表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第四部 夏休み 交差スル想イ
49/134

17 中偏 (拓真)

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になり、俺等は海で遊ぶのを止め別荘へと戻っていた。


海で遊んだのが本当に楽しかったのか、皆は疲れ果て着替えるやいなやリビングの大きなソファーで項垂れている。


そんな皆を横目で見ながら、俺は目の前に座っている一之瀬に話しかけた。


「なぁ一之瀬、晩飯ってどうするんだ?」


そう、この後にやらなくてはいけない事、それは晩ご飯を作るという事だっ!! 女子の手料理、というか牧下の手料理を俺は食べたいっ!! というか俺の朝飯を毎日作ってくださいっ!!


という妄想はさておき、本当に晩飯をどうするのか決めてない。すると一之瀬はどうして俺がこの質問をしたのかを疑問に思いながら


「どうするって、作って食べるに決まっているじゃない。冷蔵庫には食材が沢山あると思うから、皆で何を作るか相談して晩ご飯を決めましょ」


一之瀬はキッチンにある冷蔵庫を指差した。そして俺は冷蔵庫の中身を確認しにキッチンへと向う。冷蔵庫の目の前にまでやっと気がついたが、どれだけ馬鹿でかい冷蔵庫なんですか。


デカブツの翔悟の身長を軽く超えているように見える。横幅も広く、アメリカンな雰囲気を纏う冷蔵庫だった。


そして俺は冷蔵庫を開く。その中身は


普通の家庭にもある卵や野菜。それと並ぶ見た事もない野菜と超高級そうな肉。飲み物も充実しておりオレンジジュースはもちろんの事、リンゴにブドウ、ミックスに野菜、それに牛乳も完備されていた。


そして冷蔵庫の横には沢山の香辛料。俺の知っているものから知らないものまで多種多様だった。


買い物に行く手間が省けるのは良いが、ここまで食材が多いと何を作って良いのか分からなくなってしまう。


そんな俺は冷蔵庫を一度閉め、リビングにいる皆の所に戻る。そして


「それで、なに作るか決まったか?」


「やっぱりここは定番のカレーが良いなー」


神沢がソファーの上でだらけながら言う。確かにカレーなら嫌いな奴もいないと思うし、大丈夫かもしれない。


だが待て、俺は重大な事を思いだす。


「神沢、カレーは不可能だ。何故ならルーがない」


「香辛料があるでしょ?」


俺の発言に反応したのは一之瀬だった。


「確かに香辛料は沢山あったけど、俺等素人が固形のルーを使わないでカレーを作るのは難しすぎるだろ」


「大丈夫よ。香辛料でカレーなら何度も私が作っているから。というか一般的に使われている固形のルーで作った事がないわ」


俺は一之瀬の言葉を聞いて呆然とした。


やはり天才少女の一之瀬 夏蓮の言うことは凡人とは違う。まぁ確かに財閥の娘が市販で出回っている固形ルーでカレーを作っている姿のほうが想像つかない。


それにしても本当に一之瀬は料理が得意なんだな。つか、天才だからやれば何でも出来るといったところか……。


「ならカレーを一之瀬に任せてもいいか? 後は付け合わせとかを適当に皆で作れば━━」


言いながらみんなを見渡す。そして、あまりにも凄い皆のだらけぶりを垣間見てしまった。それほど遊びに夢中だったのかもしれない。まぁ、楽しくて疲れてしまっているのならしょうがないか。


「はぁ……。晩飯は俺と一之瀬でどうにかするから、お前らは少し休んでろ」


嘆息気味に俺は言う。そして一之瀬も俺の言葉の意図を汲み取ってくれたのか、俺同様に溜息を吐き椅子から立ち上がった。


「ねぇ小枝樹くん。貴方の役回りは損な事が多いのね」


俺の肩を叩きながら呆れてる一之瀬の表情。そのまま俺を置いてキッチンの方まで一之瀬は行ってしまった。


そんな一之瀬の背中を見ながら俺は小さく呟いた。


「損な役回りね……」





 そしてキッチンフェイズ。


カレーを華麗に作っている一之瀬の姿に俺はもう言葉が出ません。ここで補足だが、カレーと華麗をかけているオヤジギャグです。なんか、すみません。


そんな冗談はともかく、本当に一之瀬の手際は完璧だった。


どんなカレーを作るか二人で話しているうちに必ず使うであろうタマネギの下ごしらえを終え、フライパンで炒め始める。火の調節をしながら飴色になるまで炒めたタマネギを一度小皿に入れる。


