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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第四部 夏休み 交差スル想イ
46/134

16 中偏 (拓真)

 

 

 

 

 

 B棟三階右端の今は誰も使っていない教室に俺はいる。


夏休みなのにどうして俺が学校にいるのか。その疑問は簡単に解決してしまうもので


「さて、どうして私達をここに呼んだのか、ちゃんとした理由を話してもらいますよ楓」


胸の前で腕を組みながら、子供に説教をする親のように佐々路に言い寄る一之瀬。その姿を見た俺は、一之瀬 夏蓮に歯向かったり無意味な行動をとるのは止めようと心に誓いを立てていた。


一之瀬に言い寄らせ怯えている佐々路をよそに、俺と雪菜は椅子に座り二人の状況を眺めていた。


「ちょ、ちょっと待って夏蓮っ! 確かにね、今すぐにでも理由を話したいんだけど、まだみんな揃ってないから話せないというか……」


「みんなが揃わないと話せないね。という事は他にもまだ呼び出している人がいるという事なのね」


「そ、そうなんだよっ!! だから皆が来るまで夏蓮も我慢し━━」


「そんな事は楓の事情であって私の事情ではないわ。いいから早く話しなさい」


組んでいた腕を解き、拳を握る一之瀬。そんな一之瀬の背後には悪魔のような黒く禍々しいオーラが俺には見えていた。本当に恐ろしい子だよ。


だが傍観をこのまま続けていたら佐々路の精神が一之瀬に食い尽くされてしまう。さっきは俺も佐々路に怒ったが、今回ばかりは助け舟を出してやろう。


「なぁ一之瀬。そんなに怒らなくてもいいんじゃなか? 佐々路が皆を呼んでるって事は重大な話をするのかもしれないし。だからさ、ここは一旦落ち着いて皆を待とう━━」


「小枝樹くん……。貴方は黙っていなさい」


オーケー、オーケー。そうだね、俺は石ころだ。道の端っこに落ちている誰も見向きをしない石ころ。そうだ、生まれ変わったら今度は石じゃなく貝になろう。


本当にすまん佐々路……。俺には悪魔大元帥モードに移行した一之瀬を止める手段を持ち合わせてはいなかったようだ……。


俺は一之瀬の迫力に負け、その場で小さくなってしまった。


「小枝樹の……、裏切り者……」


ごめんな佐々路……。動物の本能の中に生存本能というものがある。そう、俺は本能的に恐怖を抱き、自分の命が危ういと感じてしまったんだ。だから俺は逃げてもないし裏切ってもない。


ただ一之瀬が怖いだけだっ!!


ここまで大変な状況になっているのにもかかわらず、雪菜嬢は進行形で肉まんを頬張り続けている。まるでハムスターのように頬を膨らませている雪菜は本当に平和な人間なのだと俺は思ってしまった。


