16 前編 (拓真)
どうも、さかなです。
今回から第四部のスタートです。
今回は結構恋愛面での話を考えているので、かなり展開が進むと思います。
なので楽しみにしていてください。
では第四部の始まりです。
青い空、白い雲、ダイヤモンドが散りばめられたよう砂、そしてアクアマリンのように輝く海。
他者の介入を認めないこの場所はあまりにも美しすぎる。誰もが心を魅せられてしまうであろう。そんな場所にこの俺、小枝樹拓真はいる。
そして何よりも眼福なのは女子の水着姿だ。この夏の始まり、俺はイッチーシーでこれでもかと言わんばかりに脳内保存をした女子の水着姿。
だが、照り付ける太陽の光に、波の水しぶき、これが自然という存在から敬愛された人間へのご褒美なのか。それほど、人工的に作られた美しさと、自然美は全くの別物だという事だ。
そう、今の俺がいったい何を言いたいのか自分でもよく分からなくなっているが、これだけはあえて言わせてもらう。
男子諸君よ、立ち上がれっ!! 私達が長きに渡り求めていた楽園が今目の前にまで来ているっ!! この好機を逃したら、再びこの楽園に出会えることはないっ!! さぁ、立ち上がるのだっ!! 己のリビドーを全て解放するのだああああっ!!
「もう、小枝樹くんっ!! そんな所にいないで僕とも遊ぼうよっ!!」
俺の幻想を簡単に壊してしまう男。その名はイケメン王子こと神沢司。本当に最近のコイツは両刀使いなんじゃないかと疑ってしまう。だが俺はこれがイケメンという生き物なのだと少し諦めてしまっている。
「俺はいいから、神沢も遊んで来いよ」
「やだやだやだやだやだーっ!! 僕は小枝樹くんとも遊びたいのっ!!」
なんだろうね。これはきっと俺の感覚が麻痺してしまってきているのかもしれないが、最近の神沢はたまに女子に見えてしまうことがある。確かに神沢はイケメンだ。そして俺よりも身長は大きい。だが、俺なんかよりも線は細くて、ひ弱な感じだ。そして声は普通の男子よりも女子に近い感じの高い声だからなのだろうか。
そんな状況や、神沢が俺に言い寄ってくる事に慣れすぎてしまったのか。俺はこんな状況が普通に感じてしまっている。
だが待て。冷静になれ俺。コイツは男で、そして更に今は半裸の状態だ。どこからどう見ても男性な訳で、俺はこんな女みたいな男に心を奪われたりはしない。そう、なんたって俺は牧下命だからっ!!
牧下優姫。俺の友人でマイエンジェルな彼女は、引っ込み思案でとても可憐な女の子だ。身長はとても小さく、初めて会ったときは本当に高校生なのかと疑ってしまったくらいだ。
そんなマイエンジェル牧下は、俺と神沢から少し離れている海で皆と楽しく遊んでいる。
友達を作ることが出来なくて、俺や一之瀬そして神沢に頭まで下げてきた牧下が、今では沢山の友達と一緒に笑いながら遊んでいる。
そんな状況が俺は凄く嬉しくて、ついつい微笑を浮かべてしまう。
「もう小枝樹くんってば、気持ち悪い笑みなんか浮かべてないで皆と遊ぼうよっ!!」
このイケメン野朗……。気持ち悪い笑みで悪かったなっ!! つかお前に気持ち悪いって言われる筋合いはないっ!!
俺を急かしながら腕を引っ張ってくる神沢。俺はそんな神沢に乗せられたのか、嫌々ながらも皆がいる海の方まで行く事にした。
さてここで小さな疑問に皆さんはうかべている筈です。どうして凡人こと小枝樹 拓真くんが海に来ているのか。それは数日前まで話が遡る。
ブーッブーッブーッブーッ
「……んっ」
枕元に置いてあった携帯が震えて、俺は目を覚ました。かけてあった布団を上半身からどけて、俺は身体を起こす。そして、寝ぼけながら俺は頭を掻き毟った。そして思う。
夏休みなのに、俺はアラームなんかかけたっけ?
