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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第三部 夏休み 求メラレル選択
41/134

14 後編 (拓真)

  

 

 

「ユキちゃんが……。ユキちゃんが……!」


一之瀬の誕生日パーティーから帰った俺は、俺が居ない間に家で何が起こったのかを考えてる羽目になる。


フラフラとする体で家に帰り、家の扉を開けたら、リビングの前で座っているルリが雪菜の名前を口にし、涙を流しながら俺を見た。


その光景を目の当たりにし、とてつもない事件が起こってしまったのだと思う。そして、俺はリビングに入り唖然とした。


父さんはその場で崩れ落ちていて虚ろな表情をしていた。そして母さんは声を出しながら泣いている。振り返りルリを見る俺にルリは


「ごめんねお兄ちゃん……。本当に、ごめんね……」


泣きながら俺に謝るルリ。いった俺がいない間に何があったんだ。つか、どうしてルリは雪菜の名前を言った。雪菜がここにいたのか?


もし雪菜が来て何らかのアクションを起こし、この現状を作り上げたとするなら


「おいルリ。雪菜はいったい、何をしたんだ」


その説明をルリにさせるのは酷だろう。でも、今少しでも冷静になれるのはルリしかいないと俺は確信していた。だって、こんな父さんと母さんの姿を俺は一度も見た事がない。


それくらい、父さんと母さんにとって重大な出来事が起こったのだろう。だからこそ、俺はルリに問いかける。するとルリは


「……うん、わかった。今さっき起きたこと全部話すね」


涙を拭い鼻水を啜るルリ。そしてルリは話し出した。






 事の真相を全てルリは話してくれた。


雪菜が父さんと言い合いをした事、雪菜が俺の事を助けたいと思ってくれていた事、昔に言った俺の真実を父さんと母さんに話した事、俺は全てをルリから聞かされ後悔をしていた。


ずっと雪菜は俺の事を考えてくれていた。俺がレイを裏切って苦しんでいた事も、俺が家族に裏切られて辛いと思っていた事も……。どうしてアイツはこんな俺の事なんか考えるんだ。


そう思いたい俺が確かにいる。でも、ここで起きた出来事を聞き俺は雪菜の事を何も見れていなかったと感じた。そして俺は自分に問う。


俺は雪菜の事を本当に救えたのか……? 俺は自分の事だけを考えて雪菜の気持ちを蔑ろにしてきたんじゃないのか……? そして俺は本当に、雪菜のヒーローで今もいられているのか……?


今の俺はどうしたい……!!


拳を握り締め、俺が今やらなきゃいけない事への決意をする。


「ルリ、雪菜はどこに行ったんだ……?」


「分からない……。でも、ユキちゃん言ってた。いつもなら『帰るね』なのに今日は『行くね』って言ってた……」


ルリの言葉を聞いて俺は家から飛び出そうとしていた。だが


「待て拓真っ!!」


俺の事を止める父さんの声。俺は反射的に止まってしまった。だって父さんは今、俺の事を名前で呼んでくれた……。あの日以来ずっと名前で呼んでもらえなかった、そんな父さんが俺の名前を……。


「僕はちゃんと拓真と話をしなきゃならない。6年前の事を全て話さなきゃならない。だから、今からちゃんと話し合おう」


素直に嬉しいと思った。これでやっと、俺は自分のしてしまった過ちを本当の意味で懺悔できるのだと思えた。そして、父さんが俺の事を引きとめちゃんと俺にぶつかってきてくれている事が本当に嬉しかった。でも


「ごめん父さん、ちゃんと帰ってきてから話すから、だから今は行かせてくれ……。アイツを、雪菜を独りぼっちでいさせたくないんだ……!!」


「……拓真」


「俺はずっと雪菜を救えたって思ってた。自分の家族とも上手く話せないのに、俺は自分を過信して雪菜を苦しめてた……。本当は俺がどうにかしなきゃいけない事だったんだ。もっと早く、俺が父さんにぶつかっていれば雪菜は苦しまないですんだ。だから頼む、行かせてくれ……」