そして一之瀬は俺に


「それで、カレーと言っても何カレーにするの?」


一之瀬の言葉で一瞬俺は硬直したが、すぐさま意味を汲み取ることが出来た。


確かにカレーにも沢山種類がある。使う肉を変えるだけでも風味が変ってきてしまうものだ。そして何より、俺はよく分からんが使う食材でスパイスの分量とかも違うのかもしれない。


友人同士で来た旅行でどうしてこんなにも本格的なカレーを作らなきゃいけないんですか。


だが俺は知っている。ここに来ている人間の中で一之瀬以外は凡夫であるとっ!!


「そうだな。まぁ王道にビーフカレーで良いんじゃないか? 一之瀬の料理の上手さは俺も知ってるし、高級ホテルとかに出てくるビーフカレーをイメージして作れば良いんじゃないか?」


そう、あえて言おう。王道は素晴らしいとっ!!


一之瀬の料理の腕は確かなものだ。前に弁当を食べさせてもらった時に俺はそれを実感している。だからこそ、余計な事をせずにシンプルなビーフカレーを作ることがベストなんだ。


「はぁ……。小枝樹くん、ホテルのシェフが作っているカレーがどれほど熟成されているのか分かっていないのね。こんな時間のない状況下でそんな難しいカレーを作るのは不可能だわ」


「え、そ、その……。なんかすまん……」


呆れた表情で無知な俺を諭す一之瀬の言葉に対し、俺は反射的に謝ってしまった。


だが、確かに俺の考えが浅はかだったことは認める。あんなに美味しいカレー、まぁ俺は食べたこと無いけど……、それを短時間で作るのは難しい作業だ。というか一之瀬が言っていた通り不可能だ。