そんな寝ぼけている俺は震えている携帯電話のバイブレーションを止め、部屋の机に置いてある時計を見た。そこに表示されていた時間は
午前七時。
その時間を見て俺は確信した。俺はアラームなんか設定していない。どうしてその結論に至ったか、それはとても簡単な事です。
部活もしていない俺が、夏休みにこんな早く起きる事なんてない。もし起きたとしても、何らかしらの用事があるときだけで、そんな大切な用事を忘れるほど俺はぼけていない。
なのにも関わらず。俺の携帯は唸っているわけであって。少し目が覚めてきた俺は携帯電話を見ることにした。そしてそこに表示されていたのは
佐々路楓着信。
この女はどんだけ朝早くに連絡して来るんだっ!!!
佐々路 楓。俺の携帯に連絡をしてきたこの女子は、俺の友人の女子である。
一学期の後半で色々で事件に巻き込まれて、というか俺がお節介みたいな感じな事をしただけだな……。
そんな佐々路は、俺よりも少し身長が低くて肩にかかる位の髪。癖毛なのか毛先が外に跳ねているのが特徴だろう。そして佐々路と関わってしまったことで俺は彼女の本心を知ってしまった。
佐々路は一之瀬のことを自分の保身の為に利用しているだけで、本当は親友でもなんでもないという事実。そんな佐々路は幼馴染の崎本隆治から魔女と呼ばれていた。
どうして魔女なのか初め俺には理解できなかった。だけど、一之瀬を利用しているという事を知り確かに魔女なのかもしれないと思った。
だけど、佐々路の心に触れてわかった。佐々路は魔女なんかになりたくないって思っていると。
佐々路は自分で自分の事を嘘つきだと言い、魔女だと言った。だが俺にはそんなふうには見えなかった。それはきっと、佐々路の悲しむを少しでも俺が触れてしまったからだ。
俺はそんな事を考えながら携帯の佐々路 楓という文字を眺めている。すると
ブーッブーッブーッブーッ
再び俺の携帯が鳴り出した。その相手は、佐々路 楓。
本当にしつこい奴だ。今はまだ朝だぞ。どうしてこの時間にしつこく電話できるんだ。
そんな携帯の画面を数秒見て、俺は渋々電話に出るのであった。
「はい、もしもし」
「おっはよー小枝樹っ!!!!」
朝からうるせぇ女だなっ!! 声が大き過ぎて耳から電話を離してしまった。そんな俺は再び耳元へ電話を近づけ
「朝から元気だな……。寝起きの俺には少し辛いテンションですよ……」
「夏休みだからって怠惰な生活を送るのはよくないよっ! という事で、学校に集合なんでよろしく」
ブツッ
………………。
この女、用件だけ言って電話切りやがった……。つか怠惰な生活がどうとか言ってたけど、結局その話には触れないのかよ……。
もう少し、俺の情報を聞き出したり、何らかしらのアクションを起してくれないと俺だって頭上に疑問符を浮かべちゃうよ……。というか、学校に集合とか言ってたな。うん、何時に集合なんだ……?
本当に佐々路 楓という女はいつもこうなんだかなら……。
俺は自分の部屋で溜息を漏らし、勝手に切られた携帯を見つめながら
「はぁ……。支度でもするか……」
そう呟き、携帯を机の上において自室から出た。
そして俺は学校に向っています。
ゆっくり支度していたら昼前になってしまった。朝の7時に起されて支度が終わるのが昼前。俺は女子かっ!!