俺は振り向き、父さんの顔を真剣な表情で見る。6年ぶりにちゃんと見た父さんは少し老けていて、それでも俺の知ってる父さんだった。


「わかった。今日までずっと拓真を待たせてしまったのは僕達の方だ。だから次は、僕達が待つよ」


父さん……。


その言葉を聞いて、俺は必死に涙を堪えた。そして


「行ってきます」


俺は雪菜を助けに行く。





 家から飛び出した俺は雪菜が行きそうな場所を探した。いつもの公園、駅前の喫茶店、学校。


一之瀬から借りたスーツは少し汚れてしまって、そんなスーツを来て走っている俺を他人は物珍しそうに見てくる。でも、今の俺には雪菜のことしか考えられていなかった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


でも俺は雪菜を見つけられない。時間が過ぎれば過ぎるほど焦りだけが募っていく。


どこだ、どこにいるんだ雪菜。俺は雪菜の気持ちを裏切った。本当に俺の事を考えていてくれていた雪菜の想いを裏切った……!! どうして俺は夏祭りの時、雪菜と喧嘩なんてしたんだ……。


あの時だって雪菜は俺の事を考えてくれてたのに、俺は雪菜の気持ちを置き去りにして、自分が苦しまない選択を選んでいた……。


「はぁ……はぁ……、どこだよ、雪菜……!」


6年前から、雪菜はきっと独りぼっちだったんだ。いつまでも帰って来ないレイを待って、いつまでも戻って来ない俺を独りでずっと待ってたんだ……。


考えろ、考えるんだよ俺っ!! 雪菜が行きそうな場所、雪菜がこんな時一人で行くところ……。


「そうだ」


まだ探していない場所が一つだけあった。あの時と一緒だったんだ。きっと雪菜はあの場所にいる。夏祭りの時の神社に


疲れている体を無理矢理動かして、俺は再び走り出す。体中から汗が噴出してきていて、夏のせいなのか夜風はそんな俺の体を冷やしてはくれない。それでもこの足を止める事はなかった。


一秒でも早く、雪菜の隣に行きたいと思っていたからだ。そして今度こそ、俺は雪菜に呼んでもらえる気がした。


たっくん。


これでやっと戻ってこれる。そんな気がしていた。


そして俺は神社につく。後はこの長い階段を上りきるだけだ。何度もこの神社で俺は大切な事を学んで失ったような気がする。それが良かったことなのか悪かったことなのか、今の俺には答えが出せない。


ゆっくりと階段を上るのは今の俺らしくない。一秒でも早く雪菜の隣に行く。だから俺は走る。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


あと少し、あと少しで頂上だ。もう少しで俺は雪菜の隣にいける。そして俺は最後の一段を上りきり


「ゆきなあああああああああっ!!」


雪菜の名前を叫んだ。


もう雪菜に苦しい思いはさせない。俺は本当に雪菜のヒーローになる。だけど


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


そこには誰もいなかった。


俺は疲れてしまったのか、それとも何か大切なものがプツリと切れてしまったのか、その場で膝をついた。少しの時間が過ぎ、俺の思考が再び動き出す。


雪菜がいない……。どこにも雪菜がいない……。俺は雪菜を見つけられない……。俺には、俺には……。


「どこに……。どこにいるんだよ、ゆきなあああああああああっ!!!!」


心からの叫びだった。自分じゃもう雪菜を見つけられないという現実、それでも雪菜を見つけ出したいと思っている愚か過ぎる俺。分かってた、俺には雪菜を見つけられないって……。


だって、雪菜がいなくなった時いつも俺の隣には……。


「……レイ。どうしてお前はいないんだ……。お前がいなきゃ、俺は雪菜を見つけられない……。レイ……、どうしてお前は何も言ってくれないんだよおおおっ!!!」


俺の声は虚しくこだまして、その反響する音が聞こえて俺にはもうどうする事も出来ないのだと理解する。これが俺の選んだ選択。


正解を選んでいたのは雪菜だった。今の俺は結局レイを求めてる。アイツが隣にいない事を悔いてる。俺にはやっぱりレイが必要で、雪菜が言っていたように、俺も昔の3人が好きだ……。