そんな簡単な事も分からない俺、反省。


「まぁでも、ビーフカレーを作るという点は良いと思ったわ。変に凝らず、シンプルなカレーはとても美味しいもの」


そう言い笑顔を見せる一之瀬。そんな一之瀬に俺は


「だ、だよなっ!! それで俺は何を手伝えば良いんだ?」


「そうね。料理経験の無い小枝樹くんは付け合せのサラダを作ってちょうだい。メインになるカレーは私が作るから」


「分かりました料理長っ!!」


一之瀬に敬礼をする俺は冷蔵庫からサラダに使えそうな野菜を取り出し始める。


「ちょ、料理長はやめて……///」


恥ずかしがっている一之瀬をよそに、俺は自分の仕事に取り掛かった。





 料理を始めて一時間くらい経った。


俺は一之瀬に言われたとおり野菜を切り冷水にさらして盛り付けをしている。ふと一之瀬の方を見ると、おいしそうに出来上がってきている鍋の中のカレーを混ぜていた。


そして俺はサラダの盛り付けを終え、人数分の小皿とカレーの食器を用意し始めた。


「ねぇ、小枝樹くん」


食器を取り出している俺に話しかける一之瀬。その声音は少しトーンが低く、何か真剣な話でもしないのかと勘ぐってしまっていた。


「なんだよ」


「さっきも言ったけど、どうして小枝樹くんは損な役回りばかり引き受けるの……?」


損な役回り。


確か料理を始める前に一之瀬が俺に言っていた事だ。


食器を人数分出し、綺麗な布で俺は拭き始める。


「別に何も考えてねーよ。つか損な役回りを誰かがしなきゃ何も始まらないだろ。それに、こういう性格じゃなきゃ一之瀬が勝手に持ってきた面倒な依頼を受けたりしない」


俺の言葉を聞いた一之瀬の手が止まる。


「一学期の時、小枝樹くんは私が持ってきた依頼を面倒だと思っていたのね……。確かにそうよね、私は小枝樹くんに迷惑しかかけていなかったのかもしれないわね……」


「面倒だとは確かに思ったけど、それが迷惑だと感じたことはないぞ? それに見てみろよ」


食器を拭く手を止めた俺は一之瀬にリビングのほうを向くように指示した。そんな俺の言うことを聞く天才少女。


そこには


「門倉くんも崎本くんも少しだらけ過ぎだよー。ほら良い匂いもしてきたし、そろそろご飯だよー」


そう言いながら翔悟と崎本の体を揺らす神沢。


「もう少しだけ休ませてくれー」


そんな神沢に答える翔悟。そして崎本は完全に眠ってしまっているみたいだった。そして


「ほらマッキーも雪菜も覚悟しなさい。あたしの超絶テクニックで二人の疲れを吹っ飛ばしてあげるから、ジュルリッ」


よだれを垂らし手をワキャワキャとさせながら牧下と雪菜に詰め寄る佐々路。そんな佐々路に怯えている二人は


「や、や、やめて楓ちゃん……。な、何か嫌な予感がするよ……」


「そ、そうだよね優姫ちゃん……。楓ちゃん怖いからその暴走してる手をお願いだから鎮めて」


リビングではしゃいでいる皆の姿。俺はその姿を一之瀬に見せ、口を開く。


「こんなバカで楽しい連中に出会わせてくれたのは一之瀬なんだ。損な役回りを俺がしてなかったらコイツ等には出会えてなかったって思うよ」


そう言いリビングの皆を見ながら俺は笑った。


もう一度大切な人たちに出会わせてくれたのは一之瀬だ。俺の大嫌いな天才に俺は救われて、俺は今のこの楽しい時間の中を生きている事ができる。


もう二度と訪れることがないと思っていた大切な時間。それを俺に運んできてくれた一之瀬に感謝はするが恨んだりは絶対にしない。昔の事だってもう少しで解決出来そうなんだ。俺が今日皆に全てを話せばまた新しい毎日が始まる。


それが楽しいものなのか苦しいものなのかは俺には予想が出来ない。それでも皆には知ってもらいたい。小枝樹 拓真という凡人の真実を。


「何を言っているの小枝樹くん」


一之瀬の言葉を聞いた俺は一之瀬の方へと顔を向ける。そして


「私だって貴方のおかげで楽しい毎日を送ることが出来ているわ。だからこそ願ってしまう……。このままずっと皆と居たいと……」


俺のあげたブレスレットに願った一之瀬の願い。どうして一之瀬は悲しそうな顔で皆を見ているんだ。


「大丈夫だよ。俺が一之瀬をどこにも行かせやしない。ずっと皆と笑ってるんだ。そして皆と卒業するんだ。何があったって、誰が邪魔しようとしたって、絶対に俺が叶えてやる。だから今は、そんな悲しそうな顔すんなよ。一之瀬は笑ってるほうが可愛いぞ」


これは一之瀬との約束だ。契約なんていう堅苦しく仰々しいものじゃなく、誰もが友人と交わすような簡易的な約束。それがどこまで自分の中で大切なものに変化していくか、たったそれだけで人の気持ちというものは大きく変っていく。