そんな脳内ツッコミをしていると一人の女の子が俺に話しかけてきた。
「あ、おはよう拓真ー」
「おう、おはよう雪菜。なんにしてんだ?」
白林雪菜。俺の幼馴染で大切な家族だ。
俺よりも身長は低く女子の平均的な大きさ。体躯は太くはなく、綺麗な細めな線。髪の毛は肩くらいまで伸びていて少し明るめな茶色だ。元気で無邪気な子供みたいな雪菜は、学校では男女問わずに人気がある。
なんでも、雪菜は俺等の学校では可愛いほうの女子に分類される為か、俺は男子に羨ましがられる。入学初めの時期は俺と雪菜が付き合っていると噂もされた。
そんな雪菜は夏休みにもかかわらず学校の制服を着ている。まぁ俺も同じなのだが……。
「んー? あたしは楓ちゃんに呼ばれたから学校にいくんだよ?」
「雪菜も佐々路に呼ばれてるのか?」
「なんか拓真も呼ばれたみたいだね。ねぇねぇ、何で呼ばれたんだと思う?」
雪菜も佐々路に呼ばれていたことに俺は驚いた。だがそんな驚きを消化する前に雪菜から質問をされてしまった。
ニヤニヤと笑いながら、どこか嬉しそうに質問をしてくる雪菜に俺は答える。
「んーなんだろうな。まぁ多分、ろくでもない事なのだけはわかるけどな」
俺は嬉しそうな雪菜とは反面、少し嫌な予感を浮かべていた。そのせいか若干顔が引き攣るのを感じている。
「俺に聞いたけど雪菜はなんだと思うんだ?」
曖昧な返答で終わらせてしまって申し訳ないと思うが、俺は雪菜に同じ質問をオウム返しした。
「そうだねー。んー、わかったっ! きっと肉まんの食べ放題に行くんだっ!! うんうん、これはきっと間違えないね」
に、肉まん……。考えただけで少し胃が痛くなってきた……。本当に雪菜は肉まんが大好きだな……。
そんな雪菜は腕を胸の前で組みながら嬉しそうに、うんうんと頷いている。そんな雪菜を見て俺は素直に思った。
コイツは馬鹿だ。
どうしてか、最近色々とありすぎて忘れてしまっていたのだろう。雪菜が馬鹿であると。こんなにも簡単なかつ当たり前な事を忘れてしまうなんて、もしかして俺も馬鹿なのか?
いや待て、俺は断じて馬鹿なんかではない。俺は凡人だ。
普通というものをこよなく愛し、ノーマルという難易度を崇拝している。そんな俺が凡人戦士という真実はきっと誰にも知られていないであろう。というか、誰も知りたくないだろう……。
なんだか、脳内で色々と妄想したり考えたりしているだけで、恥ずかしくなってくる……。はぁ、肉まんの事でも考えようかな……。
そんなくだらない会話を雪菜としているうちに、学校へと俺等はついてしまった。
校舎の中に入った俺と雪菜は考える。
「なぁ雪菜。確か佐々路は学校に来いって言ったけど、学校のどこに行けばいいかお前は聞いてるか?」
「ううん、聞いてないよ」
ですよね……。きっと佐々路は俺と同様に雪菜にも学校に来いとだけ言って電話を切っているはずだ。もしも佐々路がちゃんと雪菜にその他の情報を言っていたとしても、うちのバカ雪菜じゃ右から左に流れているだろう。
そこまで予測が出来ていたのに、どうして俺は学校に着くまで気がつかなかったっ……!! ダメだ、冷静になれっ!! 今ここで思考を停止させたら佐々路の思う壺だ。俺が考えなきゃ、俺が、俺が……!!
というどこかの異能系小説に出てきそうな脳内セリフはどうでも良いとして、考えられる答えは一つですね。
「取りあえず、B棟三階右端の教室に行くぞ雪菜」
「なんでー? 普通に教室じゃないの?」
雪菜の質問は尤もだし、その答えが出てくるのが当然といえば当然だ。だが、俺はそこまで馬鹿じゃない。佐々路が雪菜も呼んでいるという事は、その他の奴等も呼んでいる可能性が高い。そしてそこには必ず一之瀬も来ている。
だとすれば教室よりもB棟三階右端の教室に出向くのが妥当という判断に俺はなる。
あの空間はなんと言うか隔離された特別な空間のイメージが強い。そんな誰にも干渉されない場所というのがいいのだろう。自分の仲間同士で秘密の会話をするのにはもってこいの場所だ。
そんなこんな俺は雪菜を無理矢理B棟三階右端の教室まで連れて行く。
そしてB棟に入って思う。やはりここの空気は少し静かすぎる。何度も来ている俺でも不思議な感覚に陥ってしまう。まぁ、こんな風に意味深なことを考えていても特に何かあるわけじゃないんですけどね。
だが俺はこんな静かな場所が好きだ。廊下を歩くとカツカツと聞こえる自分の足音、夏休みで誰もいないせいなのか校舎内の埃っぽい空気がゆっくりと動く。
ゆっくりと階段を一段ずつ上る。そうしてB棟三階右端の教室の前にまで辿りついた。だが俺は教室の前にまで着いて少し違和感を感じていた。
教室の中に誰かがいる気配がしない。もしかして俺と雪菜が一番最初に着いてしまったのか? だが佐々路から連絡が来たのが朝の7時。そして今の時間は12時前。
これだけの時間があいているのにどうして誰もいないんだ。疑問が浮かんだ俺は雪菜に質問した。
「なぁ雪菜、お前何時頃に佐々路から連絡来た?」
「えっとね、確か11時前くらいだよ」
………………。
ガクリッ
「ど、どうしたの拓真!?」
雪菜の声が響く中、俺は膝から崩れ落ちていた。何故、俺がそんな状況になってしまっているのか。そんなのは簡単なことだ。
どうして、どうして俺だけ7時に連絡がきたんだ……。つか早すぎるだろっ!! 確かに支度が遅くなって11時前に連絡が来た雪菜と同じ時間に来る羽目になってますよ。だって夏休みだし、ゆっくりしたいし。
……!?
