16 後編 (楓)
海に行く計画の話も済み、皆はそそくさと学校から帰っていった。そんな中、あたしは一人B棟三階右端の教室に残っている。
そしてあたしはこの教室の窓から外の景色を見るのである。どうして分からないけど、この教室から見る景色はとてもあたしの心を和ませてくれるのだ。
そして思い出す『泣いてる佐々路を、俺は放っておけなかったんだよ』あたしの事を本気で考えてくれた人の言葉。その言葉であたしの心は救われた。
本当の自分でいて良いんだって思えた。そんな彼の事を考えながら見ている景色はとても
すさんでいた……。
きっとあたしにはこの景色を綺麗に見ることは出来ない。綺麗とか美しいとかって、その人の心が現しているものだから……。
他人を騙すことをよしとしているあたしの心じゃ絶対に見ることの出来ない景色なんだ……。
なんの変哲もないこの景色、小枝樹にはどんな風に見えてるんだろう。青く輝く夏の空ですら、あたしには綺麗に見えなくて、鬱陶しいとさえ思えてしまう。
窓際で頬杖をつきながら、あたしはそんなくだらない事を考えていた。
あたしの気持ちを小枝樹に伝えるのことはいけないことだ。だって、あたしは魔女で最低な女で、小枝樹に思いを伝える資格なんてない。
沢山の人を騙してきた、沢山の人の気持ちを裏切ってきた……。そんなあたしが、自分の気持ちを伝えることなんて出来ない。
大好きな小枝樹には伝えられない……。
眉間に力が入り俯く。涙こそ流さないが本当に悲しい気持ちになっていた。そんな自分を卑下するように
「どうして悲しいなんて感じてるんだろう……」
あたしにはそんな風に感じる資格はない。それに、これから楽しい時間が待ってるんだ。
みんなと行く海への旅行。あたしの中では特別なイベント。だって、こんなにも心を許せる友達なんていなかったから……。嬉しいって思ったって悪い事じゃない。
それに、もう二度とない高校二年の夏休みだから……。ずっと続くなんて有りえないから……。
体育祭前の雨の日小枝樹は言った。『俺等はずっと仲良くいられるよ』その言葉にあたしは内心無理だと思っていた。
人の心は簡単に移ろいでしまう。あたしはそれを知ってる。どんなに優しい言葉をかけてくれたって、どんなに笑顔でいてくれたって、最後にはみんないなくなってしまう。それが、あたしの知っている真実。
自分が嘘をついている事が悪い事だとわかっていた。それでも、誰かを傷つけるくらいなら真実なんていわなくても言い。だからあたしは嘘をつき続けてた。
なのに、そんなあたしは案の定嘘つきのレッテルを貼られ、挙句の果てには魔女とまで呼ばれるようになった。
最初は何がいけないのか全く分からなかった。でも、親はあたしが嘘をついていた事に対して怒った。子供だったあたしは泣いた。そして、なにもかもが分からなくなった。
真実を言えば傷つくのに、人は真実を知りたがる。無能で愚鈍で自分達が愚かな事すら棚に上げる。いっそのこと、この世界の全てが嘘になればいいんだ……。
全ての人間が偽善を振りまき、作り笑いをする。そしてマイナスな感情を表に出すことを禁じれば、誰もが偽りの創られた世界の中で笑って暮らしていける。これこそ楽園だ……。
こんな事を考えているあたしのきっと狂ってる人間なんだ。だからあたしは魔女になったんだ……。
『佐々路は魔女なんかじゃねぇよ!!』
小枝樹が言ってくれた言葉が今のあたしを苦しめる。優しくされて嬉しかったのに、今はこんなにも苦しい……。
窓際に立っていたあたしは、その場で座り込み、唇を噛み締め涙を堪えていた。
そして自分で思う。これがあたしの弱さだって……。
誰も信じたくない。信じればまた裏切られるから。信じなければ裏切られないし、あたしはいつだって強くいられる。
でもどうして小枝樹はこんなあたしに優しくするの……? あたしは誰も信じないで、自分が楽に生きられるように他人を利用すればいいだけなんだ。そうすれば、あたしはこれ以上苦しくならない……!!
