持ちが聞きたかった。一之瀬が言ってたように本人の気持ちを聞く事も大切な事なのかも知れないな。


「つかさ門倉。俺も二年に上がった早々にバスケ部を助けるっていう傍迷惑はためいわくな事頼まれちゃったんだよ。だからさ、今日だけはお前の力になってやるよ。てか、お前が勝ちたいって言わなかったら俺帰ってたし。」


 俺はそう門倉に言いながら、体育館の中へ一礼し体育館の中へと入っていった。


「……小枝樹。お前っていい奴だなっ!!」


 そんな俺の後ろから肩に腕を回してくる門倉。なんだろう。なんか、こんなんも有りなのかもしれないな。つか俺が嫌味を言った事を理解してくれよ。なんか恥ずかしくなっちゃうだろ。



 そして運命の試合が始まろうとしていた。



「小枝樹くん。ちゃんと練習なり何かして来たの?日にちもそんなに無かったけれど、本当に大丈夫?」


「おいおい一之瀬さん。こんなギリギリになって言わないでくださいよ。つかさっきアップの時にうちのチームの動きと相手チームの動きを『見て』おいたから大丈夫だよ」


 心配になったのか、あれだけ自信だらけだった一之瀬が今になって俺の心配をし始めた。その時だった


「おいおい、何で俺等がこんな無名の高校と練習試合なんかしなきゃならねーんだよ」


 相手チームの奴の声が聞こえた。きっと俺等を挑発するために言っているんだろう。強い人達はこれだから困る。まぁ相手にしなければどうって事は無いのだけれど。


「つかなんか、この練習試合で俺等が勝つとあいつ等廃部になるらしいよ。」


 いったいどこで情報がリークされた。でもその情報がリークされてた所で、俺のやるべき事が変わるわけでもない。


「それでさ、さっきのアップの時あいつらの動き見てたんだけど。俺から見たら本当にバスケやってんの? って感じだった。ガキがボールで遊んでるようにしか見えなかったよ。こんな試合ただの茶番だろ」


 茶番だと……?

 気がついた時には俺の体は動き出していた。


「ちょ、小枝樹くん!?」


 一之瀬の声で俺が何をしようとしているのか気がついたのか門倉が


「おい小枝樹っ!! やめとけ、ただの挑発だ。あいつ等にとって茶番でも、俺等は俺等のやるべき事をすればいいんだ」


 俺の身体を押えながら説得してくる門倉。その言葉で俺の気持ちは幾分か落ち着いた。俺の身体から力が抜けていくのが分かった門倉は俺を抑えていた腕を放す。


「おい門倉。試合が始まったら気合で俺にボールをまわせ」


「おいおいいきなりどうしたんだよ」


「あいつ等ムカつくからさ、俺みたいな凡人素人人間が先制点とってやるんだよ」


 あからさまに無謀な事だと門倉は思っているに違いない。相手は俺等よりも遥かに強い。だけど俺は門倉達を馬鹿にされた事が悔しいんだ。


「おい小枝樹。信じていいんだな」


 真剣な表情。こいつは俺を本当に信じようとしてくれてる。駄目だ、身体が……。だけど


「あぁ信じろ。絶対に先制してやるよ」


 もう一度、俺は出来るかもしれない。もう一度……。


「分かった。必ずお前にボールをまわす」


 ピーッ

 その笛を音を聞き、俺達はコートの中へと入っていった。


「おーい一之瀬。小枝樹はいるか」


「如月先生、どうしてここへ?」


「いや、あいつに見に来いって言われてたからな」

 

 ◆

 

 お互いに試合前の挨拶を済まし、俺等は自分達のポジションへと行く。うちのジャンパーは門倉。相手チームのジャンパーもかなりの身長だが門倉の方が身長では上回っている。頼むぞ門倉。

 ピーッ

 笛の音が鳴り響きボールが宙へと上げられる。そして

 バシンッ

 ボールがコート中心にいるジャンパーに弾かれた。弾いたのは


「ほら小枝樹。先制して来いっ!!」


 門倉だ。


「任せとけよっ!!」


 俺は門倉に弾かれたボールを捕球しダムダムとドリブルをする。俺の手にボールが回ってきたのと同時くらいに相手チームがディフェンスをしに来た。だが


「じゃあ行きますか」


 俺は目の前にいる相手ディフェンスを軽くかわして、相手コート内へ入る、それにディフェンスがかわせれたのが分かり相手選手は更に俺へと追い込みを掛けてきた。だが時は既に遅く、俺は相手バスケットの下にもういた。そして