そんな雪菜を見ていても現状は何も解決されるわけでもなく、佐々路は一之瀬に言い寄られ続けていた。その時


ガラガラッ


B棟三階右端の教室の扉が開かれた。


扉が開く音と共に、この教室にいる全員……、もとい雪菜以外の人間が一斉に扉のほうへと目を向けた。


「遅くなっちゃってごめんねー。あれ? どうして佐々路さんは地べたに座ってそんなにもビクビクしているの?」


きっとこれは神が佐々路へと送った救世主であろう。


ニコニコと笑顔を作りながら教室内に入ってくる救世主。そんな救世主に俺は


「ナイスタイミングだ神沢っ! お前が今の瞬間にここへ来てなかったら、ここは殺人現場へと変貌していたよ」


「……小枝樹くん」


何故だ。どうして神沢はその瞳をキラキラと輝かせながら俺の事を見ている。俺は何か変な事を言ってしまったのか……? なんだろう、少し寒気がしてきた。


「僕のことを、そんなにも想っていてくれたんだね……。やっと、やっと、小枝樹くんと一つになれるっ!!」


ガバッ


意味不明なセルフを言いながら、神沢は俺を後ろから抱きしめてきた。そして近くに感じる神沢からは啜り泣く声が聞こえた。だから


「気持ちわりーから離れろイケメン野朗っ!! 意味わかんないこと言って変に欲情してんじゃねぇ!!」


自分の背中から神沢を引き離した俺は、変な汗を掻いている。その汗を確認した時に俺が思ったことは、本当に神沢も怖いということだ。


どうして俺の周りには、俺に対して恐怖を抱かせる連中ばかりなんだ。どこまで不運な人生を歩んでいけば俺は気がすむんだ。


完全にカオス化してしまっている教室内。だが、更に俺の心を粉々にする出来事が起こる。


「さ、小枝樹くんと、か、神沢くんって、やっぱり、そ、そういう関係だったの……?」


神沢が教室に入ってくる時には全く気がつくことが出来なかった。だって、神沢の体で隠れていて、その小さな天使を見つけるのは困難な事だったから……。


「ま、牧下……!? ど、どうして牧下がそこにいる……!?」


「何言ってるの小枝樹くん。牧下さんは昇降口で会った僕と一緒に来たんだよ」


そう言うと神沢はニコッと笑った。


つか、ニコッじゃねぇ!! なに笑ってんだこのイケメン野朗はっ!! きっと完全に牧下は勘違いしてるよね? もう俺が神沢とアレでアレな関係だって思っちゃってるよね!?


だが、諦めるにはまだ早い。自分で何もしないうちに諦めるのは愚者だ。ここからは永遠と俺のターンにしてやる。ドローッ!!


「待て牧下。お前が見た光景は神沢が勝手にやりだしたことで俺にはそんな気は全く持ってない。何かを勘違いしているようだからここで訂正しておくが、俺と神沢は今牧下が思っているような関係ではない」


焦りながら弁明する俺の言葉に説得力など皆無であろう。それでも俺は必死に牧下に言い続ける。


「それにあれだ。神沢が俺に馴れ馴れしいのは最初からだ。だから俺と神沢はそんな爛れた関係ではない」


おかしいな。自信をもって言い終えたはいいが、俺のターン短くない……? つか、今の俺は攻撃フェイズをおこなったか? なんか守備表示でモンスターを召喚しただけだったような気がする……。


「だ、大丈夫……。さ、小枝樹くんと、か、神沢くんが、そ、そういう関係なのは分かってるから……」


どうしてだろう。モンスターを守備表示で召喚しておいていたのに、直接ダメージを与えられたぞ? つか、牧下よ……。


俺等の関係を分かってるって言ったけど、なにも分かっていませんけどおおおおおおおっ!?


つか俯いて俺から目を背けながら言うのは反則ですよ!? 本当にハートブレイクしちゃいますよ!?


牧下の言葉を聞いた瞬間に、俺の敗北が決まる。そしてそれと同時に俺の心が崩れ去る音が聞こえたような気がした……。


そして俺は本当に、物理的に項垂れてしまった……。それにどんな意味があるのか、自分でさえその意味を把握することができない。だけど、牧下に誤解されてしまった現状では、俺の行動を揶揄する奴は誰もいないと信じたかった。


「おーい。後ろがつっかえてるから早く中に入ってくれ」


廊下の方から聞こえる男子生徒の声。


確かにその男子生徒が言っているように、俺と牧下のくだりはB棟三階右端の教室の扉の前でおこなわれているものだった。だとすれば今邪魔になっているのは牧下と俺なわけで


「悪いな翔悟。なんか、もう、悪かったな……」


廊下にいた主は門倉 翔悟。


現バスケ部の部長で俺の親友だ。バスケをしているからなのか、身長は高く一八〇を超えている。そんなデカイ翔悟のことを俺は木偶の坊と呼んでいる。


そんな木偶の坊が教室内に入ってきて俺に言った。


「廊下で聞いてたけど、拓真って神沢とデキてたんだな」


グハッ


翔悟に支援攻撃スキルがあるとは思ってもみなかった……。


俺は翔悟の支援攻撃のせいで瀕死状態になってしまう。だが、そんな俺の状況などお構いなしな人物がこの教室内に一人いた。それは


「小枝樹くん。今の私はすこし腹の虫の居所が悪いの。それを理解出来ない貴方ではないと私は思っているわ。なのにもかかわらず、楓を攻め立てている私の邪魔をするように、よくも騒いでくれたわね」