一之瀬 樹に会ったあの日に俺は決心した。絶対に一之瀬を皆から離れさせないと。そして、今でも生きていたらアンタに文句が言いたいよ。


一之瀬 秋……。


そんな風に考えている俺は一之瀬を見る。そして、そこに居たのは


「か、か、可愛いなんて……///」


頬を赤く染め上げ、眉毛を八の字にした一之瀬がどもりながら言った。そんな一之瀬は動揺をしているのか、俺から少し後退りしている。そして


「キャッ!!」


自分の足につまずく。


「あぶねっ!!」


転びそうになる一之瀬の体を間一髪で支えることが出来た。だがそれと同時に俺と一之瀬の距離が近くなる。


「あ、ありがとう……/// もう大丈夫だから放して……」


「お、おう」


俺の腕の中から離れた一之瀬は立ち上がり恥ずかしそうに手串で髪の毛を整え始めた。そして俺は思う。


この気まずい雰囲気をどうにかしなくては


「そ、そう言えば前にもこんな感じで一之瀬が転びそうになった時俺が支えたことがあったよな」


そう確かあれは、一之瀬に家に俺が言っている時で、その時の一之瀬は風呂上りでバスタオルのみの格好で、自分の髪から滴れ落ちた水で転んだ。そして俺が支えた時にの一之瀬は生まれたままの姿で……。


「小枝樹くん。それ以上思い出したら本当に殺すわよ」


この天才目が本気だっ!! これ以上なにかやらかしたら本当に俺の命が三途の河へレッツゴーしそうだ……。


「ま、待て一之瀬っ!! 俺は何も思い出してないっ!! つかあの時は何も俺は見ていないっ!!」


あーもう……。いったい俺は何を言っているんですかねええええええええっ!!


「見ていないって、貴方あの時、少し見えたって白状したじゃないっ!!」


「た、確かに少しは見えてしまった可能性は否めないっ!! でも思い出していやらしい事をしたいとか、そんな事は何も考えてないっ!!」


泥沼ですよっ!! 口を開けば開くほど自分で自分の首を絞めてしまいますよっ!! それはもうゆっくりとかじゃなく光速でっ!!


「わかったわ……。そんなに死にたいのなら、すぐにその願いを叶えてあげる」


目がイっちゃってるよ一之瀬さんっ!! ヤンデレみたいになっちゃってるよっ!! 怖いよ……。虚ろな目をした一之瀬さん怖いよっ!!


「た、助けてくれ一之瀬……。俺は何も悪い事はしていない。俺はただ気まずい雰囲気をどうにかしようとしただけだったんだ……!!」


「命乞いとは、本当に惨めな人ね」


あぁ……。もうダメだ……。何となく未来が予想出来てしまいますよ。このまま俺はデットエンドを迎えるんだ。そしてセーブしたところまで戻ってやり直し。


つか、人生にセーブ機能なんてねえええええええええええええっ!!


俺の心の叫び声など聞こえていない一之瀬の手が振り上げられた。そして俺は覚悟を決めて目を閉じた。


ピタッ


あれ……? 全然痛くないぞ? つか、なんか優しく頬を触られているぞ……? どゆこと?


「あまり無理はしなくて良いわ。私の事を思っての事だって理解しているから。体調が優れないのだったらちゃんと言いなさい」


俺が体調悪いって見抜いてた?


転びそうになった一之瀬を支えた時動揺に顔が近くにある。そんな一之瀬は微笑んでいて、その微笑の中に隠している心配だという気持ち。だが、俺の事を心配してくれているのは嬉しいが、少し恥ずかしい……///


近くで見る一之瀬はやっぱり可愛い。


「だ、大丈夫だから///」


「何をそんなに照れているいるの? まぁ今さっきの仕返しなんだけどね」


微笑みながら俺から離れる一之瀬。そして俺は思う。


この天才、いつか絶対にギャフンと言わせてやる。まぁビビリな俺は直接一之瀬さんに言えないんですけどね。


「仕返しなら仕返しって最初に言えよ……。普通にドキドキしちまったじゃねーか」


本当にドキドキしてしまった。綺麗な一之瀬の顔がほぼゼロ距離ですよ? 何度かそういう状況になった事があるが毎回ドキドキしているような気がするよ。本当に女子に免疫がない男子は大変ですな。


「ほ、ほら。カレーも出来上がったし、盛り付けして持っていくわよっ!」


俺の言葉を聞いた一之瀬はそっぽを向いて言う。確かにもうカレーは出来上がっているしお腹を空かせた子供達が待っている。


そんな一之瀬の命令を聞き、俺は最後の準備をし始めた。





 