ガラガラッ
突然開くB棟三階右端んぼ教室の扉。あたしは窓際で座り込みながらドアの方へと目を向けた。
「か、楓ちゃん。ま、まだいたんだ」
「……マッキー?」
教室に戻ってきたのは牧下 優姫だった。
とても小さい体躯をしている内気な女の子。誰かと話すときはいつも吃っていて、ウジウジしている雰囲気を出す女の子。はっきり言って
あたしの嫌いなタイプの女だ。
見た目の小ささ、可憐さ、そんな雰囲気は誰もが守りたいと思ってしまうような感じのもので、あたしと違って自分を偽らない。そんな女が牧下 優姫。
きっと世の男子はこういう儚い薄幸の美少女を求めているんだろ? マッキーはあたしから見ても普通に可愛い。どうして大きな黒縁のメガネをしているのか疑問に思ってしまう。コンタクトにすればいいのに。
そんなマッキーは教室内に入ってきて言うのであった。
「な、なにかあったの……? か、楓ちゃん」
「別に何もないよ。ただ少し考え事してただけ」
ポニーテールにしている黒く透き通るような髪の毛を揺らしながら、マッキーはあたしの心配をしてきた。そんなマッキーにあたしは素っ気無い態度で応答する。
だが、あたしの態度が気にならなかったのかマッキーは
「な、なにもないなら、よ、良かった」
笑顔であたしに言った。
そんなマッキーの態度もあたしは嫌で、それが嘘だと思うと心から嫌悪を抱いてしまう。そして自分を棚に上げて思う。この女も偽善者だ。
こんな卑しい考えを抱きながらもあたしは笑顔でマッキーに言う。
「それで、何でマッキーは戻ってきたの?」
「あ、そ、そうだ。わ、私、わ、忘れ物したんだった」
そう言うとマッキーは椅子の上に置いてあった忘れ物を手に取った。そんなマッキーを見ていてあたしは思う。
早く帰ってくれないかな。
早く一人になりたかった。そして自分の中に芽生えている気持ちと現実を天秤にかけて、どちらも選べない事を知り、自己嫌悪に浸りたい。本当にあたしは、誰もいなければ心がとても冷たい女なんだ。
誰からも愛されない。誰からも必要とされない。孤独で惨めな女……。そんな自分が大嫌い……。
「か、楓ちゃんは、ま、まだ帰らないの?」
自分のやるべき事を終えたマッキーは、教室の扉から身体を半分だし、あたしの方を振り向いて言った。その声音には誰かを疑う事をしない純粋な透き通るような声音で、そんなマッキーを見てあたしは更に自分が嫌いになるのを感じた。
それでも自分の心を見せず、あたしはマッキーの知ってる佐々路 楓になる。
「んーどうしよう。帰っても暇だし、でもここにいても暇なんだよねー。マッキーは帰るの?」
「わ、私は帰るよ。き、今日は帰って、べ、勉強しなきゃいけないから」
「そっか。ならあたしはもう少し残るよ」
「わ、分かった。じゃ、じゃぁまたね。か、楓ちゃん」
笑顔であたしに手を振るマッキーは、教室内から出て行った。そしてあたしは再び一人になる。
あたしは一つ溜息を吐き、もう一度窓の外を眺めた。
さっきまえ見ていた景色と違う所を上げるのであれば、雲の位置が違う程度。ずっと眺めていなければ何が変化したかも分からない曖昧な景色。
それが今のあたしの瞳一杯に映っていて、そのゆっくりと移ろいでいく景色をあたしは一人眺める。
これが俗に言う黄昏だと思った。そんな風に思ったら少しおかしくなってしまう。このあたしが黄昏るなんて、本当に今の自分がどうにかしてしまっているだと再認識する。そしてあたしは呟く
「どうせずっと、あたしは報われないんだ……」
「か、楓ちゃんっ!!」
独り言を呟いた瞬間に廊下のほうから大声であたしの名前を呼ぶ女の子がいた。
「マッキーどうしたの!?」
さきほどまで一緒にいたマッキーが息を切らしながら、壁に手をついている。
「や、やっぱり。い、一緒に、か、帰ろう」
小さく儚い女の子は息を切らしながらも精一杯の笑顔であたしに言った。それがどうしてなのか、あたしには全然理解できなくて、でも
「はははははははっ!! マッキーって面白いっ!! 分かったよ、一緒に帰ろっか」
今はマッキーの笑顔に救われた気がしていた。
帰り道。
あたしとマッキーは他愛もない話をしていた。その話の内容は本当にどうでもいいもので、ごくごく普通の会話だった。