 シュッ

 ネットの擦れる音が体育館に響き渡った。


「す、すげぇぞ小枝樹っ!!」


「だから言っただろ。俺が先制してやるって」


 俺は門倉に近づいていき

 パシーンッ

 ハイタッチを交わした。だがそんなに喜んでいても試合は始まったばかり、まだまだ気を抜く事はできない。



 試合は順調に進んでいった。第一クォーターは俺が先制したのがチームの士気を上げたのか、かなり攻撃的に試合を進める事ができ、俺等を下に見てきた相手チームは自分達のリズムを取り戻すことが出来ず結果、18対14で終わった。

 自分達よりも格上のチーム相手に点数を取れている状態で終わった事はこちらの士気を更に上げるきっかけになった。だが


 第二クォーター。インターバルを経て自分達の考えや動き、チームの団結力。それら全てを冷静に戻してきた相手チームに俺等は一方的に攻撃をされた。結果、第二クォーターが終わる頃には、28対35と点差を開かせる結果になってしまった。

 第三クォーター。それでも負けられない想いのある門倉の気合の入ったプレーが何度も炸裂し、それを見た俺も他の部員も自分たちの力を底上げていった。

 この時の門倉のプレーは強豪校でも通用するレベルの高い能力を見せていた。それでも今の場所でバスケをしたいと思っている門倉は本当にバスケを楽しんでやりたいのだと再認識させられた。

 そして第四クォーター前のインターバル。


「よしっ!!第三クォーターで少しは巻き返した。もう泣いても笑っても最後だ。というかこんなにも大差の無い試合が出来るとは思わなかった」


 そう言うと門倉は笑って見せた。自分もだいぶ疲れているというのに、自分のチームメイトの事を考えている。だけど俺もいっぱいいっぱいで


「はぁ…はぁ…はぁ…。おい門倉。俺はあと何分、お前の為に頑張ればいいんだ?」


 汗が滴り落ちる。こんなに汗をかいたのはどの位ぶりだろう。つか何で、俺は今こんなにも頑張っているんだ? やべぇ……。少し目が霞んできた……。


「おい、大丈夫か小枝樹っ!!」


 俺は声のした方へと目を向けた。そこに居たのは


「……アン、如月先生。大丈夫ですよ。俺は大丈夫です」


 アン子、気持ちは嬉しいけど最後までやらせてくれ。本当に大丈夫だから。どうせ俺のモノローグが分かるんだろ?お前だって俺がこうなってくれる事を望んだんだろ。だった最後までやらせてくれよ。

 俺は自分の気持ちを目でアン子に訴えた。すると


「分かった。だが私が無理だと判断したら、試合中だろうが強制的にお前を連れ出すからな」


 俺はアン子の言葉を聞き

 パンパンッ

 自分の顔を叩き気合を入れる。そして立ち上がり


「如月先生が途中で介入してきちゃったから聞けなかったけど、門倉俺は後何分お前の為に頑張ればいい?」


 立ち上がった俺は門倉を睨むようにして問う。すると


「……あと十分だ。あと十分だけ俺の味方でいてくれ……。拓真っ!!」


 おいおい、こんなおいしい場所で友情見せちゃいますか?それはズル過ぎますよ、門倉くん。


「はいはい分かったよ。だけどお前の味方で居るのは後十分だけだからな。翔悟」


 何なんですかね。この友情という花が開花する感じ。去年の俺だったら想像もつかなかったな。こんなにも他人に入れ込むなんて……。雪菜とアン子以外有り得ないと思ってたわ。それもこれも全部変えちまったのは……。 

 一之瀬か。

 

 