そうか、これが佐々路が言っていた怠惰な日常というやつなのかっ!? 俺は自分の生活リズムをコントロールできていると思いこんでいたというのかっ……!? 完全に負けたよ、俺の負けだ佐々路 楓。俺は自分の事すら全然分かっていない、ダメな男だったよ。
俺は床に膝と手をつきながら一瞬笑った。そして立ち上がり、B棟三階右端の教室の扉を開け━━
ガタッ
開かない。
そうだよ、俺は数秒前に教室には誰もいないと答えを出したよっ!! なのに軽く笑って自分の負けを認めて、教室に入って佐々路との友情エンドが来るみたいな空気出したよっ!! 笑えよ、笑えよっ!!!
もう嫌だ……。何か恥ずかしすぎてこのまま異世界にトリップしたいよ……。そして俺は異世界でチート勇者に転生するんだ。そしてハーレム作ったり、金持ちになったりもう色々と楽しんでやるんだからねっ!!
つかもう頼むから……。俺を凡人高校生に戻してください神様あああああああああっ!!!
「ごほんっ。お取り込み中申し訳ないのだけど、いったい何をしているの小枝樹くん……」
俺は扉が開かない真実で訳の分からない動きをし続けていた。その時に俺に話しかける雪菜じゃない女の子の声。俺はその人物の話し方で誰なのかすぐに分かってしまった。
「……一之瀬さん」
一之瀬夏蓮。一之瀬財閥次期当主の天才少女。綺麗で長い黒髪が特徴で、体躯はモデルと間違えてしまうくらいの美しい細い線。身長は俺よりも少し低く、女子の平均よりかは高めだ。
一之瀬財閥の次期当主の彼女は先にも言った天才少女で、何でも出来てしまう化物だ。だが、そんな一之瀬もその辺りにいる普通な女の子と変らない部分だってある。
楽しい時には笑うし、苦しい時には泣く。納得がいかないことがあれば怒るし、それでもいつも自分の責任だと勘違いするバカな女の子だ。
一学期の時にこの教室で出会って、俺は一之瀬とかかわりを持つ羽目になった。今でこそあれだが、当時の俺は本当に天才少女の一之瀬 夏蓮が大嫌いだった。
何もかもを持っている天才が凡人の俺には良く映っていなかった。でも、そんな一之瀬と関わってコイツも普通のやつと対して変らない歳相応の女の子だとわかる事ができた。勘違いで忌み嫌ってしまっていた俺が本当に子供だったのだと実感できた。
そして、時は動き出す。
「ねぇ雪菜さん。いったい小枝樹くんに何があったの?」
「あ、おはよう夏蓮ちゃん。ん? 拓真? いつものことだよ。ハムハムッ」
いつものことじゃなぇよバカ雪菜っ!! そんな言い方したら俺がいつも奇怪な動きを平然とやり遂げる変態みたいに思われてしまうだろっ!! つか、どこから肉まん取り出したあああああっ!!
あれか? 未来から来たネコなのかタヌキなのかよくわからないロボットが持ってるフォーディメンションズ布袋から取り出したとでも言いたいのか!?
「ごめんなさい雪菜さん。そうだったわね、小枝樹くんは大概こんな感じだったわね」
おいいいいいいいっ!! そこの天才っ!! 聞き捨てならない言葉を言ったな。俺はもう怒るぞ、そろそろ俺だって怒るからね、俺が怒ったらもう凄いんだからね、本当に凄いんだからねっ!!