なのに、今のあたしはマッキーとこうしている時間が楽しいと思っている。一人で考えごとをしている時はあんなにも卑屈だったのに、何故だか自然と笑顔になれる自分がいた。
だがそんな楽しい時間というもは一瞬で過ぎ去ってしまうもので
「じゃ、じゃあ、わ、私はこっちだから」
学校の最寄駅。あたしとマッキーは帰る為の電車が違う。だからここでバイバイ。
少し寂しさを覚えながらも、あたしは
「うん。じゃ、今度は海でね」
そう言い手を振った。するとマッキーも笑顔で頷いて手を振る。そして互いに自分達の帰る方向へと歩き始める。
でも、あたしは本当にこれでいいのか。きっとマッキーはあたしの事を心配して戻ってきてくれたんだ。自意識過剰かも知れないけど、きっとマッキーならそういう風に考える。
まだちゃんとマッキーのこと知らないけど、本当に優しい子なんだって事だけはわかる。だからあたしも素直にならなきゃ。
なんだろう。小枝樹と仲良くなったからかな……。どうしても皆を信じたいって思っちゃう……。こんなあたしでも皆ならもしかしたら受け入れてくれるかもって期待しちゃってる……。だから
「マッキーッ!」
あたしの声に反応したマッキーが不思議そうに振り返る。そんなマッキーにあたしが伝えたいこと。
「ありがとう」
その言葉を聞いたマッキーは瞳を大きく開き、驚きを露わにしている。でもそんな表情は一瞬で
「うんっ!!」
言葉にすればちゃんと思いは伝わる。本当に牧下 優姫という小さな女の子は凄い子だよ。そんな小さな女の子に救われるあたしって本当に弱い人間だな……。
満面の笑みで頷くマッキーは本当にあたしの事を友達だと思ってくれているんだな。なのにあたしは本当に最低な人間だ……。どうして疑ってばかりなんだろう……。これからはもっと素直に生きたいな……。
マッキーと別れたあたしは電車に乗り、自分の家の最寄り駅で降りる。普段と変らない普通のこと。
だけど今日は少し違う気分で家に帰れるような気がしていた。
駅から離れ家の方角へと歩いていく。夕方手前のこの時間はまだ明るくて日も傾いてはいない。そしてあたしは思う。
帰ってからちゃんと宿題しなきゃ……。マッキーも勉強するって言ってたし、あたしも海を楽しみたいからちゃんと宿題しよう。ちゃんと思い出を作りたいから……。その時だった
「あの、すみません」
急にあたしに話しかけてくる見知らぬ初老の男。白髪をオールバックにセットしていて、身なりは小説に出てきそうな執事服を着ていた。優しそうに微笑む初老の男の笑みはどこか怪しさを纏わせてた。
「あの、どなたですか……?」
「申し訳ありません。自己紹介をしておりませんでしたね。私は一之瀬財閥で使用人をしている後藤と申します」
一之瀬財閥……? 夏蓮の家の人があたしになにか用があるっていうの……?
丁寧にお辞儀をしながら自己紹介をする後藤という初老の男。どうしてこの人があたしに会いに来たか分からないけどあたしにはきっと関係のない事だ。
「あの……。後藤さんがどうしてあたしに声をかけたか分かりませんが、あたし帰って宿題しなきゃいけないので失礼します」
何だか関わりを持たないほうがいいような気がした。どうしてもこの後藤という男と話をしちゃいけないとあたしの直感が言ったような気がした。
「佐々路 楓様」
不意にあたしの名前を呼ぶ後藤。そして一つの疑問が頭の中を過ぎる。どうしてこの男はあたしの名前を知っているのか。少しの恐怖を感じながらあたしは後藤の方へと振り返った。
「そんなに怖がらないで下さい。私が佐々路様の名前を知っているのは当然で御座います。佐々路様は夏蓮お嬢様の御学友。そんな夏蓮お嬢様の御学友の名前を知っているのは当然の事で御座います」
振り返り恐怖を感じているあたしに、後藤は丁寧に説明する。そしてあたしの顔を真っ直ぐに見ながら話を続けた。
「今日、佐々路様にお会いしに来たのには理由があります。どうしても佐々路様にお聞きしたいことがありまして」
「……あたしに聞きたいこと?」
「然様で御座います。以前、小枝樹様には別の質問をさせて頂いたのですが、私の思うような答えではありませんでした」
小枝樹の所にもこの人はいっている……? 確かに小枝樹は夏蓮と関わりを持ってるけど……。もしかして、小枝樹が皆に言えてない真実と何か関係があるってこと……?