 そして第四クォーターが始まった。

 ジャンパーは翔悟。疲れが溜まっている今の翔悟じゃきっとボールは取れない。それなら初めからディフェンスにまわる前提で動けばいいだけだ。

 バシンッ

 ジャンプボールが弾かれる。そのボールを弾いたのは、翔悟だった。

 弾かれたボールは俺の手元まで来る。俺はそのボールを捕球した。だけど、俺の体力も殆ど残っていない。すぐさま相手ディフェンスに阻まれてしまった。

 ダムダムッ

 ボールをつき俺は相手の隙を狙っていた。その時だった


「……翔悟っ!!」


 俺は翔悟が走る出しているのを見逃さなかった。ゴールを目掛けて大きく弧を描きながら飛んでいくボールに翔悟は


「任せろっ!!」


 バシーンッ

 そのまま空中にあるボールを掴みダンクを決める。これで42対51。

 俺等のチームも相手チームも一歩もひかない攻防戦になっていた。そして気がつけば残り時間三十秒で68対67。俺等は逆転していた。

 このままのペースでいけば勝てる。だがそんなにこの世の中は甘くは無かった。


「こんな格下相手に負けてたまるかよっ!!」


 相手チームの速攻。俺等の足は疲れのせいで全く動かなかった。何も出来ないまま逆転されて。68対69。試合時間はあと二十秒。

 あと少ししか時間がない。だったらギリギリまで粘って、相手に隙が出来たと同時に攻撃を仕掛ければ、俺等の勝利は決まる。

 ゆっくり、ゆっくり。残りの時間を全て使うんだ。俺ももう限界に近い。これが最後のプレーなんだ。


「あと十秒っ!!」


 細川の声が響き渡る。その言葉で俺等はみんな焦りを感じた。その瞬間だった。


「拓真っ!!」


 翔悟から送られてくるパス。確かに今の状況なら俺にパスを送ってくるのは当然の判断だ。翔悟は何も間違ってない。


「時間が無いっ!! 打て拓真っ!!」


 おいおい。何で最後のシュートが俺なんだよ。こんないい場面でどうして俺に回ってくるのかな。みんなが見てるだからこのシュートは外せない。

 だけど、俺は本当に出来るのか?俺はまた……。


 ドクンッ


 何でこんな大事な時に……。

 俺はみんなの声が聞こえるままシュートを放った。大きく弧を描きながら宙に舞うバスケットボールを、体育館にいる全ての人間が見ていた。そして

 ピーッピーッピーッ

 試合の終わりを告げる笛の音が響きわたった。

 

 

 ◆

 

 

 試合が終わり片付けも終わった。相手チームの選手達は帰っていき、そんな静かな体育館に俺等はいた。

 運動部が試合前のミーティングをするかのように俺等は円状に並んでいる。そして


「えーっと。今日の試合は惜しくも負けてしまったわけで、きっと明日にはバスケ部も廃部になる事だと思います」


 翔悟が部長のように話し始めた。


「廃部の件は後日みんなに伝えたいと思う。それじゃ最後に何か言い残した奴はいないか?」


 静まり返る体育館。誰も話そうとはしなかった。俺も罪悪感だけが心の中を、頭の中をグルグルと巡っていて今は話せる状況じゃなかった。だが


「……のとき」


 一人の女の子が口を開く。


「……あの時の最後のシュートなんで小枝樹せんぱいはわざと外したんですか」


 細川だった。細川は唇を噛み締め拳を強く握り、泣かないように必死に涙を堪えながら俺に訴えかけた。そんな細川に俺は


「……すまなかった。細川……」


 謝ることしか出来なかった。俺には何も出来なかった。ここにいる皆の期待に応える事が出来なかった。もう今すぐにでもここから立ち去りたい。

 俺の謝罪で何も言わなくなる細川。だから俺は


「……じゃあ、俺はもう帰るから。今日は本当にすまなかった」


 その場で深々と頭を下げ、俺はこの場から立ち去ろうとした。歩き出した俺の背中にむかって


「逃げるんですか小枝樹せんぱいっ!! ちゃんと説明してよ!! なんでよ……。なんでよっ!!」


「おい、もうやめとけキリカっ!!」


 怒号を上げる細川。それを止める翔悟。俺は何も聞かないようにして体育館から出ようとした。その時


「なあ拓真。お前はもう俺の味方じゃない。俺の味方の拓真は第四クォーターが終わった瞬間にいなくなった。だけど」


 一瞬の間があく。そして


「……だけど、これからも俺の友達でいてくれるか」


 翔悟の言葉が俺の胸に突き刺さる。だが俺は翔悟への返事をしないまま体育館を出て行った。

 

 

 ◆

 

 

 俺はまた逃げ出した。自分の非力さが、自分の心の弱さが他人に露見してしまって逃げ出した。何も出来ないなんて最初から分かっていた筈だ。なのに何でこんなにも苦しいんだ……。

 俺は今あの教室にいる。心が壊れそうだったから。癒されたいと思ったから。俺は自分の逃げ場に逃げ込んだんだ。


 今頃体育館ではどんな風に俺は言われているんだろうな。だけど、なんで翔悟は最後にあんな優しい言葉を言ってくれたんだ。俺を気に掛けて言ってくれたのか、それとも本当に……。