こんな風に思えたとしても、全ては後の祭でもしかしたら、俺は大切な人をもう一度失うのかもしれない。その時、


「小枝樹くん……?」


俺の後ろから俺の名前を呼ぶ女の声がした。そんな声の主の方へと俺は振り向く。


「……一之瀬」


「どうしたの小枝樹くんっ!? 何でこんなにボロボロなの!?」


「……ん? あ、悪い……。一之瀬から借りたスーツボロボロにしちゃったわ……。つか、どうして一之瀬がここにいるんだ……?」


全てがどうでもよかった。俺は家族を取り戻した代わりに、大切な人を失ったんだ。俺の事をずっと支えてくれた大切な人。今の俺には何も無いんだ……。


「わ、私は小枝樹くんがこの神社に入っていくのを見かけたから……。ってそんな事はどうでもいいわ。それに私が聞いているのはスーツの事ではなく、貴方自身の事よ」


俺がボロボロ……? いったい一之瀬は何を言っているんだ……?


そんな俺は今の自分の姿を見た。手は泥だらけでスーツは汗まみれ、髪の毛もグチャグチャで本当にボロボロだった。でも、本当にボロボロなのは……。


「なぁ一之瀬……。俺はいったい何を間違えたんだ……? どの選択を間違えたんだ……?」


「……小枝樹くん?」


「夏祭りで雪菜を拒絶したことか……? B棟三階右端の教室を知ってしまったことか……? 全ての人間を拒絶したことか……? レイを裏切ってしまったことか……? 小枝樹家に引き取られたことか……?」


問う意味も無い質問を俺は一之瀬に投げかけ続ける。そして俺の中でも考え続ける。でも、俺の中にはもう答えが出ていた。


「全部違うな……。俺の間違いは生まれてきたことだ……」


バチンッ


俺の頬を走る鋭い痛み。その痛みをどうして感じているのか、俺にはすぐ分かる。一之瀬の振りかぶった腕が俺には見えていたから……。


「ふざけた事を言わないでっ!!! 生まれてこなくていい人なんかいないわ。今の貴方は、貴方の事を本当に思ってくれている人達の気持ち全てを蔑ろにしているのよっ!?」


一之瀬の怒声が響いた。パーティー会場から直接来ているのか、今日見た青くて綺麗なドレスを纏い、その綺麗なドレスとは正反対の表情をしている一之瀬。


そして俺には一之瀬の言っている事が理解できなかった。


俺を想ってくれている人。確かにいるよ。それは雪菜だ。でも、そんな雪菜を今の俺には見つけることが出来ない……。このまま雪菜もレイと同じように……。


そんな気持ちと感情が今の俺をおかしくさせる。


「なら、教えてくれよ……。雪菜は……、雪菜はどこにいるんだっ!!! 雪菜はどこにいんだよっ!!! このままじゃ、雪菜もレイと同じようにいなくなっちまう……。俺のせいで、大切な人を傷つけちまう……。なぁ一之瀬、教えてくれよ……。教えてくれよっ!!!」


今の状況を把握できない一之瀬は、俺の言葉を聞いて戸惑いをみせる。だが、その戸惑いも一瞬で


「しっかりしなさい小枝樹 拓真っ!!!」


レイ……?


「今の貴方の状況を私は完璧には把握出来ていないわ。それでも私が分かる事は、貴方は雪菜さんを探している。走り回って自分の持てる全ての力を使って探し回った。でも、雪菜さんを見るける事が出来なかった」


辛そうな表情で俺に言う一之瀬と幻想の中に今でもいるレイが重なって見える。そして


「それでも、雪菜さんを見つけられるのは貴方しか出来ないのよっ!!!」


俺しか見つけられない。昔、レイも同じ事を言っていた。でも、それはレイが隣にいて俺の事を助けてくれていたから……。俺一人じゃ無理なんだよ……。


一之瀬の言葉に俺は何も言い返せない。俺にはきっと雪菜を見つけられない。それでも少しは分かる、一之瀬は俺の背中を押そうと頑張ってくれている。


だけど、俺には雪菜の居場所が分からない……。


「貴方は言ったわね、このまま雪菜さんがいなくなってしまうと。もし本当に雪菜さんがいなくなっても良いと貴方が想っているのなら、そのまま膝をついて無様に嘆き続ければいい。でもね、貴方なら分かっているはずよ。雪菜さんがどこにいるのも、今の貴方が何をしたいのかも、そして……。雪菜さんが貴方に見つけてもらいたいって思っている事も」