一之瀬さんモード悪魔大元帥。


先ほどまで佐々路に説教、もとい拷問をしていた一之瀬が俺のふざけぶりに完全にキレてしまった。


今の一之瀬の状況を説明するのであれば、まさに悪魔。大元帥とかそんな階級云々にこいつはただの悪魔だ。


俺を睨みつける一之瀬の眼光は鋭く、普通の人間だったら失神してしまうレベルの殺気を放っていた。そんな一之瀬に俺は自分の言い分を述べる。


「ちょ、ちょっと待て一之瀬っ!! 全ての原因は神沢にあるっ!! 神沢がふざけた事をしなければ変な誤解を牧下が抱くことはなかったっ!! つか俺は自分の体裁を守るために必死に頑張っただけだっ!!!」


恐怖のあまり俺は一歩後退してしまった。これが後退りというものなのだろうか。恐怖に支配された人間はどうにかその場から立ち去ろうと必死になる。そんな人間の姿はとても滑稽だ。


だがどうしてか、俺もそんな滑稽な人間と同じような行動をとっている事にビックリする。まぁ、目の前に悪魔大元帥が現れればどんな人間でも後退りしますよね。だから俺は何も間違ってない。


そんな後退りしながら言い訳を並べる俺へと近づいてくる悪魔大元帥。そして俺は彼女の武力を久し振りに知ることになるのだ。


「私の怒りをここまで増幅できるのは小枝樹くんしかいないと思うわ。だから、覚悟しなさい」


ふっ……。


誰にも見えないくらいの刹那な時間に俺は微笑んだ。それは、自分の無力さを後悔していて、自分の愚かさを後悔していて、そしてなりより一之瀬 夏蓮に服従したという笑みだった。


バチンッ





 B棟三階右端の教室内に佐々路が呼び出した連中が集結している。上座から言うと。


佐々路 楓、一之瀬 夏蓮、神沢 司、牧下 優姫、白林 雪菜、門倉 翔悟、そして俺、小枝樹 拓真である。


誰か一人忘れているような気がしたが、誰も気にしていない様子だったため俺も気にしないことにした。


そして今、俺は椅子に座り机に頬杖を付きながら不貞腐れている状態であります。どうして俺が頬杖を付いているのか、それは頬杖を付く時の本当の意味合いで付いているわけではなく、ただ単に一之瀬に叩かれた頬が痛いので押さえているだけだ。


つかどうして俺がビンタされなきゃならない。もとはと言えば佐々路が適当な呼び出し方をしたのがいけないのだろう。ここに宣言しておくが俺は何も悪くない。


そんな事を俺が考えているとも知らない連中は事の真実を佐々路に聞きだそうとしていた。


「これで全員集まったわ。さぁ楓、どうして私達をここに呼び出したのか教えてもらおうかしら」


佐々路を睨む一之瀬は物凄い剣幕をしていた。そんな一之瀬のことを見守る他の連中。俺もその中の一人であって、今の怒っている一之瀬には何も言えない……。


「そうだね。皆集まったし、あたしが皆をここに呼んだ真実を話そう」


一之瀬に睨まれているのにもかかわらず、佐々路は堂々した表情で皆を見渡した。そして


「みんな……。海に行きたくないかああああああああああっ!!!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


………………。


まずは佐々路の言い方に対して突っ込ませてもらう。


どうして外国に行くためのクイズ番組的な感じに言ったのかなっ!? つかもうちょうっと優しくして『そうだ、京都に行こう』くらいに収めても良かったんじゃないかなっ!?