 そして晩飯終了。


一之瀬の作ったカレーは絶品で、一口食べた瞬間に皆が歓喜の雄たけびを上げていた。


市販の固形ルーを使わず、スパイスだけで作ったカレーは普通に上手かった。皆が絶賛している中、何故だか俺は自慢がしたくなって自分で作ったようなアピールをしていたが、そこは佐々路に『小枝樹じゃなくて夏蓮が作ったんでしょ』と一蹴されてしまう。


翔悟なんて何杯食べたか分からないくらい食べていた。かなり多めに炊いた白米を空っぽにしてしまうほどの勢いだった。


そして今は食後のデザートのアイスを皆で食べている。


本当に幸せそうなみんなの表情を見て俺は自分の成すべき事を思い出す。自分の過去を打ち明けるという事だ。そして俺は皆とちゃんとした友達になる。それが今の俺の願いで、やらなくてはいけない事。


だけど、考えれば考えるほど不安だけが自分の頭の中を巡る。


本当に皆は俺を受け入れてくれるのか、このまま何も言わないほうがぬるま湯に浸かっているみたいに心地が良いものなんじゃないのか。そんな邪念が俺の判断を鈍くさせている。


アイスを食べながらおこなわれている雑談。いつものB棟三階右端の今は誰も使っていない教室で話しているときみたいに本当に他愛もない話。


楽しいこの雰囲気を今から俺は壊してしまう。つか、旅行の一日目に話していい内容なのか。しくじればこの旅行の全てを俺が壊してしまう結果になる。


だけど、俺はこの旅行を本当に楽しいものにした。だからこそ、俺は勇気を振り絞って話し始める。


「なぁ、ちょっと皆に話したい事があるんだ」


不意に出た俺の言葉に皆の頭の上には疑問符が湧いている。だが、俺の表情が真剣だったせいかすぐさま皆俺の話しを聞く体勢に入った。


「その、なんだ。今から話す事は別に楽しい話とかじゃなくて、本当に皆のテンションを下げかねない話になる」


俺は前置きをし、そして


「俺はずっと皆に言ってなかった事がある。本当はずっと前から言いたかったんだ……。でも怖かった……」


今でも怖い。自分の手が体が震えているのが分かる。


「怖かったって何がだよ……?」


少し強めに聞いてくる翔悟。俺はそんな翔悟の方を見ながら


「今から話すのは俺の真実だ。その真実を知って傷つく奴が出るのが俺は怖いんだ……」


そう翔悟だって例外ではない。俺の真実を知れば、きっと翔悟は激怒するし、そして傷つく……。他の皆だってそうかもしてない。俺の身勝手で取り返しのつかないことをしたんだ……。


そんな俺の言葉を聞いた雪菜は全てを知っているからとても不安そうな顔をしている。そして佐々路も雪菜同様、俺の真実を知っている。それでも知らないフリを続けている佐々路に俺は感謝したいと思った。


他の皆も、動揺を隠せないでいて。今までの楽しい雰囲気が一変しとても重々しい場所になっていた。


そんな中、一之瀬の表情は皆とは違い辛そうな表情をしていて今の俺にはその表情の意味が分からなかった。


「とりあえず話してみろよ」


翔悟が俺にタイミングを作ってくれて、俺は話し出す。


「まず最初に言わせてもらう。俺は孤児なんだ」


俺の一言で場の雰囲気が更に緊迫した雰囲気に変った。誰も口を開かず、ただただ驚きを隠せなくなっていた。そんな皆を見ながら俺は話を続けた。


「俺は小枝樹家の養子になった。本当に嬉しかったし幸せだった。そんな幸せな時間は長く続かなくて、俺は家族に『いらない子』って言われたんだ……」


「いらない子って……。そんなの酷すぎるだろっ!!」


立ち上がり大声を出す崎本。


「最後まで話を聞いてくれっ!!」


そんな崎本よりも大きな声を上げた俺。その瞬間に場は静寂に包まれ、崎本も納得しない表情のまま席に座った。


「そこから俺の精神病が始まった。知ってる奴は知ってるかもしれないけど、それが今の俺にある発作だ。俺は誰かに期待されたり、誰かがあの時の俺と同じよなう事になると昔の情景がフラッシュバックして発作が起こる。すげー苦しい、たまに意識まで飛ぶことがある」