 ガラガラッ

 俺の大切な場所の扉が開かれる。ここの場所を知っている人間は限られているのを俺は知っている。だが俺の予想は


「……やっぱり一之瀬か」


 伏せていた顔を上げ、俺は扉の前にいる一之瀬に目を向けていた。目が笑っていないのに口元だけは笑っている俺。そんな俺の心境が分かっているのか分かっていないのか、一之瀬は話し始めた。


「小枝樹くん。細川さんが言ったように本当に最後のシュートをわざと外したの? もしそれが真実なら、私は貴方を幻滅するわ」


 こんなにも心が疲弊しているのにも拘らず、一之瀬さんは本当に手厳しい。俺の心をえぐる様な言葉がよくそんなにポンポン出てくるもんだ。

 そんな一之瀬に俺は顔を伏せたまま答える。


「なら幻滅してくれ。これで一之瀬も俺がどんな奴かわかったろ」


 無感情のまま、俺は一之瀬に言う。それが今の俺に言える精一杯の言葉だった。これで一之瀬とも関係が切れる。なんだか、楽になるな……。


「貴方がそう言うなら、幻滅させてもらうわ。でもね、今日の試合中、小枝樹くんは凄くかっこよかったわよ」


 一之瀬の言葉を聞いた俺は伏せていた顔を上げ、一之瀬の顔を見上げた。

 俺が見た一之瀬の表情は微笑んでいて、俺を責める事なんかしないと言わんばかりに優しい表情だった。

 なんで、なんで。俺のせいで試合は負けたのに、こいつはこんなに優しくするんだ。そんな顔されたら、もっと俺が惨めになる。俺のせいで、俺のせいで……。


「誰も小枝樹くんを責めたりはしないわ。だって、貴方はみんなの為に頑張ったもの」


 その一之瀬の言葉で、俺の中の感情が抑えられなくなるのを感じた。


「……なあ一之瀬。俺はさ、細川と翔悟の気持ちを踏みにじったんだ……」


 顔を伏せ、顔を手で覆いながら俺は懺悔を始めた。


「あの試合は絶対に勝たなきゃ駄目だった。細川の思いに、翔悟の気持ちに同情した訳じゃない。だけど、あいつ等本当に楽しくバスケを続けたかっただけなんだ……。なのに、なのに俺は……」


 何も言わず、ただただ俺の話を聞いてくれている一之瀬。そんな一之瀬に俺の感情は歯止めがきかなくなってしまって


「俺のせいであいつ等を傷つけたっ!! 俺は最低な人間だっ!! 一之瀬が言ったように俺は凡人以下だ……。俺には……、誰も幸せには出来ないんだよ……」


 その時だった。

 ガバッ

 俺の身体を優しく一之瀬は抱きしめてくれた。そして


「貴方は何も悪くはないわ。今回の話しを持ち出したのは私だもの。私にも責任はある。だから、そんなに自分を責めないで……?」


 優しくて温かい一之瀬の腕の中。俺は天才少女のこいつが大嫌いなのに、なんでだろう凄く安心する。


「貴方は、小枝樹くんは私が思っていた通りの人よ。自分は何も出来ないとか、自分は凡人とか、いつもスカして自分の事を過小評価して。それでもどんな人にでも優しくて、困っている人にはちゃんと協力して、なのに失敗した時には自分ばかり責める。だけどそんな小枝樹くんが私は好きよ」


「……一之瀬」


 俺は一之瀬の言葉を聞き、もう自分の感情が完全に止められなくなっていくのが分かった。

 そして俺は一之瀬の身体にしがみつき沢山の温かいなにかで頬を濡らしたのだった……。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そんな事件があってから二日後の出来事だった。


「おーい。拓真いるかー?」


 俺の教室へどこかで見たことあるような大男が尋ねてきた。俺は一度教室の扉付近にいる大男と目が合いそして無視した。


「おいおい拓真。目が合ってるのに無視すんなよ」


 無視されたのにも関わらず、なんてまあ爽やかな笑顔なこと。俺は諦めたかのように自分の席から立ち


「なんだよ翔悟。俺は今昼休みという至福の時間を堪能してんだよ」


「まぁそう言わずに少し話でもしないか」


 俺は翔悟の意図を完全に理解しないまま、教室から出て翔悟の後をついていった。



「それで話ってなんだよ」


 それはいきなり核心をつく質問をした。


「いや、まー。その、この間の試合は本当にありがとな」


 やっぱり俺が聞きたくない内容の話か。翔悟の言葉で俺の気分は少しばかり下がる。


「おいおいそんなに落ち込むなって。お前にはいい話を持ってきたんだからさ」


 いい話? もしかしてこいつはそんな爽やかな顔をしながらバスケ部が廃部になった事を話すつもりか!? 俺への当て付けか!?