そしてそれにすぐさま反応した雪菜、お前はもう普通じゃないよっ!! つかどんだけ海に行きたいんだよっ!!


心の中で突っ込む俺はこの場の状況がどういう風に転がっていくのかを見守っていた。そんな沈黙を破ったのはやはり一之瀬だった。


「楓……。貴女はその事を言う為にわざわざ皆を学校に呼び出したの……?」


「そうだよ? だって夏休みに入る前に皆と話したじゃん。夏休みには夏蓮の別荘にくわえプライベートビーチに皆で行くって」


自信満々に佐々路は一之瀬に言った。


確かに夏休み前にそんな話をしている事は何となく覚えている。つかそれを餌にして雪菜にテスト勉強をさせたような気がした……。それはど俺は重要視してなかったが、他の皆はどうなんだ?


俺は佐々路の言葉を聞き黙っている。そして皆の意見が出るまでなんもしないと心に誓いを立てた。すると


「確かに皆で海に行けたらそれは楽しい事かもね。僕も佐々路さんの意見には賛成かな」


イケメン王子こと神沢が真っ先に自分の意見を言った。その言葉はこの場にいる皆の思考に反映したのか、神沢の意見に同調する意見が飛交う。


「そうだな。ここにいる皆でどこかに遊びに言った事もないし、もっと仲良くなる切っ掛けになるかもしれないな」


神沢の意見に同調した翔悟は頷きながら言う。


「そ、そうだよね。わ、私も、もっと、み、みんなと仲良くなりたい」


翔悟の言葉が後押しになったのか、牧下も佐々路の意見に乗っかる。


だが、そこまで皆の意見が合っているのに一之瀬の表情は少しばかり曇っているような感じがした。だからこそ俺は


「おいおい。皆の意見は一致してるかもしれないけど、それって一之瀬の別荘頼りだってことだろ? だったらそんなに押し付けても一之瀬が困っちまうだろ」


助け舟を出したつもりはない。でも一之瀬に頼りきって皆で遊ぶことが少しおかしいような感じがしたんだ。ここにいる奴等に他意はないのかもいれないが、これは完全に一之瀬を利用していると思われてもおかしくはない。だからこそ俺は皆の意見とは真逆の意見を言ったんだ。


そんな俺の言葉を聞いた一之瀬は


「別に私は何も問題ないわ。私の家の別荘を使う事は夏休み前から決まっていたのだし。ただ、もう少し早めに連絡をしてもらわないと困るのよ」


確かに今回の海に行く件は急すぎる。もう8月の半ばに迫ろうとしている時期だ。こんなに遅く連絡がくるとは一之瀬も思っていなかったのだろう。


そんな一之瀬は腕を組み、困った表情をしながら呟いた。


「今からじゃ、国外に行くのは厳しいわね……」


ん? 国外……?