俺は自分の胸を掴みながら眉間に皺を寄せあの苦しさを思い出していた。


「なら前に廊下で小枝樹くんと口論した時の持病って……」


「そうだよ神沢、発作が起こったんだ」


神沢の目を見ながら苦笑いをし俺は言う。そんな神沢の表情はいつものようなヘラヘラとした顔ではなく、あの時の事を思い出し後悔しているような表情だった。


「でもさ、それは全部俺が弱いからで俺が大切な人を裏切ったから……。どうしても俺は自分を好きになれない……。そんな弱さのせいで俺は牧下の件の時に倒れた」


牧下 優姫が友達になりたいと言って来た時の話。最後に俺は発作を起こし倒れてしまった。


「あの時、皆は一之瀬から過労だって聞かされたと思う。でも本当は発作だった。何度か医者には見てもらってるけど診断結果は全部心労。トラウマが原因で何かを引き金に発作が起こる。医者には何度も精神科を薦められたけど、どうしても俺は行きたくなかった……」


その時


ガタンッ


椅子が大きく動いた音がした。その人物は


「あ、あの時、さ、小枝樹くんが倒れたのって、わ、私のせいだったの……?」


牧下 優姫だった。


牧下は立ち上がりテーブルに両手をつく。その手と体は震えていて、牧下の瞳には薄っすらと涙が滲んでいた。


「あ、あの時、わ、私が自分の事を『いらない』って言ったから……。わ、私が、さ、小枝樹くんを、く、苦しめた……」


「それは違う牧下っ!! 確かにあの時の発作は牧下が言った言葉が引き金になった。でも、それは俺の弱さのせいで、牧下は何も悪くないっ!!」


「で、でも、小枝樹くんを苦しめたことには、か、変らない……。た、大切な友達なのに……、わ、私は傷つけた……」


俯きポロポロと涙を零す牧下。その涙がテーブルの上へと落ちる。そんな牧下を慰める為か隣で佐々路が『大丈夫だから』と言いながら抱き寄せる。そんな牧下に俺は


「嫌だったんだっ!! 牧下はいらなくないのにっ!! 牧下がそんな風に考えて苦しんでるのが俺は嫌だったんだっ!!」


子供のようなことしか言えない俺。自分で自分が幼すぎると分かってしまうほど幼稚な事しか言えなかった。


「で、でもっ!! それでも小枝樹くんは私のせいで苦しい思いをしたんでしょっ!? だ、だ、だったら全部、わ、私のせいじゃないっ!!」


「いい加減にしなよ牧下さんっ!!!!」


感情的になる牧下の事を静止したのは神沢 司だった。そんな神沢はいつも牧下や俺等に向けているような笑顔ではなく、牧下を睨みながら言う。


「牧下さん。今の君が言っている事は小枝樹くんの気持ちを無下にする事だよ。どうして小枝樹くんが牧下さんのせいにしないか分からないの!? きっと倒れた時の原因が僕であっても小枝樹くんは同じ事を言っていると思うよ。それだけ小枝樹くんは僕たちのことを本当に大切に思ってくれていて、僕たちを友達だと思ってくれているんだよ!?」


……神沢。


「ならどうして小枝樹くんが今になって隠していた事を僕たちに言うのかわかる? それだけ小枝樹くんは苦しい思いをしてきた、もしかしたら今僕たちに自分の話をしているだけで震えているかもしれない。そんな小枝樹くんの決意を牧下さんは踏み躙ろうとしてるんだよ!?」