一之瀬は微笑んだ。優しい一之瀬の笑顔は狂ってしまっていた俺の心を癒していく。そして少しずつ心が落ち着いていき、頭の中がクリアになる感覚になった。


「だから小枝樹くん。もう一度、雪菜さんが行きそうな場所を考えて」


一之瀬の言葉で俺はもう一度考え始めた。


家の近くの公園にはいなかった。駅前にもいなかった。雪菜が行きそうな場所は全部探して、最後にこの神社に来た。それでも雪菜はいなくて、俺は何かに惑わされているような感覚になっていた。


そうだ、どうして俺は雪菜がどこかに行ってしまったって思ったんだ? 確かルリが俺に教えてくれた言葉。雪菜が言った『もう行くね』俺はこの言葉に違和感を感じ始めた。


何で雪菜はいつも言わないような事を言ったんだ? もしそれが俺の行動をよんで言ったとすれば、完全に俺は術中にはまっている。でも一之瀬は、雪菜は俺に見つけて欲しいと思ってるって言った。


だとすれば、雪菜は意味深な言葉を残し、それでも俺が見つけられるって信じてくれてるってことなのか……?


考えろ、考えるんだ。俺がまだ探してなくて、雪菜が残した言葉が俺を翻弄するものだとしたら……。


「……わかった。雪菜はあそこにいる」


そうだ、俺はどうしてあの場所に行かなかったんだ。雪菜が簡単に独りになれて、外界をシャットアウトできる場所があったじゃないか。


俺は立ち上がり一之瀬を見る。そんな一之瀬は俺を見て微笑む。


「早く行ってあげなさい。きっと雪菜さんは貴方を待っているわ」


「……ありがとう、一之瀬」


俺は一之瀬に言われるがまま走り出した。雪菜が待ってるあの場所へ


「本当に、貴方は優しすぎるのよ……」





 俺は再び全力で走っている。もう見失わない、二度と雪菜を独りにしない。


そんな覚悟を自分の中で言い続けながら俺は走った。体力なんてとっくに限界を超えている。それでも、俺は雪菜を見つけ出した。


本当に、これでいなかったら俺はもう立ち直れないな……。せっかく家族を仲直りできるかもしれないのに、雪菜を失ったら意味がない。


これだからバカ雪菜の面倒を見るのは大変なんだ。どうしてずっとこんな俺を信じ続けてくれたんだ、どうしてずっと俺の隣で笑ってくれててんだ。これじゃ、俺が雪菜のヒーローじゃなくて、雪菜が俺のヒーローみたいじゃないか。


でもさ雪菜。レイを裏切って家族に裏切られて、全ての人を拒絶した俺だからこそお前に言える事がある。


自分を傷つけても、誰も幸せにはなってくれない。


だからこそ、俺には雪菜が必要なんだ。雪菜がいてくれたから俺は今日まで頑張れたんだ。だから、だから……!!


「はぁ、はぁ、はぁ……」


雪菜がいる場所まで俺はたどり着く。俺が探さなかった場所。雪菜の言葉に翻弄され見ようともしなかった場所。まさに灯台下暗しだな……。


俺はそんな雪菜のいる、雪菜の家の扉を開ける。


ガチャッ


やっぱり鍵はかかってない。これで確信できた。雪菜は絶対にここにいる。


俺は何も言わずに雪菜の家に上がりこむ。そして、雪菜の部屋の扉を開けた。


「……やっぱり、拓真には見つかっちゃうんだね」


雪菜がいた。


部屋の隅っこで膝を抱えながら寂しげな表情で俺を見て雪菜は言った。そんな雪菜を見ている俺は安心したのかその場から動くことも出来ず、ただただ雪菜の話を聞くことしか出来なかった。