一之瀬の呟きで教室内の皆が静まり返った。そして


「「国外っ!!!!????」」


一之瀬以外の全員の心がリンクした瞬間だった。そして一之瀬は俺等の大声に驚いたのか


「ど、どうしたのいきなり!? 私、何かおかしな事を言ったのかしら!?」


皆の顔を見渡しながら言う一之瀬は本当に驚いている。そして何より、自分がとんでもなく斜め上の意見を言っているという事に気がついていない。これだから金持ちは……。


「いいか一之瀬よく聞け。俺等一般市民が考える海というものは完璧に国内だ。ここにいる誰も国外に行こうとなんて思ってない。一之瀬を除いてはな」


少し呆れ気味に俺は言った。そして俺の言葉を聞いた一之瀬以外の皆も俺に同調するように頷いている。そんな中、佐々路が何かに気がついたのかいきなり。


「あああああああああっ!! もっと早く夏蓮に連絡しておけば外国のビーチでサマーをエンジョイだったのかああああああっ!!」


頭を抱えながら心の声を叫ぶ佐々路。そして叫び終わった佐々路は、その場で項垂れた。真っ白に燃え尽きてしまった男のように、少し微笑みを浮かべながら……。


そんな佐々路をよそに、一之瀬は先ほどの話の続きを言い始める。


「それならそうと早く言ってちょうだい。私はてっきり国外へ行くものだと思っていたわ。そして国内なら何も問題ないわ」


そう言い一之瀬は微笑んだ。本当にこの財閥天才娘はどこまで飛んだ考えを持っているんだ。ここまでくると天才とか何も関係ない。ただの金持ちだ。


つかさっきの一之瀬の曇った表情は、国外に行くことが困難だったからだよな。どうして俺はそんな奴の為に意見してしまったんだろう。でもあの瞬間はどこかもっと違う不安を抱いているように見えたんだ。


そんな事を考えている俺は一之瀬 夏蓮を見てしまっている。


教室内は海に行けるという事になり盛り上がっている。日程を決めたり何泊するかを決めたり。そんな楽しい場所で、俺はどうしてか一之瀬のことだけを見てしまっていた。


皆の笑い声が雑音にしか聞こえなかった。そんな雑音はいずれ消え去っていて、俺は自分だけの世界にいる。


一之瀬の不安そうな表情。どうして俺は勘違いしたのか、それは皆と楽しい空間にいるのに一人の世界になってしまって分かった。それは


俺が不安を感じているからだ。


何故不安を感じるのか。そんなの決まっている。俺が皆に真実を話していないから。そのせいで俺は思う。


こんな俺はみんなと楽しい時間を過ごしてもいいのか。そして、こんな楽しい時間が永遠に続くのか……。


皆の笑顔を見ていると凄く不安になる。どうしても言えない俺の真実が、俺をこの居場所から遠ざけていくような気がしてならない。苦しいと思う時間は長く感じるのに、どうして楽しいと感じる時間はあっという間に過ぎてしまうんだろう……。


そんな俺の不安が海の時に出なければ良いんだが……。




 そうこうしているうちに日程と何泊するかが決まっていた。


日程は来週の半ば、二泊三日の予定になっていた。話しに殆ど参加していなかった俺はその日時をしっかりと携帯にメモしていた。


当日の予定は、朝の7時に学校前に集合。荷物は各自適当に持ってくる。一之瀬の別荘に着いたらまず速攻遊ぶ。飯は自分達でやらなきゃいけないらしく、買い物はその日にどうにかするらしい。