俺は一之瀬を少し睨むようにして対峙した。そして
「おい一之瀬。いくらなんでも俺の事を悪く言いすぎるのは━━」
「なに」
「本当に奇怪な動きばかりしてすみませんでしたっ!!!」
これが俺の二つ目の秘儀『態度変化の術』
説明しよう。『態度変化の術』とは、あるとあらゆる状況下で発動可能な秘術。相手の態度に合わせこちらの態度を一瞬にして変えられる術なのだ。この術を習得するには人並み以上の洞察眼に危機察知能力の高さ、くわえて超高速な俊敏性を必要とする。だが、この術には欠点がある。
「どうしていきなり小枝樹くんは土下座なんてしているのかしら。先ほど貴方が見せた瞳は、私に対して敵意を感じたのだけども」
そう、相手のスキルが使用者よりも高い場合、相殺ではなく反撃を無防備状態でくらうことになってしまうのだ。そうなってしまった時の対処法、それは
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいいいいっ!!」
謝り続けるしかない。
つか物凄い勢いで一之瀬の表情が変った。もうそれは悪魔大元帥とかそんな領域を超えていて、まさに地獄の覇者のような鋭い眼光だった。そんな目を見せられちゃ小動物的な強さしか持ち合わせていない凡人の俺は土下座するしかないですよね。
寧ろこれで許してもらえなければ完全にデッドエンドですよね。
「……はぁ。本当に昼間っから騒がしいわね小枝樹くんは」
あれ? 地獄の覇者の表情が普段と同じに戻っていく。てっきり俺はこのまま処刑されるのだと思っていたのに、どうしてこんなにも優しいんだ? まぁ優しくしてもらえる方が俺にとって有り難いことなのだけれども。
「それで、どうして小枝樹くんと雪菜さんはここにいるの? もしかして二人も楓に呼ばれたの?」
一之瀬の言葉を聞いて、コイツも佐々路に呼ばれたのだと理解した。だとすれば、俺が考えていた状況に間違えはない。なのにもかかわらず、B棟三階右端の教室の扉は開いていない。だが待てよ、一之瀬がここにいるということは
「そうなんだよ。俺等も佐々路に呼ばれてここに来たんだ。でも教室が開いてなくてさ、一之瀬がこのタイミングで来てくれてラッキーだったよ」
そう。ここの鍵を所有しているのは一之瀬なのだ。だから佐々路が今ここにいなくても教室の中で待っていられる。本当についているのか、ついていないのか分からない日だ。
「ラッキーって小枝樹くんはいったい何を言っているの?」
おかしいな。俺の言葉が一之瀬に通じなかったのか? ならもっとちゃんと説明しよう。
「だからさ、一之瀬が来てくれたんだったらここの鍵を持ってるから中で待ってられるっておもったんだよ」
これなら一之瀬にも通じるだろう。もうだから早く鍵を出して、教室に入らせてくださいよ。
「何を言っているの? ここの鍵は夏休み前に如月先生に返しているわよ」
返しているわよ……、返しているわよ……、返しているわよ……。
俺の耳には一之瀬の言葉がこだまして聞こえた。そうだったっ!! 夏休み前に一之瀬はアン子にここの鍵を返してたんだっ!!
という事はアン子が出勤していない限りここには入れないということになる。だとすれば俺の読みは完全に間違えていたという事になる。でも、だとしたらどうして一之瀬はここに来たんだ? 聡明な一之瀬なた普通に俺等の教室に行くはずなのに……。
俺は自分の穴間の中にある疑問を解決する為に一之瀬に質問をする。
「なぁ一之瀬。鍵がないのを知ってるのにどうしてB棟三階右端のこの教室に来たんだ?」
「あら小枝樹くんは楓に聞かされてないの?」
「なにをだ?」
「学校に着いたらB棟三階右端の教室に来て欲しいって」
よし分かったぞ。今日の俺は全くもってついてないっ!! つかどうして佐々路はその情報を俺にも雪菜にも言ってないんだ。本当にあの女は馬鹿なのか!?
「あー、確かに楓ちゃんそんなこと言って様な気がする」
このバカ雪菜っ!!! 俺がこの教室に来ようと提示したときは俺等の教室をじゃないのと疑問に思ってたのに、お前も佐々路からちゃんと情報を聞いてるじゃないかっ!!