「ねぇ、アンタは小枝樹の事をどこまで知ってるの」
どうしてこんな質問をしてしまったのか、今のあたしには理解が出来ないでいる。そして驚くことに、今まで後藤に抱いていた恐怖がなくなっている事に気がついた。
「小枝樹様の事ですか? そうですね、夏蓮お嬢様が知らない事まで全て知っていますよ」
ニコリと微笑む後藤。その笑顔を見てあたしは確信した。この人はあたしの過去も全て知っている。
ここまで分かれば普段のあたしじゃなくて、本当のあたしで接して良いのだと理解できた。
「そう。それで、あたしに聞きたい事ってなに?」
表情から感情が抜け落ちて、あたしは何の感情も抱かない魔女へと戻っている。そんなあたしを見て後藤は口を開く。
「これはこれは、その何も感じていない表情。それが佐々路様の本性で御座いますか。この後藤、長年生きてきましたが一般人の高校生でそのような表情になれる方を初めて拝見しました」
あたしの事を挑発したいのか、それとも言葉通りの意味なのか、その真意を知っているのは後藤だけだった。
「さて、佐々路様が本来の御自身に戻られた所で話を始めたいと思います」
にこやかに笑っていた後藤の表情が少しだけ真剣さを帯びた。
「ではまず佐々路様、貴女はただの嘘つきです」
微笑に少しだけ真剣さを帯びたのは一瞬で、その言葉を言い終えた時の後藤の表情はあたしを睨みような無表情だった。
その表情を見た瞬間、あたしは金縛りにあったような感覚に陥る。そして思う、これが本当の恐怖なのだと。
「佐々路様の過去は全て把握しております。貴女がどうして嘘をついているのか、貴女が他人をどう思っているのか。ですが、貴女の過去には何も面白みがなかった」
あたしの回りを歩きながら話す後藤。そしてあたしの心を怒りへと変える言葉、何も面白みがなかった。
あたしにとってはとても苦痛な時期だった。誰もあたしを信じてくれない、誰もあたしの本質に真意に気がついてくれない……。魔女とまえ呼ばれて、どれだけ惨めな時間を過ごしてきたと思っているの……!!
でも、今はそんな怒りの感情を抑え後藤の話を聞く。
「佐々路様が感じていた疎外感や孤独感は誰しもが感じて、誰もがそれに耐え順応しています。そして皆、大人になって気がついていくのです。苦しみたくないなら、諦めることが重大だと」
動かしていた足を止め空を見上げる後藤。そんな後藤を見ながら、あたしは口を開いた。
「アンタが思っている事や考えている事は本当なのかもしれない。あたしはきっと自分で自分の苦しみを肥大化させて、他人のせいにして生きてきたんだって思う。それでも、嘘をつくことがいけないことだとは思わない」
そう、嘘をつくことはいけないことじゃないんだ……。
「長く生きてるアンタならわかるでしょ!? 世の中嘘ばっかっ!! 自分以外の他人が全員嘘をついているなんて子供見ないな妄想はしない。それでも、ほとんど無意識に人は嘘をつく……。無意識の嘘が許されて故意的に言った嘘が許されないのはおかしいっ!!」
自分で言ってて思う。どうしてあたしは初めて会ったこの人に少し感情的になっているのだろう。それでも、今の自分を止める術をあたしは知らない。
「それだけじゃない……。無意識についてしまった嘘だって、それが嘘だと分かれば人は怒りを感じる。でも故意的についた嘘でも分からなければそれは真実になる……。ならバレないように嘘をつけばいい。でもね、それが出来るのは本当に誰もいらないと思っている人だけ……」
言ってあたしは項垂れる。自分が言っている事を理解してしまったから。今のあたしは嘘と真実の狭間で苦しんでいる。どうしていいかわからない……。こんなあたしはいずれ皆に恨まれる……。それが怖いから本当の事を話せない……。
だって。あたし本当は嘘つきでした。皆の事をずっと騙してきました。
こんな事を言う人間のことを誰が友達だと思ってくれる。
いや違う。あたしが切り離せばいい。あたしはずっと独りで、誰も信じなくて、誰にも頼らなくて……。
「貴女の言い分は分かりました。ならどうして貴女は迷っておられるのですか?」
迷ってる。その言葉を聞いて何も言い返せないあたし。それは分かっていたことから逃げていたあたしへの罰なのだと思えた。