まぁそんな感じで、かなり適当な予定だ。それでもここにいる皆で楽しく遊べるのは嬉しい。いつ、その終わりが来るか分からないから……。


だからこそ、俺も目一杯楽しむことにした。それが俺の決意である。そしてもう一つ俺は決意していた……。


そんな海に行く予定を決め終わった皆は、普通に会話を楽しみ始めた。俺はそんな様子を眺めることにした。


「牧下さんはまたスク水でくるの?」


神沢は悪戯に牧下の言った。すると牧下は


「あ、あの時のは、か、楓ちゃんに言われたから着ただけで……。こ、今度は、ちゃんとした水着きるよ」


神沢の質問に困りながらも答える牧下。そして今度こそは普通の水着を着るんだという拳を握り強い意志を牧下は露わにしていた。


「でも、牧下のスク水姿もう一回みたいな……」


「さ、さ、さ、小枝樹くんっ!?」


いきなり俺の名前を呼ぶ牧下。どうして驚きながら俺の名前を呼んだのか不思議でならない。そんな牧下に俺は


「どうした牧下?」


するとイケメン王子こと神沢が俺のことを冷たい目で見ながら。


「小枝樹くん……。たぶんだけど、心の声が漏れてたよ。そして最低だね」


俺の事を最低呼ばわりする神沢。だが俺には何が最低なのか全く分かっていなかった。それを知る為のヒントを神沢は残している。心の声……。


確か牧下と神沢がスク水の話をしている時俺が思っていた事は……、牧下のスク水姿をもう一度見たい……。


「ち、違うんだ牧下っ!! いや、まぁ、違わないけど……。でもけしてやましい気持ちで考えていたわけじゃないんだっ!!」


もう変態決定ですよ。どこまで俺は自分の価値を自分で下げれば気がすむのですかね。本当に自分の馬鹿さにはうんざりします。


「だ、大丈夫だよ……。す、スク水は着ないけど、さ、小枝樹くんが変態じゃないって、わ、わかってるから……」


だから、俯き俺から目を背けながら言わないでくださいよ牧下さんっ!! もう完全俺の事を変態だと思っちゃってるよっ!! もう、なんかもう……、なんかもうおおおおおおおおっ!!!


「なになに? 小枝樹はスク水所望の変態さんだって?」


さっきまで真っ白に燃え尽きてたのに、どうしてこういう話にはすぐに乗ってくるんだよ佐々路はっ!! だがその時だった。


ガラガラガラっ!!


B棟三階右端の教室の扉が何者かによって開かれる。そしてそこに居たのは


「ご、ごめんっ!! 遅くなっちゃったっ!!」


どこからどう見ても普通という表現が相応しい人間。そう、崎本さきもと隆治りゅうじがそこにはいた。


崎本隆治。彼は本当に何にも特徴がなく、普通という言葉が相応しい人間である。何か特別なものを持っているわけでもなく、見た目もいたって普通。そんな崎本は俺を超えているミスター凡人である。


というか、崎本がいなかったことに俺は全く疑問に思っていなかった。いや、待てよ。確か俺は何かを忘れているような気がしていた……。


そうか、それは崎本のことだったんだ。まぁ本当にどうでもいい事ででかったよ。もっと重要なことを忘れていたのだったら本当に俺がダメな奴になってしまっていた。でも崎本のことを忘れていたのだったら何も問題は無い。


そんな事を考えながら俺は辺りを見渡した。すると、皆もキョトンとした表情を浮かべている。そんな皆を見て俺は思った。


コイツ等も崎本の存在を忘れていたのだと。


だが、遅れてきた崎本にも過失はある。これだけ重要な話をするというのに遅れてくるなんていけないことだ。でも、多分佐々路から崎本に今回の話しの内容を言っている事はないだろう。そんな風に思うと少し不憫になる。


そして崎本は教室内に入ってきて


「それで、今日って何でここに呼ばれたんだ?」


本当に頭の中がお花畑なやつだ。もう君がいない間に全ての話は終わっていて、その後の雑談タイムを皆で楽しんでいるのだよ。


まぁ、そんなことに崎本が気がつくわけなく。崎本は自分が発した問いの答えをいまだにまっている。本当に哀れだ……。


「あれ? 何か今日の皆、少し変じゃない?」


もうやめろ崎本……。お前の苦しみはここにいる皆が分かってくれている……。だから、もう諦めるんだ……。お前だってわかっているだろ、もう全て終わっているって……。


俺はそんな崎本を見かねて


「崎本、お前は本当にバカだな」


そう言い崎本の肩を軽く叩いた。


それは崎本を馬鹿にする為の言葉じゃなく、ただ純粋に崎本がバカなのだと本人に教える為だった。そんな俺には何も悪意はない。むしろ崎本を救いたいと切に願っての行動だった。


そして、そんな俺の言葉を聞いた崎本は


「おい、お前ら……」


まぁ何となくこうなることは予想できてましたけどね。でも、本当に俺の思ったとおりのことをしてくれる所が、本当に崎本は馬鹿だ。


「俺のこと、忘れてただろおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


崎本隆治の声がB棟三階右端の教室に響き渡る。


こんな状況で本当に楽しい旅行になるのか? 


俺はそんな心配をしながら、大暴れしている崎本を止めるのであった。












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