そうなると何で俺だけ朝早くに起こされて、何の情報も教えてくれないまま、学校まで誘導されなきゃいけないんだ……。もう本当に俺っていったいなんなんだ……。
再び俺は項垂れてしまっている。もう一之瀬にどう思われようとも関係ないよ。なんかもう、なんかもうだよ……。
「あの、その……。何となく今の小枝樹くんの状況を見て理解したわ。その、なんかごめんなさい……」
謝るんじゃないよっ!!! 一之瀬に謝られたらなんかもっと惨めな気持ちになっちゃうじゃんかっ!!
「大丈夫だよ夏蓮ちゃん。拓真は強い子だから、きっと大丈夫だよ。ハムハムッ」
お前は肉まんを食いながら適当な事は言うんじゃありませんっ!! これだから雪菜嬢は……。
だが、こんな風に落ち込んでいても何も始まらない。冷静になった俺は言い始める。
「つかこの状況どうするよ。佐々路が来ない限り完全に詰んでる状況だろ?」
「まぁ普通に考えるのであれば楓をここで待つのがセオリーね」
確かに一之瀬が言っている事が最善だ。でも何か俺的に納得がいかない。まぁ、俺だけ連絡が早くて、何も教えてもらえてないから不貞腐れてるだけなんですけどもね。
まぁそれでも、俺等が選択できる行動は佐々路を待つという一つなだけで、結局待つ羽目になってしまった。
待つこと数分。いっこうに佐々路が来る気配がありません。
雪菜は窓の外を眺めながら何か鼻歌歌ってるし、一之瀬は壁に凭れながら本を読んでいる。そんな一之瀬を見てふと俺は気がついた。
一之瀬の右手首に鈍く光る銀細工。俺がプレゼントしたブレスレット。それを見た時、俺は少し嬉しくなってしまった。そして
「ちゃんと着けてくれてるんだな、そのブレスレット」
俺は一之瀬に言う。
「そうね。貴方がくれた物だから大事にしたいと思っていたのだけれど、やっぱり着用したほうがいいと思ってね」
一之瀬は読んでいた本を閉じて俺の言葉に反応してくれた。その事実だけでも嬉しいんだが、一之瀬が言った大事にしたいという言葉がもっと嬉しかった。
「そんな風に思ってくれてるなら幸いですよ」
「貴方のプレゼントにしては気が利いた物だったから、大切にしようと思っただけよ///」
初めてプレゼントを贈ったのに俺のプレゼントにしてはって……。どこまで一之瀬の中で俺の評価は低いんですかね……。まぁそれでも、大切にしてくれるならそれが一番だ。
そんな時
「ごめん皆っ!! 遅くなっちゃった。ってなんだまだ三人しか来てないのか」
階段を上り終わり、角を曲がってきた今回の首謀者。ドジッ子を演じたいのか口から舌をぺロリと出し、微笑を浮かべている。
だが、ここいにいる3人の中でそんなふざけている事を許してくれるのはバカな雪菜だけであろう。きっと今の俺は天才少女と同じ事を考えていると感じている。
「おい佐々路」
「ねぇ楓」
「え、あ、え!? ど、どうして小枝樹と夏蓮はそんなにも怖い顔をしているのかな……?」
佐々路は俺と一之瀬に詰め寄られて壁際まで追いやられていた。
「ちょ、ちょっと待ってっ!! あたしは別に遅れてくるつもりなんかなかったんだよ? その、あれだよっ!! 来る途中で色々とトラブルに巻き込まれて、ここに来るまでのあたしの話を小説で書いたらもう十何巻になっちゃうよっ!」
………………。
「だからその、許して……?」
俺は佐々路の言葉を聞いて一度、一之瀬の顔を見た。すると一之瀬も俺と同じ事を考えていたのか、同時に目が合った。そしてその一之瀬の瞳をみて俺の行動が決まった。
俺と一之瀬は深く息を吸い込む。そして
『ふざけるのもいい加減にしろっ!!!!』
「ご、ごめんなさいいいいいっ!!」
俺と一之瀬の怒号、そして佐々路の弱々しい懺悔の声が廊下に響き渡った。