「……迷ってるからなに? あたしは迷っちゃいけないのっ!? あたしだって普通の人間だよ、普通の高校生だよっ!! 他人の苦しみなんか理解出来ない、自分の苦しみが一番大きくて、他人の苦しみなんか小さいって思える何も知らない子供なんだよっ!! そうやって、知ってるのに教えない大人が子供の苦しみを肥大化させてるんだ……」
自分の気持ちを無意識に吐露してしまっていた。そしてその場で膝を折り崩れる。
「また嘘をつきましたね」
崩れ落ちたあたしを見下しながら言う後藤。その後藤が言ったことに、あたしは疑問を覚えた。だって、あたしは嘘なんかついてない。あたしは自分の気持ちを言った。なのに、どうして……。
「貴方は自らを子供と仰りました。ですが、貴女と同じ年頃の人達は自らを大人と言います。成長の段階で尤も大人と子供の境目にある十代後半。その成長の過程で殆どの人間がその時点で自分が大人だと思うのです。それは、競争社会において自分という存在を上に見せたいという欲求が働くからだと私は思います」
冷静に淡々と後藤は話をする。そんな後藤の表情は、あたしから見ても色々な経験をしている大人の表情に見えた。
「その他にも、身体の成長と知識の蓄え、性的思考と物事を考える為の基礎知識。それらの情報を知ることにより、自分が大人になったのだと錯覚してしまう。だがそれは夢に過ぎません。それでも貴女は自分を子供だと称した。そんな貴女に私から言いたい事は……」
あたしを見下していた後藤の表情が優しくなった。そして
「もっと子供でいていいんです」
もっと子供でもいい。その言葉であたしの中の何かが少し変ったような気がした。
でも、子供になりたいとかそういうんじゃなくて、あたしは皆が笑っていればそれでよかったんだ……。
誰も傷付けたくないから嘘をついた。あたしが悪者になって皆が笑ってくれるならって思った……。それがあたしの嘘の始まりで、今のあたしを作り上げた切っ掛け。
この男がいっていることには何も間違いはなくて、悔しいくらいあたしのことを知っている。でも、それでもあたしは最後に自分に嘘をつく。
「なに言ってんの……? 良い事言ってるように見えるけど、アンタは何も良い事なんて言ってない。あたしが自分を子供だと思うのは、自分を分析した結果だよ。それに、あたしはアンタが思うような人間でもない……」
唇を噛み締めながあたしは話す。
「あたしは何もかもが不平等だと思う。でも、それが間違ってるって本気では言えない……。不平等があるからこそ平等があって、何かが存在するには相反するものが絶対に必要になる……。だから、アンタに言われてやっと気持ちの整理がついたよ」
あたしは空を仰いだ。真っ黒で何も見えない夜空。月ですらあたしの見方になってくれないらしくて、その姿をどこかに隠していた。
だけど、それでもいい。誰もあたしの味方にならなくてもいい。あたしの気持ちは決まったから……。
「あたしは誰かの為に傷つく。それが本当のあたしの願いなんだ」
跪き嘆くあたしの言葉を静かに聞いていた後藤。そんな後藤は静かに話し出す。
「佐々路様の意思、確かに聞き受けました。なのでこれから話す事は、私の妄想、あるいは幻想と思ってください」
後藤の声色は低く、とても深い雰囲気を纏っている。
「貴女の願いは決して叶いません。貴女の内に秘めた思いが貴女の願いを妨げる。そして貴方は自分が幸せになるために他者を傷付ける事になる。それで貴方は後悔する。どうして自分はこんな事をしてしまったんだろう、と」
あたしの未来を予言するような口ぶり。そんな後藤の言葉にあたしは
「あたしはそんな事、絶対にしないっ!! もう誰も傷つけたくない……。もう誰にも苦しんでほしくないっ!!!!」
精一杯の叫びだった。だが、そう叫んで上を向くとそこに後藤の姿は無かった。でも、後藤の声だけがその場に残っていた。
「貴方は絶対に誰を傷つける。それが貴女の背負いし罪。そして貴方は気がつく、自分の本当の願いを」
木霊する様に聞こえる後藤の声。
そして誰も居ないこの場所であたしは叫ぶ。
「あたしは誰も傷つけないっ!! 皆のいるこの場所があたしの居場所なのっ!! だから……、だから、あたしは━━」
叫び終わって思う。自分の気持ちが本当に不安定なものだと。だけど、それを律せるのは自分だけであって、他の誰かに投げ出すことは許されない。
自分で自分を理解して、自分が何をしたいのか答えを出す。そして出た答えのまま、あたしは行動をするだけ。それが魔女だと言われ続けたあたしにの生き方なんだ……。