こんなに怒っている神沢を俺は始めてみた。そして神沢の言葉が嬉しいと思う反面、全てを話しきれてないせいか辛いと思ってしまう自分が居た。


そんな神沢に牧下は


「で、でも……。小枝樹くんを苦しめた事実は何も変らないっ!! か、神沢くんは、く、苦しい想いをしたことないからそんなこと言えるんだっ!!!!」


激怒する牧下。そんな牧下の言葉を聞いた神沢は今までの上がりきってしまったボルテージが下がったのか椅子に腰をかける。そして


「苦しい想いか……。確かに僕は小枝樹くんや牧下さんが感じてきたような事はないのかもしれない……。でも僕は自分がイケメンで生まれてしまったことを何度も後悔したよ」


眉間に皺を寄せた神沢はとても苦しそうな表情をしていた。


「僕はね。小さい頃から顔が良いだけで色々な人にチヤホヤされてた。最初は無知だったからそれでも良いと思ってたよ……? でもね、知識がついてきて僕は思ったよ。誰も僕の素顔を見てはくれていないって」


誰もが神沢の話を静かに聞いていた。


「分かってたよ。皆が僕に求めているのは顔だけだって……。でも、小枝樹くんや一之瀬さんは違ったっ! 僕の事を等身大で見てくれて、小枝樹くんなんて『イケメンうざい』とか言ってきて……。その時思ったよ。僕は皆と出会えてよかったって。きっと誰にだって苦しい思いはある。だからこそ僕は友達の苦しみを共に分かち合いたいんだ」


言い終わった神沢の瞳はとても強く。チャラチャラしているいつものイケメン王子はどこにも居なかった。そして静まり返る室内。牧下の鼻を啜る音だけが小さく聞こえた。


そんな空気が俺は嫌だった。だって、俺のせいでこんな事になってしまった。俺が何も言わなければいつもの楽しい雰囲気のまま皆笑っていたんだ。


なのに俺の身勝手な行動で、牧下は泣いてしまって、神沢は言わなくてもよかった自分の思いまで吐露した。


俺のせいで、また誰かが傷つく……。


「結局さ、誰も一人じゃ生きてけねーんだよ。だから俺等こうして一緒に笑って喧嘩して、それでもずっと一緒にいられるって信じてるんじゃねーのか?」


静かな雰囲気の中、翔悟が話し出す。


「きっと人ってさ、自分の苦しみを一番上にしちゃうんだよな。誰よりも自分は傷ついてる。そんな風に思ってもっと自分を追い込む。なのにもかかわらず、自分よりも不幸な人間を探しては哀れみ、自尊心を保とうとするんだ。おかしいよな、苦しいに上も下もないのにな……」


苦しいに上も下もない。翔悟の言っている事に納得は出来る。それでも俺は自分の事なんかよりも誰かの事を考えていた……。なんか今の俺、矛盾してるな……。


「だから神沢の気持ちも知ることが出来たし、牧下があんなに大きな声を出せるという新発見も出来た。これで後は神沢と牧下が仲直りすれば解決だ」


そう言い翔悟は爽やかに微笑んだ。翔悟のその笑顔はここにいる皆の心を救う事が出来て、何も出来ない俺はただただ少しずつ和やかになっていく空気を重たいと感じてしまっている。


「それにさ、俺等ってもうとっくに友達なんだぜ? つか喧嘩が出来るのが何よりも証拠になる。信じれない人間と喧嘩なんてしないだろ?」


「そうね。私達はもう、信じあっているのよね」


翔悟の言葉に一之瀬が反応する。二人の言葉で更にこの場の雰囲気が和やかになった。俺を除いて……。


結局俺は何も話せない。確かに皆を俺は信じてる。だけど、俺の真実は誰かを傷つける。皆そうなんだ……。俺はきっと皆を傷つけることしか出来ないで、そしてこんな楽しいく居心地の良い関係も


壊してしまうんだ……。


何も言えない事が怖いんじゃない。俺はもう独りになりたくないんだ……。本当にただのわがまま。何が皆を幸せにしたいだ。俺は自分の不安をなくしたいだけじゃないか……。


なにも変らない……。このままずっと、俺は逃げ続けるだけなんだ……。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