「拓真はどうしてあたしを見つけられるの……? 今回は本当にいなくなろうって思ったんだよ……。これ以上、拓真を苦しめたくないって思うから……。あたしが傍にいると拓真はどんどん苦しくなっちゃうから……」


そう言うと雪菜はゆっくりと立ち上がった。


「だからもう帰ってよ。拓真の家族はきっと元通りになる。それであたしの役目はお終い。拓真が言ってたように、あたしもレイちゃんと拓真のいない未来を歩いていくよ」


雪菜の瞳には感情がこもってなく、それでも口元だけは笑顔を作っていた。


「拓真もおかしいって思うでしょ? せっかく見つけてもらったのに、あたし泣いてないんだよ。嬉しいと思ったけど、苦しいとも思った。本当だったら泣いててもいいのに、泣きすぎちゃったのかな……? もう、涙もあたしの味方にはなってくれない……」


「………………」


「ねぇ……。なんで何も言ってくれないのよっ!!! 怒ってよっ!! いつもみたいにあたしの事を怒ってよっ!!!」


怒れねぇよ……。だって俺が雪菜を見つけられなかったんだ。雪菜はおれの為に頑張ってくれた、俺の苦しみを自分の苦しみに変換して、一緒に抱え込んでくれていたんだ……。


俺は何もしてやれなかった。雪菜を苦しめることしかしていない。そんな自分を守る為の選択をしてきた俺が、どう雪菜に怒ればいいんだ。


お前は何も分かってないよ。今の俺は雪菜を怒りたいとか、戒めたいとかそんな風に思ってない。ただ、雪菜を見つけられて俺は……。


ガバッ


「……雪菜」


やっとの思いで動いた俺の体は、雪菜を抱きしめた。もう二度とコイツを見失わない為に……。


「……たっくん?」


俺に抱きしめられた雪菜は不思議そうな顔をした。どうして自分が抱きしめられているのか全くわかっていない表情。それでも俺には雪菜を抱きしめたいと思う気持ちがあった。


「遅くなってごめんな雪菜。俺は本当に馬鹿だから、レイがいないとすぐに雪菜を見つけられないんだ……。お前を探してて本当に思ったよ。あぁ、雪菜が言ってたように俺もレイがいる未来を生きていたんだって……。どこかで雪菜がいればいいとか思ってた。でも、俺にはレイも必要なんだって気がついた……」


雪菜を抱きしめる力が強くなるのが自分でもわかる。こんなにも雪菜を近くに感じるのは初めてかもしれない。それほど、今の俺は雪菜を離したくなくて、強く強く抱きしめる。


「でもさ雪菜、今日のお前を探してて本気で思ったのは……。雪菜がいなくなる恐怖だった。本当に怖かった、本当に怖かった……。でも、今雪菜は俺の傍にいる、雪菜はここにちゃんといる……。良かった、良かった……、雪菜に何もなくて本当に良かった……」


嬉しくて、安心して、雪菜の温もりを感じる事が出来て自然に涙が零れた。雪菜に俺のすすり泣く声は聞こえているだろう。恥ずかしいと思ってしまったらそれまでのこと。でも、今の俺はそんな羞恥心を抱けるほど余裕なんかなかった。


「ルリから話を聞いて驚いたし、それと同時に苦しくもなった。俺はずっと雪菜を傷つけてきてたんだって本気で思った……。でも、お前を探し回ってそしてこうして見つけられて俺は昔の自分に戻れた」


雪菜を抱きしめる力を緩め、俺は雪菜の顔を見ながら言う。


「だから、今の俺は雪菜の知ってるたっくんだ」


そう、俺はたっくに戻れた。昔の自分に戻れたんだ。それは全部雪菜のおかげで、俺はきっと何もいていない。それでも、今の自分も昔の自分も、一緒なんだって思えるこの感覚は雪菜のおかげなんだ。