「それがさ。この間の試合の結果を如月先生が顧問に言ってくれたみたいで、その結果、俺等男子バスケ部は存続する事に決まりましたっ!!」


 翔悟の言葉を聞き、俺は目を見開き今の状況が掴めないでいた。だが翔悟はあっけにとられている俺をよそに


「なんか強豪校相手に接戦を繰り広げたとかなんか如月先生が言ってくれたみたいで、それで顧問が渋々存続してくれるって言ってくれたみたいでさ。あ、でも。二学期の頭までなんだけどな。それまでに部員が見つからなかったらやっぱり廃部だってさ」


 翔悟の話しを聞きながら俺は本当に自分が何も出来ないのだと再認識していた。だってそうだろ、結局アン子がどうにかしてくれたんだから。


「だから本当にあの時、拓真が助っ人に来てくれたことに感謝してる。ありがとう」


「な、何で俺に感謝すんだよ」


 俺は翔悟に今自分が思っている事をぶつける


「だってさ、拓真が試合前に俺に「勝ちたいのか」って確認してくれなかったらきっと俺は諦めてた。拓真がいてくれたから頑張れた。あーこいつにダサい所見せたくないなって思ってな」


 気恥ずかしそうに話す翔悟。俺はその言葉に何も返せず、翔悟が続けて言う。


「だからさ、試合が終わった時も言ったけど。これからも俺の友達でいてくれ」


 そう言いながら翔悟は手を差し出してきた。本当にこのスポーツマン野朗は


「こんな俺で良いんだったら友達でいてやるよ」


 そう言いながら翔悟の手を俺は握った。俺が手を握った瞬間に翔悟が


「よしっ! 拓真とちゃんと友達にもなれたことだし。お前に話したい事がある奴がもう一人いるんだ。」


 俺は翔悟の手を離しその俺に話がしたい奴を待った。


「ほら、キリカ」


 やっぱり細川だったか。翔悟が話したい奴とかいったら細川しかしないよな。つか今回の件で俺に一番話したい奴は細川だもんな。

 だからどんな事を聞かれてもちゃんと答えよう。


「……その、小枝樹せんぱい」


 緊張しているようにモジモジとしながら細川が俺に話し始める。


「……あの。あの時は小枝樹せんぱいを責めて本当にすみませんでした」


 思ってもみなかった細川からの謝罪。俺は虚をつかれ何も言い返せないでいた。


「あの時は気が動転してて、これでバスケ部がなくなっちゃうって思ったら何だか気持ちの逃げ場が無くなって……。小枝樹せんぱいは何も悪くないのに……」


 一所懸命に謝ってくる細川に俺は


「大丈夫だよ。全く気にしてないって言ったら嘘になるけど。細川が翔悟の、みんなの気持ちをちゃんと想っていた証拠だろ。俺は全然怒ってないからもう謝るなよ」


「小枝樹ぜんばい……」


 涙目、というかもうほぼ泣き出してしまっている細川。もう何で俺がここまで気を使わないといけないかな


「おい翔悟。大好きな彼女が泣き始めてるから慰めてやれ」


 言いながら俺は笑って翔悟を見る。


「か、彼女!? おい拓真、俺とキリカはそんな関係じゃ」


「門倉ぜんばーい」


 翔悟がいい終わる前に細川は翔悟に抱きついて泣き出していた。


「おっけーおっけー。君達がバカな感じのカップルって事は良く分かった。だから俺はこれから昼休みという至福の時間を堪能しに教室へ戻る。じゃ、お幸せに」


「お、おい待てよ拓真」


 何だかんだ言って、俺はきっと今の環境を良いと想っている。こんなにも感情的になって、こんなにも俺を想ってくれる奴がいて。心から笑っていられる時間がある。

 それもこれもあの天才少女一之瀬 夏蓮と関わりを持ったからだ。

 だからこそ本当にこれからの高校生活が、俺の封じ込めた気持ちが、もしかしたら変わるんじゃないかって期待してしまっている。

 そんな事を考えながら今日もいつもとは違う時間を過ごす、愚かな凡人な俺。






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