そして、俺の言葉を聞いた雪菜は


「たっくん……。あたし、あたし……!! ずっと待ってた、たっくんが帰ってくるのずっとずっと待ってた。辛かったし怖かったっ!! もうたっくんは戻って来ないかもしれないって思ったときも何度もあったっ!! でも、たっくいん……。おかえりなさい」


泣きじゃくる雪菜の言葉を、俺は一つ一つちゃんと聞いた。


「ごめんなさい……。ごめんなさいいいいいっ!!」


泣きながら俺に謝る雪菜を、俺は優しく抱きしめ続けた。もう、雪菜を悲しませないと心に誓いを立てながら……。






 そして次の日。


昨日は本当に色々な事件が起こって、もう何が何だか俺にも分かっていません。でも、昨日の事を忘れる事は一生ないんだって思う。


結局、昨日の夜は雪菜と二人で泣きまくって、そして思い出話に華を咲かせた。


3人で仲良く遊んでいた時の事も、俺がレイを裏切った時の事も、俺が雪菜を助けた事も、俺が家族に裏切られたことも、全部話した。


でも、それはもう辛いものではなくて、俺達の心に中に刻み込まれた思い出なんだ。


雪菜も俺も、泣いたせいか目を真っ赤にさせながら笑った。互いにいくつも間違えてきて、それですれ違ってしまった事もあった。でも、今は違う。俺達はもう一度、昔の俺等に戻れたんだ。


そして今日、俺は父さんと母さんと話をした。


6年前の決着をつけるために。


俺も父さんも自分の気持ちを吐露しあった。そしたらビックリ、互いに互いのことを考えていて、自分が一番悪いのだと思い続けていたみたいだ。


あっけなく終わってしまったけど、本当に家族がおかしくなってしまって長かった。苦しんでいたのは俺だけじゃなくて、父さんも母さんもルリも苦しんでいた。


そしてルリは俺に言ってくれた。


「お兄ちゃんがあたしのお兄ちゃんで本当に良かったって思ってるよ。だから、これからもあたしのお兄ちゃんでいてね」


ルリの言葉は俺の心に染み渡り、本当に嬉しかった。


そんな話も終わって、俺は家の近くの公園にいる。


「ごめんたっくん。遅れちゃった」


「本当に昔から遅刻しかしないな雪菜は。ここにレイがいたらどうなってると思う」


「んー、レイちゃんならきっと『おい雪菜てめぇ、遅れてきておいて何笑ってんだよっ!!』とか言いながらあたしの頭を叩いてきそう」


「確かに、レイならそうするな」


俺と雪菜は笑った。


もう何も後悔していない。いや、本当ならレイに謝りたいし、もう一度親友になりたい。それでも今は雪菜と一緒にいれるこの時間が大切なんだ。


もう自分のせいで失いたくない。俺は雪菜のヒーローであり続ける。


「ねぇたっくん。ううん、拓真」


不意に雪菜が俺の名前を呼ぶ。


「どうして拓真なんだ? 雪菜はたっくんって呼びたかったんだろ?」


「うん、本当にたっくんって呼びたかった。でもさ、今の拓真はたっくんで、そんなたっくんは拓真なんだよ。だからね、これで心から拓真の名前を呼べるよ」


いったい雪菜は何が言いたいんだ。凡人の俺にはさっぱりわからん。でも、何となくだが雪菜の笑顔を見て、それでいいんだなって思えた。


そんな雪菜は俺の手を掴んできて


「ねぇ、拓真。これからはずっと一緒だよ? あたしの事離さないでよ? 拓真はあたしのヒーローなんだから」


そう言い雪菜は笑った。


「分かってるよ。だってさ、やっと俺の止まった時間が動き出すんだ。もう、ここからは後悔したくない。だから俺はずっと雪菜のヒーローだよ」


そう、やっと俺の時間が動き出すんだ。6年間俺の時間は止まっていた。それでも雪菜は俺の傍にいてくれていた、こんな俺を励まし続けてくれた。


だからこそ、俺はもう後悔する選択をしちゃいけないんだ。自分の気持ちをちゃんと前に向けれる昔の俺に戻ったんだ。


そんな俺は自分が凡人なのだと、後悔していた……。











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